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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo 45号 2005.10.15

発行日: 2005/10/15



☆━┓ ┏━┓ ┏━┓
┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
┗━┫e┣━┫n┣━┫o┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━○
  ┗━┛ ☆━┛ ┗━☆    45号  2005.10.15


∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 †01 日本のドキュメンタリー映画のかたち
     (3)映画は作ることで、役割が変わっていく  鈴木 志郎康
 †02 ワールドワイドNOW ≪≪ロス経由、山形発≫
      2005年、ヤマガタへ  水野 祥子
 †03 ワールドワイドNOW ≪サンパウロ発≫
     緊急報告 NHK『ハルとナツ』の疑惑 (1)  岡村 淳
 †04 neoneo坐通信(26) 10月後半のプログラム
 †05 広場
     投稿:撮影隊の中立性が複雑な感慨を導く
        ――木村茂之『私をみつめて』  阿部 嘉昭
     投稿屋台『クチコミ来来軒!』(21)
     新・クチコミ200字評!(20)
      『わたしはナイロン』『VENTRILOQUIST(腹話術師)』
      『“約束の地”からの撤退〜揺れるユダヤ人国家・イスラエル』
                    (以上の評、清水 浩之)
     『シリーズ憲法 第9条・戦争放棄〜忘却』クロスレビュー募集!
     告知:山形映画祭の作品批評および映画祭への提言募集!
     告知:上映の告知の有料化とカンパのお願い  伏屋 博雄
  †06 編集後記 伏屋 博雄


    ★バックナンバー閲覧はこちらまで

   まぐまぐ配信   http://www.mag2.com/m/0000116642.htm
   melma!配信    http://www.melma.com/mag/39/m00098339/



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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■(3)映画は作ることで、役割が変わっていく
┃ ┃■鈴木 志郎康
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●作品に作者をどう登場させるのか

作品の中に作者自身が登場する映像作品が多くなった。若い人たちの作品を見ると特
にそれを感じる。と同時に、その出るやり方によって、映像作品の枠組みを広げてい
くように思えるところもある。わたしが、自分自身が画面に登場する作品として、自
分で自分にカメラを向けた日記的作品『15日間』を作ったのはもう25年前になるが、
その時、わたしはカメラに向かって自分の日常を語りながら、映画というものの正道
から外れて悪いことをしているような気持ちが自分のどこかにあって、その気持ち
吹っ切るということも、自分にとって制作のテーマの一つでもあった。

撮り始めた最初のシーンで、わたしは自分のことを指す代名詞に迷った。日本語の一
人称代名詞はいろいろあって、相手によって使い分けるわけだが、夜中、一人でカメ
ラに向かったとき、自分のことをどういえばいいのか分からずちょっと狼狽した。
「わたし」「ぼく」「おれ」のどれもそぐわない感じがした。自分のことをカメラに
向かって話すとき誰に向かっているのか掴めなかった。そして、半分の撮影が終わっ
て、現像所から上がってきたラッシュを見たとき、そこに写っている男がまるで自分
とは別人に見えて混乱した。

しかし、そのことがあってから、実は撮影している時には誰もいないカメラの後ろに、
フィルムが上映されたときにはスクリーンの前に観客が現れるのだということを身を
以て理解した。映画の中でもそのことを述べて、わたしの表情は安定して、いわゆる
不特定多数の聴衆に向かって話す口調になる。フィルムとスクリーンを挟んで、時間
がずれたところで結ばれるという構造を、その時初めて実感として体得したのだった。
映画というメディアでは、上映の時に現れる撮影の時の時間と上映の時の現実の時間
を結ぶ制作者は、その時間が結ばれたときは消えていなくなる。ところが、出演者と
制作者が同一だと、いない筈の者が現れてくる。そこには倒錯現象が起こるとでも云
ったらいいのだろうか。それが、制作者に力を与えて過激な行為や行動に走らせるよ
うだ。

佐俣由美さんの『Father Complex』や玉野真一君の『よっちゃんロシア・残りもの』
と『純情スケコマShe』を見たとき、いずれも作者自身が作品の中に登場して来るが、
わたしはショックを受けた。それは、作者たちが引き受けている役割が、一般の出演
者や役者では出来ないことをやっていたからだった。『Father Complex』では、作者
は終始アパートの一室で椅子に座って携帯で誰かに電話を掛けていて、その話をバッ
クに作者の実家、父親、その葬式の写真、作者の大学での同級生の制作風景などが展
開する。話している内容は、小さいときから自分が見てきた父親の姿のことで、父親
は精神を患い自殺してしまい、自分は人々から白い眼で見られて、そういう環境で育
った悔しさを語る。見る者の胸に迫って来るところがあるが、同時に違和感も感じさ
せる。作者のこの作品を作った目的は、自分を映像として人々に晒すことよって、自
分の自意識から解放されたかったところにある。その自己との格闘は胸を打つが、作
品が作者のためにあるというところで、そっちのけにされた観客は違和感を感じてし
まう。この映画はある意味で、作者の自己確立の儀式になっている。映画がそういう
ものになっていくところが面白い。

玉野真一君の『よっちゃんロシア・残りもの』と『純情スケコマShe』は、自分の身
体を使った体当たり作品だ。『よっちゃんロシア・残りもの』は、作者が血のついた
女性のパンツが鋲で止めてある街の掲示板に思いっきり体当たりして、跳ねとばされ
た反動で街の階段や歩道橋の階段を横様に転がって行き、坂道をその血の付いたパン
ツを掲げて自転車で走る女の後を転がり、十字路で女が落としたパンツを挟んで、互
いに拍手をし続けているうちに日が隠れしまう。というのがメインになった作品だ。
『純情スケコマShe』の方は、公園の草むらに置かれたダブルベッドの上で両足をば
たつかせている男に、女が噴水から出たばかりの水を汲んできてぶっかける。それが
繰り返される、というのがメインになっている。まあ、男女関係の心理を無意味で過
激なアクションで比喩的に描いて見せたといえるが、その無意味で過激なアクション
は作者以外の人間にはやれない、やったとしても、この作品が与える真に迫る感じは
出ないだろう。道路を転げるとか、草むらのベッドで足をばたつかせるとかというこ
とが、彼の映画の撮影のためとはいえ、彼の生活の、それ故に彼の人生の一瞬である
ことに違いない。言い換えると、映画が人生を作るということになっている。人生が
あって映画があるのではなく、映画があって人生がある。映画人はみなそうだし、何
かやる人はみなそうだが、そのことを映画そのもので素直に実現するという、そこに
玉野君たちの時代性があるのでしょうね。


■鈴木 志郎康(すずき・しろうやす)
10月7日から開催されている山形ドキュメンタリー祭の「私映画から見えるもの」と
いう特集で、わたしの作品『極私的に遂に古稀』が上映されます。同時に上映される
かわなかのぶひろさんと萩原朔美さんの共同制作の『映像書簡10』と共に、老いるけ
れど老い切れない時代の考え方を語る作品になっています。



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┃02┃□ワールドワイドNOW ≪ロス経由、山形発≫
┃ ┃■2005年、ヤマガタへ
┃ ┃■水野 祥子
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●赤絨毯のない映画祭

今年の山形国際ドキュメンタリー映画祭は、一週間の日程を終えて昨日閉幕。ロサン
ゼルスに住む私はこの秋東京に長期滞在しており、今回4日間ではあったがヤマガタ
に初参加することができた。今回参加できたのは、映画史研究を志しドキュメンタ
リー好きを自称しながら、日本のドキュメンタリーの歴史と現状については闇と謎だ
らけの私にとって、本当に幸運だった。ヤマガタ、といえば、米国でも映画関係者で
知らない人は少ない。地方都市で開催される国際映画祭で、かつ、上映作品をドキュ
メンタリーに(ほぼ)限定しているのに、映画知識人の間でこれだけの知名度と評判
がある映画祭は少ない。

ニューヨークやロサンゼルスで私がこれまでに取材した多くの国際映画祭は、赤じゅ
うたんの上を歩く新進気鋭の映画監督が主演俳優を引き連れてフラッシュライトの中
を通り過ぎるオープニング・セレモニーから始まる。会場には多くのブラック・タイ
を着用した招待客やメディアが彼らを取り囲み、お祭りは映画産業と芸術は同義語で
あると宣言するかのように、スペクタクルの演出がなされる。参加者はそれぞれ、
仰々しいとは思いながらも、蝶ネクタイを整えハイヒールの足を運び、このスペクタ
クルの共演者、共犯者となりすますのだ。

噂どおり、ヤマガタには赤絨毯は(必要)なかった。開幕を飾ったのは、小川紳介が
若いカメラマンを用いて撮った未完成作品『肘折物語』と小川に影響を与えた1939年
の石本統吉監督(李炳宇撮影)の地元山形の昔が見られる貴重な映像記録『雪国』
だった。上映後、地元の女性たち3人が、「なんだか昔の人たちのほうが生き生きし
てるわね」、と会話するのを耳にする。知らない映画に出会いたい、映画を慈しみた
い、と欲し訪れる無名の観客、スタッフ、ボランティア、研究者、映画人たちひとり
ひとりが主役となる映画祭であり、上質のプログラムを提供するだけでなく、日常に
溶け込んでいる普段着の映画祭だったことを初日から確認した。

参加者はそれぞれの目的に沿ったペースで、同時に幾つものスクリーンで語られるス
トーリーのひとつを選択し、追いかけている。映画祭二日目、食事をとる時間を惜し
みながら小走りの移動を繰り返しスクリーンにへばりついていた私も、三日目からは
街中を漂う反クライマクティックな空気に身をまかせることにした。早朝城跡をゆっ
くり散歩したり、蕎麦屋に立ち寄ったり、普段と変わりなく時間が流れている香澄町
から七日町、十日町をのんびり歩いて移動することにした。野良猫に目を奪われたり、
若いボランティアの方が、年配の女性に、市民ホールからフォーラムという会場への
行き方を一生懸命教えているところを見かけたり。

そんな長閑なひとときを経て辿り着いた闇の中では、スクリーンが容赦なくそんな穏
やかな日常を掻き乱す。一日に何度も、新鮮な驚き、インスピレーションや多くの謎
に出会ったり、フラストレーションを貯めたりすることになる。この嬉しさや、衝撃
や不満がひとりでは消化しきれない。作家への疑問が涌き、話し相手が欲しくなる。
夜10時から開店する香味庵はそんな観客には格好の場所として機能しているようだっ
た。そうやってノウハウを覚えて自分のペースができあがれば、楽しい。ヤマガタ行
きが癖になるリピーターが多いのも然り、だ。

さて前置きが長くなったが、コンペティション部門は、ケース・ヒン監督の『生まれ
なかった映画たち』やミハウ・レシチロフスキー監督の『リハーサル』など、ベテラ
ン勢による作品が、成功するしないにかかわらず従来のドキュメンタリーの枠組みや
既存の構築術に囚われない実験的なものが多かった。

対して、『海岸地』などの若い世代の作家たちの作品は、作家性が一歩奥に隠れ、ひ
とつひとつの絵が美しく、焦ることなくゆっくりと対象とそれを取り囲み流れていく
時間を凝視させてくれる。一見派手さはないが、力強い作品が多かったように見受け
られた。派手なばかりで誇張の多い今日のメディア文化が、これら若い世代の映画人
の反面教師となっているのだろうか、かえってこのようなスタイルの作品が今新鮮に
写るのかもしれないとも思う。

ジャーナリズム畑出で中国の李一凡と(焉におおざと)雨の共作『洪水の前に』が今
回大賞を獲得したが、この映画はこの後者の最たる好例で、透明感ある映像と奇を衒
わない構成法を使って、開発の裏側にある不条理や欺瞞、立ち退きを求められた人々
の困惑と欲、近代化の名の下その過程で都合よく忘れ去られていく人々の表情と水下
に沈む歴史のある町の最後を、観客の脳裏に焼き付けてくれる。

イスラエル・パレスチナの現状をユダヤ系とアラブ系の2人の映画作家たちが見つめ
た大作、『ルート181』は4時間の長さでありながら満席だったようだ。私は在日特集
に詰めていて見逃したのだが、このようなタイムリーな題材ながらも4時間のドキュ
メンタリーをじっくり観ようとする若い世代があることは素晴らしい。

若い観客といえば、前記の『リハーサル』上映後に立ち上がった若い観客が、後味の
悪さと憤懣やるかたない気持ちを賢明に自分の言葉で表現し、作家からなんらかの返
答を求めようとしていたことも印象に残った。(この映画には問題点は確かにあり、
私も多く考えることがあるのだが、長くなるのでまたの機会にしたい。)ドキュメン
タリー映画はコミュニケーションの装置でもあるなら、観客がここで育ち、受けとめ
るだけでなく発信することを恐れないことは大切なことだ。それを目にした。

そして、映画史研究者の私が予想した以上に堪能し、インスピレーションを受けたの
は「日本に生きるということ−境界からの視線」、いわゆる、「在日」特集だった。
どのプログラムもこれまで見る機会の少なかった、または機会のなかった映画をド
キュメンタリーに限らず戦前戦中の劇映画、記録映画、講演会や製作・上映に関わっ
た証人たちの紹介も含めてまとめあげた素晴らしい特集だった。

ここで詳細を書くにはどれを取り上げようかと迷ってしまうし、4日間だけの参加と
整理券がとれなかったりで泣く泣く見逃したものも多くある。これに集中していた方
がかなりいらっしゃったようなのでぜひ多くをご覧になった方々は声高らかに感想を
書いていただきたいと思う。当日販売されていたカタログはドキュメント性が強く、
綿密なリサーチが基になっていることが伺える。記載の在日映画史年表は隙間がある
としても、それを埋めるためにこれからさらに知られざる映画発掘、上映がされるス
タートラインを作ってくれた。「在日」が歴史や理論のテーマとして多くの言説につ
ながっていくことも予想されるし、また、新たな映画史研究のテーマが派生すること
だろう。私はロサンゼルスという在米アジア人のるつぼのような都市に住み、アジア
ン・アメリカン映画を多少は観てきたので、いつになるかわからないが、それらの映
画と映画史が辿った変容とこの在日特集が呈示する課題とを映画史研究と批評によっ
て繋げたいなどと思いを巡らせたりした。

後ろ髪ひかれる思いとともに、4日目を終えたところで帰京。嬉しさもいっぱいであ
る。繰り返すようだが、地元の年配の方々も自転車で繁く通う姿も見られたし、東京
から、各都市から、若い世代が、静かながらも轟々と地響きを繰りかえすような映画
祭へ向い、存分に楽しんでいる姿を確認することができた。

1990年代は映画祭のディケードだったと思う。日本だけでなく、世界を見ても、町興
しを発端として、各地に地味でもユニークな映画祭が始まり成長していった。今、
21世紀最初の10年の真ん中に立ち振り返って眺めてみると、それぞれの映画祭が困難
に直面している現状がある。町政の簡素化、過疎化による町の統合を促していく保守
化の流れ、長いものに巻かれることへの危機感を掻き消すかのように打ち寄せるグ
ローバリゼーションの波。そんな「洪水の前」に在るというのは大げさかもしれない
が、この質の高い映画祭が継続されることを希望する。提案などが通行しやすく、自
己批判ができる映画祭であってほしいし、私たち参加者も目の肥えた観客としている
だけでなく、支持の意図を声高に発していかねばならないと思う。


■水野 祥子(みずの・さちこ)
映画史研究。ヤマガタも終わり、本気で東京にて本来の目的であるリサーチに集中し
なくては、と思いきや、もうすぐ金沢市の実家の目の前で優れたドキュメンタリー満
載の映画祭が始まるそうで、今帰省を検討中。それにしても、ヤマガタ関係者のみな
さま、お疲れさまでした。



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┃03┃□ワールドワイドNOW ≪サンパウロ発≫
┃ ┃■緊急報告 NHK『ハルとナツ』の疑惑 (1)
┃ ┃■岡村 淳
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「パクれるもんならパクってみろ、の思いです。」
東京メトロポリタンTV(以下、MXと略)編成部からの問い合わせに、私はこうメール
で答えた。2003年始めのことである。
NHKエンタープライズから、私がMXで放送したドキュメンタリー2作品の試写用テープ
提供の依頼があったという。『60年目の東京物語 ブラジル移民女性の里帰り』と
『大東亜戦争は日本が勝った!ブラジル最後の勝ち組老人』(いずれも1996年放送)
の2本だ。どちらも当時のMXの目玉番組だった「映像記者報告」(40分番組)で放送
されている。映像記者やビデオジャーナリストと呼ばれる作り手が、小型ビデオカメ
ラを用いて構成・撮影・編集・報告などをすべてひとりで行なう手法が当時、話題を
呼んだ。

もとは日本映像記録センターの牛山純一門下として、TVドキュメンタリーのディレク
ターの道を歩んでいた私だが、南米ブラジルの取材が続いたことからフリーとなり、
自らブラジル移民となってしまった。そんな私が開眼して、天職と定めたのが、ひと
り取材によるドキュメンタリー作りだ。テーマは次第にブラジル移民に絞られていっ
た。

『60年目の東京物語』は80歳になるブラジル移民女性が、60年ぶりに祖国を訪ねる旅
に同行する、というもの。私自身が旅の段取りをしながら、生き別れになって音信の
途絶えていた姉を訪ねるなど、日本各地の旅を時には宿も同室で取材している。主人
公の女性の絶妙なキャラクター、そして取材者である私との距離感など、同様のネタ
を見つけても、そうここまではいけないだろう、という自負のある作品だ。

『大東亜戦争は日本が勝った!』はブラジル奥地でなおも日本が戦争に勝ったと信じ
る老人との、6年にわたる交流の記録である。私の発表後、概要を知り、私の作品を
見たいとも言わずに「ヨーロッパで賞狙いの映画を作りたいから」老人を紹介しろな
どという申し出もあったが、敬遠しているうちに当の老人が亡くなってしまった。今
も生き続け、信じ続ける勝ち組老人を他にも探せるものなら探してみな、という思い
が私にはある。

すでにNHKエンプラにはひどい目に遭わされている。1996年、私は『花を求めて60年
ブラジルに渡った植物学者』という作品をCS放送局・朝日ニュースターの「ビデオ・
アイ」という番組で放送した。当時、83歳だった移民植物学者・橋本梧郎先生の歩み
と今を記録したドキュメンタリーだ。この作品を見たNHKエンプラのスタッフが翌年、
橋本先生をNHK「にんげんドキュメント」で取り上げようと乗り込んできたのだ。図
らずも貴重な「参考作品」を提供することになった私には、何の挨拶もない。これだ
けなら、よくありがちな話だ。問題は、取材時に担当ディレクター(現・NHK地方局
職員)が橋本先生のもとからかけがえのない資料を持ち出し、その後の請求にもかか
わらず、返却を拒み続けていたことだ。しかもこの担当者は持ち出し資料を外部に横
流ししている疑いが濃厚となった。橋本先生のもとから「NHKの信用」で借り出して
おり、借用書の一つも残していない。放っておけば当人が死んでうやむやになるだろ
う、というのが見え見えである。その後も橋本先生の記録を自主制作で続ける私は、
先生からNHKのデタラメさを再三こぼされていた。しかし橋本先生の取巻きの人たち
を差し置いて、大NHKの同業者を無名の移民作家である私が告発するのもなにやら気
が引け、いっぽう私の作品がなければこの事件も生じなかっただろうという責任も感
じて、機会さえあれば先生がご存命のうちに祖国のジャーナリズムにでも訴えようと
考えていた。

そんなNHKエンプラからの岡村作品試写要求である。番組そのものの著作権はMXにあ
るから私が拒める筋合いではなく、丁寧な連絡をしてきたMXには敬意を表するべきで
ある。連中の目的は何か?てっきりブラジル移民のドキュメンタリーと考えていたの
だが…
NHKの狙いは、ブラジル移民をテーマにした放送80周年記念の超大作ドラマだったの
である。
その後、半年あまりが経ち、NHKの製作発表の報が伝えられた。『ハルとナツ 届か
なかった手紙』。発表されたドラマの粗筋は、こうだ。

 1. 日本の姉妹がブラジル移住をめぐって離れ離れとなる
 2. その後、通信の混乱から二人の音信が途絶える
 3. 半世紀以上経って、ブラジルに渡った側が、日本に残った女性を訪ねる

以上の3点とも、私の「60年目の東京物語」そのものだ。「やられた!」のひと言で
ある。

その年、私は日本で、私のシンパであり、ブラジル通で知られるNHK職員と会う機会
があった。この話を告げると、彼も合点がいくと言う。彼のところにも「ブラジル移
民を題材としたドラマを企画中」というエンプラのスタッフから接触があり、彼は私
が彼に提供していた複数の岡村作品のビデオテープを貸し、特に『60年目の東京物
語』を勧めたという。
「そのうち、岡村さんに挨拶があるんじゃないですか?」と彼の言。
その年の内にロケハンチームがブラジル訪問、翌年には大ロケ隊がやってきた。しか
しドラマの完成に至っても、私には何の挨拶もなかった。
今年9月、私はNHK会長宛に『60年目の東京物語』と『ハルとナツ』の根幹部分が酷似
することについて質問状を送った。NHK側は事前にドラマのプロデューサーが『60年
目の東京物語』を参考試写していることは認めた。これはMX側に記録があるのでもみ
消しようがない。しかし「表現や内容面で」「重なる面はまったくないと判断しまし
た。」と公式発表をした。
この件を日本のマスコミが知るところとなった。私のもとに多くのメールが届くよう
になった。大半が私への応援だが、誹謗中傷も少なくない。「NHKの金が欲しいの
か」「売名野郎」等々。そして日本のブラジル関係者、ブラジルの日系社会からは
「せっかくNHKがブラジル移民を取り上げてくれたのに、ケチをつけるとは何事か。
先人に申し訳ないと思わないのか」等々。私の主張を知ろうともせず、もちろん私の
作品を知らない上での断罪である。
今も私ひとりの闘いは続いている。おかげさまでひとり取材ばかりで、ひとりの闘い
には慣れている。(続く)


■岡村 淳(おかむら・じゅん)
記録映像作家。在ブラジル。1958年東京生まれ。近年はひとり取材で自主制作活動を
続けている。11月に最新作「ギアナ高地の伝言 橋本梧郎南米博物誌」を完成させて、
東京で上映会を開く予定。日本での上映会とNHK疑惑の詳細は「岡村淳のオフレコ日
記」 http://www.100nen.com.br/ja/okajun をご参照ください。



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┃04┃□neoneo坐通信(26) 10月後半のプログラム
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neoneo坐の9月後半の上映をお知らせします。
会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩
1分、JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。
詳細と地図は下記のneoneo坐サイトをご覧下さい。
 http://www014.upp.so-net.ne.jp/kato_takanobu/neoneoza/index.html 

■「短編調査団」 SHORTFILM RESEARCHERS
毎月第2・第4水曜/20:00〜21:30
鑑賞無料・上映カンパ歓迎

(17) 入門の巻…2005年10月26日(水) 20:00〜
『彫塑の表現』(1972/21分/カラー)製作:岩波映画製作所/企画:日本映画教育
協会/プロデューサー:田村勝志/演出・脚本:坂口康/撮影:八木義順
鑑賞や創作以前の物の形に対する知識や観点を与えることがねらいで、「物を見る
眼」を養なう。

『8ミリ映画製作の手引』(1974/30分/カラー)製作:東映教育映画部/演出・脚
本:山下秀雄/撮影:北川英雄
8ミリを自作することには撮りっぱなしから、編集、録音まで、苦労と楽しみがある。
8ミリ映画の実感的理解に役立てるため製作。

『演劇入門 ジュリアス・シーザー』(1967/40分/パートカラー)製作:学習研究
社/
プロデューサー:原正次・石川茂樹/演出:小野豪/脚本:伊藤純/撮影:金井勝
サークル活動指導のため、シェイクスピア劇の本読みから立げいこ、また衣裳合わせ
等、ひとつの演劇をくみたててゆく過程を劇団「雲」の公演によって組
みたててゆく。



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┃05┃□広場
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■投稿

■撮影隊の中立性が複雑な感慨を導く
――木村茂之『私をみつめて』  阿部 嘉昭

「原一男メソッド」というのがあるだろう。強烈な磁力をもつ対象に密着しつづける。
相手の自己顕示欲に支配された振りをし、その「私を撮れ」という命法に従いつづけ
る。けれども対象の素材性よりも撮影隊の持続力こそが逆転の鍵だ。どんな試練を受
けても対象から離れなかったことで、対象の真実がついに浮かび、結局、作品がドキ
ュメンタリーとして自立する。そう、「負けつづけたこと」による勝利。いうまでも
なく、原は奥崎謙三を対象にした『ゆきゆきて、神軍』で、そのメソッドを鮮やかに
完成させた。

ポイントとなるのは、撮影行為によって、対象−撮影主体双方が「相補的な発展」を
遂げてしまう際の経験の厚みだ(セルフ・ドキュメンタリーの場合は、このときの作
品回路が「自己←→自己」の自乗性を帯びる――「自己閉塞性」ではない)。そうい
うものが作品に感じられて観客の鑑賞体験が「リアル」と出会う。そして奥崎謙三の
ような強烈な類型は、高度資本主義が画策する人間の「画一化の助長」からこぼれて
ゆく者が逆に耳目を集める現在、より多く「採取」可能になりつつあるのだろう。

『私をみつめて』(題名にジョン・レノンの“Look at me”への意識があるか)――
原一男の製作のもと、日本映画学校の木村茂之が半年のあいだ撮りつづけた対象とは、
まさにそんな、強烈な病性を発する、磁力的な女性だった。撮影開始当時34歳、大阪
在住の河合由美子さん(以下、敬称略)。作品は一気呵成に、彼女の自己形成史をテ
ロップによって連続的に打ち出しはじめる。以下はその要点(やがて作品の展開によ
って明らかになる事実も加味しておこう)――。

河合は思春期に肥満体だったということもあって容貌コンプレックスに陥った。他人
から自分の醜貌を見抜かれているという精神不安、その結果の摂食障害。拒食−過食
(食べ吐き)によって身体の不安定性が累乗化してゆく。(もともとのエキセントリ
ックな彼女自身の性格も災いしたのだろうか)父親からは殴打など(彼女いうところ
の)虐待を受けつづけたこともその性格形成に惨く関わった。学校生活からの離脱。
そして父親の「デブ」の一言でひきこもりとなる。以後、家族中、父親とは顔を合わ
さない生活が10年もつづいた。

ただし彼女は当初、外出を一切断つ最悪の状態にいたのではない。拒食から体重が落
ちれば、容貌に「可愛さ」が生じ、クラブ勤めなど水商売に向かった。だが一度陥っ
た摂食障害の不安定を脱却できない。過食によって急激な肥満に陥ると勤めから脱落
してしまう。そして容貌に加齢兆候の目立ちはじめた20代後半の時期、彼女は自室を
ほぼ出ない、キツいひきこもり生活へと突入する。そのとき彼女は自分のパソコンを
つかって自らのHPを開設した。

「虐待体験」「摂食障害」「ひきこもり」「お水体験」(それらに、撮影開始時にあ
らわになる「自殺念慮」と「虚言」がさらにセッティングされる)――河合は、いわ
ば精神=肉体、その双方にわたって現代的病性を満艦飾に集約したような特異な存在
と一見映る。ただしそういった特異性こそが「画一性」の危機を迎えているのも周知
のとおり。実は河合の特異性とは、そんな苦痛のテパート状態のなかで、行動力によ
って結局は活路を開いてしまう不屈さのほうにあったのだった。彼女は、自らの自殺
願望、摂食障害等を赤裸々につづるそのHPで何とネットアイドルになってしまう。
ただしこのエピソードには尾鰭がつく。彼女は自分の体型と容貌を隠した。トピック
頁には無関係の別人(美人)の写真を貼った。年齢も20代前半に詐称(下方修正)し
た。つまり、そうした「虚言」を通じての危ういネットアイドルだった。

HP内の彼女は、偽りの容貌以外にも「真実を吐露する」「向上心がある」「他人の庇
護を引き出す力がある」――こうしたそれぞれの点において魅力的だったのだろう。
だからその後、知力に秀でた男性のメル友を得、ケータイ電話でも頻繁な会話をする
にいたる。河合は、相手のいう文学・映画などをつぎつぎに後追い体験していった。
そこまでは相手の歓心を買う幸福な体験のはずだった。ただ容貌と年齢に虚偽をめぐ
らせた「初期設定」が延々、彼女自身に悪く響く。まあ、行動類型自体が「滅茶滅
茶」ではあるのだが。

良心の呵責。苦悩。自殺願望。彼女はその相手に自分の真実を吐露し、オフ会ではな
いが実際に会い、相手との関係を盤石に固めたいとおもいはじめる(そこで「セック
スをすること」に重きが置かれる)。むろん相手によくおもわれたい彼女は、食事療
法を中心に減量も怠らない。その彼女を「後押し」するかたちで木村茂之をはじめと
する撮影隊の「見守り」体制がスタートする。

観客が注意しなければならないのは――彼女の自室の壁に、日本映画学校内で発行さ
れた学内新聞なのだろう――原一男が同校の教授に就任した記事が大々的に貼ってあ
った点だ。むろん好きな男とのやりとりからのちに判明するように、彼女には映画好
きの資質が元来ある。とすると、彼女は『ゆきゆきて、神軍』の奥崎を知っていたに
ちがいない。撮影は自身が奥崎の位置を占めているという河合の自覚を伴い、開始さ
れたのではなかったか。AV鑑賞体験が性的初体験に先行したために実際のAV撮影に親
和性があり、戦闘能力が高い新しい女たちがいる――それをカンパニー松尾は「ニ
ュータイプ」と呼んだ。むろんそれはAV撮影にたいする謂だが、この『私をみつめ
て』の河合由美子も、その意味でいうと、きっとドキュメンタリーにたいする「ニ
ュータイプ」なのではないか。

河合は好きな男に理想と真実の姿で立ち向かうため、その引きこもり状態を解除し、
「禁じられていた相手と久しぶりに会う」行動を次々に起こす(むろんそれは彼女の
現状の「ガス抜き」にもなっているし、好きな男と会うための予行演習の機能も果た
している)。たぶん河合自身のセルフ・プロデュースに撮影隊が随行するかたちだっ
たとおもう。そのかん、撮影当初85キロあった体重が、強靭な精神力の食事療法によ
って見る見る落ち、容貌が変化してゆく。最初、化粧なし、眼鏡着用で丸く重い顔を
していた彼女が、巧みなメイクを取り戻し、(恐らく)コンタクトレンズ着用の顔し
か撮らせなくなり、体重が落ちたことで着る服すら変化してゆく。70キロ台、そして
念願の60キロ台への突入。

ちなみに河合が自ら「出会い」をプロデュースしたのは、かつての勤め先(水商売)
のママとその同僚(謝罪表明がその意図だった)、高校時代の親友(彼女も摂食障害
だった)、母親(母親とはひきこもりの日々を振り返る)、NYに行ってしまったこと
によって河合自身が家族のなかに置き去りにされたと感じる契機となった姉(そのNY
の場面で姉はずっと妹を意識から消したことはほぼなかったと語り、妹に精神的安寧
をあたえる――作中、最も美しいのがそのNY内の河合だろう)、河合と好きな男との
HP上のやりとりを最初期から見守っている善意の第三者の中年男性……。

観客がつよく縛られるのが、彼女が父親と10年ぶりに自宅内で対座し、父親に総括と
謝罪を要求する場面だろう。そのときの彼女はまだ完全な肥満体。緊張と興奮のあま
り貧乏ゆすりをしている。その揺れが、肉の余った彼女の腹部に小刻みに伝播してい
る。噛みつきそうな表情で、父親の往時の虐待につき「謝れ」という要求を変えない
彼女にたいし、親が自分の責任で教育のため子に体罰を加えて何が悪いと信念を枉げ
ない「伝統的」教育観の父。双方立ち上がって殴り合いが開始されるのではという一
触即発の危機すら生じた。このときの河合の言葉の非論理性(飛躍と堂々巡り)、視
野狭窄、激昂癖、怒号、突然の涕泣・嗚咽は、やはり精神病理性の高い者にじかに接
したという、強烈な胸騒ぎをあたえる。脱通念的な迫力があるのだ。彼女は実は、ダ
イエット用の薬だけではなく、自殺予防のため向精神剤と眠剤も投薬していた。ただ
し「被監視幻想」など、統合失調症の気配もある。その気配がこの場面で強烈に炸裂
したのだった。

『私をみつめて』が素晴らしいのは、彼女の自立・復活をサポートするという、木村
以下、撮影隊の「善意」だけに撮影が立脚して「いない」点だろう。彼らの取組みは
真摯だが、対象にもたれず、たえず「他者」の領域に河合由美子を定位している。だ
からこそ、作品が爆笑喚起力を発揮した。何と、痩身を実現して好きな男と会うとい
う河合の行動を追っていたはずの撮影体制に、アッという転調が一瞬、生起した――
河合が監督・木村に恋情を告白してしまったのだった。

この撮影が真剣なら監督はあたしとセックスすべきだという河合の第一段階の論理的
飛躍(すごく可笑しい)。恋人がいるからありえないと木村が反駁すると、「恋人の
存在を隠していたのは木村の不誠実。嘘をいう場合は一生嘘を貫きとおせ」という第
二段階の論理的飛躍(これもすごく可笑しい)。河合「撮影を中止するか?」――木
村「しましょう」。そう切り札を出されて、「熱誠」をもとめた河合の言葉の暴力が
完全に空を切る。撮影に「依存」していたのが撮影隊ではなく被写体=河合自身だっ
たと完全に明らかになるくだりだ(「依存」は河合が抜き難くもつ属性だった――彼
女の依存対象は、父母、そして好きになった男など、ずっと多様にわたっていた)。
ドキュメンタリーの亀裂点が浮上する(それがリアル)。しかも木村が策士なのか河
合が策士なのか――河合を対象とした撮影が、一旦は録音技師の女性(内田有紀)に
よって継続されたのだった(そこで河合は木村への恋情発生を自省的・冷静に振り返
り、好きだといいつづけてきた従前の男に対象を再定位する)。

むろんこの挿話は、撮影隊がこうした対象にたいしてもつ救済性の魅力を問わず語り
にしている。この変調の流れは、ともかく笑えた(同じ効用は当然、原一男の『ゆき
ゆきて、神軍』にもあった――ただ人間個々が異なるように、その2作での笑いの
「方式」もやはり異なっているとおもう――いまは詳説を割愛するが)。

いろいろ曲折があって(実地に確認してほしい)、河合とその好きな男の出会いの様
子がついに撮影される。ここでも撮影隊の「他者」を眼前にした中立性が保持されて
いる。撮影隊は「河合応援モード」にやはり完全には乗っていなかった。いくら真実
を吐露し、痩身を実現しても、河合はけっきょく相手との愛の成就にいたらない。相
手は映画館デートまではしたが性交渉の誘いには乗らなかった。その事実を前日を振
返りつつ述懐する河合にたいし、カメラが中立性を保ちつづける。つまり同調しない。
それで却って、河合の苦痛・非運・生き難さがリアルに結像し、印象がつよまる。
「痩せたら愛を獲得できる」という盲信には、社会的な立場から異議を唱える必要が
あるが、河合とその相手の成行が実際にそれを後押しした。

作品は、あとはたった2枚、河合の顔をとらえたスチルによって冷静に構成されるだ
け。対象密着をつづけた撮影ののちの日付と河合の体重がテロップで付される。2枚
目の写真では59キロと、とうとう50キロ台の体重に突入した彼女の、病的な「やつ
れ」「加齢」が痛ましく刻印されている。容易に想像がつくように、求愛対象を失っ
た彼女が心身のバランスを崩し、情熱でおこなってきたダイエットに歯止めが効かな
くなっているらしい。彼女が壮絶な闘病期に入ったと語り、作品は閉じられる。この
「不如意」「ままのならなさ」によって、作品は最後に「沈潜」という新たなフェイ
ズを獲得し、静かで微光的な衝迫力を放ちはじめる。「現代社会」とは何か、という
方向に思いが一旦拡散して、さらに対象・河合由美子への「具体的な」哀感が高まっ
てゆくのだ。シンプルだが、考えられた構成だとおもった。

河合の振舞がどんなにエキセントリックでも、作品はその河合に、愛着効果をもたら
す。河合の黒目はすごく強い。だがその瞳の光がベタッと固定されてしまっているよ
うな危機的感触もあたえる。その河合が笑顔になると、愛らしい「童顔」が戻ってく
る。つまりイメージを非定着・不安定にさせる何かが河合の刻々に生起していて、そ
うした生起的存在である点が河合の魅力になっていたのだった。

3カ月間に37キロ体重を落とす――その河合の姿を追いつづけた本作は、むろんひと
りの女性の体重減少過程に「視覚的に」迫った、現代的着眼のドキュメンタリーとい
う付帯的価値ももっている。必見。

☆『私をみつめて』公式ホームページ: http://www.k3.dion.ne.jp/~watashi/ 


■阿部 嘉昭(あべ・かしょう)
評論家、立教+早稲田大学非常勤講師。近著に「少女機械考」(彩流社刊)、「成瀬
巳喜男 映画の女性性」(河出書房新社刊)がある。以下のアドレスでHP開設中。
 http://abecasio.s23.xrea.com 


     ◇────────────────────────◆◇◆     


■投稿屋台『クチコミ来来軒!』(21)
■清水 浩之(科学映画特捜隊、11/6開催! http://d.hatena.ne.jp/katokutai/ 
ここはメルマガ上に出店した「投稿屋台」です。皆様の投稿をお待ちしております。
本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡先(メールアドレ
スor電話)/題名/制作年/監督/見た場所(よろしければあなたのプロフィールや
近況も)を付記してお送りください。ちなみにここでは稿料は出ません。
清水浩之 E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp /ファクス:03-3703-0839

■新・クチコミ200字評!(20)
オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!映画・ビデオ・テレビなど
皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも可!もちろん「オススメし
ない映画とその理由!」もOKです。

B-117『わたしはナイロン』
1962年/日本産業映画センター/監督:松本俊夫
見た場所:物流博物館「映像で見る戦後日本の産業史」
 http://www.e-sprit.co.jp/tias-v60all.html 
合繊メーカーがその年の流行色を左右すると言われた時代の、凄まじくアヴァンギャ
ルドなPR映画…いやテレビには長過ぎる30分のイメージCM。デザイナーの青年と「ナ
イロンの精」の美女との追いかけっこの間に、衣類から漁網まで様々なナイロン製品
が登場する展開ですが、セリフやナレーションに頼らず、凝りまくった映像設計と、
一見ナンセンスながら実は緻密な構成とで見せ切る手腕がスゴい!ナウなヤングに見
てほしい一本(笑)(清水 浩之)

B-118『VENTRILOQUIST(腹話術師)』
2004年/イギリス/広告主:NSPCC/制作:SAATCHI&SAATCHI/
演出:Danny Kleinmann
第52回 カンヌ国際広告祭 Film部門“Gold”受賞作品
 http://www.canneslions.com/winners/film/win.cfm 
広告業界で「カンヌ」と言えば世界規模のCMコンクール。日本のTVではなかなか見ら
れない新鮮な表現が溢れているので、ぜひサイトを覗いてみてください。私のお気に
入りは児童虐待の問題を上質なホラー仕立てで啓発する「腹話術師」。誰にも覚えの
ありそうな哀しい光景を、わずか60秒で語りきる巧さに魅了されました。また、タイ
のCM勢が世界の「大阪」的存在となって躍進する姿にも注目。日本の入賞作の存在感
の薄さも…。(清水 浩之)

B-119『“約束の地”からの撤退〜揺れるユダヤ人国家・イスラエル』
2005年/NHK/ディレクター:新田義貴・萬木洋
放映:2005年10月9日「NHKスペシャル」  http://www.nhk.or.jp/special/ 
常に火種の国・イスラエルが日本人にもよくわかる番組。40年近く占領したガザ地区
からの撤退という政府の「現実的」選択と、ユダヤ教“約束の地”を守るべく抵抗す
る愛国的入植者たち…そこにはテロに疲れた旧国民と、父祖の地を目指し移住した新
国民との意識差が。「最前線」へ進んで入植する若者たちの姿は、まるで満蒙開拓団
みたいです。もう一方の占領地・ヨルダン川西岸にはテロリスト除けの「万里の長
城」も建設中!あきれた…。(清水 浩之)

追記…加藤治代さんの『チーズとうじ虫』、小川紳介賞ならびに国際映画批評家連盟
(FIPRESCI)賞受賞おめでとうございます!全国凱旋ロードショーも希望します!

     ◇────────────────────────◆◇◆     

■『シリーズ憲法 第9条・戦争放棄〜忘却』クロスレビュー募集中!
5月3日(火)深夜に放送されたフジテレビ「NONFIX」のシリーズ憲法『第9条・戦争放
棄〜忘却』(ディレクター:是枝裕和氏)の感想を募集します!今回はお一人様400字
以内を目安にお願いします。当日の放送を見逃した方や関東地方以外の方にもご参加
いただきたいので、録画したビデオテープを「お貸しする」用意もしております。
<録画した番組を売ったり配ったりする>のは犯罪だそうですので、郵便切手550円
分(送料+テープ実費)をお送りいただいた方に、あくまでも参考資料として「お貸し
する」企みです。ご希望の方は清水までメールにてご一報ください。


     ◇────────────────────────◆◇◆     


■上映

■パーソナル・ドキュメンタリーの宇宙
      私映画をめぐって〜スイス・アジア・ニッポン〜

場所:京都造形芸術大学・映像ホール
日時:2005.10.15(土)〜17(月)
料金:1回券   当日1000円 当日割引 800円
   1日通し券 当日2000円 当日割引1600円 ぴあ前売1600円
   3日通し券 当日5000円 当日割引4000円 ぴあ前売4000円

○当日割引について:25歳以下、60歳以上、障害をお持ちの方とその介護者1名は、
当日割引料金でご入場いただけます。(当日券のみ)受付の際、証明書のご提示をお
願いします。
○前売りについて:チケットぴあにて、1日・3日通し券のみ発売中
(Pコード474−961)

主催:京都造形芸術大学映像・舞台芸術学科/芸術文化情報センター
電話:075−791−9122(代表)

●プログラム●
10月15日(土)
10:00〜10:55『ザ・プレゼント』(35mm24min)
       『ムービング・ピクチャーズ』(ビデオ16分)
                   監督:ロバート・フランク
10:55〜12:25『極私的に遂に古希』(ビデオ35分)監督:鈴木志郎康
       『阿賀の記憶』(16mm55分)監督:佐藤真
13:30〜14:52『パリッシュ家』(35mm30分)監督:ヤェール・パリッシュ
       『ピゼット』(最後の年かもしれない)(35mm52分)
             監督:イヴォ・ゼン
15:10〜16:46 『日々“hibi”13full moons』(ビデオ96分)監督:前田真二郎
17:05〜18:33 『気ままなヤツ』(35mm88分)監督:ピーター・リヒティ
18:50〜21:00 ディスカッション「私映画をめぐって1」
       ピーター・リヒティ、イヴォ・ゼン、ヤェール・パリッシュ、
       前田真二郎、佐藤真

10月16日(日)
10:00〜11:18『パレード』(35mm78分)監督:ライオネル・バイアー
11:35〜12:40『カルノジカ』(ビデオ12分)監督:マーティナー・ジャコマ
       『針間野』(ビデオ53分)監督:田中綾
13:45〜15:16『影』(ビデオ26分)
       『追憶のダンス』(8mm・16mm→VTR65分)監督:河瀬直美
15:35〜18:35『ギャンブル、神々、LSD』(35mm180分)監督:ピーター・メトラー
18:50〜21:00 ディスカッション「私映画をめぐって2」
       ピーター・メトラー、ジャン・ペレ、河瀬直美、佐藤真

10月17日(月)
11:00〜12:30『憶え書き』(ビデオ90分)監督:鐘鍵(チョン・ジェン)
13:35〜14:35『25歳小学2年生』(ビデオ60分)監督:リー・ジアホア
14:50〜16:28『チーズとうじ虫』(ビデオ98分)監督:加藤治代
16:45〜18:31『ガールフレンド』(ビデオ32分)監督:園部真実子
       『ははのははもまたそのははもその娘も』(ビデオ11分)
           監督:瀬戸口未来
       『12月のかくれんぼ』(ビデオ8分)監督:伊藤高志
       『阿賀の記憶』(16mm55分)監督:佐藤真
18:50〜20:30 ディスカッション「私映画をめぐって3」
        伊藤高志、瀬戸口未来、佐藤真


■山形映画祭の作品批評および映画祭への提言募集!

山形国際ドキュメンタリー映画祭2005(10月7日〜13日)が終幕しました。本誌の読
者のなかには参加された方が大勢おられることと思います。そこで映画祭期間中に上
映される作品の批評や映画祭で気づいた点、あるいは今後のための提言等を募集しま
す。奮って応募ください。ひとつの項目につき、200字を目途にお願いします。
宛先は、 visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋まで。


     ◇────────────────────────◆◇◆     


■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋 博雄(本誌編集長)

neoneoは2003年11月1日の創刊以来、月2回(1日と15日)、購読料無料で配信してま
いりましたが、配信を継続する経費、その大部分は稿料ですが、ここに到って、皆様
の力をお借りしたく、下記の二点につきご協力をお願いする次第です。

(1)上映等の告知の有料化―1200字(40字×30行)以内につき、2,000円を頂きたい
と思います。但し、それ以上の字数の場合は加算します。
(2)カンパのお願い― 一口2,000円。何口でも。

上記の送金は下記の方法でお願いします。
郵便振込み:00160−8−666528 neoneoの会、又は、
みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782 (有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせく
ださい。)

以上、neoneoの継続と、今後一層の充実した内容を図るためにも、皆様のご協力を
何卒お願い致します。



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃06┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●山形映画祭が閉幕して、さっそく受賞作品の発表がインターネットで通知された。
私の周りで参加した知人から結果の感想を聞いたりしたが、多くは順当な選択だろう
ということだった。またHPなどでも高評価を与える文章が掲載されていたりして、大
方の納得のいくセンだったのであろう。今号では、水野祥子さんが初体験のヤマガタ
を新鮮な眼差しで寄稿しているので、読んで頂きたい。

私は都合が悪く今回は参加できなかったが、資料(コンペ作品のテーマや内容を記し
たもの)を読んで密かに受賞作品を予想していたが、上位3作は、驚いたことにドン
ピシャだった。それを予想したそもそもの基準は、これらが社会的なテーマを題材に
した作品であり、予定調和的意味において誰もが評価できる(容易に理解可能な)作
品だからということだ。

あくまでも私は作品を見ていない。テーマだけで判断した結果だ。そのうえで天邪鬼
な私は思うのだが、あえて社会的なテーマを掲げなくとも、安全地帯にいる観客の背
中合わせに危機が張りついていることを感じさせる作品―「普通の」生活に潜む不可
思議さ、危うさを串刺しする作品はないものか、と思うのだ。社会的テーマが横溢す
る問題を題材にしたり、矛盾が表層的に顕在化している題材をテーマとする作品がそ
のままスライドして受賞するだけではつまらない。作り手の奮起が切に望まれる。

本誌では、山形映画祭の作品批評やヤマガタ全般にわたる問題提起となる投稿を求め
ています。詳細は「広場」欄を御覧ください。

●NHKのテレビドラマ『ハルとナツ』に盗作疑惑が起こっている。本誌の執筆者であ
るブラジル・サンパウロ在住の岡村淳さんの作品『60年目の東京物語 ブラジル移民
女性の里帰り』に内容が酷似しているという。先週は読売オンラインからヤフーニ
ュースに流れちょっとした騒動だったようだ。

そもそも私はテレビドラマを見ないので、橋田壽賀子の脚本による『ハルとナツ』は
全く見ていないし、岡村淳さんの作品も見ていない。今回の盗作疑惑については、岡
村さんから原稿をもらうまでは知らなかった。もし本当ならば、忌忌しい問題で、岡
村さんのご立腹もわかるというもの。

引き続き次回にも事の次第を執筆される予定だから、経緯を注意深く見守っていきた
いと思う。岡村さんは11月には訪日の予定があるそうで、その際『60年目の東京物
語』の上映を計画しておられるので、詳細がわかり次第、告知します。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■発行:ビジュアルトラックス  visualtrax@jcom.home.ne.jp 
■責任編集 伏屋博雄
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せん。また、いただいたメールをこのメールマガジンに掲載させていただくことが
ありますが、掲載不可の場合はその旨をお書き添えくださるよう、お願いいたしま
す。
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お手数ですが、ご自身でお願い致します。
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