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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo 37-2号 2005.6.1

発行日: 2005/6/1


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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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  ┗━┛ ☆━┛ ┗━☆    37-2号  2005.6.1


∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 †01 日本のドキュメンタリー映画のかたち
     ロッセリーニに向かうソクーロフ(3―最終回)  田中 千世子
 †02 自作を解剖する
     『三池炭鉱(やま)の声が聞こえる』  熊谷 博子
 †03 ワールドワイドNOW ≪ロス発≫
      映画のなかの都市、ロサンゼルス(1)
      −Los Angeles Plays Itself (2003)についてのノート  水野 祥子
 †04 ワールドワイドNOW ≪ニューヨーク発≫
     映画祭の東と西(1)  東谷 麗奈
 †05 ドキュメンタリー時評
     「天皇制」テレビ・ドキュメンタリー中断顛末記(3)  藤原 敏史

※37-1号より

     ◇────────────────────────◆◇◆  

 †06 随時連載「映画は生きものの仕事である」(10)
     雲南省昆明市、映画の夜明けのくに(3)  土本 典昭
 †07 neoneo坐通信(22) 6月前半のプログラム
     6月4日・11日『エディット』『ジーナのビデオ日記』
     6月8日『日本の気象 ―理科映画大系―』 『雨に考える』
         『ぬれる』 『集中豪雨』
     6月10日「韓国アニメーション上映会」
 †08 広場
     投稿屋台『クチコミ来来軒!』(13)
       新・クチコミ200字評!(12)
        『少年裁判所』 大方 栄太郎
        『UNDERCOVER JAPAN』&『成瀬巳喜男 記憶の現場』
             清水 浩之
     『シリーズ憲法 第9条・戦争放棄〜忘却』クロスレビュー募集!
        投稿:西川 陽子(上記のクロスレビューに寄せて)
     投稿:「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」レビューリレー(12)
          『牧野物語・養蚕編』を見て  香取 勇進
     投稿:藤原敏史氏の
          『天皇制ドキュメンタリーの顛末記(1)(2)』を読んで
                  高田 亮
     告知:neoneoを継続して配信していくために―
          上映の告知の有料化とカンパのお願い  伏屋 博雄
 †09 編集後記  伏屋 博雄


    ★バックナンバー閲覧はこちらまで

   まぐまぐ配信   http://www.mag2.com/m/0000116642.htm
   melma!配信    http://www.melma.com/mag/39/m00098339/



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┃06┃□随時連載『映画は生きものの仕事である』(10)
┃ ┃■雲南省昆明市、映画の夜明けのくに(3)
┃ ┃■土本 典昭
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この第2回、雲南映像フェスティバルの「雲南」は、ポスターや資料には『雲之南』
と綴られている。中国の“遥か雲の果て”の別天地、ディープ・サウス(最深奥南
部)と呼ばれてきた。中国の権力支配の中枢、北京や上海、広東などから隔絶した辺
境性、秘境性ゆえ独自性を保ってきた。その意味をこめて自ら『雲之南』と掲げてい
るのだろう。

だが、21世紀に入って雲南省は別の角度からの照明が当たってきた。朝日新聞は2003
年 4月に「特集・メコン川流域」を連載した。それによって私は目を覚まされた。
「雲南省は一転して“開放の最前線”、メコン川は東南アジアの間でモノ、ヒト、カ
ネを運ぶ『黄金水道』と位置付けられた」として、中国自身が“南下政策”を進めて
きただけでなく、メコン川流域のタイ、ラオス、ヴェトナム、ビルマ諸国も国境を越
えて、流域としての一体的開発構想に熱意を示してきたことを記述していた。雲南省
はこの3、4年のうちに、すっかり中国の南の新玄関に擬せられてきたのである。私の
見た昆明のめざましい近代化は、その“新時代の到来”を睨んでの中国政府自身の南
下政策による開発と外国資本の先見的投資の表われでもあった。この頭の切替えの最
中に雲南の映画運動について藤岡朝子さんのルポルタージュが出されたのであった。

前号で触れたように、この映像フェスティバルが雲南省の社会学系統の映像人類学研
究センターをはじめとする、“文化映画”“民族誌的映画”の匂いのする映画祭であ
るが、実は、将来はここ昆明がメコン文化圏を包括した各民族文化の記録映画運動の
根拠地になる出だしではないか、と勝手に思った次第である。だから、雲南テレビの
インタビューに昆明の印象を訊かれて、「ここは中国である以上に東南アジアです
ね」と答えてしまった。人口の1割が26の少数民族というが、タイ族、チベット族、
イ族など私にはその区別ができない。つまり“非漢民族”たちとしか言い様がない。

“漢民族”の非漢民族に対する気の使い様は神経質なほどだ。雲南テレビの女性のベ
テラン・ディレクター劉津暁(リュウ・クシャオジン)さんは彼等の文化の保存と記
録に一生、専心したいと言われる。彼女は決して「少数民族」とは言わない。そして
「どうか『源生民族』と言わせてください」と言わん許りの謙虚な口調で、彼等を
『源生民族』と言うのだ。その語感は「先住民族」に近い。日本でも「先住民族」と
いう呼び方は近々3、40年前からだ。政府がアイヌを「土人」と呼称していた。だか
ら彼女の態度も分る気がする。
彼女の名刺にも関係団体の名称に「源生民族文化何々」と書いてある。だが、こうし
た言い方は彼女以外から聞かない。映画のカタログの文中にも見当たらない。雲南省
の人類学者の少数民族の研究者の間では「人類学」、「民族学」という事で分るよう
だ。そこが面白い。

やや詳しくこのエピソードを書いたのは、劉津暁さんの言葉選びに、彼女を含め歴代
の支配層”“漢民族”(中華民族)の潜在的な差別意識を反省し、ドキュメンタリス
トとして、相手への礼儀として、「わたしは『源生民族』と言い続ける」という志を
推察したからである。
共産党独裁時代までの中国の少数民族は差別されていた…その残滓は新時代にも残っ
たであろう。“漢民族”に根強い中華思想から言えば、辺境の“非漢民族”たちは差
別を免れなかったはずだ。彼らの村に電気が付いたのが1990年代後半、テレビはそれ
以後という(朝日新聞)。当然その生活格差は酷い。昆明のサラリーマンの所得と比
べて、彼等はその一割にも満たない。

だが今は一筋の強い光が見え始めたようだ。隣のアセアン諸国との国境は、冷戦時代、
戦火も交えたし(中・ヴェトナム紛争)、軍事地帯として、外国人ジャーナリストの
立ち入れない地帯だった。それが取り払われる趨勢にあるどころか、冒頭に触れたよ
うに、中国と東南アジアの動脈の地として年々、脚光を浴びて光り出したからだ。

その雰囲気は急速にこの地域に広がっている。そしていま、かつての辺境の負点を
180度転回させようとしている昆明の人びと…知識人、映画人類学の開拓者たちがい
る。そしてこの滔々たる意識変革の時代に、『雲之南』映像フェスティバルは第2回
目を迎えているのだ。
だから、ボランティアばかりでどこか半人前風のフェスティバルながら、新進気鋭の
気概が感じられるのであろう。日本から作家として初参加した初々しい前衛作家初川
敏弘さんは、このところ連続的にアジアの映画祭を訪問した印象を元に昆明を見てい
る。その台湾、韓国のドキュメンタリー映画祭と比べて、「底辺からの人びとの熱気
がある」と感動していた。

確かに、いわば映画の新開地といった大らかな鮮度が昆明にはあった。反面、無政府
的な雰囲気でもあろう。しかし参加作品100本近い盛況にあり、中国各省からの映画
学校の学生、テレビ人、映画青年の闊達な(アナーキーとも言える)空気が漂ってい
る。中国各地からの若い映画人たちは長髪や目立つ帽子、凝ったパーマをかけ、“芸
術家”風あり、労働運動家風ありとさまざまである。儒教の国ゆえ、敬老精神はあっ
ても、私たちに特別な接待などはなく、趙妹嵐さんという専属の通訳が付いただけで
ある。彼女は日本語を専攻しながら、儲かる日本人観光客のガイドは好まず、“アフ
リカにおける日本人のボランティア活動”をテーマに大学論文を準備中とかで、「映
画のことは全く知りませんが…」という方だ。素敵な日本研究者だった。そして万事
は即興的に進行していった。

例えば初日に、こういう青年に会った。重慶から来たという初対面の20歳そこそこの
彼は、私を日本からのゲストと見るや、「ボクは黒沢アキラを尊敬しています。だか
らコレ!(とハンティングを指し)クロサワを真似てかぶっています!」という。ハ
ンティング帽の黒沢明など私は寡聞にして知らないのだが…。
そして、のっけから「写真を一緒に…」と、私の脇に並び、連れの友人にデジカメで
撮らせている。有名人好みかと憮然たる私。彼の指すカタログのページを見ると、コ
ンペティション部門ではなく、若手の登竜門と見られているヤングフォーラムに正式
出品している学生であった。
その自作の紹介ぶりには興味があった。私が彼の作品を見ていないと知るや、布カバ
ンから一枚のDVDを出し、「これはボクの作品!」といって呉れるのだ。その盤の裏
面に、手書きでデータが書いてある。あとでカタログと突き合わせたが、ビデオは
『青春墓園』(23分)という重慶の文化大革命の際の物故者たちの墓を探し、そのエ
ピソードを交えてその時代を再構成した作品で、話題作だったようだ。
私がちょっと驚いたのは、自作のDVDを、ありきたりのプラスティック・ケースに納
め、マジックでじかに、自分の名やEメール、電話番号を書いたものを、名刺のよう
に差し出して、「よろしく!」と言ったことだ。いくらパソコン編集世代とはいえ、
文字化したプログラムやチラシもなく、まったく裸のDVDの現物を手渡し、マジック
書きのデータだけで今後の付き合いが始まると独断している。では、中国人の批評家
や映画の教授、或いは仲間の作家たちの間では、こうしたコミュニケーションが成り
立っているのか。
21歳(1984生れ)の彼は、重慶大学のテレビ映画科の学生とかで、「見たら、Eメー
ルで感想を送ってください」という。半ば呆れ顔の私に通訳の趙妹嵐さんは、「映画
の人たちは自分をセールスするのにストレートなんですねえ。付き合うのは大変ね
!」と言う。まだ私の孫に近い世代だから、良いとしようと思う。

日本でも自作を見て貰うことは、新人にはかなり大変なことだ。私もそうだった。
フィルム時代は映写室で上映する機会でなければ、仲間にさえ見て貰えなかった。ま
して映画批評家に“発見してもらう”機会を作るのは、人脈なしでは難しかった。い
まもそうだが、日本では手紙やチラシ、製作意図など書いたものを添えて出すのは当
たり前だろう。だが中国では“名刺交換”ならぬ、この“DVDプレゼント”は普通の
ことのようだった。“原価はどうなっているか”という程、市販のDVDは安い。
海賊版らしいチャップリンの『モダンタイムス』や、小津安二郎の『東京物語』のそ
れが100円で店頭に並んでいる国なのだ。普及しているパソコン編集で自分で作った
らさらに安いだろう。こうしたプレゼント用を複数用意して、「これは」と思う人に
手渡す、これが映画祭にはせ参じる理由のひとつなのかも知れない。
こうして3泊4日の昆明滞在中、いつしか溜まったDVDは私ですら10本に近い。知られ
た日本の YIDFFの藤岡さんにはひと荷物分の作品素材が届けられたようだ。その旺盛
な売り込み自体、中国のドキュメンタリー事情の一側面かもしれない。

さて最後に述べる“アングラ上映会”の話も私には示唆に富むものがあった。
昆明2日目の夜、藤岡さんが、「別の会場で特別の上映があるらしいから…」という。
この雲南図書館には大中小の3会場があり、フィルムの映写装置やビデオ・プロジェ
クターが完備しており、それぞれにびっしりとプログラムが組まれていたが、そこに
は嵌まらなかった映画だという。それが省内の少数民族の今日を描いた作品というだ
けで見たくなった。映像フェスティバル関係者の勧めもあり、私は疲れるのを覚悟で
夜の繁華街に足を運んだ。そこはなんとバーがその会場だった。
藤岡さんによれば、中国の大都市にはビデオ・プロジェクターを備えたお店があり、
ときどきアングラ上映会が催されているという。当局に認められず、映画館での上映
やテレビ放映の機会もないいわば“干されている作品”でも、愛好者の間でのアング
ラなら、いわば“黙認”されているということらしい。

そのアングラ会場、ネオンの輝く娯楽場は酒場であり、玉突き場であり、踊れて遊べ
るダンスホールでもあった。音楽バンドの生演奏に若い学生・青年たちが身体をくね
らせて踊っている。ウロウロする私たちを案内したのは映像フォラムのボランティア
は「うるさくて済みません」と詫びながら、ダンス会場の奥に誘ったのだが、その壁
面にスクリーンの常備された多目的空間が会場である。そこには椅子はなく、寝っこ
ろがって演奏を聞くのか、大きなクッションがあちこちに置かれ、「どこでも座れる
所に座ってください」という。普段も劇場ではなく、実演や気ままなビデオ観賞する
場らしかった。だがその混み具合は相当なものだった。見れば映像フォラムの青年階
層がごっそり集まった感じだ。 ただ1等席風の場所に白髪の老女が家族と一緒に来
ていて目立った。多分、今日の監督の身内と思ったがまさにそうだった。嫁である女
性監督のハレの映画会が嬉しいらしく、早ばやと来たものの、場違いといった風で、
クッションに正座していた。

若い映画人、映画学生に混じって、NHKのBSにも放映された『最後のキャラバン』と
いうドキュメンタリーをつくった雲南テレビの看板監督や、昆明のジャーナリストら
しい人々も一様に膝を抱えて座っている。

話は飛んで恐縮だが、私は最近の文章にこのアングラ上映に似たイメージを書いた。
「最近、映画作りは19世紀のロシアの吟遊詩人、革命を謳った詩人たちに似てきたよ
うです。自作の詩が、親和性に満ちた酒場で朗唱され、その場の人びとの反応がただ
ちに詩人に返されたような雰囲気を思います。思想の渦が生まれ、それが噂をさらに
拡げていく」(近作『土本典昭・記録映画の仕事/ドキュメンタリーとは何か』のあ
とがきより)。それはこのような“映画が生きる場所”を想定したものだ。私には、
映画を作り、自分で上映し、解説し、そして恥じらうことなく人びとに共感と、同時
に率直な批評を求める…そういった映画の場、空間への願望があった。映画が複数の
スタッフを要する事なく、デジタル編集により、個人製作が普通になっているこの時
代にこそ、どうすれば共感の喚起と相互批評を交驩することが出来るか。昔読んだ本
の記憶だが、かつてのロシアの革命詩人たちが自ら詩を詠い、その場で彼の詩のファ
ンや愛唱者たちから鼓舞激励された。詩人はさらに詩を推敲し、磨き上げていったと
いう故事が想い出される。その詩人の営為をいま個人製作のビデオ作家のありようと
重ねて考えるのだ。
そのことが図らずも、この昆明で目の当たりになるかも知れないとの予感を持った。

会場のスクリーンをバックに観客に挨拶する監督、30代の女性、史立紅(シ・リホ
ン)さんは、日頃は北京で働く映像のプロらしかった。だが今夜のビデオは仲間と自
主製作したもので、すくなくともテレビ放映の機会はなかったものらしい。
上映されたビデオ『怒江之春』( 50分)は電力ダム工事によって、20年前、山間部の
土地を追われた少数先住民(源生民族)のその後の現状を知らせる作品だった。

このダムに追われた少数先住民(源生民族)の問題は、開発に多く随伴する矛盾があ
ってのことだ。今回の冒頭に、奥深い僻地が一転してメコン流域文化圏の拠点として、
にわかにハイライトを浴びるに至った時代背景の変化に触れたが、その前史は1980年
代後半にある。
またも朝日新聞であるが、その連載『メコン川流域−・』(03,4,14)に雲南省内に
10数箇所に及ぶ大規模な水力発電計画が、省の主導、国の全面的な指導のもとで推進
された理由が書かれている。同紙によれば「…この大規模開発を、対外開放の“窓”
を持たない雲南省の発展の起爆剤として、すでに(発電所)を2基、3つ目は大型で計
画出力 400万キロワットが建設中」とある。一基でこの数字なら、世界にもない“お
化けダム”であろう。その人工湖の規模は想像もできない。このビデオの少数民族の
テリトリーはまさにその山間部、峡谷と川沿いの斜面にあって独特の生活スタイルを
残してきたのだ。それがそのまま、水力発電の適地とされ、彼等は半強制的に村を追
われた。
これは省と国家の“売電”産業政策なのだ。タバコ以外の輸出産品を持たない雲南省
にとって、電力の他の省への“輸出”はかけがえのない資産になる。同紙は「この開
発は90年代末に始まる国家事業『西部大開発』にも組み込まれたものだ。水資源の豊
富な省の西南部で発電し、エネルギー不足の東部や広東省に送る『西電東送』事業で
ある」。この“西電”すなわち省の西部山岳地帯の山間部こそ、このビデオの主役た
ち、その少数民族の世界なのだ。彼等の共有地をどう尊重してきたであろうか。

「どうして撮影できたのか?」といった映画のプロらしい質問が出された。史立紅
(シ・リホン)監督は「北京の学者たちの調査ボランティアと同行して撮った」と言
う。質問には事前にテレビ放映の可能性を打診したかなどという内輪の話の公表を求
めるものもあったらしい。緊張感のある解説のあとビデオは上映された。
中身は生活の術を見出だせず、再び山地に帰り、峡谷に廃棄された都市のゴミをほじ
くって、売れるペットボトル、ビニール、ガラスなどを拾う村人の労働を描いている。
これは四ノ宮浩監督がフィリッピンで撮った『スカベンジャー』や続編『神の子た
ち』と全く同じ最低の仕事である。最後の収入であり、最低の生活(一日の平均 5元、
60円)に生きている源生民族の村人たち。その描き方は落ち着いたものだった。長回
しカメラ、いわゆる凝視した映像で人びとのゴミを相手の労働を描き、人びとにイン
タビューしている。幼児を連れて、捨てられたビニール袋の皺を延ばしている若い母
親は答え方を知らない。絶句したまま嗚咽の声もなく涙を落すまでの長いカットには
胸打たれた。
これがどうしてテレビに放映されないのか、ドキュメンタリーの水準をゆうにクリア
しているのに…と思う。しかし観客の方がストレートな討論をしているようだった。
深夜ながら、予定時間のないまま熱気ある意見交換が続いた。司会らしい人もなく、
長い発言をセーブする人もいない。史立紅監督は真っ赤になって応答していた。

この早口のやりとりに私の通訳は追いつけなかった。が、分る。同じ映画作家らしい
女性が熱弁を振るう度に“同感”の頷きがある。多分、この作品の映像フェスティバ
ルでの位置づけを巡って、これがアングラ上映しかできなかったことを問い、「これ
を広く見せたい」という絞られた一体感が会場に流れていた。
私は「これこそが映画だ」と思った。この夜の街で、映画を見て帰るのも忘れたよう
にひたすら喋り続け、それを聞き逃すまいとする観客と作家がいる。
もう遅いので黙って帰るつもりだったが、通訳の趙妹嵐さんは「あなたが来ている事
を知っている人がいるわよ」という。私は促されて発言するはめになった。

私は「こうしたビデオが、こうした場所で見られ、観た人たちの評判を生んで、口コ
ミで広がっていく。ここの熱気はこの映画の成功を物語っていると思います」。そこ
で止めれば良いものを、つい「ビデオは映画の第2の革命です。こうして撮った人が
直接、観客に見せ、感想を求め、観客も撮った人を支える。これこそ映画を作ったの
時代、リュミエールからの映画の原点の姿ではないでしょうか。この場こそ“これが
映画だ”という気がします」と言ったが、これが映画史の予備知識のない趙妹嵐(通
訳)さんの手に余るものだったろう。一瞬反省したが、私の興奮そのものが史立紅監
督や若い人びとを励ましになったと気を取り直したものだ。(05,5,25)(つづく)


■土本 典昭(つちもと・のりあき)
土本監督に関するフィルモグラフィーや著書、および、主要な講演記録は下記の監督
ご自身の公式ホームページに掲載されています。
 http://www2.ocn.ne.jp/~tutimoto/index.html 



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┃07┃□neoneo坐通信(22) 6月前半のプログラム
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neoneo坐の6月前半の上映をお知らせします。
会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より
歩1分、JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。
詳細と地図は下記のneoneo坐サイトをご覧下さい。
 http://www014.upp.so-net.ne.jp/kato_takanobu/neoneoza/index.html 
皆様には、お得な一般会員(2,000円、1年間有効)になることをお勧めします。

■『山ドキ! 東京予備校』(韓国特集)

6月4日(土) 13:00〜/6月11日(土) 16:00〜
『エディット』(韓国+アメリカ/2003/ビデオ/100分 監督:イ・チャンジェ)
6月 4日(土) 15:00〜/6月11日(土) 13:00〜
『ジーナのビデオ日記』(韓国+アメリカ/2002年/ビデオ/152分 監督:キム・
ジナ)

1プログラム 一般:1500円 会員:1000円
通し券    一般:2500円 会員:2000円


■「短編調査団」 SHORTFILM RESEARCHERS

毎月第2・第4水曜/20:00〜21:30
鑑賞無料・上映カンパ歓迎

(9) 雨の巻…6月8日(水) 20:00〜
『日本の気象 ―理科映画大系―』 (1956年/18分/白黒/16mm)
製作:日本視覚教材/演出・脚本:岡本昌雄/撮影:鈴木喜代治/作画:村田安司
日本の気象−四季の天気−の原因と特徴を模型図で解説し、日本独特の気象全般を
平易に説く。

『雨に考える』  (1966年/22分/カラー/16mm)
製作:東邦シネ・プロダクション/企画:アイデアル丸定商事/
プロデューサー:鮫島亀禄/演出・脚本:樋口源一郎/撮影:香西豊太
雨が降れば傘がいる。目下全盛を誇る折畳洋傘、その改良に生涯をかけた一人の
男の姿を通して新しいものを考えていくアイデアの尊さを訴える。

『ぬれる』 (1968年/29分/カラー/16mm)
製作:岩波映画製作所/企画:科学技術庁
演出:片野 満/プロデューサー・脚本:牧 衷/撮影:関 晴夫
私達の身辺には「濡れ」に関連する現象がたくさんあり、この現象に悩まされたり、
そのおかげを蒙っている。濡れの現象とはどういうものかを分かりやすく描いた。

『集中豪雨』 (1969年/28分/カラー/16mm)
製作:日本技術映画社/企画:科学技術庁/
プロデューサー:岩佐氏寿/演出・脚本:桑野 茂/撮影:大野 洋
集中豪雨のもたらす被害は大きく、特に最近の都市化現象の中では人命に大きな
被害を与える。この映画は、集中豪雨はどうしておこるのかを、各種の実験を
足がかりにそのナゾをときあかしていく。

■韓国アニメーション 現代作家9人によるショートフィルム上映会

6月10日(金)19;30〜20:45
入場料;1000円(上映後、アジアプレス・ソウル支局長・アン・ヘリョンさんのトー
ク&Bar韓国ナイト)



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┃08┃□広場
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■投稿屋台『クチコミ来来軒!』(13)
■屋台引き:清水浩之(ゆふいん文化・記録映画祭/今年も無事終了…のはず!)
ここはメルマガ上に出店した「投稿屋台」です。皆様の投稿をお待ちしております。
本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡先(メールアドレ
スor電話)/題名/制作年/監督/見た場所(よろしければあなたのプロフィールや
近況も)を付記してお送りください。ちなみにここでは稿料は出ません。
清水浩之 E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp /ファクス:03-3703-0839

■新・クチコミ200字評!(12)
オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!映画・ビデオ・テレビなど
皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも可!もちろん「オススメし
ない映画とその理由!」もOKです。

A-044『少年裁判所』
1973年/アメリカ・ジポラフィルム/監督:フレデリック・ワイズマン
見た場所:アテネフランセ文化センター
施設(?)に送られてきた子供たちがひたすらプログラムによって処理されていく。
満腹ガキはおちょぼ口を尖らせて身勝手な泣き言をわめく。いつも通り、 悲劇的で
喜劇的な従って人間的な状況をワイズマン一流の印象派的描写で描いています。
この作品は6月25、26日に石川県金沢市で行われる上映会「映画の極意」のワイズマ
ン特集にも含まれています(前号の告知参照)。金沢は上野から電車で4時間。深夜
バスもある。遠くない!
(大方栄太郎/東京/29歳/会社員/『ダーウィンの悪夢』観たいっ!よろしくお願
いします!)

B-095『UNDERCOVER JAPAN』
2004年/ハマジム/監督:カンパニー松尾・平野勝之・真喜屋力
発売元:ハマジム  http://www.hamajim.com/ 
イヴから元旦までを東京・北海道・沖縄で綴ったビデオ日記。連日「志願兵」の間を
転戦しAVを撮り続ける松尾さんの日常はまさに練達の職人技。そこに同世代の2人
が好き勝手な“伴走”をします。日付順に各作品を解体再生できるのはDVDならでは
の画期的アイディアかも。AVという「商品」の枠組を軽く飛び越えた、三人の息づか
いが心地良い「作品」。全編を通して、平凡な風景が非凡に切り取られていく手腕も
見どころです!

B-096『成瀬巳喜男 記憶の現場』
2005年/アルボス/監督:石田朝也/企画・撮影監督:芦澤明子
7月23日(土)〜29日(金) 池袋・新文芸坐にてモーニングショー
(7/9〜22は成瀬巳喜男特集)  http://www.shin-bungeiza.com/ 
今年は生誕100年ということで、ようやく!DVDも出る成瀬作品。この映画は成瀬組ゆ
かりのキャスト・スタッフ18人の「記憶」から、往時の撮影現場のディティールを
「記録」する試み。10年以上も前から手弁当でコツコツとインタビューを撮り続けた
有志の努力に敬服し(プロジェクトは続行中!)、青少年のためのナルセ入門篇にま
とめた明解な構成(四宮鉄男さん)に感服。この夏はスクリーンで「成瀬ミッキーラ
ンド」に浸るべし!(以上、清水浩之)


■『シリーズ憲法 第9条・戦争放棄〜忘却』クロスレビュー(2)
5月3日(火)深夜に放送されたフジテレビ「NONFIX」のシリーズ憲法『第9条・戦争放
棄〜忘却』(ディレクター:是枝裕和氏)の感想を募集します!今回はお一人様400字
以内を目安にお願いします。当日の放送を見逃した方や関東地方以外の方にもご参加
いただきたいので、録画したビデオテープを「お貸しする」用意もしております。
<録画した番組を売ったり配ったりする>のは犯罪だそうですので、郵便切手550円
分(送料+テープ実費)をお送りいただいた方に、あくまでも参考資料として「お貸し
する」企みです。ご希望の方は清水までメールにてご一報ください。

■西川 陽子(大分)
まるで「考える」ことのバトンを渡されたようでした。
小学校2年生のころ海で溺れかけて、しがみつく妹たちを瞬間的に「蹴った」。結果
として助かり、しかも妹たちは私に助けられたと思っている、らしい。30年近く経っ
たいまも「蹴った」感覚は残り、加害の記憶としてこれからも消えない。けれど、自
ら拳を振りあげた記憶のない罪に戸惑う。父や祖父、国が犯した罪を担うことに戸惑
う。イラクの戦争に荷担した実感も持てない。「なかったことにする」それこそが罪
ではないかと問われる。騙されることすら罪ではないかと問われる。残念ながら、
「加害の記憶として憲法第九条を選びなおしたい」とは思わないけれど、「パン屋だ
からパンを売る」人間でありたいと思う。が、瞬間的に「蹴る」人間なので自信はな
い。この番組を見る機会を与えて下さってありがとうございます。
( 追記:湯布院映画祭…今年はついに第30回!8月下旬開催予定です。)


     ◇────────────────────────◆◇◆     


□投稿:「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」レビューリレー(12)
■『牧野物語・養蚕編』を見て
■香取 勇進(大学生)

『牧野物語・養蚕編』は、「お蚕(こ)さま」を育てる小川プロを、強力なコーチ・
木村サトさんが指導することから、サトさんの人生の軌跡が浮かび上がる映画であり、
同録8ミリをブローアップした超文化映画である。

この『牧野物語・養蚕編』を見る前に自分がまず思ったのは、8ミリフィルムをブ
ローアップして16ミリにしているものをきちんとフィルムで自分が見た映画は他にあ
っただろうかということである。自分について言えば、16ミリのフィルムで自分が見
たものすら数える程しかない。しかも8ミリだけで作られた作品に至ってはビデオで
も皆無に近い。そんな自分にとってとても貴重な体験になるだろうと思いつつ映画を
見始めた。

『養蚕編』は、基本的には映画の中で“お蚕(こ)さま”と呼ばれる蚕が1センチに
も満たない幼虫から繭を作るまでを記録している映画である。蚕の幼虫が全編にわた
り映されており、最初の黒い極小の幼虫を画面全体に無数に見せられると正直寒気が
する。しかし、時折入るサトさんの飼育作業の仕方を説明する優しい声を聞くにつれ
て、葉っぱばっかり食ベている虫たちが、次第に “悪くないじゃん”と思えてくる
から不思議である。その印象の転換にはショットとして入ってくる虫たちの撮り方の
工夫もあるだろう。白い布の上にいる無数の虫たちを前から後ろへのピント送りはと
てもいいショットだったし、虫たちがただ気持ち悪いということだけ以外の印象を自
分に与え始めた。それは虫一匹一匹をただの無数にいる塊としてだけとらえるのでは
なく、一匹一匹個別性があるのではないかという考えを自分に起こさせたのだ。

サトさんは映画の中で話しているが、初めて蚕の飼育をした時は虫一匹一匹が全部同
じで何がなんだかわからなかったが何年かやるうちにそれぞれの違いに気付いたとい
う。それは主には二つ理由があり、一つは幼虫一匹一匹の模様だという。確かに映画
の中にショットを見ると、幼虫の背中の部分には馬の蹄のような模様がありそれは幼
虫一つ一つ違うのだ。言われてみればそんなことは当たり前なのだがもう一つの違い
に関しては長年の経験と観察力にびっくりした。サトさんが言うには毎年毎年蚕の集
団ごとに騒がしかったり、静かだったりするらしく年毎に全然違うそうなのだ。葉っ
ぱをたくさん食べてガリガリという音がなりやまない年もあれば、静かに食べつづけ
る年もあるらしい。普通に機械的に作業をしていれば気付かないかもしれないことを
嬉しそうに優しく話してくださっていた。

その話の前後でもでっかくなった虫たちが葉っぱを食べるシーンがいくつかあるのだ
が、気持ち悪いことは気持ち悪いのだが不思議なことに目が離せなくなるのである。
葉っぱを食べているのを映しているだけなのに次第にその葉っぱの食べてなくなった
ところが無作為であれば無作為であるほどに造形的な美しさをおびてくるのだから不
思議で仕方がなかったし見ていて飽きなかった。

自分はこの映画に関しては本当にどうしようもなく画に惹かれてしまった。たぶん、
8ミリの独特の感じが個人的には好きということもあるのかもしれない。小川紳介の
映画だと『圧殺の森』くらい好きな映画になりました。


     ◇────────────────────────◆◇◆     


■投稿:藤原敏史氏の『天皇制ドキュメンタリーの顛末記(1)(2)』を読んで
■高田 亮(『世直しタイフーン』監督)

これはかなり面白い!
僕の大好きな森達也氏に対して批判的ではあるものの(まあ事実に即しているだけな
のでしょうけれども)、これはかなりスリリングでありながら大変ためになるルポで
すね。
ドキュメンタリーの在り方や、ソクーロフの天皇映画『太陽』に対する日本映画界の
現状、昭和天皇の弟である高松宮宣仁親王や、天皇に対する様々な想いを抱く様々な
(本当に様々な)人々、藤原氏の実作業の進行に対する不安や苛立ち、台湾の日本統
治時代、天皇家の霊に呪われた(?)森達也氏や、議論から距離を取る鈴木邦男氏、
そしてこれからTV局サイドの態度がどのように変化していくか、『天皇制』というド
キュメンタリーを巡るドキュメントであるこの文章が、ここまで多角的に乱反射して
ゆく様はかなり刺激的です。

この面白さは、なんといっても藤原氏自身が巻き込まれ、その渦中から内外定まらな
い視点のまま見たものすべて(かどうかは分かりませんが)を記録し、そこへさらに
藤原氏の天皇絡みの知識をミックスしているせいではないでしょうか。
それは決して無造作に定まらないままスケッチ的に書かれたわけではなく、天皇をめ
ぐる言説の多様さをなんとかして映像作品の中に表現し、天皇制と日本人を掴まえよ
うと振り回される藤原氏の姿そのものと、現実的な人間関係(森氏やテレビ局の
人々)が足並みがそろわずちぐはぐになってゆく様とがまるで格闘するかのようで、
興奮を覚えます。まあそれがドキュメンタリーでしょ?と、言われそうですが、この
視点の定まらなさは、落とし所へ向けて進んで行くドキュメンタリーとは一線を画し
てます。

記録と記憶を整理し、計算の上で、この引き込まれる面白さを実現しているのだろう
と推測できますが、それでも助監督大崎氏の人柄に素直に感心したり、天皇誕生日の
一般参賀が写実的に「ありのまま」を描写してゆくあたりは、ナマな現在進行性を失
わず、先を読ませる力になっていて素晴らしいですね。森達也氏が唱えるドキュメン
タリー論(ドキュメンタリーは主観で、撮ってみなければ分からない)を、藤原氏が
はからずも実践している所も面白いです。

しかし何と言っても藤原氏自身の膨大な知識量と、『天皇制』ドキュメンタリーの顛
末というドラマの見せ方の異様さ(技術的な機材の情報や、スタッフとのやりとり、
風景などの写実性と、書物やニュース、映画や歌舞伎など、天皇に関する様々な記録
(客観主観問わず)を方向を問わず盛り込んだりしたら、普通散漫になるのではない
かという畏れがあるはずですが、この文章はそれを乗り越えています)がこの『顛末
記』の良さなのだと思います。


     ◇────────────────────────◆◇◆     


□neoneoを継続して配信していくために―
■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋 博雄(本誌編集長)

neoneoは2003年11月1日の創刊以来、月2回(1日と15日)、購読料無料で配信してま
いりましたが、配信を継続する経費、その大部分は稿料ですが、僅かばかりとはいえ、
多くは私の負担でまかなって来ました。(稿料は驚くほどの安い額で、このことに関
しては、執筆者の方々には心よりお礼申し上げます。) しかし、ここに到って、皆
様の力をお借りしたく、下記の二点につきご協力をお願いする次第です。

(1)上映の告知の有料化―1200字(40字×30行)以内につき、2,000円を頂きたいと
思います。但し、それ以上の字数の場合は加算します。
(2)カンパのお願い― 一口2,000円。何口でも。

上記の送金は下記の方法でお願いします。
郵便振込み:00160−8−666528 neoneoの会、又は、
みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782 (有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせくだ
さい。)

以上、neoneoの継続と、今後一層の充実した内容を図るためにも、皆様のご協力を何
卒お願い致します。


     ◇────────────────────────◆◇◆     


■上映

■ボリビア・ウカマウ集団 最新作「最後の庭の息子たち」 上映会

新自由主義の「実験室」として水資源と天然ガスの権利を狙う多国籍企業と、反グ
ローバリズムを掲げてこれに抵抗する民衆運動の間で激しい攻防が繰り広げられてい
る南米ボリビア。《出口なし》の状況の中でもがき、刹那主義や享楽主義に走る青春
群像を、これまでアンデス先住民の世界を描き続けてきたボリビアの映画集団ウカマ
ウが描く最新作にして問題作「最後の庭の息子たち」の公開と旧作の一挙上映。

6月17日(金)
12:45 「人民の勇気」(1971/93分)
14:35 「最後の庭の息子たち」(2003/97分)
16:25 「ここから出ていけ!」(1977/102分)
18:15 トーク【太田昌国】
19:10 「最後の庭の息子たち」

6月18日 (土)
12:45 「最後の庭の息子たち」
14:35 「ただひとつの拳のごとく」(1983/92分)
16:25 「最後の庭の息子たち」
18:15 トーク【酒井隆史+渋谷望+平沢剛】
19:10 「第1の敵」(1974/98分)

7月22日 (金)
12:45 「最後の庭の息子たち」
14:35 「鳥の歌」(1995/100分)
16:25 「最後の庭の息子たち」
18:30 フォルクローレ・ライブ【木下尊惇+橋本仁】
19:20 「革命」(1962/10分)+「ウカマウ」(1966/75分)

7月23日 (土)
12:20 「地下の民」(1989/125分)
14:35 「最後の庭の息子たち」
16:25 「落盤」(1965/20分)+「コンドルの血」(1969/70分)
18:15 トーク【星野智幸+太田昌国】
19:10 「最後の庭の息子たち」

以上 於:アテネフランセ文化センター 03-3291-4339

「最後の庭の息子たち」期間限定モーニングショー
7月30日(土)〜8月5日(金) 連日朝10:15〜
以上 於:ユーロスペース 03-3461-0211

料金:前売り:1300円 当日:1500円 3回券3000円 【2会場共通、全回入替制】
※劇場窓口、チケットぴあにて販売。(3回券は、劇場窓口のみ)

配給/お問い合わせ:シネマテーク・インディアス 03-3293-9539
配給協力:スタンス・カンパニー、ムヴィオラ、現代企画室
 http://www.jca.apc.org/gendai/ 



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃09┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●田中千世子さんの連載が今回で終わった。ロッセリーニという巨人から導き出され
た営為についての考察だった。連載中は、新作『みやび 三島由紀夫』の上映(準
備)やカンヌ映画祭への出席などで慌しい日程をやり繰りしての執筆だった。
心より御礼申し上げます。

●東京からニュ―ヨーク、そしてロス。生活の拠点を移すたびに、事前にその土地を
映し出した映画を見ようとする心意気。久しぶりに登場して頂いた水野祥子さんは自
らの研究課題とも合致させて、ご当地の作品を観察する。これも映画の楽しみ方のひ
とつだ。流麗な文体ともあいまって、私は水野さんの視線に誘われてその土地のあれ
これを同時に観察している気分になった。

同じく「ワールドワイドNOW」欄の東谷麗奈さんはアメリカを代表するニューヨーク
とサンフランシスコの映画祭を活写。映画祭は「体裁を整えること以前に、映画祭と
しての基本的な方向性を早く見出すべきだと思う」と断言されているように、日本で
も多くの映画祭が開催される時代になったことを思えば、なおさらこの言葉が大きく
クローズアップする。

●藤原敏史さんの「「天皇制」テレビ・ドキュメンタリー中断顛末記」は、詳細極ま
るレポートだ。今回もスタッフワークのゴタゴタに加えてスポンサーとの軋轢。間に
入るプロダクションの足腰。しかもテーマは「禁断の」テーマ。藤原さんは映画作り
の難しさを生々しく開示している。この項の続きは7月1日号で、次回が最終回になる。
これまでの2回の掲載を読んだ感想を高田亮さんが投稿して下さった。あわせて読ん
でいただきたい。

●土本さんの第3回目の雲南のレポートは相変わらず骨格の大きな報告であり、かつ、
中国の映画人の動向に詳細を極め、読む者を熱気で囲む。当地で一緒だった中国の監
督からは次のメールが寄せられた。「(土本監督のように)やはりあの年代の作家は
存在感がありますね。それにとても人間が大きいです」。私も同感だ。



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■発行:ビジュアルトラックス  visualtrax@jcom.home.ne.jp 
■責任編集 伏屋博雄
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お手数ですが、ご自身でお願い致します。
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