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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo 88-2号 2007.10.1

発行日: 2007/10/1

 
 
☆━┓ ┏━┓ ┏━┓
┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
┗━┫e┣━┫n┣━┫o┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━○
  ┗━┛ ☆━┛ ┗━☆    88-2号  2007.10.1― 佐藤真追悼号


∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 †01 ■追悼:佐藤真さんを偲ぶ
     間 美栄子、藤原 敏史、久保田 智子、阿部 嘉昭、藤井 仁子、
     綿井 健陽、越後谷 卓司、高橋 晶子、本田孝義、丸谷 肇、
     清水 浩之、吉田 尚史、藤本 美津子、加藤 治代、秦 岳志、
     遠藤 協、伏屋 博雄(到着順)

※88-1号より

     ◇────────────────────────◆◇◆    


 †02 ■ドキュメンタリー映画のかたち
     小川紳介と戦後日本ドキュメンタリー史が英語になった:
     阿部・マーク・ノーネス著「Forest of Pressure: Ogawa Shinsuke and
       Post-War Japanese Documentary」読後のノート(4)  水野 祥子
 †03 ■ワールドワイドNOW ≪パリ発≫
      若松孝二の旧作が評判を呼んでいる  高橋 晶子
 †04 ■列島通信 ≪東京発≫
      ヤマガタまであと3日!  濱 治佳
 †05 ■広場
    ■新・クチコミ200字評!(61)
      『八ヶ岳山麓 地下足袋をはいた詩人』『さよなら絶望先生』
      『ヒミコさん』  (以上の評、清水浩之)
    ■告知:山形映画祭で<佐藤真ナイト>(10/4、9)
    ■告知:山形国際ドキュメンタリー映画祭からの告知
      シンポジウム:「明日への架け橋―山形に映画祭は必要か」(10/6)
    ■投稿:富塚 正輝(山形国際ドキュメンタリー映画祭)氏からの
      回答を受けて   本田孝義
    ■上映:「日本記録映画作家協会創立50周年記念映画祭 第2部」
      (10/24・25 なかのZERO)
    ■募集:「自作を語る」などの投稿歓迎!
    ■上映の告知の有料化とカンパのお願い  伏屋 博雄
 †06 ■編集後記  伏屋 博雄


    ★バックナンバー閲覧はこちらまで
   まぐまぐ配信   http://blog.mag2.com/m/log/0000116642/
   melma!配信    http://www.melma.com/backnumber_98339/



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┃02┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■小川紳介と戦後日本ドキュメンタリー史が英語になった:
┃ ┃ 阿部・マーク・ノーネス著『Forest of Pressure: Ogawa Shinsuke and
┃ ┃ Post-War Japanese Documentary』読後のノート(5―最終回)
┃ ┃■水野 祥子
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●プライベート・ドキュメンタリーを巡る問題

1998年の山形映画祭でのシンポジウムで山根貞男が投げかけた、70年代初期に何が
起こったか、という問いがこの本で再度問われていることはこれまで幾度か触れて
きた。 討論では、飯塚俊男が私ドキュメンタリーの主体性には社会との大きな隔た
りがあることを指摘すると、河瀬直美は自身の作品にはその繋がりがあると述べた
が、結局その答えは出なかったという。 ノーネスは、鈴木志郎康や原一男など70年
代前半からプライベート・ドキュメンタリーの先駆的作品を発表した作家たちが、
小川プロの集団製作のプロセスや同時代の政治や社会に直接語りかける作品から影
響を受け、「私」という境地を外の「公」の世界との対話させながらセルロイドの
上に表現していった経過を伝える。 しかしその後の世代によって量産されるプライ
ベート・フィルムにおいて、著者は、社会性の欠落と日本ドキュメンタリーの「下
降」を見いだしている。

個人映画として懸命にビラ配りをしながら上映の宣伝を行い、「ノンポリ」と自ら
形容した松江哲明の『あんにょんキムチ』(1999)を見た著者は、この映画を楽し
み十分な政治性を見た。自作に社会性があると主張したのは河瀬であるが、私もむ
しろ、ノーネス同様、このノンポリと言い切ってしまった松江の作品に政治的な要
素を見たと同時に、政治との無関係さを主張するこの作家の意識に興味を抱いた。

著者は、「冒険的な推測をしたい」と前置きをした上で、この本で「なにが起きた
か」という問いに返答を試みているが、その返答のなかになにか政治に見切りをつ
けて個をそこから切り離してしまった作家世代や時代の謎が見えるのではないかと
思う。そこで、著者の推測的な答えというものを分析しながら「政治」という言葉
の意味と理論と映画、日本の90年代に話題になった私ドキュメンタリーとの関係を
見てみたい。

著者は、返答にあたって、「女性運動、ジェンダー・ポリティクス、不運な旧左翼
と新左翼の繋がりという要素」に関わる文脈の解説をくれる。まず、1970年代半ば
の歴史的な文脈である左翼の活動がどうなったかであるが、著者ははじめに小川プ
ロ等の政治的映画製作の原動力となっていた安保闘争の終結、学生運動の弱体化等、
社会的な変化を解説する。1972年の浅間山荘事件を皮切りに連合赤軍の暴力的醜態
が表面化される一方、三里塚においても空港建設の終了に近づき闘争が暴力的なク
ライマックスを迎え、支持者の多くに幻滅もたらすことになるという。そして著者
はその「何か」が複合要因によって導かれたと指摘し、比較論の弱点を承知しなが
ら、という注釈をつけて同時期の米国のドキュメンタリーの流れと比較することと
映画批評や作品に見られるフェミニズム、ジェンダーを巡る言説を中心に様々な例
を挙げることによってその要因を炙りだそうとする。

ポスト60年代の批評言説の世界では、記号論やマルクス主義に根を張ったフェミニ
ズム言説が、他のポストモダン理論同様、マルクス、フロイト、ラカン、ソシュー
ル、デリダ、フーコー等の理論を応用して映画理論として成熟していくが、そのひ
とつとして著者が挙げた例はローラ・マルヴィーの記念碑的フェミニズム理論言説
「視覚的快楽と物語映画」(1973)である。確かにこの論考は発表直後から大きな
反響を呼び、マルヴィー自身の自己批判的テクストを含めて応用や反論が次々と出
版され、網状的なフェミニズム映画理論として70年代、80年代を隆々と流れていく。
追記すると、80年代にはフェミニズムだけでなく男性性の表象の研究やゲイ・レズ
ビアンの視点からクイア理論の展開が進み、統括的にジェンダー研究として確立さ
れ映画テクスト、映画史の読み換えがなされていく。

英語圏ではこの生産性は理論言説の世界においてだけでなく、映画製作においても
見られることになる。社会が作り上げる女性性のイメージがどうハリウッド映画の
なかに表象されているのかを理論的に探求したマルヴィーは、それを批判し新たな
女性像を映画的に表象することができる実験的映画の新たな可能性を提案した。マ
ルヴィー自身は自身の理論を実践し『スフィンクスの謎』(1977)を製作している。
ノーネスが比較対象としているアメリカの80年代以降の多くの映画作家たちも新た
な理論を理解し、どう表象するべきか、という自問自答を繰り返して数多の作品を
発表していく。大きな政治・外交、国際経済の流れに反動した60年代を経て、80年
代後半あたりから 、「私」を前景化しながら、日常社会における自分の主体性を形
成する社会的要素、ジェンダーや民族性等のアイデンティティー・ポリティクスと
呼ばれる文化政治的問題点を浮き彫りにした数多の個人ベースで製作されたビデオ
作品が世に出ていく。

つまり、この米国でのポストモダン理論から発展した文化政治的なドキュメンタ
リーの比較において、著者は、フェミニズムをはじめとしてその他の文化政治的言
説の濁流が、同時期に日本の映画言説界へほとんど流入されなかったことが、「下
降」を辿った日本ドキュメンタリーのなかの社会性の欠如の要因としてあるのでは
ないかと言っている。 ここで、山形での、「何が起きたのか」という問いは、米国
との比較を通して、米国で起きて日本で起きなかったのは何か、日本でなにが欠如
していたのか、という指摘となっているが、以下の説明には頷かされるものがある。

まずは、前出の『視覚的快楽と物語映画』は、1997年の斉藤綾子の翻訳によって日
本語になるまで20年以上を待ったこと、強靭な理論言説の後押しのなかったこの空
白期に発表された出光真子らの作品は「正当性の欠如」を指摘されてきたこと、劇
映画製作界と比較してドキュメンタリー製作、配給、上映の立役者として羽田澄子、
中野理恵、藤岡朝子など、多くの女性が活躍し秀作を作り出してきた事実には大き
くスポット・ライトが当てられることが殆どなかったことを指摘している。同様に、
男性中心の小川プロでの不当な女性の扱いにも触れている。90年代の私ドキュメン
タリー映画においても、ビデオを持った女性監督が自分を映した作品には数多あっ
たが、著者は、幾つかの例外を除いて、これらに理論的強靭さや映画的な斬新さを
見いだしていない。

ここからこの著作の解説をまたもや逸脱させてもらうが、ここ十年余の私ドキュメ
ンタリーについて多くを見ていない私は批判的見解を述べる立場にはいないが、い
くつかの作品において、紋切り型の男性像や女性像と同性間、異性間における交流
や欲求の表現に不快感を覚えた記憶がある。しかしジェンダーに関する問題への無
関心は、新しい世代だけに見られるものではない。ジェンダーという言葉に拒否反
応を示す教育者や研究者もある。ジェンダーという観点を持ち込んだ映画研究は、
書き手が理論を理解した上で新たな方法論を呈示し映画テクストや歴史の読み換え
を試みるが、これは政治的な試みであり単一的に正当性を主張するものではない。
映画研究においてはあるイデオロギーを振り回す「邪道」と写るのであろうか。同
様に、60年代を称賛し、それ以降、政治的なドキュメンタリーは無くなったかのよ
うな郷愁的な発言を耳にするときや、逆に政治なんかどうでもいいというような映
画や発言を見るとき、政治とはどういう意味かと問いたくなる。問題は、この日本
語の政治という言葉はとても偏狭で固いというところにあるように思われる。

ジェンダー、民族、セクシャル・オリエンテーション等のアイデンティティーを巡
る言説は「ポリティカル」な、直訳して「政治的」な言説である。これは文化政治
的な意味であって、日本語の「政治」という言葉には未だに定着していないのでは
ないかと思う。同様に、「ジェンダー/社会的性差」や「アイデンティティー/自
己同一性」という言葉自体も、一般的には依然として曖昧なカタカナ語のままで、
市井の日本語として浸透していない感がある。鈴木、原などプライベート・フィル
ムの先駆者たちの作品に残った小川世代の政治性が、なぜ90年代の作家作品に欠け
ているのか、というノーネスの指摘から思ったことは、幾人かの研究者や批評家、
映画作家が個人と社会との相対的関係を取りもつアイデンティティーからの視点に
正当性を認めなかったり、それを政治的視点と捉えられないように、新世代の多く
が、(反体制的)政治という言葉が風化した過去の産物であり自分と関連性のない
ところにあるという感覚を持っているのではないだろうか。

もちろん、それは言葉の問題だけではない。ノーネスがフェミニズムを取り上げ解
説するように、 欧米で起きていた70年代中期以降のアイデンティティーという問題
を呈示することになったポストモダン理論言説が原書で読まれ、学術界や知識層に
大きな影響を与えながらも、映画批評、製作の世界に浸透しなかったことは確かで
あるかもしれない。在日三世であることを扱った『あんにょんキムチ』には、闘争
や運動とは縁の薄くなった90年代のプライベート・フィルムとしては、ノンポリと
いう世代感覚とユーモアを巧みに操ったポリティカルな側面は確かにあると思った。
ただそれがポリティカルでないという認識や、他の多くの新世代の作家に政治とは
切り離された「私」の世界を描かせた要因は、個は社会の生産物であるという思考
が映画理論や実践に浸透しきれなかったこと、日本語でいう「政治」という言葉が、
未だに60年代の作家たちが戦っていた永田町の「国政」や「外交」という大きな意
味の政治だけでなく、個人や集団の中の「文化政治」的な意味を含んだ広がりを持
たなかったからではないだろうか。

ジェンダー、民族、ポスト・コロニアル研究からは、それぞれの読み手のアイデン
ティティーを前景化し、新旧映画作品や映画史の読み替え言説も生まれ、さらに広
がりを見せることになる。研究対象は今日まで、文学やアート、映画のみならず、
ファッション、テレビ、テレビゲーム、漫画、インターネット、モバイル・メディ
アなど、個人の生活に浸透している大衆文化や大衆向けメディアを対象として広が
っており、文化研究として映画研究の分野にも介入した。これまで消費者として捉
えられてきた大衆の多くが上記の多様化する新しいメディア環境でファン・フィク
ションや次世代のコンテンツへの生産に関わってきている。 そこからは、利益至上
主義の大量生産・消費パターンの追随的な流れに巻き込まれる消費者の再生産のパ
ターンだけでなく、それに対抗するパターンも僅かながら生まれていることも研究
されている。
このように、欧米の映画研究は、もはやテクストや映画という狭い範囲でなく様々
な研究対象や視点を獲得し、「正当な読み」を主張することが目的ではなく、様々
な読み手の様々な解釈に理論的な深みを与え、文化の生産者と消費者の間の境界が
曖昧になっていくパターンや、名も無い読み手が作り手にもなり文化生産の担い手
となるところにも視点を導き、超域的な学術分野に成長してきた。結果、玉石混淆
という見方もできるし、もちろん他の学術分野と重複している部分が多い。映画が
デジタル化の時代を迎え、インターネットという上映媒体を得た今、むしろ今は映
画研究というよりメディア研究と言ったほうが的確であるかもしれないが、映画学
が少数の正当性を探求するより新しい文化と人間の関係に目を向け広がったことは
歓迎するべき方向性だと思う。

このようなマイクロレベルの政治性が、ベトナムや人種問題など大きな意味での
「政治」運動が一応の終末を見た70年代以降、映画研究とインデペンデント映画製
作を牽引し、「私」が周囲の社会と文化への強いつながりをもつ個体としてドキュ
メンタリーの画面上に多様に現れたことは大きな特徴である。 言語や文化に潜んで
いた権力構造を批判的に分析した新しい文化政治性に視点をおいた理論言説が突き
動かした映画評論や映画史研究は、「私」を意図的、戦略的に介入させて今まで聞
こえなかった声に拡声器を与えた力強いドキュメンタリーの数々が生まれたことに
繋がっていると思う。 自分と自分が属する社会との関係、また所属しきれない社会
との歪みを、ドキュメンタリーとしてはタブーとされてきた自分の身体やユーモア、
再現、アニメーション等の表現方法を駆使しながら浮かび上がらせた作品も多い。

駆け足であったが、以上がノーネスの著書に刺激され私が考えた、アメリカにおけ
る日本ドキュメンタリーの受容(における問題点)、小川プロ作品論、アメリカで
のポスト60年代の映画研究とドキュメンタリー映画の発展の経路などなどである。
この5回のシリーズを終るにあたって、多くの自己批判のひとつとして言及しておき
たいのはノーネスが各所に引用し、小川プロやその他の60年代のドキュメンタリー
製作活動を時には先導し時には後押しをしていた日本のドキュメンタリー批評言説
については、全く解説することができなかったことである。ノーネスが戦後日本ド
キュメンタリーの流れを牽引したと捉える松本俊夫による興味深い言説の分析につ
いて、私にはある程度の知識はあっても手元に原書がないだけに、直接のコメント
ができなかったことをお許しいただきたい。

最後に一言。決して希望的な示唆で終っていないこの本の、「下降」と言う著者に
よる日本のドキュメンタリーへの視点も、小川、土本作品に代表される60年代との
比較の上であることは間違いない。私は、今後の流れによっては、10年後や20年後
に全く違う視点から90年代のドキュメンタリーを読む見方も現れるかもしれないと
期待している。私にもこれから日本の90年代のドキュメンタリーを見直す機会もあ
るだろうが、小川プロ作品に最近改めて驚かされたように、そのときにどんな印象
を持つことになるかは今から楽しみである。今後の新しい時代のドキュメンタリー
には、日本特有なものや60年代小川作品に見たポリティクスと同じものを期待して
はいない。
様々な境界線を揺るがし既存の政治性や社会性の意味をさらに膨らませて行くよう
なテーマを、新しい表現で伝えようとする意識が見たい。


■水野 祥子(みずの・さちこ)

UCLA映画・テレビジョン・デジタル・メディア学部シネマ&メディア研究科博士候
補、映画史研究。帰国を一週間後に控え、図書館から借りている150冊の本を一旦返
却することにしたがこれが大変。ノートをとったりコピーをしたりで大わらわの毎
日…。



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┃03┃□ワールドワイドNOW ≪パリ発≫
┃ ┃■若松孝二の旧作が評判を呼んでいる
┃ ┃■高橋 晶子
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フランスで公開される日本映画の数は増えているとは言えないのがここ数年の状況
である。世界規模で公開されるアニメを除いては、国際映画祭で評判になった作品
がちらほら、もしくは昔の名作を再公開するという程度だ。そんな中、10月3日に若
松孝二監督の1966年の作品『胎児が密猟する時』がフランスで初めて劇場公開され
る。製作から41年が経った今年、ようやく初公開というわけだ。

若松孝二作品は、フランスで9年前にエトランジュ映画祭が特集を組んで以来再認識
され、一昨年もまたパリ郊外のサン・ドニ市でご本人が来仏しての特集上映が行わ
れた。そういったいきさつもあり、フランスの映画ファンの間では若い人にも若松
監督の60年代・70年代の作品の根強いファンは多い。

フランスには小規模の配給会社が数多く存在するが、その中でも積極的にアート系
の映画を配給しているある会社が若松作品に惚れ込み、何年間もの想いがかなって
劇場公開へと結びつけた。この配給会社はこれまで、アジア映画ではキム・キドク
監督『受取人不明』や黒沢清監督『降霊』『LOFT』、小沼勝監督『花芯の刺青/熟れ
た壷』、増村保蔵作品の数々を、欧米の映画ではジョン・カサヴェテスの『ラブ・
ストリームス』やアラン=ロブ・グリエの最新作『グラディヴァ』などを配給して
いる個性的な会社で、配給作品のリストを見るだけでも作品選びのこだわりが感じ
られる。
ドキュメンタリー作品では、『ダーウィンの悪夢』と同様に身近な食べ物という視
点から出発して環境問題・グローバリゼーションの問題を提起して話題になった
アーウィン・ワーゲンホッファー監督『We feed the world』も配給した。

すでにご覧になった方も多いと思うが、『胎児が密猟する時』はある男が一人の女
をアパートの一室に監禁し、調教しようとするが最後には女が復讐をするという足
立正生脚本の密室劇映画で、胎内回帰願望などのテーマも盛り込まれた濃密な作品
だ。映画祭での上映となると、シネフィルを中心にそれなりに日本映画にも詳しい
人の間で話題になるのに留まるが、劇場公開となると対象になるのは一般のお客さ
んなので反応も様々でおもしろい。今回、公開の準備全般にわたってお手伝いさせ
て頂き、特に宣伝活動はフランス人のスタッフと共に力を入れて行った。プレス用
試写を4回ほど行ったところ、フランスの大手メディアの大部分が足を運び、評判は
配給会社が期待していた以上のものだった。中には、「黒沢・小津・溝口」以外の
日本映画を観た事がなくショックで青ざめた顔で帰っていくジャーナリストや、サ
ド・マゾ映画と期待してきたがSMとしては不十分だとがっかりした専門誌もあった
が、全体の評判はすこぶるよく、逆にこちらが驚くほどであった。

監督は15件ほどの大手メディアのインタビューを次から次へとこなし、哲学用語を
用いながら理論で攻めて来るフランス人ジャーナリストの質問には、「若松流」に
バッサリと切り倒すように、さもなければするりとくぐり抜けるように答え、今な
おみなぎる監督のエネルギーは圧倒的だった。「この作品中で『雨』が象徴するも
のは何ですか?」という質問に、「撮影がちょうど梅雨の時期だったんでね。」と
監督が答えると、ジャーナリストが「失礼しました。」とでも言わんばかりの力が
若松監督にはあるのが不思議だ。新作『実録・連合赤軍』に対する興味も津々で、
すでに噂を聞きつけているジャーナリスト達がこぞって質問を投げかけた。

『胎児が密猟する時』の公開を間近に控え、41年前の作品がフランスのスクリーン
上で思い切り暴れてくれる事を楽しみにしている。


■高橋 晶子(たかはし・しょこ)

横浜生まれ。フランスの言語・映画に魅せられ94年に渡仏。パリ第8大学映画学科
卒業。映画・TV関係のコーディネート・通訳・字幕翻訳及び助監督として活動。



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┃04┃□列島通信 ≪東京発≫
┃ ┃■ヤマガタまであと3日!
┃ ┃■濱 治佳
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10月4日から始まる山形国際ドキュメンタリー映画祭まで1週間を切った。7月末のア
ジア千波万波ラインアップ発表後、上映素材の取り寄せ、ゲストの来形スケジュー
ルの調整、スケジュール・チラシや公式カタログへの原稿書きや校正、字幕チェッ
ク、当日の進行作りなどなど、映画祭への準備日常が終幕を迎えつつあり、映画祭
本番がもう間近だと思うとどこか戦慄めいたものを覚える。スケジュール・チラシ
には、盛り込み切れなかった細かい情報と東京事務局の喧噪ぶりを匂わせつつこの
原稿を書く。

2005年から引き続き、若井真木子とコーディネーターを務める「アジア千波万波」
では、20本の作品をご紹介する。アジアの新進作家を応援し紹介してきた躍動する
本プログラムの会場は、ミューズです。今年も東北芸工大生がミューズの入り口を
アジア館へとどう変身させてくれるのかも、ひとつのお楽しみ。

山形映画祭初の試みとして、監督とのウェブカム質疑応答を予定している台湾のシ
ャオ・メイリン監督『雲の彼方に』(10月9日)。2001年に『落ちて行く凧』で繊細
で芯のある作品を見せてくれた彼女の新作は、ウェブカムを使ったコミュニケーシ
ョンを媒介にしながら、家族を見つめつつも、大空が広がるような普遍性を持つ。

また、アジア千波万波への探求を深めるトークや上映イベントの場も予定。

「クイアを謳う」(10月6日)では、ラップとレズビアン、はたまたクイア(映画)
と切っても切れない歌の関係を上映も交えて解き明かす。なぜ歌う?! WOM
(『OUT』 監督)、さときん(『wrap! rap! -10cs3-』監督)他登場予定。「中国
ドキュメンタリーを語る」(10月7日)は、表現のメルティング・ポットと言っても
過言ではない中国ドキュメンタリーの様相を、作り手を支える上映運動や作家たち
の声から当地の状況を探る。北京で上映・製作活動を行う朱日坤(ジュー・リーク
ン)、批評家の張亜隸(チャン・ヤーシュエン)、雲南映像フォーラムの郭浄(グ
オ・ジン)、楊昆(ヤン・クン)、易思成(イー・スチェン)の各氏と、YIDFF2007
参加の中国の作家が参加予定。「島伝いに」(10月9日)では、映画に込められた島
の身体性を巡りめくるお話を、仲里効(沖縄/アジア千波万波審査員)、キドラッ
ト・タヒミック(フィリピン/インターナショナル・コンペティション審査員)が
インドネシアからの参加作家らと共に編み出す企画。

上映素材の集まりは首尾よく進み、今回は順調に見えた千波万波の作家たちだが、
直前にパスポートやヴィザ申請の件では例年通りヤキモキさせられる。どうにかフ
ライト・スケジュールは、固まってきた。あとは、無事山形まで辿り着いてくれる
ことを信じるばかり。そして、審査員には、1995年に『ナヌムの家』で小川紳介賞
を受賞されたビョン・ヨンジュと2003年の沖縄特集にてコーディネーター、批評な
どで活躍される仲里効の両氏をお招きする。

これまで地域やテーマを様々に、映画祭を豊かに彩ってきた特集プログラム。今年
は3つの特集を組んでいる。「交差する過去と現在―ドイツの場合」では、ナチスと
第二次大戦そして東西分断、ベルリンの壁崩壊から再統一へと激動の時代を刻んで
きたドイツにおいて、自らが抱える過去に対してどのように向かい合ってきたのか
を3つのテーマで見ていく。ドイツから7人もの監督が入れ替わり立ち代わり来形し、
質疑応答やシンポジウムが盛りだくさん。ドイツ文化センター、ドイツ・ドキュメ
ンタリー映画協会との連携により実現したプログラムは、橋浦太一とコーディネー
ター・デビューの矢野和之が担当。山形の他、東京、京都、ソウルまでをもツアー
する本プログラム。プリントと監督たちのアレンジは、なかなか混迷しつつプログ
ラムタイトル宜しく、さまざまに<交差>しているようで、山形での<交差>が楽
しみだ。

本メルマガでもご活躍の清水浩之とneoneo坐でも「科特隊」の名前でおなじみの科
学映画特捜隊の面々がタッグを組んでお届けする「ドラマティック・サイエンス!
〜やまがた科学劇場」は、自然の神秘・生命のメカニズム・果てしない宇宙といっ
たドラマティックな科学映画を楽しむ特集。フランスで200本以上の科学映画を製作
したジャン・パンルヴェ作品群、1920-30年代に高レベルの学術映画を生み出し、世
界各国の映画人・文化人に影響を与えたドイツ・ウーファ社の初期科学映画、山形
出身の「生命のコスモロジスト」樋口源一郎監督追悼特集、そして日本科学映画傑
作選では、「見る・知る・わかる!」「天然の美」「生きものの記録」「宇宙大作
戦」「身の回りの科学」と題した5カテゴリーに分けられた選りすぐりの<科劇>な
世界がお待ちしている。さらに、メイン会場のアズ七日町の中に「砦」を作り、上
映だけで紹介しきれない科学映画の魅力を常設展示する予定。

10回目の映画祭を記念して始まる「やまがたと映画」では、戦前の山形に焦点を当
てる。気鋭の8ミリ映画作家として活躍した塚本閤治が蔵王山麓で撮影し、ほとんど
見られてこなかった『Mount Zao(蔵王山)』を半世紀ぶりに上映。他にも、石原莞
爾が旧満州で撮影したフィルムや戦後の石原莞爾インタビューを収めた個人フィル
ム、戦前の山形を代表する名女優・龍田静枝の劇映画、日本初の流行歌手・佐藤千
夜子に着目した「やまがた女優伝」。注目は、コーディネーターの斎藤健太が演出
にも取り組んでお届けする、フィルムの消失したままである山形ロケ作品『あゝ故
郷』(溝口健二)を活動弁士・澤登翠による口演で甦らせる「サワトーキー」(10
月10日、アズ4F大会議室)。チェロとピアノとの即興共演は、どのように絡み合い
奏でられるの
か。

日本ドキュメンタリーの話題作、新作、注目作をご紹介する「ニュー・ドックス・
ジャパン」は、夜のミューズの定番プログラム。今年は、フォーラムにも会場を拡
大して上映が行われる。奇しくも今年のドイツプログラム「交差する過去と現在」
に呼応するかのようなテーマの作品が集まったラインアップ。2006年に劇場記録を
塗り替えたヒット作『蟻の兵隊』、日韓の歴史を結ぶ生きた交流の記録『河を渡る
人々』、若手監督による鮮烈かつ繊細なデビュー作『花の夢―ある中国残留婦人』、
格差社会の時代を生きる青年による『遭難フリーター』、戦火のパレスチナで出会
った女性、ガーダを、12年間に渡り取材した渾身作『ガーダ パレスチナの詩』の
6本を上映。また、依然と経済状況が厳しいドキュメンタリー製作だが、近年成功し
たケースも少なくない。

J-Pitch セミナー「日本ドキュメンタリー、国際共同製作の可能性」では、国内、
海外、共同製作、様々なケースから、ゲストの方をお招きして日本ドキュメンタ
リーの国際共同製作の現状と今後について考察するセミナーもある。(10月5日
(金)-8日(祝)の連日朝10時、アズ4F大会議室)

そして、映画祭の柱といえば「インターナショナル・コンペティション」。山形映
画祭で過去に大賞受賞の監督作品が3本並ぶラインナップ。もちろん、他の12作品も
力作ぞろいで今年のコンペティションも目が離せない。さらに、コンペ上映監督を
中心に、映画祭で来形する映画監督やゲストの話を、限られた舞台上のQ&A時間だ
けでなく、テーマに応じてさらに深く詳細に聞く「アズ5Fの井戸端会議」を予定。
(日時:10月5日(金)〜7日(日) 連日17:30−18:30)。同テーマによる監督
同士のクロストークも聴きどころ! 映画を見たあとでも、見る前でも、監督たち
のくだけた話が聞けるチャンス。

審査員にはヤマガタに縁の深い顔が並ぶ。ペドロ・コスタ(ポルトガル/『ヴァン
ダの部屋』『コロッサル・ユース』監督)、蓮實重彦(日本/映画評論家、フラン
ス文学者)、アラニス・オボンサウィン(カナダ/『カネサタケ、抵抗の270年』
『アベナキの人々』監督)、キドラット・タヒミック(フィリピン/『悪夢の香
り』『虹のアルバム』監督)、アピチャッポン・ウィーラセタクン(タイ/『真昼
の不思議な物体』『世紀の光』監督)の各氏。

今回の映画祭の隠れテーマとも言える「音」に関連する企画が、要所要所に散りば
められている。まずは、10月5日〜9日の毎日、インターナショナル・コンペティシ
ョン作品上映最終回の前に行われる「NHKラジオ 音の風景」。大会場の暗闇で映画
上映前に耳を研ぎ澄まし、心を十分に広げる準備体操になるかもしれない。

さらに、「音とドキュメンタリー」と題したレクチャー(10月9日、10日)も予定。
こちらは、ペドロ・コスタ(『コロッサル・ユース』監督)と菊池信之(映画音
響)を講師に迎える。

そして、密かに今年の目玉企画とも噂も名高い「映画に唄えば」(10月8日、シネ
マ旭)。世界のカラオケ映像を大画面で上映し、観客が一緒に歌うという本企画。
河瀬直美監督を始め、オリジナル映像を映画祭参加監督らからご提供頂いた贅沢な
カラオケ・タイム。一連の音企画は藤岡朝子が仕掛人。まずは、自ら練習と、彼女
が口ずさむ歌が私たちの耳にもばっちり残る。

そして、それぞれのプログラムの詳細やここに紹介しきれていない細かいイベント
などは、山形の地で今年も渾身の公式カタログ(2001年より、毎回進化を遂げつつ
カタログ編集は浅川志保、今回の英語編集はケンダル・ハイツマン)を熟読してい
ただければ幸いだ。

また、アメリカの地と日本を跨ぎながら『Documentary Box』の最新号(#28)が編
まれ、山形に届けられる。(編集:小野聖子、アン・ヤマモト)これまでの山形映
画祭を振りかえり辿るエッセイ、論考の集積を待たれたい。

この映画祭準備の最中は、神出鬼没のサンタクロースのように食材を届けて下さっ
たIさんやHさんらの食生活サポートに多くを負って、日々有り難さを噛みしめ、多
忙な中も健康的な生活を続け、東京事務局もいざ山形へ。引率は西野奈那保。


■濱 治佳(はま・はるか)

山形国際ドキュメンタリー映画祭東京事務局スタッフ。2005年よりアジア千波万波
コーディネーター。さまざまな立場で多くの方々がご参加くださいますよう。



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃05┃□広場
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■新・クチコミ200字評!(61)
■清水浩之(山形国際ドキュメンタリー映画祭「やまがた科学劇場」に乞う御期待
!)オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!映画・ビデオ・テレビ
など皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも可!もちろん「オス
スメしない映画とその理由!」もOKです。
本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡先(メールアドレ
スor電話)/題名/制作年/監督/見た場所(よろしければあなたのプロフィールや
近況も)を付記してお送りください。ちなみにここでは稿料は出ません。
清水浩之 E-mail:shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp /ファクス:03-3703-0839


B-235『八ヶ岳山麓 地下足袋をはいた詩人』
1999年/制作:テレコムスタッフ+テレビ東京/演出:河内紀/撮影:夏海光造
見た場所:一角座「河内紀 音と映像の仕事」  http://www.ikkakuza.com/ 
ラジオ出身のテレビディレクターにして鈴木清順映画の音楽監督、ジャズや古書に
も造詣の深い才人の「本領」たるTVドキュメンタリー。農民詩人・伊藤哲郎さんの
田植えから稲刈りまでの日々を、ナレーションや音楽で安易に時間を“埋める”こ
となく、季節や出来事、そして詩から的確な要素を選び取って編み上げた構成に引
き込まれます。ラジオ出身ならではの「音を編み上げる」ドキュメンタリー手法は
今こそ検証していただきたいです!(清水浩之)

B-236『さよなら絶望先生』
2007年/制作:シャフト/監督:新房昭之/DVD発売元:キングレコード
 http://www.starchild.co.jp/special/zetsubou/ 
勝手に英語版  http://jp.youtube.com/watch?v=yIk0xQVZ-Io 
勝手にスペイン語版  http://jp.youtube.com/watch?v=W4_c5dI262o 
なぜかこの夏一番面白かった!学園マンガにブラックな風刺を盛り込んだギャグ・
エッセイのアニメ化…という難題を、原作より早い時事ネタ満載で「日本版サウス
パーク」に昇華したスタッフに拍手!退屈な総裁選前夜に“あべさん、やめないで
…”と書き込んだ最終回は、生放送並みの離れ業を見せたテレビアニメとして記憶
に残るでしょう(記録には残らないけど)。ファンが勝手に各国語字幕を付け「世界
配信」しちゃう情熱にも脱帽です。(清水浩之)

B-237『ヒミコさん』
2007年/監督:藤原章/配給:イメージリングス
10月27日よりポレポレ東中野でレイトショー  http://www.mmjp.or.jp/pole2/ 
『神様の愛い奴』(1998)では卓抜した編集センスと悪意(!)で奥崎謙三氏を文字通
りマルハダカにした日本のジョン・ウォーターズ=藤原章監督。最新作でも地方都
市の青春群像劇なんて設定はどうでもよくなる面妖な展開、高橋洋さんや辛酸なめ
子さんのムダな熱演などなど「悪意の大津波」みたいな90分。エフェクト過多な映
像も含めて『嫌われ松子の一生』はこの人が映画化すれば悪意と哀愁が炸裂した
「画期的な失敗作」になったかも?(清水浩之)


    ◇────────────────────────◆◇◆     


■告知:山形映画祭で<佐藤真ナイト>

急逝された佐藤真監督は、『阿賀に生きる』の撮影チームと馬見ヶ崎川の橋の下に
テントを張って参加した1989年の山形映画祭以降、ほとんど欠かさずヤマガタを訪
れていました。今年10回目の映画祭では佐藤さんの思い出も多い香味庵で、佐藤さ
んの教え子さんたちが「佐藤真ナイト」を企画しました。9月26日(水)日本青年館
でとりおこなわれた「佐藤真さんを偲ぶ会」の映像を1時間ほどに編集した記録も上
映予定です。

10月4日(木)22:30〜 香味庵にて

10月9日(火)22:30〜 香味庵にて

お問い合わせ: 映画祭東京事務局 藤岡朝子

TEL 03-5362-0672 / PHS 070-5089-9203


    ◇────────────────────────◆◇◆     


■告知:山形国際ドキュメンタリー映画祭からの告知

シンポジウム:「明日への架け橋―山形に映画祭は必要か」(10月6日)

2006年4月、山形国際ドキュメンタリー映画祭実行委員会は、山形市の庇護を離れ独
立しました。そして本年(2007年)4月、非営利特定法人(NPO)として正式に発足
したのです。その経緯について、日本全国から、前途を危ぶむ声、あるいはご心配
が寄せられ、うかつながら、私たちからその経緯を説明する機会を持たなかったこ
とに、いまさらながら気がつきました。
つきましては、本映画祭会期中に、独立後の「山形映画祭」のあり方を、山形市民
をはじめ、映画祭関係者とともに、考えていこうとするシンポジウムの開催を企画
することになりました。皆様にもさまざまな思いがあろうと思います。ぜひこの機
会に、忌憚のないご意見を賜りたくご参加いただけますようお願いいたします。

●とき:10月6日(土)午後9時30分より
●ところ:フォーラム5
●入場無料
●司会進行:鈴木雅史(山形新聞社)
パネリスト:サイトユフジ(山形市民代表、東北芸術工科大学非常勤講師、美術
 家)
      本田孝義(映像作家)
      景山 理(大阪「シネ・ヌーヴォ」代表)
      富塚正輝(山形国際ドキュメンタリー映画祭副理事長・事務統括)
●主催:山形国際ドキュメンタリー映画祭


    ◇────────────────────────◆◇◆     


■投稿:富塚 正輝(NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭 副理事長・
事務統括)氏からの回答を受けて   本田孝義(映画監督)

私がこのneoneo紙上におきまして「(山形国際ドキュメンタリー映画祭について)
公に議論できる場を設けていただきたい」旨の提案をしましたところ、前号に富塚
氏から山形国際ドキュメンタリー映画祭期間中、シンポジウムを企画していること
が掲載されました。映画祭と言えばまずはどういう作品が面白かったか、喧々諤々
議論に花が咲きますが、映画祭そのものを語ることにも意義があるのではないでし
ょうか。これまでの山形国際ドキュメンタリー映画祭を大いに楽しんできた方々、
初めて参加される方々、映画祭の行く末に思いをはせる方々など、映画祭に関心を
寄せる方々はぜひ参加しようではありませんか。私もパネラーに加わるよう打診が
ありました。どういう話が出来るのか分かりませんが、多くの方々の声が聞ければ
と願っています。

(編集部注:日程等については、前段の記事、シンポジウム:「明日への架け橋―
山形に映画祭は必要か」をご覧下さい。)


    ◇────────────────────────◆◇◆     


■上映:「日本記録映画作家協会創立50周年記念映画祭 第2部」
 
10月24日(水)・25日(木)

10月24日(水)
昼の部 開演14時30分
Aプログラム
『甦える古民家』(1979年、34分)監督 浅野辰雄
『闘ふ映画人の記録』(1998年、96分)監督 清島利典

夜の部 開演19時
Aプログラム
『甦える古民家』(1979年、34分)監督 浅野辰雄
『闘ふ映画人の記録』(1998年、96分)監督 清島利典

10月25日(木)
昼の部 開演14時30分
Bプログラム
『昆虫記の世界』(1977年、29分)監督 布村建
『ムツゴロウとこどもたち』(1966年、31分)監督 徳永瑞夫
『薄墨の桜』(1977年、42分)監督 羽田澄子

夜の部 開演19時
Bプログラム
『昆虫記の世界』(1977年、29分)監督 布村建
『ムツゴロウとこどもたち』(1966年、31分)監督 徳永瑞夫
『薄墨の桜』(1977年、42分)監督 羽田澄子

※上映に先立ち作家もしくは関係者のスピーチがあります。

[料金]各プログラム 前売り・当日ともに1000円
[会場]なかのZERO 本館地下2階 視聴覚ホール Tel:03-5340-5000
    JR中野駅南口を出て左、新宿方向徒歩8分、右手。
[問い合わせ先](株)NVCC(川本)  Tel&Fax 042-565-4572
        野田、携帯電話   090-8348-1903
        メール(金子) n3946062@yacht.ocn.ne.jp 


   ◇────────────────────────◆◇◆     


■募集:「自作を語る」などの投稿歓迎!

「自作を語る」欄は、監督自らが作品について語るコーナーです。制作した動機や
撮影のポイント、編集で心がけたこと等を内容に盛り込んで頂きたいと思っていま
す。その他の投稿も歓迎します。

「自作を語る」は1600字程度。監督のプロフィール(150字)、作品の仕様(制作年
度、時間、ビデオ又はフィルム、スタッフ等)、上映スケジュール、HP等をお知ら
せください。

原稿締め切り:配信日(1日&15日)の3日前までに、下記に送信ください。
E-mail: visualtrax@jcom.home.ne.jp  伏屋まで
稿料:無料。


     ◇────────────────────────◆◇◆    


■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋 博雄(本誌編集長)

neoneoの購読は無料ですが、経費を(その大部分は稿料ですが)賄うため、上映等の
告知は有料にしています。なお皆様にカンパもお願いしていますので、ぜひご協力
ください。

(1)上映等の告知の有料化 40字×30行(行数の空きも計算)以内につき、2,000円
です。それ以上の行数の場合は加算します。
(2)カンパのお願い 一口2,000円。何口でも。
送金方法:郵便振込み:00160-8-666528 neoneoの会、又は、
     みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782
     (有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせ
 ください。)

以上、neoneoの継続ため、よろしくお願い致します。



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃06┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●9月4日の佐藤真さんの突然の死。その衝撃に誰しも言葉を失った。今回、追悼の
言葉を寄稿した17名の方はいずれも口を閉ざしてしまいがちな気持ちを、しかし振
り絞って書いてくださった。心より感謝申し上げます。寄稿しなかった方にも、今
しばらくは沈黙し深く想いを馳せようとする気持ちが強いのであろう。佐藤真さん
の心にどのような嵐が吹き荒れていたのか。彼の無念は、いまだよくわからない。
しかし、そこには、おそらく映画をつくる者が持つ根源的な問題が孕んでいるよう
に思われる。残された私たちは悲しみを抱いて、前に進むしかない。

●水野祥子さんの連載が終わった。日本のプライベートドキュメンタリーが社会性
の欠如ゆえ「下降」を辿ったとする阿部・マーク・ノーネスの著書を下敷きにして、
自らの考えを述べてくださった。今回は最終回に相応しく、力がこもった原稿で、
圧倒された。論の展開はスリリングで、ぐんぐん引き込まれていった。連載中は博
士論文の最中でもあり多忙の身であったはず。ありがとうございました。

次回からは、フィルムセンターの岡田秀則さんの連載を予定しています。

●いよいよ10月4日から山形国際ドキュメンタリー映画祭が開催される。今回。すで
に発表されている企画に、さらに新しい催しが加わった。ひとつは、「佐藤真ナイ
ト」で、東京で行なわれた「 佐藤真さんを偲ぶ会」の映像を上映する企画。もうひ
とつは、今後の山形映画祭のあり方を考えるシンポジウム:「明日への架け橋―山
形に映画祭は必要か」である。どちらも興味深い催しだ。ヤマガタに参加される方
は、「告知」をご覧いただきたい。

なお直前情報は、「列島通信 」に「ヤマガタまであと3日!」を東京事務局の濱治
佳さんが書いている。ヤマガタの熱い息吹が伝わってくる。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■発行:ビジュアルトラックス  visualtrax@jcom.home.ne.jp
■責任編集:伏屋 博雄
■編集デザイン:能川 悦子
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