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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo 35-2号 2005.5.1

発行日: 2005/5/1


☆━┓ ┏━┓ ┏━┓
┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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  ┗━┛ ☆━┛ ┗━☆    35-2号  2005.5.1


∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 †01 日本のドキュメンタリー映画のかたち
     ロベルト・ロッセリーニの<見(けん)>(2)  田中 千世子
 †02 自作を解剖する
     『人質』  吉岡 逸夫
 †03 ワールドワイドNOW ≪パリ発≫
     フランス国営教育テレビの「日本紀行」のスタッフになる  高橋 晶子


※35-1号より

     ◇────────────────────────◆◇◆    


 †04 ドキュメンタリー時評
     「天皇制」テレビ・ドキュメンタリー中断顛末記(2)  藤原 敏史
 †05 随時連載「映画は生きものの仕事である」(8)
     雲南省昆明市、映画の夜明けのくに(1)  土本 典昭
 †06 neoneo坐通信(20)5月前半のプログラム
     5月8日(日)『ドキュメンタリー1本勝負!』(バリアって何だ?)
          『かけがえの前進』『Citylights』
     5月11日(水)「短編調査団」(母の巻)
          『百人の陽気な女房たち』『勉強を見つめる母親』他2本
     5月12日(木)「山ドキ! 東京予備校」(韓国特集)
          『ジーナのビデオ日記』『エディット』
 †07 広場
     投稿屋台『クチコミ来来軒!』(11)
       新・クチコミ200字評!(10)  清水 浩之
        『寺田寅彦〜ねえ君、不思議だと思いませんか?』
        『シリーズ憲法 第24条・僕たちの「男女平等」』
        『シリーズ憲法 第25条・カケガエノナイモノ』
        『シリーズ憲法 第9条・戦争放棄〜忘却』クロスレビュー募集!
     投稿:「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」レビューリレー(10)
        『クリーンセンター訪問記』を観て  岡本 和樹
     告知:neoneoを継続して配信していくために―
          上映の告知の有料化とカンパのお願い  伏屋 博雄
 †08 編集後記  伏屋 博雄


    ★バックナンバー閲覧はこちらまで

   まぐまぐ配信   http://www.mag2.com/m/0000116642.htm 
   melma!配信    http://www.melma.com/mag/39/m00098339/ 


┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃04┃□ドキュメンタリー時評
┃ ┃■「天皇制」テレビ・ドキュメンタリー中断顛末記(2)
┃ ┃■藤原 敏史
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

※35-1号より

●「朝まで生テレビ」になりそうな…

年内の最後の撮影になったのは、森が出演する新宿のトーク・ライブハウス「ロフト
・プラスワン」での年納めトーク。森が言うのだから反対もしなかったが、あまりや
る気が起らないのも確かだ。共同テレビのVX200(NTSC)が先約で押さえられていたの
で使えるのは僕のPALのVX2100だけ。PALの方が色彩や細部の再現性はずっといいのだ
が、パソコン上で変換するとフィックス以外ではコマ数の違い(NTSCは秒速30コマ、
PALは25コマ)によるフリッカーが激しく影響して不安定な画面になってしまう。つま
り、五、六人の出演者のトークだと、一人の語り手から別の語り手への素早いパンが
使えない。対話であることの関係性を映像的に押さえておくには、基本的にフルショ
ットで撮るしかない。

でもそんな技術的なことよりも気になったのが、ドキュメンタリーというよりも「朝
まで生テレビ」か「テレビタックル」の亜流のような討論付きの情報バラエティにな
りそうに思えてならなかったことだ。それに鈴木邦男はともかく、戦火のイラクで撮
影した『Little Bird』を完成させたばかりの綿井健陽や、イラクで人質になった安
田純平といった出演メンバーからして、森がどれだけ「天皇」に話題をひっぱれるか
は微妙だ。観客の関心だって天皇よりはイラクや北朝鮮問題だろうし。で、案の定そ
うなって、イラクと自衛隊の問題がトピックになった。

紀伊国屋ホールから駆けつけて途中から参加した辛淑玉には森が絶妙に話題を振った
ので、ビールを片手に自分が地方の農村に講演で呼ばれた際に歓待されて神社に連れ
て行かれたり、泊めてもらったいちばんいい部屋には御真影が飾ってあったり、とい
ったエピソードをユーモラスに語った。森も彼女の隣の席で自分のキャメラを構えて
撮り始めている。

しかしこれだけの話なら、むしろ自分たちで農村に取材して現物を撮るべきだ。この
ままで使えるだろうか? 少なくとも辛淑玉が誰であるのか分からない人には、この
ままではほとんど意味をもたない。.

そこで一計を案じた。手を挙げて、辛淑玉に今森と一緒に「天皇制」のドキュメンタ
リーをやっていて、今の話も使わせてもらうが構わないだろうか、と質問を振ってみ
たのだ。案の定、彼女はキッと厳しい表情になり、無断で撮影は失礼であり、正規に
申し込まれたインタビューでないと話さない、と。もちろん、この一瞬の豹変のリア
クションこそ撮りたかったのだ。これなら、彼女が誰か分からなくとも「天皇」の存
在がデリケートなものであろうことは映像として伝わる。ある世代以上のごく普通の
庶民にとって天皇がなんらかの重要な地位を占め親しみや愛着を感じる対象であるこ
とが、彼女にとってはこの場では冗談まじりに言えても、テレビでは言えず、記録に
残っては困るものなのだから。辛淑玉はすぐに隣にいた森に振り向き、彼もキャメラ
を廻していたことに気づく。元々仲がいいらしく、彼にはそんなに厳しい口調は使わ
ない。.

森は辛淑玉との仲を考えてこの素材は使わないと言うかも知れないが、それならそれ
で僕としてはいっこうに構わない。先述の通り著名人が天皇制について「解説」する
ような構造、たとえば辛淑玉を出すか出さないかについて、森と僕とでは意見が正反
対なのだし、ことこの主題について、トークや講演を使うことにいっそう気乗りがし
なくなって来ていたのだから。.

● ドキュメンタリーは主観である

ドキュメンタリーは主観だ、という考えに於いて森と僕とは一致していると思う。だ
がそこから先は、もしかしたら正反対なのかも知れない。森がドキュメンタリーは主
観だからこそ自分の思想や感情を全面的に押し出すべきだと考えているのだとしたら、
僕のスタンスはむしろヨセフス・フラヴィウスが「ユダヤ戦記」の序文に「私の意図
は我が民族の英雄的な活躍を賛美することではない。私は事実をなるべく精確かつ公
正に記す。しかし私がそれに当たって用いる言葉は、必然的に私自身の感情や心の動
きを反映することになる。私自身がわが祖国の悲劇を嘆かぬわけにはいかないのだか
ら」と書いたのに近い。主観になってしまうのはドキュメンタリー製作の原理上やむ
を得ないから、というのが正直なところだ。.

森が天皇に会いたいと思っていろんなアクションをとっては失敗する、あるいは天皇
の内面を妄想するというのであれば、それを僕が僕の主観で突き放して撮って、編集
と構成のなかで森の主観キャメラの映像と混ぜ合わせるのは可能だし、実験としても
興味深い。だが森がそのアクションをなかなか始めてくれないし、もしトークや講演
のなかで自分の妄想を語っているつもりなのだとしたら、しかしそれは講演やトーク
という公の場のために「演じられた」、彼にその意図はなくてもやはり「著名な文化
人」の権威的な言葉として見えてしまう。日本人であるかには天皇制となんらかの関
わりを持っている、そのいわばサンプル例として森自身が主人公になるのであれば、
いかにも著名な文化人として彼を見せてしまうのは逆効果にしかならない。まあ自分
が「著名な文化人」に見られる可能性にまったく無頓着なところが、いかにも森らし
い善良さなのだが…。.

あるいは、僕にとって自分が表現すべき主観とは、森の言うところの「その時俺が何
を感じてどう思ったか、それをこの対象を使ってどう表現するか」ではなく、まして
自分がどう考えるかの思想性・政治性の主張でもなく、自分の好奇心や疑問、あわよ
くばその現実に接した時のうろたえであるところが、大きく違うのかも知れない。

僕にとっては対象があってこそ、それを見る側としての主観であって、主観があって
の対象ではない。ドキュメンタリーの主観性とは「思想性」ではなく「思考」であり、
答えや結論が最初からは見えていない主題や対象でないと好奇心が湧かない。ことこ
の企画の場合、日本人とその文化や歴史が(公式には)2665年育んで来たエニグマが天
皇制なのだから、結論や答えが出て来ると思うこと自体が無謀だ。このドキュメンタ
リーはなにかの結論を語るのではなく、タブーであり無意識の当たり前である「天皇
制」を意識して、そこに疑問を提示するものになるはずだ。

自分が10年来モノ書きをやっていた反動なのかも知れない。言葉というメディアは、
小説や詩を除いた論理構成に則った文章はとくに、疑問の提示にはあまり向いていな
い。なんらかの解答や結論に到達しないと、格好がつかないのだ。疑問形で文章を終
わらせても、それは素直な疑問よりは反問か、より強い追及に読めてしまう。そうい
う“落としどころ”を表現媒体自体が強制する文章という手段に、結論や解答なんて
知りたくもないし言いたくもない自分が疲れて来ていたから、批評からドキュメンタ
リー作りに転じたのかも知れない。一方、森は逆に映像分野から入って、今では文章
による表現が主な活動だ。.

映像、とくにドキュメンタリーは殊更工夫や細工をしなくても、それ自体が多様な解
釈に開かれたメディアであって、それ自体に疑問というか、単一の結論に行き着かな
いなにかを、ワンショットワンショットに内包している。細かいカット割やショット
構成でその映像本来の曖昧さを制御することはできるが、だからこそ出来る限り長い
ショットを使う。以前にも本欄で書いたと思うが、ドキュメンタリーの構成要素それ
自体は僕がキャメラを通して見たありのままの現実、“ブルート・ファクツ”である
べきだ。それが主観になるのは僕が見たことであるという点と、あとはそうした映像
をどう構成するかが、僕自身の主観=思考の展開を必然的に反映するからだ。

                  ******                  

そんなこんなで、なかなか本格的に動き出してくれない森達也と、いわば彼の雇われ
でありながらすでに本格的に動き出している僕の関係が、なんだか微妙なものになっ
て来てしまったところで、新年一般参賀で再び皇居に行くことになる。一方、いった
んはゴーサインを出したはずのフジテレビの側では、テーマの政治的な微妙さからか、
次第に雲行きが怪しくなって来ていた。
(文中敬称略、次回は6月1日号の最終回へ)


■藤原 敏史(ふじわら・としふみ)
ドキュメンタリー演出/映画批評。二回に分けてのつもりが、三回シリーズになって
しまいました。もうしばらくおつきあい下さい。



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃05┃□随時連載「映画は生きものの仕事である」(8)
┃ ┃■雲南省昆明市、映画の夜明けのくに(1)
┃ ┃■土本 典昭(シネ・アソシエ)
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

まず初めにお詫びしたいことがある。“随時連載”とは言え、“連載”と銘打ちなが
ら長く休筆させていただいた事である。それというのも、酷いスランプに陥ったから
だ。その理由はふたつあったように思う。一つは禁煙による集中力の喪失だ。戦後の
17歳から獄中の数か月を除いて、58年間、ヘビースモーカーであったものが、依存を
絶った報いは予想していたとはいえ激しかった。

去年の7月7日、七夕を期して禁煙したのだが、物を書こうにも脳が纏まらない。それ
が鬱状態と絡んで、揚げ句のはてに自分の映画を語ることにさえ嫌気がさしたのであ
る。去年は台湾、ソウル、北京と映画祭が重なった。原稿書きもあった。それにして
も自分を吐き出す事ばかり。去年の「土本典昭フィルモグラフィー展」然り、また、
1年余続いた伏屋博雄と藤原敏史らによるビデオ・インタビュー『土本典昭』の取材
も然りだ。インプットなくして、専らアウトプットばかりであった。嫌気とは、別の
言い方をすれば、自分の映画歴半世紀に付き合うことにホトホト倦んだし、鬱と糖尿
病の特有の無気力症状に陥りぱなし、禁煙2か月、そのつらさのピークの9月に北京行
きとなったのだ。

正直な話、このドキュメンタリー映画祭行きは、出来ればキャンセルしたかった。事
実、北京に滞在中、シンポジウムなどに出席するほかは殆どホテルで寝ていた。時に
出張マッサージにかかったり、食欲不振で粥ばかり注文したり、妻のみか、同行の山
形国際ドキュメンタリー映画祭の矢野和之、藤岡朝子、批評家の村山匡一郎の各氏に
まで心配をかけた。ドキュメンタリーの討論の場は予めセットされていた。中国中央
電視台(CCTV)のスタッフ集団や映画大学の生徒、関係者などとの2回のシンポジウム
だ。辛うじて研究会的な雰囲気で語れたと思うが、それにしても半病人で、介添え役
の妻と二人分の経費を負担させながら申し訳ない次第だった。

その反省もあって、この度、3月下旬の雲南省昆明での映像フォーラム、正式には
「第二回雲之南人類学映像展」には事前の準備を心がけた。日課の散歩から特別の体
操、冷温浴など、西式健康法によって体調の回復にこれ努め、さらにニコチン依存も
幾分脱して、最良のコンディションで昆明行きに臨んだ。

実はこの昆明行きは昨年の北京の映画祭の最終日に、この映画祭のメンバーでもある
昆明の映画作家、和淵(ヘ・ユエン)さんに告げられて決まったものだ。彼は後述する
ように雲南の映画運動の中心人物でもあった。「ああ、あの昆明に行けるのか」と合
点した。それというのも、昆明については、北京に出発する前に読んだ山形国際ドキ
ュメンタリー映画祭実行委員会発行の「DOCUMENTARY BOX」(04,5,10)に載った藤岡朝
子さんのレポート『雲の南のドキュメンタリー事情』によって、漠然とではあったが
雲南省昆明について、「南の辺境にある映画の夜明けのくに」といったイメージが植
え付けられていたからである。これは山形の映画祭実行委員会で培った新しい映画感
覚を持つ、彼女のような“新人類”でなければ書けない類いのレポートだった。
その昆明の作品と作家の知見も抜群ながら、昆明を例にして中国の新しいドキュメン
タリーの台頭への分析を例証的に示唆していた。随所にシンボリックでさえある文章
だった。その愛情と知性、運動への初心と艶やかな表現には感心した。そして何より、
中国の劇映画が文化の中心地の北京や上海だけではなく、第五世代と言われる中国映
画の変革が古都の西安から生まれたように、ドキュメンタリーのうねりが辺境・雲南
省昆明から生まれつつあることを詳述していて、いわば“ドキュメンタリーのくにの
誕生”記でもあった。.

この昆明の記録の書き出しは小川紳介賞で知られた呉文光のエピソードからだ。それ
にしても、なぜ昆明からドキュメンタリーの運動が芽生えてきたのか、そこが知りた
かった。呉文光に続く人材の継起性があるのだろうか。
呉文光は昆明のテレビ局で技術を習得し、やがて、北京で『流浪北京:最後の夢想家
たち』(1990)や『私の紅衛兵時代』(1993)を作り、中国のニュー・ドキュメンタリー
のリーダーになった。その存在感は大きい。

彼の勇ましい個性に触れたのは1999年、山形でのヨリス・イベンス特集の時、同席し
たシンポジウムでだった。ヨ−リス・イベンスの作品のすべてが俎上に出され、イベ
ンス夫人で記録映画作家のセリーヌ・ロリダンが共同監督の作品を、故人に替わって
解説し、質問に答えていた。話題が夫妻の中国ロケの作品に及んだとき、呉文光は文
化大革命時代の記録『愚公山を移す』を念頭に批判を隠さなかった。確信があっての
事であろうが、いわば無防備のロリダンに対する、彼のストレートな物言いには私は
カチンときたものだ。

この『愚公山を移す』5部作は彼女の得意とする同時録音手法で、中国の文化大革命
時代の社会の細部を描いたものだ。ナレーションより人びとのなまの声を生かした作
り方だが、そこに選ばれて登場する対象、その人びとの言動には文化大革命への共鳴
があって当然だろう。この偉大な作家が文化大革命の採録のシーンを借りて、シネマ
ベリテらしい方法を滲ませていたのだが、呉文光には通じなかった。つまり“作品の
大括弧”として、文化大革命に 肯定的である事自体が承服し難かったようだ。セリ
ーヌ・ロリダンが当時の中国当局の彼等への理解と厚遇への謝辞をのべたくだりで、
呉文光はキレた。「中国の当時の指導者はあなた方をそのように遇したかもしれない
が、中国の民衆がそのようにあなた方を遇したのではなかろう」と。つまり、あの時
代の主流の思想、文化大革命ベッタリの作り方、その登場人物の“中国民衆像”には
同意しないという批判であったろう。
当時の私ならどうしたろう。多分、文化大革命賛同の側にいたから、ヨーリス・イベ
ンス夫妻と同じ誤りに陥ったかもしれない。呉文光の隣席にいて、私は手に汗を握っ
たものだ。.

ロリダンは彼の問責にたじろぎながらも、身を捩りながら答えた。「作家にとっては
どの作品も自分の生んだ“子供”のようなもので、例え不出来であろうと、すべての
作品は子供なのです」と。それはいわば“賢問愚答”の見本のようなやりとりだった。
その苦い記憶が今も残っている。また呉文光のいかにも90年代作家らしい客気を見た
気がした。
彼は確かに山形国際ドキュメンタリー映画祭の見出だしたヒーローと言えた。1989年
の山形国際ドキュメンタリー映画祭の第一回当時は呉文光らの存在は見えていなかっ
た。むしろ小川紳介が「どうしてアジアにドキュメンタリーが生まれないのか?」と
挑発的に設問したほど、アジアのドキュメンタリー作家は寥々たるものだった。
その2年後に登場した彼の『流浪北京:最後の夢想家たち』は耳目を引いたが、ビデ
オ作品であったために、映画祭のコンペの対象作品にはならなかった。1999年以降、
ビデオ作品は映画と同格になって、以来、どっと作品がアジア、とくに中国、台湾、
韓国などに続生してきた。その流れのなかで昆明での「第二回雲之南人類学映像展」
が開催され、それに参加することになったのである。

昨年春の藤岡朝子さんのレポートに早くも昆明の映画運動が特記されていた。
それにしても、なぜ昆明にドキュメンタリーの芽があるのか。それが私の今回の興味
だった。中央ではない所から異色の文化が生まれるというのには理屈抜きに解る。反
中央意識のしからしめる所であるが、雲南が少数民族の色濃い国境の山岳地帯であり、
ミヤンマ、タイと古くからのルートがあるだけに中国には距離感がある。むしろ東南
アジア的だ。そこでの映画運動の進展は全アジア的な広がりを持つものになるであろ
う。

秘境・雲南省へは、大津幸四郎によればすでに70年代、牛山純一の『世界旅行シリー
ズ』でたびたび取材に行ったという。それが昨今では、「瀘沽湖畔(少数民族地域の
景勝地)に一年いれば、 100隊のロケ撮影チームに出くわすとの笑い話もある」(前記
『雲の南のドキュメンタリー事情』)という。現在、昆明の映画人は山地の人びとを、
努めて”少数民族”とは言わず、“源生民族”と呼ぶ。いかにもネイティブに相応し
い呼び方に思える。そこには意識的に差別を克服するかのような響きがある。雲南省
のなかに26の源生民族があり、その総人口は省全体の10分の1ほどという。歴史的に
圧倒的な漢族、中国語族の支配され、どんな矛盾を味わったかは知らない。ただチベ
ット族と中国の現体制との矛盾から類推するほかない。

雲南省の少数民族の映像記録はこれからの問題であろう。だが映画の取材の殺到ぶり
は前記の笑い話に伺える。今回、中国の映画・テレビ作家たちが雲南省に於ける都市
と山地の貧富の差をいかに直視するか、伝統的に伝えられてきた固有な文化の継承を
どうするか、つまり雲南省の階層の矛盾、社会の問題、環境破壊などをどうドキュメ
ンタリーするのかはそれらと離れて語れないであろう。

すでに内外の観光的な秘境取材によって、「ただでは撮るな」と、金銭の報酬を求め
るようになった先住民の様子をユーモラスに描いたドキュメンタリーが雲南テレビで
作られている(藤岡朝子、前出レポート)。いわば特権的なテレビ製作者のもたらした
風潮への内省的な取り組みが見られるという。ドキュメンタリーを社会の進歩と変革
に役立たせるといった思念が、矛盾に満ちたこの世界には生きて行くであろう。
今回はこの「第二回・雲之南人類学映像展」(回顧展セクション)に関わっている日本
人作家は4人である。作品について挙げれば、小川紳介の『三里塚の夏』、『三里塚
;第二砦の人々』、『1000年刻みの日時計』の3作、森達也の『A』、それにイメー
ジ・フォーラムでの受賞作を携えて参加した白川敏弘の『Now,Where,To?』である。
日本での推挙作品もあろうが、私の作品はオルグの和淵(ヘ ユエン)さんの意見も加
えて選んだようだ。そうした選ばれ方にこの雲之南人類学映像展のポリシーを感じた。

すでに北京で上映された『ドキュメント路上』(64年)、『水俣:患者さんとその世界
』(71年)が選ばれたのは分るが、最新作のビデオ作品『みなまた日記:甦える魂を訪
ねて』はいわば代表作ではない。私の水俣シリーズは17作、数本の上映に限られた場
合、通常『水俣〜』に『不知火海』や『医学としての水俣病』などが組み合わされる
のだが、今回はビデオ作品で、ほとんど個人作品といえる『みなまた日記;甦える魂
を訪ねて』が選ばれた。選ばれた当の本人が意外だった。「なるほど、水俣映画の初
期作品と、飛んで30数年後の最新作と並べて見るということか」と思った。しかし、
私の今日風のビデオ作品が敢えてここ昆明で上映される意味は何だろう。連れ合いの
基子と2人で撮影と録音をこなしたいわば“手作り”製作が、参考作品として選ばれ
たのかも知れない。つまり、ナウな話なのだ。ここに集まった若い人びとから見れば、
祖父世代の作家が、彼等と全く同じ撮影技術で作品を作っていることを面白がったの
ではなかろうか。それなら話すことは一杯あると思う。

さらに年代的に最も初期の『ドキュメント路上』を選んだのは、そこから何を得よう
としているのか。今の中国の作家を見る上でも興味がある。それは北京の上映体験か
ら想像がついた。映画史百年余、この映画は四十年前で、いわば古典扱いされている
作品だ。
この『路上:On The ROAD』は映画先進国の欧米でも興味をもたれる。一昨年のアメ
リカの「第49回ロバート・フラハティ映画セミナ―」の場合もそうだ。「これは社会
問題の映画か、実験映画か。あるいは分類できない突き抜けた映画か」と映画作家た
ちがドキュメンタリー映画論を闘わせ易い格好の素材として観られた。女性監督バー
バラ・ハマーなどは「カメラはジガベルトフ以来だ」などと映画史まで持ち出すのだ
が、その映画の本来の使命に触れたものではない。社会基盤の整備は完了し、もうあ
の錯乱した道路のアナーキーな風景は克服されたというのだろうか。

しかし中国や東アジアなど発展途上国ではあきらかに違った。昨年秋の場合、北京の
国営CCTVの作家や映画志望の青年・学生、批評家たちのこの映画についての批評は社
会的であり、あくまで今日のアクチュアルな映画表現として受け取ったようだ。その
東西世界の違い、アジアと欧米のそれははっきりしていた。

いま、中国には未曾有の交通戦争時代が到来して来ている。『ドキュメント路上』は、
それをこの中国の現実に当て嵌めてみることができると考える…。しかもこの映画が
東京オリンピックでの追い込み工事で混乱を避けられなかった40年前の事情と、
2008年の北京オリンッピックを控え、急いで道路整備と市街の近代化に驀進している
北京、その“路上”を重ね併せて見ている。「人間の住む街の人間の生きる路上」、
そうした人間中心のイメージとしてこの映画を見ているのだった。『ドキュメント路
上』は珍しい風景はない。見知ったものばかり、とくに何の起伏もない話ながら、そ
の映像によってドラマを内発される…そうした力強い鈴木達夫のカメラワークには誰
しも魅了された。

辺境の昆明でも「この2年で自家用車は爆発的に増えたから、まさに『路上』そっく
りだ」という。私は昆明市の風景を見たくて、好んで助手席に座ったが、車優先、歩
行者無視の運転ぶりに、何度無意識にブレーキを踏む癖が出た。映画のシーンとまさ
に瓜ふたつの現実だった。後に合評で出たように「今の中国は30年前の日本の矛盾そ
のままだ。もっと酷くなるだろう」といった声がでるのだった。もうかつてのように
人間の流れが道路を悠然と支配する光景はない。

本題の旅のレポートに先立って1回分を前置きとして書いた。次回から私は中国での
映画行脚を何度でも反芻して見たいと思う。短い旅だったが、この旅の前に私は頭と
気持の整理にかなりの時間を費やした。冒頭に述べたように、去年の北京・ソウルな
どの映画祭では私は半病人に等しかった。ドキュメンタリーの経験交流という所与の
目的を果たせなかった。
その回復のためのトレーニングに、近刊の土本典昭フィルモグラフィーのまとめ『ド
キュメンタリーとは何か』(現代書館)の本の後書きを進んで書いた。出発前日ギリギ
リに書きあげた。それは中国再訪のエネルギーのパン種にするつもりで、それをベー
スに、そして優れた通訳者のたすけを借りて。中国の作家たち、映画青年たちと語っ
てきた。そのことを次号から書かせてもらいたい。
この昆明の学生街は私にとって若き日、「青の会」で上気した日々を送った新宿・歌
舞伎町と変らなかった。錯覚にせよ、映画青年の気分に立ち返らせてくれた。これか
らそんな気分で、“映画の旅日記”を書かせて貰いたい。 (05,4,27)  (つづく)


■土本 典昭(つちもと・のりあき)
土本監督に関するフィルモグラフィーや著書、および、主要な講演記録は下記の監督
ご自身の公式ホームページに掲載されています。
土本典昭の仕事部屋: http://www2.ocn.ne.jp/~tutimoto/index.html 



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┃06┃□neoneo坐通信(20) 5月前半のプログラム
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neoneo坐の5月前半の上映をお知らせします。
会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩1分、
JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。詳細と地図は下記のneoneo坐サイトをご覧下
さい。 http://www014.upp.so-net.ne.jp/kato_takanobu/neoneoza/index.html 
皆様には、お得な一般会員(2,000円、1年間有効)になることをお勧めします。

■新企画『ドキュメンタリー1本勝負!』 Round2 バリアって何だ?

好評の若手特集・第2弾は、「障がい者の生」にスポットを当てた、2本のドキュメン
タリーを紹介。彼らだって1人の人間。家族もいれば仲間もあり、生きていく上で当
然の欲求や自己主張があるのはアタリマエ! しかし時々それは、健常者のフツーの
「日常生活」と激しく対立する事もある。ちょぴり過激な彼らの叫びに戸惑いながら、
その生き様に寄り添うことで、見えてきたものは何? 2本まとめて見てみよう。「心
のバリアフリー」なんて優しい言葉は吹っ飛ぶはず!

5月8日(日)
14:00〜『かけがえの前進』(企画・演出:長岡野亜、2002/DV/43分/CINEMA塾)
精神病者・江端一起(40)は、「医療観察法案」反対を叫び、爆竹と拡声器を使って激
しいデモンストレーションを繰り返す。心身喪失の精神病者が危険で無いとなぜ言え
る? もっと精神病者は怖いと言え!と。そこには入院や暴力事件を繰り返した、彼
の痛切な経験が裏打ちされていた。対照的に、江端の普段の日常生活は実に穏やか。
あなたは、精神障がい者と一緒に暮らせますか?

15:20〜
『Citylights』(監督:服部智行、撮影:中原想吉(2003/DV/100分/映画美学校)
視覚障がい者と一緒に映画を楽しむボランティア団体「Citylights」に密着。目の見
えない人達も、FMラジオ送信機を使った音声ガイドを作ることで、映画の鑑賞が可能
になる。しかしガイドは、両者で緻密に映像を分析し、シナリオを徹底的に読み込ん
で作るので、1つのシーンの描写を巡って大ゲンカになる事も…。さらにカメラは彼
ら1人1人の言葉を丹念に聞き出していく。光を失った彼らは、映画を、世界を、どの
ように見ているのか?

※上映終了後、両監督による質疑応答あり
※17:30〜より交流会〈neoBAR〉あり(別料金)

【料金】
1プログラム 一般:1,200円/会員:1,000円
通し券    一般:2,000円/会員:1,500円(お得!)

【企画・上映へのお問い合せ】 佐藤 TEL:090-8108-7971


■「知られざる短篇映画を見てみる」上映会
「短編調査団」
(8) 母の巻…5月11日(水) 20:00〜
『百人の陽気な女房たち』 (1955年/30分/白黒/16mm)
演出・脚本:青山通春/撮影:牛山邦一/音楽:渋谷 修/出演:戸田春子ほか

当時の環境衛生の大きなテーマであった蚊とハエの駆除をテーマとした連作の都市篇。
都会の片隅にみられる裏町で、近所の子供が疫痢になった。きれい好きなおばさんは、
なんとかしてこの町をハエも蚊もいないところにしたいと思うが、市役所に頼むと予
算がないと断られたりして…。

『勉強を見つめる母親』(1961年/22分/白黒/16mm)
演出:津田不二夫/脚本:酒井 修・望月 衛/撮影:村山和雄

受験期の子を持つ母親は、家庭での良き指導者としてどうあるべきだろうか。

『子うさぎものがたり』 (1954年/16分/白黒/16mm)
演出・原画:森 康二/脚本:薮下泰司/音楽:坂本良隆/解説:加藤幸子

森に住む母兎が二匹の子兎をしつけている。兄兎はよく教えを守るが、弟兎はヤンチ
ャで言うことを聞かない。悪い狐がすきあらばと子兎を狙う…東映動画創立スタッフ
によるフル・アニメーション。

『ふるさとに生きる母たち』 (1975年/31分/カラー/16mm)
演出・脚本:金子精吾/撮影:江連高元/音楽:広瀬量平/解説:久米 明

冬は老人と子供を残して全村出稼ぎに出かけていた秋田県の山村の母たちが、子供と
暮らす決意をし、共同で肉牛を飼う「母親牧場」を設立するという、厳しい道を歩み
はじめた記録。出稼ぎは手っ取り早い金銭獲得法ではあったが子供たちにも地域社会
にも荒廃をもたらした。再び地域社会の再建に乗り出した人々の歩みは、単に山村の
問題ではなく、高度経済成長の波に押し流された日本の社会に生きる人々の生活に大
きな問題を投げかけている。

【料金】鑑賞無料! カンパ歓迎!
【お問合せ】清水 E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp 


■『山ドキ! 東京予備校』(第二弾、韓国特集)

今年は日韓交流年…というか、毎日が日韓交流年でありたい!
かつて戦闘的な反体制のメッセージ映画が多かった韓国ドキュメンタリーも、いまや
20〜30歳代の作り手によって洗練され、多彩な変貌を見せている。女性監督の活躍が
めざましいのも現代韓国の特徴だ。

5月12日(木)
17:00〜  『ジーナのビデオ日記』(監督:キム・ジナ/2002/152分)
米国に渡った22歳の韓国女性が、過食症やコンプレックスに悩みながら自分の姿を執
拗にカメラに収める。差し込む夕日、深夜のランプなど美しい光と繊細な映像。
孤独な彼女に誰もが魅せられてしまう。

20:00〜『エディット』(監督:イ・チャンジェ/2003/ビデオ/100分)
KBSの局内検閲を受け、納得いかない形で放送されたドキュメンタリー。社を辞めた
ディレクターは後悔に苛まれる。戦犯法廷とNHKの事件が大きな顛末となった今こそ
改めて見て考えたい。

作品上映後にゲスト・トーク「ヤマガタ千夜一話」司会:藤岡朝子(山ドキ!専任講
師)

【料金】
1プログラム券 一般 1,500円 / neoneo坐 会員 1,000円
2プロ通し券  一般 2,500円 / neoneo坐 会員 2,000円

☆ゲスト・トーク「ヤマガタ千夜一話」参加費 お一人様 500円
☆各回に韓国茶+お菓子付き!

☆桟敷スタイルですので、長い作品にはマイ座布団持参をオススメします。
【上映へのお問合せ】 佐々木 TEL:090-3271-5280



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃07┃□広場
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■投稿屋台『クチコミ来来軒!』(11)
■屋台引き:清水浩之(ゆふいん文化・記録映画祭/今年は5月27〜29日に開催!)

ここはメルマガ上に出店した「投稿屋台」です。皆様の投稿をお待ちしております。
本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡先(メールアドレ
スor電話)/題名/制作年/監督/見た場所(よろしければあなたのプロフィールや近
況も)を付記してお送りください。
清水浩之 E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp /ファクス:03-3703-0839

■新・クチコミ200字評!(10)
オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!映画・ビデオ・テレビなど
皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも可!もちろん「オススメし
ない映画とその理由!」もOKです。稿料は出ませんが…。 

B-090『寺田寅彦〜ねえ君、不思議だと思いませんか?』
2005年/ポルケ+モンタージュ/演出・脚本:萩原吉弘/朗読:風間杜夫
第46回科学技術映像祭 文部科学大臣賞 http://ppd.jsf.or.jp/filmfest/index.htm
ビデオ発売元:紀伊國屋書店 http://www.kinokuniya.co.jp/ 
評伝シリーズ「学問と情熱」第31巻。漱石門下の物理学者で俳句や随筆の達人、日本
人なら誰でも知ってるフレーズ<天災は忘れられたる頃来る>の作者だったりもする
寺田寅彦流「科学するこころ」に、『炭鉱に生きる』の萩原監督がお得意のCG・アニ
メーションなど変幻自在な演出で迫ります。科学もまた無数の失敗の積み重ねで築か
れており「(先達の研究者の)血の河の畔に咲いた花園である」という発言が鮮烈な印
象を残しました。

B-091『シリーズ憲法 第24条・僕たちの「男女平等」』
2005年/ドキュメンタリージャパン/ディレクター:長谷川三郎
放映:2005年4月20日・フジテレビ「NONFIX」
 http://www.fujitv.co.jp/nonfix/index2.html 
シリーズ憲法第二弾は“家族制度再構築”などの狙いから見直し案が浮上している
「男女平等」について…国民には権利より義務を与えたい<世襲与党>ならではのイ
チャモンですね。夫婦共働きディレクター(家事は不得意)が“我が家の男女平等”を
求めて旅する中で、草案作者べアテ・シロタさんに「奥さんを一人の人間として尊敬
できれば実現できます」と言われ「…まだ少し時間がかかりそうだ」と答える本音ナ
レーションに爆笑しました。

B-092『シリーズ憲法 第25条・カケガエノナイモノ』
2005年/スローハンド/ディレクター:伊藤みさと
放映:2005年4月27日・フジテレビ「NONFIX」
第三弾は「生存権」をテーマに、27歳女性ディレクターが「あなたにとって幸福とは
?」と質問していく。仮設住宅で春を待つ山古志村の人々、生活保護を受ける人、特
攻隊生き残りの人々、水俣病関西訴訟団の女性…伊藤Dの前作『迷宮ゴールデン街』
同様「取材行為の羅列」に見えてしまうのは、体裁上は彼女の主観なのに、取材対象
との距離が「お仕事」モードだから?体裁上は「私の主観」で語れる貴重な番組枠な
のに、もったいない…。


■緊急企画!『シリーズ憲法 第9条・戦争放棄〜忘却』クロスレビュー募集!
5月3日(火)深夜26時43分よりフジテレビ「NONFIX」で放送予定のシリーズ
憲法『第9条・戦争放棄〜忘却』(ディレクター:是枝裕和氏)の感想を募集します!
今回はお一人様400字以内を目安にお願いします。当日の放送を見逃した方や関東地
方以外の方にもご参加いただきたいので、録画したビデオテープを「お貸しする」用
意もします。<録画した番組を売ったり配ったりする>のは犯罪だそうですので、郵
便切手550円分(送料+テープ実費)をお送りいただいた方に、あくまでも参考資料と
して「お貸しする」企みです。ご希望の方は清水までメールにてご一報ください。


     ◇────────────────────────◆◇◆     


□投稿:「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」レビューリレー(10)
■クリーンセンター訪問記を見て
■岡本 和樹(大学生)

『クリーンセンター訪問記』は、小川プロが山形県上山市へ移り住む際の名詞代わり
として、市の要請も受けて製作された、クリーンセンターのPR映画である。

正直言って、映画として面白い作品とは言い難い。しかし、私は、この映画のあるワ
ンシーンに、とても惹きつけられてしまうのだ。そのシーンは、クリーンセンターに
関わっている人々が、記念写真の撮影のように並び、インタヴューのように自分の名
前を言っているシーンである。なぜ、このシーンに惹かれてしまうのだろうか?それ
はこのシーンに、記念写真が持っているのと同質な「永遠に変わらない時間」という
ものが流れていると思えるからである。この時間は、「記録」というよりは「記憶」
というものに近いものである。移ろって行く時間から捕らえられたこの時間は、写っ
ている人々自身の時間から切り離され、象徴化され、普遍的な「記憶」となって、私
たち観客に迫ってくるのだ。

私はこれと同質の時間を、『1000年刻みの日時計』のラストシーンに、強烈に感じる
のである。このシーンは、映画の完成を祝った祝祭のように、撮影に参加した村の人
たちが、村の中学生の楽団の演奏に乗って次々と行進していく、記念撮影のようなシ
ーンである。

私は、この二つのシーンが、小川プロが山形県上山市牧野村で行ったことの本質を、
象徴しているのではないかと考える。それは、映画が徐々に村を巻き込んでいき、最
終的に「村の歴史に映画を刻んだ」のではないかということだ。村に移り住んで撮っ
た最初の作品である『クリーンセンター訪問記』では、クリーンセンターに関わって
いる人々だけの「記憶」でしかなかったものが、村で撮った最後の作品である『1000
年刻みの日時計』に至っては、牧野村だけでなく、近隣の農村をも巻き込んだ大きな
集合体の「記憶」となったということである。それは、村で農民と同じように稲を育
て、生活しながらカメラを回し続けた小川プロが、カメラを中心に徐々に村の現実に
影響を与え、その影響の渦を近隣をも含めた農村にまで増幅していったということで
あろう。そして、そこには、「農村の記憶」というものにとどまらず、「人間の営み
の記憶」というものが現れているように思われる。「歴史を記録する」と考えられが
ちであるドキュメンタリー映画が、映画を中心に村を巻き込んでゆき、遂には、「歴
史に映画を刻んだ」ということができるのではないか。.

「記憶」というのは現在進行形ではありえない。常に目の前には存在しないものであ
る。それにも関わらず、「記憶」というものは残り続ける。小川プロで長年助監督を
務めた飯塚俊男さんのドキュメンタリーを撮っている私は、飯塚さんとともに牧野を
訪れた。当たり前のことであるが、そこに小川プロはいない。小川紳介はこの世にい
ない。あれだけ村を巻き込んだ映画のことも、思い出話としてしか語られない。しか
し、映画の痕跡は、村のところどころに残っている。そして、人々の「記憶」の中に
も残っている。そして、今でも映画が上映される度に、画面の中では昔と変わらぬ姿
で村の人たちや小川紳介、小川プロの人たちが生きている。「記憶」とは何か?「思
い出」とは何か?そして、過去を扱わざるを得ない映画とは何か?そんなことを考え
ながら、撮影を続けている。


     ◇────────────────────────◆◇◆     


■告知

□neoneoを継続して配信していくために―
■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋 博雄(本誌編集長)

neoneoは2003年11月1日の創刊以来、月2回(1日と15日)、購読料無料で配信してまい
りました。お陰様で読者は順調に増え続け、4月30日段階で1575名の方に愛読される
に到りました。そして今回で35回目の発行を重ねることができたことは私の喜びであ
り、今後もこの体制を維持し、皆様のご期待に応えていきたいと思います。

しかるに、配信を継続する経費、その大部分は稿料ですが、僅かばかりとはいえ、多
くは私の負担でまかなって来ました。(稿料は驚くほどの安い額で、このことに関し
ては、執筆者の方々には心よりお礼申し上げます。) しかし、ここに到って、皆様
の力をお借りしたく、下記の二点につきご協力をお願いする次第です。

(1)上映の告知の有料化―5月1日号より、上映の告知は1200字(40字×30行)以内につ
き、2,000円を頂きたいと思います。但し、それ以上の字数の場合は加算します。
(2)カンパのお願い― 一口2,000円。何口でも。

上記の送金は下記の方法でお願いします。
郵便振込み:00160−8−666528 neoneoの会、又は、
みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782 (有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせくだ
さい。)

以上、neoneoの継続と、今後一層の充実した内容を図るためにも、皆様のご協力を何
卒お願い致します。


     ◇────────────────────────◆◇◆     


■上映

■「ドキュメンタリー映画祭・アズコンテスト2005」

日時:5月4日(水) 12:00〜19:00
会場:江戸東京博物館1F会議室
料金:無料(事前申し込み不要)
ゲスト:鈴木志郎康氏
 http://www.dc-az.com/ 

学生映画サークル、「ドキュメンタリー制作会Az」によるドキュメンタリー映画祭。
『チーズとうじ虫』などの優れたドキュメンタリー作品の上映に加え、今年度はドキ
ュメンタリー制作会Azの作品も2作品上映いたします。
福島県の3人だけの地方紙「日々の新聞社」の活動を追った『日々の新聞』、埼玉県
の消防本部の駅伝部の活動に迫った『25時間目の挑戦』など、Azの作品も見ごたえが
あります。またゲストには多摩美術大学教授の鈴木志郎康氏をお迎えして、上映作品
や学生によるドキュメンタリーなどについてお話をしていただきます。

12:00 『25時間目の挑戦』(63分) 町村敬文
埼玉県南西部を管轄とする入間東部消防本部。ここの駅伝部は全国の消防本部の中で
屈指の実力を誇る。毎年3月に皇居で行われる、「全国消防本部対抗駅伝」での優勝
を目指す彼らの活動を8ヶ月に渡り取材した。

13:05 『静かな場所』(45分) 四方隆夫
世田谷に残る築150年の古民家に職業も世代も異なる男女7人が暮らしていた。人間関
係に煩わしさを感じ、他人との関わりを避ける人が多い現代で共同生活を選択した人
達の日々を追う。

13:50 製作者によるトーク・休憩

14:30 『チーズとうじ虫』(100分) 加藤治代
女三世代、母と祖母と三人で暮らしている作者が、母の病気が癌だと知りビデオカメ
ラを手に取った。病気を抱えつつも笑顔で、家族と過ごす母の日常。個々の生命と、
受け継がれ循環する永遠の生命が、群馬の小さな田舎町の自然と共に映し出される5
年間の記録。

16:30 『日々の新聞』(30分) 町村敬文
福島県いわき市に3人だけの新聞社がある。『日々の新聞社』、2002年3月創設。いわ
き市関連の情報を中心に月2回、新聞を発行している。『日々の新聞』の最大の特徴
は出来事を深く見つめる眼差し。事実を単純に並べるだけでなく、一人一人の人間ド
ラマに迫った記事を書いている。この小さな新聞社の活動を追った。

17:00 『還暦野球』(50分) 金森誠・山本大輔
18:00 製作者によるトーク 
18:30 鈴木志郎康氏によるトーク


■第8回 ゆふいん文化・記録映画祭

5/27(金)
19:00 プログラムA 『タカダワタル的』2003/65分/監督:タナダユキ
20:15 花の顔見世懇親会

5/28(土)
10:00 プログラムB <科学映画の黎明期>
 『サイエンス  グラフィティ』1983/26分/演出:堀越慧
 『SNOW CRYSTALS(雪の結晶 戦前版)』1939/13分/指導:中谷宇吉郎
 『霜の花』1948/20分/撮影:吉野馨治ほか
 『凸レンズ』1950/16分/演出:小口八郎
11:20 トーク
 小口禎三氏(元・岩波映画製作所会長)+池内了氏(宇宙物理学者・早大教授)
13:30 プログラムC <動物たちのコスモス>
 『或日の沼池』1951/25分/演出:下村兼史
 『猫の散歩』1962/30分/演出:大橋秀夫
14:40 プログラムD 『ナージャの村』1997/118分/監督:本橋成一
16:50 トーク/本橋成一監督
19:00 プログラムE 『海女のリャンさん』2004/90分/監督:原村政樹
20:40 トーク/原村政樹監督(予定)
21:30 花の盛りの懇親会

5/29(日) <土本典昭監督特集>
10:00 プログラムF 『ある機関助士』1962/37分『海とお月さまたち』1980/59分
13:00 プログラムG 『不知火海』1975/153分
16:30 プログラムH 『みなまた日記 甦える魂を訪ねて』2004/100分
18:20 シンポジウム/土本典昭監督ほか
20:00 花のお名残会

プログラムA〜Hのどれでも
1プログラム券 当日のみ 700円/小中学生 300円
3プログラムセット券 前売1,500円/当日1,800円
全日フリーパス券 3,500円(事務局までお申し込みください)
会場:大分県湯布院町中央公民館
映画祭事務局/湯布院(平野)TEL:0977-84-3398
       大分(横田)TEL:097-532-2426
       開催期間中 TEL:0977-84-4762
宿泊のお問合せ(由布院温泉観光案内所)TEL:0977-84-2446
 http://www.d-b.ne.jp/yufuin-c/ 



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃08┃■編集後記 伏屋博雄(ふせや・ひろお)
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●今回で2回目の連載となる藤原敏史さんの「『天皇制』テレビ・ドキュメンタリー
中断顛末記」が話題になっている。先日のneoneo坐での上映会でも、数名に向かって
ひとりの女性が熱っぽく語っているのを目撃したし、他の場所でも「天皇制」の撮影
を断念するに到った経緯を話題にする席に居合わせたこともある。藤原レポートに対
する関心が高い。

これは一般に「天皇制」に対する私たちの微妙な反応―「天皇制」が私たちの言わば
「合わせ鏡」として存在し、私たちに責任所在や歴史意識を突きつけてくること。
さらに、森達也と藤原敏史のコミュニケーション、つまりスタッフワークの軋みやプ
ロダクション側との齟齬が、映画をつくる者に鋭い問題提起を投げかけているからと
思われる。論考は、この周辺を巡って、極めて具体的に厳しく踏み込んでいる。次回
の最終回は、6月1日に掲載する予定だが、ますます眼が離せなくなってきた。

ところで、投稿屋台『クチコミ来来軒!』の末尾に、清水浩之さんが、5月3日深夜に
放送される緊急企画!『シリーズ憲法 第9条・戦争放棄〜忘却』(監督:是枝裕和)
の感想を募集している(詳細は本文を読んで頂きたい)。これはフジテレビ「NONFIX」
で憲法特集のシリーズで、実は森達也・藤原敏史両監督による「天皇制」もこのシリ
ーズで放送される予定だった。にわかにクロスオーバーされてきたこの問題に対し、
読者の投稿を期待すること、大である。

●土本典昭監督が昨年の7月1日号(neoneo16号)以来、久しぶりに執筆してくださった。
実に10ヶ月ぶりである。この間の次第は本誌の冒頭に語られているが、そもそも随時
連載「映画は生きものの仕事である」は、特に若い方に読んで欲しいと希望されてい
ただけに、この復活はうれしい。

3月下旬に行われた中国の「第二回雲之南人類学映像展」から帰国されて早々に電話
を頂き、私は土本さんの張りのある声に驚き、これまでの憂鬱な気分を吹き飛ばした
のは、中国・雲南で行われた「映像展」に他ならないと確信した。事実、土本さんと
同行した藤岡朝子(山形映画祭)さんからも「恐らく第1回目の山形映画祭もこのよう
なものであったろう」と思った程の感銘を与えたと聞かされていた。今後数回は連載
されるであろうレポートは副題「雲南、映画の夜明けのくに」が示すように、何が土
本さんを昂揚させたのか、明らかになっていくであろう。刺激的な連載になるはずで
ある。

●昨年の11月から継続してきた投稿:「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」レビ
ューリレーは今号で10回を迎えた。neoneo坐で毎月2本づつ上映される小川作品の批
評をリレー方式で書き繋いでいこうと提案したのは、在学中の中村のり子さんである。
彼女の呼びかけで、若い世代が1本づつ検証していこうとする試みである。

今回を担当した岡本和樹さんは、『クリーンセンター訪問記』と『1000年刻みの日時
計』のラストのふたつの記念撮影のシーンに触れて、小川プロの村人への交流の深ま
りを比較している。つまり、職場の人々の撮影から、ついには村の事件とも言うべき
村人総出の出演のシーンは、小川プロの牧野生活21年間の交流の密度を表現したこと
に他ならないことを指摘している。

この論考から、私はかって所属した小川プロにしばし想いを馳せることができた。そ
して、製作当時から20数年を経て、若い世代がこうした読み解きをしてくれることに
大きな喜びを感じることができたのである。



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■責任編集 伏屋博雄
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