ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo |
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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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┗━┛ ☆━┛ ┗━☆ 90-1号 2007.11.1
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†01 ■特集:山形国際ドキュメンタリー映画祭2007
●『稟愛(ビンアイ)』—人間の根源を問う 春田 実
●ヤマガタの「精神」は変わって欲しくない 土肥 悦子
●「DOCUMENTARY BOX」の終刊に際し、東京事務局を想う 黒川 通子
●シンポジウム「明日への架け橋—山形に映画祭は必要か」
パネラーとして参加して 本田 孝義
明日はどっちだ!? 江利川 憲
●科学映画特集に関わって 中村 のり子
※90-2号へ
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†02 ■ドキュメンタリー映画のかたち
京橋三丁目、映写室からの眺め(2) 岡田 秀則
†03 ■ワールドワイドNOW ≪北京発≫
座談会:中国インディペンデント映画の方向
中国独立映画作家グループ『黄牛田電影』(徐辛、胡新宇、趙大勇、
劉高明、黄文海、王我) 聞き手:前田 佳孝
†04 ■列島通信≪大分発≫
佐賀に映画館をつくる話 田井 肇
†05 ■neoneo坐11月前半の上映プログラム
†06 ■広場
■新・クチコミ200字評!(63)
『ミリキタニの猫』『藝州かやぶき紀行』
『ハダカの城〜西宮冷蔵・水谷洋一』(以上の評、清水浩之)
■募集:「自作を語る」などの原稿募集!
■上映の告知の有料化とカンパのお願い 伏屋 博雄
†07 ■編集後記 伏屋 博雄
★バックナンバー閲覧はこちらまで
まぐまぐ配信 http://blog.mag2.com/m/log/0000116642/
melma!配信 http://www.melma.com/backnumber_98339/
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┃01┃□特集:山形国際ドキュメンタリー映画祭2007
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今年の山形国際ドキュメンタリー映画祭は主催者発表によれば、238作品が上映さ
れ、入場者数は23,387人であった。この動員数は以前のそれに比べて数千人の増加
であり、いかに盛況であったかを物語っている。何故このような動員をなしえたの
であろうか?その分析は興味あることであるが、ひとつには今年が10回目の節目を
迎え、これまでの山形市主催から民間(NPO法人)に移行した最初の映画祭であり、
かつ今後の映画祭の行方に多くの関心が集まったからだといえるのではないだろう
か。
本誌では山形映画祭について投稿をお願いしたところ6人から応募があったが、そ
のうち上記の趣旨に触れた原稿が4編もあった。いずれも映画祭の精神を問う原稿
であった。(伏屋 博雄)
◇────────────────────────◆◇◆
■『稟愛(ビンアイ)』(中国 監督・馮艶)—人間の根源を問う
春田 実
三峡ダムに沈められる家族の、その一家の柱となっている女の物語である。この作
品には泣けた。素晴らしい作品である。三峡ダムに沈められる人間のドラマはこれ
までにも数多くの作品がつくられた。この作品はその頂点に立つ作品だろう。何が
いいのかというと、主人公に魅力があるのだ。役所の人間の前では語気荒く丁々発
止の交渉をするが、家族のところにもどると実にか弱くナイーブなのである。こう
書くと、彼女の魅力はうまく伝わらない。しかし作品を見ていると、厚顔と自省と
羞恥の間をゆり動く彼女の映像から、魂の叫びが聞こえてくるのである。その叫び
に私は涙した。
それは共感というような次元ではなく、もっと人間存在の根源的な、ここに確かに
人間がいる、というような洗い清められた発見の感覚と、感動なのである。見てい
て途中からは、主人公の稟愛が出てくるだけで泣けた。こういう映像を導きだした
のは監督の力量である。7年という歳月をかけた取材(交流)の厚さもそれを支え
ている。この作品は「インターナショナル・コンペティション」で競っても大賞を
とっただろう。
◇────────────────────────◆◇◆
■ヤマガタの「精神」は変わって欲しくない
土肥 悦子
今年も、2年に一度の楽しみ、頑張った自分へのご褒美として、ヤマガタに行って
来た。休日祝日あわせて3日間のみだったけれど、山形に行く、山形にいる、とい
うことだけで体中がざわめく。
ヤマガタの魅力は大きく4つあると思う。まずはそのクオリティ、つぎに地方都市
であること、隔年開催であること、そして映画と観客の距離が近いこと。
上映作品のクオリティの高さはひとえにこれまでの優れた選考眼のある事務局のお
かげだ。東京事務局長の矢野さんをはじめとして、多くの映画の専門家が、より素
晴らしい映画を探しに海外に行き、気が遠くなるほどの作品を実際に見、選りすぐ
ったものを見せてくれている。初めて映画祭に参加したときから、どれをみても面
白い、“ハズレ”がない、ドキュメンタリーってこんなに面白かったんだ! と興
奮する。そうなれば、「またヤマガタに来なきゃ!」と思うだろう。
しかしながら映画祭のクオリティだけなら「東京フィルメックス」もある。ヤマガ
タの大きな魅力は「地方都市」であること。その町に住んでいる者でない限り、ど
こかに宿泊し、その滞在期間中の目的は映画、映画、映画だ! 仕事も放りだし、
保育園のお迎えもないし、洗濯もしなければ、夕飯を作る必要もない!!(してる
人少ないか…) とにかく日常からかけ離れ、頭からつま先までどっぷりと映画に
浸かれる。東京で会おうと思えば会える面々と、終電など気にせずに明け方まで話
しこめる。そのうえ隔年だからこちらも無理なくリピーターになれる。今年もニヨ
ン映画祭ディレクターと、帰りの新幹線で「じゃ、またヤマガタで!」と別れた。
そして映画と観客の距離。さっき見た映画の監督や、世界的な巨匠たちが(今年な
らペドロ・コスタやアピチャッポン・ウィーラセタクンなどが) まちなかをフラフ
ラ歩いている。勇気さえあれば、彼らをつかまえてこちらの興奮を直接伝えられる。
香味庵にいけば、そんな勇気さえもさして必要ない。相手もこちらも酔っ払ってい
るから。
それが、そのすべてがヤマガタの魅力だった。そんなヤマガタが大好きだった。山
形からどれだけ多くのものをもらっただろう。楽しくて楽しくて朝方まで飲んでも
朝の10時の回には、ひどい顔でとにかく駆けつけた。たくさんの忘れられない映画
や人との出会いがあった。
でも今年の山形では、なにか肌で感じる違和感があった。最終号となった
「Documentary Box」には胸をつかれる思いがしたし、そんな不安な気持ちを多く
の人が持ったのではないだろうか。今年ゲストとして呼ばれていた、ある日本の映
画監督は「一体誰に呼んでもらったのか、わからなかった」「観客や映画祭との距
離を感じた」とこれまでとの違いをはっきりと感じ取っていた。
でも、だからこそ、ヤマガタがヤマガタでありつづけて欲しいと強く願う。同じ顔
をした中身の違うものでなく、形は変わっても映画祭を流れる「精神」は変わって
欲しくない。山形があの濃密な時間と空間をもちつづけるために何ができるのかわ
からないが、映画を支えるのは映画から多くをもらってきた映画ファンだと思う。
それは山形に通いつづけた者たちであり、これから通おうと思っている者たちのは
ずだ。
◇────────────────────────◆◇◆
■「DOCUMENTARY BOX」の終刊に際し、東京事務局を想う
黒川 通子
「DOCUMENTARY BOX♯28」の最終号は東京事務局から映画祭へのお別れの手紙のよ
うに思えて寂しかった。その中で「映画祭の育て方」と題された論文は、今後の映
画祭に対する建設的な提案のようで面白く読ませていただいた。映画祭というより
日本の文化行政全般に対する鋭い批評になっており、私が文化振興財団に在職して
いた時の経験に当てはまるので耳が痛かった。今後、文化に馴染みのない市民にも
参加を求めていくことは、映画祭継続のために不可欠なのだろう。
これは口で言うのは簡単だけれど、すごい労力を必要とする。事務局だけの手に負
えるものではなく、市を挙げての協力体制が必要となるだろう。また「市民が主役
のまち」というビジョンには落とし穴がある。受け入れ側の姿勢がしっかりしてい
ないと、市民に言いなりの内輪受けで自己満足なイベントに終わってしまう。それ
が山形市にとってどれだけのイメージダウンになるか、想像してみるべきである。
山形映画祭から私は、公私にわたってとてもたくさんのものをもらってきた。山形
と東京事務局は私にとって在職時の避難所のような場所で、出会いがなければ今ま
で仕事を続けられなかったかもしれない。この映画祭を守るために、何が自分にで
きるのだろうか。
◇────────────────────────◆◇◆
■シンポジウム「明日への架け橋—山形に映画祭は必要か」
パネラーとして参加して 本田 孝義(映画監督)
第10回目となった山形国際ドキュメンタリー映画祭が10月11日、閉幕した。入場者
数も大幅に増え、3連休中にはついにキャパシティーを越えていたようにすら感じ
られる。こうした賑わいとは別に、10回目だからというわけではないが、映画祭自
体が何かの節目を迎えていたのだ、という漠然とした思いがよぎる。
本誌82号において、不遜にも私は映画祭期間中、映画祭のあり方そのものを公に議
論できる場を設けて欲しい、と提案した。このことが一つのきっかけとなって、10
月6日、フォーラム5にて「明日への架け橋−山形に映画祭は必要か」というシンポ
ジウムが実行委員会主催によりもたれた。私もパネラーとして参加した。
まず、シンポジウムの表題が私にとってはいささか大風呂敷に感じられた。本来で
あればパネラーとして意見を言うべきだったと思うのだが、パネラーを引き受けて
から表題が決まったため、順序があべこべになったかもしれない。もっとも、この
表題にはシンポジウムを企画した実行委員会の思惑があったためでもある。なぜな
ら、シンポジウムのパネラーに「山形に映画祭は必要ない」と考える人間を配した
かったようであるが、実現しなかったのである。こうした方がパネラーにいれば、
議論はもっと違った形になったと思う。
シンポジウムはかなりの時間、富塚正輝さん(NPO法人 山形国際ドキュメンタ
リー映画祭実行委員会 副理事長)にNPO法人化の経緯を聞き、疑問点を質問する
形で進んだ。そうした雰囲気になったのには、前夜に見た飯塚俊男監督の『映画の
都、ふたたび』が影響していたかもしれない。この映画には山形国際ドキュメンタ
リー映画祭実行委員会が山形市の行政を離れ独立し、NPO法人化する苦闘が描かれ
ていたからだ。また、同じように考えなければならなかったのは、「DOCUMENTARY
BOX」の廃刊、そして最新28号がシンポジウムの行われる日に刷り上り、かつ内容
が今までの映画祭を総括するようなものであったからだ。日中、慌てて眼を通した
私は、ここにある程度もう語られている、今更シンポジウムで何を話せばいいのか
考え込んでしまった。
「DOCUMENTARY BOX♯28」で東京事務局長、矢野和之さんはこう記している。「市
から離れて逆に今までのように自由にアナーキーにはやれなくなるだろう。」同じ
問題意識を、パネラーであった景山理さん(シネ・ヌーヴォ)も共有していたよう
に思う。そのため、私や景山さんは富塚正輝さんを問い詰めたように見える場面が
多々あったかもしれない。しかしながら、私は富塚さんの向こうにその場にいない、
行政サイドの人を見ていたようにも思う。なぜなら、NPO法人化「した」のか「さ
せられた」のか、(実態は両者の意向が一致した、ということだとは思う)その辺
りの微妙な関係が実のところよく分からなかったからだ。(今でもまだよく分から
ない。)
そして、このシンポジウムで浮き彫りになったのは、山形事務局と東京事務局の温
度差、もっと言えば意思疎通の不徹底だろう。富塚正輝さんが「NPO法人化につい
て東京事務局ときちんと話をしてこなかった」と述べたことは、会場の聴取者にも
驚きがあったように思う。だから、先の「DOCUMENTARY BOX♯28」で矢野さんは次
のように続けているのである。「これから東京事務局のスタッフが関わることがあ
ったとしても、わずかなものになるだろう。」この言葉にもまた、多くの方が驚い
ていたのは言うまでもない。ただ、ネットワークの桝谷秀一さんが「これからも東
京事務局とやっていきたいし、やれると思っている」と発言されたことに少し救わ
れた気もした。いずれにしても、車の両輪であるべき山形事務局と東京事務局がど
のように回り続けるのかは映画祭の行く末にとって大きな影響があることは間違い
ない。
シンポジウムでも述べたことだが、日本の文化行政の中に経済効率という尺度があ
ちこちで当てられている。今までのやり方が100%正しいとは言えない面があるのも
事実だが、あまりにも極端に針が振れたとも言える。山形国際ドキュメンタリー映
画祭もけっして例外ではない。シンポジウムで初めて知ったのだが、司会の鈴木雅
史さん(山形新聞社)は、「外部の評価機関によって、映画祭実行委員会も民営化
すべきとの結論があった」と述べられた。NPO法人化にも複雑な要素が絡んでいる
ことが伺える。
シンポジウムの最後に、映画評論家の山根貞男さんから「組織形態について一度決
めたことに外部からあれこれ口を出すべきではない」とのお叱りを受けた。おっし
ゃる通りである。私も口を出したかったわけではない。シンポジウムの表題の前半
「明日への架け橋」を見つけたかったのだ。しかしながら、シンポジウム後「ます
ます不安になった」という声を聞いてしまった。ならば実行委員会は2年後に向け
て、不安を解消する努力が求められるだろう。山形市長が財政支援を約束していて
も、である。
追伸:最新作、『船、山にのぼる』が公開待機中。
『船、山にのぼる』公式サイト: http://www.fune-yama.com/
10月21日(日)、横浜で上映会を行いました。会場が満席(100名ほどでしょう
か)になり、盛況でした。広島公開まで1ヶ月となりました。
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■明日はどっちだ!?
シンポジウム「明日への架け橋??山形に映画祭は必要か」リポート 江利川 憲
そもそもの始まりは、本誌82号(2007.6.15)に寄稿された本田孝義氏(映画監
督)の「山形国際ドキュメンタリー映画祭への提案」だった。そこには《前回の映
画祭後、どのような話し合いがあり、NPO法人という道を選択することになったの
か、また、今後、映画祭を継続していくためにどのような展望を持っているのか、
ぜひ、今年10月の映画祭の場で、公に議論できる場を設けていただきたいのであ
る》とある。
それはもちろん、これまで映画祭を主催してきた「山形国際ドキュメンタリー映画
祭実行委員会」が、今年4月に山形市を離れ、特定非営利活動法人(NPO法人)とな
ったことに起因している。
官から民へという議論は、1989年の第1回からあったことは事実だが、それがなぜ
今年なのか、どういう経緯でそうなったのかは私自身も知りたかったので、本田氏
の提案には大賛成だった。しかし、映画祭側からの反応は芳しくなく、ようやく本
誌87号(2007.9.15)に「本田孝義氏の『山形国際ドキュメンタリー映画祭への提
案』に回答します」という富塚正輝氏(NPO法人「山形国際ドキュメンタリー映画
祭」副理事長・事務統括)の文章が載った。そこには《なぜ独立したのか、独立し
てのこれからの展望はあるのか。どういった映画祭を目指しているのか。さまざま
な疑問があろうと思います。当映画祭では、開催期間中、これらの問題を討議する
場、シンポジウムを開催してはどうかと考えています》とあった。
かくして、標題のシンポジウムが10月6日午後9時30分からフォーラム5で開催され
た。「デイリー・ニュース」1号(10月4日号)に告知は載ったものの、公式のプロ
グラムやカタログには記載がなく、情宣の遅れと不足は明らかだった。で、参加者
は40〜50人ほど。
司会進行は鈴木雅史氏(山形新聞社)、パネリストは上記の本田氏、富塚氏とサイ
トユフジ氏(山形市民代表、美術家)、それに景山理氏(大阪「シネ・ヌーヴォ」
代表)。
冒頭、景山氏が「このシンポジウムのタイトルについて言いたい。《山形に映画祭
は必要か》って、そんなもの必要に決まってるじゃないですか」と発言したが(タ
イトルは富塚氏が付けた)、このシンポジウムを象徴するような始まりだった。
つまり、今後の映画祭の展望と理想を語る富塚氏に対して、行政と組んで行なう映
画祭や上映会などの経験豊富な景山氏が、富塚発言への危惧を述べ、その見通しの
甘さを指摘するという展開である。最後には、会場から「そんなに富塚さんをいじ
めないで」という発言もあったが、そもそもこのシンポジウムは、NPO法人になっ
た経緯を知りたい、ということから始まっているので、景山氏の質問と疑義は当然
であり、また富塚氏もそれは覚悟の上でパネリストを引き受けられたのだと思う。
パネリスト個々の発言を紹介する紙幅はないので、このシンポジウムで明らかにな
ったことをいくつか書いておきたい。
1)次回の映画祭には山形市から1億円近い補助金が出るので、開催はできる。
2)NPO法人化したのは、山形市の財政が苦しくなってきたのと、実行委員会の中か
ら「(窮屈な行政から)自由になりたい」という欲求が非常に強くなってきたため。
3)NPO法人化にあたっては、東京事務局との意思疎通が充分とは言えなかった。
その他、印象に残った発言としては、「山形映画祭は、今や日本の、いや世界の映
画祭である。これを山形市だけに背負わせるのは無理がある。日本中に、世界中に
支援の輪を広げるべきだ」(サイト氏)、「山形市民に、この映画祭の素晴らしさ
をもっと知ってもらう必要がある」(本田氏)、「映画祭がなぜ必要なのかを、き
っちりと理論武装し、行政や企業や市民にアピールしていくべきだ」(会場から)
などがある。
会場からの活発な発言も含め、シンポジウムは2時間以上続いた。またシンポジウ
ム後は、司会の鈴木氏とパネリストの4人を含む10人で、場所を居酒屋に移し、午
前3時まで延々と議論したことを付け加えておく。そこでの結論は、「今後も映画
祭に協力していく」であった。
山根貞男氏(映画評論家)が会場から発言されたように、映画祭の当事者が決めた
ことを今さらゴタゴタ言っても仕方ないのであるが、なぜそうなったかを共通認識
として持つという意味では、このシンポジウムは意義があったと思う。しかし、市
から独立したいという気持が切実だったとしても、そのことを事前に、もっと広い
場で議論してほしかったという思いはやはり残るのである。
司会の鈴木氏いわく、「映画祭は必要ないと言っている市会議員にもシンポジウム
への参加をお願いしたが、断られた」とのこと。また会場には山形市職員の姿もな
かった。残念ながら、それが山形市政における映画祭の現在の位置なのであろう。
シンポジウムでは様々な意見や提案が出されたが、映画祭の将来にわたっての財政
的・質的な保証は得られていない。それゆえになお不安は残るのだが、この映画祭
を熱く支持する人々が多数存在することも実感できた。その人たちとともに、これ
からも山形国際ドキュメンタリー映画祭を見守り、できる限りの支援をしていきた
い。
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■科学映画特集に関わって
中村 のり子
科学映画特集のスタッフとして参加させていただきました。ドキュメンタリーの視
点から科学映画が取り上げられたこと、その上映に予想を超えた沢山のお客> さん
が来てくださったこと、しかも毎日通ってくださるファンも生まれたこと、本当に
嬉しく刺激的な日々でした。10回目を数えるこの映画祭を通してドキュメンタリー
という方法が観客にとっても多様なものとなり、科学映画のような映画にも目を向
ける発想が広がってきているのかもしれない、と自分を含めて新しい流れの中にい
るような思いを抱きました。作品に付けられた肩書きではなく、そこに写った映像
を見れば、カエルの細胞分裂もめちゃめちゃ美しい。
そうやって映画を楽しめるのだということをあらためてお客さんに教えられました。
運営面では物議を醸した今回ですが、こんな新鮮な企画を実行したヤマガタには希
望があると信じています。
※90-2号へ
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■責任編集:伏屋 博雄
■編集デザイン:能川 悦子
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