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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo

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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo 41-1号 2005.8.1

発行日: 2005/8/1


☆━┓ ┏━┓ ┏━┓
┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
┗━┫e┣━┫n┣━┫o┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━○
  ┗━┛ ☆━┛ ┗━☆    41-1号  2005.8.1


∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 †01 日本のドキュメンタリー映画のかたち
     (3)ベルリン映画祭の多様な試み  大久保 賢一
 †02 ワールドワイドNOW ≪ベルリン発≫大垣番外編
     遠くから眺めるベルリンの風景  梶村昌世
 †03 ドキュメンタリー時評
     アルトゥーロ・リプステインの『英雄たちと時代』  藤原 敏史
 †04 neoneo坐通信(24) 8月のプログラム


※41-2号へ

     ◇────────────────────────◆◇◆    


 †05 広場
     投稿屋台『クチコミ来来軒!』(17)
     新・クチコミ200字評!(16)
       『盲ろう児―その教育―』『群集の行動を考える』
       『聖断〜昭和天皇、終戦への軌跡〜』(以上の評、清水 浩之)
       『シリーズ憲法 第9条・戦争放棄〜忘却』クロスレビュー募集!
     投稿:「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」レビューリレー(15)
        小川紳介の組み立て方 『牧野物語・峠』より  中村 のり子
     投稿:『1999年のよだかの星』(監督;森達也)を観て  下平 芳弘
     上映:『ルート1』(8/7、横浜美術館レクチャーホール )
        『空とコムローイ』(8/19、8/26、アサンテサーナ・カフェ)
        『67歳の風景  -若松孝二は何を見たのか-』(8/20より
           ポレポレ東中野にて)
     テレビ:『映画監督・黒木和雄 いつか来た道』(8/1よりSo-net
           チャンネル749にて)
     告知:上映の告知の有料化とカンパのお願い  伏屋 博雄
 †06 編集後記  伏屋 博雄


    ★バックナンバー閲覧はこちらまで

   まぐまぐ配信   http://www.mag2.com/m/0000116642.htm
   melma!配信    http://www.melma.com/mag/39/m00098339/



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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■(3)ベルリン映画祭の多様な試み
┃ ┃■大久保 賢一
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●ベルリン映画祭の新機軸

前回はロッテルダム映画祭の中のアメリカへに対する批評としてのプログラム
“Homefront USA”について触れました。この企画が35mmフィルム作品だけでなく、
ウェブ上で公開されている短篇も含む多種多様な形態の作品を含んでいたことは、
1960年代のフランスでゴダールやマルケルによって展開された“シネ・トラクト”
(映画のアジビラ)の機動性を思い出させます。

一方のベルリン映画祭は2002年に新ディレクターのディーター・コスレックが就任し
てから、大きく変わりました。小川プロダクションとも縁の深いフォーラム部門も新
しくクリストフ・テルへヒテがディレクターに就任(創設者のウルリッヒ・グレゴー
ル氏は後見役として支える)。コスレックはロッテルダムと連動して映画企画と出資
者を結びつける企画や、世界中から集まった若手作家がベテランたちのレクチャーを
受ける“タレント・キャンパス”という企画を開始(05年の参加者は日本を含む90ヶ
国から543人)、上映部門の「パノラマ」で、フォーラムとも連動して多くのドキュ
メンタリーを含むアフリカ各国の作品を上映し、劇映画も1994年ルワンダで起きた虐
殺事件を題材にした『ホテル・ルワンダ』と『サムタイム・イン・エイプリル』の二
作を 05 年のコンペに並べるなど積極的にポリティカルであろうとしています。同じ
コンペ部門には他にもハンガリーの作家ケルテース・イムレが自身の収容所体験をも
とに描いてノーベル賞を受けた「運命ではなく」(邦訳の題名・国書刊行会)の映画
化作品など、これまでと同様、戦争と暴力、抵抗を描いた作品が含まれるのですが、
戦後60年を期してネオナチの活動が活発化しているドイツでは、それに対抗する姿勢
が映画祭にも鮮明に現われるといえます。

コスレックのこの姿勢がさらにはっきり現われるのは特集の組み方です。フリッツ・
ラングやF.W.ムルナウら監督の修復された作品を含む巨大な回顧特集は他国のアーカ
イヴや国内各州のシネマテークが協力して数年がかりで準備してきたものですが、一
方で彼は、テーマによる特集でもきわめて興味深い内容のものを連打しています。
04年の特集の一つ「'67年から'76年のアメリカ映画」はジャック・ニコルソンの監督
作やペキンパー、コッポラの作品、ドキュメンタリーのエミール・デ・アントニオら
の作品を含むプログラムは、その後の(つまり『スターウォーズ』登場後の)「作家
の映画」の後退と、CGによるリアリティの変容を逆照射しています。

コスレックが「寛容の方向へ」Toward Tolerance と映画祭の標語を掲げたのは 03年
でしたが、それを表題としたカタログの序言にも、合衆国の動きに対する批判が読み
取れます。様々な「違い」をどのように認めあうかという内容のこの序言に掲げられ
たこの表題に、映画ファンはD.W.グリフィスの映画『イントレランス』を 連想しま
す。ブッシュはどうか知りませんが。

特集「'67年から'76年のアメリカ映画」の上映作品のうち、エミール・デ・アントニ
オ(1919〜1989)の“In the Year of the Pig”(68)は『亥年』の邦題で95年の山
形国際ドキュメンタリー映画祭でも上映されています。これはベトナムにおける戦争
の歴史をたどってアメリカ政府の対ベトナム政策に仮借ない批判を加えた作品で、米
国公開時には上映館に爆破予告の強迫があったといいます。

同じく“Underground”(76)はハスケル・ウエクスラー(撮影担当)、メアリー・
ランプソンとの共同監督作品で、アントニオはメディアが反政府テロリストとして指
弾するグループ“Weather Underground”のメンバーの言葉を状況分析に優れ論理的
なものと考え、それをカメラにとらえようとします(政府、FBIは彼らを指名手配し
ているので、彼らは覆面をしています)。

作品によってはときに多くのストック・フッテージを使用し、ときにはカメラに向か
ってアントニオ自身が語り続けるといった方法は、例えばフレデリック・ワイズマン
の厳格な方法とは対照的で、野放図でもありますが、60年代から80年代末の死まで、
彼がアメリカを真っ向から批判し続けた作家だったことは確かです。

03年秋のウィーン国際映画祭は、エミール・デ・アントニオの10作品に加え、彼を映
画製作に駆り立てた作品として、ロバート・フランクとアルフレッド・レスリーの
“Pull My Daisy”(59 ナレーション執筆・朗読ジャック・ケルアック)を加えた特
集が組みました。この特集がベルリンのプログラムに影響を与えたともいえます。

ドキュメンタリー/フィクションといわれる領域と境界、その歴史的な分割線に対し
て、刺戟的(挑発的)な運動を実践してきた作家たちをプログラムすること。そうす
ることで各国の映画祭は、映画の歴史と地理を更新しようとします。それが映画祭の
行うアクションです。例えば、小川紳介監督・小川プロダクションの作品が初めてヨ
ーロッパの映画祭に登場したのは『ニッポン国古屋敷村』(84年のベルリン・フォー
ラム部門。国際批評家連盟賞受賞)でした。そのとき観客に与えたスリルがそのアク
ションの一例だったと思います。


■大久保 賢一(おおくぼ・けんいち)
1950年東京生まれ。大学在学中の1970年代初頭に映画上映と16ミリ映画製作の活動を
始め、映画雑誌、新聞に原稿を書き始める。'80年代から海外の映画祭やシネマテー
クに日本の若手インデペンデントの映画を紹介、映画祭審査員なども経験。著書「荒
野より ウォーレン・オーツ」(立風書房)「カルチャースタディーズ映画:二極化
する世界映画」(朝日出版社)他。 多摩美術大学講師。



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┃02┃□ワールドワイドNOW ≪ベルリン発≫大垣番外編
┃ ┃■遠くから眺めるベルリンの風景
┃ ┃■梶村 昌世
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本来ならばベルリンから発信するこの記事だが、今回は大垣番外編となった。という
のは今年の4月から一年間岐阜県大垣市の情報科学芸術大学院大学(通称IAMAS)に研
究生として通うことになったからだ。言うこともなく、大垣はベルリンとは大違い。
まず地理的に言うと、大垣は日本のど真ん中にある。驚くことにベルリンに「岐阜県
ベルリン事務所」があり、そこからいただいたパンフレットのタイトルは「岐阜県日
本の美しいハートランド」だった。なるほど、物は見方だなと思った。ベルリンはド
イツの首都でありながら極度東に位置していて、ましてやドイツが東西に別れていた
頃の西ベルリンはワルシャワ条約の同盟国に囲まれた飛び領土で、ものすごい辺境で
さえあった。今でこそEUの拡大のためヨーロッパの中心地になったが、つい15年ほど
前までは日本同様の「鉄のカーテン」で、アメリカから見たら「民主主義と自由」を
守る境界線であった。それに比べて大垣は世界政治の風がまるで吹く感じのない安楽
だ。この間のロンドンでのテロ多発事件も、あたりまえではあるが、ここから眺める
となにかと遠くて、きっとベルリンでこの事件を知らされていたら、まるでちがう緊
張を感じたのだろう。

さて、今回は大垣から眺めたベルリンについて書こうと思うが、ほんとうに遠いのだ。
地理的だけではなく、感覚的、情報的とでも言うべきなのか、とにかく接点がない。
たまにニュースでドイツ連邦議会の解散ののち9月に総選挙が行われることが耳に入
るが、今年は「日本に於けるドイツ年」でありながらもドイツ、またはベルリンの存
在感は薄い。それは大垣に限らず「ドイツ年」の主な開催地である東京でも感じる。
主催者のドイツ文化センターの不充分な広報活動も原因だろうが、ドイツそして世界
への関心はきわめて低く、日本から見た世界と、ドイツから見た世界は随分違うこと
を知った。これはもちろんマスメディアの報道の違いも大きく影響していると思う。

では映画館に行って、昔の人々が週間ニュース映画とドキュメンタリーを通して世界
を見たようなことでもしよう。ところがショックなことに大垣には映画館がない。今
度大型ショッピングセンターの一部としてシネコンができるようだが、そこで観られ
る映画は商業的なブロックバスターに限られる。となると、テレビを持たない私はイ
ンターネットを見るのが情報収集の最も身近な方法になる。そして映画館に行くより、
IAMASの図書館、あるいは通信販売で買うDVDやビデオを観る。しかし私はこのような
「スクリーンと私」のみのような世界は決して好きではない。情報が手軽にしかも最
も身近にある時代ではあるが、それがコミュニケーションに繋がっているとは限らな
いし、逆に見落としているものがあるような気がしてならない。

昔、日本の田舎ではお寺が野外映画館だったらしい。映写機とリールを持った人が集
落から集落へと旅し、お寺の敷地内に布の大型スクリーンを設置、日暮れとともに上
映会が始まったそうだ。当時まだ子供だった母は、遅れてその大イベントに駆けつけ
ると、お寺の門をくぐる時に後ろから見たスクリーンの左右逆の映像をよく覚えてい
ると言う。きっと蚊に刺されながら映画を観たのだろうな、けれどおもしろくてそん
な事も忘れて夢中になってみんなで観たのかなと、ちょっとノスタルジックな気分で
母の話に耳を向けた。一つの共同体が同時に一つの映像を共有した、それはある意味
危ないのかもしれないが、最近のように一人でスクリーンと向かい合うのがいいとも
思えない。「映画館に行く」というある意味儀式的な行動は産業革命が生んだ大衆社
会のひとつの風習であり、21世紀の情報社会では消えて行くのかもしれないが、名残
惜しさを感じる。

では大垣で自分の想像力と記憶をたどって世界の反対側にあるベルリンの町を思い浮
かべると、まず見えてくるのは、今まで毎日歩いていた通りや乗車駅、橙色の地下鉄、
唸るような音で通り過ぎる二階建てのバス、夏にはオープンカフェがテーブルを並べ
る広い歩道、そこを人々が大きい歩幅でカッカッと歩く姿や(日本人はちまちまと歩
く)、自転車が潔く車と人の間を通り抜ける様子(ママチャリでは不可能)、そんな
ごく日常的な風景だ。そしてもちろんあのだだっ広い空。ベルリンの空はしょっちゅ
う曇り気味で、なんとも言えない灰色をしている。これら要素は言わばどの都会にも
あるわけだが、微妙な違い、ここにしかない「味」がベルリンの風景を形作っている
のだろう。

●1927年の『ベルリン大都会のシンフォニー』

こんなベルリンの独特な風景を取り上げた映画は数多くある。今回は最も代表的な二
本について語りたい。まずは「ワールドワイドNOW」と言うこのシリーズのタイトル
に逆らって時間的にも遠い映画を掘り出そう:1927年のWalter Ruttmann監督作品
『Berlin: Die Symphonie der Grosstadt』(『ベルリン大都会のシンフォニー』)。
この映画はドキュメタリーと言うより、ドキュメンタリー的フッテージを使ったアヴ
ァンギャルド映画だと言われてきた。この映画の特徴は多数のシーンを音楽に合わせ
て編集してあることで、大都会ベルリンの一日を朝から夜まで描く。まだサイレント
映画の時代で、この映画のために作られた近代的な(今ではそう聞こえないが)交響
曲が伴奏として付く。拍子に合わせて正確に映像を編集するということは当時最先端
の技術だったらしく、75人のオーケストラがスピード感のあふれるダイナミックな演
奏でこの映画に特徴のあるリズム感を与える。映画はベルリン行きの汽車から見える
郊外の風景で始まり、列車の速力を見せつける。スピードを増し、蒸気をさらに吹い
て汽車はベルリンに到着するという、ドラマチックな幕上げである。続いて対照的に
人気のない早朝のベルリンの道路をカメラはとらえる。だんだんと町は目覚めていき、
ちらほらと人々が通りに踏み出し、そのうちに店のシャッターが上げられ、大勢の労
働者たちが工場の門に押し寄せ、ベルリン市民は仕事に通うために朝刊を読みながら
電車に揺られ、子供たちは校門の前でたわむれる。こうやって映画は再びスピードを
増し、ベルリンの交通機関、工場とオフィス街が勢い良く混じり合い、都会の慌ただ
しい一日が繰り広げられる。当時の芸術一般に見られる機械による魅惑をこの映画も
共有していて、工場で動く機械をクローズアップで見せ、工業発展で活気にあふれる
20年代のベルリンが表現されている。カメラはほとんど動くことがなく、それより人
ごみや電車がレンズの前を横切り、牛乳瓶と新聞紙は機械をすり抜けていき、この映
画は大都会の動き自体の美しさを、構図を丁寧に選びながら綴っている。午後になる
と今度は余暇活動(水遊び、動物園)や結婚式、葬式、喧嘩が語られ、夕方の通勤ラ
ッシュをはさんで夜には大都会でながらの照明、映画館、コンサート、舞台、サーカ
スなどの娯楽が繰り広げられ、そして花火までが上がる。

『ベルリン大都会のシンフォニー』は公開当時話題を呼んだ作品ではあるが、批評は
様々だった。被写体の動き、画像的構造やリズムが重要視されているこの映画は劇映
画に比べストーリー性に欠けるため、受け入れにくいところがあった。今から見ると
アヴァンギャルドと新即物主義の独特の美的感覚が味わえる作品だ。映像理論家と評
論家として有名なSiegfried Kracauerは、この映画を厳しく批判している:「技術的
には申し分がないが、これがベルリンか?…この交響曲には象徴性がない。偉大なロ
シア映画では柱、建物や広場の人間的意味が鋭い眼差しで明確にされているが、ここ
では断片が並んでいるだけだ。…これがベルリンか?いや、これはおぞましい複製
だ。」確かに『ベルリン大都会のシンフォニー』はベルリンの人々を描くというより
一つの生命体としての大都会を賛美する。だから決して個人のプライバシーを見せる
ようなシーンもなく、公共の空間がこの映画の舞台である。ベルリンではなく、どの
大都会でも撮ることができた映画である。だから当時は抽象的で人間味のない冷たい
映画にも見えただろうが、2005年現在から見ると、間違いなく1920年代のベルリンの
記録である。繰り返される町並みのモチーフは、断片的かもしれないが、当時の日常
的風景を描いている。現在のベルリンにはこの映画の中のベルリンの面影があり、第
二次世界大戦の空襲と破壊を逃れた建物や橋などを鑑賞中に発見したりする。そうか、
昔の二階建てバスの上階には屋根がなかったのかとか、今でもこんな雰囲気の喫茶店
はあるとか、この駅はそっくりそのまま残っているとか、小さな楽しみがいくつもあ
る。今でも残っている石畳の道を車といっしょに馬車が走っている場面やまだしばし
ば見ることのある道端の手回しオルガンのシーンなどを見ると、ベルリンに住んだこ
とがあり、この町に愛着がある人ならば、心が踊ることもある。そして1920年代のベ
ルリンは確かに魅力的な活気ぶりだ。ワイマール共和国の頃のベルリンは絶頂期にあ
り、今以上に栄えていた世界都市で、そのダイナミックな様子は映画のリズムに反映
されている。そしてこの規模でこんな実験性のある映画が作れたのは、やはりドイツ
映画の黄金時代であったからである。そういう意味ではドイツ映画の歴史の一つの記
録とも言えるだろう。

●2002年の『ベルリン?ある大都会のシンフォニー』

2002年にThomas Schadt監督が『Berlin: Sinfonie einer Grosstadt』(『ベルリン?
ある大都会のシンフォニー』)と言うリメイクを作った。この映画はやはりモノクロ
で撮影され、音楽が両立した立場にあり、ベルリンの町の一日を描いている。
Ruttmannの映画から75年が経った21世紀の始まりのベルリンには戦争と分裂が残した
跡が刻まれ、かつてあった勢いがない。壁の崩壊を迎えてまだ10年余りのベルリンは
転換期にあり、未熟であると同時に歴史の痛みを知っている顔をしている。しかし残
念ながらこの映画はあまり印象的なものではない。それはRuttmannの方式が今では映
像的に新鮮味がないためか、自分が体感として知っているベルリンを単調なリズムで
スクリーンに映し出されると何となく冷めてしまうためか、どうも説得力に欠ける。

●街の鼓動を見事に表現した『ベルリン天使の詩』

この映画よりベルリンの町の「味」を出したのが1987年のWim Wenders監督作品『Der
Himmel uber Berlin』(『ベルリン天使の詩』)である。壁が崩壊するわずか2年前
に公開されたこの映画は、戦後のドイツ映画の中でも最も有名な作品かもしれない。
カンヌなどで受賞しているこの映画はドキュメンタリーではないが、1980年代のベル
リンの町の性質をRuttmann とはまただいぶ違う方法で見事に表現している。劇映画
なので、主役の天使が人間の女性に恋をするという物語もあるが、それとは別にこの
映画は豊かな観察力を備えている。まず、Ruttmannの映画と明らかに異なるのは映画
のリズムである。『ベルリン天使の詩』の魅力はスピード感ではなく、ゆっくりとメ
ランコリックに第二次世界大戦の記憶と町を二つに切り裂く壁を抱えたベルリンを描
くことである。大半モノクロであるこの映画は鉛色で、冬の町並みはさらにグレーの
トーンを引き立たせる。重いコートを着た天使たちは無重力に町を歩き、カメラは彼
らの散歩に滑るように付いていく。『ベルリン大都会のシンフォニー』ではカメラが
動くことはほとんどないが、この映画ではカメラの動きによってベルリンの町の空間
が伝わってくる。地下鉄の中や国立図書館、そして人々のアパートの中で天使たちは
人間の孤独な心の声に耳を傾け、この映画では無数の声が考えや悩みをつぶやく。
『ベルリン天使の詩』は『ベルリン大都会のシンフォニー』にはなかった、ベルリン
の町に住む人々の内面を語り、それは虚構でありながらある真実を表している。

壁に囲まれていた西ベルリンには独特な時間の流れがあって、確かにどことなく孤独
が漂っていた。人の心を聞く天使たちは観察者であり、映画を見る私たちをベルリン
の町の中を誘導してくれる。長い間ゆっくりと通りを歩き、バスや地下鉄に乗り、街
角で子供たちの遊びを眺めたり、ナチ時代を描く映画のセットに立ち寄ったり、老人
に付いて行っては、Ruttmannの映画が作られた時代には最も活気にあふれていたポツ
ダム広場が、今では壁が広場を引き裂くためにただの空き地になっていることに嘆く。
この長い散歩と、人の心の中を覗くことによって、Wendersはベルリンが町として抱
える歴史の層をめくっていく。この映画はある場所が持っている物語と記憶を語る大
切さを主張している。このような観察力と物語性は、手法が違ってもドキュメンタリ
ー映画にとっても必然的な要素だろう。

今から見ると、Wendersの『ベルリン天使の詩』も一つの記録である。壁があるベル
リン、それは今ではもう存在しない。しかし西ベルリンで育った私くらいの世代の人
ならまだたいてい壁を体感として覚えている。1998年作の『Lola rennt 』(『ラン
・ローラ・ラン』、Tom Tykwer監督)では主人公の女の子は元気にベルリンの町を走
り抜けるが、ベルリンの町は今でも歴史の層が厚い。例えばベルリンのあちこちに
Stolperstein(つまずきの石、障害物の意味)が地面に埋め込まれている。これは建
物の入り口のそばにある、石畳の石と同じ形をした金色のプレートのことだ。立ち止
まってよく見ると、このプレートには昔そこに住んでいたユダヤ人の名前と、追放さ
れた日付が彫ってある。ホロコーストと言う虐殺で自分の市民を消していったベルリ
ンの暗い歴史がさりげなく話しかけてくる。やっぱり遠くからは見えない、その場に
いてこそ見えるものはある。

追記:Walter Ruttmannの『ベルリン大都会のシンフォニー』は8月19日の19時に
「日本に於けるドイツ年」の一環として東京のセシオン杉並・社会教育センターで上
映されます。伴奏はジャズの生演奏だそうです。興味のある方はこの機会にぜひご覧
ください。
 https://www.yoyaku.city.suginami.tokyo.jp/HTML/0030.htm 


■梶村 昌世(かじむら・まさよ)
ベルリン生まれ育ち。最近はIAMAS(岐阜県立情報科学芸術大学院大学)でデジタル
な環境に置かれているため、自分がいかにアナログな人間かに気付かされた。来る前
にベルリンで撮ったフッテージを、今秋東京で映像インスタレーションとして発表す
るため、蝉の鳴き声を聞きながら編集中です。



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃03┃□ドキュメンタリー時評
┃ ┃■アルトゥーロ・リプステインの
┃ ┃ 『英雄たちと時代 Los Heroes y el Tiempo』
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■藤原 敏史

●皮肉屋の監督と再会

「あんな映画はみることはない。イカれたおっさんが4人ただしゃべってるだけだか
ら」と、ミュヘン国際映画祭で久々に会ったとき、アルトゥーロ・リプステイン監督
がまず冗談めかして言った。今年は日本映画特集があり、その特別シンポジウムに日
本の批評家として参加して欲しいと言われたそのきっかけは、今年4月1日号の本欄に
も掲載した仏「カイエ・デュ・シネマ」誌に書いた記事を映画祭側が読んだからだっ
たらしい。せっかくなので引き受けたが、リプステインの新作も上映されることは、
映画祭についてみて初めて知った次第だ。

リプステイン監督と妻で脚本家のパズ・アリシア・ガルシアディエゴと会ったのは、
監督が審査委員長を務めた第一回の東京フィルメックス映画祭のときで、東京見物に
つき合ったりさせてもらった。その頃から「映画の批評なんてやめて作れ。DVカメラ
を買え」とけしかけられていたのだが、結局そうなってしまったわけで、今回は名刺
の肩書きを見て「インディペンデント映画作家の方だけ残して批評家は消せ。映画作
家の方に『ストラグリング』(もだえ苦しみ闘ってる、というような意味か?)と付
け加えたらなおいい」とさっそくの皮肉屋監督の挨拶。

で、楽しみにしていた彼のドキュメンタリー『英雄たちと時代』については、「本当
にただしゃべってるだけの映画だし、そうするべきだと思った。私は彼らの言うこと
に興味があっただけだし、一切の映画的な技巧は排して、ひたすらシンプルな映画に
徹した」とリプステインは言う。そして「メキシコの友人には『彼らについての映画
を作ろうとするのは、よほど政治音痴でないとできない』と言われた」という謎めい
た言葉も…。

60年代から70年代初頭にかけて、メキシコでも左派の若者たちがよりよい社会を求め
反体制運動に立ち上がった。自らもその世代に属するリプステインは76年に、刑務所
に収監された4人の活動家を主人公にしたドキュメンタリー『ルクンベリ刑務所
Lecumberri』を作っている。それから30年、4人のうち3人とは再会できた。1人はま
ったく消息不明で、同じような立場にあるもう一人が代わりに出演。映画の冒頭、編
集用のコンピューターの前に座ったリプステインが映画の製作の経緯を語り、こう締
めくくる??「私が興味があったのは、本当はいったいなにが起ったのか、だ」

中南米の激しい政治弾圧や衝突のなかで、比較すればメキシコはまだ穏便に済んだ方
だと言われている…とはいっても、たとえばアリエンデとかピノチェトの虐殺などに
較べればの話だ。この映画の30年前の“英雄たち”は、自分たちが逮捕され、厳しく
尋問され、拷問に晒された陰惨な体験を、淡々と語る。一人は車椅子に座っている。
厳しい拷問に足の機能を奪われたのだろうか?

4人のうちの1人の元妻と娘が、激しい弾圧に晒されたギリギリの生活のなかで埋めよ
うがなくなった夫婦の亀裂、親子の断絶を語る。30年前の映画の刑務所の映像が随所
に挿入されるが、ルクンベリの実情がリプステインが撮影できたものよりもはるかに
過酷であったことも、明かされる。

映画はシンプルに、ひたすら証言とそれを語る顔を写し出すだけだ。そして彼らは、
拷問で仲間の居場所を自白してしまったことや、自分達もまた仲間の自白が原因で逮
捕されたことも、告白する。拷問に耐えられる人間などいはしない。自白はやむを得
ない。そうは言っても、自白に基づき逮捕された側と自白してしまった側のあいだに
は、複雑な感情がある。こうした密告によって逮捕された自分は、今でも密告した人
物を(いかにやむを得なかったかが分かっていても)どうしても許せない、とも言う。

強烈なインパクトの証言が淡々と語られる。その題材自体の強さは、なるほど、リプ
ステインがひたすらシンプルな映画に徹しようとしたのも頷ける。これを感傷的に盛
り上げでもしたら、プロパガンダになりかねない。

とはいえ、この映画、やはりどこか変なのである。アルトゥーロ・リプステインの映
画だから、という先入観もあるのかも知れない。彼の映画にしては“まとも”過ぎる
のだ。

リプステインは『皆殺しの天使』でルイス・ブニュエルの助監督からキャリアをスタ
ートさせた映画作家だ…というのは本人によればまったくの神話で、プロデューサー
の息子だったのでセットに遊びに行って雑用を手伝っていただらしい。晩年のブニュ
エルと親交があったのは確かで(晩年のブニュエルが主人公のドキュメンタリー
『El Naufrago de la Calle  Providencia』もある)、それをもって彼の映画をメキ
シコのシュールレアリズムであるかのように評するステレオタイプ的な評もあるが、
それならばシュールレアリズムの定義をまず全面的に改める必要があるような…。と
はいえリプステインの映画に常にその独特な個性が刻印されていることは変わらない。
監督自身は、自分は社会の片隅に追いやられた人間たちのギリギリのサバイバルに強
く共感する傾向があり、自分の映画の多くもそれを扱っていると語っている。

確かに『英雄たちと時代』が語り始めるのも、弾圧や拷問を生き延びた記憶ではある。
だがそれは恐ろしい現実のなかで死ななかった記憶であって、生き残るため、生の尊
厳を守り自分の生に(『ディープ・クリムゾン』の連続殺人カップルや、来ない手紙
を待ち続ける『大佐に手紙は来ない』の大佐のように、それがどれだけ見当違いであ
ろうと)意味を与えるために、それがどれだけ絶望的な心の叫びであっても、それを
発するためになにかの行動をとった記憶ではない。これはあくまで犠牲者(で、たま
たま生き延びた者たち)の記憶であって、リプステインが愛して来た能動的なサバイ
バルではない。

…と思っていたら、次第に話がズレて来る。4人の元政治活動家/政治犯たちが、現
役時代の自分達は若くてなにも知らなかったと言い始めるのだ。刑務所のなかで初め
てマルクス主義などの思想書をちゃんと読み、そこで初めて自分達は思想と理想を持
ったのだと。

●先入観を捨てて考えることを強いる

それにしても、なにが変だと言って、彼らの服装も、自宅であるらしいインタビュー
されている場も、どうみても裕福な中産階級、とくに暮らしに困っているようには見
えない。僕自身、日本の同世代の左翼反体制運動を体験した人々といくらか親交がな
いわけではないが、彼らとは現在の境遇が全然違うようにしか見えない。日本の場合
はなにかしら挫折した理想を悼むペシミスティックなものを感じさせられるのだが、
このメキシコの“左翼おっさん”たちがポジティヴで明るいのは、メキシコと日本の
風土の違いのなせる業なのだろうか?

話は次第に牢を出た後へと移り、車椅子の男が「私は交通事故で足の自由を失った」
と言う。え? 拷問のせいだとばかり思っていたこちらの先入観を見事に覆しながら、
男はこう続ける、「足が不自由になって理解したのだが、歩くということは人生にお
いてそんなに重要じゃない」。

映画は次第に、インタビューだけでなく、彼らの日常を写し出し始める。一人が合気
道の道場で延々と、孤独に型を稽古し続ける姿が繰り返される。リプステインの妻の
パズは「彼は今でも闘い続けてるみたいね、自分自身を相手に」と笑う。車椅子の男
は、決然とした表情で自分の腕で車椅子をメキシコシティの歩道に走らせる(人を食
ったような横顔のバストショットの、横移動撮影)。

そして映画は、今度は日常の仕事場の彼らを見せ始める。これまでのインタビューと
は違った、ピシッとしたネクタイ姿で、最新式のパソコンが置かれたデスクの側で…。
車椅子の男は、出獄後政府の都市計画局に務め、今ではその部署の責任者だ。4人の
うちもう一人はその部下として働いている。もう一人の、眼鏡をかけた男はメキシコ
シティでクリニックを経営。合気道の男は作家で、彼だけはあまり稼ぎはないが、元
々かなり裕福な家の出身だ。

ミュンヘン映画祭の公式上映では、さっきからそこはかとなく漂っていた不安なざわ
めきが、この辺りから明晰になって来た。中南米からのドキュメンタリーで、それも
弾圧を受けた政治活動家たちが主人公というならば、やはり客層はある種限定された
ものなのだろう。そしてそうした“先進国”ドイツから見て“発展途上国”、貧しく
美しい“犠牲者”をどこかで期待している観客にとって、彼らのあっけらかんとした
ポジティヴさ、しぶとさだけでもショッキングなことは想像に難くない。そこへ車椅
子の男の厳しい言葉がついに発せられる??「ラテン・アメリカで暴力革命をという
のは大きな誤りだった。今のキューバを見て欲しい。メキシコの方がどれだけましな
ことか」。彼らは平然と、チェ・ゲバラさえ批判する。

上映後の質疑応答で真っ先に出たのは、この発言についての質問だった。リプステイ
ンの返答は一言、「Well, that's what he said  さあね、彼はそう言ってるね」。
映画作家はドキュメンタリー映画によってその人物たちを撮り、その言葉を記録した
だけなのだからその通りなのだが、こうした正論はこうした場ではまず通用しない。
それはそうだろう、『英雄たちと時代』は、観客をいったんある先入観の方向へ誘導
するように見せながら、その方向そのものや、そこへ誘導される側の先入観を覆す映
画なのだ。覆された側からすれば、それはたまったものではない。

『英雄たちと時代』がまぎれもない傑作であり、成熟した政治映画であるのは、観客
に先入観を捨てて考えることを強いる映画であるからだ。アルトゥーロ・リプステイ
ンの映画は、我々が先入観として思い込んでいる“常識”や“正しいこと”(その側
にいることによって我々自身の優越感が保証される)を覆す。メキシコ=発展途上国、
そこで反体制運動に参加し弾圧された人々をただ「英雄」的に美化すれば、我々は彼
らへの憧憬の混じった自己同一化に安住し、彼らの側、“正義”の側にいるかのよう
に錯覚できる。その対象が“貧しい発展途上国”のエキゾチシズムの“美しき犠牲者
”であればますますもってそうだ。だがそれは、実は植民地主義的なステレオタイプ
の裏返しでしかないことすら、この映画はその観客につきつけてしまう。

今のメキシコはキューバよりははるかにまし…。残念ながら確かにその通りではない
か。メキシコには今でもさまざまな問題はあるが、それでも貧困の度合い、民主主義
の進展や人権の保証、どれをとってもキューバに較べればまだいい。アメリカの強烈
な間接支配下にあるとも言われるが、しかしたとえばイラク戦争では、ラテンアメリ
カのほとんどの国が出兵を拒否している。一方でキューバ擁護派はキューバの問題は
すべてアメリカの経済制裁のせいだと主張するが、たとえば政治犯、とくに同性愛者
の弾圧までアメリカのせいにはできまい(で、これに関して最も責任があるのはゲバ
ラ)。ラテンアメリカにおける武装革命は確かに失敗した。その失敗から何を学び、
どう未来を生きて行くのか、どうやって「よりよい社会を作りたい」という新年を現
実に生かして行くのかが、『英雄たちと時代』の真のテーマなのだ。

リプステインが一貫して描き続ける「社会の片隅に追いやられた人間たちのギリギリ
のサバイバル」は、我々が安易に共感できる“犠牲者”の側にいることを拒絶するよ
うな人物たちばかりだ。『ハネムーン・キラーズ』の題材ともなった50年代アメリカ
の連続殺人カップル(デブの看護婦とハゲでカツラのしがない結婚詐欺師)は、リプ
ステインの『ディープ・クリムゾン』では「狂気の愛」の調べを奏で始める。『英雄
たちと時代』の「英雄たち」は、思想の殉教者にはならず、しぶとく生き延びる。そ
して置かれた立場は変わって今は政府側で働いていて、彼らの本質はぜんぜん変わっ
ていない。

映画はさらに彼らの子供たちを見せる。車椅子の男の子育て方針は、「うちでは10と
9以外は成績として認めない」だったという。最大の努力で最大の能力を身につけ自
分の運命を切り開き社会に貢献する、自分に厳しい左翼理想主義の鑑のような…とま
では褒めたくもないが(うちの父親そっくりだと言ったら、とリプステインに言った
ら大笑いされた)、「歩けることは人生でたいして重要なことではない」と言い切っ
て敢然と車椅子で猛進する姿ともダブる、まったく変わっていない意思の強さだ。

そんな父の期待に応え、息子二人は優秀な成績でアメリカの大学に進学しているとい
う。ただし彼らは、一人は石油国際資本で、もう一人は米国で弁護士として働き、父
の祖国メキシコの社会のためには、なにもしていない…。

合気道の男は離婚され、家庭は完全に崩壊している。証言する妻と娘を見る限り、彼
はまったくいい父親ではなかった。そして彼はいつまでも、道場で合気道の型を稽古
している??自分自身と闘っている…。

『英雄たちと時代』は今年のカンヌ映画祭で初めて上映された。妻で脚本を担当する
パズ・アリシア・ガルシアディエゴがこの映画を見たのは、今回のミュンヘンが最初
だったそうだ。映画のラストには「パズに捧ぐ」の献辞がある。なかなか素敵なラブ
レターだと思っていたら、ラテンアメリカの政治についての幻想をぶち壊されたヒス
テリックな観客に旦那が責められているとき、果敢に壇上に出て来て猛反論を展開し
たのがパズ。

藤原「パズのクレジットは献辞からポリティカル・アドバイザーに変えた方がいいみ
たい?」リプステイン「いや、ポリティカル・ディフェンダーの方がふさわしいな」

どうも名監督のサバイバルには、よき伴侶が欠かせないような…。


■藤原 敏史(ふじわら・としふみ)
ドキュメンタリー演出/映画批評。5年ぶりの再会になったリプステイン監督は「こ
の映画の構成は大変に難しかった」というが、この映画の知的で巧妙な構造は今編集
中の『土本典昭の軌跡(仮)』にとって大変な参考になった…ということはまた一か
らやり直しみたいな気分にもなるが。



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┃04┃□neoneo坐通信(24) 8月のプログラム
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neoneo坐の8月の上映をお知らせします。
会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩1分、
JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。
詳細と地図は下記のneoneo坐サイトをご覧下さい。
 http://www014.upp.so-net.ne.jp/kato_takanobu/neoneoza/index.html 
皆様には、お得な一般会員(2,000円、1年間有効)になることをお勧めします。

■GO! GO! 山形国際ドキュメンタリー映画祭2005
山ドキ!東京予備校 第3弾「ヤング・チャイニーズ・ボーイズ」

壮大なNHK特集なんかで中国を知った気になっちゃ困る。台湾はホウ・シャオシェン
より近いところにある。今回は、被写体と等身大の若い作者たちが、初めてのドキュ
メンタリーに取り組んだシリーズ。彼らの荒削りな技術と、繊細な感性の組み合わせ
が魅力です。このラインアップで「チャイニーズ文化における男同士の絆」について
論文書いてくれる人いないかしら。

Program C 〜唖然としちゃう2本〜

『狩りに出る2人』(台湾/1998年/台湾語・北京語/カラー/ビデオ/49分)
監督:陳硯儀(クリストファー・チェン)
ドキュメンタリーのフリをしたバラエティー番組? 友情のはかなさを憂う哲学的考
察?
よくわからないが、詐欺師もどきの2人の男とその共犯者(監督兼カメラマン)が出
くわす、思いがけない事実の展開には唖然としちゃう。不倫がバレた瞬間、本当に警
報が鳴るんだから驚いた。

『美麗少年』(台湾/1998年/台湾語/カラー/ビデオ/63分)
監督:陳俊志(ミッキー・チェン)YIDFF'99 アジア千波万波出品
10代のゲイの少年たちと家族の関係を率直に描いた、3話にわたるオムニバス映画。
米国留学を前に恋人と別れる決心をした小羽。名門高校の太っちょモーガン。女装パ
フォーマーの美少年、小丙。彼らの伸びやかな笑顔と飾らないおしゃべりに感染せず
にはいられない。

Program D 〜布団の綿を打ち直す〜

『綿打ち職人』(中国/1999年/中国語/モノクロ/ビデオ/78分)
監督・編集:朱伝明(ジュー・チュアンミン)YIDFF'99 アジア千波万波 奨励賞受賞
故郷を離れ北京で古い綿布団を打ち直す仕事を始めた青年。道端に住み、お客を待つ。
北京電影学院の学生監督が同年輩の彼と知り合い、日常生活の記録を始めた。監督は
フィクションの次作『山の上』(2003)で待望の若手としてロッテルダム映画祭などで
脚光を浴びた。

7月29日(金)
18:00〜 『狩りに出る2人』(49分) + 『美麗少年』(63分)
20:00〜 『綿打ち職人』(78分)
上映後に山形映画祭での監督トーク映像を上映

8月5日(金)
18:00〜 『綿打ち職人』(78分)
20:00〜 『狩りに出る2人』(49分) + 『美麗少年』(63分)
上映後にゲスト・トーク[千夜一話] 川口隆夫<ダンサー/パフォーマー(ダムタイ
プ)>
司会:藤岡朝子(山ドキ専任講師)

8月20日(土)
14:00〜 『狩りに出る2人』(49分) + 『美麗少年』(63分)
16:00〜 『綿打ち職人』(78分)
上映後に山形映画祭での監督トーク映像を上映

8月26日(金)
18:00〜 『狩りに出る2人』(49分) + 『美麗少年』(63分)
20:00〜 『綿打ち職人』(78分)
上映後にゲスト・トーク
[千夜一話]司会:藤岡朝子(山ドキ専任講師)

【料金】
1プログラム券 一般 1,500円 / neoneo坐 会員 1,000円
2プロ通し券  一般 2,500円 / neoneo坐 会員 2,000円
            ※入会金2,000円・1年間有効

☆ゲスト・トーク「ヤマガタ千夜一話」参加費;映画を鑑賞された方は500円、
「千夜一話」のみ参加の方は1プログラム分の料金となります。

【上映へのお問合せ】spaceNEO:spaceneo@tcn-catv.ne.jp TEL:090-3271-5280



   ※41-2号へ



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