ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo |
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∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
†01 ■ドキュメンタリー映画のかたち
揺らぐ「私」を支える (4−最終回) 大澤 一生
†02自作を語る
『KING OF TOKYO O FILME』(キング オブ トーキョー オ フィウミ)
太田 綾花
†03 ■ワールドワイドNOW ≪ニューヨーク発≫
子供たちと見た日本とアメリカ(後編) 東谷 麗奈
†04 ■映画時評
『最後の木こりたち』(監督:ユー・グァンイー) 萩野 亮
†05 ■neoneo坐9月後半の上映プログラム
†06 ■広場
■上映:『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』
9/11〜16 神戸映画資料館
■「自作を語る」などの原稿募集!
■上映の告知の有料化とカンパのお願い
†07 ■編集後記 伏屋 博雄
★バックナンバー閲覧はこちらまで
まぐまぐ配信 http://blog.mag2.com/m/log/0000116642/
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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■揺らぐ「私」を支える (4−最終回)
┃ ┃■大澤 一生
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●揺らぐ作家達はどこへ向うのか
これまで、携わった2作への有形無形に関わった経緯を書き連ねてきたが、この2
作でのプロデューサーとしての関わり方は、自己を対象化しきれない「揺らいでい
る」作家たちの在り方を見出し、作品に転化することをサポートする役割だった。
今後、その作家たちは作品を制作し公開していく過程を経て、次はどこへ向ってい
くのだろうか。『バックドロップ・クルディスタン』の公開に至るまでの配給・宣
伝活動を振り返りながら、彼らと併走していくだろうプロデューサーとしての私の
在り方も含めて今後の方向性を考察していきたい。
●初めての配給・宣伝
『バックドロップ〜』の劇場公開を目指す過程で、声をかけてくれる配給会社はあ
るにはあったのだが、最終的には公開に至るまでの配給、宣伝活動は自分たちで担
った。初めての劇場公開で、自主配給・宣伝という体制に不安がなかったと言えば
嘘になるが、自作を自分たちの手で世に送り出したいという想い、そしてプロデュ
ーサーとして映画の制作とは違う「興行」の仕組みを知っておきたかったというこ
とを優先しての決断だった。映画の制作もそうだが、本を読んだり情報を知るだけ
では何も得られない。知るためには身を持って経験することが一番の近道だ。
これから地方公開が控えているので道半ばではあるのだが、配給・宣伝を自分たち
でやってみてまず思ったことは、単純な話「やればできる」ということだった。配
給会社、宣伝会社、またはこれまでに劇場公開に携わったことがある方々からすれ
ば、その作業はある程度ルーティンワークでこなせるのだろうが、未経験の私たち
は何をするにも手探り状態。まずは、公開日から逆算して公開までのおおまかなス
ケジュールを作成。劇場公開までにやるべきことを整理して、それぞれの期日を決
めながらスケジュールを詰めていく。同時にこちらの懐具合との兼ね合いを見なが
ら宣伝予算を組み、それが終わると宣材作り。デザイナーと密に打ち合わせしなが
らビジュアルを探り、著名人の方々からコメントを頂きつつ、映画のイメージを固
めていく。宣材作りが落ち着いたら次は試写会場を押さえて試写会日程を組み、マ
スコミ各社に試写状を送り、パブリシティの獲得に奔走。とにかく様々なことで毎
日忙殺され、公開まであっという間の半年間だった。経験不足故に無駄も多かった
とは思うが、基本的な一連の流れを実践できたこと、そして大事なことは配給・宣
伝に関わる「数字」の大枠を知ることができたことはプロデューサーとして大きな
経験になったと思う。
しかし、配給・宣伝活動の中でいくつかの課題も見えてきた。劇場には私や野本の
友人も来場したのだがそのほとんどが「劇場でドキュメンタリーを観るのは初め
て」という人ばかり。一般劇場での公開となれば、情報誌や映画サイトの紹介欄に
は制作費数億円のハリウッド映画と並列に並ぶ。当たり前と言っては当たり前で、
自分自身「ぴあ」を見ながら映画を探している時は、制作費の規模など関係なく、
情報を見て面白そうかどうかでその映画を判断する。その判断は作品に対する作り
手の思いもまた時には度外視する冷酷なものだ。ある意味「商品」として判断され
る場に自作を提示する時、どのような観客層を想定し、その観客層にアピールする
ためにはどのようなアプローチが必要か。
作家たちが今後も作品を作っていくためには、プロデューサーとして作品の内容を
サポートしつつ作家が作り続ける環境を整えていかなければならない。映画を作り
続けていくということは、当たり前の話なのだが制作費を捻出し、公開しながら制
作費、宣伝経費を回収しつつ次の制作につなげていかなければならない。
課題は山積みだがその一方で、公開を通じて映画を世に出す喜びも味わった。野本
が一人で撮り始め、私も巻き添えになりながら2人で作った映画が、劇場でたくさ
んの観客が鑑賞し、私たちが映画に込めた思いが伝わっていく感覚。何よりも、孤
独だった監督にその充実感を味合わせることができたことはプロデューサーとして
の醍醐味だった。
『バックドロップ・クルディスタン』は難民問題、クルド問題といったテーマを扱
いつつも、監督である野本大のアイデンティティの在り方、主観の変化を骨格にし
た作品なのだが、作品中の野本の在り方は全般的に好意的に受け止められたようで、
特に若い層は作品中テロップで表記される「僕は、一番近くにいた傍観者だった」
という言葉に代表されるような野本の迷いやその後の行動に対する共感だけでなく、
観客が自分自身のジレンマについて熱心に野本に話しかけている情景を上映後によ
く見かけた。前回書いたとおり、制作中そして完成直後は、野本自身作り手として
作中の自分が持つ批評性を認識しきれていなかったが、そういった観客の反応を聞
くことでようやく作品を客観化し自作を語る言葉が追いついてきた。「批評が作家
を育てる」とはよく言ったもので、本作での制作〜公開の過程での野本がまさにそ
うだった。
『バックドロップ〜』において、揺らいでいた自分の在り方を自覚し、作家主体を
獲得していった野本は次にどのような視点で作品を作るのだろうか。野本がどう考
えているかは知らないが、勝手に推測するならばその鍵はやはり「私性」にあると
思う。
●世界を捉える「私性」の可能性
戦後、日本は高度経済成長を経て特に80年代以降は消費と情報によって「個」へと
分断されてきた。しかし、その分断は政治的圧力のような外的要因によって無理強
いされたものではなく、それぞれの「個」がそれを求めた結果でもある。より便利
に、より快適に、よりいいものが食べたい、着たい、所有したい‥。とめどもない
欲求=エゴによって、土地や歴史、文化が付随していた共同性を必要としなくなっ
た。その結果、よりどころを失った「個」はその喪失感を満たすためにその欲求を
さらにエスカレートさせるか、自らの立ち位置を求めてさまようことになる。そし
てバブルが崩壊し、社会の停滞が肌で感じられるようになってくると「個」の在り
方への不安が増大することで、向き合うべき他者を見出せずその矛先を「私」に向
けるセルフドキュメンタリーが数多く作られる背景が整うことになった。
日本国内に閉塞感が蔓延する一方で、流通、情報技術の発達に伴い、世界のグロー
バル化が急速に進んだ。地球規模で資本主義が拡大した結果、貧富の格差が広がっ
ただけでなく、地域における利潤争いが発端となって国家、民族、宗教等様々なイ
デオロギーに依拠した対立や矛盾が噴出し始める。
ドキュメンタリーでは『ダーウィンの悪夢』や『おいしいコーヒーの真実』等、グ
ローバル化による弊害の構造を描いた作品の中で、私たちは世界で進行している矛
盾を知ることができる。様々な立場のエゴが渦巻き、どこから手を着ければよいの
か検討もつかない状況を知るにつれ愕然とするのだが、その矛盾の行き着く先は私
たち個人のエゴであることを見逃してはならない。安くておいしい白身魚やコー
ヒーを私たちが欲することで、タンザニアではナイルパーチが、エチオピアでは
コーヒー豆が産業になり、その下で搾取される人々が生み出され、争いが巻き起こ
る。世界の矛盾は私たちそれぞれが抱える矛盾でもあるのだ。
一方で、情報網が発達しているグローバル化した現代では、皮肉にもその矛盾をも
って「私」と「世界」の距離が縮まったことを実感させてくれる時代でもある。世
界が抱える矛盾と「私」が抱える矛盾は繋がっているのだが、その繋がりは「私」
という視点で「世界」を捉える回路でもある。向き合うべき他者を見出せず自らの
立ち位置が揺らいでいた「私性」は現代日本を捉える批評性を帯びているだけでは
なく、同じように揺らいでいる他者=世界と向き合うための切り口になり得るので
はないだろうか。もちろん、複雑な状況が入り混じり矛盾を抱えた世界と向き合う
ということは、自らの矛盾と向き合うことでもあり、その作業は相変わらずしんど
いだろう。しかし、停滞した社会の中で自らの在り方を問うてきた日本の作り手た
ちは、その「私性」をもって「世界」を捉える新しい視点を獲得することができる
可能性を秘めている。
私は、自らの足では立つことが出来ずにいた作家たちがまず第一歩を踏みしめるた
めのサポートをしてきた。彼らが今後どのような視点で作品を作っていくのかはわ
からないが、少なくとも一つの作品をやり遂げた彼らは、自分自身で自らの切り口
を発見していかなければならない。そして獲得した新たな視点で世界を描こうとす
る時、願わくばまたプロデューサーとして彼らと併走していきたいと思う。〈了〉
■大澤 一生(おおさわ・かずお)
「バックドロップ・クルディスタン」は現在、広島・横川シネマ
http://ww41.tiki.ne.jp/~cinema-st/top.html にて公開中。
その後は9/27〜大阪・第七藝術劇場 http://www.nanagei.com/ 、
10/4〜愛知・名古屋シネマテーク http://cineaste.jp/ 、
10/4〜兵庫・神戸アートビレッジセンター http://kavc.or.jp/ 、
10/11〜東京・アップリンクX http://www.uplink.co.jp/top.php 、
11/16〜神奈川・川崎市アートセンター http://kawasaki-ac.jp/ にて
公開されます。また、東京で開催されるドキュメンタリー・ドリームショー
http://www.cinematrix.jp/dds2008/ でも上映されます。
ポレポレ東中野にて9/25の上映です。お見逃しなく!
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┃02┃□自作を語る
┃ ┃■『KING OF TOKYO O FILME』(キング オブ トーキョー オ フィウミ)
┃ ┃■太田 綾花
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今年は、“日本ブラジル交流年”ということで、
テレビでも多くの在日ブラジル人のドキュメンタリー番組を目にしたり、
イベントが行われていますね。
私が、このドキュメンタリー映画『KING OF TOKYO O FILME』(キング・オブ・トー
キョー・オ・フィウミ)のお話をいただいたのは、今年の1月中旬。
『“キング・オブ・トーキョー”と呼ばれ、
日本でこんなに愛されているブラジル人がいることを、
多くの人に知ってもらいたいんだ!』
と、プロデューサーの熱い思いから映画はスタートしました。
主人公は、Jリーグの元サッカー選手「アマラオ」。
Jリーグ開幕の92年に来日し、
FC東京でアマチュアリーグ時代からFWで活躍。
外国人選手でありながらも“トーキョーのキングはアマラオ”と呼ばれるほど愛さ
れる選手です。現役を引退した今でも、FC東京のホーム試合のゴール裏では、彼の
巨大な横断幕がかけられているという、伝説的な選手です…が、
実は!サッカーに全くうとい私は、彼のことをこれっぽちも知りませんでした。
しかし、ブラジルではほとんど無名だった選手にもかかわらず、日本のサポーター
に深く愛され、しかも、サッカー映画がほとんど作られない日本で、ラモスでもな
く、ジーコでもない、アマラオが映画になるということは、とても興味深いものだ
と思い、取材に入った覚えがあります。
映画は、「サッカーで、家族を養えるなんて思いもしなった。」という、
サッカー好きの1人の少年が、日本でサポーターたちの手によって引退試合が行わ
れるまでの軌跡をたどるドキュメント。
故郷のブラジルにロケをし、彼の友人をはじめ、
彼を慕うサッカー選手や多くのサポーターに話を聞きました。
予想外にも「アマラオはへたくそで…」などといった話が多く、
そんなこと話せるのも彼の人柄があってのことだと思いますが、
サッカーファンはもちろん、私のようにアマラオを知らない人でも楽しめる作品に
なったのではないかと思います。
つい先日、最後のマスコミ試写会があり、
ありがたいことに満員御礼。多くの方にご覧いただけたのですが、
彼のファンが益々増えていくように感じられました。
(私は、毎回試写会に足を運んでしまい
…若いせいか誰も監督だと思われないみたいでしたが。
劇中でアマラオが歌う“空に太陽があるかぎり”をくちずさみながら
帰っていく方もいて、うれしかったです。)
サッカー選手というのが、どういう方が多いのか知りませんが、
私から見て、アマラオは、ボールを通して生まれた、
人との出会いや触れ合いを本当に大切にしてきた方だと思います。
映画を通して、そんな彼の人柄や、歩んできた道を感じてもらえればありがたいで
す。ぜひ劇場に足を運んでみてください。
補足:タイトルの「O FILME」(オ・フィウミ)はポルトガル語です。
映画は日本語字幕も入っており、ブラジルの方でもご覧いただけます。
☆ドキュメンタリー映画『KING OF TOKYO O FILME』(キング オブ トーキョー
オ フィウミ)
10/11(土)〜渋谷シネパレス、
10/18(土)〜吉祥寺バウスシアターほかにて公開
http://www.kingoftokyo.com/
■太田 綾花(おおた・あやか)
1982年東京生まれ。武蔵野美術大学映像学科入学後、ドキュメンタリー映画『トン
トンギコギコ図工の時間』(監督:野中真理子)の宣伝・配給に携わる。大学卒業
後、フリーランスで活動。監督作品に『花のこえ』(全国50カ所200回巡業上映。
2004年度武蔵野美術大学卒業制作優秀賞・2005年地方の時代映像祭 奨励賞)、フ
ジテレビ『NONFIX わたしたちのマンガ道 トキワ荘に花が咲く』など。
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┃03┃□ワールドワイドNOW ≪ニューヨーク発≫
┃ ┃■子供たちと見た日本とアメリカ(後編)
┃ ┃■東谷 麗奈
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ビデオ制作を通して、日本とアメリカの中学生たちの異文化交流を図ろうというサ
マーキャンプが始まった。日本からやってきた生徒たちがあまりにおとなしい為に、
アメリカ人のみならず日本人である私までもがどう指導していいのか戸惑いを感じ
た最初の数日だった。しかし、その一方で特に不安を感じることなくスムーズに作
業を進めているグループもあった。
例えば、アメリカに住む日本人生徒が日本人とアメリカ人のコミュニケーションの
橋渡しをして、順調に企画を進めはじめたグループもあった。おもしろいことに、
このグループでは、大人の通訳を入れると生徒たちが嫌がったそうだ。また、ある
インストラクターは、言語というコミュニケーション方法に頼ることをやめ、まず
お互いに仲良くなるようにと、ゲームをしたり、一緒に歌ったり踊ったりすること
でコミュニケーションの素地を築いていた。こうして順調に作業を進めていたのは、
実はいずれもアメリカ人のインストラクターだった。「今日は子どもたちとアメリ
カと日本の国歌をお互いに歌ったんだよ」と報告してくれる表情は実に楽しそうで、
これは何よりも私自身がキャンプに向かう姿勢を変えなければならないのではない
かと思い始めた。
今回のキャンプで私が集めたインストラクターたちは、大きく二つに分けることが
できた。一つは、普段は主にディクレターやプロデューサー、カメラマン、編集マ
ンとして仕事をしており、たまに教える機会を持っている人たち、つまりは映像作
家であることが第一である人たちだ。もう一つは、普段からメディア教育を主な仕
事として、映像作家でもあるがまず第一に教育に携わっている人たちだった。言語
や文化の違いに関係なく、生徒たちとスムーズにコミュニケーションを築いていっ
たのは当然、後者のグループだった。
彼らが指導を進める様子を見て、中学生たちを教えることが初めての私は様々な点
でどうも意気込みすぎていたことに気づいた。異文化交流という目的を達成するた
めに、何かアメリカの社会問題を取り上げられるようなドキュメンタリーを作れた
らと思ったり、映像ならではの物語の語り方を指導できたらと思ったりしていた。
だからこそ、久しぶりに日本の子供たちと接して、こんなにもおとなしく意見を言
わないことにフラストレーションがつのり、社会に対する問題意識のなさに失望し
てしまうのだ。しかし、生徒たちは、楽しい夏休みを過ごしに来ている。それに、
必ずしも映画に興味がある生徒ばかりでもなかった。いきなり社会派ドキュメンタ
リーを作れと言われても楽しくもなんともない。また、グループのみんなの意見を
取り入れて、全員が満足して参加することに固執していたが、意見をまとめようと
する度に私の考えの押しつけになり一人で空回りをしていた。ビデオを作るのは私
ではなく、生徒たちなのだ。私が作りたいものを押し付けても仕方がない。
私たちのグループは、全員が女の子であったこともあり、ファッションや流行に敏
感な年頃だった。さえない転校生が学校でいじめられるが、おしゃれな上級生にマ
ンハッタンの町を連れられてショッピングし、変身を遂げて、いじめた生徒たちを
見返すというミュージックビデオのストーリーがまとまりつつあった。典型的な夢
物語で、外見でいじめられたら外見で見返すという発想に問題を感じて指摘したら、
生徒たちは困惑してしまい、沈黙してしまった。とにかく、ここは割り切ってしま
わなければいけない。子供たちが楽しんでビデオ制作に取り組み、作業の中でお互
い親しくなり良い思い出を持って帰れたらそれでいい。作るビデオの内容よりも制
作のプロセスを大切にしていけばいいと気持ちを切り替えた。そうすると、生徒た
ちの表情が和らいできた。お互いの案を出し合い、意見もきちんと聞く。しかし話
し合った結果、強い意見の生徒たちに残りが同調してしまっても構わない。ビデオ
作りはこうでなければ、教育とはこうでなければという型にはめて考えると、せっ
かくのいきいきとした流れを止めてしまうことになる。とにかく、私自身が柔軟に
なっていこうと心がけた。
撮影に入ると、最初に手順だけ指導すれば、自分たちが作りたいものなので、 後
は生徒たちで積極的に作業が進めてられた。交代でアングルを決めたり、お互い演
技を指導したり、自分たちが納得がいくまでテイクを重ねていた。一番年下の日本
人の生徒が演技を何回も失敗すると、アメリカ人の生徒が先生のように優しくなだ
めてあげたり、他のグループの作品に出演しにいった生徒がトラブルで泣いて帰っ
てくると、みんなでなぐさめてあげたり、出身や文化に関わらず、感情で繋がる生
徒たちの間で自然と絆が築かれていく様子が見て取れた。マンハッタンの撮影では、
撮影を切り上げて、ショッピングに行きたがる生徒たちが多かったが、半分観光旅
行で来ている生徒たちにとっては仕方がないことだ。むしろ、ショッピングに行け
るように、スケジュールをきちんと組み、撮影を時間通りに終えられるように指導
するのが私の役割だった。また、編集作業は、どのグループにとっても難しいプロ
セスだった。この作業には、興味を持つ生徒と持たない生徒がはっきりと分かれる
ようで、地道な作業が得意でない生徒はどうしても作業から遠のいてしまう。しか
し、実際にカットが繋がってくるとクローズアップのもたらす効果やカットのリズ
ムの良さなどに興奮して、積極的に案を出し合いながら完成させていった。
こうして、短いようで長かった2週間を無事終えて、最後の上映会の夜を迎えた。
レクチャーではあれほどつまらなそうにしていた生徒たちが、2時間に及ぶ上映会
だったにもかかわらず、みんな歓声をあげて拍手喝采のたいへんな盛り上がりだっ
た。それぞれのグループがインストラクターの紹介を受けて、作品を紹介していく。
クイズ番組のセットを丁寧に作り、罰ゲームのパイ投げまでをするコメディ、学校
に出たおばけを描いたホラー作品、絵が上手な生徒たちの特技をいかしたアニメー
ション、教室からマンハッタンの町にワープして冒険をするミュージックビデオ、
アメリカ人の転校生と日本人の生徒たちの交流を差別的な表現をわざと使うことで、
逆におもしろおかしく捉えて描いた作品、ポップミュージーックを通して日本とア
メリカを比較したドキュメンタリーなどなど、多彩でユニークな作品が出来上がっ
た。英語が分からないプレッシャーに負けて泣いたり、遊びが高じて突き飛ばし合
いの喧嘩になったり、ホームシックで泣いたり、それぞれのチームに様々なチャレ
ンジがあったが、多感で元気な生徒たちが体当たりで作った作品は実にいきいきと
していた。
上映会の後、生徒たちが一緒に写真を撮りましょうと集まってきた。彼女たちが泣
きながら別れを惜しむ姿を見ていると、ふと私もこうだったなとようやく思い出し
てきた。中学校で学んでいたときは、学校が自分の世界の全部だった。外の世界の
ことなどは知らなかったし、関心もなかった。でも、感情が溢れるほどに豊かで、
先生、友達の一挙一動に善くも悪くも敏感に反応した。キャンプで出会った生徒た
ちが、この夏休みに行ったビデオ制作は、「異文化交流」という言葉のレベルでは
なく、豊かな感情を伴った体験として残るに違いない。彼ら、彼女たちが数十年た
って今の私の年齢になったときに、映画の世界に関わっていなくても、あれがきっ
かけだったのかなと思い出しながらアメリカや世界への関心を広げてくれていたら
いいと思う。 生徒たちが作った10作品を収めたDVDを配布した後、「一生の宝物で
す」と言ってくれた生徒がいた。生徒たちに困ったり、腹を立てたりしながら、私
も少しあの時に戻ったように感情豊かな時を過ごさせてもらった楽しい夏休みだっ
たなと思う。
■東谷 麗奈(ひがしたに・れいな)
いよいよ、拙作のドキュメンタリーが日本でも放映されることになりそうです。編
集を担当してくれた友人が、アメリカを離れることになり、ばたばたと日本語版の
制作にとりかかりましたがなんとか無事終わりほっとしています。
今後の詳細は、 http://www.un-nun.org で掲載させていただきますので、是非立
ち寄ってみてください。
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┃04┃□映画時評
┃ ┃■『最後の木こりたち』(監督:ユー・グァンイー)
┃ ┃■萩野 亮
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昨年11月の東京フィルメックスに出品されたときから注目していた『最後の木こり
たち』を、「中国インディペンデント映画祭」でようやく見ることができた。この
作品は、ダイレクトシネマの新たな傑作であると思われる。
『最後の木こりたち』が描いているのは、中国・黒龍江省の雪山で伐採作業をする
木こりたちの最後の冬である。木こりたちは、山の神に供物をささげて、次々に木
を切り倒してゆく。けれども、冒頭のショットが木材を満載したトラックの危うい
走行であったように、このフィルムで彼らが行なっていることの大部分は、「伐採
」であるよりはむしろ「運搬」である。この「運搬」という一貫した簡潔な主題に
おいて、『最後の木こりたち』はいくつものすばらしいショットをみせてくれる。
そしてこのとき、運搬を行なうべく木こりたちとともに登場するのが、トラックで
あり、馬なのである。わたしがこのフィルムでもっとも興味深く思ったのは、運搬
労働に酷使されるこの馬の存在である。人間の歴史はこれまで一度もやめることな
く動物を利用してきたに違いないが、このフィルムは、そのような人間と動物の関
係性、家畜としての動物の生をあますことなく描ききっている。これは真の意味で
の「動物映画」だと思われた。
ところで、かつて丹生谷貴志氏はシルベスタ・スタローンについて次のように書い
ている。
「しかし、確かにそこには類稀な動物的無表情が現前する。つまりは『ランボー』
は特異な「動物映画」なのであり、たとえば『子猫物語』的な「人間主義的動物映
画」をあざ笑うようにして、われわれを「動物そのもの」の世界へと近づけてくれ
るのである。」(丹生谷貴志「愚鈍の表情 『ランボー』とブレッソン」)ここで
丹生谷氏は、『子猫物語』(86)に代表される「動物映画」はむしろ「人間主義的
」なのであり、たとえばスタローンがふいにみせる無表情こそが真に「動物的」で
あることを挑発的に語っている。動物が映画に登場する例は数え切れないほどある
が、「『動物そのもの』の世界」が暴かれることは実は多くない。日本でもヒット
した『WATARIDORI』(03)や『アース』(07)といった近年のネイチャー・ドキュ
メンタリーにしてみても、その高度な撮影技術による画面の美しさには息を呑むも
のの、「人間主義的」なナレーションやクリシェ化した編集によって、「『動物そ
のもの』の世界」はわたしたちの瞳から遠ざけられている。
『最後の木こりたち』は、このような「人間主義」がことごとく排除されている。
一日の仕事を終え、夕闇に包まれ青白くかがやく雪山に、馬はただ存在している。
疲れているのかもわからない。馬の顔がクロースアップで示されるが、その表情な
き表情には、読み取りうる何ものも存在しない。単一の事実が移りこんだ画面は、
人間の理解を超えている限りにおいて崇高であるとさえいえるだろう。
過酷な運搬労働と極寒ゆえか、馬は次から次へと斃れてゆく。木を運ぶことに疲れ、
山上で息絶えた馬は、ふもとまで今度は人間たちが曳いていかなければならない。
木こりたちが馬の亡骸を運ぶその傍らを、おそらく新しく連れられてきた馬が勢い
よく木々を運んでゆく。「運搬」の主題をめぐって、馬の生死が端正な構図のうち
に交差する。死んだ馬を木こりたちは丁寧に処理し、食べる。ものいわぬ馬たちは、
木を運び、息絶え、食される。これは畜馬そのものの崇高な「世界」である。
動物の話をし過ぎたのかもしれない。この映画では、木こりたちも実に魅力的に写
されていることを忘れてはならない。中心的に描かれるのは、耳の不自由な青年で
ある。天真爛漫ともいえる彼は、ほかの木こりと手話を使って会話する。床に入っ
てからの、手話による静かだが情熱的な会話を写したショットが印象的だ。人物が
キャメラを意識していた前半は、どこか彼らもぎこちなく視線のやり場に困るよう
なそぶりが垣間見られたが、キャメラに慣れた後半から、画面はしだいに透明感を
増し、運搬の主題をめぐる馬との関係性が明晰になっていったように思われる。ま
たおそらく一台のキャメラでの撮影であるため、ショット構成が緩慢な印象を前半
に持ったが、これも後半には解消されていったようにみえる。この限りで『最後の
木こりたち』は、ワイズマンのダイレクトシネマのような様式的な完結性はないも
のの、作家(撮影主体)が被写体を写してゆくなかで主題を獲得してゆくプロセス
をみごとに記録しているといえるだろう。
映画も終盤にさしかかったころ、ひとりの老いた木こりが死を迎え、その亡骸を納
めた木製の棺桶を、木こりたちは運ぶことになる。棺桶はもちろん、彼らが伐採し
運んだ木から丁寧に作られたものだ。呪術的な赤い絵具に彩られ、葬送儀礼ととも
に棺桶は土中に埋められる。彼らの切った木は、運ぶことを通じて土の中へ還って
ゆく。やがて牛たちが力強く行進するさまで映画は閉じられ、彼らの伐採地にはも
う木がなく、これが最後の伐採であったことが黒味に白の字幕であっさりと告げら
れる。棺桶の運搬を最後にして、彼らにはもう運ぶものがない。
☆『最後の木こりたち』
監督:ユー・グァンイー/2007年/中国/90分/DV
現在、大阪プラネットプラスワン「中国インディペンデント映画祭」で上映中!
■萩野 亮(はぎの・りょう)
和光大学表現学部卒。映画論。ここのところ「土本典昭の世界」、「フランス映画
の秘宝」、「ジャック・ドワイヨン特集」等に通いつめる毎日。知人と旧交をあら
ためるよい機会になっています。映画都市東京での生活はこれだからやめられませ
ん。
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┃05┃□neoneo坐9月前半の上映プログラム
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会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩1
分JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。詳細と地図はneoneo坐のHPをご覧下さい。
http://www.neoneoza.com/
■「知られざる短篇映画を見てみる」上映会「短篇調査団」
毎月第2・第4水曜/20:00〜21:40 終映予定
16mm上映 会費500円(作品資料付き/映画は鑑賞無料)
追加情報はblog版短篇調査団へ
■礼儀正しく3本立(計87分)
(75)しつけの巻…2008年9月24日(水)20:00〜
『知佐子の日記―幼ない子どものしつけ―』
1969年/27分/カラー
制作:日本技術映画社(現・カジマビジョン)
企画:日本船舶振興会・日立製作所/プロデューサー:岩佐氏寿
監督:小田基義/脚本:大西竹二郎/撮影:長岡隆
■子供の育成に必要な幼児期のしつけ、健全な家庭環境を考えながら、家族計画に
のっとった健全な家庭づくり、親と子の関係、出産育児について考える意欲をおこ
させる。
『女の子の躾け方』
1972年/30分/白黒
制作:学研映画/プロデューサー:原正次
監督:関川秀雄/脚本:前原公男/撮影:平野光徳
■男の子、女の子は肉体的にも精神的にも大きな違いがある。その躾け方もおのず
と異なるのが当然。同権ではあっても、同質ではないことをふまえた上で躾け方を
考える。
『テレビッ子マンガッ子のしつけ』
1972年/30分/白黒
制作:学研映画/プロデューサー:原正次・石川茂樹
監督:下村堯二/脚本:岡本克己/撮影:平野光徳・高橋昌徳
■なぜ子どもたちは、こんなにもテレビやマンガに夢中になるのだろうか。映像が
もつ独自の力と、そこに欠けているものは何かを中心に、現代っ子のしつけを考え
る。
【料金】会費500円(作品資料付き/映画は鑑賞無料)
※7月より会費制(500円)として、ご来場の皆様に作品資料をお渡しする形に改め
させていただきます。
【お問合せ】清水 E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp
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┃06┃□広場
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■上映:『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』
日本が世界に誇るドキュメンタリー映画の巨匠、土本典昭。本作はその映画と、見
守り続けてきた「水俣」への思いを余すことなく伝える。
土本は語りかける。自宅で、編集機の前で、そして水俣で。初期作品『ある機関助
士』や『ドキュメント 路上』への言及。『水俣 患者さんとその世界』、『不知
火海』といった名シーン。久しぶりに水俣の人々と再会を果たす土本。わたしたち
はこの旅で、伝え続けることの大切さを知る、ひとりの人間と出会うことになる
日本が世界に誇るドキュメンタリー映画の巨匠、土本典昭。本作はその映画と、見
守り続けてきた「水俣」への思いを余すことなく伝える。
土本は語りかける。自宅で、編集機の前で、そして水俣で。初期作品『ある機関助
士』や『ドキュメント 路上』への言及。『水俣 患者さんとその世界』、『不知
火海』といった名シーン。久しぶりに水俣の人々と再会を果たす土本。わたしたち
はこの旅で、伝え続けることの大切さを知る、ひとりの人間と出会うことになる
●『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』
(2006 /94分/DVCAM)製作:ビジュアルトラックス
監督:藤原敏史、出演:土本典昭
企画・製作:伏屋博雄、撮影:加藤孝信、監督補:今田哲史
インタビュー:石坂健治、音響監督:久保田幸雄
9月15日(月・祝)18:30
9月16日(火)15:30 / 18:30
会場:神戸映画資料館
ttp://www.kobe-eiga.net/program/
[特別料金] 会員1000円 学生会員・シニア会員900円 一般(非 会 員)1200円
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■「自作を語る」などの投稿、歓迎!
「自作を語る」欄は、監督自らが作品について語るコーナーです。制作した動機や
撮影のポイント、編集で心がけたこと等を内容に盛り込んで頂きたいと思っていま
す。その他の投稿も歓迎します。「自作を語る」は1600字程度。監督のプロフィー
ル(150字)、作品のデータ、上映スケジュール、HP等をお知らせください。
原稿締め切り:配信日(1日&15日)の3日前までに、下記に送信ください。
E-mail: visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋まで
◇────────────────────────◆◇◆
■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋 博雄(本誌編集長)
neoneoの購読は無料ですが、経費を(その大部分は稿料ですが)賄うため、上映等の
告知は有料にしています。なお皆様にカンパもお願いしていますので、ぜひご協力
ください。
(1)上映等の告知の有料化 40字×30行(行数の空きも計算)以内につき、2,000円
です。それ以上の行数の場合は加算します。
(2)カンパのお願い 一口2,000円。何口でも。
送金方法:郵便振込み:00160-8-666528 neoneoの会、又は、
みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782 (有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせく
ださい。)
以上、neoneoの継続ため、よろしくお願い致します。
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┃07┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
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●大澤一生さんの連載が終わった。『バックドロップ・クルディスタン』の全国公
開中の多忙のなか、よくぞ執筆くださったと、まずは感謝したい。毎回原稿が送信
されるたび、私は編集者の立場を超えて、読んだ。それは同じプロデューサーとし
て、大澤さんのような若い世代のプロデューサーが「プロデューサーとしての方法
論」をどのように模索し獲得されているのか知りたかったからである。
最終回は「『バックドロップ・クルディスタン』の公開に至るまでの配給・宣伝活
動を振り返りながら、彼らと併走していくだろうプロデューサーとしての私の在り
方も含めて今後の方向性を考察して」いただいた。これまでの3回の原稿ともども、
読み応えがあった。今後の動向が気になるプロデューサーである。
●前号に続く東谷麗奈さんのレポートは、日米の中学生がビデオ作品を共同制作し
異文化交流を図ろうとしたサマーキャンプの様子が綴られている。一般的に他国の
人たちと交流する際、日本人はシャイで自らの意見を積極的に述べようとしない、
と指摘されることが多い。これは中学生に限らず、たとえば内外の映画祭でも私た
ちがよく見聞することで、この傾向は日本人の国民性に起因されがちである。
しかし東谷さんは、2週間のサマーキャンプで日本の中学生は国民性を打破して、
徐々に積極的になっていったと報告する。そこには、指導するインストラクターの
ちょっとした配慮があったことが指摘されている。なるほど、このような工夫があ
って、人は心を開くのかと理解した次第で、ちょっとしたことが実は大きなことだ
ったなと得心し、読み進むうちに私も心地よくなっていくことに気がついた。
●中国のドキュメンタリーの隆盛は、目を見張るものがある。萩野亮さんが今号で
批評している中国作品『最後の木こりたち』もその1作であるが、最近の山形映画
祭でも圧倒的に中国のドキュメンタリーが席巻していることは周知のとおり。これ
が何に起因するかは目下の謎で、私自身、このことが知りたくてたまらない。
いったい、この現象をどう考えたらいいのだろうか。単に中国が国家としての矛盾
が激化していて映画のテーマが見つけやすい、といったことだけでは片づけられな
い、もっと大きな要因があるように思う。「何か新しい方法論を身につけている」
という意見もあるが、私はそれは中国の作り手たちの「映画をつくる覚悟」といっ
たものではないかと思っている。抽象的な言いかただが、その覚悟のパイがけた外
れに大きいからではないか、と思っているのであるが、如何。
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