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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo Vol.39-1 2005.7.1

発行日: 2005/7/1


☆━┓ ┏━┓ ┏━┓
┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
┗━┫e┣━┫n┣━┫o┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━○
  ┗━┛ ☆━┛ ┗━☆    39-1号  2005.7.1


∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 †01 日本のドキュメンタリー映画のかたち
      (2)揺れる映画祭  大久保 賢一
 †02 ワールドワイドNOW ≪ロス発≫
     映画のなかの都市、ロサンゼルス
     −Los Angeles Plays Itself (2003)についてのノート(2) 水野 祥子
 †03 ドキュメンタリー時評
     「天皇制」テレビ・ドキュメンタリー中断顛末記(4―最終回) 藤原 敏史
 †04 neoneo坐通信(24) 7月前半のプログラム
     7月1日、8日(金) 山ドキ! ≪ヤング・チャイニーズ・ボーイズ≫
           『この冬』 『I Love (080)』 『ハイウェイで泳ぐ』
     7月13日短篇調査団:『たのしいリズム』 『流れ』 『音をみる』
           『ケンちゃんたちの音楽修行』


※39-2号へ

     ◇────────────────────────◆◇◆    


 †05 広場
     投稿屋台『クチコミ来来軒!』(15)
     新・クチコミ200字評!(14)
       『映画 日本国憲法』『ムツゴロウとこどもたち』
       『ゼクシィ 結婚準備お役立ちDVD』(以上、清水 浩之)
      『シリーズ憲法 第9条・戦争放棄〜忘却』クロスレビュー募集!
     投稿:「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」レビューリレー(14)
       『ニッポン国古屋敷村』を見て  長澤 茂和
     上映(パルテノン多摩):7月8日〜10日
       「現代中国のドキュメンタリー映画」 『老人』 『350元の子』 
         『よそに住んで』 『蒲公英的歳月』 『鉄西区』
         『鳳凰橋を離れて』 『江湖』 『2H』
     告知:neoneoを継続して配信していくために―
          上映の告知の有料化とカンパのお願い  伏屋 博雄
 †06 編集後記  伏屋 博雄


    ★バックナンバー閲覧はこちらまで

   まぐまぐ配信   http://www.mag2.com/m/0000116642.htm
   melma!配信    http://www.melma.com/mag/39/m00098339/



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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■(2)揺れる映画祭
┃ ┃■大久保 賢一
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

カンヌやベルリン、ヴェネチアなどの大きな映画祭が「檜舞台」として上位にあって、
そこで注目を集めた作品が他の映画祭に流れる、そういった図式がいま変わりつつあ
る。著名監督の作品とその他の映画といった映画祭の作品構成が、世界の映画状況の
最も新しい動きをつかまえられなくなってきたのだ。そのために大きな映画祭は構造
改革を行おうとし、コンペ以外の部門にバラエティを持たせようとして試行錯誤を繰
り返している。

かってはヨーロッパから見て「見えない地域」、テラ・インコグニタであったアジア
の映画が「存在する」ことに気づいた欧州の大映画祭は、それを上映することを今は
当然のこととしている。たとえば侯孝賢は香港映画祭のあと、献身的な主催者が運営
する仏ナント三大陸映画祭(三つの大陸とは、アジア、アフリカ、南アメリカ)に登
場し、それに大きな映画祭が続いた。

この十年、カンヌやベルリンに選ばれる新人監督の作品に「ヒューバート・バルス基
金」を受けた作品と記されているのをしょっちゅう見るようになったが、この基金は、
ロッテルダム国際映画祭が世界の若手監督たちの作品に製作資金の一部を援助するも
のだ。たとえば王兵の「鉄西区」もエリア・スレイマンの「D.I」もこの基金を受け
て作られている。その最初の一本が、陳凱歌の『人生は琴の弦のように』(91)だっ
た。

ロッテルダム映画祭の初代ディレクターであったヒューバート・バルスとスタッフの
サンドラ・デン・ハマーによって始められた基金は、世界各国の若い作家たちの作品
数十本を支えて来た。そしてもう一つ、作品企画に対して資金を募る「シネマート」
という部門は、1月から2月のかけての映画祭期間中に監督・製作者と(あらかじめ企
画プランを検討してきた資金提供者が)ミーティングする形をとる。'05年の映画祭
では48企画がミーティングを行っている。

これらの若手の映画作家に対する支援は釜山映画祭が発足したときのモデルにもなっ
ているし、ロッテルダムのスタッフだったバウター・バレントレヒトがアジア映画の
製作配給者として独立して、香港に作家への資金提供の形をたちあげることにもつな
がっている。

ロッテルダムは十年以上かけて、作家と関わることを続け、その結果、世界の映画と
映画祭上映作品に影響を与え続けてきた。具体的な製作支援だけでなく、上映プログ
ラムでもロッテルダムは「劇映画とドキュメンタリー」といった区分にとらわれるこ
となく、映画の現在形をとらえた刺戟的なプログラムを組んでいる。

日本映画でいえば、若手のインディペンデントの新作を多く上映するだけでなく、最
初にピンク映画の特集を組んだのもロッテルダムだったし、大掛かりな回顧展では神
代辰巳と深作欣二プログラムが大きな反響を得た。「映画とその外」との境界を(そ
れを超えるために)見ようとする意識から、毎年組まれている“Exploding Cinema”
のなかに、日本の「アーケードゲーム」も含まれたりする。

04年と05年は、「世界同時多発テロ」に対するアメリカの動きを批評するために、特
集“Homefront USA”に、ウェブ上で公開されている短篇のアメリカ作品まで含めた
膨大な数の作品を組んだ。これは、いまもコンペに『スターウォーズ』の新作を上映
するカンヌなどとは大きな違いだ。

また“SEA EYS”という東南アジアの特集では、インドネシアの監督ガリン・ヌグロ
ホと組んで、彼の劇とドキュメンタリーの新作や若い作家たちの作品によって、伝統
的イスラム社会を描く方法と、アクチュアルな政治的課題やセクシュアルな芸能の現
在形をとらえる試行を展観してみせる。

この十数年、各国の映画祭はアーカイブや映画博物館と連動して作品の発掘、発見、
古典の修復の成果を見せるプログラムを組みようになった(DVDの発売とも連動して
いる)。しかし、ロッテルダムが選ぶ作品は古典の追認にとどまらない。昨年のロッ
テルダムでは故ジョン・カサヴェテスの『アメリカの影』」(59)の、現在流通して
いる版ではなく、それ以前の第一版(ニューヨークで三回だけ上映されたプリント)
が上映された。いくつもの場面が大きく異なり、カメラの前で「起こる」ことがらが
生々しく記録されているこの“ファースト・バージョン”をカサヴェテスは「下手
だ」と感じて撮り直したのだが、この生々しさ、荒々しさは、映画のリアルというこ
とを、今、考えるためには貴重な例だと思う。望まれるのは両方の版が公開されるこ
となのだが。

たとえばロッテルダムが今年上映した、英国のジェラルド・フォックス Gerald Fox
監督のドキュメンタリー“Leaving Home Coming Home”は、写真家ロバート・フラン
クのフランクがカメラの前でスイスでの少年時代から渡米以前、フランスや英国で撮
った作品について語り、アメリカの写真の歴史を変えた彼の写真集「アメリカ人」と、
それに序文を寄せたジャック・ケルアックと組んだ映画作品について、ローリング・
ストーンズをフランクが撮った映画“Cocksucker Blues”(72 公開されなかった)に
ついて等々を、写真作品と映画のフッテージを示しながら語っていくというもの。

現在の彼の写真の製作の方法も含め、イメージとそれを作品とする仕事について徹底
して具体的に語るフランクの言葉と画面に現われる映像が実にスリリング。
これはぜひ日本でも公開したい一本だ。


■大久保 賢一(おおくぼ・けんいち)
1950年東京生まれ。大学在学中の1970年代初頭に映画上映と16ミリ映画製作の活動を
始め、映画雑誌、新聞に原稿を書き始める。'80年代から海外の映画祭やシネマテー
クに日本の若手インデペンデントの映画を紹介、映画祭審査員なども経験。著書「荒
野より ウォーレン・オーツ」(立風書房)「カルチャースタディーズ映画:二極化
する世界映画」(朝日出版社)他。 多摩美術大学講師



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┃02┃□ワールドワイドNOW ≪ロス発≫
┃ ┃■映画のなかの都市、ロサンゼルス
┃ ┃−Los Angeles Plays Itself (2003)についてのノート(2)
┃ ┃■水野 祥子
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

Los Angeles Plays Itself (2003)は200本以上の映画を引用する。深くゆっくりとし
たペースを保つ機知に富んだ男性の語り(冒頭のクレジットでもわかるが、実際の声
はトム・アンダーセン本人ではないが彼自身が書いたエッセイが読まれる)がその膨
大な数のクリップを牽引する。その牽引の仕方は強引ではない。語りは、皮肉っぽい
ところもあるがどこか温かさもあり、講義と言うより、観る者と作者との対話を施す
ような感じで、冒頭から引用される多くの運転席から撮影した特徴のない郊外の住宅
街の流れるような長回しの映像や、アエリアル・ショットが与える興奮とスピードの
スペクタクルの画像と音とは対照的だ。

冒頭のプロローグから、「The City as Background」 「The City as Character」
and 「The City as Subject」の3章が繋がる。存在すら知らなかった80年代のアクシ
ョン映画、ホラー映画が次々と引用されたり、かなり昔に見たけれど、すっかり記憶
に埋もれていた好きな映画を思い出したりもして。記憶するに値しないと思っていた
映画に新しい角度で観ることを教えてくれたりもする。引用されていないけれど、こ
こに当てはまるぞ、と瞑想したり。実際、観た後、アンダーセンが引用した多くの映
画を再度DVDで観てしまった。ブレードランナー、LAコンフィデンシャル、LAストー
リー(スティーブ・マーチンのロマンチックコメディー&一見救いようのない「バッ
ドムービー」)、パブリック・エネミー(ジミー・コグニー主演、シカゴが舞台なの
にLAで撮影されているのは見て明らかだそう)、ザナドゥ(今はなきアールデコ様式
のアイススケート・リンクをローラー・ディスコに改造してしまうファンダジー映
画)などなど。映画好きであるほど、観賞中の対話の残響はなかなか終わらない。

冒頭のプロローグから2章までは、主に、ハリウッドの大作が、この特徴のない映画
映えしない都市をロマンスやアクションの背景にしてグラマラスなドラマの舞台に変
幻する過程においてついた嘘を暴いていく。理論的に正当化するのは難しいが、と言
いながら、アクション映画がいとも簡単に東側のダウンタウンから角を曲がると実際
遠く離れたサウスベイに出る、といった映画を引用して、地理的に嘘をつく映画は駄
作に多い、と括ったりするところは、映画ファンの独り言、と言った軽い感じで楽し
い。ここで、はあ、アンダーセンは所謂リアリストでそれが良し悪しの基準なのね、
と一旦納得したりしたが、勿論それだけではなかった。続く、幾層にもわたる断片的
だか示唆に富んだ多くの論点は、膨大なリサーチの時間とエネルギーを要したと推測
できるし、都市論、映画史、映画産業史、映画批評、建築史、社会史、環境論、メデ
ィア論、などなどが入り乱れる批判的大作と観ることもできるし、ところどころはパ
ーソナルな映画鑑賞記的でもある。一貫したテーマは掴みにくいが、観点、要点は見
え隠れしている。さて、この掴み所のない野心的な大作のどこをかい摘んでお話する
としようか。

アンダーセンによると、2019年のディストピックな退廃した暗闇の中の近未来都市を
背景にしたブレード・ランナー(1982)は、それまで多すぎるほどの映画の舞台にな
ったブラッドバリー・ビルやユニオンステーション、ライト設計のエニス・ブラウン
邸がすっかりその姿を変えて現れている。ロサンゼルスの最も有名な建築物さえ抽象
化してしまう、この画期的で謎めいたSF映画が、公開から23年たった今日でも、細
部まで厳密に眼を配るファンをつくりだしているのは納得できる。ハリウッド・ヒル
にあるモダニスト建築、インターナショナルスタイルの大邸宅は、1970年代以降専ら、
LAコンフィデンシャル、ビッグ・レボウスキー、ヒート、など、ポルノ王や麻薬組織
の親玉が居住する暗黒街の拠点として描かれてきた。ところが、これらモダニスト様
式の豪邸は実際その昔、皮肉にも、リベラルな社会主義者とインテリのサロンとして
機能していた、とアンダーセンは語る。自由と開放を表現することを目的に建てられ
た近代建築の邸宅が、70年代以降のハリウッド映画によって欲望と悪の巣としての意
味が定着する現代までの変遷については、多くの豊かな論点のなかで、映画史と社会
建築史とが交差していてとても面白い。

第二章で、Double Indemnity等のノアール映画を用いて都市と建築物の描き方から論
じた後、アンダーセンは、公開時批評家が一様に絶賛したチャイナタウンとLAコンフ
ィデンシャルを例にとって、1970年代以降ハリウッドはロサンゼルスをロサンゼルス
として描くために、シニシズムを用いたと示唆する。事実に基づいた映画がいかに
「事実」が脚色され歪曲されていようと私たちの「知識」となってしまっていること
を語るが、ここでの論点は寧ろこれらのハリウッド映画が、真実とか正義の領域には
所詮立ち入るべきじゃないという教訓を教える道具になっていることを暴く。これら
2作は、警察や市という組織に蔓延していた暴力や汚職は、主人公たちが追求するも
脅かされることもなく継続していくことを示唆し、理想を破壊し、見て見ぬ振りをす
るしかないという生きるための術を教える。アンダーセンは語る。「シニシズムは私
たちの時代の支配的な神話になった。LAコンフィデンシャルはそれを説教する。シニ
シズムは我々に無知さと無力さを教える。LAコンフィデンシャルはそれを証明する」
と。

ハリウッドがチャイナタウンというメタファーを使って、「理想は打ち砕かれるも
の」と、資本家と組織には立ち向かうべからず、スラムには立ち入るべからず、の説
教をし始めたころ、その立ち入り禁止区域の中からもうひとつの映画が生まれていた。
アンダーセンにとってのロサンゼルスの映画は、ハリウッドが今日まで拒否し続けて
きたスラムにあった。インデペンデント映画、A Woman on the Burge of Nervous 
Breakdown を引用し、アンダーセンはジョン・カサベテスは日常の狂気への眼と耳を
持っていたと賛じる。さらに、ラスト20分、アンダーセンにとっての本当の「ロサン
ゼルス映画」が明らかにされる。

彼がネオリアリズモと呼ぶそれらの映画は、この都市を単なる背景や一役としてでな
く、生活を司るコミュニティーとして、またsubject−主題−として扱う、今はすっ
かり忘れられたインデペンデント映画だった。ケント・マッケンジーのThe Exiles
(1961)、ハイリー・ゲリマの Bush Mama (1975)、チャールズ・バーネットの Killer
of Sheep (1978)、ビル・ウッドベリーの Bless Their Little Hearts (1984) 、そ
れぞれ実験的に独特な語り口を持つ、今はジェントリフィケーションされ跡形もない
バンカー・ヒルや、数多くの暴動で有名な貧民街ワッツに住んでいたネイティブ・ア
メリカンや黒人たちの毎日の生活を描いた映画ばかりだ。私も全く知らなかったのだ
が、Bush Mamaなどは、主人公の黒人女性の記憶と知覚を通してスラムでの時間の流
れを経験させてくれる、ドキュメンタリーとは一線を画する映画らしい。その短すぎ
る引用されたクリップからは、主人公の眼で見たロサンゼルスには時間が「歩くペー
ス」でゆっくりと流れていることがわかる。もちろん作者は、これが唯一の、至極の
ロサンゼルス映画、と主張しているのではない。イメージのなかのロサンゼルスとい
う都市の重層性はこれらネオリアリストがいなかったら実現しなかっただろう、とい
う賛辞だ。

最後にもうひとつ。私も未見のThe Exiles やBush Mama にはそれまでのアンダーセ
ンが論じることのなかった女性の主観性が大きなテーマになっているようだ。(彼は
姉妹3人を主人公にしたハリウッド映画Hanging Upについて触れているが、ロサンゼ
ルスの公共スペースを完全に背景に押しやってしまった好ましくない例として挙げら
れている。) この都市と男性性の描写はノアールの全盛期から今日まで、今の州知
事が80年代以降を象徴するように切っても切れない関係にあることを考えると、私な
ら、ジェンダーという論点で、さらに、ファム・ファタール、ストリッパー、ブロン
ドのレイヤーカットと赤い口紅の「80年代」のステレオタイプの女性像や、ジム通い
とテニスに明け暮れる有閑マダムや、ショー・ビジネス入りを夢見る女性像以外のロ
サンゼルスの映画の中の女性像なんかを探して付け加えてみたい。

私とこの映画との対話はまだまだ終わらないようである。


■水野 祥子(みずの・さちこ)
来週から6ヶ月LAを離れることに。一週間まえからクローゼットの掃除をしているの
だけれど、これが終わらない。物を捨て方をどなたか教えてください!



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃03┃□ドキュメンタリー時評
┃ ┃■「天皇制」テレビ・ドキュメンタリー中断顛末記(4―最終回)
┃ ┃■藤原 敏史
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●特攻隊の生き残り

一緒に『ザ・ニュースペーパー』の稽古場を出た森達也は浮かない顔をしている。
確かにおもしろい映像が撮れたのだが、しかしこれが“フジテレビの番組”として使
えるかが気がかりなのだ。TNP共謀のいたずら以前に、皇居の一般参賀の風景自体が
使えるかどうか。皇居前広場については環境庁の管轄(皇居外苑は国立公園)で撮影
許可は得ているが、宮内庁管轄の皇居敷地内は宮内庁記者クラブ関係の一社キャメラ
一台の制約があり、フジの報道がすでに入っているので我々は許可なしの、あくまで
プライベートな撮影だ。ならば皇居敷地外の、皇居前広場での画だけで構成すればい
いし、皇居内で撮った素材にしても引きならばともかくアップは皇居前広場のシーン
のなかに編集して組み込むことができる。とはいえ、フジテレビの報道の側では、宮
内庁や記者クラブとの関係を配慮して、『ザ・ニュースペーパー』がこういう形で登
場すること自体に反対する可能性もある。

『ザ・ニュースペーパー』のシーンを使わないとしても、ただ皇居の一般参賀で一般
人を撮っていることだけでも問題はあり得ると森は言う。最近のテレビは、街頭ロケ
などで一般の通行人が写ることでさえ極端に警戒するというのだ。インタビューなど
の形で撮られている側が了承していることが明確であればいいのだが、たまたま通り
がかった人が写っている場合、「なぜ自分が写っているんだ」と“肖像権”をタテに
クレームをつけて来る視聴者も少なくないらしいのだ。

ドキュメンタリー製作にとってひどく厄介な現状だ。こんな調子では、街頭ロケの映
像で通行人の顔にモザイクをかけるようになるのも、遠い話ではない。そういえば昨
年公開されたアメリカ映画『スーパーサイズ・ミー』では、すでに通行人の顔に何カ
所かモザイク処理がなされていた。

むろん、公園や公道で写ってしまうことに関して「肖像権」は法的には派生し得ない
し、「肖像権」自体が少なくとも日本ではまだおよそ法的に認められた概念とは言い
がたい。写っていることで現実的な損害があるわけでもなし、民事訴訟に持ち込む以
前に引き受ける弁護士もいないだろうが、しかしそうしたクレームが出ること自体
を、テレビ局では極端に嫌っているのだそうだ。

さらに森を悩ませていたのが、年末からフジテレビ側に企画書を提出するようにせっ
つかれていることだった。この日もこれから帰宅して企画書を書くと言う。

最初から企画書がなかったわけではない。とはいえ森が最初に出していたものは、手
法や方法論、構成について述べたものではなく、ただ自分が天皇に関心があること、
その理由についてだった。森が天皇の内面を妄想するという当初のアイディアは年末
のフジ側との会議の時点で(前号参照)とにかく天皇に会いたい森自身が主人公にな
ると言う、より具体的なアクションを伴う方向になって来ていたのだが、森によれば
フジ側がこれに難色を示しているというのだ。理由は、それがおもしろくなるとは思
えない(会えるはずがないのに会いたいとジタバタしているだけで十分におもしろい
はずだが…)、なぜそういう方法論をとるのかが分からない、ということらしい。

森は家に帰って企画書を書かねばならないという。助監督の大崎由佳子と僕は、まだ
この時間なら一般参賀の最終回にまにあうので、再び皇居に向かった。

我々二人にとっては昨年の天皇誕生日を含めると三度目の一般参賀だが、この回はこ
との他のどかで、子供連れがもっとも多かった。正月に長野から来たお孫さんの「歴
史の勉強に」来たというおばあさんなどにインタビュー。また「飛田給」という文字
に数字のついた紙をもった人たちが眼についたので訊ねてみると、宗教団体「成長の
家」の団体さんだという。

最終回の一般参賀は、大崎の言葉を借りれば日の丸率と万歳率がいちばん低く、肩車
率がいちばん高い、のどかな雰囲気だった。そんな回に限って新年の挨拶の言葉が終
わったあとの天皇と皇族たちが、以前の回よりもずっと長く宮殿バルコニーに留まっ
て、いつまでも手を振っていたのが印象的だった。

宮殿から坂下門に向かう坂を下りて、今度は竹橋の方に出る乾門ルートをとることに
して、その途中の喫煙所で一休みしていると、杖をついてはいるがいかにもお元気そ
うな老人が、常陸宮夫妻の車が通ることを教えてくれた。毎年一般参賀に来ていると
いう。「昔の特攻隊の生き残りだからね」と、懐から取り出したのは一面にびっしり
と名前が書かれた扇子。「こうして死んだ連中を毎年天皇さんに会わせてやりに来て
いるんです」

戦後生まれの我々は、戦時中には「進め一億火の玉だ」、天皇のために死ねと言われ
ていたのだと教えられている。だが老人はこのこちらの問いかけを一笑に伏した。
「そういうのは後からかっこつけて言ったことであって、自然の流れとでも言うます
かね、そういう感じだったのが本当なんじゃないですか。親父やおふくろのためだか
ら、しょうがないかなあ、と言うのが本当ですよ。日本人は仏教徒ですからね。『悟
り』と言ったらかっこいいですけど、諦めというのが本当のところで、特攻命令が出
ていざ飛行機に乗ったら、なんだか諦めてしまったんですね。それが命令が取り消し
になったとたん、やはり嬉しくなるんですから、不思議なものですわ」。

● フジテレビとの確執

思わぬ貴重な証言も(「一般の方へのインタビューはおやめ下さい」という皇宮警察
に遮られはしたが)出て来て、我々の側の撮影は順調に進んでいるのだが、肝腎の企
画への出資の方は新年早々怪しい雲行きになって来た。翌日には森が徹夜で書き上げ
たという新しい企画書の写しが僕のところにも届いたが、森もあまり自信がなさそう
だし、案の定「森が天皇に会う」「天皇を妄想する」という一人称の手法にも理解は
得られなかった。

森自身が、こうした抽象的なコンセプトを言葉にするのは苦手だという。では抽象的
なコンセプトが理解されたらテレビ局がうんと言うのかといえばそういう問題でもな
さそうではある。「手法の問題」というが、その理由が理解できないとしても「天皇
に会いたい」ともがく森だけでバラエティ的なおかしさも十分にあるわけで、恐らく
言い訳に過ぎまい。

しかしなにもしないわけにも行かないので、では我々の考える天皇制の特質とそれを
映し出す上でのコンセプトがどうこの手法につながるのかを理論化した文章を、僕が
書くことになった。天皇の権威が不可視・不可触で定義不能(「象徴」というのは単
なる言い換えに過ぎない。つまり、「じゃあ日本の象徴ってなに?」と訊かれても誰
も答えられない)であることで成り立っていること、それを映像として見せるにはど
うするのか、と言った相当に理論的な考察を、ほんの二、三日で慌ててまとめること
になった。

まとめたものを深夜に森に送信し、翌日の昼頃に電話で話したら、もうフジ側に送っ
たという。えっ? こちらはてっきり森が手を加えて自分の言葉にして先方に提示す
るのだとばかり思っていたのだが…。なんといっても、共同テレビという製作会社は
ついていても、フジ側からすればこれは「森達也に撮らせる」企画なのだ。それに僕
が書いたのは三島由紀夫やロラン・バルトなどを引用した相当に“インテリ臭い”も
のだ。よくも悪くも「おもしろくなければテレビじゃない」フジテレビ向けには、
ちょっと通じないかも知れない。

いやまあ、いずれにせよフジ側が「手法の問題」で云々しているのは口実に過ぎず、
要するに「天皇制」を、それも「オウムを撮った森達也」が扱うことへの恐れなのだ
ろうから、『表徴の帝国』まで引っ張りだした「天皇=不在の中心」論や、ロバート
・クレイマーを参照した映画・映像の主観/解釈論の博覧強記で押し切るのもひとつ
の手かも知れないが、しかし僕の書いたものをそのまま転送というのも、ちょっと意
外だった。僕の名前を出したのかどうかは知らないが、しかし森がなんの手も加えて
いなければ、彼が書いたのでないのは読めばすぐ分かるだろう。案の定、共同テレビ
経由で、フジ側がこれでかえって不信をもったらしい感触が伝わって来た。つまり、
向こうにしてみれば「森がなにをやるのか」を把握したがっているのだ。

共同テレビとの打ち合わせでも、このことが問題になった。森は「天皇に会いたい森
達也」という手法や構成要素を主張するだけで、では具体的にそこにどんな内容が含
まれるのかは説明しようとしない。「ドキュメンタリーはやってみないと分からな
い」というのはその通りだし、天皇制を肯定したり否定したりするような表層的なレ
ベルでの作品にする気はないのだから、説明しようがないのはその通りなのだが…。

とはいえ実はもうひと月以上撮影はしているのだし、具体的になにを撮ったのかを、
せめて“味方”である共同テレビ側には伝えてもいいようにも思えるのだが、森は共
同テレビの細川・鈴木をパートナーというよりは「単にお金を出す側」としてしか考
えていない。最初はそれでよかったのかも知れないが、こうもフジ側が難色を示し始
めた以上、こちらも体制を立て直す必要があるのではないか。それに共同テレビ側の
立場もこのままでは微妙過ぎる。

フジ側は共同テレビに流す情報と森との交渉の二つのチャンネルを策略として使い分
けているようにも思える。このまま情報の共有や戦略がなければ、できることならこ
の番組を潰したいのは明白なフジの上層部を説得するのは難しい。それにフジ側の直
接担当として森にこの作品を依頼した吉田豪の立場も気になる。恐らく最悪の場合、
上層部は彼が勝手にやったこととして、いわば“トカゲの尻尾切り”に出るだろう。
直接会っている森によれば、かなり上からやられているらしい。ここは吉田も味方に
引き入れなければ話にならないのではないか?

だが微妙な駆け引きが必要になりそうな状況に立ち向かうのには、根本的な問題があ
った。森と共にこの作品を作っている我々、つまり共同演出の僕と助監督の大崎が、
森自身が本当のところなにをやりたいのか、彼が天皇制についてどう考えているのか
を、この段階になってもさっぱり把握できていないのだ。

●ドキュメンタリーのスタッフワークとはなにか?

元々の森が天皇の内面を妄想する姿を撮るというのも、ではなにを妄想しているのか
も森は伝えてくれない。最初にあったのは現天皇がリベラルだと仮定すれば(そして
たぶんこれは当たっている…というかけっこう当たり前の認識)、いわゆる“右傾
化”の強まる日本で自分が天皇であることについて、彼の中には葛藤があるはずだと
いう通り一遍の話に過ぎない。それがその段階のままのような気がして、こちらは不
安が募るばかりだ。

明仁天皇自身が彼なりに、にその国家主義的な流れや、戦前のような社会にノスタル
ジーを抱く自民党有力政治家の動きに対抗していることは、実はかなり明白である。
昨年秋の園遊会における国旗国歌についての「強制は望ましくない」発言など、ほと
んど氷山の一角に過ぎない。なかなか報道されないだけで、宮内庁のホームページで
公開されている談話や発言には、言葉を慎重に選びながらもその意思を明確にしよう
とする彼の姿勢がはっきり読み取れる?というか、この天皇陛下はなかなかやるもの
だと、率直に思わざるを得ないほどの内容だ。そうした情報は森に電話でも伝え、宮
内庁ホームページのURLもメールで送ったりしているのだが、彼はそれを読んだのだ
ろうか? 読んでなにを考えたのだろうか?

いや、言葉で伝えてくれずとも、考えている彼の姿を撮らせてくれていればまだ考え
ようがある。森達也は「ドキュメンタリーは主観だ」と主張する。それはその通りな
のだが、主観ということは自己内に閉塞した思考ではない。あくまで作り手・撮り手
のその目の前に対するリアクションとしてしか、ドキュメンタリーの“主観”はあり
得ないし、すでに撮影前から固まったものではなく、撮影しながら、あるいは編集で
素材を見直しながら自分の思考が展開し発展して行くプロセスこそが“主観”なの
だ。

こちらも映像の作り手なのだから、森が言語化できなくとも、彼の姿が素材として撮
れていけばそこからその思考をコミュニケートすることも出来る。もともとこの“合
わせ鏡構造”が、僕が共同演出として参加する大きな理由であったはずだし、バルト
の言う「空虚な中心」を発展させて「天皇とは鏡である」というコンセプトを先述の
企画書で明確に提示することで、この構造を理論化することもした。これ以上は、具
体的な映像が撮れ始めないことには、フジ側に対しても共同テレビに対しても説明で
きないどころか、共同演出であるはずの僕にも分からないのだ。

森が天皇に会いたくて手を尽くすという具体的なアクションも、その姿は実際に動き
始めてくれないと撮りようがない。後になって森は宮内庁に電話をしたり手紙を書い
たりしたそうなのだが、そんなこともぜんぜん我々に教えてくれないし、当然撮らせ
てもくれない。「身辺雑記」ではずいぶんキャメラを廻したと森は言うのだが、その
肝腎のフッテージを見せてもらえない。天皇誕生日には来てくれなかったし、新年一
般参賀でも途中で姿を消してしまうので森が「天皇制空間」に入った際のリアクショ
ンも撮りようがなかった。自分は忙しいから藤原が動いて欲しいと言われても、この
状態では「天皇」という主題に対して僕が独自にアプローチすることしかできない。
「どうぞそうしてくれ」と言われているのならまだ楽なのだが、かといってその一言
もないのである。こちらのテープは渡して見てくれるよう頼んでいるのだが、それに
対するリアクションもないので、見たのかどうかすら分からない。

まだ僕はましな方だ。もっと困っているのは助監督の大崎で、彼女にとって森に会う
こと自体が、今回の企画が初めてなのに、一緒に食事をしたことも酒を飲んだことも
なく…といってスタッフワークに「ノミュニケーション」が必須であるとは言えない
までも、ろくに話したこともないというのはどう考えても問題だ。一方で僕とは短期
間のあいだに様々な現場で一緒にやって来たし、二人という少人数では彼女がインタ
ビュアーをやったり、皇居での特攻隊生き残りの高畑さんのインタビューなどでは、
彼女が撮影をやっている。その腕は今までドキュメンタリー未経験とは思えないほど
しっかりしていて、信頼もしているし、一緒に食事をしたり呑んだりしたのも度々だ
から気心も知れている。どうやったって僕の方とはどんどん親しくなってしまうだけ
に、比較して森のことを未だにほとんど知らないというのは、不安だし辛いだろう。
二人の間で森についてのかなり厳しい言葉が飛び交うのも、ある程度はやむを得な
い。

●最後の撮影

1月中旬に、従軍慰安婦問題をめぐる国際女性法廷をとりあげたNHKの番組の改編に、
自民党の若手有力議員が関わっていた疑惑が浮上した。その前日に森はフジテレビの
編成部長に会ったのだが、結果は相変わらず平行線で芳しくなかったらしい。当日の
夕方には、とにかく詳しい事情を知りたいのと、こちらも不安や不満をちゃんと伝え
ないことにはやってられないので、三人で新宿で会うことになっていた。

お世辞にも和やかな雰囲気だったとは言いがたい。森は森で僕が主導権をとりつつあ
ること、僕になにかと責められることにいらだっているし、僕は僕で主導権をとろう
としない森にいらだっている。フジとの関係にしても、本気でこの企画を守ろうとし
ているのかどうかも疑問に思えて来ていた。

たぶん監督は俺だ、という意味を込めて「そもそも手伝って欲しいと言ったはずだ」
という森に対して、こちらは「どう手伝って欲しいか分からなければ手伝いようがな
い」と言うしかない。自由にやらせた上でおいしいところを森が持って行くのでもそ
れならそれでいっこうに構わないのだが、自由にやってくれと言われてるわけでもな
く、ただ必然的に好き勝手にやるしかない状況になっているだけだし、そのことで不
満を持たれてもこちらは困惑する限りだ。

森は自分はコミュニケーションが苦手なのだと言った。こと三人で一緒にやると決ま
ったところで、その「三人」というのが自分にとって重荷になっていた、と。いやそ
ういう風に変に気を使われると返ってやりにくいのだけど、とはいえ結果としてこの
打ち合わせでわだかまりは多少なりとも解消した。

この後、森は「個人情報保護法に反対する会」の新年会によばれていた。そこで彼が
要求したのは二つ。ひとつは例によって、そこでいろんな人に天皇について質問する
ので撮影して欲しいということ。もうひとつは、例の『ザ・ニュースペーパー』の新
年一般参賀のラッシュを上映したいということ。どちらも正直、あまり気乗りのする
話ではない。ことに後者は、当日は森だって撮影していたのだから自分が撮ったもの
を見せればいいじゃんか、とも思う。一方で、正直な話、あれだけ「自分がキャメラ
を持つ」ことにこだわる森が実際にキャメラを廻しているそのやり方が至極いい加減
なので(たとえば、ファインダーを見ないで撮影するなんてよほど経験とカンがない
と難しいはずだが)、あまり見せられたものでもないのかも知れないのだが。

未編集のラッシュを内輪以外で見せるのは賛成できないという「正論」を盾に一応は
反対したが、森から今回はちゃんとインタビュアーもやると約束もとりつけたので、
こういう会は本能的には忌避したくなるところながら、森につきあうことにした。

行ってみるとこれは、いわゆる昔の“新左翼”のいわば成れの果てと、その追っかけ
的な位置づけの女性が中心の集まりだった(僕の「本能」は当たっていたわけだ)。
これなら「天皇制」についてのドキュメンタリーよりも日本の新左翼がいかに破綻し
たかを検証するドキュメンタリーに切り替えた方がいいかも知れない、ともふと思う。

それはともかく、TNPの映像は大ウケだったし(この客層ならただ皇居にそっくりさ
んを仕込んだだけで十分にウケそうだから、ラッシュの状態で見せてもあまり問題は
ない)、かつての新左翼の指導者たちが天皇制は「日本の文化」でもあるとか、明治
維新はブルジョワ革命だったから革命の理論的展開として間違っていないだとかの肯
定論を展開、そうした発言にショックを受ける市民運動ないし女性運動系の女性たち
の反応も、予想通りといえば予想通りだが、期待通りでもある。

この会には、ノンフィクション作家の吉田司も来ていた。吉田は小川プロのスタッフ
でもあった。小川プロの三里塚映画ではあまり触れられていないことだが、成田空港
の用地の大部分は実はかつての御料牧場の敷地(1969年に栃木県高根沢町に移転)で、
地元の反対運動でも老人行動隊が「明治大帝偉業発祥の地」の破壊は「不敬である」
として宮内庁に抗議にまで行ったとか、“アカ”に対抗するつもりで三里塚に行った
赤尾敏が、農民の櫓にひるがえる日の丸と「明治大帝偉業発祥の地」ののぼりになに
も言えずに引き返したとかの伝説が残っている。吉田司も来るらしいということで森
にはこの辺りのことは一応伝えておいたのだが、森が僕に「吉田さんと話をつけるか
ら藤原さんがインタビューをしてくれる?」と言う。

結局、閉会後の店の前の新宿・職安通りの歩道で、背景に韓国食材店のネオンを入れ
ながら、30分ぐらい吉田のインタビューを撮影した。いささか腹立たしかったのは、
俺が話を聞くんだから森がキャメラをやってくれたっていいじゃないかということと、
撮影に自信がないならせめてそばにいて話を聞いてくれてもいいじゃないか、という
こと。

とはいえ、インタビューも成功し、我々三人で二次会にも合流することに。千葉県我
孫子市に住む森だがこの時は終電ギリギリまで残って、大崎と初めてちゃんと話がで
きたらしい。大崎もやっと安心していた。

●破綻

しかし我々スタッフ内部の問題は一応解消できたものの、フジの側とは一向に改善の
見込みはない。例のNHKの事件は、この1月中旬の時点ではまだ日本のテレビにおいて
表現の自由を確立するためには大いに意義を持ちうる可能性を持っていたのだが(結
局NHK対朝日という構図にすり替えられて尻すぼみになったのは読者諸兄もご存知の
通りである)、しかし我々の現在進行中の「天皇」ドキュメンタリーにとってはマイ
ナスにしか働かないだろう。

予算の承認権を国会が握っているNHKだけが政治家の圧力を受けるのだと思っている
人がいるとしたら、よほどナイーブだ。NHKの当時の海老沢会長にしても、フジの日
枝会長にしても、あるいは読売新聞の渡辺恒夫や日本テレビの氏家会長にしても、報
道・政治部の自民党有力者の番記者出身だ。NHKの編成局長だったかは記者会見で圧
力を受けることは「当然だ」と言ってしまったが、日本のマスメディア全体にとって
番記者制度による有力政治家との癒着、記者クラブ制度を通しての官僚との癒着こそ
が当たり前なのだ。それにNHKは安倍や中川にお伺いをたてたことでスキャンダルに
なった。ならばそもそもお伺いを立てることになる可能性のある企画などは、外に漏
れる前に局内で潰すのが当然の経営判断になる。

森はその後も何度かフジ側と会ったが、そのたびにフジ側は「手法に納得できない」
と言い張るだけで、最後には三時間ほど、編成部長と森がほとんどなにも言わずに向
かい合っていただけという状態になったらしい。我々は我々で、共同テレビでプロデ
ューサーの細川・鈴木両氏と打ち合わせを重ねて作戦を練ろうとしたが、にっちもさ
っちも行かない。ついにはフジの上層部から、共同テレビ/細川に対してこういうオ
ファーがあった。森達也演出でなにか別の番組をやって欲しい。「天皇」企画で動い
た経費はその製作費に上乗せする形で払うから、というのである。

こういう話まで出てしまっては、もはやフジテレビで継続するのは不可能だと判断す
べきだろう。またドキュメンタリーの番組枠そのものがNHK以外にはキー局ではこの
フジの「NONFIX」しかない現状、それにフジがこういう形で手を引いたということは、
少なくとも日本のテレビでこの企画を続けるのは無理だということを意味している。
残る選択肢は自主で映画として続け、資金を配給会社や、それに海外からあおぐこと
だが、森は天皇の企画はテレビでやらないと自分にとっては意味がない、と言う―テ
レビであれば、天皇自身がたぶん見るだろうから。

● 後日談

森が再びやる気を出すことを期待しつつ(なんといっても、彼が「天皇に会いたい」
とあがく姿はおもしろいだろうし、そのおもしろさは僕では出ない)、天皇制につい
てのドキュメンタリーは現在、自主企画として継続中である。

一方で、皇居で会った特攻隊の生き残りの高畑老人の紹介で、世田谷観音というお寺
で毎月18日に行われている特攻隊の慰霊の縁日に行ってみた。元々は「天皇制」の一
部のつもりだったが、特攻隊の生き残りの人たちや遺族を通して「戦後60年」を再検
証する企画を立てて、「NONFIX」目当てで共同テレビに持ち込んでみた。共同テレビ
の細川邦夫や鈴木常志は大変に乗り気になってくれて、いろいろなアイディアも出て、
これはフジにも通りそうだという雰囲気になったが、いざフジの吉田豪に会うと、こ
れまた「手法の問題」で難色を示された。

特攻隊に関わり、今でも解消されない思いを抱えた人々をこそ主人公にすべきだと考
えているこちらに対して、「NONFIX」は深夜番組で、視聴者は若い男性がメインだと
いう。その彼らが年寄りの話になんて興味を持たないだろうと言うわけだ。たとえば、
高畑老人が初めて特攻命令を受けて、標的が見つからずに引き返した話(この時の聞
き手は大崎由佳子で、彼女は高畑さんの人間性に感動していた)などのフッテージを
見てもらえれば、そこにいかに“テレビ的有名人”にはない真摯で複雑な人間性がに
じみ出ているかは分かってもらえると思うのだが(細川や鈴木が乗り気になったのも、
なによりもフッテージを見てからだった)、それは「テレビ的じゃない」、あるいは
証言番組だったらNHKに敵わない、と言い張るだけで見てもくれない。いやこちらは、
NHKのような客観と“事実を伝える”ことを装ったやり方はまったく考えていないし、
そんな聞き方もしていなければ、撮り方もしていないのだが…。「手法の問題」で森
も同じ思いをしたのだろうと、思わずにはいられなかった。

森達也は結局、フジ側から内密に提案された「共同テレビでもう一本別のドキュメン
タリーを」という話を受けなかった。「天皇」以外にどっちにしろドキュメンタリー
をやる気にならない、というのだ。

「天皇制」の方では、1月末に吉田司の紹介で三里塚の元の青年行動隊のメンバーだ
った島寛征に会いに行った。島から聞かされた話は驚くべきものであり、またかつて
農耕民族であった日本人と天皇制というものの深い絆―そのなかでも三里塚は特別な
場所だった―を象徴するものでもある。冬のあいだは景色がよくないということで、
4月中旬にあらためて撮影に向かった。このキャメラには、思い切ってかつて小川プ
ロの三里塚映画の初期を撮影した巨匠・大津幸四郎にお願いしたところ、二つ返事で
快諾してもらえた。

現在、「天皇制」はヨーロッパのテレビ局になんとか持ち込もうとしているところだ。
予算がつけば、撮影・大津幸四郎で再開するつもりだ。

一方で三里塚での撮影から、これはこれで一本のドキュメンタリーを作るべきではな
いかという考えが、大津さんと僕の双方のあいだで生まれている。日本の近代化の問
題、70年代のいわゆる「新左翼」がなぜ失敗したのか、それに左翼運動の失墜でその
後政府側が「公共の利益」を振りかざして各地で地域コミュニティを破壊してきたこ
との原点としてなど、三里塚には現代の日本社会を考える上で重要な問題が今なお凝
縮されているのだ。

最新の構想では、「天皇」とそこから派生した「特攻隊」それに「三里塚」は、近現
代の日本を再検証する三部作としての意味を持ち始めている。天皇家に継承される三
種の神器にひっかけていえば、「特攻隊」は剣、「三里塚」は農耕のシンボルだった
勾玉、そして「天皇」は鏡にあたるとも言えるだろう。

「天皇」の半分は僕と大崎で撮影してしまっているが、その部分を除けばこの三部作
はどれも同じキャメラマン・大津幸四郎と組みながら、それぞれに異なったスタイル
を意識して構想している。「天皇」は手持ちの長廻しを中心に、インタビューを意図
的にカジュアルな「会話」として撮ることで歴史を現代のコンテクストのなかに浮か
びあがらせる。記録フィルムなどはあくまで「我々が見たもの」=「主観的に解釈す
べきもの」として使用する。「特攻隊」ではむしろフィックス・ショットを中心にご
老人たちの表情を丹念にとらえながら、いわゆる映像詩的な、静的なイメージのなか
に、戦争とその戦争の記憶を隠蔽して来た戦後史の矛盾を、生き延びた人々のなかに
見いだしたい。そこで過去の映像を用いるのは、米国立公文書館にあるという、アメ
リカの艦船の側から撮った撃墜される特攻機の映像だけの予定だ。「三里塚」では空
港と今も残る三里塚の自然の対比、過去と現在の対比を念頭に、可能なら小川プロ作
品も含めてふんだんに記録映像を用いながら、空港反対運動がどこでねじ曲がってし
まったのかの検証もして行きたい。

島寛征は今でも農業、というか本人の言葉では「お百姓」を続けながら、農業組合を
設立して、三里塚に今もなお農業の地としての可能性を追及し続けている。これも当
然、「三里塚」ドキュメンタリーの重要な要素になるだろう。

さて新年一般参賀で皇居に“潜入”した『ザ・ニュースペーパー』版の皇室ご一家の
映像だが、僕の撮影ぶんのテープのコピーを劇団に提供し、公演に活用してもらって
いる。5月の下北沢・本多劇場の公演ではラストの「締め」として使われていた。
(文中敬称略)(完)


■藤原 敏史(ふじわら・としふみ)



   ※39-2号へ



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