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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo 86号 2007.9.1

発行日: 2007/9/1

 
 
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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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  ┗━┛ ☆━┛ ┗━☆    86号  2007.9.1


∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 †01 ■ドキュメンタリー映画のかたち
     小川紳介と戦後日本ドキュメンタリー史が英語になった:
     阿部・マーク・ノーネス著「Forest of Pressure: Ogawa Shinsuke and
      Post-War Japanese Documentary」読後のノート(3)  水野 祥子
 †02 ■ワールドワイドNOW ≪サンパウロ発≫
     被写体から遠く離れて  岡村 淳
 †03 ■列島通信 ≪大阪発≫  夏の日に  江利川 憲
 †04 ■neoneo坐9月前半の上映プログラム
 †05 ■広場
    ■新・クチコミ200字評!(59)
     『脳の力〜記憶力の天才たち The Real Rain Man』
     『オペレーション・ジャンボ Operation Jumbo〜
        スマトラゾウ救出大作戦』(以上の評:脇阪亮)
     『流血の記録・砂川』『基地はいらない どこにも』『デコチャリ野郎』
     『シッコ SiCKO』  (以上の評:清水 浩之)
    ■「映画は生きものの記録である」ニュース(11)
    ■募集:「自作を語る」などの原稿募集!
    ■上映の告知の有料化とカンパのお願い  伏屋 博雄
 †06 ■編集後記  伏屋 博雄


    ★バックナンバー閲覧はこちらまで
   まぐまぐ配信   http://blog.mag2.com/m/log/0000116642/ 
   melma!配信    http://www.melma.com/backnumber_98339/ 


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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■小川紳介と戦後日本ドキュメンタリー史が英語になった:
┃ ┃ 阿部・マーク・ノーネス著『Forest of Pressure: Ogawa Shinsuke and
┃ ┃ Post-War Japanese Documentary』読後のノート(3)
┃ ┃■水野 祥子
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●『日本解放戦線・三里塚の夏』―内側から伝える内面についての歴史

ある時代性や思想のパラダイムを、数字や事件の羅列で語ったり区切ったりするこ
とはたやすい。体制や組織からの圧力へ抗う社会運動が「60年代」を象徴する現象
であったとしたら、フランス、アメリカ、日本だけでなく他の多くの国で同時多発
的に、それまでは地下でうごめいていたその「60年代」が爆発的な表現で1968年に
標榜されたことはここで詳細を語るまでもない。日本のドキュメンタリー映画史に
おける1968年もこれまで多く語られてきた。小川プロが『日本解放戦線・三里塚の
夏』を完成させたのも1968年である。 三里塚での第一作であり、衝撃的な映画だ。
しかし、だからこの年を転換の年と断定するのは外側からの視点によるものでしか
ない。

『Forest of Pressure: Ogawa Shinsuke and Post-War Japanese Documentary』は、
日本ドキュメンタリー史における60年代のパラダイムは1964年から65年の夏ごろに
さまざまな形で作家の独立の意味が探求され、作家としての自覚という形で始まっ
たことを示唆している。1964年から翌年夏までの間に、言うまでもなく、映像芸術
の会結成、『あるマラソンランナーの記録』完成、上映を巡る黒木和雄(と青の会
メンバーたち)と東京シネマとの決裂があり、そして、小川、土本らは主体である
自分たち主体を対象の領域の内側へ入り込み独立体制で映画づくりを初めた。土本
は、63年の『ある機関助士』で映像の美しさの裏に潜んでいた対象の側からの視線
を、『ドキュメント・路上』と『留学生チュア・スイ・リン』で表面化することに
成功し、小川は『青年の海』から『圧殺の森』でバリケードの中から見た闘争とし
て「60年代」を呈示した。この間国家権力を忠実に映像化した『東京オリンピッ
ク』(1965年)という作品が披露される一方、土本は体制からの圧力に屈すること
なく『チュア・スイ・リン』を世に出し、同年5月水俣での最初のテレビ放映用作品
をつくる。岩波という組織の外へ出ることにより、対象が住まう内側からの映画を
発表することに専念する環境へと動いたということだ。

それは60年代の「インデペンデント・ドキュメンタリー」というものがこのあたり
から徐々に形づくられていった、という歴史的な過程だ。それはどういうものだっ
たのか、それなら、68年に始まる三里塚映画にみられる独自の政治性はどこにある
のか。それを探求するとき、どのようにその有効性を導くのか、というあたりが、
この本の三里塚に入る第三章での興味深い点であった。

映画史をみつめるとき、この年にこのような映画がつくられた、こんな社会的事件
があった、ということより、それまでにどんな社会的心情が蔓延してきて、どのよ
うな準備段階があって、ある決定的な作品や個人、集団によってその後それがどう
移り変わっていったのか、それが作品としてどう表現されたのかという過程や方法
やそのときの日々の流れのほうに着眼することが大切になってきていると思う。
そしてそのような歴史が記述だけに終わらず明確な理論が重なったものの読み応え
は大きい。この本の3章で展開される三里塚時代の映画分析と映画史はそんな醍醐味
がある。

この本の読後、私は今回の執筆にあたって伏屋編集長が送ってくださった主要小川
プロ作品をビデオを見たが、私も気がついたことのひとつは、小川プロの三里塚映
画は、まさに「60年代」という時代性の目に見える事象や事件でなく、むしろ見え
にくい、手に触れることのできない意識や時代性そのものを内側から伝える内面に
ついての歴史という要素をふくんだ映画であるということだ。

三里塚シリーズの映画は、ノーネスが指摘するように、「戦っている者たちがある
時点で何を考えているか」についての映画であり、政府の空港建設の進捗状況や反
対運動の経過に関する情報をこと細やかには教えてくれない(101)。たしかに『日
本解放戦線・三里塚の夏』(1968)も、それ以降の三里塚シリーズのどの映画も、
不思議なことに、ニュース番組や歴史レポートが伝えるような新聞見出し的な情報
を与えてくれはしない。だからといって歴史的文脈を知らない観客を飽きさせるも
のではない。むしろ無性に知りたいと思わせる、見るものの感覚と意識に交互に訴
える魅惑的であり熟考を繰り返されてつくられた映画だ。小川プロは明らかにこれ
らの作品を、新聞やニュースが伝える空港建設反対運動の流れについてある程度知
識がある同時代の観客に向けて、上映の場所で生の解説と討論が行われることを前
提に放ったのだろう。

『三里塚の夏』を見て、三里塚での1968年の夏の変わりつつある目で見えないもの
が見えてくる気がした。三里塚の運動の中での人々が目の当たりにした暴力そのも
のではなくその凄まじさ、そして闘争していた人々の心情だ。これはアメリカの
1968年前後の代表作にはみあたらない類の映画であると思う。おそらく左翼系イン
ディペンデントのニュースリールの映画がここで比較対象にされると面白いだろう。
しかし残念ながら私はこれについては比較できるほど見ていないのでこれからの研
究課題にしたいと思っているが、小川プロ作品は日本の60年代のドキュメンタリー
史を代表する作品群であることから、米国ドキュメンタリーの1960年代といえば挙
げられる『Primary』や『Crisis』などの作品に始まるドリュー・アソシエイツの映
画について少し触れてみたい。

ダイレクトシネマの映画は「そこにいるような感覚」を見る者に与える手持ちカメ
ラの長回し映像と同時録音の効果を利用し、映像と音の臨場感という新しいリアリ
ズムを呈示した。映画史はこれをアメリカン・シネマ・ヴェリテとも呼んでいる。
小川プロが三里塚に移るころにも同様な映画がドリューで活躍していたメイズルズ
兄弟(『セールスマン』1969年公開、シャルロット・ツウェリンが共同監督)、D.A.
ペネベイカー(『モントレー・ポップ』1969)らの作家たちはまだ同様なスタイル
の作品を発表し続けていた。しかしダイレクトシネマの作家たちの1967-69年ごろの
殆どの作品は、ある特定の対象に感情移入させ、まるで「そこにいる感覚」を守る
ためなのだろうか、手持ちカメラのリアリズムが占拠しており音楽や解説のナレー
ションは殆どみられない。さらに、彼らがインタビュー等で強調していたのは、そ
こにいて、カメラをまわしただけ、という、作家(主体)の介入を自ら問題としな
い客観性であった。

明らかに小川プロの映画は、このダイレクト・シネマ作家たちの多くが強調した客
観性を否定している。近景とパノラマの混合、静と動の対比、音楽、映像と音のダ
イナミックなミスマッチ、あらゆる方法を用いて作家の介入を表面化している。
ダイレクトシネマが、原材料的映像の現実味を主張し、偶然性、客観性を強調し、
観客が対象と同じ空間によびこんでいたころ、小川プロの映画は作家の主体性をダ
イナミックなカメラワークと映像と音、シーンとシーンのぶつかり合うような構成
で前景化することで、政治性を強く押し出していた。

1968年の『日本解放戦線:三里塚の夏』を例にしたい。まず驚いたことは、ノンシ
ンクというテクニカルな制約を効果的な映像と音声の計算されたモンタージュとし
て昇華していること。同時録音ができていたドリューの作家たちがこだわっていた
ルールなどにとらわれないさまざまなパターンの映像と音声の実験がなされている。
カメラは、農民や全学連の学生たちが闘争の意味を探求している話し合いの様子を
クローズ・アップで捉え、音声は彼らの心情を語る声を伝える。闘争の現場でまわ
るカメラは目を疑うほどの暴力を時に遠巻きに、時には近景のなかでで捉えている。
そんな映像に重なる声の多くは、別の場所で録音された彼らが解釈する抵抗の意味
をゆっくりと語っている声だ。2回断片的に使われるベートーベンの第九交響曲は、
彼らの威厳を象徴するだけかと思いきや、彼らが抵抗の意味を模索し探求していく
プロセスそのものへの讃歌として聞こえる。目がまわりそうなくらいに揺れるカメ
ラは、闘争の日々の、前日も翌日も同様に続いていたある一日の抵抗の様子を映し
出しているようである。そばにいないと聞こえない対象の心情や、カメラに収めら
れなかった暴力という、もう過ぎ去ってしまった形をもたないなにかに、観客を接
近させてくれる映画だ。

小川プロ映画の集団としての創造性と暴力の表象における特色を語るにあたって、
著者は、『三里塚の夏』と大津、大塚、松本が1968年7月、不当に逮捕された際に書
かれた宣誓供述書を対比する。2頁半もの長さで引用されているこの供述書には、彼
らが体験した権威側の暴力が「司法が求めた乾いた冗長な言葉」でもって滑らかに、
こと細やかに語られている。しかし同じ三人が手がけた『三里塚の夏』が見せる同
じ出来事は、暴力そのもののシーンはほとんどない。自分の命を守り防御すること
に懸命だった彼らと大津の逮捕後に回ったBカメラはそれを十分に映像に収めること
ができなかったからだ。この映像がないという問題に直面し、小川とメンバーは再
現をも試みるもあきらめ、手元にある希少な映像だけでなんとか伝えようと試みた。
結果として、画面にないが実際にあった「暴力」の表象を、リアリスティックな描
写表現でなく、フリーズ・フレーム、インタータイトル、ナレーション、という
“暴力的”映画的デバイスを用いた。(68)この身体にうったえる映画を小川プロ
が制約や限界を乗り越え、いかに映画的に大切なことをつたえることに奮闘し成功
したかが明確になる。
一時資料を密接に絡めた映画分析の方法である。

さらにノーネスは、三里塚の映画と上映活動のポリテティカルドキュメンタリーと
しての有効性を分析する上で、ジェーン・ゲインズが論じた「ポリテティカル・ミ
メシス」(政治的擬態と訳してしまっていいのだろうか)という理論を用いて検証
する。*ゲインズは、政治的ドキュメンタリーは人々を動かし「世界を変える」のが
目的であるなら、これまでの多くの作品において映画と変化の関連性は謎のまま、
神話的なままであるという。これは映画史から社会文化史へ視野を広げる鋭い指摘
である。ノーネスも常に疑問としていたことだそうだが、そこで、この政治的ドキ
ュメンタリーの条件を満たす「変化」とはどう説明すべきか、どう計ればいいのか、
どこで政治的意識が終わり実際の行動が始まるのか、なにが人々を動かすのか、と
いうゲインズが挙げた4つの問題点を追求する。そこから、私が前回述べた映画上映
運動の調査とその会場におけるアンケートの結果を読み実際観客が考えをどう変え
たか(闘争の哲学に同意するという意見を持ったこと)を証明し、この映画体験の
後なにをすべきかと感じているかとどう動いたか(製作活動や上映のカンパ)等を
導いた。

4つめの何が人々を動かすのかという問題には、ゲインズは映画における音楽と編集
によるインパクトを挙げているが、ノーネスは三里塚映画は視覚的動き自体が音楽
的資質を持っていると指摘し、そこからジェームス・トビアスが説く、映画におけ
る音楽性というコンセプトを応用しさらなる分析が展開される。**著者は三里塚作
品においての音楽性は動的な映像と動と静が対立しあう構成にあり、もうひとつの
音楽性は、美学的なだけでなく、観客が高らかに声をあげる上映会の「参加的」要
素として見いだせることを指摘する。後者の音楽性はつまり観客、上映会参加者が、
「暮らしている社会との関係を見いだす実際的な映画の経験」 のなかにあるという
ことだと説く。ここでは理論的に、映画テクストだけでなく上映活動をも検証対象
としながら、小川プロ三里塚作品の政治的ドキュメンタリーとしての有効性が証明
されている。

ノーネスは、この「60年代」は、70年代へ突入しても暫く続くと言う。第二次安保
の年であり、何かが起きた1970年は、この「60年代」の終わりでなく、エスカレー
ションである、と言う。「60年代」インディペンデント・ドキュメンタリーは「主
体が客体と共生する」という関係性を築き、「70年代」とそれ以降では、「主体が
客体になる」というプライベート・フィルムが最盛期となっていくという。「60年
代」インディペンデント・ドキュメンタリーにおける主体と対象との距離は、代表
作品群として三里塚映画を挙げながら、見る者を対象に感情移入させることによっ
て限りなく近づけると言う。

三里塚作品をいくつか見て、不思議な事に、現在の私が感じたのは、微妙なところ
で完全な感情移入すら否定しているような感覚だった。 これは土本作品においては
さらに顕著であると思う。次回は私自身の三里塚映画体験についてと本書が語るド
キュメンタリー史上の「60年代」の終焉あたりまでを触れたい。

*Jane Gains. "Political Mimesis," Collecting Visible Evidence, ed.
 Jane Gains and Michael Renov. (Minneapolis: University of Minnesota Press,
 1999). 84-102.
**James Tobias. Music, Image, Gesture: The Graphical Score and The Visual 
 Representation of Music. Berkeley: University of California Press.
 (間もなく出版予定)


■水野 祥子(みずの・さちこ)
修復されたライオネル・ロゴーシンのOn the Bowery (『ボヴァリー25時』、1957)
を見ました。これまでの映画史の講義では戦中のプロパガンダ映画とダイレクトシ
ネマの間のフリーシネマの代表作として抜粋で見せられたりで、学生からも人気が
なく地味な存在だったこの作品。今回の修復によってこの映画の素晴らしさがやっ
とわかってもらえそうな気がします。修復のお仕事に感謝。ぜひ多くの方に見てい
ただきたいです。



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┃02┃□ワールドワイドNOW ≪サンパウロ発≫
┃ ┃■被写体から遠く離れて
┃ ┃■岡村 淳
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本稿の締切りが近づいてきたが、書くべきブラジルのドキュメンタリー映画が見当
たらない。さあ困った、と思っていたところ、にわかに国産ドキュメンタリー映画
の劇場公開が重なった。

8月中旬に南米最大の都市・サンパウロ市で劇場公開された49本の映画のうち、5本
がドキュメンタリー映画、しかも国産である。そのうち3本も観れば、何がしかは書
けるだろう、と自作の編集作業の合間を縫って映画館に足を運んだ。

3本目。これにはぶったまげた。「O Fim do sem Fim(終わりなきものの終わり)」
という、ブラジル各地で消え去りつつある職業とその担い手を紹介する映画だ。作
品も中盤を過ぎた頃。なんと、私のドキュメンタリー作品の映像が現われるではな
いか!

1994年に「お涙ちょうだい! ブラジル移民のひとり芝居」と題して日本のCS放
送・朝日ニュースターの「フリーゾーン2000」という番組で放送した作品である。
私自身がカメラを回しながらインタビュアーも務めたので、知らないブラジル人の
作ったドキュメンタリー映画に私の声まで登場する始末。

私の作品は、第二次世界大戦前に家族に連れられてブラジルに渡った小泉照男さん
という日本人移民が主人公(ちなみに小泉さんは3本の私の作品に登場している「常
連」だ)。小泉さんは芝居好きの日系人を集めて日本式の芝居を打ち続けていたが、
仲間も減ってしまい、新たにひとり芝居を考案して各地の日本人移住地を巡業する、
という話である。小泉さんは戦後まもなく、ブラジルの日系人相手に日本の無声映
画の弁士を務めていたことがあり、このドキュメンタリー映画では元・弁士として
のみ紹介されている。私が小泉さんのために日本で探し求めて担いできた無声映画
のビデオ版もちゃっかり使われている。それでいて私の作品の、小泉さんの時代物
の芝居の稽古や公演の部分が何の説明もなく使用されているので、観客には映し出
される映像の意味について理解が不可能だし、そもそも制作者自身もそんなものに
は関心がないのかもしれない。

この映画の監督は、カオ・ギマラエス、ルーカス・バンボッジ、ベット・マガリャ
エスの3人組。近代化のなかで消え行く職業を求めて、ブラジルの10におよぶ州の40
の街を廻り、走行距離は2万キロになるという。公園の写真師、産婆、ダイヤモンド
掘り、燈台守、使い捨てガスライターのガス補充屋、時計の修理技師、旧式エレ
ベーターの操縦士、占い師、そして私あたりには職種不明の人たち…

やたらに老人の眼や口のクローズアップを多用する流儀だ。撮影にはミニDVと16ミ
リフィルム、さらにスーパー8を使用している。スーパー8の映像はさらに故意に退
色させ、フィルムに傷状の「効果」を施して、レトロ感をかもし出そうとしている
のがうかがえる。私あたりなら、もう次のチャンスのないような撮影に際しては予
算も発表の当てもなくともできるだけ高画質の映像に記録しておきたい、と考える
ものだが。このドキュメンタリーの作者たちは滅びゆくものの記録よりも、素材を
アートとして「昇華」することが狙いのようだ。その狙いが効したか、ブラジルを
代表する「フォーリャ・デ・サンパウロ」紙の映画評には、「今日のブラジルで注
目されるオーディオ・ヴィジュアルのクリエーターの作品に興味を持つ向きには必
見の作」とある。

この作品、劇場公開の第1週目は日に3回の上映だった。翌週は1回のみに。私は鑑賞
した翌日に「出演者」の小泉さんに電話をしてみたが、まさに寝耳に水。そういえ
ば何年か前にそんな撮影班が押しかけてきていろいろやらされたが、その後、何の
連絡もないという。私の作品に関しては、私が小泉さんに進呈したVHSテープを撮影
班が「活用」したようだ。この日で映画の上映は打ち切り。86歳の老日本移民は無
償の好意で「ブラジルの注目される映像作家」の注文に応じながら、知らない間に
自分のイメージをさらされるばかりで、「必見」の出演作を観る機会にも恵まれる
ことはなかった。


■岡村 淳(おかむら・じゅん)
記録映像作家。在ブラジル。1958年、東京都出身。日本映像記録センターの番組デ
ィレクターを経て、ブラジルに移住。南米の日本人移民、社会・環境問題を主な
テーマとして、ひとり取材の自主制作活動を続ける。ブラジル奥地の貧困児童の保
育園を1年にわたって取材した「あもーる あもれいら」を11月に日本で完成・
上映の予定。  http://www.100nen.com.br/ja/okajun 



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┃03┃□列島通信 ≪大阪発≫
┃ ┃■夏の日に
┃ ┃■江利川 憲
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●スティーヴン・オカザキの『ヒロシマナガサキ』をみた

今年も8月6日が、9日が、そして15日が巡ってきた。テレビでは、それなりに原爆や
終戦の特集番組を放映していたが、「なんだか、おざなりだなあ」と感じた。私も
直接には戦争を知らないのだが、それを体験している世代がどんどん少なくなって
いる今、「その証言をきちんと聞いておかなければ」と、焦りにも似た気持になる。

そんな折、貴重なドキュメンタリー映画に出会った。スティーヴン・オカザキ監督
の『ヒロシマナガサキ』(07年)だ。冒頭近く、渋谷や原宿の街頭を歩く若者たち
に、「1945年の8月6日に何が起きたか知っていたら、教えてください」とマイクを
向けるシーンがある。誰も答えられない。「歴史は苦手で......」「えー、地震と
か?」などと言う。戦争があったことすら知らないのでは、と思われ、ショックだ
った。そんな現実があるからこそ、この映画の輝きが増す、ともいえる。

監督もパンフレットに書いているように、これは《シンプルな》ドキュメンタリー
だ。広島・長崎の被爆者14人と、原爆投下に深くかかわった(科学者とエノラ・ゲ
イの搭乗者)アメリカ側の4人の証言が中心になっている。歴史的背景や被害の資
料・記録映像も出てくるが、それは必要最小限にとどめ、ナレーションも使われて
いない。そのため、私たちは被爆者たちの言葉に聞き入り、その表情に注目するこ
とになる。その言葉が凄い。たとえば、こんなふうだ。
「夜になると雨がしとしとと降り、木の葉から落ちる雨しずくをしゃぶって夜を過
ごしました。で、一夜明けた時に、私の周りに一人も生きた人はいなかったの」
(谷口稜曄[すみてる]さん)「妹と2人で、金歯のある、本当に母かどうか分かり
ませんが、金歯のある死体に、『母ちゃん』と手を触れましたら、パラパラーッと
崩れてフワッと灰が舞い上がったのを、60年前の出来事ですけど、昨日のように、
忘れることが出来ません」(下平作江さん)「私が食べてないのは、ネコとネズミ
と人間だけです。ネズミはいなかった。ネコはすばしっこくて捕らえきれない。人
間は初めから食べようちゅう気がない。ないけど、3日もしたら人間食べられない」
(深堀悟さん)不謹慎かもしれないが、「まるで詩のようだ」とさえ思う。何十年
にもわたって反芻され、削ぎ落とされ、そうとしか言いようのない形になった言葉
たち。そこに私は、孤独と悲しみの中で磨き上げられてきた被爆者たちの深い人格
を観る。特に私は、決して笑わない下平作江さんに打たれた。

アメリカ側の4人が嘘を言っているとは思わないが、命令されたことをしただけ、戦
争を早く終わらせるためだと信じていたなどの発言には、自己防衛あるいは自己正
当化のにおいしか感じられない。
それも含め、スティーヴン・オカザキ監督は、実に曇りのない人間的な視線で証言
者たちを捉えている。日系三世のアメリカ人だが、この時期に、よくこの映画を撮
ってくれた、と感謝したい思いだ。原爆に関する映像は「どこかで見たことがあ
る」と思えるし、被爆者へのインタビューという手法もありふれている。しかし、
この映画が感動をもたらすのは、結局のところ〈人間〉がきちんと描かれているか
らだと思う。

それにしても、なんと苛酷な人生だろう。今も原爆症に苦しむ人々がいて、そこに
救済の手がまともに差し伸べられていないこの国というのも、相当に酷い。
この『ヒロシマナガサキ』は、約3800万人の加入者がいるアメリカのケーブルテレ
ビ局HBOで、8月6日から1カ月間、繰り返し放送されているという。一般のアメリカ
人がどう見たのか、ぜひ知りたいものだ。

※本文中の引用は『ヒロシマナガサキ』パンフレットから。


■江利川 憲(えりかわ・けん)
1951年、神奈川県生まれ。大阪府在住。フリー編集者。なぜか「シネ・ヌーヴォ」
代表取締役。もうすぐ山形国際ドキュメンタリー映画祭。今回は記念すべき10回目
だし、ぜひ参加したいのだが、さて何日行けるかな。同映画祭実行委員会発行の
『アジアの映画作家は発言する アジア・シンポジウム1989』の編集をお手伝いし
た。ヤマガタで見かけたら、買ってください。たぶん1000円。



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┃04┃□neoneo坐9月前半の上映プログラム
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会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩
1分、JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。
詳細と地図はneoneo坐のHPをご覧下さい。  http://www.neoneoza.com/ 

■9月13日(木)  20:00〜23:00
映像作家同士のトーク & 作品・激レア映像上映セッションをBarスタイルで開催!
「NEO Gallege BAR」

飯村隆彦のアイシネマテーク―3
『ビデオアートの基礎講座・篇』
1回参加:2,000円(軽食付・アルコール類は別料金/1ドリンク300円)
予約先:スペースneo : spaceneo@tcn-catv.ne.jp 

■短篇調査団
山形国際ドキュメンタリー映画祭お手伝いのため、9月の短篇調査団はお休みさせて
いただきます。次回(第55回)は10月下旬の予定です。



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┃05┃□広場
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■新・クチコミ200字評!(59)
■清水浩之(山形国際ドキュメンタリー映画祭「やまがた科学劇場」に乞う御期
待!)
オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!映画・ビデオ・テレビなど
皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも可!もちろん「オススメ
しない映画とその理由!」もOKです。
本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡先(メールアドレ
スor電話)/題名/制作年/監督/見た場所(よろしければあなたのプロフィールや
近況も)を付記してお送りください。ちなみにここでは稿料は出ません。
清水浩之 E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp /ファクス:03-3703-0839

A-061『脳の力〜記憶力の天才たち The Real Rain Man』
2006年/制作:イギリス・Focus Productions/監督:Sarah Feltes
放映:2007年8月18日・NHK教育テレビ「地球ドラマチック」
 http://www.nhk.or.jp/dramatic/backnumber/63.html 
キム・ピーク氏らサヴァン症候群の人たちの驚異的な能力は、人間の脳の不思議さ
を視聴者にまざまざを見せ付ける。しかし、科学は、その不思議さをある程度まで
解き明かす。例えば、ピーク氏の記憶力は、概念的な思考力(比喩を理解する能力な
ど)と引き換えのものらしい。
そういえば、アルフレッド・ヒッチコック監督の『三十九夜』には、「ミスターメ
モリー」というキャラクターが出てきましたね。(脇阪亮)

A-062『オペレーション・ジャンボ Operation Jumbo〜スマトラゾウ救出大作戦』
2005年/制作:オーストラリア・Threefold Films/監督:Brad Cone
放映:2007年8月22日・NHK教育テレビ「地球ドラマチック」
 http://www.nhk.or.jp/dramatic/backnumber/64.html 
インドネシア人のトラック運転手たちが、オーストラリア人のナイジェル・メーソ
ン氏に怒鳴られているシーンを見て、複雑な気持ちになった。番組全体からも、
オーストラリアのインドネシアに対する関係が、うっすらと浮かび上がってくる感
じがするところが、興味深かった。(脇阪亮)

B-228『流血の記録・砂川』
1956年/制作:日本ドキュメントフィルム/監督:亀井文夫
見た場所:neoneo坐「基地815」  http://www.neoneoza.com/ 
米軍立川基地拡張反対闘争の天王山となった1956年10月の攻防を、亀井監督自身や
若き日の勅使河原宏氏らが手分けして廻したニュースフィルムで見事にマルチアン
グル化した「合戦映画」。武装警官隊を投入した強制測量に、文字通り「人海」と
なって立ち塞がる住民及び支援者の波が圧巻。詰襟姿の全学連、社会党議員団に日
本山妙法寺のお坊さんまで加わり、赤旗と日の丸が並んだ「反戦愛国共闘」の勇姿
には貰い泣き必至!今こそ必見!(清水浩之)

B-229『基地はいらない どこにも』
2006年/制作:日本電波ニュース社/監督:小林アツシ
DVD発売元:日本電波ニュース社  http://www.ndn-news.co.jp/ 
砂川闘争から50年後、現在も進行形の米軍基地問題を報告。ヘリポート計画に“海
上座り込み”で立ち向かう辺野古、空母艦載機受け入れを住民投票で否決する岩国、
“黙っていれば100年先も基地の街”と訴える相模原など、「地方エゴ」なる卑しき
誹謗に屈しない住民運動と、“北朝鮮のミサイルは良い機会をくれた”なんて本音
を漏らす「中央エゴ」、両者の実像がわかりやすく紹介されています。勿論、どち
らを支持するかはあなた次第!(清水浩之)

B-230『デコチャリ野郎』
2007年/制作:トルネードフィルム/監督:村上賢司/企画:叶井俊太郎
DVD発売元:エースデュースプロデュース  http://www.acedeuce-ent.jp/ 
眩い電飾にド派手なペイント、日本が誇る街道アート(?)デコトラに恋焦がれた10
代の少年達が「免許を取るまで待てない!」と邁進する青春、それがデコチャリ!
東日本の名車16台を探訪するこのビデオ、企画者も撮影者も出演者もみな天晴れ!
“水産系”“金華山”“北方領土ステッカー”などの専門用語が似合う彼らのほぼ
全員「将来の進路はデコトラ」と言い切る清々しさにも感動!サッカーにユース
チームがあるように、これぞ街道のU-18!(清水浩之)
 
B-231『シッコ SiCKO』
2007年/アメリカ/監督:マイケル・ムーア
渋谷シネマGAGA!ほか全国で上映中  http://sicko.gyao.jp/ 
自由の国…でも平等は嫌いな国・アメリカと他国を比較して、国民皆保険制度の有
無が絵に描いたような「天国と地獄」を生むことをお得意の現地リポートで丁寧に
絵解きした啓蒙映画。外国事情にお詳しくなさそうな米国内の皆さんには“悪魔の
国”キューバで5セントの薬に2000倍支払わされている事実に憤慨していただくと同
時に、アメリカ追従の某国民にも、相互扶助や選挙といった「人類が誇る発明」を
見つめ直す良い機会になります。(清水浩之)


    ◇────────────────────────◆◇◆     


■「映画は生きものの記録である」ニュース(11)

『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』が今秋(10月4日〜11日)開催の
山形国際ドキュメンタリー映画祭でクロージング上映されることになりました。栄
誉ある場での上映に、スタッフ一同喜んでいます。また今後の上映としては、大阪
(シネ・ヌーヴォ)名古屋(名古屋シネマテーク)、京都(京都シネマ)、金沢
(シネ・モンド)の上映も今秋から来年にかけて行なわれます。自主上映では盛岡
や宮古での上映も検討されていますが、こうした拡大上映に、皆様のお力添えを賜
りたく、今後ともよろしくお願い申し上げます。

公式ホームページ: http://www.tsuchimoto-eiga.com/ 


   ◇────────────────────────◆◇◆     


■募集:「自作を語る」などの原稿募集!

「自作を語る」欄は、監督自らが作品について語るコーナーです。制作した動機や
撮影のポイント、編集で心がけたこと等を内容に盛り込んで頂きたいと思っていま
す。

文字数:1600字程度。厳密な規定はございません。
監督のプロフィール(150字程度)
その他:作品の仕様(制作年度、時間、ビデオ又はフィルム、スタッフ等)
上映のスケジュール、HP等をお知らせください。

原稿締め切り:配信日(1日&15日)の3日前までに、下記に送信ください。
E-mail: visualtrax@jcom.home.ne.jp  伏屋まで
稿料:無料。

その他、さまざまなご意見、投稿を募集しています。


     ◇────────────────────────◆◇◆    


■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋 博雄(本誌編集長)

neoneoの購読は無料ですが、経費を(その大部分は稿料ですが)賄うため、上映等の
告知は有料にしています。なお皆様にカンパもお願いしていますので、ぜひご協力
ください。

(1)上映等の告知の有料化 40字×30行(行数の空きも計算)以内につき、2,000円
です。それ以上の行数の場合は加算します。
(2)カンパのお願い 一口2,000円。何口でも。
送金方法:郵便振込み:00160-8-666528 neoneoの会、又は、
     みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782
     (有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせ
 ください。)

以上、neoneoの継続ため、よろしくお願い致します。



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃06┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●酷暑から一変し、今日(8月31日)は涼しく小雨も降っている。前回は夏休みで休
刊したが、これからは普段に戻って1日と15日に配信していきます。今後ともご愛読
のほど、よろしくお願いします。

●10月4日から11日まで開催される山形国際ドキュメンタリー映画祭。 既にコンペ
とアジア千波万波の作品は決定し、盛りだくさんの特集イベントも魅力的だ。今年
は10回目を迎えるに相応しく、審査員の人選も興味深い。なかでもコンペの審査員
には蓮實重彦さんとキドラット・タヒミック(『悪夢の香り』『虹のアルバム』監
督)が加わり、お二人がどのような審査をし、最前線の作品を選考するのか、ある
いは論戦を闘わせるのか、興味は尽きない。

さらに興味深いことには、山形映画祭が今年4月にNPO法人になり、これまでの主催
であった山形市から独立したこと。今後NPO法人としてどのような運営をしていくの
か、直接ハンドリングするスタッフのみならず、行く末に関心を持つ(持たざるを
えない)人々も多いことであろう。これに関して、2007年8月25日の朝日新聞に当映
画祭の理事である枡谷秀一さんが、山形市からNPO法人に移行した要因を下記のごと
く綴っている。

   「行政がドキュメンタリー映画を扱うことの難しさは、最初から指摘されて
きた。政治や性、民族問題など、行政にとってはやっかいなテーマを持つ作品群に、
これまで山形市は相当におうような対応だったが、やはり限界もある。
文化や芸術を評価するとき、独立した価値観を持つ民間が運営したほうが、自由に
発揮していける可能性がある」

これまでの運営で、「政治や性、民族問題など」を扱った作品の対応で、山形市が
苦慮する局面があり、また山形市民から抗議があったかもしれない。その打開策と
して民間に移行したことは考えられないことも無い。が、問題は、NPO法人に到った
経緯が詳細に語られることも無く、唐突に結論され(たように私たちには思われ)、
公表されたことである。
すでに、本誌の2007年6月15日号に、本田孝義さんが映画祭に対して公開の場で討論
することを提案している。

「前回の映画祭後、どのような話し合いがあり、NPO法人という道を選択することに
なったのか、また、今後、映画祭を継続していくためにどのような展望を持ってい
るのか、ぜひ、今年10月の映画祭の場で、公に議論できる場を設けていただきた
い」

残念ながら、現在までこの提案に対して、山形映画祭執行部から何ら回答が来てい
ない。
これまで予算の大半を担ってきた山形市から民間に移行することによって例えば、
激減する財源はどうするのか。カンパのみで賄える問題だけではないだろうと思う。
再来年からはプログラムは縮小せざるをえないのか?この一事をとってみても、単
に行政からのフリーハンドを謳歌する訳にはいかない。私の周囲でも、ヤマガタ映
画祭の将来について危惧を持つ者が多いことも事実だ。つまり、キチンとした説明
が無く、よくわからないのだ。こうした空気を払拭するためにも、本田さんの提案
を真摯に受け止め、本誌に回答してもらいたいと思う。「沈黙は金」ではない。

「今年の開催はなんとかなるのであろうが、次回(2009年)がどうなるのか、とい
うことだ。今年の映画祭が始まってもいないのに、いまからこんな心配をすると鬼
が大笑いするのであろうが、自分にとっては楽しみで刺激を受ける映画祭であるの
だから気になるのである」(本田孝義)

すでにヤマガタは世界にも認知され、日本の誇る映画祭として評価されていること
を考えれば、山形映画祭のスタッフだけの問題にとどまらない。



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■編集デザイン:能川 悦子
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