ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo |
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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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┗━┛ ☆━┛ ┗━☆ 76号 2007.3.15
∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
†01 日本のドキュメンタリー映画のかたち
『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』
監督インタビュー(2−最終回) 藤原 敏史
†02 自作を語る
あがた森魚・月刊映像日記『もっちょむ ぱあぷるへいず』
岡本 和樹
†03 ワールドワイドNOW ≪バンコク発≫
ドキュメンタリー映画は、愛人の子ども!? 吉岡 憲彦
†04 neoneo坐3月後半の上映プログラム
†05 広場
新・クチコミ200字評!(49)
『日本暗殺秘録』(ペンネーム:冷や飯)
『9.11-8.15 日本心中』『全力坂』(以上の評:清水 浩之)
『映画は生きものの記録である』ニュース(1)
伏屋博雄、佐藤寛朗
募集:「自作を語る」などの原稿募集!
上映の告知の有料化とカンパのお願い
†06 編集後記 伏屋 博雄
★バックナンバー閲覧はこちらまで
まぐまぐ配信 http://blog.mag2.com/m/log/0000116642/
melma!配信 http://www.melma.com/backnumber_98339/
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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』
┃ ┃ 監督インタビュー(2―最終回)
┃ ┃■藤原 敏史
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●インタビューを掲載するにあたって
伏屋博雄(企画・製作を担当)
『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』は、戦後のドキュメンタリー映
画の本流ともいうべき土本典昭監督が出演し、土本作品と、土本監督が見守り続け
てきた「水俣」への思いを記録した作品である。撮影は2003年から約2年間を要し、
主に土本監督の自宅の居間(仕事部屋)や編集機の前、そして水俣で行われた。本
作品は5月下旬よりユーロスペースにて公開(モーニングショー)される予定であ
る。
以下の原稿は、前回に続いて、藤原敏史監督のインタビュー形式による自問自答で
ある。今回が最終回である。
☆『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』
2006 年/ DVCAM・16mm / カラー&モノクロ/ 94分
製作・配給:ビジュアルトラックス作品
公式ホームページ: http://www.tsuchimoto-eiga.com/
出演:土本典昭/監督:藤原敏史
企画・製作:伏屋博雄 撮影:加藤孝信 監督補:今田哲史
音響監督:久保田幸雄 インタビュー:石坂健治
●配給お問い合わせ:ビジュアルトラックス(TEL&FAX:042-384-5822)
e-mail: visualtrax@jcom.home.ne.jp
● 宣伝お問い合わせ:スリーピン〈デジタルムービー工作室内〉
(原田:TEL:03-5327-3771 FAX:03-5327-3772
e-mail: haradaru@gmail.com
◇────────────────────────◆◇◆
■『映画は生きものの記録である』監督インタビュー
―私はどのように撮ったか(2)
Q.で、結局「水俣の土本」の映画になった。
藤原敏史:映画にしようと思ったら、使える時間は限られているわけです。ビデオ、
それもNTSCで撮っていることから考えても、そんなに長い映画にはできない。
生理的に無理です。せいぜい90分ちょっとでしょう。映画館なら2時間は持た
ない。そこに15年戦争と重なる少年時代から青春時代の政治運動から、映画に
入るきっかけ、水俣、原発、アフガン、オホーツクとなんでもかんでも取り込
んで行くと、散漫な映画になってしまう。ひとつのテーマに集中した方が、よ
り深くてこの映画でしか聞けない、見られない内容に入り込むことができるし、
そっちの方がどう考えても作っている自分が退屈しないわけです。自分でさえ
退屈してしまうものをお客さんに見て頂くなんて、そんな傲慢な(笑)。
アップ中心で、土本さんの顔に集中して欲しいと言ったのも同じ理由からで、
脳裏にあったのはドライエルの『裁かるゝジャンヌ』です。あの映画は実際の
ジャンヌ・ダルクの裁判記録に基づいていますが、1年半かかった裁判を90分
強の映画のなかで2,3日くらいに凝縮している。城の実物大セットを作らせて
おきながら、ドライエルはほとんどアップしか撮っていない。なんでもキャメ
ラ位置を確保するのにわざわざ作った実物大セットの壁に穴を開けさせたとか
の壮大な“無駄”の逸話が残っていますし、撮影期間も異常に長かった。俳優
たちは半年以上拘束されたらしい。ではそれが無駄だったのかと言えば、プロ
デューサーは青ざめたでしょうが、ドライエルにとってはまったく無駄になっ
ていない。すべてが俳優たちをあの中世になりきった、真実の顔に追い込み、
そこに立ち現れる人間性の豊かさを撮るためには必要だった。
この映画も撮影期間のうちの最初の一年間は、使ってないという意味では無駄
です。
土本さんの講演とか全作上映の際のシンポジウムを撮影していたのに至っては、
最初から使う気もなかった。プロデューサーが撮りたがるのでイヤとも言えな
かっただけです。でも撮っている以上いい加減には撮らないし、そのなかで土
本さんの話し方のクセや、より突っ込んだ質問のしどころを把握していく。さ
らには、とくにキャメラにとって重要なこととして、身体の動かし方のクセや、
どんな光でどんなアングルだといちばんよく映るかなどが、撮っているからこ
そこっちの骨身に刻み込まれるわけで、だから完成した映画でも、あれだけア
ップで撮っていながら、かなり大きな身振りとか顔の動きがあっても、フォ
ローできているのでしょう。それに対象である土本さんにもキャメラの前にい
ることに慣れて頂けるし、より深くざっくばらんな関係にもなれる。
Q.水俣でもロケをしていますね。
藤原:あれは例の土本全作上映が終わった直後の、同じ夏です。予算の都合で土本
さんたちの水俣旅行に同行できたのが僕一人だけで、機材的にも民生用の小さ
なキャメラしかなかったのは辛かったですが、文字通り最小限のスタッフであ
るぶん(笑)、小回りは効いたんでしょう。引用した土本映画の、70年代前半
のスタッフワークのドキュメンタリーの様式と、現代的な、いわゆるパーソナ
ルなドキュメンタリーの様式を、衝突させることにもなりましたし。本当はあ
あいう今風の、審美的にも思想的にも詰めの甘い個人ドキュメンタリーは、僕
自身はあまり好きではないのですけどね。
キャメラが三脚に載ってないとどうも不安になるタチですから(笑)。
Q.70年代の水俣と現代の水俣の対比が繰り返されますね。
藤原:あれが出来たから映画がまとまったんですよ。水俣ロケがなかったら本当に、
どうしようっていう(笑)。土本さんをその映画についてインタビューすると
いう時点で、さっきも言ったように過去と現代という対比構造は最初から組み
込まれてしまっているわけです。実は土本さんの水俣映画もある意味その構造
を背負っています。水俣病事件自体は、1950年代の半ばの悲劇ですから。土本
さんが『水俣の子は生きている』で初めて水俣に行ったときにも、すでに終わ
ったと言われていたそうだし。でも事件としては終わっていても、実際にその
悲劇を背負った人たちは相変わらず生きているし、生き続けなければならない。
水俣映画の主人公たちは、過去の事件を背負って生き続ける人たちです。そし
て我々が撮っているのは、その人間たちを映画にした過去を背負って今現在を
生きている土本さんである。
土本さん自身の現在は東京でも撮れるけれど、背景になる風景は永福町のご自
宅と仕事部屋だけですから、画になるものと言ったらステンベックと、土本さ
んが私有している数々の16 mmキャメラくらいしかない。他に誰が見ても“映
画”を感じさせる具体的なモノはないし…パッと見た限りでは、ただの住宅で
す。本棚を撮ればまだ水俣関係の書籍とか新聞の切り抜き帳が並んでいる程度
のことは映りますが、しょせん文字情報、言語情報です。土本家名物の銀杏の
樹を撮ったところで、土本さん個人を知らない観客からすれば「だからなんな
んだってば」ということで、映画のなかで意味を持つとも思えない。土本さん
の日常生活を撮ってそこから人間性が滲み出るみたいなシーンも、この映画は
作家・土本典昭の思想と取っ組み合うことが目的ですから、なんの意味もない。
キャメラそのものは機械ですから、フィルムには思いも精神も魂も映りません。
だから出来る限り存在感があって、そこに映画作家土本と、その撮って来たも
のの記憶が刻印されているものが欲しかった。水俣に行けば、70年代に土本さ
んが撮った水俣の風景からなにがどう変わったのかが現実の被写体として眼前
にあるわけです。チッソの工場もまだあるし、『患者さんとその世界』でチッ
ソ株主総会に向かう際に皆さんが乗り込む駅も、建物はほぼ昔のままです。一
方で水俣湾は大規模公共工事の典型みたいな埋め立て地になっている。水俣は
あの事件があったせいで、直接の補償金だけでなく、いろんな形で中央からお
金が行っているんでしょうね。
水俣病という事件自体が、日本近代の農業漁業中心の自給自足経済から先進工
業国家への変貌のなかで起こった悲劇でもあります。そして土本典昭の映画と
は、日本の戦後の発展と矛盾を見つめ続けたものでもある。この視点は最初か
らどこかにあったので、いざ水俣に行ってチッソの工場とか、百聞排水口の跡
とか、埋め立て地を見たときには「やった!」と思いましたよ。水俣の人たち
には叱られるでしょうが(笑)。
Q.土本映画に登場する患者さんたちも撮っていますね。
藤原:もう完全に土本さんにおんぶにだっこですよ。患者さんが登場するシーンは
4つあって、いずれも水俣の北の方の女島の人たちです。僕は土本さんが彼ら
に会いに行くというので連れて行ってもらっただけですし、皆さん土本さんと
のあいだには長年の信頼関係があるから、それに便乗して隅っこでキャメラを
廻していただけです。
普通なら初対面であんなシーンは撮れません。お金がないので文字通り最小限
のスタッフで撮った怪我の巧名ですね(笑)。
それにしても水俣の人たちの明るさと優しさにはずいぶん助けられました。あ
んなひどい目に遭わされた人たちなのに、なんとも親切で明るくて優しくて、
「土本さんの友達らしいから、まあ信用するよ」という感じなんでしょうか。
だいたいみなさん患者なのですが、とてもそうとは思えないくらいお元気で。
Q.『患者さんとその世界』で印象的だった胎児性患者の小崎達純さんも出て来ます
ね。
藤原:最初に訪ねたのが小崎さんのお宅で、さすがに大変でした。達純さんのお母
さんがああいう朗らかな人ですから、「撮っていいですか」と断る間もなく話
が始まっているんで。最初はキャメラに気がついた達純さんに思いっきり警戒
され、睨まれています。そのショットはもちろん使っています。水俣病という
題材を撮るのがいかに難しいかという意味を込めて。
達純さんは人並み外れて感受性豊かな人です。黙って撮っているだけでは無礼
だし、警戒されて当たり前なので、僕からも撮りながら話しかけたりしたら、
やがて安心して頂けたようですが、それも土本さんと一緒だったからでしょう。
その意味で、土本さんが水俣の人たちと築いて来た関係が凝縮されたシーンな
のかも知れません。あえて音を切ってサイレントで使いましたが、達純さんの
表情が一瞬ものすごく曇るのは、土本さんがそろそろ失礼しましょうかと言お
うとしたその瞬間です。水俣病の患者をただ悲劇の犠牲者として見せるつもり
は毛頭ありませんし、それは彼らの人間性を無視することにもなりかねません。
でもだからって、そこに悲劇や哀しみがあることを無視してただ楽天的になっ
ていればいいということでは決してない。
Q.30年以上の歳月が経っているわけですが。
藤原:『患者さんとその世界』のときに達純さんが11歳ですから、僕が撮った時点
で45歳ですか。『患者さんとその世界』の撮影時からすれば、34年後です。偶
然と言ってしまえばそれまでですが、『患者さんとその世界』が撮られた1970
年は、僕が生まれた年です。そう考えると結果として、僕が生まれてから生き
て来たタイムスパンがそのまま自分の映画に反映されるわけですから。奇妙な
感慨はあります。それがどうしたと言われても、まあ別にどうでもいい個人的
なことです。(了)
■藤原 敏史(ふじわら・としふみ)
1970年生まれ。早稲田大学文学部と南カリフォルニア大学で映画史と映画製作を学
ぶ。映画批評、映画関係書や映画字幕の翻訳、また吉田喜重監督の助手兼通訳、ロ
バート・クレイマー監督の未完の企画への参加を経て、2002年に批評家として親交
のあったイスラエルのアモス・ギタイ監督の劇映画『ケドマ』のメイキングを撮影
し、監督デビュー。
映画作品:『 INDEPENDENCE around the film KEDMA a film by Amos Gitai』
('02ドキュメンタリー) 『ぼくらはもう帰れない』('06 劇映画 ベルリン国
際映画祭フォーラム部門出品)『柵に囲まれた森』(06 ドキュメンタリー)。
テレビ作品:『土本典昭 ニューヨークの旅』('03)『 Fragments: on Amos Git
ai & ALILA 』('04)『ゆきゆきて、ゆきゆきて…原一男』('04)など。
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┃02┃□自作を語る
┃ ┃■あがた森魚・月刊映像日記『もっちょむ ぱあぷるへいず』
┃ ┃■岡本 和樹
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今月から毎月1回、neoneo坐にて、あがた森魚・月刊映像日記「もっちょむ ぱあぷ
るへいず」を上映します。この映像は、あがた森魚が、日々、ハンディカメラで撮
りためた映像を、1月毎にまとめていき、1つの作品として提示していくという試み
です。
私は、あがた森魚と共同で、この作品の演出・編集をしています。
彼に出会った当初、彼の所謂ドキュメンタリーを作ろうと思っていました。しかし、
彼と付き合って行く中で、彼を、所謂ドキュメンタリーというリアリズムから照射
することは、彼の世界の半分しか捉えることでしかないと思い始めました。そして、
更に言うならば、人の人生というものを、そもそも映画が捉えられるのだろうか、
という根本的な映画への懐疑も持ち始めました。
そういった中で、彼を描くには、彼自身の表現(フィクション)を作品に取り込ん
でいくしか方法は無いという思いに至りました。そこで、この映像日記を共同で制
作することにしたのです。なぜならば、彼が日々撮影した映像の中には、彼が日常
の中で生活している息遣い、現実を見つめる視線、現実の先にあるものを見つめる
視線(ロマンティシズム)、更には、現実と向き合っている苦悩、現実の先にある
ものの中で戯れる遊戯、と彼が内包している全てがあるからです。
そして、作って行く中で気付いたのは、これは、あがた森魚という1個人の視線で
あるにも関わらず、実は、世界の合わせ鏡であるということでした。彼の至極個人
的な視線が、見事に世界を照射している訳です。
この映像作品が、1作1作で、どれ程の自立した強度を持つものかは分かりません。
しかし、この作品を、毎月続けて行くことに、大いなる可能性を感じているのです。
日々の営みが、繰り返され、積み重ねられて行くうちに見えてくる、1人の人間の
生き様。そして、そこから、重層的に写し出され、おぼろげに起ち上がってくる世
界の在りよう。そういったものを内包していると思うと、「映画」という閉じられ
た世界を、1歩位は、はみ出す射程を持ち得るのではないかと思っています。
では、私の編集はと申しますと、あがた森魚の見たものの中から、別の虚像のあが
た森魚をでっち上げ、別の世界像を起立させ、私自身の写し画を作り上げることで
す。
しかし、このようにできあがったものは、勿論、私個人の視線にはなりえません。
私、あがた森魚、更には、現実の世界そのものが見つめ返している視線、と様々な
視線が交錯したものになり、こうした錯綜した視線の中から、現実の奥に潜む新た
な何者かの視線が、起ち上がってくるような気がしています。
☆3月31日(土)
『もっちょむぱあぷるへいず』 〜あがた森魚月刊映画上映会〜
あがた森魚による撮影日記映像を、映像作家・岡本和樹と演出、編集した「月刊映
画」を 毎月上映してまいります。
上映作品:
『ろっけんろーどは行くよ』(函館港イルミナシオン映画祭ヴァージョン)
『月刊映画1月號』
『月刊映画2月號』
あがた森魚アコースティックライヴあり
場所:neoneo坐(東京都千代田区神田小川町2-10-13-1F)
時間;18:00より開映(30分前より開場)
料金:2000円(ご来場者に『月刊映画2月號』DVDRをプレゼント)
お問い合わせ:neoneo坐(phone:03-5281-7820)
■岡本 和樹(おかもと・かずき)
1980年生まれ。映画美学校・第五期ドキュメンタリー初等科終了作品として、大澤
未来と共同で、『帰郷−小川紳介と過ごした日々−』を監督。現在、月刊映像日記
「もっちょむ ぱあぷるへいず」をあがた森魚と共同で演出・編集すると同時に、
寺山修司の主催した演劇実験室 天井桟敷の人々の現在を追ったドキュメンタリー
映画を制作中。また、某劇場用映画のメイキングも制作中。
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┃03┃□ワールドワイドNOW ≪バンコク発≫
┃ ┃■ドキュメンタリー映画は、愛人の子ども!?
┃ ┃■吉岡 憲彦
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●歴史超大作による幕開け
年末から年始にかけて、首都バンコクにおける連続爆弾テロ事件(死者3名、負傷
者39名以上)で幕を開けた2007年のタイは、その後もテロの注意喚起が断続的にな
されるなか、映画界においては、タイのアユタヤ時代の英雄を描いた歴史超大作ト
リロジー『ナレスワン大王(仮邦題)』(英題:King Naresuan)の第一部と第二
部が1月18日、2月15日と連続して劇場公開され、話題を呼んだ。
(オフィシャルサイト: http://www.kingnaresuanmovie.com/index_eng.php )
監督は、ラーマ5世(現国王はラーマ9世)直系の王族監督であるチャトリーチャ
ルーム・ユコン殿下である。日本の映画祭で過去に紹介された作品としては、『ホ
テルの天使』(74)、『象使い』(89)などがあり、社会派として知られた監督で
あったが、21世紀に入ってから、ロイヤル・プロジェクト(あるいは国家プロジェ
クト)による映画制作が目立ち、タイ映画界ではもはや誰も文句の言えない「巨
匠」である。
2001年には、やはりアユタヤ時代の女傑を描いた『スリヨータイ王妃(仮邦題)』
(英題:The Legend of Suriyothai)を制作し、タイの歴代興行成績ダントツトッ
プとなる約4億8千万バーツ(約15億円/2003年の再劇場公開分も含む)を叩き出し、
当時、大きな話題となった。今回の『ナレスワン大王』も、第一部だけで約2億1千
万バーツ、第二部公開4日だけで7.7千万バーツの興行収入を記録しており、12月に
公開予定の第三部と合わせると、『スリヨータイ王妃』の記録を超えるのは確実で
ある。
通常、タイの映画界にあっては、1億バーツの興行収入をあげたら大成功だと言わ
れている(タイの歴代興行成績第2位の『トム・ヤム・クン!』(05)で約1億8千
万バーツ)ので、これらの記録がいかに尋常でないか、また、いかに国をあげたお
祭り騒ぎであるかがよくわかる。奇しくもタイ南部を中心とするマレー系ムスリム
と仏教徒の対立が激化しているなか、王族監督の演出による歴史映画(ビルマとの
戦いを通じて「タイ族」が一致団結するという内容)が、エンターテイメントとい
うオブラートに包まれた形で、メディアという拡声器に誇張された形で、タイ全国
に流通し、イベント化されてしまうという現象に、タイにおけるマジョリティの暴
力性を感じざるを得ない。
とはいえ、『スリヨータイ王妃』、『ナレスワン大王』とも、多数の専門家による
時代考証を経たうえで制作されており、騎馬戦ならぬ騎「象」戦や、豪華絢爛な衣
装(シンプルな袈裟も含む)、当時を再現した街の様子や建築様式など、見所の多
い映画であることは確かである。ただ、残念なことに、いずれの作品も日本では公
開されていない。
●覚えていますか? 人生で最も一所懸命だった、あの頃のことを
年明けから『ナレスワン大王』第一部・第二部の話題で持ちきりだったところに、
その間隙を縫うように劇場公開され、初週で打ち切られずに数週間奮闘したタイ映
画がある。大学受験を控えた高校生の365日を追ったドキュメンタリー『ファイナ
ル・スコア(仮邦題)』(英題:Final Score)のことだ。GTH社による配給で、い
わゆる単館公開ではなく、バンコクだけでも40ヶ所以上あるシネマコンプレックス
で一斉に公開された。
(オフィシャルサイト(タイ語のみ): http://www.finalscorethemovie.com/ )
ドキュメンタリー映画がタイで劇場公開されるのは、これが初めてではない。2005
年には、『マッハ!』(03)や『トム・ヤム・クン!』(05)のプラッチャヤー・
ピンゲーオ監督プロデュースによるドキュメンタリー映画『虎は泣いている(仮邦
題)』(英題:Crying Tiger)がサハモンコン・フィルム社の配給により劇場公開
されているし、日本でも自主上映会などでおなじみの、ニサー・コンスィと女優の
アリヤー・チュムサーイ(ポップ)の二人の女性監督によるドキュメンタリー『デ
ック〜子どもたちは海を見る〜』(05)も、単館ではあるが、劇場で上映された。
最近では、2006年12月に、ナイキの依頼により、『地球で最後のふたり』(03)、
『インビジブル・ウェーブ』(06)のペンエーグ・ラッタナルアーン監督による空
き地サッカーのドキュメンタリー『トータル・バンコク(仮邦題)』
(英題:Total Bangkok)が、単独の映画としてではないが、劇場公開されている。
そういう意味では、ドキュメンタリー映画の劇場公開自体は驚くことではないのだ
が、興味深いのは、GMMグラミーフィルム社(音楽芸能最大手プロダクション傘
下)、Tai Entertainment社、Hub-Ho-Hin社という、それぞれ独立していても強力
な会社の合併によって設立された超大手のGTH社が、このドキュメンタリー映画
『ファイナル・スコア』に資金を提供し、配給を受け持ったという事実である。
GTH社といえば、『フェーンチャン ぼくの恋人』(03)、『親友』(05)、
『シーズンズ・チェンジ(仮邦題)』(英題:Seasons Change)(06)など、若者
をターゲットにした「Feel Good」な劇映画でタイ映画界をリードする映画制作・
配給会社である。そんな映画会社が、なにゆえ、あえて興行的にリスクの高いとさ
れるドキュメンタリー映画に挑戦したのだろうか。
今回、幸いにも、監督であるソーラヤー・ナーカスワンさんに会ってインタビュー
することができたので、以下、そのやり取り(抜粋)を紹介しよう(Q:筆者、A:
ソーラヤー監督)。ソーラヤー監督は、チュラロンコーン大学コミュニケーショ
ン・アーツ学科映画専攻の卒業制作でドキュメンタリー映画『アメージング・タイ
ランド(仮邦題)』(英題:Amazing Thailand)(98/第2回タイ短編映画・ビデ
オ祭準白象賞受賞)を発表したあと、ロンドン大学に留学。修士課程、博士課程
(中退)と進んだあとタイに帰国し、2つほど映画制作を手伝ったのちに本作を撮
り始めたのだという。まだ若い女性の監督である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Q:『ファイナル・スコア』制作に至るまでの経緯を教えてください。
A:チラ・マリクン監督の『鉱山大学(仮邦題)』(英題:Tin Mine)(05)の第4
助監督をやっているときに、高校生の日常生活を追ったドキュメンタリーを撮りた
い、と思って、チラ監督に相談を持ちかけたんです。そのときはまだ、テーマを決
めていなくて漠然としていたのですが、チラ監督が、そう言えば、大学受験って必
死だったな。あの受験を軸にして撮ったらおもしろいのじゃないか、と逆に提案し
てくださり、GTH社の重役会議(チラ監督はGTH社の幹部)にかけてくださったのが
最初のきっかけです。
が…。最初は、総スカンだったそうです。どこの誰かもわからない新人監督のうえ、
ドキュメンタリーとは何事ぞ、と(笑)。でも、ラッキーなことに、ゴーサインが
出ました。チラ監督が信じる新人なら大丈夫だろう、との判断です。もちろん、予
算は最小限です。1年間、私を含めた5名のスタッフによる撮影に対し、約1千万
バーツ(約3千5百万円)の資金を受け取りました。通常の劇映画では、考えられな
いほど少ない予算です。でも、それでなんとかやりくりするようにしました。
Q:ドキュメンタリー映画を撮るのに、GTH社と組むことに抵抗はありませんでした
か。
A:私のそもそもの問題意識は、ジャンルとしてのドキュメンタリーの閉鎖性にあ
ったんです。ドキュメンタリー映画というだけで、タイの(マスの)観客は、まじ
めに構えてしまうし、何か情報を得るだけの、つまり感情のわかない、つまらない
ものだと決めつけてしまう。あるいは、ドキュメンタリー映画が存在していても、
存在していないかのように振舞われてしまう。いわば、愛人とのあいだに生まれた
子どもみたいなもの。お父さん、会いに来てくれないんです(笑)。
私は、まず、そんな既成概念を打ち破りたいと思っていました。だから、抵抗はあ
りましたが、劇場公開を通じて、広くマスに届けることができるならば試してみた
い、とも思っていたんです。
撮影期間中は、私の思う通りにずっと撮影させてもらえていましたが、なるほど、
と勉強になったのは、ポスト・プロダクションに入ってからです。編集はGTH社の
プロの編集者にやってもらったのですが、撮影したフッテージ(約300時間)のう
ち、非常に明るくさわやかなシーンだけが選択され、手際よく編集されている。実
にうまい。でも、その分、対象となった高校生たちそれぞれの深みが消えているん
です。彼らは、映画になった側面以外にも、もっとダークなキャラクターを持って
いたんです。そこがあって、初めて見えてくるものがあるのに、と思うと、残念で
した。それに、対象との人間関係もある。フィルムに登場する高校生やその両親、
学校の先生方は、自分たちの嫌な面が出てくるのを嫌がります。そこをうまく調整
しようとすると、やっぱり、さわやかな映画になってしまう。なので結局、私自身
の考えるドキュメンタリー性を追求していくと、私の世界観が突出してしまい、マ
ス向けには、ならないのかもしれません。でも、機会があれば、いずれディレク
ターズ・カット版を作りたいと思っています。(Q&A終)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『ファイナル・スコア』は、確かにライト・タッチでテンポのよい映画であった。
BGMも、いたってクール。高校生たちの親との葛藤、先生へのプチ反抗、淡い恋な
ど、随所に臨場感あふれるドラマがある。そして、受験結果発表の日、観客は、ス
クリーンの中の高校生や家族と一緒になってドキドキし、その結果に一喜一憂する。
それはまさに、GTH社が得意とする「Feel Good」な劇映画のドラマと同じ構造であ
った。タイでは珍しい、「Feel Good」なドキュメンタリー映画の誕生である。
GTH社の宣伝上は、あくまで「脚本のないドラマ」としてプロモートされていたも
のの、人々は、それを「サーラカディ(ドキュメンタリー)」として認識した。え
っ?サーラカディ(ドキュメンタリー)なの?その言葉から想起されるイメージか
ら、受験対策のノウハウを伝授してくれる映画に違いない、と勘違いした高校生も
多かったと聞く。しかし、フタを開けてみたら、なんてことはない、等身大の高校
生の、おもしろおかしいスクールライフではないか。うーん、「Feel Good」。
ソーラヤー監督の狙っていた、ドキュメンタリーをマスに届け、つまらないという
汚名を返上するという目的は、見事に達成されたと言えるだろう。
しかし、インタビューでソーラヤー監督が答えていたように、彼女は、『ファイナ
ル・スコア』ディレクターズ・カット版の可能性も考えている。独自の世界観を提
示することで、マスは彼女に背を向けるかもしれない。しかし、その個性こそ、ド
キュメンタリー映画が監督に求める才能である。ソーラヤー監督の今後の活躍に、
大いに期待したいところである。
■吉岡 憲彦(よしおか のりひこ)
国際交流基金(ジャパンファウンデーション)職員。1999年〜2004年までバンコク
日本文化センターに勤務。2006年5月より同基金海外長期研修員としてチュラロン
コーン大学大学院に在籍中。ピアック・ポスターのデビュー作『トーン(仮邦
題)』(英題:Thon)(70)がタイで英語字幕付DVDで発売されています。盗作す
れすれ(笑)の音楽が妙に好きで、BGM代わりにDVDを聴いています。
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┃04┃□neoneo坐3月後半の上映プログラム
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会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩
1分、JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。
詳細と地図はneoneo坐のサイトをご覧下さい。 http://www.neoneoza.com/
■NEO Gallege BAR OPEN!
もっと自由に映像を観る場・映像作家(映画の作り手)と観客が触れ合う場として、
「NEO Gallege BAR」がはじまります。映像作家同士のトーク & 作品・激レア映像
上映セッションをBarスタイルで開催します。より深く映像作家の真髄に触れてく
ださい。
☆“Gallege” = “Garage” + “College”
時間:20:00〜23:00(開場19:30〜)
1回参加:2,000円(軽食付・アルコール類は別料金/1ドリンク300円)
予約:全12回券 20,000円(全12回券は3月14日までメールにて予約承ります)
会場・予約先:スペースneo
E-mail: spaceneo@tcn-catv.ne.jp
3月15日(木) 大西健児&小口容子
『実践 短編16ミリ映画制作突貫講座 1:ヌード撮影実習・篇』
映画はやはりフィルムから、第1回目は16ミリ映画機材の講習、まずは映像制作の
基本講座です。 「ヌード撮影実習」 ヌードモデルを用意し、鬼才・大西健児の衝
撃的映画製作プロセスを目撃する講座です。 参加者もヌード撮影実習をしましょ
う。カメラを持参でおいで下さい! カメラを手にしたことのない人も大歓迎! ふる
ってご参加ください。
■短編調査団 (45) 砂漠の巻
3月28日(水) 20:00〜
16mm上映 鑑賞無料・上映カンパ歓迎
『ひらけゆくパキスタン』
1962年/33分/カラー/制作:読売映画社/企画:神戸製鋼所/
プロデューサー:山田忠治/脚本・監督:渥美輝男/撮影:日向清光
■ パキスタンは宗教の国でイスラム寺院が立ち並び、イスラム教徒は日に5度ア
ラーの神に祈りをささげる。この国で天然ガスを利用した尿素肥料を合成する工場
建設が計画され、その大工事の一切が国際入札の結果、日本に発注された。東パキ
スタンの国情を解説しながら、日本人技師による肥料工場の建設を描いて、東パキ
スタンを知る手びきとする。
『モスクのある国際空港―アブダビ新国際空港の建設―』
1980年/21分/カラー/制作:シブイ・フィルムス/
企画:竹中・熊谷共同企業体/プロデューサー・監督・撮影:狩谷篤/監督:矢部
正男/脚本:高森茂/撮影:野崎嘉彦・塩田孝久
■ アラブ首長国連邦の首都アブダビに近代技術の粋を集めた国際空港ができる。
新しい砂漠のオアシスを目指し、曲線を主調としてデサインされた空港ターミナル
ビルの建設に従事した日本人技術者の努力を描く。
『水のある砂漠 イラン』
1973年/36分/カラー/制作:鹿島映画/企画:鹿島建設/
プロデューサー・脚本・監督:岩佐氏寿/監督:砂川孝夫/撮影:大野洋
■ 昔ペルシャと呼ばれた時代から、砂漠の民は水の確保に懸命の努力を払ってき
た。この水と今日の石油とはどのように歴史的に結び合うかを描く。
【料金】鑑賞無料! カンパ歓迎!
【お問合せ】清水 E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp
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■橘 薫 映像個展 ―静粛を聞け
3月29日(木)20:00〜 Aプログラム(約105分)
『記憶の原野』三部作
序 章(サウンド/15分/8ミリ/1994年)
第一部『牙鳥の時間、鉄の声』(サイレント/23分/8ミリ/1993〜1994年)
第二部『夜より遠い星』(サイレント/34分/8ミリ/1994〜1995年)
第三部『彩に満ちる』(サイレント/33分/8ミリ/1996年)
3月30日(金)20:00〜 Bプログラム(約60分)
「解体と構成:映像実験への試み」
『クローン染色体』(5分/16ミリ/1996年)
『Flesh』(6分/8ミリ/1993年)
『205号室』(18分/8ミリ/1993年)
『ときめきドッキン』(サイレント/9分/8ミリ/1994年)
『闇の影を透く』(サイレント/22分/16ミリ/1997年)
【料金】当日券…1,000円
■『もっちょむぱあぷるへいず』〜あがた森魚月刊映画上映会〜
3月31日(土)…詳細は、本号の「自作を語る」欄に掲示していますので、監督の
文章ともどもご覧下さい。
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┃05┃□広場
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■新・クチコミ200字評!(49)
■清水浩之(短篇調査団・3/28は砂漠の巻! http://d.hatena.ne.jp/tancho/ )
オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!映画・ビデオ・テレビな
ど皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも可!もちろん「オスス
メしない映画とその理由!」もOKです。
本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡先(メールアド
レスor電話)/題名/制作年/監督/見た場所(よろしければあなたのプロフィール
や近況も)を付記してお送りください。ちなみにここでは稿料は出ません。
清水浩之 E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp /ファクス:03-3703-0839
A-049『日本暗殺秘録』
1969年/制作:東映京都撮影所/監督・脚本:中島貞夫/脚本:笠原和夫/
出演:片岡千恵蔵・千葉真一・高倉健・鶴田浩二ほか
見た場所:浅草名画座 http://www.e-asakusa.net/meigaza/
地響きみたいなドラムと男性コーラスにファズギターが絡む冨田勲の音楽が最高に
カッコイイ!血盟団事件のドラマを「天誅!」の一言で掻っ攫ってしまった健さん
が一番テロル。カステラ屋倒産のシーン(田中春男の啖呵)に静まり返る素直な観
客たちも素敵でした。そして現代、暗殺を超える思想はあるか?松川八洲雄監督の
『吉野作造 マイ・ブルー・ヘブン デモクラシーへの問い…』と併せて観たい一
本です!(ペンネーム:冷や飯)
B-199『9.11-8.15 日本心中』
2005年/制作:国立工房/監督:大浦信行/撮影:辻智彦/
出演:針生一郎・重信メイ・島倉二千六・金芝河ほか
ポレポレ東中野にて3月23日(金)まで上映中! http://www.nihonshinju.com/
8.15=敗戦後と9.11=「開戦」後、二つの時代と芸術の関係をめぐって、三人の旅
人が彷徨う精神的迷宮紀行。評論家は座敷童子のように出没しては言葉を蒐集し、
レバノンから来た女は「運命」そのものを纏って東アジアを見つめる。そして画家
は藤田嗣治の戦争記録画『アッツ島玉砕』を模写して政治と芸術のキメラを現代に
召喚し…一見脈略のない「思索の細道」に同行するカメラの的確な動きが心地よい、
2時間半のトリップでした!(清水浩之)
B-200『全力坂』
2005-2006年/制作:ViViA+ZENITH/総合演出:長嶺正俊/走者:肘井美佳ほか
DVD発売元:テレビ朝日 http://www.tv-asahi.co.jp/saka/
「女が坂を駆け上がる」…わずか9文字で説明できる、深夜番組史上屈指のワン
テーマ企画をDVD化。一回68秒・平均17カットという定型が延々50パターン繰り返
されるだけなのに、東京各地の個性的な坂道の数々と、走者のこれまた個性的な服
装の数々(フリフリのスカートで全力疾走する姿は強烈)の組合せで意外と飽きま
せん。走者に一切喋らせないのも好印象。坂フェチ&揺れる胸フェチ(笑)以外の方
でも楽しめること請け合いです!(清水浩之)
通算70回&200本目が『全力坂』でいいのか?とも思いますが(冷汗)、ノンフィク
ションとは何かを考える為にもゾーンは広めにしようと(言い訳)。今回の冷や飯さ
んのような実録系映画のクチコミも大歓迎です。これからも宜しくお願い申し上げ
ます。
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■『映画は生きものの記録である』ニュース(1)
本作品を企画・製作した伏屋博雄です。
これから節々で、各スタッフによる上映への道のりを、日記形式でお伝えします。
東京では5月下旬より渋谷・ユーロスペースでの上映が始まります。
●映画の宣材となるチラシ、ポスター、前売券が完成し、いよいよ臨戦体制に突入。
2007年3月6日(火)
15:30より映画美学校学校第2試写室で1回目のマスコミ試写を行う。予想以上の方
が来場され、ほっとひと安心。某マスコミの記者が、上映が近づいたら記事にする
と約束してくれたのが、収穫。全体の反応もまずまずというところか。次回の試写
は3月22日で、より大勢が見込まれる。画質の点で、今回はDVCAMで映写。16ミリフ
ィルムと比較して、格段の仕上がりに驚く。タイミング(色校正)をした加藤さん
はテレビの仕事で、明日早朝にアメリカへ旅発つという慌しいスケジュール。試写
後は、元・並木座の隣の居酒屋「三州屋」で乾杯。参集したスタッフ5名は、前売
券を預かり、各方面に働きかけることになった。(伏屋)
●出版の動きも加速して…
3月7日(水)
土本宅。デザインの鈴木一誌さんを中心に佐藤寛朗君がアシスタントになって、本
(「土本典昭の仕事 あるドキュメンタリー映画作家の軌跡」、現代書館)を彩る
スチールのセレクション。なにしろ膨大な写真―土本さんの赤ん坊のころから現在
までの時系列の写真を丸1日かけて取り組み日没。作品のスチール等は後日にトラ
イということになる。それでも、100数十冊におよぶ写真集がキチンと整理されて
いるのは、土本さんと奥様の基子さんの賜物。鈴木さんがすばやくセレクトしてい
く様は、お見事というべきか。土本さんが時折、「疲れないの?」と言葉を挟む。
佐藤君は傍らで写真の記録をノートに書き込む。
途中から、土本さんと共著となる石坂健治さんも駆けつける。目下、膨大な土本
トークの原稿と格闘中で、3月下旬には編集を終える予定。9日から始まる「アラブ
映画祭」の準備で、一足早く仕事場にUターン。(伏屋)
3月9日(金)
「ぴあ」で前売り券を販売してもらうため、チケットの登録をした(3月31日より
発売)。そこで久しぶりに雑誌「ぴあ」を見た。以前に比べてページがうんと薄く
なっている。記事も広告も少ない。最近はインターネットによる宣伝が進み、こん
なところにも影響が出ているのか。数年前にこの「neoneo」、その前身である
「neo」の出版を計画し、出版社に持ち込んだのだが、いずれも門前払いを食らっ
てしまったが、今はブログが出版されたり、携帯電話の小説も出版されているご時
世。その激変ぶりは浦島太郎的驚き。ダイレクトメールも激減している。最近会う
興行主は異口同音に、「映画の宣伝方法が分からなくなった」と言う。(伏屋)
3月13日(火)
第2回目の写真選定作業(土本宅)。
鈴木さんと、出版元の現代書館の編集者も同席し、午後3時頃から作業開始。作品
関係の写真を中心に、資料も交え、3時間ほどで滞り無く終了。撮影現場の写真も
さることながら、台本、カット表、ナレーション原稿、上映会のチラシといった、
映画の現場の臨場感溢れる資料を、土本さんは逐一保存されている。恐らくズボン
のポケットに突っ込まれたであろう、ボロボロになった四つ折の台本には、落書き
やこまごまとしたメモが仔細に書き込まれている。これには鈴木さんも「これは面
白いですね!」と目を丸くされている。
作業が終わり、少し雑談。そんな時も土本さんからは、現代の映画作りに対する批
評を込めた発言がポンポン出る。「撮影というのは選択の結果だと思ってきたけど、
今のデジタル時代の人達は、その選択をどれ位しているのかな?」など、鋭い問題
提起。いつも襟を正して家路につく事になる。次回はいよいよ複写作業に入る。
(佐藤)
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■募集:「自作を語る」などの原稿募集!
「自作を語る」欄は、監督自らが作品について語るコーナーです。制作した動機や
撮影のポイント、編集で心がけたこと等を内容に盛り込んで頂きたいと思っていま
す。
文字数:1600字程度。厳密な規定はございません。
監督のプロフィール(150字程度)
その他:作品の仕様(制作年度、時間、ビデオ又はフィルム、スタッフ等)
上映のスケジュール、HP等をお知らせください。
原稿締め切り:配信日(1日&15日)の3日前までに、下記に送信ください。
E-mail: visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋まで
稿料:無料。
その他、さまざまなご意見、投稿を募集しています。
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■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋 博雄(本誌編集長)
neoneoの購読は無料ですが、経費を(その大部分は稿料ですが)賄うため、上映等の
告知は有料にしています。なお皆様にカンパもお願いしていますので、ぜひご協力
ください。
(1)上映等の告知の有料化 1200字(40字×30行)以内につき、2,000円です。
それ以上の字数の場合は加算します。
(2)カンパのお願い 一口2,000円。何口でも。
送金方法:郵便振込み:00160?8?666528 neoneoの会、又は、
みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782
(有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせ
ください。)
以上、neoneoの継続ため、よろしくお願い致します。
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┃06┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
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●「自作を語る」欄に応募があった。岡本和樹さんからで、かって大澤未来監督と
共同で、『帰郷−小川紳介と過ごした日々−』を制作した方だ。本欄は、かねてか
ら読者の投稿をもとにしているので、今回のような積極的な行為は大歓迎である。
文中からも岡本監督の意欲がじゅうぶんに伝わってきて、あがた森魚さんとのコラ
ボレーションによる「月刊映像日記」は興味深い試みだ。持続を期待したい。
●吉岡憲彦さんによるタイの映画状況のレポート。文中の王族監督であるチャト
リーチャルーム・ユコン殿下は小川紳介がまだ元気な頃、タイの監督数人と一緒に
小川プロに来訪されたことがあり、いたって気さくな方だった。吉岡さんによれば、
かっての社会派監督は今や国家を挙げての超大作を作る巨匠で、「誰も文句の言え
ない」存在なのだそうだ。うーむ。
ところでタイの音楽芸能最大手プロダクション傘下にある映画会社がドキュメンタ
リーに製作資金を提供し、大々的に劇場公開した話が出てくる。結局、監督の意図
とは遠く離れた作品になってしまったという。その監督のインタビューが掲載され
ていて、これは、他山の石にしなくてはならないと思った。資本の論理に包囲され、
自己表現の場を奪われていく様が端的に綴られている。
●『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』の上映の動きに合わせて、
「ニュース」を掲載することにした。日記形式で、スタッフがポイントになる出来
事を綴っていこうと思う。この作品に関しては、公式ホームページも出来たので
(「予告編」など、まだ未完の項もあるが)、ぜひご覧になっていただきたい。
http://www.tsuchimoto-eiga.com/
こうした動向に並行して、「恋するアジア」の春田実さんが自身のホームページに
本作品の欄を設けてくださった。草の根的な応援のケースである。
「この作品はドキュメンタリー作家・土本典昭を撮った作品だが、土本も、彼が主
に撮った水俣病も、もしかしたら、今の人は知らないのではないかと思い」、と
ページを作った動機を伝えている。春田さんのコメントも織り交ぜて、親切に作ら
れている。「恋するアジア」は私が以前から愛読しているHPで、特に春田さんのス
パイスの効いた「つれづれ小腹立ち日記」は、寝る前の必読ページだ。
「恋するアジア」: http://www.geocities.jp/haruasia/
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■責任編集 伏屋博雄
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