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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo 96号 2008.2.15

発行日: 2008/2/15


∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 †01 ■ドキュメンタリー映画のかたち
       コミュニティシネマの日々(2)
       ワイズマンとコミュニティシネマ  岩崎 ゆう子
 †02 ■自作を語る
      『映画の都 ふたたび』  飯塚 俊男
 †03 ■ワールドワイドNOW ≪パリ発≫
        南米チリの無声映画祭レポート  高橋 晶子
 †04 ■列島通信 ≪沖縄発≫
        桜坂劇場の取り組み  真喜屋 力
 †05 ■neoneo坐2月後半の上映プログラム
 †06 □広場
      ■新・クチコミ200字評!(68)
        『わたくしたちの小金井市』 『68の車輪』
        『静かな空を〜横田基地による爆音被害をなくすために』
               (以上の評、清水浩之)
      ■映評:コミュニティの崩壊を凝視する
         ―飯塚俊男の『映画の都、ふたたび』  藤原 敏史
      ■募集:「自作を語る」などの原稿募集!
      ■上映の告知の有料化とカンパのお願い  伏屋 博雄
 †07 ■編集後記  伏屋 博雄


    ★バックナンバー閲覧はこちらまで
     まぐまぐ配信   http://blog.mag2.com/m/log/0000116642/
     melma!配信    http://www.melma.com/backnumber_98339/



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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■コミュニティシネマの日々(2)
┃ ┃■岩崎 ゆう子
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●ワイズマンとコミュニティシネマ

2月19日から「フレデリック・ワイズマン映画祭2008」が始まる。
フレデリック・ワイズマンは、neoneoの読者はすでによくご存知の通り、1967年の
『チチカット・フォーリーズ』以来、一貫して軍隊、警察、学校、病院、裁判所等、
アメリカの様々な組織を記録しつづけるアメリカ・ドキュメンタリーの第一人者で
ある。78歳になる現在も、毎年1本に近いペースで作品を撮り続けている。ワイズ
マンの映画には音楽もナレーションも、インタビューもない。ある組織の日常を
坦々と映し出しているわけだが、撮影の何倍もの時間をかけて入念に編集された作
品には劇的な要素が満ち溢れている。劇的過ぎて、ときに疑問を感じてしまうほど
である。カメラを前にまるで劇映画のひとコマを演じているような人々の姿、それ
をほとんど何の共感も見せない手つきで巧妙に引き出し、並べてみせるワイズマン
の手腕に魅せられ、中毒したように次々に作品を見てしまう。長い長い編集作業の
中でワイズマンは何を考えたのか、アメリカの現代社会をどう見るべきか等々、思
索はどこまでも広がるが、ワイズマンが作り上げたある組織の姿をただ見ているだ
けでも充分に面白い。
しかし、私は、ここでワイズマンの作品の魅力について書こうと思っているわけで
はない。多分、neoneo誌上でもすでになされたであろうし、私よりもずっと適切に
そうすることができる人がたくさんいらっしゃるだろうと思う。

初めてフレデリック・ワイズマン監督のレトロスペクティヴを開催したのは1998年、
もう10年前になる。そのときは14本のワイズマン作品を上映し、監督自身を招いて
講演会やディスカッションなども行った。
エース・ジャパン/コミュニティシネマ支援センターでは、その後も上映権を更新
し続け、全国でワイズマン作品を上映し続けている。1998年以降につくられた作品
についても上映権を取得、作品を増やしていった。2002年には「中世の里なみおか
映画祭」が7本のワイズマン作品の権利を取得、日本で上映できるワイズマン監督
作品は一挙に増えた。『コメディフランセーズ』と『バレエ』は劇場公開された。
今回、最新作『州議会』(2006)を新たにラインナップに加え、いまでは、国内で
上映可能なワイズマン作品は26本にのぼる。こんなに多くのワイズマン作品を見る
ことができる国は、アメリカ以外には日本しかないのではないかと思う。

ある意味とても奇妙なことだと思うが、なぜこんなことができてしまったのか。
1998年のレトロスペクティヴ開催時、14作品の上映権を買い、プリントを輸入し、
字幕をつけ、監督を招聘し、カタログを製作し、上映会場を借り、広報宣伝もして
企画を成立させるための予算は2300万円に上った。エース・ジャパンだけでそんな
予算を組めるわけもなく、様々な助成団体に申請書を送り、企業に寄付を求めたが、
最終的に、この企画がスタートできたのは、愛知芸術文化センター、高知県立美術
館、横浜美術館が、私たちと一緒にこの企画をやろうと負担金を出すことを決めて
くれたからである。その後、フィルムは各地で上映されつづけ、数年がかりでなん
とかすべての経費をカバーすることができた。

昨年9月の「全国コミュニティシネマ会議」で、私たちは、ふたつの新しい構想を
発表した。そのひとつが「シネマテーク・プロジェクト」である。シネマテークは
「映画史的な批評的なプログラムによる上映活動を目的とした公共の上映機関で、
映画上映のための専門的な施設をもち、プログラミングや普及活動、技術面を担う
経験豊富なスタッフを擁する」と定義している。会議の中でコミュニティシネマ支
援センター運営委員長の松本正道氏は、このプロジェクトについて次のように説明
している。「…シネマテークというのは、フランス語のビブリオテーク=図書館と
いう言葉からきたもので、映画図書館と訳されています。どんな街にも、どんなに
大きな書店があっても、あるいはユニークな良心的な本屋さんがあったとしても、
図書館が必要なように、映画の図書館あるいは映像の図書館というものが必要だと
私は考えます。

(中略)シネマテーク・プロジェクトは、いま、国、地域を問わず、文化予算が縮
小されていくという状況の中で、既にある映像専門施設や美術館、図書館をはじめ
とする公共的な文化施設、あるいは大学の映像ホールなどが費用と労力を分担して、
学芸員や研究員やプログラム・ディレクターの方々が共同して作品を選び、パッ
ケージ化し、巡回する。そういう行為を通じて結果的にはシネマテークの設立を促
して行く、シネマテーク化していくというものです」。

ワイズマン作品を上映したのは、この“シネマテーク”だった。アテネフランセ文
化センター、愛知芸術文化センター、高知県立美術館、横浜美術館、山形国際ドキ
ュメンタリー映画祭、中世の里なみおか映画祭、広島市映像文化ライブラリー、滋
賀県碧水ホール、せんだいメディアテーク、福岡市総合図書館、大分県総合文化セ
ンター、金沢21世紀美術館、大阪・第七藝術劇場、立命館大学。全国で14会場、こ
れらの会場の多くで上映可能なワイズマン作品すべてが上映された。こういったシ
ネマテークの存在が、ワイズマン映画祭を可能にしたのである。
現在、このような大規模な企画を単独で実現できるような文化施設は存在しないし、
共同での開催も容易なことではない。しかし、あきらめるわけにはいかない。10年
前にワイズマン映画祭を可能にした「シネマテーク」のネットワークをもう一度築
き直す、それが「シネマテーク・プロジェクト」なのだと思う。


■岩崎 ゆう子(いわさき・ゆうこ)
コミュニティシネマ支援センター事務局長/財団法人国際文化交流推進協会(エー
ス・ジャパン)映画事業課長。「シネマテーク・プロジェクト」の試行企画、2008
年秋始動に向け準備中です。どうぞご期待ください。もうひとつの新しい構想
「アートシネマ・シンジケート」、こちらは地域のミニシアターを中心にしたプロ
ジェクトです。こちらについては次回以降、ご紹介いたします。「フレデリック・
ワイズマン映画祭2008」詳細については、下記をご参照ください。皆様のご来場を
お待ちしております。
  http://www.acejapan.or.jp/film/commoncontents/tour/index.html 



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┃02┃□自作を語る
┃ ┃■『映画の都 ふたたび』
┃ ┃■飯塚 俊男
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昨年山形国際ドキュメンタリー映画祭は10回目を数え、その運営が山形市の直轄か
ら民間に移行した。民営化は想像以上の困難な作業だった。およそ20年にわたって
映画祭を支えてきた人々の間に、きしみが生まれ相互の信頼関係が大きく揺らいだ。
その渦中にカメラが入り映画にしたものだから、完成したばかりの作品を映画祭期
間中に上映すると、映画祭から離れた人の扱いをめぐって議論が百出した。現実の
問題と表現上の問題が混同され、映画としての評価の声はあまり聞かれなかった。
私の表現力の甘さが問題なのか、とずいぶん落ち込んだこともあった。それにして
も、世界の現実に向き合って撮られたドキュメンタリーを見ている人が多いはずな
のに、自分たちに近しい人の現実の話になると、なぜ作品として見る余裕がなくな
ってしまうのだろう。それが残念だった。

この映画は、今年1月アテネ・フランセ文化センターで、山形映画祭以降初めて上
映された。ようやく作品として見られる空気が出てきたように感じている。

山形映画祭は89年に始まった。この時公式記録映画を作ることになり、長年山形で
小川紳介監督の助監督をつとめてきた私が初監督を指名され、翌々年『映画の都』
が完成するのだが、私の狙い通りの作品には仕上がらなかった。その直後、私は小
川プロをやめて、初めて小川さんから離れることになった。

私が学生時代にドキュメンタリー映画の道に足を踏み入れたのは、間違いなく小川
さんの映画と生き方に惹かれたからであった。しかしながら、自分を無にしても小
川さんを支え続けるという小川プロの体質にどっぷり浸かっていただけに、小川さ
んの磁場から離れることは容易ではなかった。小川さんと小川プロ的体質から、出
来る限り遠ざかることが唯一の方法だった。『映画の都』も見なかったし、山形映
画祭とも一定の距離をおいた付き合いになっていた。

ところが、一昨年山形映画祭が曲がり角に来ているという声を聞くと、落とし前の
ついていない『映画の都』と、この映画で描き切れなかったボランティアグルー
プ・ネットワークのことが気にかかり、お金の見通しも立たないうちに山形を訪ね
映画を作ると宣言してしまったのである。

私がネットワークに親近感を感じるのは、60年代から80年代の日本ドキュメンタ
リー映画を先頭に立って牽引していた小川さんに触発されて映画に関わっている、
という運命の同一性のようなものを感じるからである。89年に山形国際ドキュメン
タリー映画祭が決まった時、小川さんは映画祭を内実で支えるのは市職員ではなく
ボランティアのネットワークだと言って、その組織作りのために県内各地を精力的
に動き回った。初期のネットワークに見られた積極的な活動力は、小川さんのパト
スによって点火されたことは間違いない。一方、私はスタッフとして映画作りの内
側から小川さんを支えていた。

それから20年を経て、私とネットワークの立場にも大きな変化があった。私は曲が
りなりにも映画監督、ネットワークの中心メンバーは映画祭を支えるプロとなった。
ところが昨年の民営化騒動の中で、ネットワークは大きく動揺し、相互の不信感に
あえいでいた。彼らを叱咤し映画を撮り続けることは、私自身の立場のあいまいさ
を鋭く突いてくる刃でもあった。受身の立場で映画に関わることが許されないのだ。
自らが、映画をどうするのかと決定する主体者にならなければならない。それはネ
ットワークの問題だが、私にとっても小川さんから遠く離れることだけでは自立に
ならない、ということを思い知ることでもあった。私自身の映画を提起することだ。
この映画が、新しく提起する<私の映画>と言い切れる自信があるわけではないが、
小川さんに伝えたい、ネットワークで映画を作ったよ、と。

この映画作りを通して発見したことのひとつは、ネットワークが誕生する前史に
『1000年刻みの日時計』(87年 小川紳介監督)の上映運動があったということで
ある。この映画の山形県内上映を担ったのは、小川プロではなく映画の配給と上映
を専門にしている映画センターだった。彼らが各地を回り上映委員会を組織する際、
作品がひと言で語りきれない難しさがあっただけに、何度も地域の人たちと話し合
って上映にこぎつけた。その時間の共有が、映画祭ボランティア・ネットワークに
移行する力になったというのである。映画の作り手だけでなく、見る側、上映する
側との間に一つの共同性が作り出されていたことの証左である。
そんな共同性の回復を願って、上映運動に漕ぎ出したいと思う。


☆『映画の都 ふたたび』(2007年/90分/DVCAM/カラー/ワイド16:9/ステレ
オ撮影カメラはHDV(ソニーV1J)、DVにダウンコンして編集)
製作・監督:飯塚俊男、撮影:渡辺智史、編集:飯塚俊男、渡辺 智史、
整音:甲藤勇、協力:山形国際ドキュメンタリー映画祭、山形国際ドキュメンタ
リー映画祭ネットワーク、特別協力:「続・映画の都」製作委員会 会長:赤坂憲
雄、助成:芸術文化振興基金、製作・配給:アムール
連絡先:アムール 〒336-0026さいたま市南区辻4-8-4-102
           Tel&Fax048-864-2677  E-mail: cineamr@aol.com 

☆上映予定:2月23日 山形県寒河江温泉・ホテルサンチェリーにて開催される
「映画祭と自主上映の新ネットワーク交流会」のなかで上映される。山形映画祭ネ
ットワークの再建に向けた会議であるが、映画だけ見ることも可能。詳細はアムー
ルにお問い合わせください。その後の上映会は検討中。


■飯塚 俊男(いいづか・としお)
1947年群馬県生まれ。学生時代に小川プロダクションに参加。『ニッポン国古屋敷
村』(82年)と『1000年刻みの日時計』(86年)で小川紳介監督の助監督。91年『映
画の都』で初監督、この年に独立。『小さな羽音』(92年)で文化庁優秀映画作品賞
など。94年アムールを設立。主な作品に『木と土の王国』(95年)など縄文映画三部
作、『菅江真澄の旅』(02年 紀伊国屋書店ビデオ)などがある。



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┃03┃□ワールドワイドNOW ≪パリ発≫
┃ ┃■南米チリの無声映画祭レポート
┃ ┃■高橋 晶子
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パリから発信する記事なのでフランス国内の出来事を書くのが本来ではあるが、今
回は特別に1月8日から12日にかけて参加してきた南米チリの無声映画祭について触
れたいと思う。

今年で6回目を迎えるこの映画祭は、首都サンチャゴから500キロ北上した所に位置
する街ラ・セレナで年一回開催されている。チリの1月と言えば真夏のバカンス
シーズンで、とてつもなく長く続く海岸やパパイヤの生産で有名なラ・セレナ市は
観光客で溢れかえる。街の中心の広場に1920年代風のデザインを施した野外スク
リーンが建設され、夜な夜なミュージシャンの伴奏付で無声映画が上映される。日
中は一般の映画館と公共施設の会議場を使い、映画上映だけでなくチリのアーカイ
ブの現在についての討論会も開かれた。

オープニングの野外上映はチリの冒険ウエスタン映画『El leopardo』(1926)。
縦笛を中心にチリの伝統楽器を3人のミュージシャンが奏で、デジタル合成の音も
織り交ぜながらの見事な伴奏であった。73年から89年まで軍政下にあったチリでは、
その間文化政策がほぼ消滅し、他の芸術分野と同様映画業界も廃れ、ましてや映画
の保存・修復といったものは見向きもされなかった。そのため現存するチリ映画は
少なく、この『El leopardo』は現在上映可能なチリ製無声長編映画。たった3本の
うちの1本だ。

現存するチリの最も古い映像も上映された。これは、1903年に撮影されたバルパ
ライソの海岸で民族舞踊クエッカを踊る人々の映像で、フランスの国立フィルム・
アーカイブの倉庫の中で見つかったものだ。リュミエール社による映像という表示
があるものの、これは当時氾濫していた偽物のリュミエール映像の1つである事が
分かっている。海賊版と言えどチリにとっては貴重な映像であるし、「偽物リュミ
エール」の歴史を知るのもまた面白い。

今年はベルギー無声映画特集ということで、アンリ・ストルクの作品や、ベルギー
の王立シネマテークで修復されたアルフレッド・マシャンの作品が上映された。マ
シャンは動物の調教師でもあったため、動物を役者に使ったフィクションを大量に
撮っており、中でも当時大人気だった『人間のような動物達』(1924)が上映され
た。
鶏や犬が演じる恋愛ドタバタ劇で、ピアノの伴奏に、鍋や風船等を使った音響効果
がプラスされて上映された。観客の大反響はご想像頂けるだろう。

巡回上映としてラ・セレナ市周辺の3つの村でも上映が行われた。村では他に娯楽
がないという理由もあり、上映には驚くほど大勢の人が集まる。中でも、ノーベル
文学賞を受賞したガブリエラ・ミストラルの出生地として有名なヴィクーナ村での
上映は、村人全員が老いも若きも集まってきたのではないかと思うほどの盛況振り
だった。夜7時のまだ明るい頃にミュージシャンらによる演奏が始まり、だんだん
日が暮れてくると「CINE! CINE!(映画を!映画を!)」という掛け声が何処からと
もなく上がる。そうなると、そろそろ映画上映の時間という訳だ。この地方は年間
を通じて快晴の日が最も多く世界中の天文所が軒を連ねており、満天の星空の下、
生伴奏付で無声映画を観る至福はこの上ない。

映画祭終了後には、数年前にサンチャゴにオープンしたばかりの国立フィルムセン
ター/シネテカ・ナショナルにて同プログラムが再上映され、ベルギー王立シネマ
テークの現像所で無声映画の色の復元に取り組むノエル・デスメット氏や、台詞の
ない映画を撮り続けている同じくベルギーのティエリー・クノッフ監督らが講演を
行った。

現在のチリは首都サンチャゴも近代的で、30以上もの映画学校や映画学科を持つ大
学があるほど映画が注目されている。年間の映画生産数は10本〜15本と決して多く
はないものの、国の規模と近代史の背景を考えると目を見張る活発さだ。政治意識
にとらわれない作品作りも確実に始まり、今後のチリ映画に、そして過去のチリ映
画の発掘に期待したいと思う。


☆ラ・セレナ無声映画祭公式サイト  http://www.cinemudolaserena.com 


■高橋 晶子(たかはし・しょうこ)
横浜生まれ。フランスの言語・映画に魅せられ94年に渡仏。パリ第8大学映画学科
卒業。映画・TV関係のコーディネート・通訳・字幕翻訳及び助監督として活動。



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┃04┃□列島通信 ≪沖縄発≫
┃ ┃■桜坂劇場の取り組み
┃ ┃■真喜屋 力
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●あの手この手の模索

桜坂劇場は3度目の正月をどうにか迎えました。いっきに駆け抜けてきた感はあり
ますが、最近は僕らに感化されたのか、シネコンでも特集上映などをやるようにな
り、油断大敵と言う感じですが、観客の立場で言えば沖縄の映画状況が良くなって
きたじゃないだろうか。そういえば昨年の11月には沖縄県立博物館・美術館がシネ
コンの横にオープン。毎日のように沖縄関連の映画を上映しています。県民の文化
度を上げるのには役立っていると思いますが、全体としては沖縄に特化しすぎてい
る気がするのが、思いっきり残念。楽しみにしていたミュージアムショップは、片
隅にピカソなんかのカードがちょこっとあるだけで、後は沖縄関係のものばかり。
質の高い品を並べた観光お土産屋と変わらない。別に沖縄物が悪いとは思わないけ
ど、県立だからこそ、沖縄県にいながらにして世界が見えるようなものを作って欲
しいと思う。世界の名だたる作品と並列して沖縄の作家を紹介することでこそ、沖
縄の作家の価値をあげることができるし、沖縄の作家がやっている時代背景が俯瞰
できて良いと思うのだけどねえ。

うがった見方をすれば、沖縄至上主義を貫けば、県民が税金の使い道を納得して文
句を言わないと思っているようにしか見えない。でも県民が欲しているのは刺激的
な場所なんだよね。収入源として期待している観光客だってそうだと思う。金沢の
県立美術館を見ていればよくわかる。なんかおもしろそうなんだもの。いろいろあ
りそうで。あと映画とか収蔵作品を積極的に上映していることはいいと思いますが、
無料上映ばかりというのはどうなんでしょうか。続いていけるのか心配です。お金
いらないなら、作家にバックするなど還元すりゃいいのに。無料上映ばかりすると、
県内での沖縄作家の上映がやりにくくなって、本当に作家の実入りが減っちゃうん
じゃないでしょうか。心配です。

人のことはさておいて、桜坂劇場である。ともかく僕らの基本スタンスは、島の内
外から良いものを集めて紹介しまくること。銀幕の上では総て平等です。そしてゲ
ストを招いて沖縄にクリエイティブなカンフルを打ちまくる。映画だけでなく、ラ
イブやワークショップで様々な人を集めて老若男女をクロスオーバーさせること。
民営でヒーヒー言ってますが、観客の欲望に応えるべくがんばってます。
昨年暮れにはBOX東中野時代からの友人、松江哲明監督を招き『童貞。をプロデ
ュース』を上映とトークショーを開催。そこまでならよくあることですが、その翌
日に特別講座ということで急きょ『ドキュメンタリー・リテラシー』についての特
別講座も開催し好評だった。ゲストにも講師料が払えるし、一粒で二度美味しいこ
ういう企画はもっと増やしていきたいと、足りない脳味噌を絞って企画を考え中で
ある。 もうすぐ恒例のロマンポルノ特集。今年もゲストに宮下順子さんと、白鳥
あかねさんの来沖が決まっているのが楽しみ。白鳥さんには講座ではないが、しん
ゆり映画祭でのバリアフリー上映について語ってもらう機会を持とうと思っている。

知ってる方も多いと思いますが、桜坂劇場では様々なワークショップをおこなって
きました。映画だけでなく、方言講座とか、コーヒーの入れ方とか、ともかく様々
な好奇心を満たせるような内容。それを今年から桜坂市民大学と名を変え、講座数
も80近く設置している(4月の募集では108を目標)。大学の先生を招いて沖縄の歴
史とか、源氏物語の読み方とか、いろいろである。そんな中で僕が立ち上げた企画
として、研究ラボというカテゴリーがある。講師を招いておこなうのではなく、参
加者がテーマごとに集まって自ら率先して研究をおこなうもの。どうしても講座数
が多いとワークショップがカルチャースクールよりになってしまうので、それにブ
レーキをかけたかったのだ。その研究ラボの中で《バリアフリー上映研究ラボ》と
言うのがあって、将来的には様々な作品を地元でバリアフリー化して上映できるシ
ステムが構築できないかと野望を抱いている。今は始まったばかりなので、受講生
はバリアフリーの形態や、障害を持った方に会って、ヒアリングを重ね、どんな上
映が求められているのかを調査している段階。そういう意味で、しんゆり映画祭で
の試みを聞けるのは多いに刺激になると思う。一粒で2度美味しいというのは、知
識のクロスオーバーなのだ。
それでこそ未来が見えてくるような気がしています。


■真喜屋 力(まきや・つとむ)f
1992年『パイナップルツアーズ』の1パートを監督。BOX東中野(現・ポレポレ東中
野)スタッフを経て、演出業、Web製作などで、東京、沖縄、台湾を行ったり来た
りしていたが、2005年4月より沖縄に居座り、桜坂劇場プログラムディレクターを
担当。



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┃05┃□neoneo坐2月後半の上映プログラム
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会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩1
分JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。詳細と地図はneoneo坐のHPをご覧下さい。
  http://www.neoneoza.com/


■短編調査団(62) 鳥の巻
2月27日 (水) 20:00〜

『日本の鶏』
1984年/30分/カラー
制作:プロダクション未来/監督:久保田義久
■一生尾羽が伸びつづける土佐のオナガドリや、日本三大長鳴鶏といわれる高知の
東天紅(トウテンコウ)、新潟の蜀鶏(トウマル)、秋田の声良(コエヨシ)など、
世界に類を見ない貴重な品種を含め、天然記念物に指定されている17種の日本の鶏
を全て紹介する。

『動物の生態 ウミネコの生活』
1964年/18分/カラー
制作:学研映画/企画:文部省/プロデューサー:原正次
脚本・監督:岡田泰明/撮影:平野光徳
■日本で最も普通にみられるカモメの一種、ウミネコの生態を、その繁殖地である
青森県蕪島を中心に観察記録する。

『つるのすごもり』
1971年/17分/カラー
制作:「つるのすごもり」を製作する会
脚本・監督:篠原茂・斎藤和男(芝山努)/原作:タカクラ・テル
作画監督:斎藤和男(芝山努)/作画:近藤喜文ほか/撮影:八巻磐/
音楽:清瀬保二
■美しいツルが群れをなして舞う平和な島。卵から可愛い二羽のヒナが孵った。
ある日突然、タカがヒナを襲う。親ヅルは必死にヒナを庇うが…。映産労(日本映
画放送産業労組)の呼びかけにアニメ製作スタジオの労働者約80名が勤務の余暇を
割き参加、三年がかりで完成させた自主作品。言葉を用いず映像と音楽だけで構成。

『小湊のオオハクチョウ』
1973年/25分/カラー
制作:三和映画社/企画:松緑神道大和山脚本・監督:野崎健輔/
撮影:白川栄造
■特別天然記念物に指定されている青森県平内町小湊のオオハクチョウ。地元の町
立浅所小学校の「オオハクチョウ観察班」による17年間にわたる研究成果を記録す
る。



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┃06┃□広場
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■新・クチコミ200字評!(68)
■清水浩之(短篇調査団・2/27は鳥の巻! http://d.hatena.ne.jp/tancho/ 
オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!映画・ビデオ・テレビな
ど皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも可!もちろん「オスス
メしない映画とその理由!」もOKです。
本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡先(メールアド
レスor電話)/題名/制作年/監督/見た場所(よろしければあなたのプロフィール
や近況も)を付記してお送りください。ちなみにここでは稿料は出ません。
清水浩之 E-mail:shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp /ファクス:03-3703-0839

B-256『わたくしたちの小金井市』
1968年頃/企画:小金井市/制作:東映教育映画部
見た場所:小金井市公民館「視聴覚ライブラリー再発見!〜映画会を開こう」
講座概要: http://d.hatena.ne.jp/shink-tank/20080128 
日頃の奇特な活動のおかげで(笑)16ミリ上映会についてお話しする機会をいただき
ました…当日の参考上映で一番盛り上がったのは、ご当地・小金井市が40年前に作
った市政広報映画。真新しい団地と稲作農家のコントラストが印象的な一方で、中
央線名物“開かずの踏切”が既に問題視されていたりして、ご覧になった市民の方
から「政治的には全然進歩がない!」という感想が出たのには驚きました。
次回(17日)の講師は村山匡一郎さんです。(清水浩之)

B-257『68の車輪』
1965年/制作:東京シネマ/企画:日本通運/監督:森田実
NPO法人「科学映像館」で動画配信中  http://kagakueizo.org/ 
「科学映像館」は往年の科学映画・産業技術映画をHDテレシネで色鮮やかに甦らせ、
Webで配信してくれるありがた〜い存在。現在の一番人気は〈運送スペクタクル大
作〉として注目を集めるこの作品。30万KVA変圧器を一日当り4kmの大名行列でジワ
ジワと運ぶ超重量トレーラーの勇姿とともに、それを“モーゼの十戒の如く”ボー
ゼンと見守る野次馬の皆さんがとってもキュート(笑)日本全土が「普請中」だった
時代のエネルギーを目撃しよう!(清水浩之)

B-258『静かな空を〜横田基地による爆音被害をなくすために』
2006年/制作:日本電波ニュース社ほか/演出:小林アツシ
2月15日(金) 第39回VIDEOACT!上映会「米軍基地の被害」にて上映予定
 http://www.videoact.jp/screening/080215.htm 
35億円の兵糧攻めで岩国を「従わせた」日本政府の努力も沖縄の2等軍曹(38)が瞬
時に台無しにしたりと、理念なき米軍再編を再考する機会が増えています。新横田
基地公害訴訟団によるこの作品は、訴えられた国側が「基地を知っていて住んだ」
自己責任論まで持ち出したり(ならば国民全員責任あり)我らが石原総統が「軍民共
用化」なる甘言で基地の恒久化を目指したりといったカラクリを紹介。異議申し立
ての動機がよくわかる好編です。(清水浩之)


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■映評:コミュニティの崩壊を凝視する―飯塚俊男の『映画の都、ふたたび』
■藤原 敏史

歳月を重ねた木製の梁のあいだ通り抜け、初老の男性が時計台に上がり、ネジを巻
く。時計のアップ。もう100年以上前に作られた大時計は、時代を超えて同じよう
に時を刻んで来たはずだ。時計で始まり、時計のように規則正しい機械仕掛けで映
像という刻印された時間を投影する映写機の光のなかに終わる『映画の都、ふたた
び』はしかし、昔も今も規則正しく変わらない時計と映写機の機械的運動に対して、
時代と共に変わってしまったもの、失われたものを、静かに浮かび上がらせる。

時計のアップから七日町通りの彼方に県庁が見えるロングにスっとカットしたとき
に、なにかが失われたその風景の殺伐さが、静かににじみ出る。時計は昔と同じよ
うに時を刻んでいても、大時計が時を刻んで時を知らせていた社会はもうそこには
ない。時計の運動は同じでも、時計にかつてあった役割はそこにはもうない。人々
は自分で時計や携帯電話でそれぞれの時間を持ち歩き、そのアラーム音を聞く。大
時計の鐘の音など、七日町通りを走る車の騒音と同じくらい、もはや誰も聞いてい
ない音になってしまった。では映画はどうなのか?

山形映画祭のプログラミング関係者二人、マーク・ノーネスと藤岡朝子のインタ
ビューは、一見するとドキュメンタリー映画事情のこの20年間の変化の事実説明で
あるかのように我々は見てしまうかも知れない。そこにデジタルという新しいテク
ノロジーがどうドキュメンタリー映画を変えてしまい、山形の役割が変わってしま
ったかが凝縮されていることに気づかないと、我々はこの映画をただの映画につい
て、映画祭についての情報源と勘違いしてしまうことになりかねない。

経済的理由で映画を作れないアジアの作家たちを擁護し、山形にそのコミュニティ
を作ろうと呼びかける20年前の小川紳介のアジ演説。その数年後にはデジタル映画
が登場し、アジアの監督も映画を作れるようになった。だがその結果、山形はコミ
ュニティでなく登竜門になり、その登竜門も今では…。山形を経てでなく直接ベル
リンなりヴェネチアに出て行くことも今ではある、そう藤岡は言う。かくいう僕自
身、まあドキュメンタリーではなく劇映画だが、山形とはまったく無関係に、デビ
ューは直接ベルリンだった。かつての山形がそうであったコミュニティではなく、
世界映画というはっきりいえばマーケットにいきなり飛び込んでいた。ドキュメン
タリー作品で昨年の山形に招待されても、それはもはや山形ドキュメンタリー映画
祭というコミュニティに参加することではなく、数多く招かれる映画祭のひとつで
しかない。

ここで自分の映画祭体験を書いたのは、『映画の都、ふたたび』をあくまで観客と
しての僕自身に重ねることで深く見るためであることをご理解頂きたい。映画はな
にかしら「自分」という個に重ね、その個から見るべきものであり、映画と無数の
観客という個の出会いとコミュニケーションから映画的体験が生まれるという基本
を忘れて『映画の都、ふたたび』を見てしまうこと、つまり観客が自分という個で
なく、自分が属している集団とみなしている(あるいは錯覚している)「映画界」
なり「映画祭業界」なり「山形映画祭とその周辺」に無節操に重ね合わせ、その集
団の自己保身の立場からこの映画を見てしまうことは、実は映画に対する裏切りに
しかならず、そしてこの現代日本映画にとって極めて重要な作品を見逃すことにも
なってしまう。『映画の都、ふたたび』はあくまで、時計台で始まり映写機で終わ
る映画として見る映画であるべきなのだ。

旧県庁の時計塔から見下ろされていることを忘れた、かつて「映画の都」を夢見た
はずの街。市役所の正規職員である実行委員から映画祭スタッフとして市に雇用さ
れている専門員に「映画祭の中身はプロである東京事務局に任せて」と叱咤する映
画祭実行委員会の会議を見ていると、山形にとって映画祭とはなんだったのか疑う
しかないし、それ以上に日本の地方都市というコミュニティの現代の悲惨が痛々し
い。

市の職員が、それも税金を使った地方都市の文化事業が、コミュニティの文化を作
り出す行為であることになんの自覚も持っていない。「プロの東京」という言い方
は、しょせん自分たちが文化の担い手になれないという、こう言っては失礼ながら
「田舎のコンプレックス」丸出しではないか。しかも20年近くいっしょに映画祭を
作って来たはずの東京事務局が、ただの外注業者扱い、外注業者に任せて市当局は
予算の執行をやっていればって…。

役人が役人であるそのままの姿を曝け出す、役所の内側を撮ったドキュメンタリー
映像というのはそれだけでも日本映画史において貴重だが、かっちりした冷静な三
脚によるアップの積み重ねで浮かび上がるドラマチックな二重性、役人の発言には
表面上で発せられる言葉とは別の次元のパワーゲームが常に内在していることを浮
かび上がらせる演出の妙は、これぞ映画だ。そこにはさらに第三の、作家がそこに
見いだしたレベルが浮かび上がる。日本の地方自治が内部から、その担い手たる公
務員の意識のなかですでに崩壊していて、中央集権の解体と地方分権なんてもはや
あり得ないこと。

それにしても、内弁慶に威張ることで立場を担保するのが官僚社会の行動原理とは
いえ、若い女性職員で民間人となると、生意気だからいじめぬいて泣かさなきゃ気
が済まないのだろうか、とか思ってしまう。で、こういうときには職を辞すことも
覚悟するといって泣き崩れるのが女性職員の相場、という未だ根深い女性蔑視の法
則に従わされる屈辱を、まさかドキュメンタリーで見せられるとは、あまりに残酷
で、そして滑稽でもある。だが飯塚が追う現実は、さらに驚くべき展開を見せる。

表向きにこの映画が撮っている事情は、市が主体で運営されてきた映画祭がNPO化
されることに伴うさまざまな出来事だ。もちろんNPO化の諸問題というテーマは、
それ自体が「官から民へ」が無節操に叫ばれて来た昨今の日本社会に対する鋭い批
評性を内包することでもあるが、『映画の都、ふたたび』はそこだけに満足せず、
普遍的にして映画的な次元を静かに紐解いてゆく。そして一連の会議を経て、NPO
の立ち上げと同時に起った事件に、飯塚がこの一連の出来事に見いだした現代日本
社会のもっとも根源的な問題が浮かび上がる。

具体的に何が起るのかをここで明かすのは野暮だろうから直接言及はしないが、日
本のワイズマンとも言うべき市役所関連シーンから一転し、極めて静謐に、ただ簡
潔な字幕と、そしてくだんの民間出身の女性職員がひとり深夜の新しい事務局で座
っている姿を窓越しのロングで見せるショットで構成されるこの瞬間は、演出の慎
ましい叡智と映画的な品格に満ちている。それだけに、そこに映し出された現実に
もはや慎みも品格も失われてしまっていることが辛い。

このシークエンスの見事さに、どうもあり得ないような批判が起っているらしい。
筆者が久々に本誌に復帰して執筆しているのは率直に言えば、その批判に対してこ
の飯塚俊男の傑作を擁護することが、自身も映画作家である身としてどうしても必
要だと思うからである。どうもそこで起った彼女への処分の直接的な理由を明示し
ないのが怒りを呼んでいるらしいのだが、それが本当だとしたらあなたたちはいっ
たいなんのためにドキュメンタリー映画を見て来たのか、とあえて問いたい。それ
ともうひとつ、いったいあなたたちは何十年日本人をやって来て、なぜそこまで日
本の現実に盲目になれるのか、とも。そんなあなたたちは、ドキュメンタリーに何
を求めているのか?

誤解を恐れずに言えば、たとえば彼女が恐らくは中学生くらいの時から、「いじ
め」は日本の社会問題であり続けている。もう20年以上その状態が続いているなか
で、いじめっ子に「なぜその子をいじめるの?」なんて訊くのは、愚鈍どころでな
く邪悪な問いというしかないだろう。これだって同じことだ。理由なんてない。あ
るいは、あまりにもさまざまな複雑なことがからまりあって、集団のなかである人
間がいじめられる、あるいは排除され処分されることが、その集団のコミュニティ
の自己崩壊のプロセスのなかで、溜りきった膿の噴出のように起ってしまうという
だけのこと。そこに表面上の理由なぞ提示したところで、ただの言い訳でしかない。

それは映画というメディアにとってどうでもいいことだし、映画作家ならそう判断
するのが正しい。飯塚の映画はそのプロセスを適確に、しかし決して扇情的に走る
ことなくあくまで慎みと気品を持って映し出して来た。そしてこの意表をついて静
謐なクライマックスに、映画作家・飯塚俊男の万感の思いが込められている。

最初の『映画の都』の、つまり第一回の映画祭で来形したジョン・ジョストのイン
タビューが、すべてを明確化する。ジョストはそのなかで、アメリカ人が個人主義
と個人の成功にばかり拘泥して失った美徳を、彼は日本人に見いだしたのだという。
それは共同体の意識であり、人が他人と結びついて共同体を維持するときに見せる
慎みと思いやりだ。19年前にジョストが山形映画祭に見いだしたその日本の美徳、
山形の美徳は、2007年の飯塚俊男のキャメラには写っていない。それはもちろん、
映画が映画である以上、そこにないものなぞ原理的に映し出すわけがないからなの
だ。

日本中でコミュニティは崩壊し、その倫理は冷酷な組織の自己保身の論理にいつの
まにかとって変わられてしまった。これはもちろん、山形映画祭だけの問題ではあ
るまい。日本社会全体を、かつてあったコミュニティの美徳が偽善となり、集団心
理の残虐と自己保身ばかりが優先される社会の冷たさに取って代わった殺伐さが覆
っている。必然的に、山形映画祭もバラバラになった。山形の事務局やネットワー
クと共に大きな共同体を作り、傑出したプログラミングでこの映画祭を世界有数の
ドキュメンタリーの都にして来た東京事務局が、山形側から外注業者扱いされてい
るとしたら、江戸時代の参勤交代だって江戸屋敷はもっと尊重されていただろうに。
この作品でディレクターの矢野和之氏を見られるのが、『映画の都』の20年近く前
の姿だけなのも、悲しい。

コミュニティの崩壊を捉えてしまった飯塚俊男が、映画の後半ではその絶望を超え
てコミュニティ再生のヒントを求めて山形県内を旅する。そのヒント探しが過去に
しか向き得ない現実が今の日本の現状の殺伐を逆照射してはいるが、決して絶望に
終わっていないところに、飯塚俊男監督のやさしさと強さがある。そのやさしさと
強さは、この映画の内部では必ずしも報われず、後半においても何度か裏切られる
のだが、このやさしさと強さを「自己主張」ではなく映画に昇華し維持出ているそ
のことに、一抹の希望を我々は持たなければいけない。その希望は、この映画に向
けられたおよそ非映画的で見当違いの批判をはねのけて、この映画が上映され続け
ることでこそ、継続されるべきであろう。


■藤原 敏史(ふじわら・としふみ)
映画作家。作品に『ぼくらはもう帰れない』(2006年ベルリン映画祭出品、ペサロ
映画祭「未来の映画」賞)、『映画は生きものの記録である−−土本典昭の仕事』
(2007年山形国際ドキュメンタリー映画祭クロージング作品)。ブログ「『別に工
夫無し』日記」< http://toshifujiwara.blogspot.com/ >もご覧下さい。現在、新
作ドキュメンタリー『フェンス』(撮影大津幸四郎、製作安岡卓治)が完成間。


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■募集:「自作を語る」などの投稿歓迎!
「自作を語る」欄は、監督自らが作品について語るコーナーです。制作した動機や
撮影のポイント、編集で心がけたこと等を内容に盛り込んで頂きたいと思っていま
す。その他の投稿も歓迎します。「自作を語る」は1600字程度。監督のプロフィー
ル(150字)、作品の仕様(制作年度、時間、ビデオ又はフィルム、スタッフ等)、
上映スケジュール、HP等をお知らせください。
原稿締め切り:配信日(1日&15日)の3日前までに、下記に送信ください。
E-mail: visualtrax@jcom.home.ne.jp  伏屋まで


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■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋  博雄(本誌編集長)

neoneoの購読は無料ですが、経費を(その大部分は稿料ですが)賄うため、上映等の
告知は有料にしています。なお皆様にカンパもお願いしていますので、ぜひご協力
ください。

(1)上映等の告知の有料化 40字×30行(行数の空きも計算)以内につき、2,000円
です。それ以上の行数の場合は加算します。

(2)カンパのお願い 一口2,000円。何口でも。
送金方法:郵便振込み:00160-8-666528 neoneoの会、又は、
みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782 (有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせく
ださい。)
以上、neoneoの継続ため、よろしくお願い致します。



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┃07┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●前号から続く岩崎ゆう子さんの「コミュニティシネマの日々」は、試行錯誤を経
ながら各地にシネマテークを誕生させていった背景が綴られている。活動を推進さ
せる作品として、ワイズマン作品が選ばれ権利を獲得し上映を推進していく様子は、
この企画に賭けた意気込みが文面にほとばしっていて、今後の展開にすぐにでも読
みたい気分にさせられる。今後の展開が待たれる。

●飯塚俊男監督の新作、『映画の都 ふたたび』について、二つの投稿があった。
ひとつは「自作を語る」欄の、監督自ら執筆した原稿と、もう一つはこの作品つい
て藤原敏史監督の論考である。

本作品はタイトルからも窺えるように、この作品は、山形映画祭の公式記録として
企画された際、当時小川プロの助監督であった飯塚さんが監督に抜擢され製作した
作品『映画の都』(91年)が母体としてある。その後20年近くを経て新たに撮影を
加えて完成したのが、『映画の都 ふたたび』である。つまり山形映画祭が誕生し
た当時と、20年の歳月を経て今ある山形映画祭の二つの貌を持つ作品であり、この
20年は山形映画祭を取りまく環境の大きな変容を物語っている。その歳月は、映画
のテクノロジーの変化(16ミリからデジタルビデオによる制作の流れ)、スタッフ
のであり続ける者と離脱する者との軋み、主催山形市から民営化への移行、山形事
務局と東京事務局の確執などが顕在化する歴史でもあった。

『映画の都 ふたたび』の初公開は昨年の山形映画祭で、今年の1月にはアテネフラ
ンセ文化センターでも上映された(山形映画祭のあり方についてのシンポジウムも
同時に行われた)。私はそのどちらも都合がつかず、見逃したままになっているの
であるが、何人もの知人・友人から感想を聞かされた。いずれも厳しい意見ばかり
だった。「公営から民営への経緯を知りたいのに、肩すかしを食った」「退職を命
じられた女性スタッフを直写して、人権を無視している」「ネットワークの人々の
映画への愛ばかりが語られている」「監督の映画に対する眼差しが、よかった昔の
話ばかりが語られているようで、ノスタルジーだ」など…

こうした批判に対して、藤原敏史さんは真っ向から反論する。
―「デジタルという新しいテクノロジーがどうドキュメンタリー映画を変えてしま
い、山形の役割が変わってしまったかが凝縮されていることに気づかないと、我々
はこの映画をただの映画について、映画祭についての情報源と勘違いしてしまうこ
とになりかねない」
―「観客が自分という個でなく、自分が属している集団とみなしている(あるいは
錯覚している)「映画界」なり「映画祭業界」なり「山形映画祭とその周辺」に無
節操に重ね合わせ、その集団の自己保身の立場からこの映画を見てしまうことは、
実は映画に対する裏切りにしかならず、そしてこの現代日本映画にとって極めて重
要な作品を見逃すことにもなってしまう」

そもそも飯塚監督にとっては前作で、監督とはいうものの、編集に小川紳介が介入
するという事態が生じ必ずしも納得のゆく作品に仕上がらなかった思いが飯塚監督
にあり、それが『映画の都 ふたたび』をつくるバネになったともいえる。ぜひ
「自作を語る」を読んでいただきたい。そして藤原敏史さんの刺激的な原稿も読ん
でいただきたい。最近の作品で、このような激しい賛否両論が聞かれる作品も珍し
い。ご意見を投稿くださるよう、お願いしたい。

●パリ在住の高橋晶子さんが、今回は南米チリの無声映画祭についてレポートして
くださった。実はこの映画祭は彼女のご主人のダニエル・サンドヴァルさんが立ち
上げ、今年で6回目を迎えた映画祭である。数年前にパリで結婚し新婚旅行で日本
に立ち寄った際、私はご夫妻にお会いした。その時、ダニエルさんが無声映画に
並々ならぬ情熱を抱き、母国チリでの無声映画祭を開催しておられることを知った。
高橋さんからは、原稿の補足説明するメールも届いた。

「彼は、軍政が終わり少し落ち着いた90年代前半からチリのアーカイブの修復を始
めました。もちろん修復が出来る現像所などチリにはなかったのでフランスを中心
にヨーロッパのラボを使って修復をしていました。修復したものを一般の人に見せ
たい思いと、無声映画を観るチャンスが全くないのは残念だと言う思いから立ち上
げたとのことです。」

16年間続いた軍政時代に終わりを告げ、チリの閉ざされていた文化は一挙に花開い
たようである。映画もしかり、ダニエルさんたちの情熱は、確実には結実しつつあ
る。映画祭が開催されたのは1月。日本は真冬だが、南米チリは真夏のバカンス
シーズン。野外上映もあり、アーカイブの現状についての討論会も行われ、さらに
近くの村での上映もありで、人は映画に駆けつける。これぞ、コミュニティシネマ
ではないか。高橋さんの文章も踊っている。



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