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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo 99号 2008.4.1

発行日: 2008/4/1

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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■「私が伝えたいこと(1)&#8212;78年を生きてわかること」
┃ ┃   (2007年6月9日 ユーロスペースにて)
┃ ┃■土本 典昭 (聞き手:藤原敏史)
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


藤原:さっそくお話し始めたいと思います。何からお話しましょうか?

土本:僕は黒沢明さんの映画は大好きな作品もあるし、ピンとこない作品もあるん
   ですが、あの人が自殺未遂をされた頃から、非常に彼の考え方が変わってき
   たと思うんです。この言葉は僕が新聞か雑誌などで読んだ記憶があるんです
   が、黒沢明さんは「僕は映画というものがよく分からないんだ」とおっしゃ
   りながら映画を作っていかれた晩年だったと思うんですね。

   僕は一度だけお会いした事があるんです。映画『トラ・トラ・トラ』を作る
   時に、共同監督の勅使河原宏さんが黒沢さんに『ドキュメント 路上』をみ
   せて、僕を助監督に推薦したんです。戦闘機のシーンなどで僕に手伝ってほ
   しいということだったと記憶しています。
   お会いしてみて、本当に黒沢さんは「映画というものがよくわからないん
   だ」とおっしゃったような、僕のイメージ通りの方だったので、大変感動し
   て、好きになった記憶があります。

   その真似をしているわけではないですけど、僕自身が僕の映画について、ド
   キュメンタリーについて、どういうふうに作るのが良いことなのか分からな
   い。私が映画に入りました時が1956年で、羽仁進さんを初めとして記録映画
   の勃興期といいますか、たくさん記録映画が出来た時期で、それから現在ま
   で約40年以上経っています。

   つい最近も、私の映画を『ゆふいん文化・記録映画祭』で上映して頂いた時
   に、フィンランドの映画監督のピーター・フォーンバーグさんにお会いしま
   した。彼は「30年前にボストンで『水俣』を見ました」って言うんですね。
   英語版でよく覚えている。実は『水俣』をフィンランドで上映したいんだと
   おっしゃるんです。
   フィンランドでは、いままで原発をつくらなかったのですが、今度、原発を
   作る事になって、フィンランドの沿岸が汚染されたら、魚を食べている我々
   がたいへんなことになるので、これは絶対に止めなければいけない。
   そのためには、『水俣』が良いサンプルになるというんですね。それで元国
   際交流基金の石坂健治さんに相談して、英語版を手配していただきました。

   僕らが映画を作ったときには、映画の有効期間というか、映画が見られる期
   間はせいぜい2年から5年と思っていたんですが、これで何年になりますか?

藤原:今年で37年ですね、『水俣&#8212;患者さんとその世界』が。

土本:そうですね。それが未だに現役としてね、自分たちの原発反対の運動で上映
   しようという国があることで、映画の命が長いのに僕自身が驚いているわけ
   です。

   ドキュメンタリーは歴史がまだそれほどありませんから、特に戦後にドキュ
   メンタリーを作って、こういう長く見られるというケースが生まれてみると、
   これからみなさんがどういう映画つくりをしていくかについて、初めて言え
   るようになってきたんじゃないかと思います。
   僕は水俣の映画を17本作っているんです。特に最初からたくさん作ろうと思
   ったわけじゃないです。
   よく“水俣病は終わった”といわれていますね。1995年に村山内閣の時に、
   1万何千人の被害者と国が“和解”して、これで“ケリ”がついたとなってい
   たんですが、“和解”に応じなかった大阪の患者グループが、訴訟を取り下
   げに最高裁で勝訴したんですね。被告は国、県、チッソです。最高裁の判決
   以後、水俣は大きく変わってきたんですね。

   これでまた5000人もの被害者が水俣病だと声をあげて、新たに環境庁や熊本
   県やチッソを相手に闘おうとしている。こういうふうに続くから、僕自身の
   縁も続いちゃうんですが。

   2003年に、アメリカのフラハティ・セミナーに招待されたんです。このセミ
   ナーの記録は藤原さんが撮影してくれました。セミナーのチューターは映画
   監督だったのですが、彼が僕を紹介するときに、僕の映画が、彼の選ぶ、世
   界の映画の10本のなかの…

藤原:彼のベスト・テンのなかで、唯一のドキュメンタリーが『水俣』だったって
   おっしゃっていましたね。

土本:そうですね。彼自身の個人的な評価ですけど、それをみんなの前で発表する
   ところから見ると、ドキュメンタリーは、そのように位置づけられている。
   チャップリンから何からを含めてですね、彼のベスト・テンの1本が僕の作品
   だったということでした。これには僕が驚きました。何故そうなるのかと。

藤原:ちなみに僕も映画史上ベスト・テンの中には『水俣&#8212;患者さんとその世界』
   でもいいけど『不知火海』が…。僕の場合、ドキュメンタリーは2本入ってい
   るのが一本は『不知火海』です。あれはやっぱりとんでもない映画だと思い
   ます。

土本:今日上映される「映画は生きものの記録である』についてですが、初めから
   映画を作ろうと思ったんじゃなくて、記録映画の研究会の記録だったんです
   ね。
   そのうちに藤原敏史さんを中心に、プロデューサーの伏屋博雄さんが映画に
   してしまった。僕自身は、これが映画として残るものになったのは、嬉しい
   ような照れくさいような感じなんですが。

   ひとつだけ言えば、僕は映画の素人です。映画の教育は全然受けていません。
   映画に入ったのが28歳です。それまでは学生運動とか、日中友好運動とか、
   そんなことばっかりやっていました。28歳まで、キャメラどころか、写真機
   も触った事がなかったんです。
   ただ羽仁進さんの『教室の子どもたち』という名作をみて、こういうドキュ
   メンタリーならやってみたいと思った。僕自身がジャーナリスト志望だった
   ものですから、ペンでなくて、フィルムでこういう事ができるんだなと思っ
   て、岩波映画に入りました。キャメラマンになりたかったんですが、お前み
   たいに年をくったひねた奴にはキャメラマンは無理だって言われて、演出の
   世界に入ったんですが、映画をつくるための教育は受けていないんですね。
   何がドキュメンタリーやら、何が映画やら、わからなくて、僕自身がこうだ
   ろうと思うものしか作っていません。だから、そういった意味で、映画監督
   の仕事をみると「よくこれだけのものをお作りになるな」と未だに感心して
   しまうんです。

   僕は自分を“映画監督”と言ったことは基本的にはありません。今でも記録
   映画を作る人間という言い方しかしないで、“記録映画作家”と言わせても
   らっています。ビデオカメラが出てきて、一人で撮影ができるような時代に
   なってくればなおさらですが、5、6人スタッフがいれば分かりますが、僕と
   女房と、或いは何人かの親しい人と作っていればですね、それで映画監督と
   名乗るのは恥ずかしいですから、今まで“記録映画作家”と言ってきたのは
   正解だったなと思っています。それで青二才ばかりやっているうちに78歳に
   なってしまったんですが。まだ撮りたいですね。この歳で撮れるものをいま
   準備しておりますが。

藤原:それ、内容お聞きしてよろしいですか?僕まだ一切うかがっていないんで。
   何かやりたいというのだけは感づいておきながら、次、何をやられるのか。

土本:今、糖尿病があるので、1日4時間ぐらいしか仕事ができず、あとは療養生活
   ですから、その範囲で出来るものをやろうと思っています。僕にはとても面
   白い作品がありまして、25年分の原子力の新聞記事だけで映画を作りました。
   それは原爆が投下された8月7日のこんな小さい記事&#8212;4行60字のベタ&#8212;からで
   すね、それ以後の原発と核に関した20年間の記事ですが、『原発切抜帖』と
   いう映画にしました。
   “原爆”という兵器であったはずのエネルギーが、我々の足元に“原発”と
   いう再登場したという不気味さを描いた映画です。それが1982年ですから、
   もうすでに四半世紀経ちました。その間にチェルノブイリ事故が起きですね、
   日本でも原発事故が起き、日本は世界で2番目のプルトニウムの所有国になっ
   て、原爆が何千発できるか見当もつかない。わずかに2、3発の原爆の卵を作
   った北朝鮮に対して、徹底的に世界中でいじめまくっているが、日本は何100
   発できるか分からないだけのプルトニウムを持っている。このことは分かっ
   ているようで、何でこんなことになったのかというのを新聞記事でもう一度
   たどってみたい。そうして新聞記事だけ使って映画を作ろうと思って準備を
   していますけど。出来るかどうかよく分かりませんが。まあできましたら、
   研究会ぐらいには使ってやってください(笑)。

藤原:いや、できましたらぜひユーロスペースの北條さんと話をつけますんで(笑)。
   土本監督、今日はどうもありがとうございました。



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┃02┃□自作を語る
┃ ┃■『中村三郎上等兵』
┃ ┃■中村 のり子
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一年間通ったイメージフォーラム映像研究所の卒業制作がどうにか完成した、と編
集長にご報告したところ、「自作を語る」のご提案をいただいた。おそるおそる、
投稿してみる次第である。

私が今回作った『中村三郎上等兵』は、すでに亡くなった祖父の兵隊時代の仲間に
会ったり、祖父が家族に遺した戦争の逸話を聞き集めて、私にとっての優しいおじ
いちゃんと若き日の兵隊・中村三郎とを照らし合わせていく中編である。おそらく、
過去への興味が強かったからか、人一倍怖がりだったからか、子どもの頃に太平洋
戦争の小説をけっこう読んだし、おじいちゃんに戦争の話をしてもらったこともよ
く憶えていて、ずっと私にとっては気になり続けている主題だった。ちょうど高校
三年生の時にイラク戦争が起こったことも影響して、ビデオカメラを買ったら戦争
の話をするお年寄りを撮りたい、と自然に急き立てられていた(この時、もう祖父
は亡くなっていた)。

でも、そんなこと考えないという友達や、暗くて気の進まない話題だという友達は
多い。新聞で目にしたお年寄りに会いに行って話を聞いてみたこともあったが、私
がいくら興味を惹かれても、撮影するとよくあるテレビの証言シーンのように感じ
られた。私はもっと、戦争の話を聞く時のタイムトリップするような気持ち、現在
との衝撃的なギャップ、その体験をした人間が目の前にいるという感覚、それを面
白さとして他の人にも伝えたかった。すでに観客としてドキュメンタリー映画に夢
中だった私は、撮るならやっぱり「面白い映画」を作りたかった。退屈なはずのな
い、説教くさいはずのない物語にしたかった。

やっぱりこういう主題であればこそ、作者である私に密着した設定にすべきだとい
うことに、しばらくしてから気づくことになった。はじめは、幸運にもおじいちゃ
んの戦友だったという人と連絡をとれたことで、親身になって話してくれる対象と
出会って世界が広がった。3年ほど断続的に行われた撮影は貴重な日々だったが、そ
れでも、私はテーマを絞り込むことができなかった。戦友の方たちにやっぱり遠慮
があって、聞けないこともあり、ある程度の距離感を保ったままだった。

一度は映画にすることを諦めて、これを記録としてまとめた。でも私がずっと気に
なっている戦争の話というのはいったい何なのか。どうしてもなんらかの作品にし
たいと思った。そして、私に話をしてくれた亡き祖父のことを考えた。私にしか撮
れない対象として、おじいちゃんについての映画を、と思い直した。

作りながら自覚したことは沢山あった。驚くほど、実の子ども(私の父や伯母)が
兵隊時代の詳細を知らない、知ろうとしない、ということも無視できない事実だっ
た。一方、おじいちゃんにとって戦争に行ったことは、忘れようにも忘れられない
若き日の記憶に違いなかった。青春を戦争中の兵隊として費やすとは、どういうこ
とか。現在の私は、ちょうどその年頃である。私にとって戦争とは、いくら知ろう
としても未知のものでしかないという現実も再認識した。伝えられた話を確かめる
術もすでになく、想像するにも限りがあり、それは思った以上にまるで寓話のよう
な印象を帯びて画面に表れてしまった。おじいちゃんが生きた戦争に対するリアリ
ティのなさが、今生きている時代なのだと思った。

もちろん、至らなかった点は多い。一つには、編集の段階でおじいちゃんの戦歴に
沿ってまとめることにしたため、いろいろな撮影を都合のよいように並べたような
印象になってしまったことだ。つまり撮影した順に展開するには、迷いが多すぎ、
私は一種の物語を支えにせざるを得なかった。そしてもう一つ、ただ黙って見てい
ても衝撃を起こすほどのシーン、というのは並大抵に撮れるものではない、という
ことを痛感した。それには、もっともっと鋭い視点と覚悟が必要だった。それが欠
けていた私は、懸命にシーンつなぎでドラマを起こす方法を取った。

最低限守ったのは、撮影現場での対象の思いを無視したつなぎにはしないことと、
勝手な結論を作らないことである。出来上がった作品は、気軽に見られる、戦争の
話についての話、という変テコな映画となった。人の身内の話なんて興味を持って
見てもらえるのか、という心配が大きくて、とにかく笑いの生まれる仕上がりにし
てしまった。この作品で語られるのは、特別な経験をした人などではなく、どこに
でもある家族のどこにでもいるおじいちゃんである。そんな一人ひとりが日本の歴
史とつながっているという感覚で、大文字の戦争から脱しようと試みたが、結果は
どうだろうか。

完成上映会で一般の方に見ていただいたが、見る人によって、思うことには違いが
あるようだ。私としては、自分のおじいちゃんの戦争話などに思いを馳せてくれた
ら嬉しいが、もっと思いもよらぬ感想を持ってくれる人がいると、私の考え以上に
豊かな可能性があるように感じて、もっと嬉しい。最後になりましたが、イメージ
フォーラム映像研究所の卒業制作作品として、的確なご指導をくださった先生方に
感謝申し上げます。


☆『中村三郎上等兵』(2008年/37分/DV)
演出・撮影・録音・編集:中村のり子 撮影・録音:香取勇進・田中絵里
イメージフォーラム映像研究所31期生卒業制作グランプリ受賞


■中村 のり子(なかむら・のりこ)
1984年生まれ。2007年に明治学院大学芸術学科映像専攻を卒業、卒論は黒木和雄の
PR映画について。
同年、イメージフォーラム映像研究所に在籍して制作活動。また山形国際ドキュメ
ンタリー映画祭の科学映画特集にスタッフとして参加。2008年4月より、日刊工業新
聞社に就職します が、映画との接点は持ち続けていきます。



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┃03┃□ワールドワイドNOW ≪ベルリン発≫
┃ ┃■ベルリンで観る日本映画〜アジアと国際舞台に立って
┃ ┃■梶村 昌世
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ベルリンでアジアの映画を観る機会が増えてきた。2003年から「Berlin Asia-
Pacific Film Festival」が始まり、昨年の9月には「Asia Women’s Film 
Festival」が開催され、アジアの女性監督の作品を紹介した。今年の1月からは
「Asian Hot Shots Berlin」というアジアの若い映画作家とビデオアートを紹介す
る映画祭も表れた。この映画祭を設立した Green Chilisという団体は、アジアの映
画文化を紹介しようと、国ごとの映画シリーズの上映も去年より積極的にしてきた。
ベルリンは経済難でありながら常に文化行事が溢れている街であり、年中様々な映
画祭が開かれる。
そんな中でアジア映画への注目が高まっているのは、中国を始めアジア圏の経済成
長、DVDの普及など、色んな原因があるのだろうが、グローバル化で世界が狭くなり、
以前遠かったアジアが少なくともヴァーチャルには近づいている。少数派ではある
がアジアからの移民も増えてきており、二世、三世がベルリンに根を下ろし、
芸術・文化分野で活躍するようになってきていることも関係しているのだろう。
もちろんアジア映画のファンは昔からいる。コアな日本映画マニアもいる。欧米で
は特に日本映画の黄金時代の監督たちはよく知られ、高く評価されてきた。小津安
次郎、今村昌平、ATG等のシリーズを組むなど、ベルリンではアーセナルという映画
館が前々から日本映画を上映してきている。この映画館を運営しているドイツ・キ
ネマテークの友という組織はベルリン国際映画祭のフォーラム部門も主催しており、
フォーラムが設立された1971年以来アジアにも注目し、映画監督たちをベルリンに
招き、招待作品のコピーを独自のアーカイブに納め、映画祭で一回きり上映するの
ではなくその後も上映するという、持続的な方式を取ってきている。1971年の第一
回目の年には大島渚の『儀式』が招かれ、のちには小川紳介の作品もここで紹介さ
れた。
今年もまたいくつかの日本映画が紹介された。若松孝二の最新作『実録・連合赤軍
〜あさま山荘への道程』と1960?70年代の作品3本、若手監督の映画が3本、そして李
纓の『靖国』がフォーラム部門で上映された。コンペティション部門では山田洋次
の『母べえ』、パノラマ部門でも日本映画が2本、子供部門で1本と、今年は日本か
らの出品数が多いベルリン国際映画祭だった。そして若松孝二の『連合赤軍』がダ
ブル受賞、その他にも荻上直子の『めがね』、PFFスカラシップ作品が新人賞を受賞
と、日本からの参加作品は評価が高かった。
私はここ数年和英独の通訳としてベルリン国際映画祭に関わってきたため、日本か
らの出品作をほとんど観てきた。国際映画祭で上映するということは、やはりその
作品たちはフィクション、ドキュメンタリーとジャンルを問わずに日本を代表し、
そして日本のイメージを形作るということでもある。
ベルリナーレのような映画祭への参加は、映画自体の善し悪しとは別に、映画祭ど
うしの競争、審査員の選出、映画祭側と映画を推薦する日本側の組織の関係などと、
色んな要素が影響してくる。当然キューレーターやディレクターの好みや関心にも
左右されれば、その映画祭が日本の映画業界でどのような位置づけをされているか
も関係してくる。年間数百本と日本では映画が製作されるが、そのほんの一部しか
ここでは上映されない。それでもそこには「日本」がある。映画というのは一個人
の創造的表現ばかりではなく、常にその映画が生まれる環境と社会をも反映するた
め、映画祭という舞台では現地の観客が知り想像する「日本」と、映画が運んでく
る「日本」が出会う場である。その「日本」は、日本人が日本でイメージする「日
本」とはまた異なるものでもある。
例えば若松孝二の『連合赤軍』で語られるあさま山荘事件は、ドイツではまず誰も
知らない。日本に赤軍が存在したこと、学生運動があったことさえ知らない人も少
なくない。しかしドイツは日本と似たような歴史を持つ国であり、第二次世界戦で
は加害者、戦後に復帰、学生運動が起こり、ドイツの赤軍派も当時大きく社会を揺
さぶった。だから3時間以上の長編作を、人々は深い関心を持って観た。当時学生
運動の活動家だった人や赤軍派の元メンバーも若松監督の作品を観に来た。しかし
日本と違って、ファシズムの歴史、そして68年代が起こした運動は、ドイツでは拒
否されず大きく議論されながらも真剣に取り組み、社会の中で消化されてきた。そ
の姿勢でドイツの観客は『連合赤軍』を観た。上映後のQ&Aやインタビューで「映
画は決して権力の側を取ってはならない」と若松孝二は語った。そしてベルリンで
のダブル受賞は監督のその権力批判の姿勢をも評価したと私は理解する。
李纓監督の『靖国』は、ベルリン国際映画祭では賞は取らなかったにしろ同じく注
目を浴びた。最初の上映は立ち見客が出るほど人々が殺到した。小泉元首相の靖国
参拝はドイツのマスコミでも報道されている。そして似た戦争歴史を持つ日本では
その歴史がどう受け止められているか、観客は興味津々だった。日本での劇場公開
を前に右翼から脅迫されていると話す李監督に、「困難なことだが、過去を直視し
てこそ自分を理解できる」という励ましの声が注がれた。
このように、日本では痛いがために、嫌な所に目を向けるがために困難な状況に置
かれる映画作品が、ベルリンでは積極的に取り上げられた。逆に日本ではヒットし
ている『母べえ』は、コンペティション部門に参加したが、それほどの反応を呼ば
なかった。反戦映画と考えるならば温さを感じるし、家族のために自分を犠牲にす
る女性像は今の時代ではどこか古めかしく、ドイツの観客からしては現実味が欠け
る。
国際的舞台に立つとは、そういうことなのだ。自分の社会で通用することが、外に
出て他の国と並んでみると、全く違って見える。だから『連合赤軍』と『靖国』を
除いて(私はあと『めがね』を個人的に好きだったが)、日本映画は美しいが骨が
ないように見える。それは特に若い映画監督に関して言えることで、特にアジアの
他の国に比べると勢いと活気を感じられない。いったい日本の若い世代はどうした
のだろうと考えてしまう。例えばフィリピンの映画作家たちは、映画祭で自主的に
積極性を持って動き、作品もエネルギーが溢れている。制作費も、製作環境も、技
術面でも、日本の映画作家に比べて厳しいはずだ。それでも、というよりそれだか
らだろうか、おもしろさがある。豊かすぎる日本はある意味精神的な貧しさ、形へ
のこだわりがありながら内容的な空虚を感じる。「Asian Hot Shots Berlin」の関
係者が言っていたが、「結局日本はたいした問題がなく、内向的になっている。」
平和ボケしている面は確かにある。でも問題がないわけではない。むしろ問題を見
ようとせず麻痺しているように思える。そのひとつの原因は、日本の外を見ようと
しないからだ。一歩外に踏み出して、アジアという舞台で日本を見てみると、違う
日本が見えてくる。ベルリンでアジア映画を観るのもいいが、ぜひ日本でアジアを
観ていただきたい。
興味のある方は、ウェブサイトをご覧ください:

  International Forum of New Cinema  http://www.fdk-berlin.de 

  Asian Hot Shots Berlin  http://www.asianhotshotsfestival.com 

  Asia Women’s Film Festival  http://www.asianwomensfilm.de 

  Berlin Asia-Pacific Film Festiva  http://www.bapff.de/ 


■梶村 昌世(かじむら・まさよ)

1976年ベルリン生まれ。東ドイツに囲まれた「西ベルリン島」に育ち、壁の崩壊後
旧東ベルリンのフンボルト大学で文化学・美術史修士取得。その後、映画制作や
映画研究を継続。



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┃04┃□映画時評
┃ ┃■『州議会』(監督:フレデリック・ワイズマン
┃ ┃■萩野 亮
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●思考をゆさぶるワイズマン映画

本誌でもつとに話題になっていた「フレデリック・ワイズマン映画祭2008」(2/19
−3/15、アテネフランセ文化センター)が閉幕した。わたしも連日通ったひとりだ。
たいへんな盛況ぶりで、『チチカット・フォーリーズ』上映の際には、開始時刻を
過ぎてもまだ場内にひとが収まりきらず、(わたしも含めて)数十人が立ち見、さ
らに何人かはいつとも知れない次回の上映を待たねばならないほどだった。今回の
レトロスペクティヴでは、なんといっても日本初上映の新作『州議会』(2006)に
注目が集まったわけだが、わたしにとってははじめて目にするフィルムがほとんど
で(6時間の「『臨死』体験」もようやく成就)、いま思考に強烈なゆさぶりをかけ
られている。そのようなこともあって、今回は『州議会』にフォーカスをあてつつ、
ワイズマンの「フィルム群」を相手にすることになりそうだ(ワイズマン映画は、
「フィルモグラフィー」という時系列を喚起させる言葉よりも、「群れをなす映
画」というイメージがよりしっくりとくる気がする)。「時評」という性格を逸す
るかもしれないが、ワイズマン映画について考えたことを、いましばらく述べてみ
たい。

ワイズマンのフィルムにしかない手ざわりが、たしかにある。編集にもっとも時間
を割くことからも明らかなように、彼のフィルムはきわめて緻密に構成されている。
なかでも映画の冒頭と結末をしばしば段階的に対象となる施設に近づき、遠ざかる
「道」の点景で構成していることは、彼のフィルムの大きな特徴といえる。これに
ついて鈴木一誌氏は、ワイズマンは移動撮影を拒否することで「周到に感情移入を
排除」し、「いくつもの〈しない〉ことを乗算させて、話者を消滅させる」という
鋭い指摘を行なっている(「話者の消滅」、「現代思想」2007年10月臨時増刊、青
土社)。ある映像の連鎖に感情移入が可能になるということは、つまり映されてあ
る空間と時間が、ショットのつながりにおいてあたかも「自然に」受け取られるこ
とに違いない。ワイズマンの点景の連続は、鈴木氏が「ホップ、ステップ、ジャン
プ」とみごとに評したように、まさに跳躍による非=連続の時空間を形成する。ア
メリカのどこにでもあるような施設が、しかしこの跳躍においてどこにもないよう
な空間としてスクリーンに現れる。この論理は何も冒頭と結末におけるのみではな
い。ワイズマン的な「道」は、施設内においては「廊下」として主題化されること
になるだろう。地点と地点とを結ぶ道が、まさにその映像の意味だけに還元されて、
ショットを媒介している。その結果、たとえば『州議会』におけるアイダホの壮麗
な議事堂も、『臨死』(1989)におけるボストンの病院も、すべてワイズマン的な
施設はその規模や内部の構造を明らかにしない。同じように、時間軸においてもワ
イズマンは、『メイン州ベルファスト』(1999)にもっともよく表れているように、
昼と夜をあからさまに虚構している。朝、鳥たちがはばたいた水辺は、いつの間に
か昼になり、さらには夜になる。施設の内部を主な舞台とする映画において、野外
の光の表情だけが、一日の時間を告げている。
跳躍の論理において紡がれた映像は、(わたしたちの日常的な感覚からすれば)時
空間の不分明な、もうひとつの「世界」を構築している。わたしたちにとって身近
な存在を、あたかも別の世界の存在として知覚し構成するこの差異のうちに、ワイ
ズマン映画の思想が凝縮しているように感じられる。
これは、キャメラという主体の知覚にすべてを還元し、そこから世界を志向する映
像の現象学であるといえるかもしれない。そして、突拍子もないが、ワイズマンの
フィルム群に小津安二郎を感じるのもまた同じときなのだ。

前田英樹氏はかつて、ベルクソンードゥルーズの議論に導かれつつ、小津映画の固
定画面の反復が「非中枢的な知覚」を開示する様態を精密に分析した(『小津安二
郎の家&#8212;&#8212;持続と浸透』、書肆山田)。これは小津安二郎が、人間の中枢的な知覚
を模倣しようとする古典的劇映画に抗して、キャメラが本来的に持っている機械的
知覚を開いていたことを論述したものだが、これはいままで述べてきた、ワイズマ
ン映画における非=連続の論理と重なってくる。前田氏によれば、小津映画は「構
図の規則性」や移動撮影などの技法の拒否によって「見えるものであると同時に、
決してどこからも見られることなく運動し、流れ続けている世界の非中枢的な存在
それじたい」をイマージュとして引き出している。こうみると、小津映画につとに
表れる点景と、ワイズマン映画の点景とは、実は近い関係にあるのではないか。フ
ィクションとドキュメンタリーという既存の枠組みを両方のベクトルから越境する
ことで、両者は近しい映画的領域に交差しているのではないか。ともに日本とアメ
リカの平凡な市民生活を執拗に主題化し、群れとして映画をつくり続けた(続けて
いる)ことも、無関係ではないかもしれない。まだまだ考えてみたいテーマだ。

『州議会』にあわてて話題を移すと、今度の作品もやはりみごとな編集に唸らされ
る。冒頭で、見学に訪れた高校生たちに対してある議員が議会について説明する場
面があり、これがそのまま観客に議会の予備知識を提供してくれる。と同時に、議
員の話を聞くともなくガムを噛み寝そべる高校生たちの「自然状態」が映されるこ
とで、この議会がいかに緊張を強いない、生活と地続きの場所であるかがわかる。
日本の議会のお堅い印象とはまるで別世界だ。『州議会』は、この冒頭の場面を筆
頭に、子どもたちが合唱し、ロビイストたちが活動する、ロビーでのさまざまな光
景をそれぞれの議論のあいだに映し出す。ロビーという、このフィルムにおける特
権的な空間、すなわちただひとつ何度もそこに回帰する空間を持っていることは、
ワイズマン映画のなかでは異例といえるかもしれない。「道」や「廊下」よりも、
ロビーと建物の美しい壁面や天井をより印象的にとらえた今回のフィルムは、あい
かわらず議事堂の建築的構造を明かすことはないものの、これまでのフィルム群と
は違った空間意識を感じさせる。このことは、映画が施設の内部で終結することと
も関係があるかもしれない。

『州議会』は、先に見た高校生の場面のすぐあと、議会内にある教会の場面で始ま
り、そして閉じられる。冒頭では硫黄島の戦闘で戦死したアメリカと日本の兵士が
追悼され、結末ではある議員の死が追悼される。バグパイプで「アメイジング・グ
レイス」が演奏され、演奏者が退場すると映画も終わりを告げる。つまり、これま
で見てきたような道の点景を映し出し、段階的に対象から遠ざかることをしないの
だ。多くのワイズマン映画の結末では、この「遠ざかること」が、対象となる施設
を社会の一部として相対化する効果を与えていたが、『州議会』は議会、また建築
物としての議事堂を映画内であたかも絶対化したまま終わっている。初期の『チチ
カット・フォーリーズ』(1967)や『高校』(1968)はそれぞれ舞台と演説の場面
で終わるが、これらのイロニカルな結末ともまた違う。あるいは『メイン州ベルフ
ァスト』でも最後に教会の場面があったが、教会ということがワイズマンにとって
重要な主題であるのかもしれない。ともあれ、後味を残す幕切れである。ここでは
まだ明確な議論を行なうことができないが、とりあえず以上のように問題を並べて
おくことを許していただきたい。

またここではふれなかったが、ワイズマン映画における「コメディ性」もまた重要
な点だろう。場内爆笑の『軍事演習』(1979)のクリティカルな面白さを、どう考
えればよいのか。ワイズマン映画のゆたかさは、まだまだ汲みつくせない。日本で
の未公開作品、とりわけ二本の劇映画の公開を待ち望んでいる。


☆『州議会』(State Legislature)(2006年/217分/カラー)
 監督:フレデリック・ワイズマン


■萩野 亮(はぎの・りょう)
1982年生まれ。和光大学表現学部卒。映画論。今回のワイズマン特集と前後して、
前から気になっていた「ダイレクトシネマと現象学」というテーマを考えるために、
独習でフッサールなどを読み進めています。が、当初の予想どおり(?)読むほど
に混乱をきたしており、やはり恣意的な問題設定なのかと首をひねる毎日です。嗚
呼。



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃05┃□『映画は生きものの記録である』ニュース(13)
┃ ┃■『映画は生きものの記録である土本典昭の仕事』ロードショーと
┃ ┃  土本典昭の世界
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

日程:2008年5月17日(土)→30日(金)2週間 
会場:シネ・ヌーヴォX(大阪・九条) 地下鉄中央線「九条駅」6番出口徒歩3分
(シネ・ヌーヴォ2F) tel.06・6582・1416
  http://www.cinenouveau.com/ 

タイムテーブル〈各回入替制〉
●5/17(土) 11:00『映画は生きものの記録である』 13:00『ある機関助士』+
『ドキュメント路上』 15:00『パルチザン前史』 17:30『映画は生きものの記録
である』 19:30『みなまた日記&#8212;甦える魂を訪ねて&#8212;』
●18(日) 11:00『映画は生きものの記録である』 13:00『水俣&#8212;患者さんとそ
の世界&#8212;』 16:20『水俣一揆−一生を問う人びと&#8212;』 18:30『映画は生きものの
記録である』 20:30『よみがえれカレーズ』
●19(月) 11:00『映画は生きものの記録である』 13:00『よみがえれカレー
ズ』 15:30『ドキュメント路上』+特別上映 17:30『映画は生きものの記録であ
る』 19:30『パルチザン前史』
●20(火) 11:00『映画は生きものの記録である』 13:00『パルチザン前史』
 15:30『よみがえれカレーズ』 18:00『映画は生きものの記録である』 20:00
『ある機関助士』+『ドキュメント路上』
●21(水) 11:00『映画は生きものの記録である』 13:00『みなまた日記&#8212;甦え
る魂を訪ねて&#8212;』 15:10『パルチザン前史』 17:40『映画は生きものの記録であ
る』 19:40『水俣一揆−一生を問う人びと&#8212;』
●22(木) 11:00『映画は生きものの記録である』 13:00『水俣&#8212;患者さんとそ
の世界&#8212;』 16:20『みなまた日記&#8212;甦える魂を訪ねて&#8212;』 18:30『映画は生きも
のの記録である』 20:30『水俣の図・物語』
●23(金) 11:00『映画は生きものの記録である』 13:00『水俣一揆−一生を問
う人びと&#8212;』 15:15『水俣の図・物語』 17:30『映画は生きものの記録である』 
19:30『水俣&#8212;患者さんとその世界&#8212;』
●24(土) 11:00『映画は生きものの記録である』 13:00『医学としての水俣病
●第一部 資料・証言篇』 14:50『医学としての水俣病
●第二部 病理・病像篇』 17:00『医学としての水俣病
●第三部 臨床・疫学篇』 19:00『映画は生きものの記録である』
●25(日) 11:00『映画は生きものの記録である』 13:00『水俣&#8212;患者さんとそ
の世界&#8212;』 16:15『不知火海』 19:10『水俣の図・物語』
●26(月) 11:00『映画は生きものの記録である』 13:00『医学としての水俣病
●第一部 資料・証言篇』 14:50『水俣の図・物語』 17:10『映画は生きものの
記録である』 19:10『パルチザン前史』
●27(火) 11:00『映画は生きものの記録である』 13:00『医学としての水俣病
●第二部 病理・病像篇』 15:10『不知火海』 18:10『映画は生きものの記録で
ある』 20:10『よみがえれカレーズ』
●28(水) 11:00『映画は生きものの記録である』 13:00『医学としての水俣病
●第三部 臨床・疫学篇』 15:00『ある機関助士』+『ドキュメント路上』 17:00
『映画は生きものの記録である』 19:00『不知火海』
●29(木) 11:00『映画は生きものの記録である』 13:00『医学としての水俣病
●第一部 資料・証言篇』 14:50『医学としての水俣病
●第二部 病理・病像篇』 17:00『医学としての水俣病
●第三部 臨床・疫学篇』 19:00『映画は生きものの記録である』
●30(金) 11:00『映画は生きものの記録である』 13:00『不知火海』 16:00
『水俣&#8212;患者さんとその世界&#8212;』 19:20『映画は生きものの記録である』
料金:『映画は生きものの記録である』料金   一般1700円、学生1400円、
 高以下・シニア・会員1000円   (前売1400円)
※「土本典昭の世界」当日3回券ご使用の場合、+500円いただきます。
「土本典昭の世界」料金   (当日のみ)一般1200円、学生・シニア・会員1000円
 当日3回券3000円、会員3回券2400円 



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃06┃□neoneo坐4月前半の上映プログラム
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩1
分JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。詳細と地図はneoneo坐のHPをご覧下さい。
 http://www.neoneoza.com/ 

「知られざる短篇映画を見てみる」上映会
「短篇調査団」
Shortfilm Researchers
毎月第2・第4水曜/20:00〜21:40 終映予定
16mm上映 鑑賞無料・上映カンパ歓迎
追加情報はblog版短篇調査団へ

空模様にくわしくなる4本立(計93分)
(65) 天気の巻…2008年4月9日 (水) 20:00〜
『あした天気になあれ &#8212;天気の見方・調べ方&#8212;』
1992年/12分/カラー
制作:東映教育映画部/プロデューサー:赤沼幸浩
脚本・監督・撮影:吉田嗣郎
■ 地上でのやさしい気象観測のとり方や、新聞天気図を関連づけて考え、気象衛星
ひまわりやアメダスの画像を利用して天気の予想をする。

『宇宙の気象台ひまわり』
1978年/31分/カラー
制作:岩波映画製作所/企画:日本気象協会
プロデューサー:片野満/脚本・監督:榛葉豊明/撮影:関晴夫
■ 1977年7月、東京のほぼ真南・東経140度の赤道上空に打ち上げられた静止気象衛
星「ひまわり」。その打ち上げから実用開始に至る時間経過を軸として、気象情報
を送る仕組みや、世界中の天気予報との関わり合いをわかりやすく解説する。

『東京に台風が来たら &#8212;東京の気象誌&#8212;』
1978年/15分/カラー
制作:東京都映画協会
■ 台風の簡単な知識を解説するとともに、もし東京に台風が来襲したときにどうい
う備えがなされているかを、高潮対策を中心に紹介する。

『あすの気象』
1969年/35分/カラー
制作:日本シネセル/企画:日立製作所/プロデューサー:静永純一
監督:樺島清一/脚本:松川八洲雄/撮影:八柳勇三
■ コンピューターによる数値予測、気象衛星、ラジオゾンデの利用など気象予測に
おける最新の技術を説明。何万年ものあいだ生物の運命を支配してきた自然の力に
科学が挑戦する姿を描く。



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃07┃□広場
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■新・クチコミ200字評!(71)
■清水浩之(短篇調査団・4/9は天気の巻! http://d.hatena.ne.jp/tancho/
オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!映画・ビデオ・テレビなど
皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも可!もちろん「オススメ
しない映画とその理由!」もOKです。
本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡先(メールアドレ
スor電話)/題名/制作年/監督/見た場所(よろしければあなたのプロフィールや
近況も)を付記してお送りください。
清水浩之 E-mail:shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp /ファクス:03-3703-0839
 
B-266『旅立ちの青春〜九電技術研修生の記録』
1983年/企画:九州電力/制作:電通映画社/監督:長井博
見た場所:neoneo坐「短篇調査団(64)引越の巻」 http://d.hatena.ne.jp/tancho/
新社会人の皆さんにオススメの一本!巻頭いきなり「なんでこげな会社に入った
と?…もう帰りてぇ!」という心の叫びで始まる正直な映画(笑)九州電力の技術職
に採用された100人余りの野郎どもが、6カ月間ひたすら電信柱によじ登らされてい
るうちに、地上50mの高圧線上で作業するまでに成長!新兵訓練にも似た体育会系の
研修が、会社員としての自覚、同期生とのかけがえのない連帯を育む様子を活写し
ます。いっそ私もやり直したい…。(清水浩之)
 
B-267『バグダッド 青春グラフィティー The Boys from Baghdad High』
2007年/イギリス・BBC/監督:Ivan O'Mahoney、Laura Winter
放映:2008年3月20日・NHK衛星第1「BS世界のドキュメンタリー」
 http://www.nhk.or.jp/wdoc/ 
新学期を迎える皆さんにオススメ!銃撃・爆破・誘拐が恒常化し、登校すら命がけ
なバグダッドの高校生4人にビデオカメラを託し、自らの日常を撮る企画。「世界一
危険な街」の彼らもケータイにハマり、ブリトニー・スピアーズを聴き、ガールフ
レンドからメールが来ないのを心配する(心配のレベルが日本とは違うけど)、それ
なりにボンクラな学生時代を送っている姿に感動!状況がどうであれ、十代はかけ
がえのない時間なんですね…。(清水浩之)
 
B-268『十歳のきみへ〜いのちの授業』
2007年/制作:U.N.Limited/演出:今泉文子・土本亜理子
見た場所:ユニ通信社「3木会」 http://filmtv.nacinc.jp/event/47059.html 
笹川医学医療研究財団よりDVD貸し出し予定
聖路加病院理事長・日野原重明先生が全国の小学生を対象に開いている「いのちの
授業」を映像化。45分の授業を17分にまとめると、〈いのちとは時間である〉〈大
切なことは目に見えない〉といったメッセージがズバズバと伝わってくるので、子
供はもちろん“大人になれないオトナ”も必見(自戒も込めつつ)。「君たちは他人
のために何かしてるか?」とエネルギッシュに問い詰めてくる96歳に、小声で「新
聞取る…」と答えた10歳が可愛い!(清水浩之)
 
B-269『日本人“を”調査捕鯨 Harpooning Japanese』
2006年7月14日放映・オーストラリア放送協会「The Chaser's War on Everything」
 http://www.abc.net.au/tv/chaser/war/ 
オリジナル版: http://jp.youtube.com/watch?v=AILT5qumfEg 
日本人憤慨版: http://www.youtube.com/watch?v=pZMZmNZov2g 
南極海での調査捕鯨船VSシー・シェパードの一戦に興奮醒めやらぬヴァーチャル愛
国者の皆さんが、わざわざ日本語字幕まで付けて憤慨しているあちらの風刺番組。
シドニーの街を行く日本人観光客の群れに「あなた方を調査したいので、銛で撃っ
てもいいですか?」と問いかける、受け取りようによっては差別スレスレなコント
が暴き出したのは、「調査目的」なる日本の独善的な詭弁。正直に「食べたいか
ら」って言ったら…やっぱりダメ?(清水浩之)

    ◇────────────────────────◆◇◆     

■上映
■優れたドキュメンタリー映画を観る会 vol.21
「〜遙かなる記録者への道〜いのちの文化を求めて」
4/19(土)〜4/26(土) ドキュメンタリー作品特集上映
下高井戸シネマにて 全14作品日替わり モーニング&レイトショー

優れたドキュメンタリー映画を観る会は1999年4月下高井戸シネマでの開催を皮切り
に、地域の皆様のあたたかいご支援をいただき、今年で10周年を迎えることができ
ました。全国で限界集落と呼ばれる寒村が6000を超え、食の自給率が38%まで下が
り絶望感漂う日本列島…。自然と、人間とのかかわり方を、深く理解していた先民
達の暮らしぶりを、この特集上映から見つけて下さったら、また、生きる喜びを感
じて下さったら、幸いです。
優れたドキュメンタリー映画を観る会 飯田光代

<日程>4月19日(土)〜4月26日(土)
<会場>下高井戸シネマ
<料金>一般・学生1300円/小・中・シニア・障害者・会員1000円
(ドキュメンタリー特集共通前売り券発売中! 1回券1000円/5回券4500円)

●全14作品を日替わりでモーニングショーまたはレイトショーにて上映いたします。
●各回、10分程度のトークも予定しております。
●ロビーにて大西暢夫さん(『水になった村』監督)の写真を展示
●各回先着5名様に大西暢夫さんのポストカードをプレゼント
※詳しい作品内容、上映日程・時間は下高井戸シネマ公式ホームページ
 ( http://www.ne.jp/asahi/kmr/ski/shimotakaido_cinema.html )または、直接
劇場にお問い合わせください。

<上映作品>
「旅&#8212;ポトシへ」*劇場初公開
(2007年/イスラエル・フランス/4h06)
●'07年山形国際ドキュメンタリー映画祭 インターナショナル・コンペティション
優秀賞監督:ロン・ハヴィリオ静寂なアンデスの風景、ゆったりとした音楽。それ
らと相反して厳しい環境に生きる人々。ボリビアのポトシという鉱山の街を訪れた
イスラエル人の一家は、ゆっくりと歩み心を通わせていく。
4/19(土)モーニングショー AM 10:00 *途中15分の休憩あり

「阿賀に生きる」
(1992年/日本/1h55) *16mm上映
●'92年度キネマ旬報日本映画ベストテン第3位
監督:佐藤真/撮影:小林茂
新潟水俣病被害の現場となった、阿賀野川。この川沿いの民家に、7人のスタッフが
三年間住み込み、田んぼ仕事を手伝いながら撮影した、川の豊かさと美しさ、川と
共に暮らす人々の誇りと夢。
4/19(土)レイトショー PM8:55 ★小林茂さん(撮影)によるトークあり

「あもーる あもれいら・第1部」*劇場初公開
(2007年/日本・ブラジル/1h34) *プロジェクター上映
監督:岡村淳
ブラジルの田舎町、貧困家庭の子供たちが通う保育園。複雑な家庭の問題で心に傷
を抱えた子供たちと日本人シスター達の、祈りと戦いの毎日。グローバリゼーショ
ンと格差社会を問う。
4/20(日)モーニングショー AM10:30 ★岡村淳監督によるトークあり

「をどらば をどれ」(1994年/日本/50分)
監督:伊勢真一
「何故この小さな村にだけ、をどり念仏は残ったのか。村人たちは何故こんな踊り
を700年も残したのか。」この踊りに魅かれた監督が日本の様々な文化、芸術に影響
を与えた“をどり念仏”を追う。
*「津軽こぎん〜高橋篤子〜(25分)」併映
4/20(日)レイトショー PM8:45 ★伊勢真一監督によるトークあり

「遙かなる記録者への道&#8212;姫田忠義と映像民俗学&#8212;」*劇場初公開
(2007年/日本/1h15) *プロジェクター上映
企画・制作:民族文化映像研究所・紀伊國屋書店・ポルケ
「記録者とは何か。どうあることが、その名にふさわしいのか。」今なお模索のな
かにある「遙かなる」課題を、民族文化を映像に記録し続けてきた姫田忠義、自ら
が問いかける。
*「奥会津の木地師(55分)」併映
4/21(月)モーニングショー AM10:00

「9.11−8.15 日本心中」
 (2005年/日本/2h25) *プロジェクター上映
●'06年モントリオール世界映画祭正式招待作品
監督:大浦信行
9.11米国同時多発テロとの関連で現代日本のありようを見つめ直す。 針生一郎、
鶴見俊輔、鵜飼哲の言葉が熱く、重信メイが訪ねる韓国現代詩人、金芝河の極東か
ら発信する共生と平和の言葉が重く心に響く&#8212;。
4/21(月)レイトショー PM8:40 ★大浦信行監督によるトークあり
4/24(木)モーニングショー AM10:00

「水になった村」
(2007年/日本/1h32) *プロジェクター上映
監督:大西暢夫
「降り注ぐ笑いが僕の宝物だった。この先ジジババたちはどこへ行くのだろう。」
今はもう地図を探しても見つからない、岐阜県揖斐郡徳山村。ダムの完成を待つば
かりのこの村で写真家・大西暢夫が出会った“ジジババ”達との15年間。
4/22(火)モーニングショー AM10:00
4/25(金)モーニングショー AM10:00

4/26(土)レイトショー PM8:50 ★大西暢夫監督によるトークあり

「イヨマンテ−熊おくり」*劇場初公開
(1977年/日本/1h43) *16mm上映
監督:姫田忠義
アイヌの自然観、生命観が凝縮した最大の儀礼であるイヨマンテ(熊の魂を神々の
国へ送り返す祭)。故・萱野茂の指揮のもと、ウタリによるイヨマンテを準備から
記録したアイヌ民族復活の証。
4/22(火)レイトショー PM8:45 ★姫田忠義監督によるトークあり

「プライドinブルー」
(2007年/日本/1h24)
●'07年度文化庁映画賞 優秀賞
監督:中村和彦
ワールドカップの開催年に実施されている知的障害者のサッカー世界選手権、通称
<もうひとつのワールドカップ>。'06ドイツ大会に参加した選手たちを追う。彼らの
希望と誇りが暖かい感動を呼ぶ。
4/23(水)モーニングショー AM10:30

「M」*劇場初公開
(2007年/アルゼンチン/2h30)
●'07年山形国際ドキュメンタリー映画祭 インターナショナル・コンペティション
優秀賞 監督:ニコラス・プリビデラ
1976年、軍事政権下で突然消息を絶った監督の母マルタ。謎を追うにつれて判明す
る地下活動仲間らの軋轢や裏切り、そして風化。血塗られたアルゼンチンの歴史が
あぶり出される。
4/23(水)レイトショー PM8:40 ★星野弥生さん
(2007年山形国際ドキュメンタリー映画祭スペイン語通訳)によるトークあり

「プージェー」
(2006年/日本/1h50) *プロジェクター上映
●'08年サンダンス国際映画祭出品作品
●'07年韓国EBS国際ドキュメンタリー映画祭 グランプリ
監督:山田和也
探検家・関野吉晴が出会った遊牧民の少女・プージェーとその一家。市場経済へと
変わりゆくモンゴルの草原で起こった、小さいけれど深い出逢いの物語。
4/24(木)レイトショー PM8:45 ★山田和也監督によるトークあり

「バックドロップ クルディスタン」*劇場初公開
 (2007年/日本・トルコ・ニュージーランド/1h42) *プロジェクター上映
●'07年山形国際ドキュメンタリー映画祭 アジア千波万波部門 奨励賞・市民賞
●'07年度毎日映画コンクール ドキュメンタリー映画賞
監督:野本大
迫害を逃れるために日本にやってきたクルド人一家の現実を目の当たりにし、「傍
観者」であった監督が、一家の背景を追ってトルコへ飛ぶ。個人と社会、国家への
バック・ドロップ。
4/25(金)レイトショー PM8:45 ★監督またはプロデューサーによるトークあり

<お問い合わせ>
下高井戸シネマ:〒156-0043 世田谷区松原3-27-26 京王下高井戸ビル2F
TEL:03-3328-1008/03-3328-5441
公式HP: http://www.ne.jp/asahi/kmr/ski/shimotakaido_cinema.html 
優れたドキュメンタリー映画を観る会:飯田光代 (03-3426-7053)


■訂正
3月15日号の「ワールドワイドNOW ≪北京発≫」欄
「05年に雲南映像フォラムに参加した僕は、そこで馮艶の『稟愛』を観て、そして
監督である彼女に出会った。」→05年ではなく、実際には07年でした。07年の雲南
イメージフォーラムは事実上政府の圧力でその開催を認められず作家同士及び批評
家内での狭い範囲での活動になりました。(前田佳孝)


     ◇────────────────────────◆◇◆    

■募集:「自作を語る」などの投稿歓迎!
「自作を語る」欄は、監督自らが作品について語るコーナーです。制作した動機や
撮影のポイント、編集で心がけたこと等を内容に盛り込んで頂きたいと思っていま
す。その他の投稿も歓迎します。「自作を語る」は1600字程度。監督のプロフィー
ル(150字)、作品のデータ、上映スケジュール、HP等をお知らせください。
原稿締め切り:配信日(1日&15日)の3日前までに、下記に送信ください。
E-mail: visualtrax@jcom.home.ne.jp  伏屋まで

     ◇────────────────────────◆◇◆    

■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋  博雄(本誌編集長)

neoneoの購読は無料ですが、経費を(その大部分は稿料ですが)賄うため、上映等の
告知は有料にしています。なお皆様にカンパもお願いしていますので、ぜひご協力
ください。

(1)上映等の告知の有料化 40字×30行(行数の空きも計算)以内につき、2,000円
です。それ以上の行数の場合は加算します。

(2)カンパのお願い 一口2,000円。何口でも。
送金方法:郵便振込み:00160-8-666528 neoneoの会、又は、
みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782 (有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせく
ださい。)
以上、neoneoの継続ため、よろしくお願い致します。



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃08┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●昨春、『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』(監督:藤原敏史)が
ユーロスペースで公開された際、上映と同時に様々なイベントを行った。その一つ
が、土本監督によるトークショーだった。本誌では、これから3回の連載でこのとき
の様子を伝えることとする。いずれも上映後の10数分という極めて短い時間のなか
で行われたが、それでも土本さんの長い映画人生で培われた蓄積は、このトークで
も発揮され、傾聴にあたいする内容だと思う。

●生まれも育ちもベルリンの梶村昌世さんが、今年のベルリン映画祭のレポートを
寄稿し、海外の眼から観た日本映画についての反応を知らせてくださった。ここで
梶村さんが力説されているのは、日本の若い監督たちの「内向性」である。梶村さ
んの言葉によれば、「日本映画は美しいが骨がないように見える。(中略) 特に
アジアの他の国に比べると勢いと活気を感じられない。いったい日本の若い世代は
どうしたのだろう」、ということになる。こうした反応は、よく喧伝されているこ
とで、世界的視野に立って自作を見つめろ、という警鐘に対して、若い日本の監督
はどう応じるのだろうか?

ところで、この号を配信する直前に、香港映画祭(3月17日〜4月6日)に参加してい
る知人から次のようなメールが届いた。

「『靖国』騒動はしっかり伝わっているらしく、授賞式の記事を読むと、李櫻は
「私は日本で信じ難い問題に直面しているが、この賞が日本の配給会社を前向きに
させるだろう」と発言し、審査員も「監督の野望と勇気に敬服」といったコメント
を出していて、おそらく授賞式は鼻息あらく「反日」的な雰囲気だったのだろうと
推測されます。日本との温度差を感じます。」

『靖国』騒動については、私は国会議員に試写をすることは愚行であったと思う。
それがたとえ与党であろうが野党が加わろうが、検閲とも言うべき要望は拒否すべ
きだったと思う。騒動を逆手にとって、宣伝に利用しようとする思惑が仮にあった
としても、政治に乗るべきではなかったと思う。

●前号(3月15日号)に掲載された岩崎ゆう子さんの「コミュニティシネマのこれか
ら」を読んだ読者から、多数の反響をいただいた。すべて、文章の豊かな表現に驚
嘆したものばかり。たとえば、岡田秀則さんのブログには下記のように記されてい
た。

「“こんな町に住みたい”のヴィジョンから「映画」の居場所について考える試み。
こんな文章、これまで読んだことがない。今年に入って目にした映画にまつわる読
み物の中でも、もっとも美しいものだろう。私たちはユートピアを信じなくなって
久しい。しかし、映画はユートピアを語ろうとしたことさえなかったのだ。」

未読の方は今からでも遅くはない。目次の末尾にある「まぐまぐ配信」又は「melm
a!配信」をクリックすればバックナンバーを読むことが可能だ。心が洗われる文章
だ。


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