ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo |
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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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┗━┛ ☆━┛ ┗━☆ 94号 2008.1.15
∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
†01 ■「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」アンケート
山下治城、春田実、岡田秀則、萩野亮、石坂健治、坂上香、
ターラン・ポワレン、村上賢司、越後谷卓司、石坂智子、大澤一生、
佐藤寛朗、片山薫、水由章、市山尚三、中村のり子、中野理恵、
安井喜雄、吉川理香、水野祥子、本田孝義、伏屋博雄 (到着順)
†02 ■自作を語る
『カメラになった男』 小原 真史
†03 ■neoneo坐1月後半の上映プログラム
†04 □広場
■シェフィールド国際ドキュメンタリーフェスティバル報告
−土本典昭作品の特集と映画祭の特徴 中山 和郎
■神戸映画資料館
1/26・27小川紳介初期作品 『青年の海』 『圧殺の森』
2/2・3 映画の起源 鉄道映画特集
■募集:「自作を語る」などの原稿募集!
■上映の告知の有料化とカンパのお願い 伏屋 博雄
†05 ■編集後記 伏屋 博雄
★バックナンバー閲覧はこちらまで
まぐまぐ配信 http://blog.mag2.com/m/log/0000116642/
melma!配信 http://www.melma.com/backnumber_98339/
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┃01┃□「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」アンケート
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
年末に募集した「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」アンケートに、22名の
方が応募してくださった。やはりというか、仕事は映画や映像に関わりをもつ方が
大半だったが、いずれも多彩で、興味深い回答ばかり。現在のドキュメンタリー映
画の地平を照射していると思う。ありがとうございました。
■山下 治城(TVCMプロデューサー、舞台芸術フリーペーパー「プチクリ」編集個
人ブログ「haruharuy劇場」主宰 http://haruharuy.exblog.jp
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
『NARA・奈良美智と旅の記憶』(2007年 東北新社)
奈良美智にここまで肉薄した坂部監督の熱意には頭が下がります。ドキュメンタ
リーは、熱意を持って作り続けなければならないということを教えてくれた映画で
した。
そして、奈良美智のこころの変化や、優しさ、美術に対する思いを強く感じました。
先日、「AtoZ」展覧会で得た黒字の2400万円をもとに、弘前市の公園に、奈良さん
がノーギャラで造った大きな犬のオブジェを寄贈したニュースを見て嬉しい気持ち
になりました。「AtoZ Memorial Dog」というそうです。
『選挙』(2006年 日本)
外国で学んでいたり、外国に住む日本人や日系人が、日本のことについて考察した
ドキュメンタリーが2007年は豊作だったような気がします。このドキュメンタリー
も米国で映画を学んだNY在住の監督の東大時代の同級生がひょんなことから川崎市
議選に出ることになり、選挙の顛末を追ったもの。日本の選挙の仕方が独特で、そ
こからそこはかとないユーモアが溢れて来ました。「山内和彦」の名前が暫く、耳
から離れませんでした。
(2)「ドキュメンタリーの現状について」
最近の傾向としてドキュメンタリーというものが再度、脚光を浴びる時代になって
きているのかなという予感があります。「ユリイカ」の「ドキュメンタリー」特集、
今年になって「エスクアイア日本版」の「ドキュメンタリー映画」特集。そして、
山形国際ドキュメンタリー映画祭の隆盛。NPOとして今後も持続可能な運営をして
もらいたいとYDFFのファンとして切に願います。興味を持つきっかけとしては、映
画祭や特集上映、番組での放送の機会がどんどん増えればと思っています。
(3)「私の2007年」
2007年は、グーグルが、全ての「知」の整理整頓を終えたあとにくるものはいった
い何なのか?ということを考える「年」でした。知識は検索の技術で補えるように
なります。僕たちの感情を揺り動かすものは永遠に不滅です。その先を見据えて、
感情を揺り動かすコンテンツを作る、混沌の時代に突入したことは、混乱でもあり
ますが、大いなるチャンスでもあります。既得権益の上に胡坐をかいている人たち
は、対象と命がけで向き合うドキュメンタリー作家にはとうていかなわない時代が
すぐそこまで来ています。それも世界中で。
■春田 実 (編集者)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
一押しはヤマガタ映画祭で見た『稟愛』(監督・馮艶)なのだけれど、その感想は
既に本メルマガ に投稿したので、別の作品をとりあげたい。ヤマガタでの上映作
品ではないけれど、『ブリッジ(製作・監督 エリック・スティール )』。サンフ
ランシスコのゴールデンゲートブリッジは観光名所であるけれど、自殺の名所でも
ある。2004年は24人が飛び込み、累計では1200人以上がジャンプしている(建設は
1937年)。
この作品は、据えっ放しのカメラで、飛び込む人間の逡巡とか、思い切りとか、落
ちていく様を撮っていて、それは衝撃的なのだけれど、この作品はその衝撃以上に、
なぜ人々は自殺するのか 、にこだわり、遺族や目撃者にインタビューをしている
ところがいい。結局、自殺者の自殺する動機はわからず、周囲の人々は自殺という
事実の前で“佇む”しかないのだが、その“佇む”しかないのだ、というところを、
この作品はしっかり言い切っていて、その誠実さが、題材が自殺というものであり
ながら、なにか暖かなものを見る者に伝えてくる。もちろん自殺は悲劇には違いな
く、周囲の人々は、彼(彼女)が自殺したのは自分のせいではないか、と自らを責
めていて、心にはぽっかり穴があいている。そうした悲劇は絶えることがない。
自殺者が減る傾向はない。うがった見方をすると、西部開拓を進めて建国されたア
メリカも、西に行き着いた先で亀裂し、壮大な墓場(橋 )を作った、ということ
なのかもしれない。この作品は、グローバリズム(近代のルール)の終焉の地獄絵
図なのかもしれない。
■岡田 秀則(東京国立近代美術館フィルムセンター主任研究員)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
『選挙』の面白さには脱帽しました。日本のドキュメンタリーの歴史にない新鮮な
何かを観た、という充実感もあります。あと、山形映画祭で観た『鳳鳴 中国の記
憶』には、とことん魅入られてしまう一方、これをドキュメンタリーの未来と呼ん
でいいのかという思いにも引き裂かれました。山形映画祭は、中国ドキュメンタリ
ーというパンドラの箱を開けてしまったのかも知れません。
(2)「ドキュメンタリーの現状について」
硬派の「現代思想」からオシャレな「エスクァイア」までドキュメンタリーの特集
が組まれる昨今。一部のミニシアターでは、劇映画よりドキュメンタリーの方が集
客がいいという話も聞きました。いい作品が出ているのも理由でしょうが、それだ
けとは思えません。劇映画はつまらなかったらおしまいだけど、ドキュメンタリー
は冴えないものでも勉強にはなり、面白ければさらにお得。むしろ、フィクション
の維持が難しい世の中になっているのでしょう。手放しでは喜べません。
(3)「私の2007年」
「neoneo」も含めていろいろ書き散らしましたが、今年は「映画」と「映画の外
側」の境界線について考えていたように思います。そして山形映画祭では、科学映
画特集の末席メンバーとして、ジャン・パンルヴェ監督の作品を紹介できたことは
幸せな体験でした。フィルムセンターでは、1月の歌謡映画特集でフォーリーブス
の方々にお会いできたのが忘れがたい思い出です。上映を組んだ日が、偶然北公次
さんの誕生日だったなんて。
■萩野 亮(本誌「映画時評」欄担当、映画批評)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー2007」
2007年はなんといっても『鳳鳴―中国の記憶』なのですが、本誌でもすでにふれた
ので、あえてヤマガタ以外から。日本で初めて紹介されたグルジアの映画作家、ア
レクサンドル・レクヴィアシュヴィリの『The Last』(06年、ヴィデオ作品)が素
晴らしかった。反復としての生活のリズムを、水車など素朴な機械の運動において
ゆたかに視覚化し、その反復を包み込む四季のリズムをオーヴァーラップで表現し
た「小さくて大きい」とでもいいたい映画。ロシアでもほとんど知られていないと
か。(アテネ・フランセ文化センター「new century new cinema」vol.3)
(2)「ドキュメンタリーの現状について」
昨年4月より本誌の「映画時評」欄を担当してあらためて気づいたのは、渋谷や銀
座に足を向ければ、必ずどこかの映画館でドキュメンタリーが見られるという現状。
映画都市・東京に限っていえば、ドキュメンタリーは日常の映画的環境に配置され
つつあります。こうした「新作」の認知に比べれば、かつての名作をまだ見ぬ「新
作」として出会うことは、いまだ容易ではありません。ドキュメンタリーの商品価
値が認められつつあるいま、過去の作品にアクセスできる環境づくりが必要だと感
じます。
■石坂 健治(東京国際映画祭「アジアの風」ディレクター)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー2007」
大津幸四郎監督『大野一雄 ひとりごとのように』
ほとんど「動かない」被写体。しかし顔や指先に不意にあらわれる小さなふるえが
無限の情感を紡ぎだす。キャメラはその刹那をとらえて離さない。水俣の胎児性患
者たちから豊かな表情をすくい上げてきた大津キャメラマンならではの大いなる初
監督作に感服。そういえば「水俣」の連作とは、キャメラマン志望だった土本典昭
監督と、土本さん曰く「演出家的な眼をそなえた大津キャメラマン」のコンビによ
って撮られたことをあらためて認識した。
(2)「ドキュメンタリーの現状について」
山形映画祭の事務局がNPO化され、山形市の財政サポートは継続されるものの、経
理や外部評価などの面に厳しいチェックが入ることになった経緯は、飯塚俊男監督
『映画の都、ふたたび』で仔細にみることができる。私は長年、役所(のようなと
ころ)で働いてきたが、つらつら考えるに、行政の基本思想とは「性悪説」である。
人間というものは放っておくと悪いことをする動物なので、事業にあたっては規程
集や決裁文書や入札や契約書や領収証や報告書で縛って初めて安心、良いこと(得
点)を称揚するよりも悪いこと(失点)を防ぐほうが先、という思想がつねに根底
にある。
そうすると、カネを出すのだから「最後の1円まで」厳密にチェックしますよ、と
いうのは役所の態度としては当り前なわけで、「世界に評価された」とか「文化的
に良いことをやっている」という理屈は、残念ながら役所を動かすには全く効果が
ないのだ。映画祭スタッフが不慣れな会計処理に忙殺される姿には同情を禁じえな
いが、私たちがヤマガタを応援するとしたら、「文化的に良いことをやっている」
という自明の応援を連呼しているだけではダメで、役所の「性悪説」に対抗できる
映画祭の側の「悪(ワル)の論理」をこそ、したたかに構築しなければならないだ
ろう。これはヤマガタだけの話ではない。
(3)「私の2007年」
1.土本監督へのインタビーをまとめた本(現代書館刊)がもうすぐ完成。乞ご期待
!
2.今年も東京国際映画祭「アジアの風」をお楽しみに。昨年のエドワード・ヤン追
悼特集で積み残した作品が上映可能になるかどうか。
■坂上 香(ドキュメンタリー映像作家/津田塾大学教員)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』(藤原敏史監督 2006)を見て、
劇場で即、『ドキュメント路上』(土本典昭監督 1964)のDVDを購入。音の使い方
とコントラストの強い白黒の映像、徹底した批判的精神、主人公らへの愛情などに
ノックアウトされた。
殺人犯の2人の少女を多層的に描いた『Girlhood』( Liz Garbus監督 2003)のDVD
には、本編映像に監督の解説をつけたバージョンがあり、二度おいしい。
(2)「ドキュメンタリーの現状について」
閉塞状況にあるテレビ界から、自主製作の世界へ流れてきているようだが(何を隠
そう私もその一人だった)それはいいことだと思う。感性や人間性がつぶされてし
まう前に、どんどんこっちへおいで!最近、国内外のドキュメンタリーが映画館で
も見られるようになってきたが、それでも学生にとっては知名度・関心が共に低く、
遠―い存在。勤務校でゲリラ的に上映会をやりまくっているが、果たして接近でき
るか!?
(3)「私の2007年」
ルーマニアのドキュメンタリー映画祭(Astra Documentary Film Festival)で審査
員を務めるという貴重な機会を得て、東欧の映画に多く触れ、インスパイアされた。
どこの国でも、過去の被害/加害/傍観について、若い人たちがフレーミングし直
しながら取り組んでいることに感動。夏頃から私も映像作りたくてウズウズ。日本
の死刑をテーマにした短編アートビデオに取り組んだり、少しずつ動き始めている。
■ターラン・ポワレン(ペンネーム)(自由業)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
『無用』(監督:賈樟柯)
大企業により大量生産される《服》は、流麗な移動撮影によって装飾的に捉えられ
た土埃立たないクリーンなスタジオでの効率的な生産ラインによって、画一的で使
い捨てされる商品でしかなくなり、作り手の顔を亡くし、使う人間の個性を亡くし、
歴史も物語も亡くす。
そんな状況を逆手に取ったアートの世界では、西欧市場への戦略的な売り込みの
ためか、《服》にわざわざ「黄色い土」を存分に塗り込む。そんな《服》のモデル
たちからは、個人の肉体は消され、土で固められた蝋人形のように、バイヤー達に
見てもらうため、彼らはパリの台座の上で何時間も身動きすることなく無表情に立
ち続ける。高級ブランドとして、作家の名前だけが流通されていく。
作る人とそれを着る人との直接的なやりとりの中で、くり返し修繕され、形作ら
れていくような、そんな《服》も、廉価品の洪水によってやがては駆逐を余儀なく
されるだろう。
だが、それでも人は、どこにでもある白い一枚の《服》を手に取りそれを旗のよ
うに振り回し、叫ぶときがある。政治行動でもなく、芸術表現でもなく、市場宣伝
のためでもない。たぶん、映画のためでもない。
今を生きていることを感じる、ただそのためだけに、雄叫びをあげて、振り回す。
そうだ。そんな《映画》があるはずだ。
《映画》を脱いで、頭上高く《映画》を振り回せ!
怜悧な自己批評精神に貫かれた、賈樟柯の新たな《映画》宣言がここにある。
■村上 賢司(映画監督・テレビディレクター)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
『情熱大陸・内澤旬子』(毎日放送/演出・瀬々敬久、尾形正喜)
言葉にしにくい気持ちを表現するためにはドキュメンタリーという手法は使えるな
と、再認識できました。主人公のサラリとした死生観を見事にすくいとった制作者
に敬服。
(2)「ドキュメンタリーの現状について」
毎年思っているのですが、マイケル・ムーアみたいなスターが邦画からも出てこな
いかしら。20代前半ぐらいの若い人に期待ですね。
(3)「私の2007年」
2007年は『俺の流刑地』で渡邊文樹監督、『ドキュメント・怪談新耳袋』で京都の
幽霊マンション、『デコチャリ野郎』でデコチャリと素敵な少年たち、『フジカシ
ングルデート』で私の家族と女性たちを撮影しました。今年は1月末に広島の造船
所を撮影します。あとまだ題名は未定ですが昨年撮影した世界最大級の秘宝館の記
録が春頃に発売されます。もしよろしかたっらぜひ!
■越後谷 卓司(愛知県文化情報センター主任学芸員)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
日本のドキュメンタリー映画が全般的に個人映画化してゆく中、高度に批評的な祢
津悠紀『空の箱』(2006年)を観たことは収穫だった(於:「イメージフォーラ ム・
フェスティバル2007」)。さらに「山形国際ドキュメンタリー映画祭2007」で 観た、
野本大『バックドロップ・クルディスタン』(2007年)は、クルド人一家との私的な
出会いからスタートしつつ、監督が真相究明のためにトルコまで飛ぶ行動力と探求
力に、状況を打ち破る力を感じた。
(2)「ドキュメンタリーの現状について」
河瀬直美『垂乳女』(2006年)が、8mmフィルム撮影による39分の中篇というフォー
マットにおいて、プライベート・ドキュメンタリーの良質な達成を見せるとともに、
1で取り上げた傾向の作品が登場しており、今後の動きを感じさせる。また三宅流
『面打』(2006年)はビデオで制作された作品であるが、精緻な編集作業により映像
が結晶化するような完成度を示した。ビデオというメディアの、深化と成熟を感じ
させる出来事といえるだろう。
(3)「私の2007年」
12月に開催した「第12回アートフィルム・フェスティバル」で、愛知芸術文化セン
ターとしては9年ぶりにフレデリック・ワイズマンのまとまった上映を行った。愛
知初上映作品はもちろん興味深いが、『チチカット・フォーリーズ』(1967年)での
編集の模索や、『バレエ』(1995年)の冒頭で珍しくフェード・インを用い、非常に
さりげないながら劇的な演出効果を狙うなど、再見による発見も多く、繰り返し観
ることの重要性を改めて感じた。
■石坂 智子(表現研究)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
土本典昭監督の私家版「みなまた日記−甦える魂を訪ねて」。90年代半ばの水俣湾
では、ドラム缶につめられて死んだ魚のうまる埋立地が地盤沈下し、自然池ができ、
生物の姿も見られるようになっていた。「死んだ魂と生きている魂がつどう…祈り
の場にしたい」。患者さんのことばや、埋立地で催される祭りやコンサートなどを
通して、埋立てるということ、海の表に現れてくる力、そして人が歌い踊ることに
ついて考えさせられた。
■大澤 一生(ドキュメンタリー制作)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
『さようならCP』
現在ポレポレ東中野で上映中「おそいひと」のオールナイトイベントにて、『マー
ダーボール』『無敵のハンディキャップ』と続いて『さようならCP』。障害者に対
する社会の視線、障害者自身が障害者であるという意識、そして個としてどう社会
に立脚するか等、社会と障害者の関係性に対する批評眼が先の2作より明らかに鋭
いことに脱帽。スクリーンでは初めて観たが、改めてこの作品の強靭さを思い知っ
た。
(2)「ドキュメンタリーの現状について」
初めて山形に参加して、見せる側としてそして観客として大いに刺激を受けた。今
年の山形では、今後の映画祭の存続危機について論議されることが多かったようで、
個人的にももちろんあの場は存続して欲しいと願う。では、そのために何をすれば
いいのかと言えば、制作者のはしくれとして思うことは、作り手はとにかく いい
作品を作り続けるしかないということ。映画祭というハコだけあっても中身が充実
していないと本末顛倒。観客としても、自分の世界をひっくり返してくれるような
作品を求む。
(3)「私の2007年」
制作・編集として関わった『バックドロップクルディスタン』がヤマガタで評価さ
れたことは喜びつつ、上映に向けての動きがなかなか進まず焦りを感じる今日この
頃です。年内には上映しますので皆様よろしくお願い致します。あと、『アヒルの
子』も必ず。
■佐藤 寛朗(映像制作会社AD/neoneo坐)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
度肝を抜かれた、という点で『鳳鳴ー中国の記憶』(王兵監督)。直球のテーマに
大スローカーブを投げらて、やられた、という感じ。なぜ十数カットで濃密な映画
体験ができたのか、今でも真剣に考えています。若手では『バックドロップ・クル
ディスタン』(野本大監督)。閉塞しがちな(日本の)若者と世界の問題との接点
というか、回路を開くのにかなり健闘していた気がします。プロデューサーの重要
性にも気づかされました。
(2)「ドキュメンタリーの現状について」
最新号の『ぴあ』を見たら、「ドキュメンタリー映画」と銘打った作品 が意外と
多くて驚きました。Web上でも、自主上映作品も含めて 日々新作情報が飛び交って
います。いろんな意味で完成・上映に至るまでのハードルは下がったと思うものの、
「これはすごい」という日本の作品に久しく出会えていない気がします。日々生き
ている世界の枠組みの捉え直しを迫られるような、インパクトのある作品作りに期
待します。
(3)「私の2007年」
個人としては殆ど仕事にあけ暮れて、上映活動や若手映画作家とのコラ ボレーシ
ョンはなおざりになってしまった1年でしたが、制作を手伝った『映画は生きもの
の記録である』(藤原敏文監督)が上映された事には、ちょっとした感慨がありま
した。
佐藤真さんの逝去は悲しかったですが、ドキュメンタリー映画の全ての点で課題を
突き付けられた感があり、他人事ではありませんでした。2008年は演出の修行をし
つつ、なるべく映画館や上映会にも足を運びたいと思います。
■片山 薫(ミストラルジャパン/One's Eyes Film)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
去年できた「8mmFILM小金井街道プロジェクト」というサークルの会合で観た、80
代の参加者の作品『青梅マラソン』『小金井公園のさくら祭り』といった何気ない
8ミリ記録映像に、リアルでち密な息遣いを感じた。山形で観た「福間良夫追悼上
映」では、8ミリの色、質感、映像としての力強さをあらためて突き付けられた気
分になった。
(2)「ドキュメンタリーの現状について」
山形ドキュメンタリーフィルムフェスティバルは、なぜ「ビデオフェスティバル」
としないのか、というくらい、フィルム作品が無いことを疑問に思った。ビデオで
の映像作りと、フィルムでの映像作りには、経費の面以外にも、大きな違いが生じ
ると思う。果たして、この違いに自覚的に映像を作っている作家はどれだけいるの
か。
(3)「私の2007年」
政治の年である、といった印象。映画がどのように社会に影響し、変化を与えられ
るのか。そのためにはドキュメンタリーフィルムがもっと、映像として力強くなる
べきかと。ビデオの簡便さ、安さ、撮りやすさに寄らない、映画が観たい。みんな
同じドキュメンタリー映画を自主上映しているなんて、それこそ変!
■水由 章(ミストラルジャパン/One's Eyes Film)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
ドキュメンタリーを広義にとらえれば、個人映画もまさにドキュメンタリー映画で
ある。山形国際ドキュメンタリー映画祭2007「8mm映画の存続と未来」で上映され
た黄木優寿『えくおとさず』シリーズ(8mm/3分×7本/サイレント)は、8mm幅の小
さなフォーマットであるシングル8に、光と影を追ったフィルムメーカーの痕跡が
確かに刻印されていた。50フィート無編集の道程は、後戻りできない真剣勝負であ
るからこそ、無音にも関わらず作家の大きな息づかいが聞こえてきた。
(2)「ドキュメンタリーの現状について」
山形国際ドキュメンタリー映画祭2007での、河瀬直美『垂乳女』を中心としたパブ
リシティとマスコミの対応、それを素直に反応した観客たちの姿を憂える。スク
リーンに画を映すことから、映像ソースがビデオでもDVDでもデータでも何でも
“映画”と呼ぶ現状を憂える。ドキュメンタリー映像が経済性や利便性を理由に、
映画フィルムをほとんど使用しない現状では、撮影時の「何処を撮るか」から、編
集時の「何処をカットするか」に制作主体が変化している状況を憂える。
(3)「私の2007年」
フィルム文化を存続させる会の活動で、日本映像学会大会で、ダンス白州や小金井
市での8mmフィルムワークショップで、学校関係の授業で、山形国際ドキュメンタ
リー映画祭で、個人で作る映画(8mm、16mm)の重要性と表現の多様性・可能性を
訴えた年だった。これらを続けるには、自前で多くの機材を持ち込まなければ何事
も実現しないという制約はあったが、デジタル世代の若者が、8mmを中心とした個
人での映像に出会い、表現行為を続ける動きに立ち会えたことが収穫だった。
■市山 尚三(映画プロデューサー/東京フィルメックス・プログラムディレクター)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
『最後の木こりたち』(監督:ユー・グァンイー)
“新しい才能の発見”という意味で東京フィルメックスで上映された「最後の木こ
りたち」をあげます。中国黒龍江省で伝統的な方法で森林伐採する木こりたちを記
録したこの作品は、作りようによってはドラマ性を持たせることも不可能ではない
はずですが、それを避けることによって力強さを獲得しているように思います。
(3)「私の2007年」
長年心に引っかかっていたインドの映画作家リッティク・ゴトクの特集が様々な方
々の協力によってついに実現できました。これまでDVDでしか見ていなかったもの
もあり、自分自身、初めてスクリーンで見て改めてその凄さに圧倒されました。ま
た、ジャ・ジャンクー監督の『長江哀歌』が興行的にも成功をおさめたことは今後
の活動に向けて励みになりました。
■中村 のり子(劇場アルバイト、イメージフォーラム研究生)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
『ミリキタニの猫』(監督:リンダ・ハッテンドーフ、2006)
路上画家のミリキタニを自宅に招き、彼の人生に踏み込んでいく監督の勇気。アク
ションありきで説明を極力省いた演出。そのうえで、彼が姉の電話に出た時に滔々
と溢れ出す日本語がクライマックスとなり得ていて、胸が詰まった。
(2)「ドキュメンタリーの現状について」
劇場で働いていて、若い人からお年寄りまで、お客さんがドキュメンタリー作品に
抵抗なく集まってくる傾向を感じます。よくも悪くも、ドキュメンタリーに対する
世の中の反応が鋭くなっているような気がします。大事な時だと思います。
(3)「私の2007年」
ヤマガタ映画祭で科学映画の特集に携わらせていただき、本当に充実しました。沢
山の方にお世話になりました。一方で自分の今後について、とても悩んだ一年でし
た。
今年もどうやって生きていこうか…
■中野 理恵(パンドラ代表 映画製作・配給を主たる業務にしている)
(1)わが一押しのドキュメンタリー映画2007
『プライドinブルー』
ドキュメンタリーは始めてというサッカー大好きな中村和彦監督が、<知的障がい
者のサッカー世界選手権大会>に出場するチームと選手たちを知り、密着するうち
に、兄貴のような眼差しを育みながらも、一サッカーファンであり、映画を作って
いる客観的立場を忘れない品の良さが、何といってもいい。シュートを決めては躍
り上がり、負けては泣く選手、率直に苦労を語る親、‥。少年たちと周囲の成長も
とらえ、爽やかな印象を残す。
(2)「ドキュメンタリーの現状について」
配給の立場から。アマチュアでも操作できる機材の普及で、映画を作ることは、決
して非日常の行為ではなくなった。つくり手はテーマやコンセプトを明瞭にするの
と同様、もし、映像として残すことだけが目的ではなく、完成作品を一般観客に見
せることを視野に入れるならば、観客対象を定めるべきである。この点の見えない
作品が増えているのではないか。
(3)「私の2007年」
劇・ドキュメンタリー、制作・配給、日本映画・外国映画、劇場公開・非劇場公開
と多様な局面で映画と数十年、関わってきたが、観客が育っていないと思う。ビデ
オからブロードバンドまで、見せる<場>はさまざまに広がったが、映画は痩せる
一方ではないか。いい観客がいい映画をつくる。原因は映画だけにあるのではない
が、メジャー、マイナーを問わず、やっと映画関係各所で聞こえてき始めた同様の
声を何か形にできないだろうか。
■安井 喜雄(プラネット映画資料図書館、神戸映画資料館)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
『出草之歌 台湾原住民の吶喊 背山一戦』
キネマ旬報文化映画ベストテン第5位に入ったと聞いて私も作者もびっくり。
DVCAMのドキュメンタリーが文化映画とは変な感じだが配給の担当としては大いに
喜びたい。NDU(日本ドキュメンタリストユニオン)の久しぶりの作品で、その主
要スタッフである井上修が台湾原住民の高金素梅(チワス・アリ )と飛魚雲豹音
楽工団を追いかけたもの。台湾原住民の音楽が聞き応えあり、高金素梅のパワーに
は感動する。
(2)「ドキュメンタリーの現状について」
作品的価値があっても興行的価値がなければ映画館は見向きもしない。上記作品も
東京はシネマアートン下北沢、名古屋はシネマスコーレ、大阪はプラネット
studyo+1で公開されたが、その他は各地の集会や映画祭などで上映されたのみ。そ
の昔、シネマテーク・ジャポネーズのみなさんが訴えていた興行でない自主上映の
復活が望まれるところ。
(3)「私の2007年」
神戸の新長田に「神戸映画資料館」をオープンしました。資料展示の他、30席の会
場で35ミリ、16ミリフィルムを中心に、時々ビデオ作品を上映しています。大阪よ
り集客は難しいですが、上映したい作品がございましたらご相談に応じます。今年
は、運営を安定化するための方策(金策)を考えなくては‥。みなさんのお知恵を
お貸しください。
■吉川 理香(会社員)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
『選挙』(監督:」想田和弘)
選挙でウグイス嬢をしたことがある。クライマックスの開票結果まで、一連を目に
しての感想。「選挙は祭だ。」 映画『選挙』は、それを驚くほどそのままに映し
とっていた。監督曰くの「観察映画」、テロップや音楽等を徹底して排除した120
分には、山さん(最高!)を主人公に、悪役、ちょい役、エンタメ劇真っ青の悲喜
こもごもが展開される。嗚呼、やっぱり現実世界が一番面白い。久々に手放しで薦
めたいドキュメンタリーでした。
(3)「私の2007年」
佐藤真監督が亡くなったのは、本当にショックでした。
私にとって、数少ない信頼できる批評家であり作り手であった方なので、この先、
作品を観る事ができない、というのは本当に悲しいです。世界にとって、手塚治虫
を失ったくらいの痛手だと思います。
■水野 祥子(本誌執筆者、映画研究)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
今年はフレデリック・ワイズマン作品をじっくりと、また、小川作品をまとめて見
る機会があり、時代が変わっても新しさを失わないドキュメンタリー作品を満喫し
ました。つい最近では、neoneoのニューヨーク・レポートでおなじみの、私のニュ
ーヨーク大学院時代の同級生でもある東谷麗奈さんの作品『Shall We Sing?』 を
テレビ放映(PBS系KLCS)で拝見し、東谷さんの暖かい眼差しのなかでニューヨー
クで暮らす日本人駐在員の方々の表情が鮮やかに描き出されているいい映画である
ことが確認できました。
(3)「私の2007年」
ここ暫くすっかり画面から遠ざかっていましたが、今年に入って日本の戦前の劇映
画を中心にカウチポテトライフを再開しました。ドキュメンタリーへの視点は強く
今はもうない背景の町の豊かな表情に度々眼を奪われます。映画を見ることは眼で
時間と空間を跨ぐ旅をすることなのだという喜びを味わう瞬間です。
■本田 孝義(映画監督)
(1)『稟愛』(ビンアイ)(監督・馮艶(フォン・イェン))
山形国際ドキュメンタリー映画祭を含め、2007年もいろんなドキュメンタリー映画
を見たけれど、山形で見たこの作品が一番心に残っている。じっくりと腰をすえた
撮影、対象との適度な距離感などに感銘を受けた。
(3)「私の2007年」
2007年は年頭に父が亡くなり、脂汗をかきながら新作『船、山にのぼる』を完成し、
劇場公開が決まるという、非常にアップダウンの激しい1年であった。2008年は落
ち着いて、と言いたいところだが、4月の劇場公開に向けて慌しい年明けである。
『船、山にのぼる』のホームページで毎日ブログを書いてますのでご覧下さい。
http://www.fune-yama.com/diary/
■伏屋 博雄(本誌編集人、ドキュメンタリー製作)
(1)「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」
『鳳鳴―中国の記憶』(監督:王兵)。ひとりの女性の、中国を過酷に生きた自分
史を描く。手法は、一人語りの全編正面撮りなので、私(観客)は彼女と相対する
形になる。彼女は語りかける。私は彼女の話をひたすら聞く。映画にして映画を突
き抜けて聞き入る圧倒的な3時間。映画の極地を示す。『稟愛』(監督:馮艶)は
小川と土本の方法論をまっとうに踏襲した作品。公権に対峙する女性―稟愛の葛藤
と家族に注ぐ心性に心を揺すぶられた。両作品は、現在の中国ドキュメンタリー映
画の水準を示す傑作。
(2)「ドキュメンタリーの現状について」
佐藤真は、ドキュメンタリー映画の方向性を示した。その不在の穴をいかに埋める
のか、残された者に大きくのしかかっている。作品よりも映画論者としての佐藤真
に刺激を受けていた私は、彼の示した映画の見取り図を再点検する所から出発せざ
るをえない。山形映画祭スタッフの縮みが気になる。いまいちど映画祭の立志を再
確認し、人材は山形ローカルにとどまらず広く求め、市からの助成が無いときに備
えて、見取り図を世に問うべきだ。
(3)「私の2007年」
企画・製作した『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』がユーロスペー
スで公開され、山形映画祭でクロージング上映、続いてシェフィールド国際ドキュ
メンタリー映画祭の招待作品となった。今春から予定する各地での上映を準備中。
本作の撮影中の土本発言を基にした本が今春に出版の予定(著:土本典昭&石坂健
治、装丁:鈴木一誌、現代書館)。「neoneo」は今年の4月に100号に到達し、読者
登録は3000名を突破する勢いに、執筆者と読者に心より感謝したい。
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┃02┃□自作を語る
┃ ┃■『カメラになった男』
┃ ┃■小原 真史
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写真家、中平卓馬のドキュメンタリーに付した「カメラになった男」というタイト
ルはジガ・ヴェルトフの映画『カメラを持った男』から思い浮かんだものだが、
1968年の五月革命終結後にジガ・ヴェルトフ集団という映画製作集団を結成したジ
ャン=リュック・ゴダールのことも念頭にあった。中平とゴダールは「写真/映
画」とは何か、「写真/映画」に何が可能か、自分が撮る場所とはどこかという問
いそのものを生きた「カメラを持った男」であり、「政治の季節」を通過した同時
代人だった。
60年代末から70年代にかけて森山大道と共にブレ・ボケ写真の旗手として知られた
中平は、その先鋭的な写真と言葉によって、後進の写真家たちに大きな影響を与え
たが、1977年に急性アルコール中毒で倒れ、その記憶と武器でもあった言葉の大部
分を喪失した。以降中平卓馬は「伝説の写真家」として馴致され、忘却されてきた
といっていいだろう。記憶と言葉を失ってなお彼を写真家であり続けさせたものと
は一体何か、そして、現在中平が撮り続けている写真とは一体何なのだろうか?
写真家というのは本人の生活とその作品とが近接してあるのだが、とりわけ中平の
近作は彼の生と切り離しがたく結びついており、それゆえにその写真を理解するた
めには写真家の実像を知り、その肉声を聞く必要があった。それがビデオカメラを
持って中平に会いに行った理由だった。
病後、横浜の実家に引っ越した中平は20年以上、大雨が降らない限り毎日撮影に出
かけているという。中平の生活は起床、朝食、撮影、帰宅、昼食、撮影、夕食、帰
宅というサイクルの反復であり、撮影行為というものが彼の生のリズムに組みこま
れてある。中平家の庭先に自転車を置かせてもらい、撮影に出発する中平の後から
ついて行くという日々が長く続いた。中平と同じように何度も同じ場所に足を運び、
多くの時間を共に過ごすことで、繰り返し聞く同じ話の中に時々混入してくる別の
言葉を待った。
カメラを介した中平の姿を凝視し、編集し、聞き取りづらいその言葉に耳をすませ
ていく過程で、何度も聞いてはいたが、曖昧に受容していた言葉の断片が除々に浮
き立ってきた。むろん映像は何かしらの確定的な意味を伝えるには不向きなメディ
アであるのだが、それを始まりと終わりがある一本の映画にしていくことは、荒唐
無稽に見えるその行動と言葉にある秩序を与えてやる作業になっていった。
2002年7月、中平の9年ぶりの沖縄行きに同行することになった。9年前に雑誌の企
画で訪れた際には、大学の写真学科を出たばかりの青年が一緒だったという。当時
僕と同い年くらいだっただろうか。沖縄は倒れる直前の中平が足しげく通っていた
場所であり、病後、写真家としての撮影を再開した場所でもある。彼は沖縄で何を
見、何を考えたのだろうか?そして、亡くなったその青年との沖縄旅行とはいかな
るものだったのだろうか? 沖縄行きに際して中平は次のような言葉を記した。
「沖縄人なのか、琉球人なのか!そして、「琉球」はもうなくなり、沖縄は日本最
南端の一地方になってしまったのか?その一点を考え始め、私、カメラを持って沖
縄に出発しますs!」
失った記憶の輪郭をなぞるように沖縄への旅が始まる。
注:上映のご案内
1月25日(金)までシネマアートン下北沢(14:00より)にて上映中
2月9日(土)〜22日(金)シネ・ヌーヴォX(大阪)の「写真家映画特集」にて上
映
■小原 真史(こはら・まさし)
映像作家、批評家。1978年 愛知県生まれ。早稲田大学卒業。多摩美術大学大学院
芸術学科修了。「中平卓馬試論」で第10回重森弘淹写真評論賞受賞。古屋誠一展
「Aus de Fugen」展キュレイター。現在写真家、古屋誠一のドキュメンタリーを撮
影中。
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┃03┃□neoneo坐1月後半の上映プログラム
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会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩1
分、JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。詳細と地図はneoneo坐のHPをご覧下さ
い。 http://www.neoneoza.com/
■短編調査団(59) ねずみの巻
1月16日 (水) 20:00〜
『ディズニーの いなかのねずみ』(原題:The Country Cousin)(1936年/9分/
カラー)原作:イソップ寓話 制作:ウォルト・ディズニー・プロ 監督:デヴィ
ッド・ハンド、ウィルフレッド・ジャクソン
■従兄弟に招かれた田舎ネズミは都会へ行く。町には肉やチーズなどご馳走がいっ
ぱい。でも極辛カラシやお酒など、見慣れぬ恐ろしいものも。1936年アカデミー短
編アニメーション賞受賞。日本公開題「赤毛布の忠さん」。
『あなたの町のネズミ作戦』(1969年/20分/カラー)
制作:東京文映 企画:ねずみ駆除協議会 プロデューサー:土屋祥吾 脚本・監督
:米内義人 撮影:川崎龍彦
■ネズミの害と駆除の正しい方法を知らせて、駆除意欲の高揚と正しい環境衛生の
あり方を描く。
『チュウチュウバンバン』(1970年/25分/カラー)
制作:日本産業映画センター+東映動画 企画:トヨタ自動車販売 監督:矢吹公
郎脚本:山元護久 作画監督:窪詔之 撮影:高橋宏固 声の出演:滝口順平・松島
みのり・大竹宏・坂本新兵
■自動車好きの五匹のネズミたちが運転教習をしていた時、銀行ギャングの現場に
巻き込まれて追いつ追われつに…お話の中で交通規則を子供たちに紹介。
『染色体に書かれたネズミの歴史』(1976年/32分/カラー)
制作:シネ・サイエンス(現・アイカム) 企画:文部省 プロデューサー:林六
郎脚本・監督:武田純一郎 撮影:長谷川高久
■人家の天井裏などに住みつくクマネズミの染色体の研究に打ちこんできた国立遺
伝学研究所細胞遺伝部長・吉田俊秀博士の世界的な研究成果をわかりやすく解説。
【料金】鑑賞無料!カンパ歓迎!
【問い合わせ】清水 E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp
■短編調査団(60) 発見の巻
1月30日 (水) 20:00〜
『愛ほど素敵な料理はない』(1978年/22分/カラー)
制作:松竹映像 企画:味の素 原作・監修:山田洋次 音楽:佐藤勝 出演:上條
恒彦・倍賞千恵子
■独身男の安下宿。汚れた皿と鍋に作る味気ない食事。夢見るのは明るいキッチ
ン、暖かい手料理と愛する彼女。この気の弱い男が電報プロポーズという奇手を使
ってやっとのことで彼女に愛を打ち明け、皆に祝福される。
『被服を考える』(1969年/10分/白黒)
制作:日本映画新社 企画:高等学校教材映画企画製作協会 監督:藤田繁夫 脚本
:下田逸穂 撮影:杉崎理
■高校生の年令になると自己に目覚め、美的感覚も鋭敏になる。自分の体格、体型、
個性などの特徴を知り、自分を美しく装うためにはどうすればよいか考える姿勢を
養う家庭科の教材映画。
『しあわせの王子』(1974年/19分/カラー)
制作:共立映画社+和光プロ プロデューサー:江川好雄・高橋澄夫、監督:富野
喜幸 脚本:大島善助 原作:オスカー・ワイルド
■銅像の王子は、自分を飾る宝石などを貧しい人々にツバメに頼んで届けさせる。
1975年教育映画祭最優秀作品賞受賞。
『発見への旅だち』(1974年/30分/カラー)
制作:東映教育映画部 企画・脚本:布村建、監督:大和屋竺 撮影:加藤和郎
助監督:柳町光男 音楽:杉田一夫
■宗教法人が若者向けに製作したPR映画。青春群像を通して心の連帯を訴える。ブ
ラックエンペラーが出演したり、荒戸源次郎氏率いる劇団・天象儀館のメンバーが
挿入歌を担当していたりする異色作。
【料金】鑑賞無料!カンパ歓迎!
【問い合わせ】清水 E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp
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┃04┃□広場
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■シェフィールド国際ドキュメンタリーフェスティバル報告
−土本典昭作品の特集上映と映画祭の特徴
■中山 和郎
英国中央部に位置するシェフィールドで、去る11月7日〜11日に開催された国際ド
キュメンタリーフェスティバル(通称Doc/Fest)に参加した。このフェスティバル
は、英国内のドキュメンタリーイベントとしては最大規模で、14回目となる今年は、
環境、音楽、スポーツ、科学、ゲイ、犯罪、アンチなど多岐に亘ったテーマに分類
された作品、計100本が上映された(うちワールドプレミアは22作品)。特集上映
もいくつか組まれており、そのひとつに「The World of the Japanese Legend,
Noriaki Tsuchimoto」と題された土本典昭監督の特集上映が組まれていた。
上映された作品は、『ある機関助手』(63)、『ドキュメント路上』(64)、『水俣−
患者たちとその世界』(71) に加えて、2007年に公開された藤原敏史監督の『映画
は生きものの記録である 土本典昭の仕事』の計4本。いずれも会場であるミニシア
ター内の一番小さなスクリーン(83席)での上映であったが、『水俣−患者たちと
その世界』(短縮版で上映)はやや少なめであったものの、セットで上映された
『ある機関助手』と『ドキュメント路上』の回では会場の7割以上が埋まり、観客
も熱心に見ている様子であった。上映前には来場していた藤原監督から作品の解説
が行われていた。
『映画は生きものの記録である』の上映には都合がつかず会場に行けなかったが、
あとでスタッフに聞いたところ、ほぼ満員の入りで上映後のQ&Aも活発だったよう
である。最終日のデイリーニュースでは、「SUCCESS!」との見出しでこの特集上
映の成功を伝えており、上映後の藤原監督とのQ&Aは時間内に収まらず、その後会
場を移して2時間半近くも続けられたとのことで、観客の関心はかなり高かったよ
うだ。
上映と平行して行われていたパネルディスカッションは期間中50近く組まれており、
同時刻に上映のほかにセッションが3つ重なることもあった。ただし、一般の観客
が入場できるのはそのうち僅かで(しかも有料)、ほとんどは関係者向けのもので
あった。
気になったことを挙げると、まずは関係者の多さである。マーケットが開催されて
いることもあったが、主催者の発表では1,200を超える関係団体が参加しており、
この映画祭の規模にしてはやや多い印象を受けた。一般客は思ったほど来場してい
なかったこともあり、関係者の多さが目立った。関係者リストを見るとほとんどが
ヨーロッパからの参加でTV局関係者がかなり来ていた(日本からはNHKが参加)。
このフェスティバルの正式名称に「film」という文字が入っていないことからも想
像はできたが、1時間以内のTV用作品や、実験的な短編作品も長編に混じって数多
く上映されており、映画の枠を超えたイベントとして位置づけられているようであ
った。
2点目は、外国作品が思いのほか少なかったことである。合作も含めると英国の作
品が半数を占めており、中東、インドを除くアジア地域やアフリカ、ラテンアメリ
カの作品は皆無に等しく、国際フェスティバルの割には、ややバランスに欠けるプ
ログラム編成であった。この背景には、メインスポンサーのひとつである英国公共
放送(BBC)との強いつながりが関係していると思われる。歴史的に英国はTVドキ
ュメンタリーの制作が盛んで、その土壌をつくってきたのがBBCである。BBCはこれ
まで映像制作者に対して制作費を全額拠出するなど、全面的に支援してきた経緯が
あり、ドキュメンタリー制作には欠かせない存在であった。しかし、近年のTV局間
の視聴率を巡る競争の激化はBBCにも少なからず影響を与えており、BBC4の人気ド
キュメンタリー番組である「Storyville」の予算が、視聴率低下、広告収入の減少
によって60%削減される話が一時持ち上がるなど、制作関係者にとって資金繰りが
厳しくなってきているのが現状のようだ。今フェスティバルでは、「Storyville」
で放送予定の作品を集めた特集上映も行われ、「Save The Doc」とのタイトルで
トークセッションも開催されていた。
興味深かったのは、全く同時期にシェフィールドの隣にあるリーズでも国際映画祭
が開催されていた点である。リーズのほうが歴史は古く(今年で21回目)、期間も
12日間(11/7〜11/18)と長い。シェフィールドで上映された作品も数本上映され
ていたが、驚いたことに全上映作品の4割近くがドキュメンタリー作品で、奇しく
も原一男監督の特集上映も企画されていた(その他のドキュメンタリーでは、想田
和弘監督の『選挙』が出品されていた)。シェフィールドにはなかったコンペ部門
に加えて、上映ごとに観客から評価表を回収し、最終日に評価の高かった作品をリ
クエスト上映していた。ゲストはほとんどいなかったものの、一般客でかなり混雑
していた。
リーズの映画祭に比べてシェフィールドは関係者向け業界イベントといった色合い
が強かったが、厳しい資金繰りの中、ドキュメンタリーの持続的発展には、関係者
・地域の連携とともに観客視点に立ったフェスティバルにしていく努力も今後求め
られるのではないだろうか。
シェフィールド国際ドキュメンタリーフェスティバル
:https://sheffdocfest.com/
リーズ国際映画祭:http://www.leedsfilm.com/
■中山 和郎(なかやま・かずお)
現在、英国シェフィールド大学に在籍中。日本では、ドキュメンタリー作品の自主
上映シネマアフリカスタッフのほか、『阿賀の記憶』(2005 佐藤真監督)、
『チーズとうじ虫』(2005 加藤治代監督)の配給・宣伝に携わる。
◇────────────────────────◆◇◆
■上映
■神戸映画資料館・ドキュメンタリー上映
詳細はHPをご参照下さい。 http://www.kobe-eiga.net/
ドキュメンタリー映画作家として世界的に著名な小川紳介監督の全作品を順次上映
するこのシリーズ。2月・3月は初期作品を年代順に観ていただきます。
●小川紳介監督全作品上映 2(初期作品)
1月26日(土)・27日(日)
『青年の海 四人の通信教育生たち』(1966/56分/16mm) 監督:小川紳介
『圧殺の森 高崎経済大学闘争の記録』(1967/105分/16mm) 監督:小川紳介
●映画の起源 鉄道映画特集
2月2日(土)・3日(日)
1939年設立の華中鉄道(中支鉄道)へは狭軌から標準軌に改良された9600型251両
をはじめ多くの蒸気機関車が日本から送られ活躍した。日中戦争時の貴重な鉄道敷
設の記録映画を中心に、蒸気機関車が活躍する文化映画や短編映画を一挙上映。
(計約90分)《四本立て》
1.『風雪との斗い』(1950/20分/16mm)監督:中川順夫
2.『鉄路に生きる』(1951/約20分/16mm)監督:関川秀雄
3.『白旗ぢいさん』(1952/16分/16mm)監督:樋口源一郎
4.『蒸気機関車』(1969/34分/16mm)監督:清本隆男
(計約72分)《三本立て》
1.『汽車の発達』(1932/約10分/16mm/サイレント)指導:全日本活映教育研究会
2.『中支鉄道 建設の記録』(1939頃/52分/35mm)製作:鉄道省
3.『パシフィック2-3-1』(フランス/1949/10分/16mm)監督:ジャン・ミトリ
◇────────────────────────◆◇◆
■募集:「自作を語る」などの投稿歓迎!
「自作を語る」欄は、監督自らが作品について語るコーナーです。制作した動機や
撮影のポイント、編集で心がけたこと等を内容に盛り込んで頂きたいと思っていま
す。その他の投稿も歓迎します。「自作を語る」は1600字程度。監督のプロフィー
ル(150字)、作品の仕様(制作年度、時間、ビデオ又はフィルム、スタッフ等)、
上映スケジュール、HP等をお知らせください。
原稿締め切り:配信日(1日&15日)の3日前までに、下記に送信ください。
E-mail: visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋まで稿料:無料。
◇────────────────────────◆◇◆
■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋 博雄(本誌編集長)
neoneoの購読は無料ですが、経費を(その大部分は稿料ですが)賄うため、上映等の
告知は有料にしています。なお皆様にカンパもお願いしていますので、ぜひご協力
ください。
(1)上映等の告知の有料化 40字×30行(行数の空きも計算)以内につき、2,000円
です。それ以上の行数の場合は加算します。
(2)カンパのお願い 一口2,000円。何口でも。
送金方法:郵便振込み:00160-8-666528 neoneoの会、又は、
みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782 (有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせく
ださい。)
以上、neoneoの継続ため、よろしくお願い致します。
┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃05┃編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●新年、おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
●恒例の「わが一押しのドキュメンタリー映画2007」アンケートの回答者の、それ
ぞれの地点からの発言は興味深く、刺激的だ。20数名といえども、現在の日本のド
キュメンタリー映画の「立体図」を描くことも可能だ。投稿くださった方々には、
心より御礼申し上げます。
●今号はふたつの投稿があった。ひとつは、自作『カメラになった男』を書いた小
原真史監督からである。日頃、「自作を語る」欄の投稿が少ないのが気になってい
たし、年末に土本典昭監督にお会いした際の発言が脳裏にあったので、この投稿は
嬉しかった。
土本監督はこう仰った。―「僕は、自分がつくった作品をひとりでも多くの人に観
てほしかった。どう観てもらえるか、あれこれ考えたよ。原稿を掲載してくれると
ころがあれば、手当たり次第、どこにでも書いた。作品をわかってほしいからね。
今の若い人があまり書かないのは、どうしてなんだろう。「自作を語る」欄は稿料
がないからだろうか?でも、それは衰弱だね」
監督ならば、作品を見てほしい、わかってほしいと思うのは当然(のはず)である。
ならば自らが自作について発言することにもっと貪欲であるべきではないか。投稿
を期待したい。
もう一つの投稿は、「シェフィールド国際ドキュメンタリーフェスティバル報告」
の中山和郎さんからである。かって中山さんは東京で自主上映をしていた方で、今
は仕事の関係でシェフィールドに生活されている。その縁があっての投稿にかの地
の映画祭に思いを馳せた。
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■発行:ビジュアルトラックス visualtrax@jcom.home.ne.jp
■責任編集:伏屋 博雄
■編集デザイン:能川 悦子
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