ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo |
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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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┗━┛ ☆━┛ ┗━☆ 80号 2007.5.15
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†01 ■ドキュメンタリー映画のかたち
ドキュメンタリーの光を探せ─たとえば、黒木和雄のPR映画─(4)
中村 のり子
†02 ■ワールドワイドNOW ≪ロス発≫
『珈琲時光』の記録性 水野 祥子
†03 ■列島通信 ≪埼玉発≫
『工場萌えな日々』の作り方 村上 賢司
†04 ■neoneo坐5月後半の上映プログラム
†05 ■広場
■新・クチコミ200字評!(53)
『リンガー! 替え玉★選手権』『俺は、君のためにこそ死ににいく』
『その時歴史が動いた 第289回 憲法九条 平和への闘争』
(以上の評:清水 浩之)
■『映画は生きものの記録である』ニュース(7)
■上映:『belief』特別試写会(5月21日〜27日、KINEATTIC)
■報告:父松川八洲雄の納骨 つかわ ゆま、松川 えま
■募集:「自作を語る」などの原稿募集!
■上映の告知の有料化とカンパのお願い 伏屋 博雄
†06 ■編集後記 伏屋 博雄
★バックナンバー閲覧はこちらまで
まぐまぐ配信 http://blog.mag2.com/m/log/0000116642/
melma!配信 http://www.melma.com/backnumber_98339/
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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■ドキュメンタリーの光を探せ──たとえば、黒木和雄のPR映画(4)
┃ ┃■中村 のり子
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●黒木はノンフィクション映画史の境界ラインにいた人物である
黒木和雄のPR映画作品群については、ある程度知られているかもしれない。とくに
『わが愛北海道』(1962年)などは様々な逸話も伝わっていて、後の黒木の作風と重
ねて言及されることも少なくない。そこまでのインパクトを残した要因は、何だっ
たのか?今回、いい加減に『あるマラソンランナーの記録』(1964年)の話題に入る
予定だったのだが、その前提となる黒木の状況についての興味深いエピソードがい
くつか思い出されたので、それらを記しておきたい。
私は『あるマラソンランナーの記録』を学校で見たことを機に、黒木のPR映画を本
格的に調べ始めたのだが(この作品については次号でまとめて書く)、黒木は1960
年代後半から昨年亡くなるまで主に劇映画のフィールドで活躍した作り手であり、
ノンフィクション映画を考察するのに彼をあえて中心に据えることには抵抗もあっ
た。しかしながら調べを進めるうちに、奇しくも黒木という存在こそ、私が惹きつ
けられていた60年代のノンフィクション映画の変動に絶妙な並走をするキーマンの
一人であったことがわかってきたのだった。
黒木が岩波映画に入社したのは1954年である。この時期がまず、ノンフィクション
映画史において非常に興味深い。彼の最初の現場は高村武次の『佐久間ダム』
(1954〜57年)という大型PR映画、その次についたのは京極高英の『ひとりの母の記
録』(1954年) という典型的な社会教育映画の現場だったが、どちらも当時のノン
フィクション映画の主流を象徴する作品であり、黒木はその製作システムの中へ否
応なく投入された。しかし同じ岩波で、羽仁の『教室の子どもたち』(1954年)が作
られたのもこの年である。この3タイトルを並べてみると、ちょうどノンフィクシ
ョン映画の方法論がいくつも入り交じっていた時に黒木は足を踏み入れ、それぞれ
を肌で感じとれる位置にいたことが察せられる。松本俊夫がこの世界に入ったのが
1955年、松川八洲雄が56年頃だったことを思うと、黒木はじつは思いの外キャリア
が古いと言える。
この時期のノンフィクション映画界において、作り手たちの間の数年ごとの世代の
違いは、彼らの映画に対する考え方と製作における関わり方に重要な差異をもたら
している。それは、今回の卒論執筆を通した私のひとつの発見であった。端的な例
を示せば、70年代においては対であるごとく語られる“土本・小川”であるが、
1946年に大学に入り学生運動を経て56年に岩波映画で働き始めた土本と、1959年の
大学卒業後に岩波映画に入社した小川とは七歳の差があり、世代の違いは歴然とし
ている。その間を、黒木や鈴木達夫、大津幸四郎、岩佐寿弥、東陽一らがグラデー
ション状に埋めているのだ(*1)。彼らが集まって議論したという“青の会”につい
てはよく言及されるが、それが単なる横並びの一枚岩ではなかったということは、
十分に考慮する必要があると思う。
●黒木の持ち合わせた両義性とPR映画
その点で黒木の位置を考えてみると、彼はまさにPR映画の量産体制が始まるタイミ
ングでノンフィクション映画界に入ってきた新人だった。そして実際、1958年に
『東芝の電気車輛』を任されたのを皮切りに『海壁』(1959年)、『ルポルタージュ
炎』(1960年)と次々にPR映画の作品を送り出すようになった。その意味ではこの
時は未だ、昔ながらの映画製作のテンポとシステムが機能していたと言えるが、そ
れでいて黒木は上の世代の作り手とどこが違っていたのか。それは、職能的に済ま
せる仕事として扱われていたPR映画を、なんとかして映像表現の対象にしようとし
たことにおいてだった。当時、戦前期からノンフィクション映画を作ってきたベテ
ラン層には、黒木のような姿勢は“場違い”であるとも思われただろう。しかし、
あくまで“教育映画”や“啓蒙映画”を本懐とするベテランたちと違って、黒木に
とっては初めからPR映画しか目の前になかったのである。
加えて黒木の場合、もともとノンフィクション映画を志していたわけではなく、実
のところ劇映画に憧れをもった映画青年だった。だからこそ従来のノンフィクショ
ン映画にこだわらず、前号で記したように新しい技術をともなって新しい映像感覚
を持った羽仁や松本と通じることができた。「PR映画を単なるトレーニングだと見
下してはならない」と考え、あくまでも作品としてPR映画を製作した黒木は、さら
に下の世代を勇気づける存在となったのだった。
1957年に岩波映画に入った大津さん、58年に入った岩佐さんと東さんは、それぞれ
に黒木という先輩の影響の大きさを私に語ってくださった。大津さんは岩波映画に
入社してまもない時に黒木を見かけ、「柔軟でシャープな考え方をしている」「記
録映画の演出家の型から抜け出している」と感じて、自分の研修期間中ずっと『海
壁』の演出助手をやってしまったそうだ。また東さんの場合、入社したものの巷に
あふれるPR映画には心を惹かれずにいた時、完成した『海壁』を見て「岩波ではじ
めて作品として面白いと思った」ので「助監督やるならこの人がいいなぁ」と思っ
たという。こうした取材をしていて興味深かったのは、この大津・岩佐・東という
年代になると、会社に対しての態度のとり方も、映像製作に対しての発想の持ち方
も明らかに違ってくるのが感じられることである。上の世代に対してはじめから自
分たちの考え方を迷わず通して、結局は時間がかかっても我流でやっていくという
行動が、黒木より少し下の世代になると目立つ(*2)。それは彼らの60年代後半から
の自主製作のやり方に結実していくが、その究極の例が小川紳介であるかもしれな
い。
そんな彼らに比べれば、黒木はよっぽど製作システムの中にいたのであり、幸か不
幸か、そうした考え方・システムの転換の境界線上に立たされた一人だったように
思われる。そんな黒木の作ったPR映画には、製作をこなしていく器用な巧さと一方
でそこに収まりきらない表現へのこだわりとが共存するような、しぶとい両義性が
見られる。そして、彼は多くのPR映画を作らされる立場にあったのだが、黒木のも
ともと持って生まれた性質もまた、それに対応できるくらいに両義的なところがあ
ったということは興味深い。その特徴は上野昂志が「異質なものを混入させたいと
いう欲望」や「複数への志向」(*3)と指摘しているものだが、つまり黒木は世代的
な事情においても、そして個性のうえでも“どっちつかず”を特徴としたのだった。
大抵のPR映画には劇映画と変わらない綿密な脚本がある中で、黒木は可能なかぎり
映像表現の実験をしたが、それが最初に結実したと言える『海壁』は、当時のPR映
画だけでなくノンフィクション映画全体の中でも新鮮なものとなったようだ。何が
周囲を驚かせたかと言えば、松本俊夫さんいわく「映画のエロス」があったという。
じつは、製作当時に黒木自らが『記録映画』(*4)に載せた文章において、ノンフィ
クション映画に足りないのは「セックス」である、と言い表したユニークなものが
あるのだが、これはこの頃の若手たちの感覚を絶妙に捉えているかもしれない。
「セックス」があるノンフィクション映画とは、観念に収拾されるものではなく、
映像の魅力が前に出てくるもの、『教室の子どもたち』のように見る者をわくわく
させてくれるカットを持つ映画ではないだろうか。この“わくわく”が今日の
“ドキュメンタリー映画”に求められるものと通ずると思うが、『海壁』は会社を
PRするだけでなく、水中撮影や爆破作業の迫力といったリズム感によって、
“わくわく”をPR映画の中でも懸命に探っているのだ。大津さんがこれを「方法と
してのドキュメンタリーの一歩手前まで来ている」と語っていたが、鋭い指摘であ
ろう。
黒木によるPR映画は、こうした表現上の挑戦と、それをなんとかPR映画の基盤にの
せようとする工夫とがこんがらがって、ちょっと不可思議なほどのエネルギーとあ
る種の違和感を持っている。しかしながら『あるマラソンランナーの記録』の場合、
そうした苦肉の策からスッと抜け出したような新鮮さがあり、じつは黒木の作品全
体の中でも異色的である。この作品が生まれたタイミングには何があったのか、一
部にポイントを絞ってではあるが、私が気づいたことを次回は書きたいと思う。
(*1)ちなみに土本は年齢が黒木より二歳上だが、岩波映画で仕事を始めたのは黒木
の方が二年早い。また、こうした微妙な世代差による状況の違いは岩波映画の中に
限らず、松本や松川などを含めても相通ずるものがある。
(*2)1950年代後半に大学を卒業した彼らを政治史で見れば「新左翼」の世代と捉え
ることができるが、ここではあえて強調しない。
(*3)上野昂志「敗北への志向、あるいは複数の空間と時間」阿部嘉昭・日向寺太郎
編『映画作家黒木和雄の全貌』(フィルムアート社/1997)p.15
(*4)『記録映画』とは記録(教育)映画作家協会の機関紙。詳しくは前号を参照。
■中村 のり子(なかむら・のりこ)
2006年度に明治学院大学芸術学科映像専攻を卒業。卒論は「ドキュメンタリーとい
う亀裂――黒木和雄の『あるマラソンランナーの記録』にみる日本の1960年代のPR
映画製作」。先日はじめてジブリの美術館へ行きましたが、ゾーマトロープをアレ
ンジした見世物が期待以上で感心しました。それから、イメージフォーラムフェス
ティバルで奥山順市さんの映写機+ミシンのパフォーマンスにびっくり。映画のメ
カな部分を感じさせられたGWでした。
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┃02┃□ワールドワイドNOW ≪ロス発≫
┃ ┃■『珈琲時光』の記録性
┃ ┃■水野 祥子
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●候孝賢のドキュメンタリストとしての凄さと政治性
本日5月12日まで暫く、要領が悪いせいもあり日頃から慌しい私の生活がさらに忙
しくなっていた。映画上映とトークのイベントを企画、実行をしていたからだ。
UCLA内外の沢山の方にお集まりいただき、今日、UCLAで客員研究員として1年間の
研究活動されている松竹プロデューサーの山本一郎氏に登壇していただいて、松竹
における彼のプロデュース作品の中から2作品の上映とトークを行った。上映した
のは、山本氏が共同プロデュースした山田洋次監督作品『たそがれ清兵衛』
(2002)と候孝賢監督作品『珈琲時光』(2004)。特に、『珈琲時光』に関する、
毎日撮影に付き添っていた山本氏の話は候孝賢監督の映画づくりが目に浮かぶよう
な生き生きとしたものであった。
この準備と並行してちょうど1週間前依頼された書評執筆のため、それと今回のneo
neo原稿にも絶対間に合うようにと思って取り寄せた本、マーカス・ノーネス著の
小川プロと戦後日本のドキュメンタリーについての「FOREST OF PRESSURE」を読
み始めたが、これが面白くてとまらない。しかし、残念ながら、ノーネス氏曰く小
川プロの「批判的伝記本」は原稿締め切りの今日までには読みきれなかった。今現
在、数時間前に会場整理を終えこの原稿を書いているが、長い言い訳になってしま
ったが、読後の感想は次回書かせていただくことにしたい。今回は、今日無事終え
ることができたワークショップとその準備中に考えた、とりわけ、『珈琲時光』の
ドキュメンタリー性についてに触れてみたい。
山本一郎氏が共同プロデュースした候孝賢監督の『珈琲時光』は、小津生誕百年の
2003年記念作品として製作された。山本氏が候孝賢に何をしてもいいから12月12日
に上映できるようにお願いします、と言ったのを受けて一度完成したその映画は、
予め小津の誕生日であり命日であるその日に、2日間の小津シンポジウムの最後の
プログラムとして、ワールドプレミアとして上映された。その後候孝賢が編集を重
ね、2004年にはヴェネチア国際映画祭コンペ部門やニューヨーク映画祭などで上映
され、さらにその後劇場公開された当時は、世界中の多くの批評家が賞賛していた
ことを記憶している。その間になにが編集されたのかは、待ちに待って2004年の夏
に35mmをUCLAでようやく観ることができた私には掴み切れないが、その編集後の完
成作品はこれまで見た映画のなかでも最も謎の多い印象的な映画のひとつになった。
常に撮影に付いていたという山本氏に見せていただいた頁数の少ない脚本と山本氏
の話によると、候孝賢は、この映画で約18万フィートのフィルムを使用したそうだ。
とにかく凄いのは、リハーサルもなくカメラの位置を決定したあと、演技指導とし
ては状況説明のみ、ヨーイ、スタートの掛け声などまったくなく、俳優すらも気が
つかないいうちにカメラを回していたということ。この104分(脚本によると103.
3分)の映画は9535フィート、というから、十八分の一以下である。尋常でない撮
影フッテージの長さは、リテイクが多いことや、当初オープニングとエンディング
に予定していた夕張でのシーンを使わないことにしたという理由もある。フレドリ
ック・ワイズマンもこのように多く長く撮るが、候孝賢のイメージはさらなる視線
の自由と開放感を与えてくれる。
『珈琲時光』は英語の題名が『カフェ・リュミエール』というが、リュミエールの
映画史にのこる最初の映像ドキュメントといわれる、シオタ駅への『列車の到着』
があまりにも有名である。ドキュメンタリー史の第一章に登場するこの短い映画に
も演出が施されているのはよく知られている。逆に、候孝賢が愛して止まない電車
が多く登場するこの劇映画にはドキュメント性が強い。ストーリーよりも印象に残
るのは光と影、そして、消えゆく、または近い将来消え行くであろう愛おしい人や
物。頻繁に登場する電車でいうと、上信電鉄上信線、都電荒川線である。主人公陽
子が訪れ、住み着いているという猫のとらちゃんについてのあまり意味もない会話
を交わす根小屋駅のシークエンスは、候孝賢がこの古く小さな駅の姿を留めておき
たかったからだろう。都電荒川線は大きな音をたてながらも周囲の街にすっかりな
じんで走っているようで、その丸い車体にはいとしさすら感じさせられる。地下鉄
通勤に慣れている都会生活者にとってはさぞかし苛々してしまう速さで、今にも消
えていきそうなもはや過去のものとも言っても過言ではない現在の記録だ。
これらの「歴史が積み重なっているような現在のイメージ」の記録は、とりわけ陰
影の強い室内のショットにおいても確認できる。名の知れた俳優たちが、差し込む
光とその影の中で動き、佇み、会話をする。それはいちおうストーリーとしてつじ
つまはあっているのだが強い繋がりはなく、それはむしろ私たちに馴染みぶかい、
または一昔に見たような、毎日の光景の一部になってしまっていて、最小限の演出
がされているとはいえ、消えてしまった、或いは、消えていきそうな現在の記録に
なっている。
ワン・ショット、ワン・シークエンスの中で、聞こえてくる会話や音、光の存在感
を十分に感じながら、私たち観る者の視線は画面の中で、影になっている部分に確
認できる様々な物のディテールを楽しんだり、登場人物のちょっとした動作、犬や
猫の動きなどを見つめて自由に泳ぐことができる。
とてつもない候孝賢の凄さ、記録映画作家としての大きさを感じさせてくれるのは、
このような、表層には見えなくとも確かに陰のように見え隠れしている随所に埋め
られた歴史と現在の繋がりを垣間見せること、その作業に秘められた政治性である。
この映画が表面に浮かびあがらせる幻の音楽家江文也もそのひとつだ。映画の中で
判っていくのは、江文也は1930年代から戦争中を通して活躍した日本国籍を持つ台
湾人音楽家であり、1936年の伯林オリンピックで日本人音楽家として表彰されたこ
とである。江について調べるために2003年現在の東京を歩き回る陽子は台湾人ボー
イフレンドとの子を宿している。
江は1930年後半、日本の勢力下にあった北京と日本を行き来する、帝国主義日本が
もっとも期待した音楽家であったという。戦後から今日までの日本は、音楽評論家
片山杜秀氏曰く、「かつての中国や台湾との複雑な関係を刻印された、この面倒な
作曲家の記憶をほとんど消し去った。」(『珈琲時光』劇場用パンフレットより)
『珈琲時光』には江の数多い作品の中から実に美しく謎めいたピアノ曲4曲が使わ
れているが、この忘れ難い旋律を聞き、私たち観る者は、この作曲家について耳に
したことがないのだろうというさらなる謎と奇妙な気持ちを抱えることになる。候
孝賢が日本の若い世代に、中でもライターや映画作家たちに置いていった暗号なの
だ。
これを解読して多くを語ることができる日がきたら、この映画の描かれていない部
分に潜む、日本の陰の歴史をドキュメントすること困難さを理解できるときがきた
ら、劇映画という表層に隠れた候孝賢のドキュメンタリストとしての凄さとこの映
画の政治性がさらにまた浮かび上がってくることだろう。
■水野 祥子(みずの・さちこ)
ロス在住、映画史研究。「Forrest of Pressure」を読みながら、アメリカで小川
プロ作品を観ることはできないものかと地団太を踏んでいます。これはこちらで頻
繁に聞かれる質問でもあります。なんとかならないものでしょうか。
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┃03┃□列島通信 ≪埼玉発≫
┃ ┃■『工場萌えな日々』の作り方
┃ ┃■村上 賢司
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昨年末に私の監督作『工場萌えな日々』というDVDが発売されました。今回はこち
らについてのお話をさせてください。
実はこの作品には‘工場’しか出てきません。映画用語を使えば工場の‘実景’だ
けの50分の作品なのです。はっきり言ってかなりマニアックです。しかし、手前味
噌ですがこのDVDがかなり売れている(らしい)のです。
まずはyoutubeでアップされているCMの映像を見てください(削除されている場合
ありです)。
http://www.youtube.com/watch?v=i2s4eepqhOs&eurl=http%3A%2F%2Fd%2Ehatena%2Ene%2Ejp%2Fvideo%2Fyoutube%2Fi2s4eepqhOs
まあ、こんな作品です。ホントにマニアックでしょう?
この作品は以前、テレビ東京で放映されていた『ブログの女王』というバラエテ
ィー番組の中で、トルネードフィルムという制作会社の代表・叶井俊太郎氏がある
人気ブログの映像化権を買い付けたことがそもそもの始まりです。
それがこのブログです。
「工場萌えな日々」: http://d.hatena.ne.jp/wami/
石井哲さんという方のブログなんですが、なんとも美しい工場の写真がアップされ
ていて思わず魅了されてしまうはずです。それで、なぜかは分かりませんが、この
サイトの映像化のお話が私のところに突然やってきたのです。ブログの映像化と言
えば「鬼嫁日記」のようなドラマ形式なものが主流ですが、私に下されたお題は
‘工場’。そこには物語的なものが介在する余地はないはずです。かなり悩みなが
ら以下のコンセプトを会社側に提出しました。
1.サイトのコンセプトを継承して極力、工場しか画面に登場させない。
2.音楽は基本的に使用しない。撮影現場の‘音’を重視する。
1.はいいとして、2.のコンセプトは最初、全編にクラシック音楽をつけようとして
いた制作会社側は難色を示しましたが、「アダルドビデオのからみシーンにBGMを
つけるものですよ」と言って納得してもらいました。
撮影場所は予算的に厳しかったため、石井さんに関東近辺だけでセレクトしてもら
い、私、キャメラマン、制作の3人体制で、3日間のですべて撮り上げました。結果
はぜひ作品でご確認して頂きたいのですが、石井さんが選んだ撮影ポイントがどれ
も素晴らしく、すごく楽しい日々となりました。
大変だったのは編集です。自ら掲げたコンセプトによって、どのような方法論によ
って編集していいのか五里霧中状態になったからです。それで試行錯誤しながら悟
ったことは、「こうゆう作品は自分なりに気持ちよく見ることが出来ればOK」とい
う、とっても当たり前のことでした。悩まずフィーリングだけで、実景をつないで
いく作業は、今まで使っていなかった脳の一部が活性化されるようで、正直、気持
ちよかったです。
釣り客の声や自動車の音が大きくて工場そのものの音が聞こえないところにはBGM
をつけて完成となりました。
実はこの作品はすべて民生機のHDカメラを使用、編集もパソコンで仕上げました。
最終的な完パケ作りにはスタジオに入りましたが、制作費のほとんどは人件費だっ
たはずです。今回は制作会社主導でしたが、着眼点と行動力さえあれば、面白く、
しかも売れる商品が個人でも作れる世の中になったことが実感できました。
ちなみ現在、同じような企画が同時に2つ、進行しておりまして、ひとつのテーマ
は「デコチャリ」、もうひとつはまだ明かせませんが、世界遺産級(?)のある物
件がテーマで、これらも(すごく一部の人々の中だけですが)かなり話題になると
思います。完成したあかつきには、またここで語らせてください。
■村上 賢司(むらかみ・けんじ)
映画監督・テレビディレクター。近況はブログ
( http://d.hatena.ne.jp/MURAKEN/ )にアップしています。『工場萌えの日々』
と比べると、ホント、グダグダです…。
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┃04┃□neoneo坐3月後半の上映プログラム
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会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩1
分、JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。
詳細と地図はneoneo坐のサイトをご覧下さい。 http://www.neoneoza.com/
■8ミリフィルム映画祭 2007
2007年5月17〜20日、24日〜27日
5月17日(木)
20:00〜 シネマトレイン地獄選 「ハダカの謝肉祭」
大西健児『ハードキャンディ』15分/1998年
才木浩美『ディシプリン』12分/1996年
猿山典宏『転落』2分/1994年
猿山典宏『牢獄ノ祭典』4分/1996-2006年
小口容子『エンドレス・ラブ』36分/1987年
5月18日(金)
20:00〜 園子温特集 「ダイレクトシネマの疾走」
『ラブソング』15分/1984年
『俺は園子温だ!』35分/1985年
『愛』30分/1985年
5月19日(土)
14:00〜短篇調査団EXTRA「追悼・浜田英夫監督〜小型映画魂!」
『秋の歌』15分/1956年/カラー(VIDEO版)
『砂利のふるさと』15分/1957年/白黒(VIDEO版)
『若い心の詩』55分/1957〜1969年/白黒(VIDEO版)撮影・編集:浜田英夫/
音楽:長谷川きよし
16:00〜 居田伊佐雄特集 「静かな地球」
『Far from the explosive form of fruit』磁気録音/8分/1972年
『マリリン・マグダリーン』磁気録音/9分/1972年
『北半球』磁気録音/9分/1978年
『地球の石』磁気録音/36分/1986年
『大きな石小さな夜』サイレント/13分/1991年(VIDEO版)
18:00〜 内村茂太特集「内村茂太ワンマンショー」
『べっぷ・たまがわ』31分/2005年
8ミリ短編を数本ひとり芝居「デニーロ・アプローチ」
5月20日(日)
14:00〜 山崎幹夫セレクション1
諏訪敦彦『はなされるギャング』1984年/85分
16:00〜 山崎幹夫セレクション2
大川戸洋介『風のページェントPART4』1993年/39分
緑川珠見『サルビア姉妹』1995年/36分
18:00〜 山崎幹夫セレクション3
小口詩子『雨』1982年/25分
寺嶋真里『初恋』1989年/30分
土居晴夏『父が、燃えた』1993年/15分
山田勇男『蒲団龍宮記』2003年/21分
5月24日(木)
20:00〜 シネマトレイン傑作選+「天使の時間Part1」
大西健児『深夜交響曲』5分/1995年
大西健児『創世記』8分/2002
栗原みえ『無音の領域』15分/2006年
吉沢陶子『感熱トカゲ』17分/1996年
長屋美保『水星』23分/1995年
5月25日(金)
20:00〜 シネマトレイン傑作選+「天使の時間Part2」
栗原みえ『冬凪』17分/1994年
大西健児『バーボンタイム』8分/1997年
橘薫『ときめきドッキン』6分/1994年
長屋美保『天使待ち』37分/1996年
5月26日(土) 山崎幹夫特集「幾千歩のあゆみ、そして さらに」
14:00〜 山崎幹夫特集1
吉本裕美子ギターソロパフォーマンス I『天空の振り子』
『極星』1987年/75分
16:00〜 山崎幹夫特集2
『猫夜』1992年/80分
吉本裕美子ギターソロパフォーマンス II『船酔いの砂漠』
18:00〜 山崎幹夫特集3
『虚港』1996年/80分
5月27日(日)
14:00〜 フィルムエイジ・アニメーション80
1980年より活動を続けているアニメーション80の数多くの作品の中から選び出し
た傑作選。
16:00〜 パーソナルフォーカス2007
3分で8ミリの作品であれば、まったく無審査ですべて上映してしまう「パーソナ
ルフォーカス」。何が飛び出すかわからないびっくり箱の快楽。
【料金】全プログラム・・・・・・1,000円
全プログラム 上映後トーク有
【BAR料金】TALK BAR(17・18・24・25日)・1,000円(1ドリンク+軽食付)
(上映後、参加作家との交流会)
お宝8ミリ上映付BAR(19・20・26・27日)・・・2,000円(飲食付)
(参加作家との交流会+お宝8ミリ上映会付)
【お問い合せ】スペースneo E-mail: spaceneo@tcn-catv.ne.jp
Tel:03-5281-7820(佐々木)
◇────────────────────────◆◇◆
■『月刊『もっちょむ』5月集壕』 〜あがた森魚月刊映画上映会〜
2007年5月22日(火)
あがた森魚による撮影日記映像を、映像作家・岡本和樹と演出、
編集した「月刊映画」を 毎月上映していきます。
監督:あがた森魚、岡本和樹 来場予定
開場 19:00 (開場中に『もっちょむうすけしぱあぷるへいず3月號』上映)
上映開始 20:00
『もっちょむうすけしぱあぷるへいず4月號』 上映後、トークあり
料金:2000円(『月刊映画4月號』DVDR付)
問:月刊ぱあぷる(mail: purple@agatamorio.com (倉科))
◇────────────────────────◆◇◆
■短編調査団(49) 鉄の巻…
2007年5月23日(水) 20:00〜
『鉄ものがたり』
1962年/23分/カラー/制作:岩波映画製作所+東映動画/企画:鋼材倶楽部/
プロデューサー:小口禎三・坊野貞男/監督:前田一/脚本:伊勢長之助/
アニメーション:岡部冬彦・市野正二/撮影:石川光明/作曲:團伊玖麿
■寝静まった夜更けの街。とある家のお台所で小さな缶詰の坊やが目を覚まし、鍋
やヤカン、スプーンたちが真夜中のダンス・パーティを始めます。朝になって空き
缶は屑かごへ。そして屑鉄となって製鉄所へ行き、再び鉄となって鉄骨や橋梁にな
ります。
『素晴らしき! ばね』
1964年/20分/カラー/制作:電通映画社/企画:日本発条/
プロデューサー:青木茂美/監督:安倍成男/脚本:八幡省三/撮影:小松浩
■われわれが日常生活で使っているばね製品をあげて、ばねの働きやその製造行程
およびその広い用途について、わかりやすく解説したもの。
『H形鋼』
1965年/20分/カラー/制作:日本産業映画センター/企画:富士製鉄/
脚本・監督:江口昭彦/撮影:曾根英昭
■H形鋼を最高度に使用しているアメリカと日本の現代を紹介。日本に於けるH形鋼
の進出と、実例を示す。
『和鋼風土記』
1971年/30分/カラー/制作:岩波映画製作所/企画:日本鉄鋼協会/
プロデューサー:高橋宏暢/脚本・監督:山内登貴夫/撮影:浦島竜夫・西尾清
■古代から明治初期まで、わが国で必要とされた鉄鋼類のすべてを供給していた
「たたら製鉄」。日本の鉄鋼技術の歩みがどのように今日の製鉄に結びついてきた
のか。たたらによる昔の製鉄を実際に再現し、そのすぐれた特性を通して今日の製
鉄を考える。山内監督が著した角川選書『和鋼風土記―出雲のたたら師』は宮崎駿
氏が熟読し『もののけ姫』の作品世界の構築に役立ったと言われる。
【料金】鑑賞無料! カンパ歓迎!
【お問合せ】清水 E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp
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┃05┃□広場
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■新・クチコミ200字評!(53)
■清水浩之(短篇調査団・5/23は鉄の巻! http://d.hatena.ne.jp/tancho/)
オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!映画・ビデオ・テレビな
ど皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも可!もちろん「オスス
メしない映画とその理由!」もOKです。
本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡先(メールアド
レスor電話)/題名/制作年/監督/見た場所(よろしければあなたのプロフィール
や近況も)を付記してお送りください。ちなみにここでは稿料は出ません。
清水浩之 E-mail:shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp /ファクス:03-3703-0839
B-208『リンガー! 替え玉★選手権』
2005年/アメリカ/監督:バリー・W・ブラウスタイン/主演:ジョニー・ノック
スヴィル 全国公開中(渋谷シアターNで5月18日までモーニング&レイトショー)
http://movies.foxjapan.com/ringer/
「知的障害者のフリをしてスペシャル・オリンピックス出場」という強烈な設定を
許可した大会本部の太っ腹に拍手。そのあざとい物語もアメリカンコメディのベタ
な展開にはめ込めば、障害者もまた「障害者を演じて」生きることを余儀なくされ
ているのでは?という疑問が湧いてきます。主人公に夜遊びをせがむ友人の「俺た
ちはスペシャルなんだ、助けてくれ」という台詞が秀逸。全篇に居心地の悪さが潜
み、簡単に笑い飛ばせない佳作。(清水浩之)
B-209『俺は、君のためにこそ死ににいく』
2007年/制作:東映東京撮影所/製作総指揮・脚本:石原慎太郎/監督:新城卓
全国東映系で公開中 http://www.chiran1945.jp/
都知事が意図した〈雄々しく美しかった日本人の姿〉とは?“俺”の死にざま=任
務としての特攻作戦も、“君”すなわち送り出した人々の見た戦争も曖昧なまま、
ただ職場の送別会みたいな泣き別れ芝居が繰り返され、〈無責任で甘ったれた日本
人の姿〉を見せつけられます。凡百の「英霊悪用型善戦史観プロパガンダ」に留ま
らず、自爆攻撃という「無意味の意味」を考察していけば、現代のテロに繋がる問
題提起ができたのに…もったいない!(清水浩之)
B-210『その時歴史が動いた 第289回 憲法九条 平和への闘争』
2007年/制作:NHK大阪放送局/ディレクター:池田謙二・猪俣修一・北川朗
放映:2007年5月2日・NHK総合テレビ http://www.nhk.or.jp/sonotoki/
安倍内閣&公明党の思惑通り「憲法改正手続きを定める国民投票法」が成立した今、
なぜ彼らが“押しつけ憲法の是正”を押しつけたいのか知るための特集番組を連発
したNHKに感謝。特に普段は戦国武将が活躍しているイメージの『その時歴史が動
いた』班が、55年体制を「改憲VS護憲の合戦絵巻」に翻案したのは傑作!安倍祖父
=岸内閣の現実論に対し「心に杭は打たれない」理想論を選び取った世論のうねり
が感動的な歴史物語でした。(清水浩之)
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■『映画は生きものの記録である』ニュース(7)
公式ホームページ: http://www.tsuchimoto-eiga.com/
5月9日(水)出版への準備
土本さん宅にて、第2回目の複写作業。今回はカット表や台本、上映チラシや自筆
原稿といった紙資料のコピーである。莫大かつ緻密な資料をお借りして1点1点収め
ていく行為は、単純作業とはいえ「格闘」に近いものがあるのだが、先を急ぐ必要
があるのは分かっていても、思わず手を止めて、眺めてしまう時がある。
山村工作隊に連座し八王子刑務所に収監されていた時の、びっしりと書き込まれた
ノート。「一点の曇りもない」という言葉がふさわしい、『偲ぶ、中野重治』の制
作費報告書。生々しい肉筆に、つい記された時の状況をあれこれ想起してみたくな
る。
これらのリアルな資料は、映画で語られる言葉とはまた違った角度で、映像作家・
土本典昭の遍歴に光を当てるだろう。できる限り、本の中でご紹介できればと思っ
ている。(佐藤寛朗)
5月10日(木)イベント「君は土本典昭を知っているか?」
「私ほど、自分の作品の上映に立ち会った監督はいない」と土本典昭監督は雑誌
「リュミエール」の蓮實重彦氏によるインタビューで応えていたのを覚えています。
(引用が不確か部分はご容赦ください)そのインタビューで、インディアンの居留
地でも上映を行ったと話されていました。
映画監督が自作の上映に観客と一緒に立ち会う時の心境というのは、どういうもの
なのでしょうか。映画をつくったことのない者にはなかなか想像できないものです。
映画『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』の公開と書籍「土本典昭の
仕事 ある記録映画作家の軌跡」の出版を記念して開催されたイベント「君は土本
典昭を知っているか?」にも、土本監督は来場し自作『水俣 患者さんとその世
界』の上映にも立ち会われました。
このイベントは、『A』『Little Bird』で知られる映画プロデューサー安岡卓治さ
んを聞き手に『映画は生きものの?』藤原監督と、多くの土本作品を手がけられた
大津幸四郎カメラマンとの鼎談と、土本監督が本格的に水俣に向き合った『水俣
患者さんとその世界』(71年、35ミリ版)の上映を主軸に行われました。予想以上
の人数と幅広い年代の方々が来場され、会場のアテネ・フランセ文化センターは熱
気に包まれました。
定刻にトークイベントが始まり、ゲストの方々は壇上へ。土本監督は最後方の席に
つかれました。トークは『映画は生きものの?』の撮影のために藤原監督が土本監
督と訪れた2004年の水俣の話しから、大津さんの『水俣』撮影当時の貴重な逸話に。
「映画を撮るということは鬼になることだ」と撮影当時、土本監督が大津さんに話
されたこと。この話しで締めくくられました。そして、ふと土本監督に目をやると、
いつのまにか、椅子ではなく会場の床に膝を立てて座られていました。その様子が、
(今日初めてお会いしたにもかかわらず)なぜか土本監督らしく感じられ、印象に
残っています。
『水俣 患者さんとその世界』上映前の土本監督からの挨拶。明るく、気持ちのよ
い話しっぷりで、会場の雰囲気も和みます。「この作品には、2時間版もあるので
すが、私は(今日上映される)長い方(2時間47分)が好きなんです。」と土本監
督。こんなおおらかな話しを伺いつつ、映画の上映へ。35ミリのクリアな映像と音
響。まるで、いま出来上がったばかりの映画を見ているような感覚です。映画は上
映されてこそ映画である。そんな当たり前のことを考える一日となりました。(原
田徹)
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■上映:『belief』 (2007,62分)特別試写会
ある朝、母親が宗教に入っていることを知る。
ぼくはただ、対話をするしかなかった。
母が宗教に通っていることを知って
ぼくはカメラを回し始めた。
様々な人と対話をする。
母の気持ちを理解するために。
次第にぼくは当事者としてこの一件に巻き込まれていく。
そしてぼくは、見つめることだけをする。
62分のドキュメンタリー映画。
5月21日(月)〜5月27日(日)
連日21:00〜(上映時間62分)
入場料800円
於KINEATTIC(〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-27-3 1F)
Tel&Fax: 03(5411)8053 belief.info@gmail.com
http://www.devenir.info/belief.html
<監督プロフィール>
土居哲真 1975年、広島県広島市生まれ
1996年、京都大学文学部入学と同時に映画制作を開始
2005年、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)修了
上映館の場所が少々判りづらいのでホームページで詳細地図を参考ください。
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■報告:父松川八洲雄の納骨
まつかわ ゆま、松川 えま
去る4月29日、(長野県)大鹿村にて父松川八洲雄の納骨をしてまいりました。
前日の嵐のような天気が嘘のように晴れ渡った一日でした。このあたりの風習とし
て、お骨を土に返すため骨壺から出し、墓の中に母のお骨と一緒にして入れてきま
した。墓標は父の従兄弟の長男であるガラス作家木下良輔氏
( http://www.kuripa.co.jp/glass-art/cgi-bin/ag_personal.cgi?lang=ja&id=71 )
の作品で、父が愛用したアリフレックスのカメラケースをモチーフにしたものです。
肩の所にはやはり父の愛したぎふ蝶が一頭とまっています。とても美しいオブジェ
に仕上がっており、名前がついていなければ墓標とは気づかないほどです。感謝。
参加してくださった21人の皆様、参加してはいただけなかったけれど気にかけてい
ただいた皆様、本当にありがとうございました。ぜひ一度とは言わず何回も大鹿村
を訪れて、ついでにこのオブジェをごらんいただければ幸いです。
遅くなりながらとりあえずご報告までですみません。
今年は湯布院記録文化映画祭で父の追悼上映の日をもうけてくださるので、カンヌ
に引き続き湯布院から帰りましたら、また改めて一緒にご報告したいと思っていま
す。暑くなってきました。これから梅雨です。ご自愛ください。では。
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■募集:「自作を語る」などの原稿募集!
「自作を語る」欄は、監督自らが作品について語るコーナーです。制作した動機や
撮影のポイント、編集で心がけたこと等を内容に盛り込んで頂きたいと思っていま
す。
文字数:1600字程度。厳密な規定はございません。
監督のプロフィール(150字程度)
その他:作品の仕様(制作年度、時間、ビデオ又はフィルム、スタッフ等)
上映のスケジュール、HP等をお知らせください。
原稿締め切り:配信日(1日&15日)の3日前までに、下記に送信ください。
E-mail: visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋まで
稿料:無料。
その他、さまざまなご意見、投稿を募集しています。
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■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋 博雄(本誌編集長)
neoneoの購読は無料ですが、経費を(その大部分は稿料ですが)賄うため、上映等の
告知は有料にしています。なお皆様にカンパもお願いしていますので、ぜひご協力
ください。
(1)上映等の告知の有料化 1200字(40字×30行)以内につき、2,000円です。
それ以上の字数の場合は加算します。
(2)カンパのお願い 一口2,000円。何口でも。
送金方法:郵便振込み:00160-8-666528 neoneoの会、又は、
みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782
(有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせ
ください。)
以上、neoneoの継続ため、よろしくお願い致します。
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┃06┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
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●やっと中村のり子さんが黒木和雄を論ずる時が来た。中村さんは「何故、黒木か
?」というテーマを自ら問う。キイワードは「1954年」である。この年に黒木は岩
波映画に入社し、『佐久間ダム』と『ひとりの母の記録』の両作品の現場につくこ
とになる。前者は多額の製作資金でつくられたPR映画であり、後者は社会教育映画
である。しかも同時代の映画人に大きな影響を与えることにもなる羽仁進の『教室
の子どもたち』がつくられたのも1954年。つまり黒木は、映画に足を踏み入れた
1954年に、各分野で壮大な実験を試みたノンフィクションの交差点に立っていたの
である。
中村さんのそれからの展開は、黒木が魅力ある人材と触れ合いながら、映画の感性
を研ぎ澄ませていくことが実証されていくのであるが。読み出すとやめられない。
当初の5回連載を6回に延長してもらうことになったのも、この至福を1回でも多く
味わいたいからである。
●水野さんの文章を読んでいると、まるで映画を観ているような感じになるのは、
私だけであろうか?映像的なのである。映画評論家の山田宏一さんの文章にも似た
ような感じ。視覚的で、そこに描かれていることが輪郭を伴って訴えてくるのだ。
候孝賢監督の『珈琲時光』はかって私も見た作品ではあるが、この「『珈琲時光』
のドキュメンタリー性」については、教えられることが多かった。改めて、再見し
たいと思った。
●村上賢司さんの≪埼玉発≫は、neoneoがとかくスクウェアになる面があるなかで、
意表をつくポイントを指摘してくることが多い。監督した『工場萌えな日々』の
DVDが売れているという実情は、映像の多面性を知らされ、興味深い。
●『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』の東京での公開が間近になっ
てきた。6月2日よりからモーニングショー(10:20am)渋谷・ユーロスペースです。
初日は、土本典昭と藤原敏史両監督の舞台挨拶もありますので、ご来場をお待ちし
ています。大阪では、シネ・ヌーヴォでの今秋公開が決定しました。他の地域でも
呼びかけている最中です。なお本作品の詳細は、公式ホームページをご覧下さいま
すよう、お願いいたします。: http://www.tsuchimoto-eiga.com/
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■発行:ビジュアルトラックス visualtrax@jcom.home.ne.jp
■責任編集 伏屋博雄
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