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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo

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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo vol.33-1 2005.4.1

発行日: 2005/4/1


☆━┓ ┏━┓ ┏━┓
┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
┗━┫e┣━┫n┣━┫o┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━○
  ┗━┛ ☆━┛ ┗━☆    33-1号  2005.4.1


∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 †01 日本のドキュメンタリー映画のかたち
      ドキュメンタリーの新しい夜明け(5―最終回)  阿部 嘉昭
 †02 自作を解剖する
      『えてがみ』  内田 伸輝
 †03 ワールドワイドNOW ≪サンパウロ発≫
      ブラジルの「BURAKUMINS」  岡村 淳
 †04 ドキュメンタリー時評
     「天皇制」テレビ・ドキュメンタリー中断顛末記  藤原 敏史
 †05 neoneo坐通信(18) 4月のプログラム
     4月3日・科学映画特捜隊 vol.3 春のどうぶつ大行進! 
          『オランウータンの知恵』(藤原智子監督、ゲスト出演)他2本
     4月15日『山ドキ! 東京予備校』(第二弾)
        『塵に埋もれて』他2本
        (ゲスト・トーク「ヤマガタ千夜一話」司会:藤岡朝子)


※33-2号へ

     ◇────────────────────────◆◇◆    


 †06 広場
     投稿屋台『クチコミ来来軒!』(9)
       新・クチコミ200字評!(8)  大方 栄太郎、清水 浩之
       『Little Birds―イラク 戦火の家族たち―』『痴呆性老人の世界』
       『おぎやはぎの人体実験』
     投稿:「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」レビューリレー(8)
       『映画作りとむらへの道』を見て  山本 大輔
     投稿:テレビの曖昧さ  脇阪 亮
     投稿:森さんの新刊を読んでここ最近思うこと  松江 哲明
     投稿:投稿:neoneo坐訪問記  杉崎 栄次

 †07 編集後記  伏屋 博雄


   ★バックナンバー閲覧はこちらまで

   まぐまぐ配信   http://www.mag2.com/m/0000116642.htm
   melma!配信    http://www.melma.com/mag/39/m00098339/



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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■ドキュメンタリーの新しい夜明け(5−最終回)
┃ ┃■阿部 嘉昭
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●『NHKスペシャル・フリーター漂流』の場合

今年2月5日、「NHKスペシャル」枠でOAされた『フリーター漂流 〜モノ作りの現場
で〜』の内容が衝撃的だった。NHKスタッフの取材場所の中心は、多くの大メーカー
工場が離れて立ち並ぶ栃木県・那須塩原の大工場団地内。そこには実は、「請負会
社」の現地事務所もあり、その事務所が運営する契約労働者寮もある。それらの工場、
寮に拠点を据え、スタッフはメーカー工場で男女併せたフリーターたちがいかに苛酷
な状況で労働搾取されているかを端的にあぶりだしてみせた。04年8月から05年1月ま
での撮影。いわば禁忌とされてきたこれら資本主義の暗部・恥部に焦点を当て、この
番組は、我々にとっての「敵」が誰か、そのヴィジョンをも果敢に摘出
してみせたのだった。

番組から得られた状況をまず説明しておく。現在、経費削減のためにメーカー工場で
は生産工程の大部分が機械化されているはずだった。ところが携帯電話など、人気機
種が月単位で刻々と変貌するような生産の最先端では、その工程を順次機械化してゆ
くと、採算が全くとれなくなる。それで工場では臨機応変な「生産変動」を繰り返し、
そこに適用人材を送り込む必要があった。その「便利な」備給元が、現状、100万人
がそうして働いているといわれるフリーターたち(むろんその予備軍も大量だ)。こ
の斡旋・仲介に立つ中間搾取者が、1990年代以降林立しだした「請負会社」だった。
これが嫌な言葉をつかえば、末端労働者を「負け組」「勝ち組」に振り分ける「最終
装置」の機能を果たしている。どういうことか――。

(1)人件費を極度に抑え込んだ上での(時給900円=これは一切あがらない)大量人材
の補給。(2)それらの人材をメーカーの「生産変動」の都合ひとつで、工場団地内の
職場から職場へと移動させてゆくこと。(3)しかも労働そのものは機械の組立て、塗
装など、細かいが単純作業に属する。(4)熟練は一切もとめられておらず、しかもや
がてはストレスの蓄積その他で労働者が離職してゆくことも見込まれている(つまり
使い捨て)。(5)このような状態にあって、労働者同士の相互連帯があらかじめ切断
できる(彼らには当然、離職後の相互交流も見込めない)。(6)こうした劣悪な労働
環境は通常なら成立するはずがないのに、それを可能にしているのが団地敷地内の寮。
(7)こうした環境の閉鎖性によって、この非道な労働搾取が現状さほど表沙汰になっ
ていない。この(1)−(7)に関する非難誘導性を大メーカーの代行者として引き受ける
のが、工場団地内に現地管理者を置き、「辞める」「それならば別の工場を」といっ
た、フリーターたちとの面倒な人事交渉すらおこなう「請負会社」なのだった。つま
り、現状の「敵」は、大企業と労働者の隙間に狡猾に存在している――まずはそうい
うことになる。

カラクリがある。請負会社はアルバイト紹介誌などの告知で、残業代を併せれば月に
23万円程度の収入が得られる、という謳い文句を出している。番組はそれがいかに虚
偽記載に近いかをフリーターの労働実情を直視して暴きだす(その方法が声高でない
のがNHKだ)。まず、生産調整をたえず繰り返す現場では常に残業があるとは限らな
い。また苛酷な労働なので病気欠勤もある。そのうえで寮費、保険料を差っ引かれる。
とうぜん彼らには生活費もある。それで残業代僅少、病欠といった悪条件が重なると、
彼らの月々の手残りがマイナスになってしまう――そうした実情を請負会社は全く秘
匿し、面接にきたフリーターたちには「忍耐力があれば誰でもできる仕事」と甘言を
弄し、さらに30代半ばの失業者などには「年齢的に危機感をもってほしい」などと体
のいい恫喝すらおこなっているのだ。大量のフリーターたちがいて、買い手市場が形
成されている有利あればこそ成立している、労働家畜の創造。

注意したいのは、こうしたフリーターが派遣会社の派遣社員とは全く異なる環境にい
る点。派遣社員では当日朝に別の工場で働いてほしいという通告ができない。工場派
遣労働者には人道的な職場訓練が前提されていたからだった。ところが生産ラインを
細分化し個別作業を極度に単純化すると熟練が不要になる。そうした職務に派遣社員
より下の立場にいて「買い叩き」のできるフリーターたちを宛てがったのだ。これで
労働者保護がなし崩しになり、しかも企業の利益誘導のみを図る政治は、この現状に
合うよう新法を成立させた。中国など賃金コストの低い国の生産成長に対抗するには
やむを得ない措置という暗黙の了解があったのだろう。また、外国人労働者を安く使
うより、日本語ができる労働者=フリーターを安く使ったほうが利便性が高いという
経験則もあったにちがいない。フリーターをNIESに貶めては国家的損失、だから彼ら
により広い範囲の合法的な職場を創出するという表向きの掛け声もあっただろう。か
くて、かつての外国人工場労働者同等の酷い労働に、日本人自身=若いフリーターが
繰り込まれてゆく環境が整備されたのだった(このことでかなりの割合の日本人の労
働家畜化が確定する――しかも彼らは30代半ばを過ぎれば離職を強いられ敗残者とし
て世の中から抹殺されてゆく――『レフト・アローン』のスガ秀実が「貧富の差はな
くなりつつある」と語る姿が噴飯物なのはこの点からも明らかだろう――総じていえ
ば文学的輸入業者&追慕主義者にすぎない彼は「左翼」たる要件を全く欠いていたの
だった)。

この番組のドキュメンタリーとしての姿にこれまで言及しなかった。スタッフがとく
に追っていったのは、それぞれ北海道に住む、(1)中卒の山端君(21)、(2)一家で経
営する運送下請会社の経営難で新たな労働環境に飛び込まざるをえなかった中年男性
・橋掛さん(35)、(3)高卒後、20あまりのアルバイトを転々とし(工場労働経験も
ある)妻と一緒に那須塩原の寮に辿りついた當野さん(25)さんの3人。(1)の山端君
は9月の工場勤務中、揉め事を起こしわずか5日で職場を去る(番組が終わった時点の
05年1月現在、彼は自宅に居づらくなって友人の下宿に転がりこんだままの無職――
栃木の勤務ののち就いたアルバイトも短期間で辞めたと紹介された)。

筆者は先に、当面の「敵」は中間搾取をおこなう請負会社なのだ、と綴った。その後
の文脈ではその請負会社に「オンブにダッコ」の大メーカーが――さらにはこのよう
な歪んだ労働現況を新法をつくってまで是認する政治が――「敵」なのだという点も
明らかになったとおもう。ただ(1)の山端君を見ていると、本当の「敵」はフリータ
ー自身ではないかという気もしてくる。番組は冷酷に、彼に覇気も労働適性も欠けて
いる点を暴きだす。朝、起きられない。職場での協調性も感じられないし、自分の非
を認める性格の率直さも欠いている――社会的訓練を欠落させてきたこれまでの彼の
人生そのものが、資本主義や労働の「ひずみ」を温存させるどころか拡大させる補完
要素・原動力になっている――そんな見立てが生じるのだった。(2)の橋掛さんはこ
のような工場勤務をするには器用さを徹底的に欠いている――そんな弱者の兆候が如
実に伝わってくる。経験が買われ即座に現場リーダー職に宛てがわれた(3)の當野さ
んは個性的な風貌だが女好きのする面があり、だから魅力的な若妻ももっているのだ
が、納得できる仕事が見つかるまでは色々なアルバイトを続けたいという意固地とも
いえる視野狭窄から離れられない。

取材はタイミング的に天が味方した。(2)(3)の対象について、それぞれの運命変化を
記録できたからだった。(2)の橋掛さんは04年暮に職場の頻繁な変更によって熟練な
ど得られないと悟り、ついに栃木の工場の寮を去った。逆に(3)の當野さんは生活不
能を悟り11月初旬に職場を去っていたが、今度はメーカーに直接掛け合い、夫婦とも
どもアルバイトとして栃木での工場勤務に復帰していたのだった((2)(3)の対象から
はそれぞれ別種の「痛ましさ」を感じた)。そうして「流れ」を提示した上で番組が
見事に終わる。

田中邦衛のナレーションは文章として見た場合、極度に内容が圧縮されている(しか
も平易だ)。前言したように番組は3人の人物にスポットを当て、彼らの寮や工場で
の姿を捉えつつ、しかも時には彼らの札幌の実家や東京・蒲田にある請負会社の本社
にまで乗り込んでゆく。その意味でも情報量が満載されている。50分枠。ともすれば、
フリーターたちの工場労働の現状提示に視聴者は疲れてしまうだろう。ところがそれ
がそうならなかったのは、(1)−(3)の対象の身体性が鮮やかに画面に刻印され、そこ
から余情すら出てきたためだ。それで視聴者は怒りによりも「悲哀」に染められてゆ
く。

このTVドキュメンタリーが「新しい」のは、栃木の工場、寮――さらには請負会社の
本社といった、社会が秘匿している「禁忌」にカメラが入りこんでいるためだ(つま
りオウム内部に入り込んだかつての森達也『A』と同じ快挙が起こっている)。昭和
型の社会派ドキュメンタリーは、社会運動の側に立ち、遠望であれ接視であれ可視的
な「敵」をみつめ、告発するポジションをとった。ところがこの『フリーター漂流』
は「敵」の所在を明かすためそのまま「敵」の懐ろに飛び込んでいる――しかもいま
筆者が綴っているような怒りすらナレーションに持ち込まない抑制も終始保っている。
つまり昭和にはありえないドキュメンタリーの「静かな」かたちを実現しているのだ
った。

むろん映画ドキュメンタリーとTVドキュメンタリーでは「かたち」がちがう点が閑却
されてはならない。まずは大NHKだからこそ成立する情報収集力と取材交渉力がある
だろう。次に、TVドキュメンタリーの要請として、映画ドキュメンタリーよりも視点
に多元性を保ち、それがこの番組のように好結果をもたらした面を顧慮する必要もあ
る(ところが番組終わりのクレジットを見るとスタッフは意外と小編成だった――ち
なみにしるすと、「取材=田村威浩/構成=松宮健一/制作統括=春原雄策」という
割振りになっている)。.

ただ、これと同じ主題をもつ映画ドキュメンタリーが絶対に成立不能だとはおもわな
い。たとえば劣悪なアルバイト環境についた一個人が、隠し撮りと自写ショットを多
用し、セルフドキュメンタリーとして自分とその職場を綴り、現代資本主義の新たな
「敵」を定位することも可能だろう(その意味で「シネアストの眼」シリーズで上映
された鎌田大資『失業エヴォリーション』が惜しかった――「私語り」に私性しか発
現できなかったためだ)。要するに――昭和型の社会派ドキュメンタリーとはちがう
「敵」を見据え方が急務で、この番組はその要件に叶ったのだ。「敵」の内部に入り、
内破の運動によって「敵」の表情を提示すること(この『フリーター漂流』の場合、
その表情はすごく無機的だ)――この営みは、個人が「私」を捉えるセルフドキュメ
ンタリーと実はかたちが相同的だとも筆者はおもうのだが。


■阿部 嘉昭(あべ・かしょう)
ということで、「ドキュンタリーの新しい夜明け」連載全回が終了しました。AVや
TV番組に種別される作品をも扱うという反則付きだったけど、原稿を5本並べてみる
と、筆者の考える「新しいドキュンタリー」が類推できるようになっているとおもい
ます。最後に近況。キネマ旬報社から筆者がさまざまに書いた邦画レビューが一本と
してまとめて出ることになりました。刊行時期未定。ですが、乞うご期待!



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┃02┃□自作を解剖する
┃ ┃■『えてがみ』
┃ ┃■内田 伸輝
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鍋山と1年ぶりに会った時、彼は雑誌の「ぴあ」広げ「ここの舞台に立とう!」と言
って来た。そのページには「第22回ぴあフィルムフェスティバル」と書かれてあり、
ズラリと次世代を担う監督たちの自主映画が発表されていた。
「立てるかどうか分からないけど、何を撮るの?」と僕が聞くと、
「俺を撮るんだよ。俺が出会った人達の似顔絵を描いて、その人が成長して行く。そ
んなドキュメンタリーを内田が監督するんだよ」と鍋山が言った。
その企画内容を聞いた時、面白くなさそうだ。と言うのが第一印象だった。しかし、
「とにかく、試しに撮ってみようか?」と僕は言ってみた。正直、撮ってみて物にな
りそうもなかったら、この話しから降りるつもりでいた。撮影が終わり「どうだった
?」と鍋山に聞かれた時「やって見ようか」と僕は言った。『絵手紙を通して出会い、
成長して行く鍋山のドキュメント』なら作品になりそうだと思った。.

しかし、とにかく撮影中は色々な人から馬鹿にされた。他人が全く知らない人間、鍋
山を追う訳だが、「身内ウケはするんじゃない?」とか「鍋山とヨシタケなんて、普
段から話しにまとまりがないんだから、作品がまとまる訳がない」とか「どうせ、完
成しないで終わるんでしょ?」とか「知らない人のドキュメンタリー観て、何が面白
いの?」とか他いろいろ。そんなことを言われるたび、僕はニコやかに「そうっすね。
まとめるのが大変で〜」とか言っていたが、心の中では、「今に見てろよ」と思って
いた。その「今に見てろよ」の感じが、作品全体のトーンとして出ているのではない
か?と僕は思う。ただ、それとは別に、どの様にすれば、普遍的な人間関係を描ける
かを、撮りながら模索する日々は続いていた。人間を描くドラマにおいて、色々な手
法があるが、この作品にもっとも合っている方法は、アンチテーゼから入り、テーマ
へと心変わりしていく模様だ。と僕は思った。鍋山は初め「普通の人は描きたくない
(アンチテーゼ)」と言った。しかし、色々なことが起こり「普通が一番面白い(テー
マ)」と言う。もう一つは見せ方として、鍋山は自分のことを棚に上げて、他人を説
教する人間。こんな人と友達になりたくない(アンチテーゼ)と観客に思わせ、色々な
事件に対し、まっすぐに向き合い、誰かの為に一生懸命になる鍋山に、観客は感動す
る(テーマ)と言う流れを撮影中から漠然と考えていた。そして撮影が終わり、一週
間かけて160本の素材テープを頭からすべて見直した。

良いカットや、良い台詞は、タイムコードと、撮影した内容をメモって行く。結果、
記録ノートは3冊におよんだ。すべてのテープを見終わると、次は具体的な構成に入
るわけだが、構成は、いつもの通り、シド・フィールドの『シナリオ入門』を参考
(あくまでも参考)にして作った。90分作品にするとして、『起』『貫通行動1』
『ピンチ1』『ミッドポイント』『貫通行動2』『ピンチ2』『転』『結』と言う8
つのカテゴリーに撮影内容をわける。
僕はまず、『ミッドポイント』部分、つまり作品の真ん中(45分くらい)を決め、
構成を作って行く。

『起』オープニングから挫折癖まで。
『貫通行動1』ヨシタケとの共同生活。
『ピンチ1』鍋山とヨシタケ、不仲になる。
『ミッドポイント』ヨシタケが出て行き、残された鍋山。
『貫通行動2』鍋山とヨシタケ、それぞれの生活。
『ピンチ2』ヨシタケ失踪、渡邊さんの死。
『転』ヨシタケの告白、鍋山の個展。
『結』鍋山の個展本。

各カテゴリーごとに、決まった分数があり、その枠内に出来事を納め、次のカテゴリ
ーへと駒を進めて行く。当然、初めのうちは、カテゴリーから映像がはみ出して行く
わけだが、それはもう、何度となく、作品を観ては、何を削り、何を足して行くかを、
考え、ひたすら追い込んで行く。その結果、初めの編集では240分だった作品が、4回
目の編集では95分(現在の分数)にまで持って行くことが出来た。その様な編集作業
とは別に、僕自身、どう見せるか? の編集作業には考えがあった。映画祭に応募し
て来る作品の多くは、今時のオシャレな編集をしてくるだろう。と僕は自分勝手な予
測を立てた。しかし、それをやって良いものだろうか? それよりかは、映画100年
史の中で、生き残って来た編集方法を使って見せた方が、200年後も生き残る作品に
なるのではないか?と、思っていた。(大それた考え方だが)カットバックによる基
本構成からはじまり、モンタージュとか、アクションつなぎとか、素材の中で使える
技はほとんど使った。

まあ、生き残る、残らないは別として、初めてドキュメンタリーを観る人にとっても、
とても観やすい作品になったのではないかと、僕は思っている。結果的にこの作品は、
PFFを始め、沢山の映画祭や海外の映画祭でも上映が出来た。作品は、撲等にとって、
大切な子供だ。そして、『えてがみ』と言う作品をキッカケに、沢山の方々に逢え、
今も作品を作っている。これからも、沢山の人達に喜んでもらえるような作品を作っ
て行きたい。

『えてがみ』(2002年度 DV カラー 95分作品)監督・撮影・編集:内田伸輝、
出演:鍋山晋一・飯島功丈 他、制作・ブラザース企画、音楽・中津昌彦


■内田 伸輝
1972年生まれ。会社で映像編集の仕事や、 個人で撮影、編集の仕事をしながら、
2003年には、2年半かけて友人を追った ドキュメンタリー映画『えてがみ』が、第
25回ぴあフィルムフェスティバルで 審査員特別賞を受賞し、2004年には、 第28回香
港国際映画祭で同作品がスペシャルメンションを授与される。最新作、短編ドキュメ
ンタリー『温もり』が4月に完成予定。長編自主映画『かざあな』制作中。



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┃03┃□ワールドワイドNOW ≪サンパウロ発≫
┃ ┃■ブラジルの「BURAKUMINS」
┃ ┃■岡村 淳
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 昨年のこと、サンパウロ発行の大手新聞のドキュメンタリー映画評の見出しを見て、
目を見張った。「ブラジルの『BURAKUMINS』を描いたドキュメンタリー」(FOLHA 
DE S. PAULO紙、2004年6月18日号)。「BURAKUMINS」、通常のポルトガル語にはない
外来語のスペルだ。聞き覚えのある響きを感じる言葉だが、サンスクリットだろうか
?本文を読んでさらにびっくり。「BURAKUMINS」とは、我が祖国日本の「ブラクミ
ン」のことだったのだ!

「日本には『ブラクミン』と呼ばれる非公式の賎民の階層が存在する。その起源は
16世紀にさかのぼるが(彼らは死んだ動物を扱ったり、葬儀に際して遺体を扱う労働
者たちだった)、彼らは今日でも差別されている。いわばこの差別の起源は、必要で
あると同時に非難を浴びる労働のパラドックスに関連するものだ。」(同上記事よ
り)ブラジルには日本文化オタクも多く、著名な大学のなかに日本文化研究所も置か
れている。しかし非・日系人がこの言葉を認識して使用する例は、私にとってこれが
初めてだ。

さてこの記者の言わんとするブラジルの「ブラクミン」とは?記事はこう続く。
「同様のことがブラジル、特にサンパウロで生じている。バイク便のライダーたちに
関してだ。」紹介されたドキュメンタリー映画のタイトルは「バイク便ライダー狂気
の生活」(「Motoboys &#8211; Vida Loca」 Caito Ortiz監督、2002年製作、52
分)。南米最大の都市である我がサンパウロには、17万〜35万のバイク便ライダーが
いるという。ライダーの事故死亡率は乗用車の10倍。こうしたライダーたちの生活と
仕事ぶりを紹介して、さらに交通関係者のインタビューを盛り込み、ライダーたちの
生態と為政者の交通問題に関する無策ぶりが浮き彫りにされていく。ドライバーたち
の大半はライダーたちを嫌悪している。私もこの町のドライバーのひとり、サイドミ
ラーの死角からいきなり現れたライダーにミラーをぶつけられ、おまけに「ジャップ
!女郎の子!」といった捨て台詞まで吐かれるのは日常茶飯だ。ライダーたちの信号
無視や一方通行の逆走、歩道の走行なども毎度のことで、歩行者にとってはさらに恐
怖の存在である。

いっぽう多くのライダーたちは常に事故の危険と隣り合わせで、しかも低賃金のため、
早朝から深夜まで疲労困憊のまま仕事を掛け持ち、さらにバイク泥棒などのリスクに
もさらされていることを作品は伝える。ライダーたちを狂犬呼ばわりしながらも、書
類の1時間以内の配送、そして注文後10分でのピザの宅配を望む都市生活者の欲望が
あるわけだ。こうした都市生活そのものが「狂気の生活」といえるかもしれない。.

ブラジルの現在の社会問題を、日本の歴史的な社会問題でたとえたフォーリャ紙記者
の視点は刺激的だ。しかしブラジルのバイク便ライダー蔑視と日本の部落差別問題に
は、決定的な相違があるだろう。ライダーはドライバーや歩行者を脅かす行為がある
ことによってのみ嫌悪されるが、その職歴が新たな就職や結婚に差し障ること、まし
てや蔑視が次世代にまで及ぶことなどは、およそ考えられない。そもそも自国の自然
と文化の多様性を誇るブラジル人に、身体的特徴も大きな文化的差異があるわけでも
ないのに、今日なお生きる日本の部落差別の存在を理解させることはきわめて難しい。

世界最大の日系人人口を誇るブラジルでは昨今、日本人一世の減少のなかで、いかに
日系の子孫に祖国の文化を伝えていくかが大きな問題になっている。いっぽう日系一
世の間では、子供が日系人同士の結婚を望んだ場合、相手の出自が被差別部落かどう
か、日本の興信所に調査させるといったことも行なわれてきた。すでに二世・三世に
は、意味不明で理解不可能な差別。.

我が祖国・日本は伝承を拒否した方がいい文化も多分に抱えていることが、この国に
いると二重によくわかる。


■岡村 淳(おかむら・じゅん)
記録映像作家。1958年東京都生まれ。日本映像記録センター番組ディレクターを経て
フリーとなり、1987年、ブラジルに移住。小型ビデオを用いたひとりでの自主制作の
ドキュメンタリー製作を続けている。今年から、グローバリゼーションの荒波に翻弄
されるブラジル奥地の貧困家庭の子供たちの託児所の記録「あもーる・あもれいら」
(仮題)の取材を開始した。(「岡村淳のオフレコ日記」:
 http://www.100nen.com.br/ja/okajun 



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┃04┃□ドキュメンタリー時評
┃ ┃■「天皇制」テレビ・ドキュメンタリー中断顛末記
┃ ┃■藤原 敏史
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本欄で何度か近況的に言及してきた、森達也と僕の共同で取り組んで来た「天皇制」
についてのドキュメンタリーだが、結局元の発注元のフジテレビの方での継続が不可
能になってしまった。テレビにおけるドキュメンタリーが直面する問題点や、ドキュ
メンタリーの主観性と客観性、ドキュメンタリーにおける共同演出と作家同士のコラ
ボレーションの可能性、さらには「天皇制」つまり“見えない対象”を撮ることがで
きるのかというドキュメンタリーの根本原理、つまりドキュメンタリー映像は原理的
にキャメラの前の現実しか直接的には表現できない問題性など、様々な論点が示唆さ
れる一部始終ではあるので、何度かに分けてこの中断に至る経緯を報告したい。

●出発点は森達也の「妄想」

始まりは一昨年の11月のこと、原一男についてのドキュメンタリーで、誰か直接の関
係者ではない人から原の映画についての評価を求めて、森達也にインタビューしたと
きだった。原の主観的なドキュメンタリー作りの姿勢についての話から、会話の大半
は実は原一男についてでなく、森達也自身のドキュメンタリー観になって行き、その
なかで、「ドキュメンタリーは正直、怖い。今どうしてもやれと言われたらやりたい
のは天皇と、中森明菜ですね」という話が出たのだった。

偶然というかなんというか…その3ヶ月前に僕はたまたま、今上天皇夫妻に会ってい
た。2003年の8月13日、ドキュメンタリーのワークショップを指導するために来日中
だったハルトムート・ビトムスキー(ドイツのドキュメンタリー作家)と、皇居前か
ら東京駅に向かおうとしていたら、和田倉門大噴水の前で警官に止められ、しばらく
待って欲しいと言う。待っていたら噴水の敷地から行幸通りの歩道に出て来たのが天
皇と皇后。しばらく明らかにセットアップされたであろうネクタイ姿の外国人の一団
と歩道で歓談したあと、皇居方向に向かうため我々の前を通り過ぎるときに、向こう
から話しかけて来たのだ。一方は外国人ではあるものの明らかにセットアップされた
のではない巨漢・髭面のサングラスをかけた巨漢、もう一人は…記憶が正しければや
はりサングラスをかけ、着ていたTシャツは北京で買った真っ赤で毛沢東の肖像と
「毛主席万歳」のロゴ入りのもの。どう考えても確信犯でしょう、話しかけて来たの
は。

そんな話をしたところ、森達也も興味を持ち、冗談半分で「天皇」をやるときには一
緒にやりましょうということになった。森に言わせれば彼のカメラのぶん廻し、見て
いる側が船酔いになりそうな画面になってしまうのは「自他共に認める僕の欠点」と
いうわけで、天皇を扱うなら『A』や『A2』より技術的にしっかりしたものにしたい
ということで、では協力しましょう、ということに。

それから1年弱、確か昨年の10月、フジテレビの「NON-FIX」で憲法を主題に6本の連
作をやることになり、第1条の象徴天皇制を森が引き受けたとの連絡があった(この
経緯の詳細については朝日新聞社『論座』の先月号における森と是枝裕和の対談をご
参照下さい)。

「共同演出ということでお願いできないか」というわけで、ではやりましょう、と。
フジのプロデューサーに紹介された際には、「今度の作品は森達也監督作品とは思え
ないようなスタイリッシュなものにしたいので、藤原さんに一緒にやってもらうこと
にしました」と。後で怪訝に思って「僕の作ってるものって、スタイリッシュですか
?」と訊ねると、「僕に較べれば誰でもスタイリッシュだから」との返事。

とはいえもうひとつ、もっと真面目な理由はある。天皇という対象が被写体として目
の前にいるのであれば、森達也流の徹底的に主観であるキャメラワークでそこに肉迫
もできるのだが、天皇に会う、インタビューを申し込むというのも試みるものの、た
ぶん直接取材はできないだろう。

一方で森は、天皇がたとえば即位の礼の際に憲法遵守を明言したことや、2001年の誕
生日記者会見で天皇家のルーツのひとつが百済であることに触れたことなどを念頭に、
今の天皇、つまり明仁自身の内面に興味があった。彼はたぶんリベラルなのではない
か? だとしたら右傾化が進む現代の日本のなかで、彼は自分の立場に矛盾を感じて
いるはずであり、その矛盾を撮りたいのだ、と。どうも本人の直接の言葉とは裏腹に、
その「矛盾」よりも「リベラル」の方に本当に力点があるようにも感じるのだが、と
にかく明仁本人を被写体として直接キャメラを向け、直接話を聞くことはできないの
だから、「では僕が天皇の内面を妄想する。それを藤原さんが撮る」というのが、二
人共同演出の基本的な体制になった。.

●天皇とは鏡である

森自身の個人的な興味の出発点は今上天皇と、彼が抱えているであろう矛盾に迫りた
いということだった。しかし企画としては「憲法」シリーズであり、我々が担当する
のは第1条、つまり象徴天皇制とはなにか、ということだ。ズレがあるといえばズレ
はある。だがそのズレは、人間であるからには個人でもあるはずの天皇が、国家の
「象徴」であるというそのシステムそのものにある。しかも政治的発言を憲法上禁止
されるなど、「個人」としての意思の表明が極度に制限され、民主主義と基本的人権
を謳った国民統合の象徴でありながらその本人と一族には基本的人権も保証されてい
ないという矛盾が。

憲法上の制約だけではない。吉田喜重の『戒厳令』(1973)のなかで、主人公の北一輝
がご真影の眼に恐怖するシーンがある。天皇のことを思えば思うほど、北にとって何
を考えているのか実のところさっぱり分からない天皇という存在が恐怖の対象になっ
て行くのだ。あるいは、大石内蔵助を勤王主義者と解釈した溝口健二の『元禄忠臣
蔵』(1941・公開日は真珠湾攻撃の当日)には、大石内蔵助が京都で流れている帝につ
いての噂に安堵して御所の方角にうやうやしく平伏するシーンがある。主君の仇を討
つ上で大石にとって最大の気がかりだったのは、内匠守が刃傷に及んだのが勅使御供
応の儀式の日だったこと、つまり勅使とそこに表象される天皇にとっての不敬になっ
てしまっていることだった。京で大石の密偵が聞いて来たのは、天皇が「内匠守もさ
ぞ無念であったであろう」と言ったという、しかしあくまで噂だ。その噂だけで大石
に仇討ち決行を決意させるのは十分であり、逆に言えば天皇の声を直接聞くなどは恐
れ多いこと甚だしいのだ。

なにも時代物映画の世界に限った話ではない。天皇の肉声が初めて一般に聞こえたの
は終戦の詔勅であり、それですら入念に準備された文書だ。それまでの勅令もすべて、
天皇の名で発せられてはいてもそこに天皇自身の意思がどこまで反映されているかは
分からないようになっているし、戦前の明治憲法下ですら天皇機関説は有力な学説だ
った。.

戦後でも本質は変わらない。明仁天皇ですら即位したとたんに公の場での喋り方が変
わり、父の裕仁天皇に倣ったのかずいぶんゆっくりになった(ちなみに僕自身が会っ
たとき、口調はごく普通だった)。森が興味を惹かれた朝鮮半島との深い縁があると
いう発言にしても、天皇誕生日の公式の記者会見であるにも関わらず、なぜか日本で
はほとんど報道されていない。今では宮内庁のホームページで全文が読めるのだが、
この発言のあった年のぶんも含め、そのなかで天皇自身が言葉を慎重に選びながらも
自分の本音を述べている部分は、ほとんどテレビや新聞の報道ではカットされていた
ことに気づく。たとえば「韓国との深い縁」発言と同年に、天皇はプライバシー報道
の問題に触れてそこでしばしば誤りがあることに苦言を呈しつつ、「おかしな例です
が,私が『柳行李一つで』と皇后に結婚を申し込んだと今も言われていますが,この
ようなことは私は一言も口にしませんでした」となかなかユーモラスなことを言って
いる。もちろんこんな発言も、報道はされていない。.

昨年じゅうずいぶん話題になった皇太子妃雅子の病状や、天皇家の内部の確執にして
も、よく考えてみると根拠になっている情報の中で当の本人たちの発言は、慎重に言
葉が選ばれているぶんどうとでもとれる内容のものばかりだ。これまた宮内庁のホー
ムページで全文をチェックすると、どうも文脈上、巷にマスコミで報じられているよ
うな意味にはとれないものも多い。一方であまたの週刊誌記事やニュースやワイドシ
ョーの報道で参照されているのは「皇室取材歴○年」の皇室ジャーナリストと称する
人々(彼らとて別に天皇やその一族と個人的な知り合いなわけではない)のコメント
や、ソースをぼかした「宮内庁関係者」や「○○様のご友人」からの取材だけ。要す
るに噂だけに基づき、それを受け取った報道側が空想しているだけではないか?.

ならば森達也が今上天皇の内面、そこにあるであろう政治的・思想的な葛藤を妄想す
るのになんの問題があろう? そこであたかも皇室専門家ぶった人々の憶測やソース
が不特定な二次情報つまり噂をちりばめてあたかももっともらしく“客観的”にみえ
る表層を偽装するのでなく、妄想している森自身を見せてしまうことは、天皇制とい
うシステムがどのように日本人を内面から支配しているのかそのものを見せることに
なるではないか?

 つまり、我々は具体的な制度論としての「象徴天皇制」を解説する教養ドキュメン
タリーを作りたかったわけでは元々ないのだし、じゃあ「象徴天皇制」をどう解釈し
て作品のテーマにするかと言えば、やはり「象徴天皇制ってそもそもなんなの? 日
本人が自分たちの『象徴』としている天皇は、結局のところ我々にとってなんなの
?」ということしかない。.

ロラン・バルトは『表徴の帝国』のなかで東京の中心にある、その中が見えない巨大
な森である皇居に注目し、見えない皇居に象徴される天皇制を日本という風呂敷的な
文化圏(平たく言えば、中身よりも包装の布が大事)の複雑な表象関係の網の中心で
あると分析した。つまり何かが何かを表象し、その何かがまた別の何かを表象してい
る、その行き着く先が天皇であり、それは空虚で見えず、定義不能な中心なのだと。

外国人であるバルトから見れば空虚な中心であるものは、では日本人である我々から
見ればなんなのか? 僕はそれは鏡なのではないか、と考えた。日本人が自分自身が
求めていたり目指したりしている倫理とか正しさをそこに投影できる鏡。それこそが
人間である天皇が国家国民の象徴をやっていることの本当の理由ではないか?.

そして映画や映像そのもの、とくにドキュメンタリーが現実の表象装置、つまり鏡で
あるのだから、その天皇に自己の価値観(リベラル)を投影している森達也を撮るこ
とで、今度は天皇にとって森がその鏡像にもなる映像が作り出せるのではないか? 
これが森の提案を元に最終的に僕がひねくりだしたコンセプトである。

だからこそ、天皇は「日本の象徴」というその実ただの言い換え語でしかない言葉で
しか定義付けできない存在であり、天皇制というシステムが皇室典範という具体的な
事務手続き的制度しか文字として読める物としては存在しない、曖昧な存在でなけれ
ばならないのだ。鏡には、そこに映るもの以外に実態として見えるものはないのだか
ら。

どうせ天皇その人を撮ることはたぶん不可能なのだから、では撮ることがなぜできな
いのかも含めたその仕掛けを撮ってしまえばいいではないか。いわば合わせ鏡のよう
なドキュメンタリー。ドキュメンタリーを作ること自体がドキュメンタリーになって
いるような作品で、我々自身も出演する。ではその出演部分はあえてフェイク、つま
りフィクションにしてしまおう。.

我々二人個人でやるというのではフジテレビ側のシステム上問題があるとかで、つい
てくれるプロダクションを探すことになった。僕は『A』『A2』の安岡卓治がいいん
じゃないかと提案したのだが、森にはまた考えるところがあってフジともつながりの
強いテレビのプロダクションをいくつか検討しているらしい。もっともその間ほとん
ど音沙汰なしの1ヶ月、こちらはいささか不安にもなり、台湾ドキュメンタリー映画
祭から急遽ゲストとして招待の話があったのも、「森さんの方がまだ当分動きそうも
ないし」というわけで引き受けてしまったりする。

●現天皇はリベラルか?

この「長い待ち時間」のあいだに、ある晩、筑紫哲也のニュースを見ていたら、秋の
園遊会で東京都教育委員の米長邦雄が天皇に「国旗と国歌を全国の学校に広めるのが
私の仕事」と誇らしげに言い、天皇がすかさず「強制は望ましくない」と答えたとい
う一件が流れた。慌てて森に電話。森も「やっぱり彼はそうじゃないかと思ったん
だ」と大喜び。ちなみに同夜・その直後のフジのニュースJapanでは、天皇が新潟の
地震被災地を気遣ったことだけが報じられていた。

また森は「ところで藤原さん、もうキャメラ廻してる?」と訊いて来た。キャメラを
廻すも何も、僕の方は森さんが動き出さないとなんにもしようがないし、「天皇制」
のテーマで他に撮るもの思いつかないのだが。「僕はもう撮ってるよ。僕の身辺雑記
みたいなものだけど、日本にいる限りあらゆるものが天皇制なんだからさ」。いや理
屈ではそうなんだけど、でもまさかトイレを撮って「ここにも天皇がいる」とナレー
ションをつけるとか、そういう問題でもないような…。せいぜいが電車に乗ったら週
刊誌の中吊り広告でずいぶん皇室がらみの見出しが目立つぐらいのものとしか、僕に
は思えないのだが。.

「強制は望ましくない」発言の方も、森の喜び方とは裏腹に、こちらは少し不安にも
なった。案の定、左派系…というか朝日・毎日系の週刊誌がすぐに、こぞって現天皇
が実はリベラルだという主旨の記事をこぞって掲載した。これでは「天皇が実はリベ
ラル」という森のメッセージの落としどころらしい部分への興味は、どうやったって
薄れる。それに森を撮ることになっている僕にしたって、森が“妄想”する内容がす
でにあまり目新しくない「どこかで聞いた話」になってしまえば、あまり面白みがな
い。

また森の企画書を参考までにうちの母(昭和15年生まれ)に読ませたところ、「この
人なにを言ってるの?」というキビシイ反応があった。我が母の毒舌は毎度のことと
は言え…。「今の天皇がリベラルだなんて、そんなことみんな知ってるわよ」、だか
ら森があたかも自分独自の主張か、発見であるかのように書いているのがよく分から
ないというのはさすがに堪える。現天皇を皇太子時代から見ている世代にしてみれば、
美智子妃との「恋愛結婚」、慣習を破って夫妻自ら子育てをしたこと、「ナルちゃん
憲法」など、現天皇夫妻自身のリベラル性を示す逸話にはことかかないわけだ。
9/11テロからイラク戦争開戦の時期の天皇夫妻や皇太子のあからさまに戦争反対の意
図を込めた発言などもあるし、米長邦雄に対する一言にしても、それこそ一昨年の夏
に僕が天皇夫妻に会った一件なども、「さもありなん」の範疇なのだろう…というか、
僕自身だって天皇と5分間ぐらい歓談しながら、「ああ、やっぱり」と思っていたの
だし。

ちなみに明仁天皇は70過ぎとは思えないぐらいに「普通」の人だった。普通なら70過
ぎの老人が30そこそこ(見た目は20代かも)の若者相手に話すとき、どうしたって年
長者として威張った感じになってなかなか「対等」にはならない。それが明仁天皇の
場合、ごく普通に対等に世間話なのだ。

我々がドキュメンタリー映画の仕事をしていると話すと、「映画界もなかなか大変で
しょうね」と。そこで「とくにドキュメンタリーはなかなか見る人もいませんし、必
ずしも世間が喜ぶ話を撮るわけではありませんしね」と答えると「でもそういう、反
体制的なものこそちゃんと見られなければいけませんね。隠されている真実がたくさ
んあるんですから」と天皇が言う。そこで皇居前にいたのもワークショップの指導の
ためで、学生が撮っていたのは丸の内の隠された天皇制的な歴史をテーマにした作品
であることを教えると、美智子皇后は「東京駅も奇麗な建物ですね」とさらりと逃げ
たのとは対照的に、天皇の方は興味津々でいろいろ話がはずんでしまったのだ。「こ
の通り(皇居前広場から東京駅丸の内中央口を結ぶ都内でもっとも幅の広い通り)も
『行幸通り』ですからね」とか、その他政治的にかなりきわどい話でも、冗談を交え
笑いながら。.

それにしても不安になって来る。放映は3月の予定だ。製作期間は限られているし、
そもそも共同演出と言っても森達也の企画だし、こちらは基本的に彼の枠内で動くし
かない。ところが、森との打ち合わせやコンセプトについての相談もろくに出来てい
ない。「ドキュメンタリーは撮らないと分からないでしょう」と言う森の主張ももっ
ともなのだが、とはいえ森の意図が「天皇を妄想する自分」とフィクションを組み込
むという漠然としたものでは、具体的な切り口も見えない。

いっそ森の自宅におしかけてずっと彼を撮っていてもいいとも思ったが、森はそれは
フィクションでやるべきだからやめようという。しょうがないので、とりあえずいろ
いろ資料は読み始めてはいた。今上天皇の内面ならば少年時代に注目はすべきであり、
ということで家庭教師だったバイニング夫人の『皇太子の窓』(うちの母の高校の英
語の副読本だったらしい)とか、宮内庁のホームページとか、ハーバート・ビックス
の伝記『昭和天皇』…しかしなによりも僕にとって大きかったのは、発刊当時に一応
存在は知っていたものの、昭和天皇の弟、高松宮宣仁の日記だ。.

12月の頭になって、制作プロダクションがやっと共同テレビジョンに最終的に決まっ
た。だが初顔合わせの予定の日付を僕が訊き間違えたのか森が誤って伝えたのか、一
週間ズレてスケジュールに記入していて、出席できないという失態…。

またこの頃になって、フィクション、いわばフェイクを組み込むことについて、森の
アイディアで、最後に森自身が「天皇教育」世代の自分の祖母に会いに行き深い山奥
に行くというのが出て来た。どうなんだろうか? 世代間ギャップも確かに重要なテ
ーマだろうが、しかし「森さんのおばあさんはご存命なんですか?」「いや、もう亡
くなってるから、そこはおばあさん役に女優を雇って」「脚本は誰が書くんですか
?」「僕が書きます。藤原さんも手伝ってね」「でも、その世代の、80代90代の人が
考えている天皇って、台詞として書けるんですか?」。どうなのだろう、僕としては
フェイクというのはおもしろいけれど、それがラストというのはどうも納得できない
し、なによりもそのおばあさんが結局ただの「天皇陛下万歳」世代のステレオタイプ
になってしまっては、元も子もないように思えるのだが、共同テレビの方もこの方向
性で行こうと言っているらしい。

●台湾で見た「天皇制」

とはいえ共同テレビジョン制作になったことで本当によかったことが二つある。二点
目は後述するとして、まずラッキーだったのが共同テレビで大崎由佳子が我々の助監
督になったこと。情報・バラエティ部の所属でこれまでバラエティばかり、本格的な
ドキュメンタリーは初めてというのだが、ユーモアがあって好奇心満載で明るく人当
たりもよく、つまりドキュメンタリーにぴったりの性格。しかもそれまでキャメラを
やったことがないと本人は言うのだが、天性というかなんというか、構図の作り方や
手持ちでのキャメラの安定感など、なかなかたいしたものなのだ。.

ドキュメンタリーは作り手の主観なのだからキャメラマンは使わずに撮影は基本的に
我々二人だけという森の考えにいささか不安も感じなくはなかっただけに、これは心
強い。彼女にもキャメラを頼めるのだから。こう言っては森達也に申し訳ないけれど
(しかし一方で森自身が真っ先に賛成しそうなこととして)大崎がキャメラをやって
いる方が安心感があったりするわけで。

台湾も思った以上の収穫だった。映画祭のアテンドの青年の案内で、台北市内でもっ
とも古いという仏教のお寺「長山寺」に何度も取材に行った。なんでもよくお年寄り
が集まるので、日本時代に育って天皇制の教育を受けた人も多いはずだという。行っ
てみたら、寺の前庭の隅の、手洗い所に向かう通り道のところに、おじいさんたちが
常時大勢集まっては、なにやら激しく議論したり、しゃべっていたり。台湾に行った
のが議会選挙の当日だったもので、国民党系が一応の勝利を納めたことに起って激論
しているのだという。.

さっそく話を聞き始めた。日本語はもう覚えていないからというので最初は台湾語で、
映画祭アテンドのアンドリュー(英語名)に通訳してもらってインタビューを始めるの
だが、たいていは途中で日本語に変わる。日本の学校教育を受けた人や、日本軍の兵
士だった人もいた。日本時代の統治や教育については、こちらが日本人であることへ
のリップサービスもあるのだろうが、意外なほど好意的だ。「日本の時代には秩序が
あった。今は泥棒が怖くて鍵をかけないと出かけられない」「日本の学校では嘘はい
けない、泥棒はいけないとちゃんと教えていた。中国人は嘘つきで泥棒だ」(いや、
今は「道徳教育復活」を言ってる日本の政治家も嘘つきで泥棒ですけど…と言いたく
なる)「日本時代には終戦間際で厳しくても配給があった。国民党が来たら軍隊が百
姓だったうちに押し入って食べ物を盗んで行った」。台湾人が日本時代の支配につい
てさほど敵意を持っていないというのは、よく日本でも言われていることだが、その
重要な理由のひとつがよくわかった。日本の植民地支配も、戦後に本土から来た国民
党も、「外国支配」という点では台湾人にとって同レベルで、そして比較の問題でい
えば80年代まで続いた国民党の軍政の方がよっぽどひどかった、ということらしい。

学校教育での宮城遥拝なども、皆さんよく憶えていた。「天照大神」や「日本武尊」
などの神話上の名前がスラスラ出て来る人もいるし、「天皇陛下万歳」を唱えてくれ
た人もいる。「日本の天皇は、エラいからね」と言う人も。でもニヤっと笑って、
「まあ神話だけどね」と続ける。要するに、天皇制という形式については、実はほと
んど気にならなかったらしいのだ。日本でも戦前には同じ教育があったはずであり、
その天皇崇拝教育が軍国主義に結びつき、日本軍兵士たちは「天皇陛下万歳」を叫ん
で特攻隊で死んで行ったりしたというのが、我々の世代の漠然としたイメージだ。だ
がこの台湾のおじいさんたちが本気で信じてもいなければ、たいして気にもせず「当
たり前だと思ってた」程度であるのは、じゃあ日本では本当のところどうだったのだ
ろう?.

お寺からの帰り道に、蒋介石記念講演と記念廟に寄った。台北の官庁街の中心にある、
今でも大変に奇麗に整備された公園だが、観光客がまばらにいる程度でほとんど人は
いない。夕方になると学生が音楽やスポーツの練習によく利用すると言う。蒋介石の
ことをよく思っている台北の人は会った限りでは皆無だったし、むしろ憎まれてさえ
いる。アンドリューの世代も、民主化以降蒋介石政府の圧政や汚職の真相をだいたい
知っていると言う。つまり誰も尊敬せず、それでも形式として、北京の天安門広場そ
っくりの建築様式の政治的権威の象徴が、一応奇麗に清掃されてそこにある。

その姿は、深い森に囲まれてほとんど見えない皇居とは対照的だ。明仁天皇自身が言
及した「行幸通り」にしても、19世紀のヨーロッパの都市計画に倣った、エンペラー
の宮殿に至るメインストリートとして設計されているのは明らかだが、しかしその通
りがたどり着く先は皇居の正門から数百メートル北にズレた小さな桔梗門である。権
威主義的なシンメトリーが徹底された北京の天安門広場や、この蒋介石祈念公園とは
あまりにも違う。ベルリンのアウター・デン・リンデンは今は皇帝の宮殿もないし壁
の存在で分断されたとはいえ、元々は権威の象徴として宮殿を見せる都市構造だし、
ペテルスブルグのエルミタージュにしても、ヴェルサイユにしても、王宮や皇帝の宮
殿とは見せることでその王権・帝権の権威を象徴する存在だ。だが東京と皇居は、違
う。中国に倣った都市整備の影を残す京都の中心である京都御所も、地理的にシンメ
トリーの整然さは確保されているものの、御所自体は拍子抜けするほどつつましやか
だ。だいたい門しか見えないじゃないか。

12月16日の晩、ホテルに戻ると、宴会場で「日本国天皇陛下降誕祭」と書かれたパー
ティーが始まろうとしており、日本人のビジネスマンらしき人がエレベーター前でた
むろしている。カメラを片手に「なんのパーティーですか?」と訊ねると、不機嫌な
顔で異口同音に「日本人なら読めば分かるでしょ」という返事ばかり。「分かります
けど、なぜホテルで天皇誕生日を? それに天皇誕生日は23日ですよ」と聞き返して
も、答えを濁すばかりで逃げて行ってしまう。なまじこちらが日本人であるぶん、ま
すます警戒しているようだ。

妙案を思いついた。ドキュメンタリー映画祭なんだから、キャメラを使えるゲストも
来ている。そこでカナダから『電話交換手の怪人』(オペレーターをオペラにひっか
けた『オペラ座の怪人』のパロディの題名)という作品を持って来ていた女性監督の
キャロリーヌ・マルテルを捕まえて、キャメラを持って会場潜入を試みてもらった。
彼女は長身で金髪の、なかなかの美人。ようするに日本人の中年オジサンがコロっと
参りそうな白人美人である。.

彼女が持ち帰って来たフッテージは驚きだった。日本人女性がキャメラを持った彼女
を見とがめ、彼女が逆に「なんのパーティーなの?」と訊いてもなかなか答えない。
なんとか答えをはぐらかし、最後にささやくように「実はエンペラーのバースデイ」
と教える。向こうの方から話しかけて来た頭の薄い中年ビジネスマンは、「なんのパ
ーティーか?」の質問が出ると「いや、僕は君があまりにきれいだから話しかけただ
けだ」とごまかしてウィンクをして去って行く。要するに、ここに集まっていた日本
人が誰一人として説明しないのだ! 最後に彼女は白髪にタキシード姿でダンディに
決めた台湾人の医師に出会い、この医師がこれが天皇誕生日のパーティーであること、
天皇が今では日本の「ただ象徴であるだけだよ」など、すべて説明してくれる。.

これはいったいなんなのだろう? 天皇誕生日は対外的に日本のナショナル・デーだ。
在外公館ではこの日にパーティーを開くのが外交上の慣例だ。日本と台湾は公式の外
交関係がなく在外公館を置いていないから、ホテルでパーティーをやったのだろう。
日付のことは気になるが、なにも当の日本人がこんなにコソコソと、まるで恥ずかし
いことであるかのような態度をとる必要はどこにもないはずだ。天皇は日本の象徴で
あると同時に、タブーであり恥だとでも言うのだろうか…

12月17日に帰国すると、高松宮喜久子の死が報じられていた。翌日の日曜日、品川区
高輪の高松宮邸で弔問の祈祷を受け付けているというので、とりあえず行ってみるこ
とにする。こうして漸く、僕にとっての天皇制ドキュメンタリーの撮影が本格的に始
まった。    (以下次号)


■藤原 敏史(ふじわら、としふみ)
ドキュメンタリー作家/映画批評。次回は高松宮邸、さらには天皇誕生日と新年一般
参賀の皇居、そして森達也と藤原の微妙な関係と、中止に至る経緯をご報告します。



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃05┃□neoneo坐通信(18)4月前半ののプログラム
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

neoneo坐の4月前半の上映を紹介します。
皆様には、お得な一般会員(2000円、1年間有効)になることをお勧めします。会場は
いずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩1分、JR御
茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。詳細と地図は下記のneoneo坐サイトをご覧下さい。

 http://www014.upp.so-net.ne.jp/kato_takanobu/neoneoza/index.html 

■科学映画特捜隊 vol.3 春のどうぶつ大行進!

<科学×映画=極上エンタテインメント!〜科特隊からのメッセージ>
我々は科学映画特捜隊、略して「科特隊」である。その任務は地球の防衛、と言いた
いところだがちょっと違う。日頃なかなか観られない科学映画の分野からとことん面
白い作品を探し出し、秘密基地「neoneo坐」にて上映することである。
我々の出動も3回目となった。人間界も楽ではないが、動物だって生きてゆくのは大
変だ。そんな動物たちの映画を3本用意してお待ちしている。特に小・中学生の皆さ
んに来ていただけるとうれしい。「えー科学映画あ?」などと言わず、我々と興奮を
分かち合ってほしい。一目観ればすぐに分かるだろう。優れた科学映画はエンタテイ
ンメントなのだ、と。では日曜の昼下がり、神田小川町でお会いしましょう。

4月3日(日)
13:00〜/16:30〜の2回上映
『こんこん鳥物語』
1949年/29分/白黒/ビデオ上映/製作:東宝教育映画/監督・脚本:下村兼史/
撮影:村上喜久男/録音:空閑昌敏/音楽:柴田南雄
<執念!野鳥映画に休息はない>産んでも産んでも卵を奪われてしまう悲運の鳥、
タマシギ(こんこん鳥)。児童劇映画の形式を借りたやさしい語り口の中にも粘り強
い観察ぶりがうかがえる、“野鳥映画”の第一人者・下村兼史の叙情あふれる作品。

たして助演賞は少年か?ヘビか?実はシオマネキか?

『もんしろちょう 行動の実験的観察』
1968年/27分/カラー/16mm/製作:岩波映画製作所/演出・脚本:羽田澄子/
脚本:牧衷/撮影:関晴夫、根岸栄、岡田久/録音:岡本光司/音楽:三木稔/
解説:黒沢良
<赤はキライ・黄色が好き・紫はもっと好き>チョウのオスはどうやってメスを見分
ける?どうして菜の花畑に集まる?動物行動学の考えを取り入れた羽田澄子監督のカ
ラフルな秀作で、四角い「造花」を並べた実験装置もおしゃれ&クール!しかし実際
には、スタッフのエネルギーのほとんどは青虫の飼育に費やされたという。

『オランウータンの知恵』
 1960年/39分/白黒/ビデオ上映/製作:日本映画新社/演出:藤原智子、山口淳
子/撮影:白井茂、坂崎武彦/録音:木村勝巳/解説:望月衛ほか
<多摩丘陵に真実のサル知恵を見た>開園まもない多摩動物公園にやってきたオラン
ウータンのジプシーさん。彼女を待っていたのはニンゲンたちの意地悪な心理実験で
あった…。いまも最前線で活躍中の藤原智子監督によるユーモラスなデビュー作。途
中、心理学者・望月センセイの痛快なナレーションがあなたを襲う!

14:50〜16:10 トーク:『オランウータンの知恵』のころ
ゲスト:藤原智子氏(映画監督) 聞き手:オカダ隊員

上映参加費:一般1,500円/会員1,200円/中学生以下1,000円
トーク参加費:500円(お茶付き)/中学生以下無料
お問い合わせはシミズまで E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp 


■GO! GO! 山形国際ドキュメンタリー映画祭2005
『山ドキ! 東京予備校』(第二弾)

第2弾は韓国特集!
今年は日韓交流年…というか、毎日が日韓交流年でありたい!
かつて戦闘的な反体制のメッセージ映画が多かった韓国ドキュメンタリーも、
いまや20〜30歳代の作り手によって洗練され、多彩な変貌を見せている。
女性監督の活躍がめざましいのも現代韓国の特徴だ。

4月15日(金)
18:00〜『塵に埋もれて』(2002/83分/監督:イ・ミヨン)
20:00〜『家族プロジェクト:父の家』(2002/52分/監督:チョ・ユンギョン)
    『それから』(2003/55分/監督:イ・ホソプ)
作品上映後にゲスト・トーク「ヤマガタ千夜一話」司会:藤岡朝子(山ドキ!専任講
師)

料金:1プログラム券 一般 1,500円 / neoneo坐 会員 1,000円
2プロ通し券  一般 2,500円 / neoneo坐 会員 2,000円
入会金2,000円・1年間有効
ゲスト・トーク「ヤマガタ千夜一話」参加費 お一人様 500円
各回に韓国茶+お菓子付き!
桟敷スタイルですので、長い作品にはマイ座布団持参をオススメします。
【上映へのお問合せ】 佐々木 TEL:090-3271-5280



   ※33-2号へ



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