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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo 31-1号 2005.3.1

発行日: 2005/3/1


☆━┓ ┏━┓ ┏━┓
┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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  ┗━┛ ☆━┛ ┗━☆    31-1号  2005.3.1


∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 †01 日本のドキュメンタリー映画のかたち
      ドキュメンタリーの新しい夜明け (3)  阿部 嘉昭
 †02 自作を解剖する
      『ぼくらのハムレットができるまで』  山本 良子
  †03 ワールドワイドNOW ≪ニューヨーク発≫
      サンダンス映画祭の旅(2) 一難去ってまた一難  東谷 麗奈
 †04 ドキュメンタリー時評
      日本映画、その現状−2004年  藤原 敏史
 †05 neoneo坐通信(16) 3月前半のプログラム
      3月4日、11日、12日「山ドキ! 東京予備校」
        ―山形映画祭・アジア千波万波を中心に5作品上映
      3月9日「短編調査団」(子供の巻、『ぼくのいる街』など4作品)
      3月23日「短編調査団」(数学の巻、『数学』など5作品)


※31-2号へ

     ◇────────────────────────◆◇◆    


 †06 広場
     投稿屋台『クチコミ来来軒!』(7)
       新・クチコミ200字評!(6)
       『箏の物語』『辺野古の闘いの記録『不安な質問』  清水 浩之
       私のオススメ三品!(その3)
         『エイズ〜間違いだらけのSEX知識〜』
         『ファミリー・ポートレイト』  村上 賢司
       投稿:「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」レビューリレー(6)
         岩山に鉄塔が出来たそうです。  金森 誠
         その中にいるかのように  荒井 陽子
 †07 編集後記  伏屋 博雄


   ★バックナンバー閲覧はこちらまで

   まぐまぐ配信   http://www.mag2.com/m/0000116642.htm
   melma!配信    http://www.melma.com/mag/39/m00098339/



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■ドキュメンタリーの新しい夜明け (3)
┃ ┃■阿部 嘉昭
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●松江哲明の場合(2)
(『カレーライスの女たち』)

ウチのカレーは、ビーフカレーしか許されない。夫婦で朝・夜計10食分程度を直径36
センチの中華大鍋で一挙に作る。味のポイントは3、4個分の微塵切り玉葱を、ニンニ
ク・生姜の磨り卸し、鷹の爪とともに狐色になるまで小1時間炒めること。それで甘
み・香り・辛みを出す。その後、湯煎皮剥きしたトマトの微塵も併せ炒める。そこへ
カレー粉をまぶし赤ワインに漬け、その後別のフライパンで焼いていたゴロゴロ牛肉
を投入。野菜の具に大した特徴はない。面取りした人参に、マッシュルーム。これも
丹念に炒め合わせる。そしてひたひたの水とともに固形コンソメを入れる。英国風は
以上の作法に加え、ワイン、ローリエ、ブーケガルニの複合効果と信じている。その
他、隠し味には磨り卸し林檎を。

だいたい休日の午後2時ぐらいから作りはじめ、沸騰後は長時間弱火で煮る。肉の柔
らかさが勝負だからだ。アク取りは入念。炒めの際の余分なバターもついでに除去す
る。一旦冷まし、食べるまえ再加熱する(それで一晩置いたような熟成効果を狙う)。
このとき別茹でしておいた皮つきジャガイモを入れ、のちルーも投入。ルーは市販の
辛口、ビーフカレーに合うのものをメーカーを分けほぼ5種。このように作り方はか
なり真剣だし、他人にも誇れる家庭カレーとおもうが、実は客に出したことがない。
なぜか。他の料理より「家特有の作法」が客に露呈してしまい、そこに「猥褻感」が
生ずると感じるためだ。

カレーを客に出すのは要注意。よほど親密な相手にしか出せない――そうおもってい
たところへ、松江哲明の『カレーライスの女たち』だった。何という単純発想のセル
フドキュメンタリーか。松江の自宅アパートの前が道路工事で音がうるさい、ならば
女友達の家に行ってカレーをつくってもらおう――カレーは翌朝が旨いので当夜カレ
ーを二人で食べたのちは「お泊まり」し、ちゃっかり翌朝のカレーも食べよう(そう
してカレー外泊の3泊4日が描かれるとおもいきや、3日目は松江の自室でステディと
カレーがつくられる――この最後の女が松江『ハメ撮りの夜明け』でついに別れたと
しめされた女なのか?)。

事はまずカレーの作り方に関わる。一人目の女「えり」(27)はズッキーニ、トマト
入り、辛さを抑えたトロピカル風を作った。ジャガイモが溶けだしている様子がどこ
かやさしい(「給食っぽい」という二人の感想が入る)。ローリエもちゃんと入って
いる。ビール、欧州産自然水、苺が置かれたテーブル。ピンクのチェック模様、小さ
なアンティークソファー。小綺麗でどこか「可愛さ」に趣味が傾斜しているが物腰は
大人っぽい(松江は敬語を用いている)。出来上がりカレーと女の顔を一画面に収め
る松江は、その取合せからエロス的個性が浮上する効果を意図しているし、女もまた、
それを意に介していない。

どういう間取りなのだろう、通常のメゾネットタイプとは逆に玄関から階下へと階段
が伸びていて、居間も台所もその階下にある。本棚になぜか『個人事業の始め方』。
最初にピンク映画の試写で会ったとテロップでしめされ、その後、棚のうえに瀬々敬
久の『トーキョー×エロティカ』のビデオパッケージがあってハッとした。親友を裏
切り、佐藤幹雄とトイレでハードペッティングをしたあのショートヘアの子だ(作品
最後では急造バンドメンバーとして渋谷西武の前でドラムを凛と叩いていた) 。ピン
ク映画での濡れ場を観たということは「他人ではない」感触をあたえるものだが、そ
れもあって、彼女のつくったカレー、部屋の調度品といった、彼女にまつわる「すべ
て」が静かな内密性をもってこちら側に滲んでくる。それが懐かしいのだ。別の離れ
た空間に寝、夜中に眼を覚ました松江は、自らの画に童貞時代の悶々を想起したとい
う述懐テロップをカブせるが、この作品では『ハメ撮りの夜明け』でハメ撮りを経験
した松江であっても相手との性愛につながる一切が峻拒されている。そんな距離をふ
くみつつカレーライスをつくる相手と同一空間にいる鼓動だけを伝わらせ、かつ作ら
れたカレーの個性そのものにエロスを宿すという、高効率な方策がここでは採られて
いた。

アテネ・フランセで同じく上映される他の『シネアストの眼』シリーズ5作品がすべ
て内容・エピソード満載のセルフドキュメンタリーなのにたいし、本作は科白/ナレ
ーションの音声情報が薄く、全体構成も既述のようにシンプルなのだが、その単純さ
によって3人の女の「カレーの作り方」に明瞭なエロスが宿ってしまう。松江は冒頭、
初めて付き合った女がカレーしか作れず、それで好物がカレーになったとテロップを
出すが、つまりカレーと女性性がここでは同じなのだった。むろんカレーを作るとい
う設定は「刺激→行為」の枠組にあるから、観客にはアフォーダンス的な観察を導く。
同時にそれぞれの女のエロス的差異の発見をも観客に促す。たったこれだけのことで
世界の多様性が証され、しかもここからセルフドキュメンタリスト松江の日常余白す
ら暗喩されてしまうのだ。

「だけ」尽くしという点に注意しよう。3泊4日「だけ」の撮影、3人の女に順にカレ
ーをつくらせる「だけ」の設定。決められた「30分」の上映枠組にはおよそそんなも
のしかない。だからこそ松江のカメラが一瞬捉えた女たちの生活細部から人生がみえ
る。「えり」でいうならまだある――繰り返し見ると語られる、ほんの少しだけ自分
が地上から浮いているという夢の内容。あるいは雨の日にお台場からの東京湾フェリ
ーに乗船すると落ち着くという体験(松江は彼女の言にしたがい同じことを追体験し、
寂寥の底に落ちる)。ここではカレーも言葉も家具も、対象の「寂しく」「追懐的
な」換喩となる。このカレーを性愛時の表情に換えればAVとなるだろう。ということ
は、松江はカレーでAVと似た効力をもつドキュメンタリーをつくりあげたのだ。ここ
に仄見える「発想のズラシ=作品の完成」という図式にこそ松江特有の運動神経が現
れている。本作はここが「新しい」。

――残りの女の子たちの説明がまだだった。以後は連鎖式で説明する。2人目はやは
り松江との親しさを感じる「中西佳代子さん」(27)。阿佐ケ谷居住=実家は津山=
1K住まい=部屋にアコギあり=具材的には椎茸入りが特徴==電子レンジでチンし
た人参をあとから投入する=茹で玉子&サラダ添え=両親についての語りに生来のユ
ーモアが滲む=自転車とブルース・リーが好き。3人目「小山美香さん」(29)。
松江のステディで松江を「マツ」と呼ぶ=無印良品のグリーンカレーキットで鶏肉カ
レーをつくる=ただしココナッツミルクではなくトマトジュースを投入=「辛いの苦
手」の松江にお構いなし=アク取り入念=料理の作り方は神経質=性格も強い。

この作品に余情が生ずるのは、美香さんとのカレーの翌朝の展開によってだ。雨が止
んだから洗濯物を干せという携帯メールが寝ていた松江に入る。もう昼近く(その時
間まで寝ていたということは…という余計な雑念が観客に生ずるだろう) 。窓をあけ
る松江。雨上がりを告げる小鳥の鳴き声、物干し竿の美しい水滴の接写。そして翌朝
のカレーを暖める松江は、前日の辛さを少しでも中和しようとそこに牛乳を入れた…。
女たちの差異を喜びつつそれを同時に持て余す彼の姿に、男性特有のダンディなポジ
ションが現れる。カレーを暖める松江に、「美香」さんのみならず、「えり」さん、
「中西」さんのカレー作りの際の声の断片がカブる。「追懐」が揺れている。
実に考え抜かれたラストだとおもう。


■阿部 嘉昭(あべ・かしょう)
「阿部嘉昭ファンサイト」に転載する立教学生の期末レポートの解題書きその他で先
週一週間を忙殺された。合計30篇近く。これらが一堂に会すると現在形「少女論」の
多層がみえてくるとおもう。3月初旬のサイトアップを予定しているので、乞うご期
待!  http://abecasio.s23.xrea.com/ 



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┃02┃□自作を解剖する
┃ ┃■『ぼくらのハムレットができるまで』
┃ ┃■山本 良子
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

この作品は映画美学校ドキュメンタリー初等科の修了作品として製作されました。住
宅街で開かれている小さな演劇のお祭りのドキュメンタリーです。

●『ぼくらのハムレットができるまで』ができるまで

きっかけは小さな哲学書の読書会でした。大学で哲学を専攻していた私は、大学卒業
後、数カ月経ってから、インターネットで見つけた小さな哲学書の読書会に参加し始
めることになりました。そこで私は、ヘーゲルの翻訳で有名な、在野の哲学者として
知られている長谷川宏さんとお会いし、長谷川さんから赤門塾と演劇祭のことを聞き
ました。長谷川さんが哲学研究の傍らに開いている小中学生の為の小さな学習塾「赤
門塾」。そこで毎年、演劇のお祭りを開催しており、子ども達だけではなく、塾を卒
業した大人達も一年に一回のお祭りに向けて三か月間、練習に励むのだということで
す。.

丁度、私が学校でドキュメンタリーの勉強を始めたばかりだということもあり、演劇
の本番をビデオにおさめる記録係をしてもらえないか、ということになりました。当
初は本番の劇を撮影するだけのつもりだったのですが、ちょうどこの頃、学校の修了
作品のテーマに悩んでいた時期であり、演劇が出来ていくまでの過程をドキュメンタ
リーにすることが出来るのではないかと考え始めるようになりました。そして、とり
あえず赤門塾へカメラを持って遊びに行くことにしました。

初めて塾に行った日には、もうすでに大人達の演劇の練習では、台本読みが始まって
いました。この題材で修了作品を作るのであれば、もう撮影を始めなければなりませ
ん。演劇の練習の為に集まっている人々に撮影をしてもいいか尋ねると、オフィーリ
ア役の女の子以外は、すぐ承諾してくれました。オフィーリア役のその子も、その後、
しぶしぶと承諾をしてくれて、赤門塾へ行ったその日から撮影がスタートするという
形になりました。面白いことに、このオフィーリア役の女の子が、撮影期間の3か月
とその後の編集期間も、大変親切に、私の作品作りにつき合ってくれることになりま
した。

撮影開始当初、初めて出会う人々が沢山集まっている、自分のよく知らない集団のど
こにカメラを向けていいのか、演劇に関する知識が全くないのに練習のどこを撮れば
いいのか、さすがに途方に暮れ、自分の無謀さを後悔し始めました。これが、どのよ
うな形のドキュメンタリーになるのか、自分でも全く見当がつきません。私が出来る
ことは、毎週赤門塾に通い、カメラを回しながら、観察し、じょじょに知っていくこ
とだけでした。しかし、そのように演劇の練習の撮影を続けるうちに、沢山のことに
気づき始めました。.

そこにいる人々。涙もろく感受性の豊かな大学生の女の子。斜に構えたことしか喋っ
てくれない同い年の男の子。会社の用事にいつも追われてしまう男性。気のいいおし
ゃべりな化粧品屋のおじさん。そんな沢山の大人、沢山の若者、沢山の子どもに囲ま
れて生活をしている、哲学者としてのある生き方を決めたおじさん。それと共に歩む
家族。カメラを通してじっくりそこにいる人々を観察していくと、どの人もいきいき
私の中で動き、存在し始めました。そして、私は、このごく普通の住宅街と小さな塾、
ここに、何かを見つけたという手応えを感じました。

演劇祭が終わってみると、記録したテープは100本を超えていました。膨大な映像の
量に気だけが焦って、作品としての流れをいつまで経ってもつかめずにいました。膨
大に記録した映像を、どのようにして一つの「作品」としてまとめるのか…このよう
な問題を突きつけられているように感じ、そしてそれが私の力で解決できることなの
かと悩み、途方に暮れてしまったりもしました。とりあえずまとめてみたものも、私
が赤門塾に行って感じたこととは、ほど遠い内容になるばかりでした。赤門塾で出会
った多くの人々、多くの出来事…これを私は飲み込み、そして消化し、一つの「作
品」として吐き出さなければならない…その術を知らないまま、上映発表会の前日ま
でずるずると来てしまいました。最後の3日間は寝ずに編集に励んだりもしましたが、
結局納得のいくものは生まれず、上映前日にとりあえず作品を会場へ持って行くこと
にしました。

しかし、その日、会場までの電車の中で、私の頭に突然ある編集のアイデアが閃きま
した。今までのことが、一つのシンプルな歌のようにまとまる瞬間が訪れたのです。
それはとても不思議な瞬間でありました。頭で論理的にまとめることが出来たと言う
よりは、何か突然、頭の中で完成図がフッと湧いたという感じでした。とりあえず会
場に仮の作品を置いて家に帰った私は、思いついたアイデアをそのまま、数時間でま
とめました。.

それはいろいろ考えてきた編集案の中で一番簡潔なものでありました。赤門塾にカメ
ラを持って通っていた日々を素直に並べていき、そこで感じた様々な想いを、その日
ごとに一人の人物に託して、簡潔に映像を紡いでいくということでした。「この作品
において何かを強く主張しなければならない」、「編集において映像に何らかの意味
を付与しなければならない」、そのような強迫も、自分の中でフッと無くなりました。
私の想いをひっそり込めて、あとは登場人物たちに、映画の展開を託そうと思いまし
た。それは、今まで作った中で、一番自分の気持ちに忠実なものとなったと感じまし
た。

撮影をし始めるきっかけも偶然であったからか、編集の終わりも偶然に、天から降る
ように訪れました。この初めて作った作品を前に、今でもなんだかとても不思議な気
持ちがしています。.

私が何故この作品を作ることが出来たのであろう…と、今、考えると、その大きな要
因は「作品を完成までひっぱってくれた多くの人の力」ではなかったかと感じたりも
しています。頼りない監督を熱心にサポートしてくれたスタッフ、アドバイスやお叱
りの言葉を惜しみ無く与えてくださった講師の方々、応援してくださった方々、そし
て何よりも赤門塾の方々。私は、その大きな力にひっぱられ、ひきずられ、撮影をし、
編集をしてきたように感じています。

☆「ぼくらのハムレットができるまで」/2004年/ビデオ/47分
監督 山本良子 スタッフ 高柳峻/西村知巳


■山本 良子(やまもと・りょうこ)
1980年生まれ。大学では哲学を専攻。大学卒業後、映画美学校ドキュメンタリー初等
科に入学。修了作品として「ぼくらのハムレットができるまで」を監督。「ぼくらの
ハムレットができるまで」は、今年1月、ユーロスペースにて開催された映画美学校
プレゼンツ1st cut 2004にてレイトショー上映された。
1st cut 2004ホーム・ページ: http://1st-cut.com/ 



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┃03┃□ワールドワイドNOW ≪ニューヨーク発≫
┃ ┃■サンダンス映画祭の旅(2) 一難去ってまた一難
┃ ┃■東谷 麗奈
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●ことの次第

「ロビーで質疑応答ってなんなんだよ!」私の所属するメディア・センターDCTVの短
編ドキュメンタリー「Bullets in the Hood: A Bed-Stuy Story」がサンダンス映画
祭に正式出品されることになり迎えた初上映。同時上映される長編と異なる短編への
扱いに気分を害した私達の監督20歳のテレンス・フィッシャーが会場を出て行ってし
まった。慌ててインストラクターの桑野まみさんが彼を追いかけるが、この作品と苦
労を共にしてきたまみさんにはテレンスの気持ちが痛い程分かるので説得することが
できない。劇場内で長編への質疑応答に参加しているもう一人の共同監督ダニエル・
ハワード(以下ダニー)を残して、制作スタッフを含む10代の子供達全員を連れて先
に宿に帰ることにした。

そして、会場に残った私は更なる緊張の瞬間を目にすることになる。劇場に引き返す
と、ちょうどダニーが長編の監督に質問をしたところだった。観客たちの視線が彼に
向けられ、彼が短編の監督であることに気づく。通路の端でその様子を見ていた私に
も、その時点から観客の関心が一気にダニー(すわなわち彼の短編)に向いたのが分
かった。ダニーへの長編側からの返答が終わると、観客は今度は彼に質問を始めた。
ところが、驚いたことに劇場スタッフが「短編への質問はロビーにしてください!」
と観客を制したのだ。会場のあちこちから、憤慨した観客たちが「Make exception!
(例外を許せ!)」と声を上げる。空気が張り詰める。その勢いにスタッフが押され
る形で許可を与え、ダニーがついに前に立った。「ロビーで質問を受けるように言わ
れたので、マイクの前に立つことは想定してなかったんだけど」19歳のダニーは、皮
肉ではなく謙虚さを持ってそう言うと、質問に答えてプロジェクトの経緯を語った。
そうして、ロビーに出た後もダニーは観客に囲まれて質問や励ましを受け、揚句には
サインまで頼まれて思わず照れ笑いを見せる。映画祭の観客たちの素晴らしさを感じ、
それに助けられたことを実感しながらようやく初上映を終えた。

しかし、問題はまだ解決していない。不満を抱えたまま先に帰ったテレンスの気持ち
も察してやらねばならない。映画祭の運営形態を理解しているつもりの私でさえも、
今回の劇場側の四角四面な対応には多少の疑問を感じずにはいられなかった。質疑応
答が長引いては次の上映に差し障る、後に上映される長編の方が記憶に新しいので短
編はほとんど質問されることがない等の理由があったのだろう。しかし、そもそも短
編と長編の組み合わせというのは、どこかに共通点を見出してプログラムされている
ものだ。映画祭に足を運ぶ程の熱心な観客であれば、同じ10代を扱った二つの作品を
比較しながら質問をしたいと思うだろう。それを遮ってまで規則に徹しようとした劇
場側の対応が適当であったとは思えない。

●待遇が何故こうも違うのか

確かに、長編と比べて短編作品がどうしても二次的な扱いを受けてしまうことは映画
祭の常である。また、サンダンスのようなレベルの映画祭に出品する短編の監督は、
映画界に入ることを目指す人たち、つまり、今は準備段階として短編を撮っているが
近い将来長編を目指そうとしている人たちなので、現在二次的な扱いを受けることに
それほど抵抗を感じてはいないのかもしれない。しかし、テレンスの場合は色んなこ
とが彼らとは違いすぎた。まず、彼は将来映画監督になることを目指している訳では
いない。たまたま、DCTVでドキュメンタリーを作るチャンスを与えられ取り組んだ作
品が、自分の親友を目の前で警官に射殺されるという衝撃的な事件に遭遇したことで、
当初の予想をはるかに超えた現実を伴ったに過ぎない。彼にとって、作品が短編であ
るか、長編であるかという形式は何の意味もなさない。いわば、これは短編でも長編
でもなく、彼の真剣な思いをぶつけた一つの作品なのだ。

更に、この作品は二次的な扱いを受けるには、あまりに個人的な苦悩や痛みを深く伴
ったものだった。彼にとっては、この作品を繰り返して見ること自体、様々な記憶が
呼び起こされて耐えられないことなのだ。ただでさえ、低所得の黒人母子家庭出身で、
ブルックリンからほとんど出たこともなかったような少年が、華やかな一級の映画祭
に引っ張り出され、自分とは違う人たちにどう扱われるか過敏になっているところだ。
そうした諸事情を考えると、メインの劇場ではなく、外のロビーで質疑応答を受ける
ということが、彼をそのまま低く見られている、軽んじられているという思いに導い
たのも無理はない。.

しかし一方で、私はテレンスにももう少し他の出品者への関心を示してほしいと願っ
た。彼が自分の作品を大切にするように、他の人たちも真剣に映画を作っているのだ。
ダニーが結果的に劇場内で質問を受けることができたのは、偶然起こったことなどで
はない。名誉ある映画祭では、自分たちの作品が上映されることを誇りに思う余り、
出品者側は兎角自己中心的になりがちだ。しかし、フィクションであれドキュメンタ
リーであれ、短編であれ長編であれ、作り手の情熱や真剣さは変わることはない。同
時上映される長編作品に興味を持ち、敬意を払うという作り手としての適切な態度が
あったからこそ、観客の関心があの時一気にダニーへと移ったのだと私は確信してい
る。いずれにしても、テレンスは親友の一周忌に合わせて先にニューヨークに戻る為、
明日の2回目の上映がこの映画祭の最後となる。よい思い出を持って帰れるよう、明
日だけでも劇場内で質疑応答ができるよう映画祭側にかけあうことにした。

●気分転換も束の間

翌日は早朝から地元のローカル局の番組に生出演があった。この時点でかなりの数の
インタビューを既にこなしている監督二人ではあったが、昨夜のことがあるのでハラ
ハラした思いで画面を見つめる。司会の男性が作品の重みをきちんと受け止めて質問
している様子が伝わってきたので、二人の応対も立派なものだった。その後、彼らは
まみさんと監督のみが招待される映画祭創設者ロバート・レッドフォードとの食事会
へと向かう。食後に出品者たちに次々と取り囲まれるレッドフォードに率先して近づ
き自分たちの作品のDVDを手渡したのはテレンスの方だったらしい。彼もここで発信
していくことの重要性を認識しているのだ。映画祭から少し気分転換をしようと、少
し空いた時間でまみさんにスノーボードに連れて行ってもらった二人は、初めての体
験にはしゃいでリラックスした表情で戻ってきた。作品の編集スタッフである18歳の
ジャスミンが、皆のためにパスタの夕食を作ってくれる。2回目の上映に向けて気分
一新と思ったところで、再び思いがけない事態が起こった。

ダニーの母親が凄い剣幕で猛然と私達に詰め寄ってきたのだ。最初は一体何が起こっ
たのか全く分からなかった。彼女が興奮してまくし立てる言葉を拾っているうちにや
っと状況が飲み込めてきた。DCTVは前号でも紹介したように非営利の団体であり財政
的余裕はなく、映画祭に子供達を出席させるために多くの寄付や援助を募った。その
ために、寄付をしてくれた財団や個人に感謝の意を示そうと、監督二人に「〜さんあ
りがとう」と書いたカードを持ってもらいサンダンス映画祭の標識の前で写真を撮っ
て帰るという約束をしていた。何枚ものカードを次から次へと持って写真を撮るのは
かなり手間でもあり、周囲の視線を感じて気恥ずかしくもある。しかしとにかくしな
ければならないと、まみさんは食事会に行った折りに済ませてきたのだ。その話を夕
食時に聞いたダニーの母親は、道端で物乞いをするように札を提げて道行く人に笑わ
れるとは何事だと憤ったのである。全く予想をしていない反応だった。事情と状況を
正確にまみさんが繰り返し説明しようとする。しかし興奮している彼女の耳には入ら
ない。それから、およそ2時間に及ぶ話し合いとなった。

テレンスの前述の件も含め、思いもしないことがトラブルになっていく。黒人の低所
得層の人たちとこれほど密な時間を過ごしたのが初めてだった私は、歴史的に社会的
弱者として扱われてきたことがこれほど根強い被害者意識を持たせるものなのかとた
だただ驚くばかりだった。まみさんに大丈夫ですかと声をかけると、「こういうのは
しょっちゅうですから」と言う。彼女のPRO-TV(DCTVの10代の少年少女を対象とした
メディア・トレーニング・プログラム)のディレクターとしてのここ何年間かの苦労
とその情熱に改めて頭が下がる。彼女が幼少時代を海外で過ごした折りに人種差別を
受けたと話してくれたことがある。マイノリティとして生きることがどれほどの辛さ
を伴うものか理解している彼女だからこそ、日本人でありながらこれほど黒人や移民
の子供達に近いところに存在し、頼りにされ、プログラムを引っ張ってくることがで
きたのだと感じる。マイノリティなだけでなく、学校を中退しているような子供もい
る多感な10代を相手に、彼女は必要な時には子供達を怒ることもする。息子を守ろう
と感情的にぶつかってくる母親にもこうして体当たりで接しているのだ。時間を経て、
話し合いは次第に落ち着きをみせてきた。ジャスミンの作ってくれた食べかけの夕食
もすっかり冷めている。声をかけると、ダニーの母親が「まみともっと話したいの
よ」と穏やかに返答した時点で、これはもう大丈夫だと思った。

●和解

ところで、映画祭では監督たちが快適に映画祭を楽しめるようゲストサービスの担当
スタッフがつくことになっているが、私達の担当であるクリスティにはまだ会えてい
なかった。既に何度か電話では話していたが、夜中の11時に開始する2回目の上映で
ようやく顔を合わせることができた。彼女は午前中に入れた連絡で、昨夜の件につい
て監督二人に不快な思いをさせたことを詫び、早急に対応してくれていた。劇場内で
質疑応答ができるかは直接劇場側と掛け合わなければならない。クリスティに映画祭
プログラム・コーディネーターも加わり劇場側と直前まで交渉してくれているがなか
なかうまくいかない。その様子を見ていたテレンスは、ようやく映画祭の仕組みと自
分たちの作品を分けて考えなければならないことを理解したようだった。日中に電話
で彼らに直接謝罪してくれた短編プログラムの選考委員ロベルタ・モンローも含め、
映画祭側の作品への特別な理解と真摯な対応は子供達にも十分伝わり始めていた。ク
リスティが最後には涙まで流しながら自分たちを誇るべきだと賞賛してくれた時には、
結果は規則通りロビーで質疑応答になったものの誰も文句を言わなかった。長編の質
疑が終わると深夜の1時半を回っていたにも拘わらず、劇場を埋めた観客はロビーに
出ると彼らに歩み寄り声をかけていってくれる。痛みを乗り越え作品を完成させた二
人の勇気を称え、これからも撮り続けるようにとエールを送ってくれる。思わずテレ
ンスが「最高の映画祭だね」と言う。観客と映画祭スタッフの暖かさを子供達がよう
やく感じた夜だった。

さて、スキーシーズンの山岳地帯に来るために寒さ対策に万全を期してきた私達だっ
たが、天候は初日から驚くほど穏やかだった。片や、留守先のニューヨークは記録的
な大雪に見舞われており、次の日のテレンスと他二人の子供達のフライトがキャンセ
ルとなってしまった。戻りが延期となって余った一日、全ての義務を終了して肩の荷
を軽くしたテレンスは夕方近くになって自分から外出し始めた。映画祭と連携して町
で行われている音楽イベントやパーティーに顔を出して、『Bullets in the Hood』
の監督であることで多くの人に歓迎してもらったとうれしそうに報告してくれた。旅
の始まりでは、私にとってほとんど初対面だった子供達だが、テレンスが帰る頃には
ありがとうと言ってくれ少し信頼を得られたことにほっとする。後で記録用のデジタ
ルカメラを見ていたら、疲れ果てて寝ている私をテレンスが隠し撮りしている写真を
見つけて思わず笑ってしまった。

テレンスがニューヨークに戻った後、映画祭で毎日上映プログラムやイベントを紹介
する情報紙のひとつ「IndieWIRE」紙上で短編トップテンに私達の作品が挙げられて
いるのを見つける。これはまだまだ何かが起こる予感がした。
 (次号最終回に続く)


■東谷 麗奈(ひがしたに・れいな)
映画批評家・ビデオ作家。ニューヨーク大学大学院映画学研究科卒業。マンハッタン
のDowntown Community TVCenter( http://www.dctvny.org/ )でドキュメンタリービ
デオやテレビ番組の制作スタッフとして数多くのプロジェクトに参加する傍ら、NYを
拠点としたアートコラムペーパー「云々」の編集長として映画批評活動を展開する。
また、これまでにJapan Society Film Center New Yorkでの映画プログラムの企画や、
古典及び新作日本映画の北米配給やDVD発売に関わる通訳、翻訳も手がけている。



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┃04┃□ドキュメンタリー時評
┃ ┃■日本映画、その現状−2004年
┃ ┃■藤原 敏史
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世界一権威ある映画雑誌、ということになるであろう「カイエ・デュ・シネマ」の編
集代表をやっているジャン=ミシェル・フロドンが先日来日した際に、同誌の年鑑の
ために2004年日本映画の概観を書いて欲しいと頼まれた。一年間といっても日本映画
にはいろんなことが起っていたわけで、どのような切り口でまとめるかかなり悩むハ
メになった。えいやと覚悟を決めて書いてみたら規定の長さの倍以上になってしまっ
て、今度はカットするのにまた一苦労だったのだが、今月のドキュメンタリー時評は、
これからの日本映画を考える議論に一石を投じることができれば、と考え、この長文
バージョンを翻訳・掲載することにした。

* * * * * * * * * *

●日本映画、その現状−2004年

2004年の日本での興行ベスト10のうち、6本が日本映画だった。これは近年なかなか
例外的な快挙である。また海外では是枝裕和の『誰も知らない』がカンヌ国際映画祭
で最優秀男優賞を史上最年少で受賞、俳優の渡辺謙は『ラスト・サムライ』の演技で
米アカデミー賞にノミネートされ、清水崇監督は自作『呪怨』のハリウッド・リメイ
ク版を自ら監督し、と言った具合で、この年は日本映画にとってずいぶん飛躍の年だ
ったようにみえる。「斜陽産業」と言われ続けて30年、日本映画は過去の栄光を取り
戻しつつあるのだろうか?

だがこの“業界”の楽観は、当の映画作家たちやスタッフ、それに批評家にも共有は
されていないだろう。企画を通し資金を集めることはどんどん難しくなり、映画人た
ちはあらゆる局面でさまざまな妥協を強いられている。映画館に観客を集めるのも大
変だ−その前にまず映画館が見つかれば、の話だが。完成した映画が公開まで一年以
上待たされるのは「普通」のことだし、単館でほんの数週間でも日中上映されればい
い方だ。多くのインディペンデントの日本映画は、夜遅くか朝に一日一回の上映枠し
か確保できず、これでは資金回収は極めて難しい。.

無論映画には劇場公開後のテレビやビデオもあるが、しかし日本映画はしばしば、放
映権料の安いケーブルテレビでしかとりあげられず、またここ数年ではレンタル・ビ
デオの貸し出し件数も下落している。若い世代の支出は携帯電話による通話、メール、
インターネット接続の料金が大きな割合を占めるようになり、他の娯楽ないし文化に
費やすお金が減っているのだ。端的に言えば、日本映画を製作することはほとんどシ
ュールレアリズム的な経済行為になって来ている。

この経済的な危機的状況のなかで、業界―つまり大手映画チェーンも保有する大手映
画会社や芸能事務所、そしてテレビ局―の主流は、日本映画の将来をほとんど考えず
にただ今残っているものを出来る限り搾取しているようにすら見える。安いギャラで
働く映画作家たちや技術者、それに俳優たちが映画を作り続けるのは、ただ映画が好
きだから(あるいは、映画の仕事でキャリアにハクがつくから)だけだ。しかし彼ら
が働くことを許される企画の多くは、あまり興味深いものではないように思える。

2004年の日本映画の「大作」の多くは、70年代にヒットしたテレビのSFアニメのリメ
イクだった。『キューティーハニー』(鹿野秀明)、『デビルマン』(那須博之)、
『キャシャーン』(桐谷和明)といった作品の監督には、コンピューター・アニメー
ションやゲーム、コマーシャル、プロモーション・ビデオと言った分野からの“新し
い才能”が起用された―ただその新奇さによって。カンヌ国際映画祭の批評家週間オ
ープニング作品だった『茶の味』(石井克人)も同じ傾向に属すると言える。監督は
CMディレクターで、コンピューター・グラフィックスの多用が「斬新」と宣伝された
が、そこには映画をその上映時間のあいだもたせる構造がない。ただ見た目にキレイ
な、時に奇抜な映像が、映画が鑑賞されているその間に並行してバラバラに分裂して
いく。これは本当に我々が「映画」と呼んでいるものなのだろうか?

2004年のヒット作のひとつ、『世界の中心で愛を叫ぶ』(行定勲)はCGIを多用して
はいないが、この場合同じ原作のテレビドラマが前後して放映されていた−テレビと
タイアップしているからには、マーケティング的に安全だ。しかも、極端にメロドラ
マ的なプロットは、映画的な構造なぞ皆無でも十分に上映時間を維持できる。誰が見
ても確実に分かり、そして泣くことができる―まるでテレビのような−お話なのだか
ら。表面的には、映画は未だに尊重されている。“文化的”により高級で真面目に見
えるから。だが現実には、我々はただテレビに寄生する存在へと押し込められつつあ
る―それが唯一の生存の手段なのかも知れない。今、日本でもっとも国際的な賞賛を
集める監督である北野武の映画作りも、むしろこの極めて有名なテレビ・コメディア
ンのサイド・ビジネス、あるいは趣味のように見なされているのも、未だに現状なの
だ。.

文化庁(日本では文部科学省の下部機関になる)は映画への資金援助のプログラムを
持っており、芸術文化振興基金もやはり映画に助成を行っている。だがこうした行政
サイドからの支援はときに官僚主義に陥りがちで、映画製作の現場からの要請に答え
きれない面があるのは否めない。また行政などの官僚主義的な対応は映画作りの現場
で障害となることも多い。撮影許可を得ることをスムーズにする「フィルム・コミッ
ション」は近年やっと整備されつつあるところだし、こうした地方行政の施策の多く
が、対象となる企画が「公序良俗に反しない」と言った規制を設けている。.

また多くの政府機関や私企業が、その施設内でのロケ撮影に厳しい制約を設けており、
とくに鉄道会社の多くはまったく撮影許可を出さない−日本は世界でもっとも発達し
た公共交通網の整備された国であり、列車に乗ることはこの国での日常生活の非常に
大きな部分を占めているというのに。この点で、侯孝賢の『珈琲時光』は極めて例外
的で驚くべき映画だ。この台湾の映画作家は、自分の日本映画を東京中の駅は列車の
なかで展開するシーンで埋め尽くす。なかには絶対に許可を出さないと噂されるJR東
日本の山手線や中央線で、それも35ミリ・カメラを三脚に据えて撮ったとしか思えな
いショットも多い。ただ日本の映画作家が、どうせ許可が出ないのだからと諦めて来
ただけなのだろうか?

確かに、日本の映画作家の大胆さや戦略の欠如が責められるべき点は他にもある。今
日の世界で本当にその芸術的な独自性が注目されるべき映画、つまりインディペンデ
ント映画の多くは、資金的には国際共同製作になっている―この日本を除いては。日
本が世界でもっとも豊かな国の一つだとみなされているから援助の対象になりにくい
のだろう、筆者はそうとばかり思い込んでいたのだが、アジア映画の専門家トニー・
レインズと話していて驚いた。

トニーによれば、日本のプロデューサーが国際的な資金援助プログラムなどにぜんぜ
ん応募してないだけだ、と言うのだ。また外国のプロダクションに共同製作を申し出
たりもしない。インディペンデントも大手スタジオも、プリプロダクション段階で脚
本を英訳することすらめったにないのだとか。また国際映画祭などで上映することに
もあまり熱心ではないという。なんとばかげた話だろう! 2004年で日本が開国して
150年になる。それでもまだ、我々は鎖国国家のゼノフォビアと、その裏返しとして
の自分達が特殊な民族なのだという思い込みに囚われ続けているのだろうか?

困難なのは経済面だけではない。日本がイラク戦争でアメリカに同盟したことは2003
年の大きな政治的な争点で、世論調査では割が自衛隊のイラク派遣に反対していた―
それも政府が世論に反して派兵を決定するまでの話だ。とたんに6割の日本人が、我
が国の兵力がイラクにいることを支持したのだ。2004年の4月に5人の日本国籍保有者
がイラクで誘拐されると、被害者たちは激しい世論の攻撃に晒された。政府の決定に
従わなかったから、自己責任だという理屈だ。2001年に北朝鮮が日本市民の拉致を公
式に認めてからと言うもの、大手マスコミにはご近所の独裁国家を悪魔的にとりあげ
る報道に満ちあふれている。これと、さらに外国人移民労働者の増加や、青少年に関
わる犯罪事件などなどの社会不安の要素の影響か、日本社会は人種差別に根を持つ右
翼的な体制順応主義に急速に傾きつつある。過去12年の経済的不況も無論無視はでき
ないだろう。

●森崎東の『ニワトリはハダシだ!』

こうした製作面での現実的な制約や、社会的・政治的な抑圧のなかで、それでも日本
の映画作家たちが映画を作り続けていることは驚嘆に値する。しかも重要な作品が生
み出され続けているのだ。この点でとりわけ特筆すべきは森崎東の『ニワトリはハダ
シだ!』であろう。このラディカルで生命力に満ちあふれたコメディで、76歳の映画
作家は、在日韓国朝鮮人への人種差別や、知的障害の子供への偏見、さらに日本の司
法システムの腐敗までをも、おおっぴらに俎上に置く。森崎は1969年の監督デビュー
以来主にスタジオ・システムの中で活動して来た監督だが、そのなかで彼は”猥雑さ
・下品さ”をひとつの芸術−そして社会批評の武器−へと昇華させて来た。初のイン
ディペンデント映画となる『ニワトリはハダシだ!』で、森崎監督は日本社会に蔓延
するほとんどあらゆる偽善を鋭く攻撃しつつ、それでも人間的な価値観と良心に根ざ
した力強い楽観性で映画をしめくくってみせる。

●黒木和雄の『父と暮せば』

しかしこの年のもっとも重要な日本映画は、疑いもなく黒木和雄の『父と暮せば』だ
ろう。井上ひさしの戯曲に基づき、この傑作はヒロシマの生き残りの苦しみに焦点を
しぼる。井上の戯曲自体が膨大な数の被爆者の証言に基づき、作者自身が自分の書い
た台詞は一行もなく、すべて生き残った人々の言葉からとられたものだと語っている。

黒木自身もまた、生き残った一人だ−原爆のそれではないが、15歳のときに一緒にい
たクラスメート11人を皆殺しにした空襲をただ一人生き残った体験を持っているのだ。
しかし『父と暮せば』は直接的な非難・糾弾ではまったくない。原爆が言及されるの
はヒロインの心の奥底のトラウマ的記憶としてのみだ。

映画は1948年の夏の4日間、美津江(宮沢りえ)の家を原爆で亡くなった父の幽霊
(原田芳雄)が訪ねるのに併せて展開する。父はどこかで娘が恋をしていることを知
って、お前の新しい人生が始まるんだと説得しにやって来たのだ。だが美津江は父の
励ましを頑なに拒絶する。自分の罪の意識を吐露し始める美津江は、自分は生き残る
べきではなかったのだと言う。「他の人がうちの代わりに亡くなったのだから、うち
は幸せになってはいけんのです」と彼女は繰り返す。父がやさしさとユーモアたっぷ
りにそれでも彼女を問いつめるに連れ、美津江はついに彼女にとっての最大の罪を告
白する。自分は他でもない“おとったん”を見殺しにした。家のがれきに埋もれた父
を、迫り来る火災がまもなくその命を奪うことを重々承知の上で、見捨てて逃げたの
は自分だ、と。

黒木は井上の作品の舞台を見て以来10年以上、この映画を作ることを念願していた。
だがまるで商業性のない題材で、しかも台詞だけで構成されて目立ったアクションが
ほとんどない戯曲(物語は美津江の家だけで進行する)の忠実な映画化となると、資
金を見つけるのはほとんど不可能に思えた。だが宮沢りえがたまたま脚本を入手した
ことで、状況はまったく変わった。彼女が黒木に連絡をとってこの役をどうしてもや
らせて欲しいと告げ、そして宮沢りえがスターであったおかげで、資金は数週間と経
たずに集まった。.

日本の俳優のほとんど、とくに若い世代のスターたちは、芸能事務所に雇われている
立場だ。彼らは自分たちのキャリアに対するコントロールをほとんど与えられず、事
務所の方ではたいていはその才能をできるかぎり早く商業的に搾取することを主体に
考え、次から次へともうけにつながりそうなプロジェクトに彼らをあてがう―たいて
いはテレビと、それにコマーシャルで、映画はちょっとハクをつけるために、という
スタンスだ。だから宮沢りえクラスのスターをインディペンデントの映画にキャステ
ィングするのはとても難しい―その配役が出資金集めに決定的な役割を果たすという
のに。

宮沢りえは、その世代のスターのなかで自分のキャリアを自分でコントロールしてい
る数少ない女優の一人だ。黒木にぜひ美津江役をやらせて欲しいと頼んだとき、彼女
はこれを演じることが自分にとって、「ただ女優として以前に、私の世代の女性とし
て」どれだけ重要かを語ったという。.

そして宮沢の貢献は、ただ資金面だけの話ではない。黒木は当初、宮沢という配役に
若干の不安を持っていたというが、撮影の初日、最初のシーンの撮影中に愕然とした
という。「私の目の前にいる女性は宮沢りえではありませんでした。福吉美津江自身
が、そこにいたのです」。あまりに演劇的で、台詞主体で、あまり映画的ではないと
思われがちだった企画が、人間の苦悩と葛藤についてのあまりに純粋に映画的な表現
になった瞬間だ。宮沢りえの演技は、黒木をしてシンプルでミニマルな長廻し主体の
演出をとることを可能にした。キャメラはじっと美津江を見つめ、そのささやかな仕
草のひとつひとつから、彼女の心の奥底の痛みが浮かび上がって来る。そのシンプル
で静謐なたたずまいを通じて、『父と暮せば』は原爆がいかにして貴重な命と人生を
徹底的に破壊したのかを伝える―最初は物理的に身体を焼き命を奪い、続けて生き残
った人々の胸に癒しようもない、とりかえしのつかない傷を残すことによって。映画
は力強い反戦の訴えとなるのは、この美津江という女性の存在を通じてである。.

いわゆる映画マスコミの主流は『父と暮せば』の重い主題性を忌避するような格好に
なったものの、映画は観客の圧倒的な支持を受け、興行でも成功を収めた。黒木の映
画、それに森崎東の『ニワトリはハダシだ!』は、日本映画が今でも力強くそしてか
けがえのない芸術表現の手段であることを示している―ただ映画としての成熟度と美
しさだけでなく、その映画が観客に対し、社会に対し、世界に対して表現しているこ
とによって。我々が我々のスクリーンになにを映し出すのかには、大きな意味がある
のだ―すさまじく重い意味が。

注:『父と暮せば』は3月5日より4月日まで岩波ホールでアンコールロード
ショーが行なわれる。問合せ:03-3262-5252(岩波ホール)


■藤原 敏史(ふじわら・としふみ、またの名は水原文人)
ドキュメンタリー演出/映画批評。森達也さんと共同でやっていた天皇制についての
ドキュメンタリーの製作がストップしてしまい、いろんな意味で欝気味の二月でした。
日本のテレビがだめならば、海外出資を探すしかないか? 一方土本典昭監督につい
てのドキュメンタリーは、無事撮影終了。



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┃05┃□neoneo坐通信(16)
┃ ┃■3月前半ののプログラム
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neoneo坐では先月から上映回数が一気に倍増。3月もプログラマーの鋭意努力により
魅力あるラインナップが勢ぞろいしました。まずは3月前半の上映を紹介します。
皆様には、お得な一般会員(2000円、1年間有効)になることをお勧めします。会場は
いずれも神田・小川町のスペースneo((都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩1分、JR御
茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。詳細と地図は下記のneoneo坐サイトをご覧下さい。
(伏屋博雄)
 http://www014.upp.so-net.ne.jp/kato_takanobu/neoneoza/index.html

■『山ドキ! 東京予備校』
Cプログラム 3月4日(金) 20:00〜/3月12日(土)14:00〜

イランから詩情豊かな珠玉の短編4本。皆既日蝕の到来を待ち受けるクルドの村。自
転車を押し歩く人の主観で捉えたバザール。農場で綿摘みをするアフガン難民たちの
歌声。網漁に取り組む老人の存在感…。音の使い方も秀逸な作品群。

『日蝕』(2000年/VIDEO/15分/イラン・監督:メヘルダード・オスコウイ+イブ
ライム・サイーディ)★YIDFF 2001 アジア千波万波 招待作品

『騒音の向こう側』(2000年/VIDEO/13分/イラン・監督:アボルファズル・ソル
シュメヘル)★YIDFF 2001 アジア千波万波 招待作品

『人生のバラード』(2002年/VIDEO/14分/イラン・監督:バナー・バルホダー・
レザーイ)★YIDFF 2003 アジア千波万波

『ハーラの老人』(2001年/VIDEO/30分/イラン・監督:マーヴァシュ・シェイホ
ルエスラーミ)★YIDFF2003 アジア千波万波 奨励賞
「単調で寂しげな老人の一日が、見事な撮影で感動的に美しく描かれている。その生
活の中に、人生に大切ななすべてのことが盛り込まれているように思う。水などの日
常の音が印象的に構成されている」(河瀬直美+キム・ドンウォン)

注:緊急連絡〓山ドキドキ予備校3月4日は上映後にイラン映画講座を行ないます(19
時30分会場ー20時00分開講)。イラン映画講座・ゲスト講師:ショーレ・ゴルパリア
ンさん(イラン映画の通訳コーディネーター・字幕翻訳者)+山ドキ予備校専任講師-
藤岡朝子さんです。
料金ー上映+イラン映画講座一般\2000・会員\1500〓開講前には予備校特製サービス
給食用意有(先着順限!)〓講座後ゲスト講師との交流会予定しています。(ドリン
ク代は別料金)よろしくお願いします。

Dプログラム 3月11日(金) 20:00〜/3月12日(土) 16:00〜

『ビッグ・ドリアン』(2003年/VIDEO/75分/マレーシア・監督:アミール・ムハ
マド)
ライフル乱射事件にパニックするクアラルンプール市民? 監督自身の真顔ナレーショ
ンに爆笑のスピーディーな長編。★YIDFF2003 アジア千波万波 特別賞「一見あまり
重要ではなさそうな過去の出来事を題材に、実は深い社会意識がシリアスでない形で
描かれている。監督は政治的な問題に無関心で退屈している若い観客へのサービスと
して、奇抜な想像力とバラエティに富んだ表現方法を駆使している」(河瀬直美+キ
ム・ドンウォン)

【料金】
各プログラム―一般:1,500円/一般会員:1,000円
(会員には入会金2,000円で当日加入できます。1年間有効)
【上映へのお問合せ】 佐々木 TEL:090-3271-5280


■「知られざる短篇映画を見てみる」上映会
「短編調査団」(SHORTFILM RESEARCHERS)、鑑賞無料

(4) 子供の巻…3月9日(水) 20:00〜
『ぼくのいる街―写真集「銀座と戦争」より―』(1989/23分/カラー/16mm/平和
博物館を創る会 映画委員会)演出:黒木 和雄/台詞:飯島 耕一/撮影:高間 賢治
/語り:荻野目 慶子
1945年1月の空襲で死んだ少年が、現在の風景の中に現れ、かつての自宅があった跡、
遊び場や小学校、母親とともに命を落とした場所をさまよい歩く。“昭和”という時
代を振り返りつつ、戦争の悲惨さを描く。

『チコタン―ぼくのおよめさん―』(1971/12分/カラー/16mm/学習研究社)
演出・脚本:岡本 忠成/作詞:蓬莱 泰三/作曲:南 安雄
音楽と映像の一体化をねらって、バラード形式の子どもの歌が展開。仲良しの女の子
を交通事故で失ったボクの気持ちをうたいあげ、交通安全の問題を子どもたちの側か
ら追求しようとする。

『あぶない』(1965/14分/カラー/16mm/岩波映画製作所)
企画:三菱銀行/演出:佐藤 圭司/脚本:羽田 澄子/撮影:栗田 尚彦
主として幼児を対象に、問題が深刻化している交通禍について、歩行のルールを平易
に描く。

『遊び場のない子供たち』(1965/37分/白黒/16mm/桜映画社)
演出・撮影:菊池 周/脚本:村山 正実/解説:牟田 悌三
当時、全国200都市の遊び場の実態調査では、14歳以下の子供1人当り座布団1枚の面
積しか用意されていなかった。そんなとき子供はどんな方法で遊び続け、大人は子供
のために何をしたか。その実態をオムニバス風に綴っている。


(5) 数学の巻…年3月23日(水) 20:00〜
『数学』(1956/9分/カラー/16mm/提供:カナダ大使館)
スクリーンは数字で溢れ、お互いに押し合いへし合い、ぶつかり、逃げ回っている…
ノーマン・マクラレン製作。

『スクエア・ダンス』(1961/4分/カラー/16mm/提供:カナダ大使館)
子供達がすぐに理解し楽しむことができるように、幾何学の図形との楽しい出会いを
作る、数学の授業のための映画。

『ゼロの発見』(1963/21分/カラー/16mm/アジア映画社)
企画:埼玉銀行/監修:吉田 洋一/演出:富沢 幸男・杉原 せつ
脚本:大沼 鉄郎/作画:久里漫画工房/音楽:松村 禎三/声:河合 坊茶 ほか
昭和14年の初版以来、岩波新書のベストセラーとして読まれてきた吉田洋一著「零の
発見」をもとに、著者自身の監修、久里洋二の動画で数字の歴史を映像化。第二回日
本産業映画コンクール奨励賞。

『まるい世界の物語』(1977/20分/カラー/16mm/岩波映画製作所)
企画:埼玉銀行/演出:山崎 博紹/脚本:坂口 康/撮影:八木 義順
小さな魚の卵から宇宙の構造まで、宗教のシンボルである永遠のしるしから原子像ま
で、三枚の厚板を組み合わせた初期の車輪から天翔けるロケットまで…その世界を楽
しむ。

『でたらめの規則 平均と標準偏差』(1971/35分/カラー/16mm/岩波映画製作
所)
企画:文部省/演出・脚本:花松 正卜/撮影:中神 賢史
推計学の原理の日常的な応用例として、血液検査で赤血球を調べる仕事を紹介。顕微
鏡をのぞくと、赤血球のばらつきが一見でたらめとしかいいようのない状態にありな
がら、そこにはでたらめについて法則性があり、それを推計できる。

【料金】鑑賞無料!【お問合せ】清水 TEL:080-5468-3251


   ※30-2号へ



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