映画関係者必読のメールマガジン。プロデューサー、監督、評論家、映画館支配人など、さまざまな立場からこれからのドキュメンタリー映画を熱く語ります。
- 最新号:2008-10-01
- 発行周期:月/2回
- 読んでる人:1778人
- 創刊日:2003-09-01
- Score!:82点
- コメント数 : 2
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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo 103号 2008.6.1
発行日: 2008/6/1∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
†01 ■ドキュメンタリー映画のかたち
2年目を迎えた神戸映画資料館(2)
初心に戻って加藤と小川 安井 喜雄
†02 ■自作を語る
『花はどこへいった』 坂田 雅子
†03 ■ワールドワイドNOW ≪ロス発≫
冗長さの意味ーワイズマン作品再見 水野 祥子
†04 ■映画時評
『靖国 YASUKUNI』(監督:李纓) 萩野 亮
†05 ■広場
■新・クチコミ200字評!(75))
『追悼 村木良彦「あの時だったかもしれない」〜テレビにとって
「私」とは何か』
『わたしが子どもだったころ hungry〜野村克也的飢餓人生』
『200年後のゆりかもめ』『ノモンハン/天皇伝説』
(以上の評、清水 浩之)
■告知:作品募集 開始!
<アース・ビジョン 第17回地球環境映像祭>
■上映:ドキュメンタリー『ライファーズ』上映とディスカッション
6/14津田ホール(津田塾大学千駄ヶ谷キャンパス)
■神戸映画資料館<小川紳介監督全作品上映その7>
6/14、15『どっこい!人間節 寿・自由労働者の街』
『クリーンセンター訪問記』
■募集:「自作を語る」などの原稿募集!
■上映の告知の有料化とカンパのお願い 伏屋 博雄
†06 ■編集後記 伏屋 博雄
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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■2年目を迎えた神戸映画資料館(2)
┃ ┃■安井 喜雄
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●初心に戻って加藤と小川
1985年6月17日に加藤泰監督が亡くなられてから23年、1992年2月7日に小川紳介監
督が亡くなられてから16年も経った。時の経過は速いので驚くばかりであるが、私
が尊敬する二人の監督作品を見る機会が関西圏では非常に少ないのが気になってい
た。加藤泰の主要作品は新世界日劇会館の佐々木支配人が繰り返し上映してくれる
のでありがたいものの、小川紳介作品は大ファンである景山理さんが采配する大阪
九条のシネ・ヌーヴォでも最近は上映する機会に恵まれていない。そこで、神戸映
画資料館で両監督の作品を上映し、若い人たちに見る機会を与えようと田中範子支
配人とともに思い立った。私が自主上映を始めた頃によく上映した作品も多いが、
初心に帰っての再挑戦である。両監督と親交のあった山根貞男さんも乗り気で、毎
月神戸まで来ていただけることになり盛り上がってきた。山根さんも初心に帰って
加藤泰作品について場面分析や生前に監督から直接聞いた話などをユーモアたっぷ
りにお話しいただいている。
この一年、映画監督などの来訪者も多かった。『郷愁は夢のなかで』の岡村淳監督、
『2つの名前を持つ男』の田中文人監督、『キャメラマン玉井正夫』の佐藤央監督、
『未来世紀ニシナリ』の田中幸夫監督、『長居テント村に大輪の舞台が立った』の
布川徹郎監督と金稔万監督、『暗くなるまで待てない!(リニューアル版)』の大
森一樹監督、『シーズ・レイン』の白羽弥仁監督など。監督夫人では小川紳介夫人
の白石洋子さんや福田克彦監督夫人の波多野ゆき枝さん。プロデューサーでは『か
ぞくのひけつ』の志摩敏樹さん。映画評論家の森卓也さん。その他、映画研究者や
アーカイヴ関係者なども多数ご来訪いただいた。来る6月から7月にかけては発掘さ
れた最初期の日本アニメーション『なまくら刀(塙凹内名刀之巻)』『浦島太郎』
の発見者である松本夏樹さんや撮影監督のたむらまさき(田村正毅)さんが来訪の
予定である。松本夏樹さんは手回し映写機を持ち込んでフィルムを上映し、発見の
経緯などを解説されることだろう。たむらさんは山根さんと対談し、小川作品はも
ちろんのこと青山真治作品など近年の仕事についても言及されるだろう。
昨年のユニークな催しとしては、8月に「ホームムービーの日in神戸」というのを
やった。家庭に眠っているフィルムを持ち寄ってみんなで楽しむ日が世界的に決め
られていて、その日に合わせ各地で上映会を開くというもので、神戸では10人から
115本のフィルムが集まり、その中から全員各1本から2本を上映した。ほとんど8ミ
リ・フィルムだったので光源の強い映写機確保とフィルムの事前点検がたいへんだ
ったが、満席となり好評だった。私としては昔の8ミリのカラーが褪色していない
のに驚いた。
また、大阪芸術大学映像学科教授の太田米男先生主導のもと開催した「映画保存
ワークショップ」というのも面白かった。太田先生をはじめフィルムセンターのと
ちぎあきらさん、京都文化博物館の森脇清隆さん、映画保存協会の石原香絵さんに
よる映画の復元と保存についてのレクチャーとシンポジウム。本来は30席の上映ス
ペースで行う予定だったが参加者が倍増し、急遽別の会場に移動して大慌て。これ
ほど映画の復元と保存に関心があるとはみんな思っておらず予想外の反響だった。
1月17日は阪神淡路大震災の日。一般から募集した震災の記録ビデオを集めて上映
した。一般からの応募は9本、この地域で長期取材され『野田北部・鷹取の人び
と』を連作された青池憲司監督が知人から寄託されていた2本を持参、私が写した
16ミリフィルムを加えて12本の記録映像を上映した。それぞれの映像はできるだけ
撮影した本人に来ていただき解説を付してもらった。この催しにはマスコミが殺到、
新聞やテレビで取り上げられた。
こうした1年間の上映作品や活動をまとめた年間レポートNo.1が最近完成し「神戸
映画資料館を支える会」サポーターを中心に配布している。関心ある方は直接、神
戸映画資料館にお問い合せください。
神戸映画資料館:
〒653-0036 神戸市長田区腕塚町5丁目5番1-201 アスタくにづか1番館北棟2F
Tel/Fax:078-754-8039
e-mail: info@kobe-eiga.net http://www.kobe-eiga.net/
■安井 喜雄(やすい・よしお)
大阪中崎町のプラネット・スタジオ+1の近くに『長居テント村に大輪の舞台が立
った』の金稔万さんらが事務所を開いている。布川徹郎さんやドキュメンタリー志
望の若者たちが出入りして活況を見せているので、私も時々覗いて新作についての
議論を聞いている。今年60周年を迎えた済州島の四・三事件を主軸に阪神教育闘争
なども視野に入れた作品づくりが進められており完成を楽しみにしているところで
ある。
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┃02┃□自作を語る
┃ ┃■『花はどこへいった』
┃ ┃■坂田 雅子
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2003年春、夫グレッグは54歳で亡くなりました。予想だにしない、あっという間の
ことでした。原因は肝臓がん。ベトナム戦争時に浴びた枯葉剤が原因ではないか、
と友人に指摘され、私は枯葉剤について知り、今のベトナムを自分の眼で確かめた
い、と思いました。悲しみを乗り越えるため、何かをせざるを得なかったのです。
生前撮っていたホームビデオの存在も映画をつくる動機のひとつだったかも知れま
せん。ホームビデオを再生することで、彼が生き返ったように感じられ、声や姿を
何度も繰り返し再現したいという思いに駆られました。もっと彼の存在を感じたい。
映画にすることによって、彼の存在が蘇るのではないかと思ったのです。
ベトナムでは、枯葉剤の被害者は至る所にいました。30年前には生まれてさえいな
かった子ども達が、様々な病気や生まれながらの障害に苦しんでいる。しかし、大
変な困難と貧困の中にありながら、愛や情、暖かさを忘れない人々にあらゆるとこ
ろで出会い、レンズを通して優しさに包まれました。撮影中は自分の悲しみも忘れ、
とても充実したときでした。
この映画製作に携わることで、私は苦しい数年間を生き延びてこられました。ベト
ナムの人々やグレッグに生かされてきたのです。そして、映画が完成したことによ
り、私のグレッグに対する気持ちにひとつあきらめがつきました。グレッグは死ん
でしまった。でも、彼の存在は違う形で残されました。時間がかかってもいい。こ
の映画を通して、水の波紋が静かに広がり続けるように、グレッグのメッセージが
世界中に広がっていくことを願っています。
☆公式ホームページ: www.cine.co.jp/hana-doko/
☆公開情報
6月14日(土)?7月4日(金)まで岩波ホールにて3週間限定特別上映
以下、大阪・第七芸術劇場、京都シネマ、神戸アートビレッジセンターなどで全国
順次公開。
●岩波ホールでの上映期間中に、2人のフォト・ジャーナリスト追悼イベント開催
(1)フィリップ・ジョーンズ=グリフィス(Magnum Photos)追悼会
日時:6月18日(水) 20:10?
ゲスト(予定):広河隆一氏(フォト・ジャーナリスト)、坂田雅子監督
(2)グレッグ・デイビス追悼会
日時:6月21日(土) 20:10?
ゲスト(予定):坂田雅子監督
■坂田 雅子(さかた・まさこ)
ドキュメンタリー映画監督。1948年長野県生まれ、65年から66年、AFS交換留学生
として米国メイン州の高校に学ぶ。帰国後、京都大学文学部哲学科で社会学を専攻。
70年にグレッグ・デイビスと出会い、結婚。写真家としてのグレッグの仕事を手伝
うかたわら76年から写真通信社インペリアル・プレス勤務、95年、社長に就任。
98年にIPJを設立し社長となる。2003年のグレッグの死をきっかけに、枯葉剤につ
いての映画製作を決意し、米国メイン州のフィルム・ワークショップでドキュメン
タリー映画制作の基礎を学ぶ。04年から06年、ベトナムと米国で枯葉剤の被害者や
その家族、ベトナム帰還兵、科学者等にインタビュー取材を行う。2007年、坂田雅
子製作・監督・撮影・編集で、映画『花はどこへいった』(英語タイトル
AgentOrange -a personal requiem-))を完成させる。
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┃03┃□ワールドワイドNOW ≪ロス発≫
┃ ┃■冗長さの意味ーワイズマン作品再見
┃ ┃■水野 祥子
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ロサンゼルスのビバリー・ヒルズにはロデオドライブという高級ショッピング通り
があって、ひとつ通り東にいくとPaley Center for Mediaという名のテレビ・ビデ
オ博物館がある。初めて訪れたとき、その真っ白な壁と大きなガラス窓の3階建て
の建物は高級輸入家具のショールームかなにかのようにみえて、正直戸惑った。後
日「陰翳礼讃」で「西洋的」と谷崎が言う陽の中の白を思い出した。華やかな街を
横目に車で地下に乗り付けて、エレベーターで二階に上がって入る視聴覚センター
は薄暗く広々としている。 平日の訪問者は数えるほどしかおらず静かなので、眩
しい外や建物全体の雰囲気とは対称的に薄暗い。50近くあるモニター・ブーズのひ
とつに座って3桁の番号のボタンを押すだけで、センターが保存し公開しているテ
レビ番組やコマーシャルのコレクションのなからから好きなものが見られる。この
手軽さはありがたい。周りに目をやると、研究者らしき人もいれば、メディア業界
かな、と思われる製作のリサーチに来ている人も。華やかなフランス人の引率の先
生に連れられてきた十代前半のリセに通うらしき学生グループを見かけた日もあっ
た。週末は少し賑わいがあって、昔懐かしい映像や見逃したドラマの番組を楽しむ
ために来る人の笑い声が聞こえたりする。
場違い?と思いながら私がそこへ通っていた理由は、(前回も言及したが)ここで
フレデリック・ワイズマン作品の殆どが2階の視聴覚センターで見られるからだっ
た。現在個人向けにDVDも販売しているが、長い間ワイズマンの作品をまとめてじ
っくり観るにはここしかなかったのだ。他に見たいものも沢山あるがあまり寄り道
する時間もないので、長く通っていて顔なじみになってしまったスタッフへの軽い
挨拶をすませてモニターの前に座った後いつも私の目の前に写る世界は、屠殺場や
精肉工場、霊長類を使った動物実験のようすや、ドメスティック・ヴァイオレンス
を経験した人々の話だったりする。映画を見に行くことや観るという時間は、なん
とも不思議な時間と空間の体験であるかということを感じずにはいられない。
先週末2日を費やして再度観たのはフレデリック・ワイズマンが少人数のクルーと
ともに1984年秋に撮影し、その後一年以上の編集で1986年の完成された4作品『視
覚障害』、『聴覚障害』、『適応と仕事』と『重度障害』というミニ・シリーズ。
映画で詳しく語られることはないが、資料によると、その舞台は、アラバマ・イン
スティテュート・オブ・ブラインド・アンド・デフ(AIBD)という、1958年の創立
以来障害者教育界で模範的施設として名高い州立の総合養護施設。撮影当時、4つ
のキャンパスで視覚障害者、聴覚障害者、視聴覚障害者と、知的障害を抱える者た
ちの総勢1300人を教育していた 。この施設における教育の最大の目的は、可能な
者に独立して生活できる能力とスキルを習得させること。 生徒数と教職員数の比
率は2対1という、ゆとりのある教育環境が保たれており、自身も障害を持つ者を含
む600人の教職員がその目的達成のために日々の指導に従事していたという。
シリーズ第一作『視覚障害』は盲学校での5歳の保育園児から12年生までの視覚障
害者が教員とともに経験する様々な訓練や父兄相談、教職員会議などのシーンで構
成されている。言葉を話せる子供たちが点字を学び校内を一人で杖を持って歩くこ
とを学んで行くシーン、4つの作品のなかで最も明るい感じを与える作品だろう。
『聴覚障害』は、 聾学校で繰り広げられる訓練、つまり、発声、補聴器、読唇術、
ゼスチャー、文字を書くことなどで補いながらの手話や指文字の意思疎通法を学ぶ
者たちの毎日が中心である。第三の『適応と障害』は、前半が簡単な計算の仕方か
ら工場での仕事を得るためのさまざまな訓練などを捉えており、後半は、一角にあ
る職業訓練を終了した者が働く工場内でのようすが写される。『重度障害』は 重
度障害を持つ子供のための学校と寮での日常を描いている。
映画の合間、数軒先のコーヒーショップで、持ち込んだ批評文に目を通してみる。
ワイズマンは当初2時間程の映画を1本撮ることを構想していたが「 視覚障害者に
40分、聴覚障害者に35分、さらに多くの時間を多重障害者に、残りの時間をリハビ
リ訓練に、というふうに割り振るなんて到底無理だということ、各々別の作品でな
いといけないと気がつくまで2日とかからなかった」★という。
数人の批評家は、AIBDの教育が障害者の社会適応訓練に大きな成功を遂げている
ことや教職員たちがいかに素晴らしい仕事をしているかを語り、見る者にそこに学
ぶ障害者たちの立場に立って社会を見直すことを示唆する映画であると賞賛してい
る。しかし、シリーズが4晩連続のテレビ放映で、試写では9時間継続して見ること
を要求されたせいであろうか、テレビ放映時前後の新聞・雑誌批評ではその長さへ
の戸惑いが現われていた。
ドキュメンタリー映画作家ポール・ウィルクスは9時間のシリーズを見終わったと
き、様々な問題の解決策が呈示されていないことに戸惑ったという。しかし翌日か
らしばらくの間、登場人物たちが頭の中に戻ってきて離れず、映画途中3分の2くら
いのところで、寮に戻っている重度障害者たちがプレイ・ルームにいるシーンを思
い出し、以下のような考えにたどり着いたという。「掃除が行き届いていて大きな
テレビがあるその明るい色の壁の部屋で、授業中に誰かが必ず払ってくれる注意が
ない状態では彼らは退化するのだ。ひとりは椅子を床に投げつけ、もうひとりは放
心状態で歩き回っている。…寮で働くヘルパーはこれらを黙って見ている。…これ
が冗長さを見つめろということなのだ。学校のスタッフによる懸命な補助と細やか
な注意がなければ、これがその子供たちの生活になっていたはずなのだ。」★
テレビ局が嫌がるのをわかっていながらもなぜこれまでの長さにしたのかというウ
ィルクスの質問に、ワイズマンは目を見開き饒舌になってこう答えたそうだ。
「『聴覚障害』のピーターと母親のカウンセリングのシーンには多くの問題が犇め
いているのが見えてくるだろう。母親が風疹にかかっていて中絶を考えている。離
婚、再婚、家族の崩壊、父親がピーターを拒否している、そしてピーターが自殺を
考えていることも。セラピーや障害者のための特別トレーニングの効果とは何か。
これをジャンプカットやジャズっぽい音楽で片付けられるものだろうか。私はこの
シーンに47分使ったがその毎分が欠かせないものだった。それから『重度障害』の
女の子のシーンもそうだ。彼女は4つの25セント硬貨が1ドルになるということを懸
命に理解しようとしている。これは彼女にとってあっという間にできることじゃな
いんだ。このようなシーンの数々は私が好き放題に尊大ぶってやっているわけじゃ
ない。重度障害者にとって生活がどのようなものであるか正確に描写する方法なん
だ。」★
「長い」と言われた9時間の作品は、私の馴染みのない障害者施設について多くの
情報を与えてくれていて、それが複雑な編集で構成されていて、幸い、私にとって
は長くはなかった。慌ただしい日々の生活のなかで、映画を見るときにすらすぐに
答えを求める私たちに、健常者である観客に、 私たちが瞬間的に終えてしまう動
作に障害者は数倍、数十倍の時間を要することや、訓練を終えて仕事についた障害
者が機械的に繰り返しの作業をしているようすを見ながら訓練の意義について考え
させてくれる2日間だった。
高級車が目につくブランド街の真ん中の暗闇でこんなことを考えながら帰宅した日
曜日の夕方。土本基子さんからの一日をつづった「花の谷通信」が届いていて、読
んだ。太平洋を挟んだ千葉の海沿いの病院での時間の流れと明日への思いが綴られ
ている。『逆境のなかの記録』を手に取る。帯に土本(典昭)さんが、否定的に使
われる「足ぶみする」という否定的な表現があるが、「足ぶみこそ、歩き方をみつ
ける前の能動的動作であると思いたい」と語っている件が目について、その前後を
1時間ほど読んだ。夜8時になっても明るいロサンゼルスの初夏。見えること、見え
ないこと、綴られていることやいないことを考えながら、さまざまなドキュメント
が時間と空間を超えて私の一日を作っていることを不思議に思った一日だった。
★は筆者による翻訳
■水野 祥子(みずの・さちこ)
先週末、エロル・モリスの新作、『Standard Operating Procedure』を見に行こう
としたらもう終わっていてがっくり。まだパサデナで上映中と判明し、ガソリンが
高くて気が引けるけれど、今週末車で1時間くらい走ろうか思案中。日本で公開が
決まっていればその時に見たいのですが、どなたかご存知ですか…。
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┃04┃□映画時評
┃ ┃■『靖国 YASUKUNI』(監督:李纓、2007年)
┃ ┃■萩野 亮
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『靖国 YASUKUNI』は、大きく二種類の映像によって成り立っている。ひとつは、
毎年にわかに騒がしくなる8月15日の靖国神社の境内を写したものであり、もうひ
とつは靖国神社のご神体である「靖国刀」を鋳造していた最後の刀匠・刈谷直治氏
を取材したものである。ふたつの映像はみごとな対称を成している。手持ちカメラ
の野外撮影においてひとびとに首尾よくついてゆき、騒動を目撃する前者に対し、
後者はどこか薄暗い室内で据え置きにされたカメラの前で、静かに時間が過ぎてゆ
く。前者についてわたしたちはマスメディアを通じてよく知っているが、後者の存
在については知らない。
8月15日の靖国神社を「知っている」とは書いたものの、けれどもその光景を目撃
したわけではない。メディアを通じて知られるのは「靖国騒動」についての「情
報」であって、「情報」以外のものはそこから削ぎ落とされている。『靖国
YASUKUNI』が描く靖国神社には、情報化されない感情の交差が写りこんでいる。軍
服姿で整列し、「英霊」に語りかける保守派のひとびともいれば、追悼集会に乱入
・抗議した青年は、参列者にとらえられ「お前は中国人だろう、中国人は帰れ」と
一方的な罵声を浴び追放されたうえ、暴行まで加えられる。駆けつけた警察官は
「早く(パトカーに)乗りなさい」といって青年を強制的に連行する(言い分も何
も聞かず事を対処する警察の論理は、このフィルムを一部の国会議員が「事前検
閲」し、さらに一部の映画館が上映を中止した論理とよく似ている気がする)。わ
ずかなショットで撮られたこの場面の臨場感は、偶発事を的確にとらえる機敏なカ
メラワークのなせるものだろう。これらの映像は「目撃者」の視点で撮影、構成さ
れている。フレデリック・ワイズマンはよく「観察者」と形容されるが、李纓は、
被写体に話しかけるシーンをほぼすべて編集段階でカットし、ときに暴力や怒号と
して表出される感情の激化をひたすら「目撃」している。目の前にある感情の高ま
りに対し、撮影主体は感情的にふるまうことが決してない。
このフィルムのもっとも評価すべき点は、これまでの靖国神社をめぐる議論が関心
を集中させてきた祭神としての戦没者ではなく、そのご神体としての「靖国刀」に
注意を差し向けたことにある。靖国刀とは、陸軍大臣の監督のもと、昭和8年に設
立された財団法人日本刀鍛錬会の刀匠たちの手によるもので、靖国神社の境内に設
置された鍛錬所で終戦までにおよそ8100振が鋳造されたという。その目的は「国粋
たる日本刀を鍛錬し、主として将校、同相当官の軍力の整備」(初代主事・倉田七
郎の言葉、映画パンフレットより)にあった。つまり靖国刀はご神体という「聖な
るもの」でありながら、同時に前線で用いられる軍刀でもあり、さらには「国粋」
として全体主義の美学をも担った多義的な存在だったわけだ。
ドイツのドキュメンタリストであり、かつて『ジャーマン・イメージ』(1983)で
ナチスドイツの文化映画にひそむ美学イデオロギーをあぶりだしてみせたハルトム
ート・ビトムスキーは、『B-52』(2001)において、アメリカの戦闘機であるB-52
の製造から解体・再利用までを取材することで、軍用機をめぐる文化現象と、冷戦
を経てイラク戦争へ至るアメリカの現在をあざやかに描いてみせた。
B-52の強さ、美しさを賛美する画家の声があり、その「部品」に執着する商人がい
る。またかつて当の戦闘機に爆撃を受けたヴェトナムの市民も登場する。ビトムス
キーはアメリカへの批判的な視線を隠そうとはせず、ときに対象への鋭い質問によ
って、ときにゴダール映画を思わせる男女ふたりのナレーション(のようなもの)
によって、批評的な距離を持ってフィルムを構成している。ビトムスキーがアメリ
カから実際的に距離をおいたドイツの映画作家であることは、この批評性に関わっ
ているとみてよいだろう。
中国人であり現在は東京に住む李纓のフィルムにも、『B-52』と同じような批評的
距離を感じることができる。けれども李纓は、ビトムスキーのように撮影主体がど
の立場から対象をまなざしているかを明確化しようとはしない。彼は自身の判断を
括弧に入れ、対象への介入を極力回避しようとする。
「靖国神社のご神体は刀である。/それに対しての問いかけでもあるこの映画の
《ご神体》は、ある意味において《鏡》といえるだろう」(映画パンフレットよ
り)。このように述べる李纓は、むしろ靖国刀の存在を「鏡」として、表立つ騒動
とその裏面にある刀匠の存在とを照射して、靖国神社と日本の近現代への視線を問
い直そうとしているのだといえるだろう。
李纓のこの不介入は、刀匠・刈谷直治氏と向き合う場面において、実にいびつなか
たちで表現される。キャメラを介した対話は、けれどもおよそ対話としては成立し
ないのだ。日本刀の美について、強さについて、刀匠は言いよどみ、沈黙する。質
問者はそれ以上問いただすことをしない。そこにはむしろ非=対話の地平がある。
これには刈谷刀匠の寡黙さや、質問者である李纓監督の日本語力の限界が作用して
おり、さらには『B-52』に見られたような、問題の所在を突き詰めようとする質問
の精度や緊張感の欠如を認めなければならない。もっとも問題としなければならな
いのは、監督が小泉首相の靖国神社参拝について刈谷刀匠に訊ねた場面だ。刀匠は、
朴訥とした口調で首相の言を反復しながら支持を表明し、翻って「あなたはどう思
うか」と問いを差し向ける。しかし李纓監督はお茶を濁すようにして、意見を表明
することをしない。映画の主体として主張を括弧入れしようとするならば、このシ
ョットを採用しなければよいのであって、問われたことに応答しないのは、被写体
に対する敬意の欠如のようにも思える。このような非=対話の結果、全体を通じて
ほとんど何も明らかになっていない。正直に言って、なんとももったいない気もす
る。けれども、このちぐはぐさが拭いきれない後味を残していることもまたたしか
なのだ。だとすれば、それは何なのだろうか。
これまでのいくつかのドキュメンタリー映画、たとえば日本国家の戦争責任を主題
とする『ゆきゆきて、神軍』(原一男監督、1987)や『蟻の兵隊』(池谷薫監督、
2006)が、緊密にしてときにプライヴァシーを踏み越えた、カメラと被写体との
「対話」によって映画のドラマツルギーを獲得していったとすれば、『靖国
YASUKUNI』はドラマツルギーの獲得をそもそも目指していない。対話としては成立
しないが、けれどもそこにふたりの人物がたしかに向き合っている、その(非)関
係性が画面に定着されることで、両者のはざまにある深淵こそが垣間見えてくる。
ほとんど何も語ろうとしない刀匠は、言葉よりもむしろ刀の鋳造を再現することで、
またその刀を実際に抜くことで、あるいは詩吟によって、何ものかを語る。撮影主
体も、言葉を返すよりもむしろそれを見つめることで、その何ものかを別の方向か
ら感じとる。その「何ものか」とは、聖なるものであり、殺傷道具であり、また
「国粋」でもある、およそ理解を越えた靖国刀の存在性そのものであるかもしれな
い。『靖国 YASUKUNI』は、靖国刀をまさに「鏡」として、両者のはざまにある深
淵を照射しているのだ。
映画が終わりに近づいたころ、「休みの日はどんな音楽を聞いていますか」という
質問を「靖国の音楽はありますか」と聞き違えた刀匠によって、明治100年記念式
典における昭和天皇のスピーチがカセットテープで流される。「今日のこの発展は、
明治維新以来の先人が、英知と勇気を持って……」。対話によってではなく、対話
の不全によって偶発的に起きた、あらゆる意志を越えた画面が現出する。個人と個
人の対話を越えた声の存在が、あながち隠喩的ともいえないありようにおいて表出
された、このフィルムにおいてもっとも意味深長なショットだといえるだろう。
☆『靖国 YASUKUNI』
李纓監督/2007年/日本=中国/カラー/35ミリ/123分
現在、渋谷シネ・アミューズほかで上映中!
■萩野亮(はぎの・りょう)
1982年生まれ。和光大学表現学部卒。映画論。これが配信されるころには開催され
ている、シネマート六本木の「タイ式シネマ・パラダイス」を楽しみにしています。
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の特集がもう組まれるなんて!期間中どう
やら劇場はタイカレーの匂いがたちこめているようです。
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┃05┃□広場
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■新・クチコミ200字評!(75)
■清水浩之(短篇調査団・6/11は沖縄の巻! http://d.hatena.ne.jp/tancho/)
オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!映画・ビデオ・テレビな
ど皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも可!もちろん「オスス
メしない映画とその理由!」もOKです。
本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡先(メールアド
レスor電話)/題名/制作年/監督/見た場所(よろしければあなたのプロフィール
や近況も)を付記してお送りください。
清水浩之 E-mail:shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp /ファクス:03-3703-0839
B-284『追悼 村木良彦 「あの時だったかもしれない」
〜テレビにとって「私」とは何か』
2008年/制作:テレビマンユニオン+TBS/ディレクター:是枝裕和
放映:2008年5月18日・TBS「報道の魂」 http://www.tbs.co.jp/houtama/
1960年代に斬新なドキュメンタリー番組を送り出した萩元晴彦・村木良彦両氏が
「偏向」として排斥された顛末を再検証し、テレビが客観性を“偽装”し始めた
「あの時」を探る。街頭インタビュー企画『日の丸』、前衛的な旅番組『わたしの
火山』、会社と労組が阻止した(!)「山下清のベトナムルポ」など、今でも新鮮な
〈こうだったかも知れない〉幻のテレビ史を垣間見る面白さ。「主語」のない番組
作りを見直すためにも必見の一本です!(清水浩之)
B-285『わたしが子どもだったころ hungry〜野村克也的飢餓人生』
2007年/制作:ドキュメンタリージャパン+NEP/ディレクター:五十嵐久美子/
撮影:山崎裕
放映:2008年5月25日・NHK総合 http://www.nhk.or.jp/kodomodattakoro/
故郷の丹後を走るディーゼルカー…車内で子ども時代の思い出を語り始める野村氏
からカメラがスーッと横を向くと、窓には“なぜか”赤ん坊の頃の写真が貼ってあ
って…そんな、ちょっとした仕掛けで見る者を一気に「物語」へ引き込む冒頭から、
70代のノムさんを駅のホームで待つ10代の克也少年、海に向って叫ぶ二人のカッち
ゃん…といった具合に、ドキュメンタリーと再現ドラマ、二本の糸を丁寧に編み込
んだ構成に思わず見とれました。(清水浩之)
B-286『200年後のゆりかもめ』
2008年/撮影・編集:cat2525jp
http://d.hatena.ne.jp/cat2525jp/20080525
走るクルマや鉄道の進行方向をひたすら記録し続ける「車載映像」…まさかこのジ
ャンルに感動する日が来ようとは(笑)新橋駅からレインボーブリッジを渡って台場、
豊洲に至る「ゆりかもめ」の前面展望を、画面上下に鏡のように並べるとアラ不思
議!見慣れた下界はキレイに消え去り、雲の間に浮かぶ無数の高層ビルをすり抜け
て進む「空中トレイン」の旅が楽しめます。東京という街が“上半分はもはやSF”
という事実をバクロする傑作!(清水浩之)
B-287『ノモンハン/天皇伝説』
2008年/制作:マルパソプロ/監督・撮影・主演:渡辺文樹
5月26、27日・神奈川県民ホール(上映中止)
まさかの上映中止で「見れなかった」クチコミに!北東アジア・フクシマ国で
35mm自主映画を撮り続ける“怪人”の、都内各地に貼り巡らせた「あの」手描きポ
スターで知られる新作上映は、直前の監督逮捕で中止という事態に!半年前の“支
払い滞納”容疑が噂通りの別件逮捕だとしたら、自民党代議士が鉄砲玉を務めた
「あの事件」より陰湿な気も。肝心の映画に説得力があるか確かめるためにも(!)、
監督の早期復帰と上映実現を希望します。(清水浩之/かわりに『戦争と人間・完
結編』を観ました)
◇────────────────────────◆◇◆
■告知:作品募集 開始!<アース・ビジョン 第17回地球環境映像祭>
「EARTH VISION 地球環境映像祭」とは、「地球環境」をテーマとした国際映像祭
です。
アジアで初めての国際環境映像祭として、1992年に始まって以来、世界の優れた環
境映像を紹介しています。 http://www.earth-vision.jp
「アース・ビジョン 第17回地球環境映像祭」の作品募集を開始します。
テーマは「地球環境」に関するもの。ジャンルや長さ、国籍は問いません。
みなさまの作品をお待ちしております。
http://www.earth-vision.jp/evhtml-j/3applyinfo-j/application-j.html
【環境映像部門】
製作者が日本を含むアジア、オセアニア地域(ポリネシア諸島を含む)に在住して
いること。
・アース・ビジョン大賞(1点)50万円・審査委員特別賞(1点)10万円
・最優秀賞(1点)10万円・入賞(数点)記念品
【子どものための環境映像部門】
その作品が「子どものため」の映像であること。
製作者の在住する国・地域は問わない。
・子どもアース・ビジョン大賞(1点)10万円
・子どもアース・ビジョン賞(数点)記念品
◆応募方法◆
ホームページからダウンロードした応募フォームのデータとプリントアウト、
DVDかVHSビデオにコピーした作品と作品写真2点と一緒に送付。
◆締切◆
環境映像部門 2008年8月31日(日)
子どものための環境映像部門 2008年9月15日(月)
★作品の送付・問い合わせ★
アース・ビジョン組織委員会事務局
〒113-0033東京都文京区本郷3-43-16成田ビル3階 Tel: 03-5802-0525
E-MAIL: festival@earth-vision.jp
◇────────────────────────◆◇◆
■上映:ドキュメンタリー『ライファーズ』上映とディスカッション
映画『ライファーズ』は私たちに何を語りかけるか」上映会とディスカッション
日時:2008年6月14日(土)17:30〜20:30
場所:津田ホール(津田塾大学千駄ヶ谷キャンパス)
http://tsudahall.com/THHP2/mainindex.htm
パネル:坂上香(本映画監督/津田塾大学教員)+撮影クルー+製作&上映スタッフ
参加費:無料、事前申込不要
関連webサイト: http://www.cain-j.org/Lifers/index_J.html (ライファーズ)
http://www.tsuda.ac.jp/ja/index.html(津田塾大学)
主催:津田塾大学メディアスタディーズ・コース
問合せ:042-342-5130 (津田塾大学教務課:関口・澤田 kyoumu@tsuda.ac.jp
スケジュール:17:00開場 17:30〜19:10上映
19:30〜20:30 ディスカッション
日本社会における体感治安(治安が悪くなったという感覚)が急激に高まるなか、
私たちを取り囲む様々な制度や環境も、それに呼応する形で変貌を遂げつつある。
米国の犯罪者更生施設「アミティ」を舞台にした映画「Lifers ライファーズ 終
身刑を超えて」を今改めてみることは、社会の進む方向と同時に、私たちそれぞれ
の価値観や文化を問い直していくことにつながるはずだ。私たちは、自分のなかに
作りあげた牢獄から、いかに自由になれるだろうか?
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■神戸映画資料館6月の上映<小川紳介監督全作品上映その7>
6月14日[土]、15日[日]
13:00-、16:30- 『どっこい!人間節 寿・自由労働者の街』
(構成:小川紳介/1975/16mm/121分)
15:15-、18:45- 『クリーンセンター訪問記』
(監督:小川紳介/1976/16mm/57分)
http://www.yidff.jp/97/cat091/97c094-1.html
料金:一般会員1,200円/学生・シニア会員1,000円/非会員1,500円
(当日2作品目は200円引き)
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■募集:「自作を語る」などの投稿、歓迎!
「自作を語る」欄は、監督自らが作品について語るコーナーです。制作した動機や
撮影のポイント、編集で心がけたこと等を内容に盛り込んで頂きたいと思っていま
す。その他の投稿も歓迎します。「自作を語る」は1600字程度。監督のプロフィー
ル(150字)、作品のデータ、上映スケジュール、HP等をお知らせください。
原稿締め切り:配信日(1日&15日)の3日前までに、下記に送信ください。
E-mail: visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋まで
◇────────────────────────◆◇◆
■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋 博雄(本誌編集長)
neoneoの購読は無料ですが、経費を(その大部分は稿料ですが)賄うため、上映等の
告知は有料にしています。なお皆様にカンパもお願いしていますので、ぜひご協力
ください。
(1)上映等の告知の有料化 40字×30行(行数の空きも計算)以内につき、2,000円
です。それ以上の行数の場合は加算します。
(2)カンパのお願い 一口2,000円。何口でも。
送金方法:郵便振込み:00160-8-666528 neoneoの会、又は、
みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782 (有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせく
ださい。)
以上、neoneoの継続ため、よろしくお願い致します。
┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃06┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
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●ともすれば「長くて、冗長だ」と思えるシーンが映画にはある。観客は編集が未
熟だと感じたり、ここで音楽を入れたらもっと心地よく、流れがよくなるのではな
いか、と思ったりする。ついには、監督への不信に至ってしまうことはよくあるこ
とで、その判断が的確だったりもする。
しかし水野祥子さんは、ワイズマンの養護施設シリーズとも言うべき4作品(9時
間)を材にとり、「冗長さ」について考える。そして、この長さこそワイズマンに
とって必然で、このシーンこそ観客の眼力が試されるのであると指摘している。
実際、ワイズマンはシーンの余りの長さ(47分)に疑問を突き付けられた際、「目
を見開き饒舌になって」、テレビ局が嫌うことがわかりながら、あえてこの結果に
したことについて答えている。このときの展開については、本文を読んでいただく
ほかないが、実にスリリングで、ワイズマンの障害者への眼差しが開示される。
「冗長さを見つめろ」へと導く論考は、われわれの眼を見開かせる。
末尾で水野さんは、ワイズマンの「冗長さ」が土本典昭監督の著書のなかの「足ぶ
みする」という言葉と連結することを指摘している。そしてその土本さんは今、千
葉の海辺の病院に入院されている。基子夫人は寝食を共にして介護に当り、日々の
様子を「花の谷通信」に記録されている。
—土本さんの回復を心より願うばかりである。
次号では、土本さんの待望の新著「ドキュメンタリーのかなたへ 記録映画作家・
土本典昭との対話」(現代書館、6月下旬刊行)の詳細について、報告できると思
う。
●萩野亮さんが『靖国』の批評をしている。さまざまな騒動を起こし話題になった
作品なので、すでにご覧になった方も多いのではないかと思う。私の周囲でも賛否
両論の作品で、萩野さんは評価しつつも疑問視する点もあるというアンビバレント
な観点を提出している。本作品に対する投稿を期待したい。
●最近、「自作を語る」への投稿が多く、今回は坂田雅子監督の『花はどこへいっ
た』を掲載することができた。こうした傾向は実にうれしい。 読者とともに本誌
を育てていきたいと思う。
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