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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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┗━┛ ☆━┛ ┗━☆ 36号 2005.5.15
∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
†01 ワールドワイドNOW ≪ジャカルタ発≫
インドネシア 改革の時代の映画事情 最終レポート 佐藤 万帆
†02 列島通信 ≪大分発≫
わかっちゃいるけどやめられない 田井 肇
†03 随時連載「映画は生きものの仕事である」(9)
雲南省昆明市、映画の夜明けのくに(その2) 土本 典昭
†04 neoneo坐通信(21)5月後半のプログラム
5月21日「山ドキ!」『エディット』、番外編「ヤマガタヒストリーズ」
5月22日「BOX東中野レトロスペクティブ1994〜2003」(第1回)
『大阪ストーリー』『青chong』『あんにょんキムチ』
5月27日「山ドキ!東京予備校」『ジーナのビデオ日記』
5月28日neoneo坐1周年記念
「金井勝の微笑う銀河系 ・三部作」一挙上映!
5月29日『ニッポン国古屋敷村』≪前編≫ ≪後編≫
5月30日 タン・カイシンの帰国さよなら上映会
†05 広場
投稿屋台『クチコミ来来軒!』(12)
新・クチコミ200字評!(11) 清水 浩之
『ダーウィンの悪夢』(岡田秀則)、『べアテの贈りもの』『シリーズ憲法
第21条・表現の自由と責任を取材の現場で考えた』 (以上、清水浩之)
『シリーズ憲法 第9条・戦争放棄〜忘却』クロスレビュー(1) 金朱惺
投稿:「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」レビューリレー(11)
『三里塚・五月の空 里のかよい路』を見て 澤田 昌之
告知:neoneoを継続して配信していくために―
上映の告知の有料化とカンパのお願い 伏屋 博雄
†06 編集後記 伏屋 博雄
★バックナンバー閲覧はこちらまで
まぐまぐ配信 http://www.mag2.com/m/0000116642.htm
melma!配信 http://www.melma.com/mag/39/m00098339/
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┃01┃□ワールドワイドNOW ≪ジャカルタ発≫
┃ ┃■インドネシア 改革の時代の映画事情 最終レポート
┃ ┃■佐藤 万帆
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約3年半の国際交流基金ジャカルタ日本文化センターでの駐在を終え、とうとう日本
へ帰ってきました。この間、「neo」、「neoneo」誌上でインドネシアの映画事情を
報告する機会を与えていただき、普段仕事上付き合いはあっても、実際にはゆっくり
話を聞くことの少ない映画人たちにインタビューできるし、私にとっては本当に勉強
になりました。編集責任の伏屋さん、読者の皆様ありがとうございました。
●3年半を顧みて
さて、この3年半を振り返り、インドネシア社会の変化と映画、特にドキュメンタリ
ー映画の関係について思いを巡らせてみると、まずインドネシアは改革の時代。だけ
れどもその成果とともに、あるいはそれ以上に強烈に改革の行き詰まりに対する人々
のフラストレーションが感じられた時代。情報統制へのゆりもどし、より一層広範囲
に伝染するかのような政治家と政府の汚職と腐敗、減らない失業者と改善しない生活、
等々。この間、改革の進展を感じさせた最大イベントは何といっても昨年の大統領直
接選挙実施の成功だったが、一方、同じ昨年の秋には、内外に広く知られた人権活動
家のムニールがガルーダの機内で毒殺されるという信じられない、時代に逆行する事
件が起きた。この混沌とした改革期に、映画は、製作と配給体制の脆弱さから、人々
に改革の道筋を示す、あるいは思想の自由を確保する上で最大限の影響力を持ちえた
かといえば、そうとはいえないかもしれない。だけれども、映画を愛し、インドネシ
アが直面する現実を憂慮する映画人、あるいは、ドキュメンタリー映画の批評力を信
じる若い世代が、それぞれの立場で創造的な試みを行い、そうした彼ら・彼女たちに
希望を感じ、勇気付けられた3年半だった。
これまで紹介した映画人たちのその後の活動にも触れつつ、最後に気になる点をいく
つか述べたい。まず、「neo」37号、最初の原稿で紹介したスハルト時代の映画『G-
30-S-PKI(インドネシア共産党9月30日運動の反逆)』について。これは、スハルト
が政権を掌握するきっかけとなった65年の9月30日事件を扱ったもので、82年に製作
され、その後毎年のように全チャンネルのテレビで放映され、学校で教えられ、スハ
ルト政権の思想統制を担ってきた象徴的な作品である。9月30日事件の後、このクー
デターの首謀者として共産党が責任を負わされ、スハルト政権、国軍、インドネシア
最大のイスラム団体NUなどが関与して50万人、あるいはそれ以上の人々が共産党員と
の理由で虐殺され、その家族は数十年にわたって差別され続けてきた。スハルト政権
の負の側面である、暴力の歴史、その原点ともいえるこの事件の全貌解明は容易では
ないだろう。それでもここ数年、スハルト政権の崩壊を受けて研究者やNGO、また事
件の当事者でもあったNUの若い世代が史実の見直し、オーラル・ヒストリーの編纂、
被害者の家族とNU関係者との和解などの試みを始めている。そんな中で、46号で紹介
した若いドキュメンタリストのレキシー・ランバデタは、9月30日事件を扱ったオー
ストラリアのドキュメンタリーで、被害者の声や欧米政府の関与の可能性について光
を当てる『Shadow Play』(クリス・ヒルトン監督)をジャカルタの高校生向けに上
映し、この事件について再考する機会を提供するという活動を続けていた。2003年の
秋、一度ゲーテ・インスティトゥートでの上映会に駆けつけてみたら、高校生からの
あまりの反響の大きさにレキシー自身驚いていた。帰国前に彼に会えなかったのが残
念だったが、これからも果敢にタブーにも取り組みつつ、活動を続けていくことと思
う。
また、同じ46号で紹介した、『Student Movement in Indonesia』というドキュメン
タリーを制作したティノ・サルンガロは、私の送別会にも顔を出してくれたのだが、
現在、アンボンの宗教紛争と東チモールの争乱における国軍の人権侵害に関するドキ
ュメンタリーを準備中という。インドネシアの民主化において、国軍の改革は重要な
テーマであるし、この3年半、国軍が過去に行った人権侵害の訴追は議論されながら
も結局実質的には何の進展もなかった。あまりに生々しいテーマだし、危険も及ぶだ
ろうから、別の問題を取り上げればいいのに、と思う。しかし彼は、「自分たちの欠
点を覆い隠そうとするインドネシア人には、あえて一番の恥部を見せた方がいいん
だ」という。テアトル・コマという、インドネシアを代表する人気老舗劇団を主宰す
る劇作家、ナノ・レアンティアルノは、スハルト時代、BAKIN(国家情報調整庁)に
ずっとつけられていたが、担当の諜報部員がつけているうちに作品のファンになった
らしい、それで自分は命が助かったのではないかと冗談まじりに話してくれたことが
あるが、ティノの場合も何とか無事で作品を仕上げてほしいと思う。
最後に、インドネシア映画と映画人の最新事情について。当初から国産映画復興支援
というスタンスを打ち出してきたジャカルタ国際映画祭(http://www.jiffest.org/ )
は昨年よりジャカルタ芸術大学で長らく教鞭をとってきたオランダ人映画監督、オル
ロウ・スウンケを共同ディレクターに迎え、上映作品数を大幅に増やしてレベル・ア
ップしている。昨年もMinikino(http://minikino.wulia.com )自身もショート・フ
ィルムの作家であるティンティン・ウリアが主宰、ショート・フィルム関連のプログ
ラムを実施)と協力して短編映画のコンペティションを行ったが、今年はコンペだけ
ではなくショート・フィルム、ドキュメンタリー、アニメ、脚本執筆、カメラワーク
等の映画製作に関するワークショップを海外から講師を招聘して多く実施したいとの
こと。このJiffestはその他、イスラム寄宿舎学校でイスラムに関する外国映画を上
映してディスカッションを行ったりもしている。Jiffestから出発したIn-Docs
( http://www.in-docs.com )も頑張っている。ドキュメンタリー製作のワークショッ
プを継続するほか、国内外のドキュメンタリーをパッケージにして地方巡回上映会も
実施している。ディレクターのディアンが2003年に山形映画祭に参加したこともあっ
て、山形映画祭の上映作品も定期的に上映されている。また、すでに紹介したが、
In-Docsはワークショップで製作されたドキュメンタリー映画のテレビ放映も実現さ
せている。そして、もちろん、映画監督も頑張っている。ガリン・ヌグロホは女優の
クリスティン・ハキムとともに津波被災後のアチェに関する映画を撮っているし、リ
リ・リザは新作を準備中。(今年7月に公開とのこと)37号で紹介した、インドネシ
ア国産映画復興のひとつの刺激となった2002年の人気作品『Ada Apa dengan Cinta?
(チンタに何があったのか?)』も「ビューティフル・デイズ」という邦題で日本上
映を果たしたところ。
インドネシアの改革は今後も紆余曲折を経験するだろうが、映画人たちの活躍に期待
し、また彼らの活躍がこの国の思想と創作活動の自由度を高めるために、大きな貢献
を行うだろうことを期待して、最後のレポートを締めくくりたい。(了)
■佐藤 万帆(さとう・まほ)
1971年、横浜生まれ。96年より国際交流基金勤務、2001年9月より同基金ジャカルタ
事務所に赴任。95年に、監督アテンドとして山形映画祭で働いた経験あり。大学での
専攻は比較文化と社会人類学。5月4日に3年半のジャカルタ赴任を終え、日本へ帰国。
国際交流基金アジア大洋州課に勤務。
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┃02┃□列島通信 ≪大分発≫
┃ ┃■わかっちゃいるけどやめられない
┃ ┃■田井 肇
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●ミニシアターの心意気
二ヶ月にわたって世間を賑わわせた「ホリエモンVSフジテレビ」の騒動。「この戦い
の真の勝者はだれなのか」という論調の記事があちらこちらに掲載されている。どう
やら結果的に千数百億とかのオカネを手にしたホリエモンは、勝者の側にいるようだ。
だが、千数百億はおろか、一億でさえ(いやその100分の1でさえ)まったく縁のない
僕にしてみれば、すべての議論がオカネの話に帰結していることに、いささか辟易と
せずにはいられない。
いま、もしも一億円が僕のフトコロにころがりこんだらどうなるか。結果は目に見え
ている。僕が今より以上にイヤな奴になってしまうだけだ。映画館の入場者数が9人
から10人になっただけで「ようやく二桁になった」などと胸をなでおろすような、そ
んなことがちっぽけなことだと思ってしまうにちがいない。たとえ少ない人数でも一
人一人の観客の心に響いただろう何かを大切にしたい、などと、そんなこともきっと
思わなくなるだろう。
正常な労働の対価としてでなく大金を手にしてしまい、人間としてダメになった人な
ど、だれのまわりにも何人もいるではないか。宝くじが当たった程度で人生を台無し
にした人だってゴロゴロいる。オカネでダメになった人を探すことなど、ダメになら
なかった人を探すよりはるかにたやすい。
だから、ホリエモンが千数百億もの大金を手にしたことに「かわいそうに。自分では
そうと知らずに、ダメになってゆく道を歩まされてしまって」と、同情する論評があ
っても不思議ではないとさえ思うのだ。とまれ、だれが勝った負けたではなく、今回
のこの騒動とは何だったのか。
僕は、ある日突然、僕の映画館が買収されたらどうなるだろうと、ありもしないこと
を考えてみた。買収した人はきっとこう切り出すにちがいない。「もっと利益をあげ
るためには」。こんな儲からない映画をやめて、ハリウッド映画をやったらどうだ。
お客がくつろぐだけのあの無駄なスペースでポップコーンを売ればよいではないか。
こうして僕の映画館は一夜にしてまったくちがう映画館になってしまうだろう。
僕らミニシアターと呼ばれる映画館におけるヘタクソな商売の本質は、一言で言えば
「わかっちゃいるけどやめられない」だ。儲からないとわかっていてもなぜかそれを
やり、儲からないでよいと腹をくくっているかと言えばそうでもなく、儲けることを
たしかに夢見つつ、しかしながら儲けることが決して第一義ではない。そういうもの
だ。
もしもフジテレビに「私のところには、視聴率を無視したこんな番組がある」という
ものがひとつでもあれば、そしてその番組こそがフジテレビがフジテレビたる由縁で
あると言い得たなら、今回の騒動はまったくちがったものになったはずだ。「どっち
が経営すれば儲かるか」という、たったひとつの価値に、フジテレビも、そしてこの
騒動を見物する多くの人々もまた、色塗られてしまった。この騒動は、「裸の王様」
を指さして、王様の衣装の色が、赤だ、いや黄色だ、青だ、と言い争っていただけな
のではないか。
翻って、「わかっちゃいるけどやめられない」僕もまた、しかしこの映画館を維持し
てゆくために、「裸の王様」の衣装を「きれいですよお」とホメそやしていたりはし
ないだろうか。と、いつもの自問を繰り返しながら、この夏、「これこそ本物の王
様」と僕が思ってわが映画館にかけるのは、青木研次脚本・緒方明監督による『いつ
か読書する日』である。ぜひごらんあれ。
■田井 肇(たい・はじめ)
シネマ5:大分市府内町2-4-8 TEL 097-536-4512 FAX 097-536-4536
http://www.cinema5.gr.jp
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┃03┃□随時連載『映画は生きものの仕事である』(8)
┃ ┃■雲南省昆明市、映画の夜明けのくに(2)
┃ ┃■土本 典昭
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昆明に行く前から、あるときめきを感じたのには理由がある。私の“辺境好み”に加
えて、私と同じ戦中世代なら、中日戦争の末期に、新聞紙上でこの昆明の字をしょっ
ちゅう見ていたことを思いだして頂けるだろう。それは当時、奥地の重慶にあって日
本に抗戦し続ける国民党・蒋介石政権に対し、中国の連合国…英、米からの膨大な軍
需物資、生活物資が、英領ビルマから昆明へと送られ、それが中国政権を支えた。そ
の当時の“援蒋ルート”としての昆明は中学生だった私の記憶にやきついている。
だが、テレビ時代は秘境・雲南として度々取材されたが、とくに日本と同じ米作民族
としての少数民族、恋歌の共通点や斜面の見事な棚田などが日本農業のルーツとして
描かれたこともあってその印象は強い。その辺境での映画祭とは…やはり魅力的であ
るのだ。
●民主的な運営
2年前から、全中国からドキュメンタリー作品を応募し、コンペティションを含む催
しが隔年ながら、一週間にわたって開かれるとなれば、昆明は全中国規模の記録映画
運動の新しい焦点の地と見て良いだろう。しかし、「ドキュメンタリー映画祭」とは
名乗っていない。マルチ・カルチャーの“ビジュアル(映像)フェスティバル”とな
っている。音楽・舞踊も付帯したお祭り風の行事スタイルであるが、この形にせよ、
中国の当局に定例的な映像フェスティバルを認知させたことは大きい。それまでの雲
南省の映画運動の発展の特殊性、つまり省内の少数民族の文化の記録から生まれた雲
南の映画民族学(あるいは映画人類学)といった運動の実績が意識的に前面に打ち出
されて成功したもののようだ。
私の偏見に近い見聞によれば、民衆による自主的なドキュメンタリー映画を奨励し鼓
舞したという政権は聞いたことがない。ドキュメンタリーといえば、左翼映画視され
る時代すらあった。右も左もいずれの政権当局もどうもドキュメンタリーとは肌が合
わないようだ。その点、社会主義ソ連の映画史ひとつとっても、革命後の数年、レー
ニンの存命の時期以降は衰退の一途を辿ったようだ。あのジガ・ヴェルトフがそうだ。
レーニンの楽天主義…「すべての現実に重要な映画はニュース映画から始まらなけれ
ばならない」という言葉通り、縦横にドキュメンタリーを開拓した彼も、その集大成
である『カメラを持つ男』(1929)を最後に、創造的な活動をやめた。
あと社会主義の映画はキューバ、ヴェトナムの一時期の映画以外には、ドキュメンタ
リーらしい記録映画を生んでいないと思う。では、中国の場合はどうか。この際で言
えば、雲南の場合はどうであるか、だ。
今回も『雲南ドキュメンタリー映画祭』とは名乗れなかったものの、98本の作品が集
まり、そこからエントリー作品も選ばれるとなれば、立派な“ドキュメンタリー映画
祭”ではないか。だが“ビジュアル(映像)フェスティバル”が正式名称である。
その組織図を見ると、雲南省の社会科学院を主体に、協力団体として雲南図書館、博
物館、雲南省映像人類学研究センター、雲南大学映像人類学研究所、それと同格に山
形国際ドキュメンタリー事務局(以下 YIDFFと略)が並んでいる。どこにも“官僚”
は介在していない(カタログより)。さらに中国の映像の権威・中央TV(CCTV)も、
地元の雲南テレビすら組織に入っていないのには驚く。
その総責任者は学生主任風の若い人類学者、雲南記録映像の組織の郭浄(ガオー・ジ
ン)氏であった。全く権威のかけらも身につけないお人柄である。だが和淵(ホー・
ユエン氏自身、少数民族ナシ族の出身という)さんらと組んで、この“映画祭”を実
現した。
よくありがちの儀礼的な宴会をするのでも、とくに自己紹介のスピーチをする機会も
ないのが、むしろ快かった。おそらく官製の映画祭とはあらゆる意味で決別していた。
それでいて体制に反する意図はない。その慎重さは練達されたものに思えた。
3月24日、夕方、広州空港から到着した昆明市は一目、“辺境の街”のイメージを払
い除けるに足る近代都市だった。高層ビルの目立つ人口 260万の大都市である。
雲南名産のたばこと携帯電話の広告が各ビルの屋上に並ぶ。だがガスで靄がかってい
る。昆明空港には、作家でこの“映画祭”の組織者の和淵(ホー・ユエン)さんが出
迎えてくれたが、やっぱり!というべきか、チャーターの車もない。タクシーを拾う
のにも私まで手を挙げて躍起になる始末だった。いかにも数人のボランティアで汗を
かいている風だ。
会場は名勝地、翠湖のほとりに、7年前に出来たという図書館である。そこに大中小
の3ホールがあった。すべてにビデオ・プロジェクターが常備されている。この図書
館内だけで全プログラムを消化できたし、さらに食事や喫茶には大きい少数民族経営
のレストランがあった。たがその“映画祭”事務局たるや、空き部屋に机とソファー
のみ、飲み物とパンが食いかけのままといった学生の部室風そのまま、何の接客の体
裁もなかった。
部屋では出品参加者や映画青年が映画の合評や議論をしているようで、外国人の私も
欧米からの作家にも特別の客扱いは皆無のようである。そのがさつな雰囲気がいかに
も生まれたての“映画祭”のようで、「これは大学の映研(映画研究会)だな」と思
わざるを得なかった。まして商業主義とは全く無縁である。だが、“アンテナ”の鋭
い英国の映画人で、日本の伊丹十三作品を一手にヨーロッパ配給したジェーン・バル
フォア女史などが、めぼしい出品作に目配りをしている。2003年に登場した王兵監督
の超長編「鉄西区」のように、何が彗星のように登場するか分らないのが最近の中国
なのだ。藤岡さんも作品探しが主な仕事であろう。忙しくしていた。
昆明市は「海抜千数百メートルの高地だから、以前は空気は綺麗だったが…」と和淵
氏はいう。だが市の中心街は車の排気ガスでビルは霞んでいた。私の作品の選考は和
淵氏がしたらしいが、彼が水俣のほかに、『ドキュメント路上』を選んだ理由が頷け
た。
●通訳に恵まれる
ここで話が脇に逸れるようだが、通訳さんに触れておこう。私は海外に行くに当たっ
て言葉の問題には悩まされる。同行の連れ合いも私同様、英語も不得手である。その
配慮を強くお願いしていた甲斐あってか、今回、さいわいにも雲南大学の日本語教師
の経験を持つ若い趙妹嵐さんが“生活通訳”として常時身辺に付いてくれた。趙さん
は映画も公害問題も彼女の関心事ではないことを断りながら、私たちの滞在中の対人
関係を取り持ってくれた。
問題は上映後の作品に関する一問一答などの場合である。その突っ込んだやりとりの
通訳が難しいのである。言葉の翻訳力に加えて、映画の主題への理解が必要だし、映
画特有の言葉、テーマ特有の表現に加え、私の映画の場合、公害問題や有機水銀中毒
の解説まで求められる事になる。だが学者の会議ではない。場はあくまで“映画祭”
なのである。その流れに通訳は眼を配らなければならない。外国での映画祭の成功か
否かはどのような通訳者に巡り合えるかに懸かっている。その点では昆明での私は自
由に喋れることが保証されていた。上映会の場での通訳には、日本の映画人にも知ら
れた王衆一(ワン・ジョンイ。『人民中国』日本語版編集長)氏と、在日留学7年の
女性記録映画作家で、小川紳介の著作『映画を穫る』の中国語版の翻訳者でもある馮
艶(フォン・イェン)さんが昆明に招かれていたからである。
●『ドキュメント路上』に議論百出
この受け入れ態勢が生きたのは、“映画祭”のいわば目玉である質疑応答のやりとり
であった。前号でも触れたように、『ドキュメント路上』のテーマは、すでに道路な
どの社会基盤の整備が、一応、一段落している欧米など先進国と違って、中国では現
実の、そしてこれからのシビアな問題なのだ。
ちなみに、朝日新聞 (04,9,1)によれば、21世紀に入って、中国の交通事故は年間
10万人、一日あたり 300人という。「それは大型旅客機が毎日一機、墜落している計
算」(同紙)という。映画『ドキュメント路上』は、1963年、年間交通事故による死
者、最高の 1万2000人に達した時点で作られた。これが40年後の現在ではどうだろう。
…日本の自動車保有台数7400万台に対し、死者は年間7900余人。中国のその台数は三
分の一の2400万台、それに対し、死者、年間10万人は「世界最悪の数字」(同紙)で
ある。
では中国政府の交通スローガンは何か。一貫して「以人為本(人を最優先)」である。
それは全く正しい。映画『ドキュメント路上』が描いたのも、この理念を失った、都
市(まち)作り、道路作り、交通倫理の衰退への警鐘であった。それらは東京オリン
ピック(1964)の直前という事情からより混沌としていた。映画はその東京市民、つ
まり自分自身の無関心さへの自己批判を込めたものでもあった。自分にとっても痛み
を持つ映画名のだ。だが中国で、これから述べるような捩(ねじ)くれた反響を誘う
とは予想もしなかった。
2008年、北京は3年後にオリンピックを迎える。これを期に各都市では大規模な工事
が始まっている。これには多分、「住民の我慢」も求められているであろう。そうし
た意識からか、批判の声も上がった。辛辣で皮肉な、「日本から公害反対の水俣病映
画はともかく、とくに選んで40年前の交通事故批判の映画を持ってきたのはどういう
意図か」という質問である。通訳の王氏は咄嗟に、これは会場の討論を誘ったほうが
良いと判断したのだろう、私の返事を促した。私は「いや、これは私の選んだ作品で
はなく、昆明の事務局で選ばれた作品で、とくべつな意図はない」と答えた。さらに
「しかしは40年前の古い映画を、何故いまさら出す気になったのか?」と探るような
質問が続いた。これにも私はその真意を計りかねた。その辺りから会場に質問者に向
けてのブーイングが起きた。質問者の近くにいた女性などは突っ立って彼を罵ってい
た。見れば、写真で見覚えのある、あの小川紳介のフィルムを生かして『満山紅柿上
山―柿と人とのゆきかい』を作った彭小蓮(ポン・シャオリェン)監督だった。彼女
はコンペの審査委員として参加していたのだ。「もうこの質問の通訳はやめなさい!
監督に失礼ではないか!」と怒っている(…と王氏は逐次翻訳してくれた)。
王衆一氏は「受けて討論しましょう」と言う。さらに質問者に具体的な発言を促した。
これは理由ある話だった。「いま中国は自動車産業によって雇用は増え、都市活動は
活発になり、かってない繁栄を受けている。これも自動車産業がもたらした恩恵では
ないか。なぜ車社会を悪く批判ばかりするのか。中国の躍進に歯止めを掛ける気か
!」と叱咤せんばかりだ。「この映画は作者(日本)の中国批判に思える」というの
だ。それを聞くや、観客の中から、「ここは映画の場だ。映画としてどうなんだ?」
という詰問も出たらしい。私は話題を広げ、このフィルムの来歴にも触れた。
「この映画は今も公開の機会を失して、40年間非公開のまま眠っていたものだ。数年
前まで、私もオリジナルなニュープリントを見たくも見られなかった。それが版権を
持っていたプロダクションが倒産して、はじめて私の自由になった。最近、欧米でも
呼ばれ、アジア各地の映画祭にも出品を求められるようになった。決して、中国の車
社会への批判のために意図的にここに持ってきたわけでないことを知ってほしい」。
…だが、日本の道路事情はどうか、それを述べた。「日本でも未だ人間優位の交通倫
理は確立していない。歩行者が陸橋の階段を上り下がりして道路を横断する場合もあ
る。足の弱った76歳の私にはよく分るが、街はまだ“歩行者優先”“人間優先”とは
言い難い。車社会なのだ」と実感を述べた。これは観客に伝わった。この映画を自分
はこう見たと意見を述べる人が続いた。会場にひとつの結論が生まれたようだが、質
問者はさらに言葉を継ごうとした。が、彭小蓮監督は「この分からず屋の言葉を翻訳
する必要はない!」と憤然と怒鳴った。それも王氏は逐次訳してくれた。
散会後、王衆一氏は「これは一種のナショナリズムです。先進国と肩を並べるように
なりたいという考えからです。多分、中国人の6割はこの質問者と同じでしょう」と
言った。私は「なるほど、そうか」と思う。「こうした血の流れるようなやりとりの
ある映画会は日本でも少ないでしょう」。そう言って私は王衆一氏の通訳ぶりに心か
ら感謝した。
発展途上国での公害問題にもこうした捩(ねじ)れた論議がある。「発展優先の社会
にあっては、やむを得ない公害に眼を瞑らなければならない場合もある」というのが
それだ。十数年前、中国東北にも水銀汚染があり、水俣病問題が深刻になった時、中
国側の担当者が水俣を視察した上で日本の研究者に質問した。「この被害を金銭で補
償するほうが、工場を失う損害よりは安くつくのでははないですか?」と。これには
耳うちされた原田正純医師も絶句したという。施政者なるものの本音、人間差別が根
底にあっての思想であろう。だが、「先進国は今になって、公害の恐ろしさを押しつ
けがましく語り、発展途上の自分たちの立ち遅れをそのままにしておけというのか
!」。こうした発展願望のみの思想が、民衆にはびこらせるのは実はたやすい。政府
をはじめ、権威のある官僚、ご用学者、“専門家”が「安全神話」を語り続ければそ
うなるのだ。私はそれを看過できない。その恐ろしい人間への背信を、私は水俣病事
件史で見続けてきたからだ。
中国の現在について考えるのに格好の映画上映会になった。予想を超えた反響のもた
らしてくれたものだ。それは40年前の『ドキュメント路上』がいまもなお物議を醸す
に足る現役のフィルムであったことを、再確認することになったのである。
(05,5,14、次号に続く)
■土本 典昭(つちもと・のりあき)
土本監督に関するフィルモグラフィーや著書、および、主要な講演記録は下記の監督
ご自身の公式ホームページに掲載されています。
http://www2.ocn.ne.jp/~tutimoto/index.html
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┃04┃□neoneo坐通信(21)5月後半のプログラム
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neoneo坐の5月後半の上映をお知らせします。
会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩1分、
JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。詳細と地図は下記のneoneo坐サイトをご覧
下さい。
http://www014.upp.so-net.ne.jp/kato_takanobu/neoneoza/index.html
皆様には、お得な一般会員(2,000円、1年間有効)になることをお勧めします。
■「山ドキ! 東京予備校」
5月21日(土) 14:00〜
『エディット』(韓国+アメリカ/2003/ビデオ/100分 監督:イ・チャンジェ)
KBSの局内検閲を受け、納得いかない形で放送されたドキュメンタリー。社を辞めた
ディレクターは後悔に苛まれる。戦犯法廷とNHKの事件が大きな顛末となった今こそ
改めて見て考えたい。
16:00〜山形映画祭'93 関連作品特別上映
ゲスト・トーク 佐藤真(映画監督)
司会:藤岡朝子(山ドキ!専任講師)
5月27日(金) 19:00〜
『ジーナのビデオ日記』(韓国+アメリカ/2002年/ビデオ/152分 監督:キム・
ジナ)
米国に渡った22歳の韓国女性が、過食症やコンプレックスに悩みながら自分の姿を執
拗にカメラに収める。差し込む夕日、深夜のランプなど美しい光と繊細な映像。
孤独な彼女に誰もが魅せられてしまう。
■BOX東中野レトロスペクティブ1994〜2003
2003年4月、惜しまれつつも幕を閉じた映画館があった―その名はBOX東中野。今春よ
りneoneo坐は、「単館映画館の星」―として観客に愛されたこの劇場の“独自精神”
と“挑戦するプログラム”を検証し、今後の映画上映のあり方を考える。
第1回「BOX東中野からデビューした在日監督たち」
5月22日(日)
(1)14:00〜『大阪ストーリー』(1994年、イギリス、カラー、73分)
監督・製作・編集・録音:中田統一
父はナニワで金融業を営む在日コリアン。母は父のパチンコ店を手伝い苦労を重ねて
きた。しかし父には韓国にもうひとつの家族が・・・息子の視線から在日家族を描い
た秀作。国際学生映画祭でグランプリ受賞、坂本龍一氏に絶賛を浴びた。
※1996年6月8日よりロードショー公開
(2)15:30〜『青chong』(1999年、カラー、54分)
脚本・監督:李相日、製作:日本映画学校
映画『69〜sixtynine』で一躍有名になった李相日(リ・サンイル)監督の劇場デ
ビュー作。横浜の朝鮮高校野球部を舞台にした恋とケンカと友情の痛快青春グラフ
ティ。第22回ぴあフィルムフェスティバルでグランプリを含む4賞を獲得した。
※2001年4月21日よりロードショー公開
(3)16:40〜『あんにょんキムチ』(1999年、52分) 松江哲明
映画学校に通う在日3世・松江哲明の祖父の最期の言葉は「哲明バカヤロー!」だっ
た。
それから祖父と韓国のことを猛然と調べ始め…。孫の視点から在日家族の歴史と現在
を描く笑いと涙の物語。山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波・特別賞受
賞、韓国の映画祭でも上映され話題になる。
※2000年8月12日よりロードショー公開
17:40〜トークショー:松江哲明×阿部嘉昭(映画評論家)
一般 会員
1回券 1200円 1000円
2回券 2200円 1800円
3回通し券 3000円 2400円
(映画をご観賞いただいた方はトークショー無料。ただし、トークショーのみの方は
1回分の料金が必要です。)
18:40〜 スペシャルパーティー
「BOX東中野裁判をサカナに飲む会」
今夜のサカナ:代島治彦(元BOX東中野スタッフ)、
山崎陽一(元BOX東中野スタッフ)
参加費:1500円 (ドリンク+つまみ付き)
■neoneo坐1周年記念「金井勝の微笑う銀河系 ・三部作」一挙上映!
この繁栄の帝国の中で、僕は贋×××を装い続けることに気恥ずかしさを感じちゃっ
て、捜す、捜すことを企てる。
5月28日(土)
14:00〜15:00 『無人列島』
15:10〜16:05 『GOOD-BYE』
16:15〜17:40 『王国』
17:45〜18:45 トークイベント 金井 勝×村山 匡一郎(映画研究家・評論家)
5月28日(土)
14:00〜15:00 <微笑う銀河系>第1作
『無人列島』(1969/56分/DVD上映)ニヨン国際映画祭グランプリ(1970年)少年
時代からの体験や妄想と、日本の(将来を含めた)戦後史とを、瘤だらけの縄のよう
に編んだ映画―これは悪夢か、はたまた現実か? 日出国が走る!
15:10〜16:05 <微笑う銀河系>第2作
『GOOD-BYE』 (1971/52分/DVD上映)
日本人の血の流れを求めて、戒厳令下の韓国ロケ決行! それまでにない鮮烈なドラ
マが緊張感の中におかしみを滲み出させて、貴方のハートを撃つ!
5月28日(土)
16:15〜17:40 <微笑う銀河系>第3作
『王国』(1973/83分/DVD上映)
全てをからめとってしまう「時間の神」に超然と立ち向かう若き詩人・五九勝丸―そ
の冒険の旅は八王子からガラパゴスへ、そして中天へと駆けのぼる…とてつもなく
キッチュな「新しい神話」。
17:45〜18:45 トークイベント 金井 勝×村山 匡一郎(映画研究家・評論家)
【料金】前売券・予約=3,000円(3作品+トークイベント)
前売り券は、
http://www014.upp.so-net.ne.jp/kato_takanobu/neoneoza/map.html にて販売。
予約は、氏名・住所・電話番号・メールアドレスを明記して
mailto: spaceneo@tcn-catv.ne.jp または FAX(03-5281-7611)で space NEOまで。
当日1作品=1,200円
当日3作品+トークイベント=3,500円
トークイベント参加費=500円
【上映へのお問合せ】 佐々木 TEL:090-3271-5280
■小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事 (第8弾)
上映作品:『ニッポン国古屋敷村』(1982年、16ミリ、カラー、210分)
製作:小川プロダクション 監督:小川紳介 撮影:田村正毅
5月29日(日)
13:30〜 program 1『ニッポン国古屋敷村』≪前編≫
「冷害は何故起こるのか?」風土へのこだわりは遂に凶作の原因を探っていく。
東北の寒村に展開する稲・冷気・土のサスペンスフルな世界。小川プロは前人未到の
分野に踏み込んでいく。
15:20〜 program 2『ニッポン国古屋敷村』≪後編≫
村の古老たちの自分史。そこには「ニッポン国」のフシギな姿が浮上する。日本民衆
の近代の意味をさぐり、記録にとどまらない生の賛歌。第34回ベルリン映画祭国際批
評家連盟賞受賞作。
17:10〜 トークイベント
ゲスト:井土紀州(『レフト・アローン』監督)
参加費:1,500円 (1ドリンク+おつまみ)
【料金】
当日:1プログラム:1,500円 / 通し券(1日券):2,500円
会員:1プログラム:1,200円 / 通し券(1日券):2,200円
お問合せ: visualtrax@jcom.home.ne.jp
■タン・カイシンの帰国さよなら上映会
5月30日 19:00〜23:00
開場18:30 上映会+パーティ:3,000円(飲み物+大皿料理つき)
□プログラム1 (19:00-20:30)
A)『30年目(未定)』(2005年、17分、日本語)
1975年4月24日―2005年4月24日。30歳になったきっかけで作った映像コラージュ。
B)『弁明』(38分、日本語)
言葉/謝ること/認められること/レトリック/否定/確認/春/2005年
2005年の春に撮った新作+トークショー タン・カイシン+藤岡朝子
□プログラム2(20:30-21:40)
A)『塩素中毒』(2000年、シンガポール、45分、英語)
2001年山形映画祭・アジア千波万波で上映された、10章に渡るユーモラスな映像エッ
セイ?もといオルタナティブ・ノンフィクション実験映画。
B)島伝いに移動しながら『2002-2005 日本』より「イメージ・ミュージック・テキ
ストの交差」というテーマのセレクション:22分
現実を(動)画、音(楽)、言葉の対照/対立で表現。
B1)『しぬほど』(タン・カイシン、音楽:クリストフ・シャルル)
B2)『無人島』(タン・カイシン、音楽:フィリップ・タン)
B3)『訓練』(タン・カイシン、音楽:クリストフ・シャルル)
□プログラム3(21:40-23:00)
A)『SPRING.BEAUTY.LOVE』(2001年、シンガポール、40分)
洪玉春、タン・カイシン 中国語、福建語(英語字幕)
B)『島伝いに移動しながら あき編 2004年』の「8月15日」
(日本、40分、日本語、2004年)8月15日のやすくに神社。
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┃05┃□広場
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■投稿屋台『クチコミ来来軒!』(12)
■屋台引き:清水浩之(ゆふいん文化・記録映画祭/今年は5月27〜29日に開催!)
ここはメルマガ上に出店した「投稿屋台」です。皆様の投稿をお待ちしております。
本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡先(メールアド
レスor電話)/題名/制作年/監督/見た場所(よろしければあなたのプロフィール
や近況も)を付記してお送りください。
清水浩之 E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp /ファクス:03-3703-0839
■新・クチコミ200字評!(11)
オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!映画・ビデオ・テレビなど
皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも可!もちろん「オススメし
ない映画とその理由!」もOKです。稿料は出ませんが…。
A-043『ダーウィンの悪夢』
2004年/ベルギー=フランス=オーストリア/監督:フーベルト・ザウパー
第6回全州国際映画祭にて上映 http://www.jiff.or.kr/
アフリカのヴィクトリア湖。放流された巨大魚が生態系を破壊し、魚の加工という単
一産業に依存させられた湖畔の村は、極端な低賃金による飢え、伝染病、殺人という
絶望的生活に叩き落される。観たら30分は立ち直れない反グローバリズム・ドキュメ
ンタリーの傑作。思うにニホンのマスコミはなぜ「市場」と「ビジネス」の話しかし
ないのか。そしてこういう重苦しい映画を撮るニホン人はいないのか。劇場公開を!
もちろん山形でも上映を!(岡田秀則/映画研究者)
※岡田さんの日記( http://users.ejnet.ne.jp/%7Emanuke/ )によると「これを観て
すぐにコンビニ弁当の魚フライや、ハンバーガー屋のフィ○オ○ィッシュを食える奴
とは友達になれない」そうですので、果たして食べられるか確認するためにも、ぜひ
見てみたいです。よろしくお願いします(ん、誰にお願いすればいいんでしょう?)
B-093『べアテの贈りもの』
2004年/「ベアテの贈りもの」製作委員会+日本映画新社/監督:藤原智子
岩波ホールほか全国各地で上映中 http://www.geocities.jp/michocop/
憲法第24条=男女平等の草案作者べアテ・シロタ・ゴードンさんの物語(戦前のシロ
タ家のホーム・ムービーは感涙モノ!)と思いきや、映画は彼女から「贈られた」側
の日本女性の、その後の平等をめぐる闘いの歴史に注目し、現行憲法の意義と精神を
現代人に再認識させます。欲を言えば、東大から記録映画界へと常に女性の先駆者と
して走ってきた藤原監督の「一人称」の声が聞きたかった気もしますので、次回作も
期待しております!(清水浩之)
B-094『シリーズ憲法 第21条・表現の自由と責任を取材の現場で考えた』
2005年/フジテレビ報道番組部/ディレクター:佐野純・成田一樹・田部真孝
放映:2005年5月11日・フジテレビ「NONFIX」
第5弾は社会部記者・上法玄(実名)と先輩ディレクター・佐野純(実名)の対話で
綴る「実録・事件記者物語」。容疑者や被害者の顔写真=「ガンクビ」の確保に各社
競争で事件現場を奔走したりと、報道の裏舞台は野次馬的に面白いのですが、「他社
には負けたくない」というモチベーションで作られるニュースが、完全分業の「報道
工場」と化していることにどこまで自覚的なのか?そもそも憲法論議との関連が薄い
気もするんですが…。(清水浩之)
■『シリーズ憲法 第9条・戦争放棄〜忘却』クロスレビュー(1)
5月3日(火)深夜に放送されたフジテレビ「NONFIX」のシリーズ憲法『第9条・戦争
放棄〜忘却』(ディレクター:是枝裕和氏)の感想を募集します!今回はお一人様
400字以内を目安にお願いします。当日の放送を見逃した方や関東地方以外の方にも
ご参加いただきたいので、録画したビデオテープを「お貸しする」用意もしておりま
す。
<録画した番組を売ったり配ったりする>のは犯罪だそうですので、郵便切手550円
分(送料+テープ実費)をお送りいただいた方に、あくまでも参考資料として「お貸
しする」企みです。ご希望の方は清水までメールにてご一報ください。
金朱惺(東京/22歳/大学生)
おそらくあらゆる暴力は、忘却から起因するものなのだろう。人間にとっての記憶が、
一時的な機能を果たす装置でしかない以上、その存在は常に忘却と表裏一体を強いら
れる。歴史を見れば明らかなことだ。そしてその記憶が被害的一面にのみ佇んだとき、
忘却の道へとつながる。世界に蔓延する被害者的記憶が、暴力を肯定し、新たな暴力
を生み出している。未だに私たちは、忘却と記憶が連続する世界から逃れられないで
いる。先日、気になる記事を目にした。「護憲は古臭くてカッコ悪い。就活のときも
悪い印象を与えそう。」憲法を専攻している大学生の声である。「護憲=カッコ悪い、
改憲=カッコいい」なんて基準がどこから出てきたのかはともかく、そのような土壌
ができつつあるのは確かだ。改憲について雄弁を振るう者は、かっこよく映るのかも
しれない。だけど本当にカッコいい人は、暴力を振るわないんじゃないのかな。
◇────────────────────────◆◇◆
□投稿:「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」レビューリレー(11)
■『三里塚・五月の空 里のかよい路』を見て
■澤田 昌之(大学院生)
『三里塚・五月の空 里のかよい路』(77)は、68年から農民の闘争と生活を粒さに
映してきた三里塚シリーズの最後を締めくくる作品である。73年に製作された『三里
塚・辺田部落』(73)から4年の歳月経て製作された「三里塚」は、それまでの作品
と違った様相を見せている。映画は、小川自身が「幻の辺田部落」と呼ぶシーンで始
まる。村の古老が神社の由来を話しながら、御神体である埴輪を見せるシーンだ。御
神体が埴輪である事も驚きだったが、埴輪が土から生まれたものであるとは、何と三
里塚らしいのだ!
この冒頭を目にした時、私は他の作品には見られない穏やかさを感じた。「あれ、な
にか違うぞ」。単に「闘争」らしきものが姿を隠しているだけではなく、三里塚の土
地の歴史が集約された埴輪の存在が、三里塚という土地が育んできた歴史をあらわに
しながらも、その歴史を穏やかに伝えようとしているように感じたからだ。私の直感
は、鉄塔に掲げられた鯉のぼりが映し出されるシーンで確信へと変わっていった。
「三里塚」から想像できない軽やかな音楽が作品の調子を告げている。その一方で、
私は五月の青空の下で凛と建っている鉄塔の意義を感じないわけにはいかなかった。
なぜなら、『三里塚・岩山に鉄塔が出来た』(72)で苦心して建てられた鉄塔が既に
三里塚の景色の一部となりつつある事を示しているように思えるからだ。国家との闘
争の結果、作り出された鉄塔が三里塚の季節感までも表す一つの風景になっている事
は、三里塚の歴史が残した傷跡をもあらわにしている。こういった三里塚の風景の変
化は、百姓たちが望んでいたものではなかったし、変化を余儀なくされた三里塚の歴
史そのものだったのだ。
しかし、不意に三里塚に再び鉄塔のない風景が訪れる。小川プロが撮影に入って3、
4日目に起こった事件は、その事件性が剥ぎ取られるほどあっけない形で提示される。
私は思わず「あっ」と声をあげてしまったし、ロングショットで捉えられる鉄塔の姿
はあたかも対岸の火事のように映った。村のお母さんたちが土手から倒れて行く鉄塔
を見物しているシーンには、小川プロとの談笑も収められていて、事件の重大性より
もほのぼのした日常の一コマを映し出している。この日常性の直後に、わずかながら
映し出される田んぼのカットが挿入されている。私は、わずか2カットしかないこの
シーンを見逃さなかった。百姓たちが去った後の田んぼと田んぼに残された苗の寂し
げな姿。日常性の中に取り残された本当の日常性が浮かび上がった時だった。それは、
もはや鉄塔そのものが日常性を持っていない事を再び提示しているようにも思えた。
その時、私は鉄塔がなくなろうとも本来の三里塚の風景を取り戻す事は出来ないので
はないかという、寂しさを覚えた。つまり、私は百姓たちの心に焼き付いて離れない
記憶を最後の三里塚に見てとったのである。
以上、鉄塔を中心に思いつくままに作品について述べてみた。最後に、私が三里塚シ
リーズを見て、率直に感じた感想を記しておきたい。百姓の闘争には闘争の訳がある。
三里塚シリーズによって提示されたものは、以下のようなではないか。自分たちの土
地に土足で侵入する国家に対して起こされた百姓の闘争は、百姓の主体性を結実する
場としての闘争なのではなく、その主体性を存続させるための闘争の場であったので
はないかということだ。『三里塚・五月の空 里のかよい路』は、小川プロが山形に
移り住んで3年たって撮影されている。牧野に「上京した」小川プロが新たな一歩を
歩み出していた時に、振り返らねばならなかった三里塚。私は、3年ぶりの小川プロ
の里帰りで(無意識的にはあろうが)鉄塔を巡る状況を撮ったことが小川プロの故郷
が三里塚であることを強烈に示しているのではないかと思う。
今、私は先日、ある知人が「海産物っていうのは船の国籍で、どこどこ産っていうの
が決まるんだよ。海は一つの海だから国籍によっておいしさが変わるわけじゃないん
だよね。でも、農作物は土の善し悪しが関係しているから、また(海とは)違うよ
ね」と言っていたことを思い出している。そう、農作物を生む土にはその土地の人々
の存在や気持ちが通っているのだ。
◇────────────────────────◆◇◆
□neoneoを継続して配信していくために―
■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋 博雄(本誌編集長)
neoneoは2003年11月1日の創刊以来、月2回(1日と15日)、購読料無料で配信してま
いりました。お陰様で読者は順調に増え続け、5月14日段階で1621名の方に愛読され
るに到りました。今後もこの体制を維持し、皆様のご期待に応えていきたいと思いま
す。
しかるに、配信を継続する経費、その大部分は稿料ですが、僅かばかりとはいえ、多
くは私の負担でまかなって来ました。(稿料は驚くほどの安い額で、このことに関し
ては、執筆者の方々には心よりお礼申し上げます。) しかし、ここに到って、皆様
の力をお借りしたく、下記の二点につきご協力をお願いする次第です。
(1)上映の告知の有料化―1200字(40字×30行)以内につき、2,000円を頂きたいと
思います。但し、それ以上の字数の場合は加算します。
(2)カンパのお願い― 一口2,000円。何口でも。
上記の送金は下記の方法でお願いします。
郵便振込み:00160−8−666528 neoneoの会、又は、
みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782 (有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせくだ
さい。)
以上、neoneoの継続と、今後一層の充実した内容を図るためにも、皆様のご協力を何
卒お願い致します。
◇────────────────────────◆◇◆
■上映
■毎月第一日曜よるは、日本映画専門チャンネル“ドキュメンタリー傑作選”
CSスカパー!&スカパー!2と全国のケーブルTVでお楽しみいただける日本映画専門
チャンネルでは、岩波映画の映像作家からCCDビデオカメラ世代の新映像作家まで、
時代と人間の真実を描いた秀作を特集し、ドキュメンタリーの魅力を検証します。
<6月放送作品>
6月5日(日) 深夜1時(再放送あり)
『能楽師』(2003年)監督:田中千世子、出演:関根祥六/関根祥人、朗読:佐野史郎
詳細は公式サイトからどうぞ!
http://www.nihon-eiga.com/0506/0506_17.html
■第7回 金沢コミュニティシネマ上映会
「映画の極意vol.3 フレデリック・ワイズマン/人間観察の極意」
日時:6月25日(土)、26日(日)
会場:金沢21世紀美術館 シアター21
講師:蓮實重彦氏
料金:講演付き一回鑑賞券:1,500円、一回券:1,000円
講演付き三回鑑賞券:3,000円、三回券:2,500円(前売りのみ)
6/25(土)
10:30〜 『福祉』
13:45〜 『チチカット・フォーリーズ』
15:30〜 『少年裁判所』
18:00〜 蓮實重彦氏による講演
6/26(日)
10:30〜 『BALLET−アメリカン・バレエ・シアターの世界』
13:45〜 『霊長類』
15:50〜 『DV−ドメスティック・バイオレンス』
●詳細はホームページをご覧ください。
http://www.geocites.jp/com_cine/wiseman/index.html
●みなさんが企画を立てて自主上映できたり、ライブラリーがあったり、カフェがあ
ったり、本屋があったり、最新の映画も観たいけど、名画座も欲しい!もっとまちな
かにスクリーンを!映画館を!!ということで活動している金沢コミュニティシネマ
推進委員会。PRイベントである“映画の極意”シリーズも3回目となりました。
今回は人間観察の極意、フレデリック・ワイズマン特集です。「アメリカ社会におけ
る人間とその文化」について広い視点から展望する作品群。日常の瞬間瞬間に反応し、
観察と分析に徹するワイズマンの映画は、驚きと可笑しさ、想像と発見にあふれ、さ
まざまな角度から観客の心に突き刺さり、毒がまわるようにジワジワとこちらの思考
を触発します。既成のイメージを覆すその物事のとらえ方は観る者を驚かせ、日常に
新しい視点を導入してくれることでしょう。「ドキュメンタリー」や「フィクショ
ン」というジャンルからはみだして、観客の心を捉えてはなさない知的エンタテイン
メント、それがワイズマンの映画である。今回は、講師に黒沢清、青山真治らを輩出
した“映画狂人”蓮實重彦氏を迎え、独特の切り口で“現存する最も偉大なドキュメ
ンタリー作家”ワイズマン解剖を試みる。映画好きにとって、この上なく贅沢で刺激
的な時間になることは確実。必見!
●お問い合わせは、シネモンド内金沢コミュニティシネマ推進委員会までお気軽にど
うぞ。TEL:076-220-5007 FAX:076-220-5008 mail: comcine@hotmail.com
┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃06┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●「列島通信」の田井肇さんは大分でミニシアターを担っている方である。田井さん
から届くレポートにはいつもミニシアターの志が内に秘められていて、それを読むた
びに、私は勇気づけられ背筋がしゃんとする。今回はミニシアターの心意気が真正面
から吐露されている。
「僕らミニシアターと呼ばれる映画館におけるヘタクソな商売の本質は、一言で言え
ば『わかっちゃいるけどやめられない』だ。儲からないとわかっていてもなぜかそれ
をやり、儲からないでよいと腹をくくっているかと言えばそうでもなく、儲けること
をたしかに夢見つつ、しかしながら儲けることが決して第一義ではない。」
「儲けたい」と思いながらも「儲からない」現状に、「しかしながら儲けることが決
して第一義ではない」ことを心に秘めながら、大部分のミニシアターは運営している。
そんな中、先日のゴールデンウィークに大阪のシネ・ヌーヴォで開催された「土本典
昭フィルモグラフィー展」が大入り満員だったというニュースを聞くとうれしくなっ
てしまう。また「金沢コミュニティシネマ」は上映(本誌にワイズマンの作品を告
知)を重ねながら、地域に根ざし心に届く映画館をつくろうとしている。各地にはこ
うした映画館の誕生を心に期する人たちも多いことだろう。声援を送りたい。
●私が仲間と一緒に運営しているneoneo坐も、監督と観客と企画者との交流を促そう
とする試みだ。今月は以前にも増して意欲的なプログラムを組んでいる。中でも
「BOX東中野レトロスペクティブ」は1994年から9年間、刺激的な作品を提供しつづけ
たこの映画館からデビューした監督の作品を上映する。5月22日の第1回は「在日」の
3人の監督作品を上映する。不幸にも「BOX東中野」はオーナーと代島氏(私は今、代
島監督と組んで『ドキュメンタリスト黒木和雄』を制作中)・山崎氏の間にトラブル
が生じ、現在係争中であるが、上映後にはその「裁判」の経過を報告してもらうこと
になっている。映画館経営を巡るさまざまな問題が提起されることだろう。
さらに今月はneoneo坐を創設してから1周年という訳で、特集として「金井勝の微笑
う銀河系 ・三部作」を一挙上映することになった。『無人列島』『GOOD-BYE』『王
国』 はいずれも 、怠惰な精神に鞭打つ実験精神に溢れた作品である。その他、「山
ドキ」の韓国のドキュメンタリー上映や、小川紳介の『ニッポン国古屋敷村』の上映
もある。
●「ワールドワイドNOW≪ジャカルタ発」の佐藤万帆さんがこのほど赴任先のジャカ
ルタから日本に帰国された。したがって今回が最後の報告である。佐藤さんには当地
での激務に拘わらず、インドネシア映画の動向を詳細に執筆してくださった。
心より感謝を申し上げます。なお本文で触れている「neo」(「neoneo」の前身で、
2001年2月より2003年11月まで59号を発行)の37号と46号の記事に関心ある
方は、下記に申し込んでください。無料で送信します。
visualtrax@jcom.home.ne.jp
今号は、「日本のドキュメンタリー映画のかたち」「自作を解剖する」の筆者たちが
多忙などで掲載できなかった。期待されていた読者にはお詫びします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■発行:ビジュアルトラックス visualtrax@jcom.home.ne.jp
■責任編集 伏屋博雄
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せん。また、いただいたメールをこのメールマガジンに掲載させていただくことが
ありますが、掲載不可の場合はその旨をお書き添えくださるよう、お願いいたしま
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