ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo |
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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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┗━┛ ☆━┛ ┗━☆ 79号 2007.5.1
∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
†01 ■ドキュメンタリー映画のかたち
ドキュメンタリーの光を探せ─たとえば、黒木和雄のPR映画─(3)
中村 のり子
†02 ■ワールドワイドNOW ≪ベルリン発≫
長期記録映画シリーズ『ゴルツォーの子供たち』を観る 梶村 昌世
†03 ■映画時評
『ロストロポーヴィチ 人生の祭典』(A・ソクーロフ監督) 萩野 亮
†04 ■neoneo坐5月前半の上映プログラム
†05 ■広場
■新・クチコミ200字評!(52)
『人間蒸発』(ペンネーム:もっさん) 『ヨコハマメリー』(脇阪亮/
山崎洋子さんの『天使はブルースを歌う』読みました)
『地球ドラマチック 本当に強かったのか?ティラノサウルス』
(脇阪亮)
『新しい包装』『運命の一手〜渡辺竜王VS人工知能・ボナンザ』
(以上の評:清水 浩之)
■『映画は生きものの記録である』ニュース(5)
上映&トーク「君は土本典昭を知っているか?」(5/10 アテネフランセ)
■上映:『ビリン・闘いの村』(5/12、dスペース・オルタ、横浜)
■募集:「自作を語る」などの原稿募集!
■上映の告知の有料化とカンパのお願い 伏屋 博雄
†06 ■編集後記 伏屋 博雄
★バックナンバー閲覧はこちらまで
まぐまぐ配信 http://blog.mag2.com/m/log/0000116642/
melma!配信 http://www.melma.com/backnumber_98339/
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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■ドキュメンタリーの光を探せ──たとえば、黒木和雄のPR映画(3)
┃ ┃■中村 のり子
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●60年代初頭における“ドキュメンタリー”への期待感
前号では、60年代前後のノンフィクション映画に対する認識が今日の“ドキュメン
タリー映画”とは異なっていたことに留意した上で、当時のPR映画という製作シス
テムの中に、ただならぬ映像表現のエネルギーを感じさせる作品がしばしば見られ
るということに言及した。
私はそれらのエネルギーの発露が、その後に自主製作活動として知られてゆく“ド
キュメンタリー映画”のひとつの火種なのではないか、と漠然と感じた。そこには、
この時代特有と言える社会的、歴史的あるいは政治的なノンフィクション映画の紆
余曲折が姿を現しているのではないかと考えた。
1950〜60年代において、ノンフィクション映画界ではそれ以前とは異質な動きが互
いに関わり合いながら起こっている。それを導くのは、やはりまず人間の出入りだ。
私は、今回の卒論を書くにあたって何人かの作り手の方たちに取材させていただく
ことになったのだが、彼らはちょうどこの時期に映画の世界へ入った人びとであっ
た。その話を聞いていく中でも、当時における新たな“ドキュメンタリー”という
発想に対する期待を感じさせられることは多かった。たとえば、松本俊夫さんは50
年半ばに新理研映画というノンフィクション専門の製作会社に入っているが、彼の
モチベーションは明らかに芸術分野としてのノンフィクション映画であったという。
松本さんは、もともと現代美術の試みとしての映像表現に親しんでおり、“ドキュ
メンタリー”という語をポール・ローサとは違った観点から意識的に用いていこう
としていた。この頃、彼と共通する姿勢をもっていたのは他に勅使河原宏や、ある
いは羽仁進がいるだろう。また、戦前の“文化映画”時代からノンフィクション映
画を作りながらも戦後には若手たちの新しい活動に目を向けた例外的な人物として、
野田真吉を忘れてはならない。そしてここに挙げた人物たちは互いに交流を持ち、
<映像批評の会>で集ったり、<シネマ57>として活動したりしていた。こうした
動きが大体1950年に入ってから始まっている。
一方で、戦前からノンフィクション映画を作ってきた人びとの間では左翼運動性の
強い<記録教育映画作家協議会>がやはり50年代に組織されていた、ということは
興味深い。ちなみに野田真吉は、この協議会に参加した後に模索を重ね、前述した
ような若手たちの活動に加わるようになった。そして1958年にノンフィクション映
画の演出家が集う<教育映画作家協会>があらためて立ち上げられる。このあたり
で、松本や羽仁のように芸術としての映像を作ろうとする人びとと、専ら教育・科
学・政治といった目的意識にのっとって映像を作ろうとする人びととが鉢合わせす
る機会が生まれたのであった。
その両者の溝をわかった上で、松本が確信犯的に始めた特筆すべき活動は、作家協
会が出来てすぐに創刊されて1964年まで続くことになる、その名も『記録映画』と
いう協会機関紙の刊行だった。ここでは松本や野田に加えて、大沼鉄郎や松川八洲
雄、そして黒木和雄も論を展開した。彼らと戦前以来のベテランたちとの論戦は政
治的な新旧左翼の対立を隠さないものだったが、同時にノンフィクション映画の現
状がありありと伝わる表現論であった。私にとってこの『記録映画』は、当時の“
記録映画”や“ドキュメンタリー”という存在に対する問題意識の高さとリアルな
熱気を感じとる大きな助けとなった。
ちなみに、メジャーな映画雑誌『キネマ旬報』でも、1962年の夏特別号から一年間
余り毎号に「産業映画」というコーナーが掲載されていることを挙げておきたい。
そこでは、以前なら認知されなかったようなノンフィクション映画の監督たちによ
る寄稿が見られ、またPR映画のみを上映する会が一般客に人気を呼んでいるという
記事があるなど、今日になっては見落としがちな当時の状況を伝えていて興味深い。
●ノンフィクション映画における新しい感覚の世代
こうした気運の中で、ちょうど60年に岩波映画へ入った岩佐寿弥さんは、劇映画に
は興味がなくて「記録映画というものに未来があるのかなぁ」と感じていたという。
岩佐さんにとっての“記録映画”のイメージは、羽仁の『教室の子どもたち』
(1954年)によるところが大きかったようだ。また土本典昭さんも、この作品を見て
はじめて、ノンフィクション映画に可能性を感じたと語っていた。加えて、私は先
日アテネ・フランセ文化センターで見た小川紳介が製作担当した作品『小さな幻
影』(1957年、國學院大學映画研究会)にも羽仁による子どもを撮ったカットの影響
を色濃く感じた。羽仁が作るノンフィクション映画は、観念的なアピールよりも写
された映像そのものの魅力が前面に出ているという点で当時まったく新しく、彼の
作品はひとつのショックとして作り手の間に広まっていたようだ。
羽仁のような新しい映像感覚と論理の背景には、当時の映画界における技術的な革
新があったことを見逃してはならない。カメラは軽量化して、手持ちや長まわしを
活用した移動撮影にも耐えうるようになり、マイクは録音性能の向上によって日常
的な音を拾いやすくなった。それはノンフィクション映画の現場にとって、もはや
劇映画に似た脚本やセッティングを用意しなくても実際に変化する現状を追ってい
ける、という発想の転換を意味するものだった。
この時期の若手たちが抱いていた既存のノンフィクション映画に対する違和感を、
大津幸四郎さんはわかりやすいエピソードで語ってくれた。当時たくさんあった政
治運動を啓蒙する映画の場合、いつも最後は万歳で終わる作品ばかりだったが、現
実にはこの当時の運動は決してうまくいってはいなかった。それならば、うまくい
かない状況自体をとりあげた方がいいのに、と大津さんは思ったという。それは、
ノンフィクション映画を観念的な目的で作り上げるのではなく、実際に起こったこ
とを受けてカメラをまわそうとする志向であり、この時期にはそれが可能になって
いたのだ。
このような状況下でもっとも盛んに作られているのがPR映画だった時、作り手たち
はそのPR映画の中でさえ、撮った映像そのもののエネルギーを生かすことで糸口を
見出そうとしたと思われる。その点で黒木和雄は、PR映画のシステムの中でそれま
でのPR映画にはなかったような明らかに質の異なる映像を実践してみせた一人であ
った。彼の『海壁』(1958年)や『恋の羊は海いっぱい』(1960年)、『わが愛北海
道』(1962年)、そして私が大きくとりあげることにした『あるマラソンランナーの
記録』(1964年)といった作品群は、宣伝という目的を超えた映像ならではの魅力が
詰まっている。それは何故だろうか?岩佐によれば黒木は「PR映画を単なるトレー
ニングだと見下してはならない」というポリシーを持っていたというが、そんな彼
の特質について、次回は書いていく。(つづく)
■中村 のり子(なかむら・のりこ)
先日からフィルムセンターで、「今村昌平と黒木和雄」の特集がはじまった。黒木
作品のラインナップにはPR映画も多く入っている。『あるマラソンランナーの記
録』を未見の方は、ぜひこの機会に!
フィルムセンターのHP:
http://www.momat.go.jp/FC/NFC_Calendar/2007-04-05/kaisetsu.html
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┃02┃□ワールドワイドNOW ≪ベルリン発≫
┃ ┃■長期記録映画シリーズ『ゴルツォーの子供たち』を観る
┃ ┃■梶村 昌世
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●37時間余の、時代の記録であると同時に個人の物語
今回は世界で最も長い映像記録と言われているドキュメンタリー映画シリーズを紹
介したい。『ゴルツォーの子供たち』は長期記録として1961年にドイツ民主共和国
で始まった。DEFA(デファ=ドイツ映画株式会社、東ドイツの人民所有の制作会
社)の企画としてドキュメンタリー映画監督カール・ガス(Karl Gass)のアイデ
アをもとに当時まだ26才だったウィンフリート・ユンゲ(Winfried Junge)が撮り
始めたこの記録は、2006年のベルリン国際映画祭でシリーズの19本目の作品を紹介
した。今年か来年中に最後の20本目を公開する予定だ。
当初はドイツ民主共和国の国民の成長を記録する企画として始まったこの映画は、
今ではなき東ドイツでの子供時代から始め、学校生活、成人していく過程を隔て、
壁の崩壊、そして統一後ドイツ連邦共和国の国民として生きていく数人の個人たち
の人生行路を描く映像記録となった。
『ゴルツォーの子供たち』の第一話『私/僕が学校に行くようになれば』はベルリ
ンの壁が建てられた夏に撮影された。冷戦の頂点とも言えるこの時代にはまだ社会
主義の成功が信じられていた。この社会形態の中で育つ国民を代表するようにと、
オーダブルフ地方のゴルツォー村の学校の風景が語られる。オーダブルフ地方は
1945年に戦場となり、破滅的な破壊と損害を受けている。1949年にドイツ民主共和
国が設立され、田舎でも十年間の基礎教育を受けられるようになった。戦争の被害
を乗り越え、国が再建され、健全な東ドイツ国民の一例として、1961年の夏に小学
校一年生に入学するゴルツォーの子供たちをカメラは見守る。幼稚園での最後の
日々、入学式、初めての授業、最初の文字、新しいクラスメート、誰にでもある体
験を語る。DEFAドキュメンタリー映画独自のスタイルと、週間ニュース映画の伝統
を受け継ぐこのモノクロ映画は、東ドイツの絶好調の時代を暖かく描いている。解
説はどことなくプロパガンダ的な匂いをしている。それでも子供たちと向かい合う
カメラの視線は素直さを感じさせる。
その後、第二話、第三話と子供たちの成長を記録するためにユンゲ監督は何度もゴ
ルツォーに戻っている。一年生の終わりの成績表、ピオニール団への入団、14才で
社会主義に忠誠を誓う成人式、中卒で農業生産協同組合で働き始める者と高校に進
学する同級生、同窓会での再会と、1980年まで7本の映画が制作される。社会主義
での日常を描くこの映画群は、学校の反ファシズム教育で世界平和を讃えたり、社
会主義を賛美する歌を歌う子供たちを見せる一方、それぞれが持つ悩み、恋愛感情、
人間関係も描く。
1980年の『人生行路〜ゴルツォーの子供たちの個別ポートレート』では初めて9人
の子供たちの人生を個別に取り上げ、互いの関係性を見せながらも個人の視点から
の世界観を強調する。この映画は当時の西ベルリンで開催されていたベルリン国際
映画祭のフォーラム部門でも紹介された。同じ学校の出身でありながら別れていく
道でそれぞれが経験する葛藤や出会い、苦労や喜び、一人一人の人生がじわじわと
伝わってくる。ユンゲ監督は「このような映画をいっしょに撮るためには、友達に
ならなければならなかった。そしてその友情は今日まで続いている。」と言ってい
る。長期間にわたって個人の生活に付き添うということは、深い信頼関係を築くこ
とだ。国の公式意見と個々の子供が持つ人柄を通して見た社会状況には当然ギャッ
プがあり、メディアが求める社会主義の理想の人間像とゴルツォーの子供たちの現
実はくい違うことも多かった。政権を握っていたドイツ社会主義統一党(SED)の
中央官房に所属するDEFA委員会の検閲を経なければ、制作も公開も許されなかった
環境では、撮影された素材から公開用に選ばれた映像に当然片寄りがあった。1999
年に予定されていたドイツ民主共和国の50周年のために最後の作品を発表するとい
う条件で疑いの眼差しを浴びながらも企画の存続が認められた。ところが1989年に
壁が崩壊した。
元々は社会主義の社会構想の実現のプロセスを描くためにある世代のポートレート
として始まった『ゴルツォーの子供たち』は、時間の流れとともに変化していった。
ドイツ民主共和国が求めた自画像とその国民の実生活が一致しないにしろ、ユンゲ
監督と関係者たちは社会主義社会の現実を忠実にとらえようと、忍耐強くゴルツ
ォー出身の十数人を見届けてきた。その結果、社会主義の社会形態を確認するはず
だった映像が、逆にその社会の沈没を記録し、生き残った。
統一後、ユンゲは今まで撮り貯めた映像に新たに撮影した素材を加えながら主に個
人のポートレートを作った。1983年からユンゲの作品をすべて編集してきた妻バー
バラは1993年から副監督としてすべての作品に関わる。90年代半ばから2000年代半
ばまでそうやって9本の映画が公開された。ウィリー、マリー・ルイーゼ、エルケ、
ヨヘン、他5人の人生を描くこの映画たちは、今まで公開された映像を再利用しな
がらそれらを個人の人生に組み込むことによって新たな観点を生み、多様な関係性
を広く深く結び繋いでいく。解説も監督自身の言葉で、声もユンゲ本人だ。社会主
義の代表ではなく、カメラを挟んでユンゲ監督とゴルツォーの人々が個人として対
話する。日常の出来事や事実を淡々と並べていく映像は率直だ。
例えばウィリーが最初の妻と離婚する時は、ウィリーだけではなく妻の話も聞く。
変に気を使わずに不愉快な質問もする。数年後、互いに新しいパートナーと暮らし、
また子供も生まれた二人が再会する時にもユンゲは立ち会う。長年連絡を取ってい
なかった息子たちと向かい合うぎこちないウィリーの姿も見せる。入学した当時は
いちばん背が低くかったため最前列に座らされたウィリーはよけいに先生の注目を
浴びた。勉強にあまり熱心でなく、中学を卒業するころには漁船で働いて世界を見
たいと言い、東欧ブロックに収まりそうにないその将来像に先生は困る。しかしウ
ィリーは地元の農業生産協同組合で働き始め、農業で使われる機械の免許をすべて
取得し、勤勉な仕事ぶりは周りからの好意を集める。背丈も今では平均よりずいぶ
ん高い。70年代の典型の長髪とヒゲは村でも評判だ。しかし壁の崩壊後に農業生産
協同組合は解散される。民営化のなかで多くの人々と同様に失業し、困難な職探し
を経てトラックの運転手として勤め先を見つける。やがて二人目の妻との間に生ま
れた3人目の息子の入学式をデジタルビデオカメラで撮影するウィリー。話は始ま
りに戻り、次の世代にとバトンタッチされる。
このようにユンゲ夫妻は一人一人の人生を丁寧に語っていく。ひとつのポートレー
トは2時間から3時間の間という長編だ。個人の人生を描くことによって時代を反映
し、ある社会や制度や国がなくなっても人が残ることを印象深く伝えてくれる。し
かもあるヒーローの物語ではなく、ごく普通のお隣さんの伝記だ。数万人のドイツ
人のうちの一人の話。それなのに全く退屈せず、むしろおおいに共感しながら観ら
れる作品群だ。
2006年にベルリン国際映画祭で公開された最新作では5人のゴルツォーの子供たち
の人生が語られている。1983年以降撮影を拒否したペトラとイローナの二人、逆に
長い間連絡が途切れ、この作品のために再度撮影に協力したクリスチャンとユルゲ
ンが出てくる。実在する人間と向き合う映画だからこそ、ある人はプツンといなく
なり、ある人はまた現れる。完璧なストーリーを求めずにドキュメンタリーの特性
を受け入れ、作品に組み込むユンゲ夫妻のまっすぐさは説得力がある。
『ゴルツォーの子供たち』の第一話はわずか13分の短編だったが、19本目は278分
という長編だ。今まで公開された映画を合計すると37時間あまりになる。時代の記
録であると同時に個人の物語であるこの長期記録シリーズの最後となる20本目では
残る5人の人生を語るとユンゲ夫妻は言っている。果てしない物語は終わろうとし
ている。よほどの愛情があってこそこなせる作業だと思う。あたりまえのものの美
しさと独自性、人を見るという行為、日常の中に潜む時間の大きな流れ、いちばん
簡単でいちばん難しい人生の基本的な魅力を伝えてくれる映像だ。
■梶村 昌世(かじむら・まさよ)
現在ベルリンの移民二世の若者を描くドキュメンタリーの企画に関わっています
( http://www.withWINGSandROOTS.com )。そのせいか、『ゴルツォーの子供た
ち』に魅せられた。なぜカメラを通して人を見るのかと考え直す日々です。残念な
がらドイツ語のみですが、興味のある方はぜひウェブサイトを観てください。
http://www.kinder-von-golzow.de
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┃03┃□映画時評
┃ ┃■『ロストロポーヴィチ 人生の祭典』A・ソクーロフ監督、2006年
┃ ┃■萩野 亮
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20世紀ロシア最大のチェリスト、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチの逝去を知
ったのは、アレクサンドル・ソクーロフの新作を観賞して、その作品評をタイプし
ていたその夜だった。
ソクーロフの映画は、途中次のように語っていた。
「さようなら、ヨーロッパ。こんにちは、新しいヨーロッパ。」
エリツィン元ロシア大統領もまた、先ごろ逝去した。わたしは誤っても、昨年作ら
れたこの映画が、登場人物たちの死を予言していたのだという読みを披露しようと
いうのではない。一組の音楽家夫妻を見つめた映画作家によって宣言された時代の
終焉が、彼らの死という、もっとも直截的なかたちにおいて表れたように思われた
のだ。ソクーロフが映画という営為を通じて見通すヴィジョンは、神秘的であるこ
とをすでに超えて、現実を貫いている。
ソクーロフがいくつもの映画で問い返そうとしているのは、おそらく20世紀という
時代についてであるだろう。2部から成る、しかし小品ではある『ロストロポーヴ
ィチ人生の祭典』もまた、20世紀をまたぐチェリストとソプラノ歌手の音楽を通し
て、同じ主題を思考するものだ。
この映画を性格づけているのは、ソクーロフ自身による実に主観的なナレーション
と、細かなカット編集である。換言すれば、なるべく「素材」に手を加えず、レン
ズの前のありのままを提示しようとする「ダイレクト・シネマ」と呼ばれる方法論
には見向きもしない、作り手の意図こそを伝えようとするより古典的な手法に基づ
いている。たとえばソクーロフは、音楽家の顔を撮るのと同じだけの情熱を持って、
そこにある音楽に陶然となる聴衆の顔を撮っていることだ。音楽のために集う人種
も年嵩も違う人たち。気品に満ちた老婆に対しては、「ぜひとも話しかけるべきだ
った」という映画作家の悔恨さえ洩らされる。このシーンにおいて、この映画が音
楽をめぐる映画でありながら、同時に音楽に対峙しようとする映画作家をめぐる映
画でもあることが告げられているのだが、注意すべきなのは、音楽家に対するより
も、その音楽がつくりだす環境こそを同時代の財産としようとする映画作家のまな
ざしであるだろう。
ソクーロフは音楽が生まれるその過程をこそ見ようとするのだ。第2部で中心とな
る、ロストロポーヴィチの「最後の初演」の練習風景と、まったく別の場所と時間
に行なわれる妻ガリーヤのレッスン風景。ふたりのプロフェッショナルが積み重ね
てきた「音楽知」とでも呼べるものにおいて、少しずつ生まれてゆく音楽。ふたつ
の風景が交互にモンタージュされることで、新しい音楽が映像の上に現れる。ソ
クーロフはまさに自らタクトを握るように、音楽と音楽を、映像において指揮して
みせる。それは小澤征爾とロストロポーヴィチが向き合うのと同じだけの、真剣勝
負であると言っていい。
ロストロポーヴィチの最後の仕事の始まりを見届けて、映画は終わる。映画が101
分の上映時間を終えて幕を閉じるように、偉大なる音楽家の80年の生もまた閉じら
れた。20世紀がまたひとつさよならを告げたのだ。わたしたちはソクーロフの問い
かけから、新しい世界をはじめなければならない。(07.4.27)
☆『ロストロポーヴィチ 人生の祭典』(A・ソクーロフ監督/2006年/
ロシア映画/カラー/ステレオ/101分)現在、シアターイメージフォーラムにて上映
中。
→ http://www.sokurov.jp/#
■萩野 亮(はぎの・りょう)
1982年生まれ。和光大学表現学部卒。論文に「絵金と映画――〈物語的時空間〉の
構築をめぐって」(『和光大学学生研究助成金論文集14』)がある。最近、どうし
てかポルトガルのことが気になっています。ペドロ・コスタの新作をはやく見たい
せいかもしれません。
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┃04┃□neoneo坐5月前半の上映プログラム
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会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩1
分、JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。
詳細と地図はneoneo坐のサイトをご覧下さい。 http://www.neoneoza.com/
■短編調査団(48) 森の巻…
5月9日(水) 20:00〜
『山に生きる―新しい林業を求めて―』
1975年/15分/カラー/制作:東京都映画協会
東京の林業の現状とあり方を、檜原地区担当の林業改良指導員と山に働く人々の仕
事を通じてレポートする。
『樹海 第1部 北国の森林』
1973年/28分/カラー/制作:三和映画社/企画:東京大学北海道演習林/
監修:高橋延清(東京大学名誉教授)/脚本・監督:野崎健輔/撮影:原田英昭
きびしい北国の森林を舞台にくりひろげられている森林の生態を明らかにし、自然
の法則を尊重しながら、森林を有効に育てていくための理論と実践を紹介する。
『モリアオガエルの誕生―謎の樹上生活―』
1997年/20分/カラー/制作:シーエムエス・フィルムワークス/
脚本・監督・撮影:佐藤昌道/撮影:松田忠彦・藤崎太佳洋
モリアオガエルは主として本州の山中に生息し、天然記念物に指定されている。そ
の山中での生態はほとんど解明されていない。春、水面に張り出した枝々に卵塊を
作る産卵期を中心に、生態の一部を紹介する。
『若い年輪』
1969年/33分/カラー/制作:桜映画社/企画:林業労働災害防止協会/
プロデューサー:村山英治・利光久輝/脚本・監督:堀内甲/脚本:村山正実/
撮影:村山和雄/音楽:長沢勝俊/
出演:平島正一・徳弘夏生・保科三良・今橋恒・秋山秀子・永井玄哉ほか
山に生きる人々が近代化・機械化に取組み、林業後継者が山に生きる喜びを真に自
覚していく姿を劇構成で描く。
料金:鑑賞無料! カンパ歓迎!
お問合せ:清水 E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp
■NEO Gallege BAR(3)
5月10日 20:00〜
山崎幹夫「東京いい路地ソソる路地ベスト30」
東京23区に多数ある路地から「細い、長い、くねくねしてる」の3要素からランキ
ングを試みる。すべて動画で見せます。
1回参加:2,000円(軽食付・アルコール類は別料金/1ドリンク300円)
会場・予約先:スペースneo
E-mail: spaceneo@tcn-catv.ne.jp
■シネマトレイン地獄選「ハダカの謝肉祭」
5月17日(土) 20:00〜
はらわたを逆流するうねり、悪夢の世界をフィルムに焼き付けた猿山典宏最新作を
含め、怒涛の勢いで観る者を圧倒する破壊的映像の数々、地獄選解禁!
大西健児『ハードキャンディ』15分/1998年
才木浩美『ディシプリン』12分/1996年
猿山典宏『転落』2分/1994年
猿山典宏『牢獄ノ祭典』4分/1996-2006年
小口容子『エンドレス・ラブ』36分/1987年
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┃05┃□広場
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■新・クチコミ200字評!(52)
■清水浩之(短篇調査団・5/9は森の巻! http://d.hatena.ne.jp/tancho/ )
オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!映画・ビデオ・テレビな
ど皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも可!もちろん「オスス
メしない映画とその理由!」もOKです。
本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡先(メールアド
レスor電話)/題名/制作年/監督/見た場所(よろしければあなたのプロフィール
や近況も)を付記してお送りください。ちなみにここでは稿料は出ません。
清水浩之 E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp /ファクス:03-3703-0839
A-055『人間蒸発』
1967年/制作:今村プロ+ATG+日本映画新社/監督:今村昌平
見た場所:自宅(DVD) 販売元:東北新社 http://www.tfc-dvd.net/
5月9日(水)・6月5日(火) 東京国立近代美術館フィルムセンター
「追悼特集 映画監督 今村昌平と黒木和雄」で上映
http://www.momat.go.jp/FC/fc.html
「演出」は「ヤラセ」にあらず。昨今の報道であったような事実をねじ曲げ見る側
を思考停止に追いやるものが「ヤラセ」だとすると、登場人物が蒸発した婚約者を
探している事実や、作品の方向を決める作戦までも赤裸々に作品中に取り込む姿勢、
最後にはフィクションだと公言することで見る側を思考させ続ける「演出」という
のは、真逆の意味を持つ。ドキュメンタリーって何?って考える上でやっぱり避け
て通れない作品だと思います!(ペンネーム:もっさん)
A-056『ヨコハマメリー』
2005年/制作:人人フィルム/監督:中村高寛/出演:永登元次郎、五大路子 他
見た場所:千里セルシーシアター http://www4.ocn.ne.jp/~selcy.t/
見逃していたこの映画は名画座でつかまえました。作中の山崎洋子さんもゴールデ
ン・カップスに、ちらっと触れておられたけれども、私もこの映画を観ながらゴー
ルデン・カップスを描いた『ワンモアタイム』を思い出しました。まさに、ゴール
デンカップスが横浜の光なら、メリーさんは横浜の影。『ワンモアタイム』と『ヨ
コハマメリー』が対になって、横浜という都市の物語を形づくっている気がしまし
た。この2本のドキュメンタリーは、両方併せて観るべきでしょう。
根岸家に集まっていたアメリカ軍の兵士や将校と彼ら相手の売春婦たちを見ている
と、日本がアメリカとの戦争に敗れて占領されたことの意味を考えざるを得ない。
しかし、高度経済成長が軌道になるに従って敗戦と占領に伴う混乱の記憶は曖昧に
忘却されていったようですね。そして、ヴィトナム戦争が終わり、横浜の本牧から
アメリカ軍基地が撤去されて、物理的に敗戦と占領が消去される。
アメリカに対する敗戦と占領については、ゴールデン・カップスについてもいえる。
彼らの音楽もまた、アメリカから入ってきたロックやリズム&ブルースによって形
づくられてきたのだから。
戦後史の捉えなおしという点では、押井守監督の『立喰師列伝』を思わせますね。
しかし、『立喰師列伝』が、映像的に必ずしも成功しているといえなかったのに対
し、この映画は非常に感動的なものになっている。(脇阪亮/山崎洋子さんの『天
使はブルースを歌う』読みました)
A-057『地球ドラマチック 本当に強かったのか?ティラノサウルス』
2004年/制作:イギリス BBC 放映:2007年4月18日・NHK教育テレビ
http://www.nhk.or.jp/dramatic/backnumber/90.html
化石に含まれているわずかな痕跡から、6500万年前に絶滅したティラノサウルスの
生態について学説を提出し、批判し、反論する科学者たちの真実を追究しようとす
る姿に感動。科学ほどスリリングなものはないのでしょうね。ほとんど、ミステ
リーの謎解きですね。
スーと呼ばれるティラノサウルスの全身骨格の化石とその発掘者をめぐる顛末も面
白い。ただ、このあたりは丁寧に描かれているとはいえない。落札されたスーの代
金はいったい誰の手に入ったのか、よく分からなかった。(脇阪亮)
B-206『新しい包装』
1964年/制作:岩波映画製作所/企画:日本通運/監督:中野剛宣/
脚本:中西直登 TEPIAビデオライブラリーにて動画公開中
http://www.stream.tepia.jp/streaming/welcome
(「分類別メニュー」→「農林・水産・サービス」→「その他産業」を選択)
仕事の資料として見つけたのですが、今見ても十分面白い!私達が何気なく利用し
ている包装を「品物を守る手段」として研究開発してきた歴史、段ボールや発泡ス
チロールなどの“新素材”、“大型包装”としてのコンテナの発明などで流通がど
う変わったかがよく分かります。綿密な取材映像に加え、データや模型も駆使して
「実用的な映画」に挑む岩波映画スタッフの情熱は、空疎なコピーと薄っぺらなCG
に飽きたご同業の皆様こそ必見です。(清水浩之)
B-207『運命の一手〜渡辺竜王VS人工知能・ボナンザ』
2007年/制作:東京ビデオセンター/ディレクター:萬はじめ・辻本強
放映:2007年4月21日・NHK衛星第2
400年分の棋譜をインストールした“世界最強”ソフトの挑戦…棋界と学界の「異
種格闘技戦」に興奮する周囲の人々を後目に、冷静に知力での一騎打ちを演じた渡
辺明竜王(22歳・妻子あり)とボナンザ開発者・保木邦仁氏(31歳・愛煙家)、二
人の飄々としたキャラクターが魅力的。穴熊囲い・角銀交換など将棋用語も学べる
3時間の熱戦を追いながら、人間の頭脳と人工知能、それぞれの長所が丁寧に解き
明かされていく構成が見事でした。(清水浩之)
◇────────────────────────◆◇◆
■『映画は生きものの記録である』ニュース(4)
●上映&トーク
「君は土本典昭を知っているか?」
5月10日(木)
17:15〜17:55 トークイベント
大津幸四郎 vs 藤原敏史(聞き手:安岡卓治)
18:00〜20:50 上映『水俣―患者さんとその世界』
詳細→ http://www.tsuchimoto-eiga.com/event0510
4月23日(月)
岩佐寿弥監督をお迎えして藤原敏史との対談をユーロスペース会議室で行う。パン
フに掲載する記事用である。ついでに撮影も行う(キャメラマンは加藤孝信)。岩
佐作品の『眠れ蜜』(1976)はドキュメンタリーとフィクションの領域を探求した
作品として話題になった。最新作はチベットで撮影したドキュメンタリー『モゥ
モ・テェンガ』(2002年)がある。土本監督とは岩波映画以来50年来の交流があり、
土本さんを最も知悉する方だ。70歳とはとても見えない。身のこなしは若々しい。
対談は岩佐さんの熱弁で始まった。岩佐さんには土本さんに長年持ち続けてきた
「問い」があったと言う。それは、土本さんと共産主義との関係であり、土本さん
は共産主義を時代に対峙する思想として生きてこられた。しかし岩佐さんの考えで
はそれだけでは土本さんを語ることにならない、もっと奥深い資性が潜んでいて、
それこそが記録映画作家としての土本を形成しているのではないか? という問い
である。その核にあるものは何か?それがやっと解けたと岩佐さんは言う―「“慈
悲”の心―土本典昭のいちばん深いところにある“慈悲”の心なんですよ!」。長
年の胸のつかえがストンと落ちたとばかり、岩佐さんの声は弾んだ。さらに、そう
気付かせたのは、『映画は生きものの記録である』を観たからだ、と岩佐さんは続
ける。その後話題は、水俣の患者さんのこと、日本人の精神、ダライ・ラマにまで
及んでいった―圧倒的な語りに一同聞き入るばかりだった。
対談の一部始終はパンフに収録するので、乞うご期待。
ユーロスペースの北條さんから、上映開始時間を「10時20分より」とすることを告
げられる。すでに初日は6月2日に決定していたので、ずっと開始時間を待ち焦がれ
ていたのだ。これで連休明けに増刷するチラシに日時を書き込められる。(伏屋)
4月24日(火)
「東京・水俣病を告発する会」が季刊誌の中にチラシを同封して、全国に配布して
くれることになった。心強い協力に感謝。
4月25日(水)
渋谷のヨコシネ(現像所)にて、35ミリの予告編の初号試写。すでにDV-CAM版はポ
レポレ東中野で流している。ユーロスペースでは35ミリに限られるので、発注して
いたのだ。わずか2分の映写というものの、スタッフ、眼をこらして見つめる。果
たして素晴らしい仕上がりに一同大いに満足。さっそく4本を追加発注する。
(伏屋)
◇────────────────────────◆◇◆
■上映
■『ビリン・闘いの村』上映会
パレスチナ暫定自治区・ヨルダン川西岸にあるビリン村。イスラエル政府が作った
分離フェンスを境に、生活格差は広がる一方だ。そして、さらに止まない抑圧の毎
日−若者たちがとった行動は、非暴力の闘いだった。
この作品は、遠く離れたビリン村と私たちの対話の場でもある。
非暴力の闘いは「目撃者」なしには成立しない。
映像によって「目撃」していることを闘いの村に伝えたい。そんな願いから、上映
会の日にはビリン村に宛ててビデオレターを撮影できるセットを用意します。
ぜひ、「ここで見ています!」というメッセージを発信しにいらっしゃいません
か?
チラシはこちら: http://www.voices1.com/stockfile.pdf
『ビリン・闘いの村』上映会(監督:佐藤レオ 上映時間61分)
開催日時:2007年5月12日 13:00〜
入場料:前売 1000円 当日 1200円
申込・問合せ: voices@hotmail.co.jp スペース・オルタ:Tel045-472-6349
会場:スペース・オルタ:045-472-6349
横浜市港北区新横浜2-8-4オルタナティブ生活館B1
(JR新横浜駅から徒歩6分(横浜線沿い、東京ガス手前)
主催:特定非営利活動法人ボイス(VOICES)
◇────────────────────────◆◇◆
■募集:「自作を語る」などの原稿募集!
「自作を語る」欄は、監督自らが作品について語るコーナーです。制作した動機や
撮影のポイント、編集で心がけたこと等を内容に盛り込んで頂きたいと思っていま
す。
文字数:1600字程度。厳密な規定はございません。
監督のプロフィール(150字程度)
その他:作品の仕様(制作年度、時間、ビデオ又はフィルム、スタッフ等)
上映のスケジュール、HP等をお知らせください。
原稿締め切り:配信日(1日&15日)の3日前までに、下記に送信ください。
E-mail: visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋まで
稿料:無料。
その他、さまざまなご意見、投稿を募集しています。
◇────────────────────────◆◇◆
■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋 博雄(本誌編集長)
neoneoの購読は無料ですが、経費を(その大部分は稿料ですが)賄うため、上映等の
告知は有料にしています。なお皆様にカンパもお願いしていますので、ぜひご協力
ください。
(1)上映等の告知の有料化 1200字(40字×30行)以内につき、2,000円です。
それ以上の字数の場合は加算します。
(2)カンパのお願い 一口2,000円。何口でも。
送金方法:郵便振込み:00160-8-666528 neoneoの会、又は、
みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782
(有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせ
ください。)
以上、neoneoの継続ため、よろしくお願い致します。
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┃06┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
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●今回掲載した論考やレポート等は、いずれも力作ばかり。綿密な調査に基づいた
原稿があり、ドキュメンタリー映画とは何か?を考えるうえで意欲的な報告があっ
た。
●例えば中村のり子さんの場合, 原稿には11名の監督やキャメラマンが登場し、
彼らが関わる6ヶ所から発行した機関誌(紙)や研究団体が出現している。しかも
それらが互いに交流し、ときには離合集散を繰り返しながら活発な活動を繰り返し
ている。そして莫大なエネルギーを放出し、いかに彼らの往来が激しかったかを垣
間見せている。
今回中村さんの考察するのは、50年代から60年代にかけての群雄割拠したノンフィ
クションの運動(体)の様相である。いみじくも中村さんはこのように感嘆する。
「それ以前とは異質な動きが互いに関わり合いながら起こっている。それを導くの
は、やはりまず人間の出入りだ」、と。
人が育つためには当人の問題意識や努力はもちろん必須であるが、同時に彼を取り
巻く環境がものをいう。否、人は環境を取り込んで育つのである―人と人との往来
による刺激、つまり運動が彼を育てると同時に、彼は運動を働きかけるのである。
人は人を欲し、人が人と繋がるーそこには大なり小なり必ず運動が生じる。よりア
クティブに人が人と繋がる場合、巨大な運動エネルギーが生じる。それによって人
は育ち、成長する。
50年代から60年代。この時代の映画人を思うとき、人を求め、意識を先鋭化させ、
欲望を満たそうと必死になって蠢いていたのだと痛感する。
●ベルリンからの梶村昌世さんの『ゴルツォーの子供たち』のレポート。とてつも
ないドキュメンタリーが誕生しているものだ、と驚く。1961年から製作を開始し、
シリーズとして昨年で19本が完成した。来年の20本目の作品で、やっと初期の目的
を達成するという。この間、実に45年。数人の人間を、妻と共にひたすら撮り続け
て来たという。監督は第1作の時は26歳だったというから今や71歳。当初は東ドイ
ツの製作会社が企画だったそうだ。「今ではなき東ドイツでの子供時代から始め、
学校生活、成人していく過程を隔て、壁の崩壊、そして統一後ドイツ連邦共和国の
国民として生きていく数人の個人たちの人生行路」を描いているという。撮影がこ
れだけ長期になれば、映画作りは作り手と撮られる側といった定式の壁を越えて、
人生を共に見つめながらの共同制作となったはずである。時を刻みながら、人生の
営為を築くーこれはもう、ドキュメンタリーの域を超えている。詳細は本文を読ん
でいただくほかないが、この作品を観たいと思うのは、私だけではないはずだ。
●『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』が東京では6月2日からユーロ
スペースで始まる。残り1ヶ月である。そこで上映を記念して、5月10日には「君は
土本典昭を知っているか?」と題して、アテネフランセ文化センターでトークと上
映のイベントを行なうことになった。土本監督の『水俣―患者さんとその世界』は、
水俣作品の傑作。見逃している方は、ぜひこの機会に見て頂きたい。35mmフィルム
の上映はまたとない企画だ。トークにはこの作品のキャメラマンである大津幸四郎
さんにも参加いただく予定である
。詳細→ http://www.tsuchimoto-eiga.com/event0510
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■責任編集 伏屋博雄
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