ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo |
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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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┗━┛ ☆━┛ ┗━☆ 23号 2004.10.15
∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
†01 日本のドキュメンタリー映画のかたち
対極のドキュメンタリー
―小川紳介と土本典昭(5) 大津 幸四郎
†02 自作を解剖する
『世直しタイフーン』 高田 亮
†03 列島通信 ≪東京発≫
「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー 山形in東京2004」 濱 治佳
†04 ドキュメンタルな人々 続・幻のフィルムを求めて(9)
京都映画祭とサイレント映写 安井 喜雄
†05 neoneo坐通信(9)
10月の上映―「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」
第1弾『青年の海』『圧殺の森』『現認報告書』
†06 広場
投稿:『Cuba/Okinawa サルサとチャンプルー』(12)
キューバの日系移民の監獄 波多野 哲朗
投稿コーナー「クチコミ200字評!」(20) 提案者:清水 浩之
作品:『フォッグ・オブ・ウォー』『そしてトンキーもしんだ 子が
父からきくせんそうどう話』『サイエンス グラフィティ―
科学と映像の世界―』『女王蜂の神秘』『わが道』
投稿:neoneo 10/1号「ドキュメンタリー時評」水原史人氏に寄せて
佐々木 健(「キノ・キュッヘ」)
†07 編集後記 伏屋 博雄
★バックナンバー閲覧はこちらまで
まぐまぐ配信 http://www.mag2.com/m/0000116642.htm
melma!配信 http://www.melma.com/mag/39/m00098339/
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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■対極のドキュメンタリー ―小川紳介と土本典昭(5)
┃ ┃■大津 幸四郎
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●小川プロと距離を置くようになる
大津:『日本解放戦線 三里塚の夏』(1968年)を最後に、私は小川プロを離れるわ
けですが、自由に遊撃戦を展開できるゲリラ的創作集団のイメージとナポレオン的軍
隊のイメージとの齟齬(そご)、そしてその軍隊の上に大将の名をつけるかどうか、
そんなことについての小川を取巻く制作の若手スタッフの動きに違和感を持ち始めて
いた時、三里塚の畑(現在の成田空港の第2ターミナルへの入口ゲート付近)でキャ
メラを廻している最中に、「公務執行妨害」ということで、警官の暴行を受け、僕が
逮捕されるという事件が発生するのです。
警察は逮捕はしたものの、起訴するに足る罪名も見つけられず、一夜で釈放せざるを
得ず、完全に警察権力の失点、しかも言論の自由に対する国家権力の弾圧ということ
で、マスコミも注目し始め、小川プロと僕の周りにかなり強い風が吹き始め、気まま
に自由に動ける雰囲気がなくなってくる。
撮影という行為は静かにひっそりと、できるだけ周辺からの干渉を避けて自由にやり
たいという信条もままならなくなり、政治的動きの渦中に巻き込まれる機会も多々で
てくるなど、この辺でものを創るということをもう一度じっくり考えてみたいと、
まぁそれやこれやでしばらく小川を中心に廻っていた小川プロと距離を置くようにな
ったのです。そのような状態の時、土本さんから『パルチザン前史』の制作の話が持
ち込まれてきたのです。
●『パルチザン前史』の背景
大津:『パルチザン前史』は、68年にちょうど『三里塚の夏』が終わる頃ですけれど
も、土本さんは黒木和雄さんと一緒に劇映画『キューバの恋人』を作るということで、
キューバに行くわけです。そのとき、土本さんはプロデューサーをやる。もともと監
督ですから、ドキュメントで自分のキューバを、ゲバラについての映画を作りたかっ
たわけですね。そのためにキューバで撮られたゲバラのフィルム資料を持って帰りた
いということがあった。ところが、かなりの量のフィルムは持って帰ってはきたけれ
ど、ほとんどカーニバルとか、例のにぎにぎしいカーニバルのフィルム、ほとんどそ
れなんですよ。ゲバラは今やTシャツにもなっている例の写真家の撮った、あのス
チールを複写したフィルムや、キューバ国立銀行総裁等の政府要人としてのゲバラの
2、3のフィルム断片しかなかった。最近『ゲバラ』を見ても、未知のいろんなフィル
ムはあったことはあったけれども、それでもやはりゲバラのフィルムに残されている
足跡というのは、やはり非常に少ないですよね。
これではゲバラの映画は作れないですよということになって、じゃぁ、日本のゲバラ
たちを探そうということで、69年初め、関西、特に京大や同志社大などは赤軍派の拠
点だったのですが、関西をいろいろ歩き回り始めました。こういうところから『パル
チザン前史』、日本のゲバラたちですね、ゲバラの卵たちかもしれない、それは。何
かそういうものを探ってみたいという気持ちがあって、『パルチザン前史』は作られ
ていきました。
また、内輪の話をしてしまえば、僕は三里塚スタッフから抜けますよね。その後小川
の方は自分の中で三里塚農民のイメージをもう一度作り直そうとするから、今までの
闘争の局面を撮っていく中で、闘っている農民たちの心情を撮りたいということを言
っていたけれども、空港反対派の農民、農地を空港公団に売ることに同意してしまっ
た農民を含めて、彼は百姓の心情、心ということにどうしてもひっかかっていく。百
姓の存在の根源のところで思考していくわけだから、完成までにもの凄く時間がかか
るんですよね。.
だから、予告した『三里塚の冬』(『日本解放戦線 三里塚』のこと)、夏があるか
ら冬という形で予告したんだけれども、それがいつまでたってもできないわけです。
制作がどんどん遅れるから、何らかの作品を上映しないと上映運動が保てないという
ことで、急遽割合短時間に作ったのが『パルチザン前史』なんです。ですから、関西
を歩き始めたのが69年の2月くらいだったと思います。その年の夏に全共闘が学園占
拠する京大に入ります。それで京大の学園、時計台を占拠する学生たちの運動の解体
の始まる10月に撮影が終わる。2〜3人の若者が切り回している関西小川プロが制作母
体ですから、金が続かない、こっちに回ってくる金がないのです。フィルムを買う金
にも不自由する仕事でした。とにかく非常に短時間にできたのが『パルチザン前史』
なんです。
筒井:そうすると大津さんが呼ばれたのは、土本さんから呼ばれたんですか。
大津:そうです。土本さんが、「ゲバラを作ろうと思ったんだけれども、材料はこれ
しか無いんだけれども、これで出来るかしら」と。あの人も意地が悪いですよね。見
たらもう400フィートも無いようなもので、「これで出来るかしら」と。「出来るは
ずないですよね。これではね」。ということで、引っ張り込まれたというか。「無理
でしょうか。じゃぁ日本のゲバラ、やらない?」という感じで始めたんです。
筒井:そのときはずっと土本さんとコンビを組むとはまだ予測されていないですよね。
大津:そうです。小川さんは若いイメージで自由な表現の仕方を模索しようとするが、
制作の面では政治的党派の影響もあり、不自由が予想される動きがやや出てきたとい
うこともあったりして、僕はどちらかというと、表現の自由だとか、身の処し方を含
めて身軽さを求めていてアナ―キーな自由を模索していたこともあったりして、更に
カメラマンとしてオールマイティというか、カメラマンとしてできる能力としては当
然、劇もドラマもそれからドキュメントも、顕微鏡撮影やコマ撮りなどもできなけれ
ばカメラマンじゃないというふうに思っていたから、コマ撮りまでも含めてやってき
たわけですけれども、そういうこともあって劇の方にも一度行ったりすることもあり
ますけれども、観念的には自由とは何かを求めていたこともあって・・・。.
更に土本氏とは、青の会から岩波映画を含めて、一緒にやっていたこともありますし、
そういうことで彼の持っているフレキシブルで柔らかい思考が魅力的で、やりたいな
ということはあったんですよね。取りあえずは『パルチザン前史』が目の前にあるわ
けです。それから先の見通しはまったくないわけです。ですから、『パルチザン前
史』が終わってからしばらくして、水俣の話が出てきて、また、相談に乗ると、以前
テレビ番組で水俣病の患者さんと真っ当に向き合ったことのある彼は「これ本当にや
ろうか。どうしようか」と随分と迷い、土本さんの水俣での苦しい体験などを話され
て、又、相談されるというふうになるわけです。
●『圧殺の森』の撮影方法
筒井:大津さんのカメラの方の話にちょっと移したいんですけれども、『三里塚の
夏』なんかもそうなんですけれども、僕は大津さんのカットの中でもすごくパンが印
象的なんです。この2作にしても、パン、相当多いですよね。パンした後の表情も、
撮られているところは短いんですけれども、すごく凝縮されたような表現を感じるん
ですね。だから、割とせっぱ詰まったものをできるだけ取り込んで、圧縮しようとか、
そういう感じをすごく受けるんですけれども、その辺いかがでしょうか。.
大津:『圧殺の森』では、割合パンをしないで、喋っている人物の表情というか、そ
れをじっくりと見ていきたいという、実際はそんなに長くフィルム使えなかったけれ
ども、見ていきたいという趣向が非常に強いわけです。だから、人物の表情や動きな
どにつき動かされてフィックス、フィックスで割合撮っていこうとしました。ところ
が、後半になっていくと、その場の状況を出していきたいということが起こるんです。
ある人物が喋り終わったところに、別の方向から別なことを言う、そんな緊迫した場
の状況も含めたかったし、すると、どうしてもこの人からこっちの所までパンして捉
えたいことがあるわけです。同時性というか、臨場感みたいなものを表わしたかった
のです。ところが、カットの頭はいいんだけれども(充分カメラにひきつけて撮って
いるから)、パンした後すぐ尻すぼみになるということもあると思いますけれども、
構図も崩れたりしますのでカットを割って、サイズはほぼ同じなんだけれども、カッ
トを割って次の話を掴まえるというようなことが多々あったと思うんですよね、場の
状況を出したいと思ったものですから。.
それからこれは僕のカメラワークについてよく指摘されることですが、割合ズームを
使うのですね。ズームを使うというのは、音と絵を同時に撮らなくちゃいけないとい
う状況で、カメラで音を撮るということが多々あるわけです。音とか話している内容
を意識して撮るのです。話を、ナレーティブを撮るのです。すると、喋っている最中
にカットを割るということはなかなか出来ないというか、喋りを途切れさせたり、跳
ばしたりすることが僕としてはできない。ある連続した緊張感が欲しいというとき、
非常に欲張りなんですが、引きと同時にアップも見たいというこの両者がせめぎ合う
わけですね。.
そうすると、じっと引いて、フィックスでキャメラを動かさないで、こうやってじっ
とひいて見ているというのがだんだんイライラしてくるというか、耐えられなくなっ
てくるのです。凄いことを言っているが、このサイズでいいのかなということがある
わけですね。ですから自分は本当に欲張りなんですね。いろいろなサイズで同時に見
たいんですよね。だから本当は、ファインダーで見ているときには、どこかでは引き
を撮りながらアップを見ているというか、そういうところあったと思うんですよね。
特に『圧殺の森』というのはどちらかというと、アップ主義というか、その当時は僕
は引いて収まった形で見せるというのが―要するに引きというのはどこかで説明的に
なっちゃうんじゃないかという怖さが常にあったんですよね。だから、喋っている人
物の中に入りたい、入りたいという欲求があるから、どうしてもアップになっていく。
語っている人物の情念とカメラを廻している僕の情念がぶつかり合う、そんな場面を
頭に描きながらキャメラを廻しているのですね。.
その人たちのその時の眼の光がどうなのか、それから、喋っている時の手の動かし方、
そういうことが非常に気になって、その光りは人物の内面を表わす鏡ですよね、そう
いうことが知りたいんです。そうしたら、だんだんアップ、アップになっていく。ア
ップに魅せられていく。アップこそ信頼に足る表現だと。そういうことで、一時期ア
ップの虜になっていきました。それは『圧殺の森』の時期だったんです。時々最小限
引きはありましたよね。もちろん。
筒井:アップの積み重ねがすごく状況の切迫感を伝えているなという感じがしました。
それで、この頃、もちろんカメラは同時録音はできないわけですけれども、疑似シン
クロみたいな形で音も録っていますよね。それで、たとえば『圧殺の森』でいうと、
学生ホールで深夜のシーン、あの辺り何かいつ襲ってくるんだという緊張感がものす
ごくありますよね。あそこのところで、あそこはわざとだと思うんですけれども、カ
メラの音を響かせていますよね。あれは狙いなんでしょうか。.
大津:明朝、官憲が学生会館に踏み込んでくるかもしれない。いや、今闇警察が潜ん
でいるかもしれない。学生たちは一時退去を決意し、闇の中に消えていくのですが、
残ったカメラがその一部始終を見ている。そんな場面では、カメラが存在を感知させ
る。カメラが彼らの出て行った後まで残っている。そのことは撮影しながら頭をかす
めました。
あの頃使ったカメラのことを言いますと、アリフレックスのSTといういわゆる防音装
置もしていないし、シンクロ装置もないカメラです。しかもフィルムは100フィート
(撮影時間は3分)しか入らない。カメラが廻る音は激しくしますよね。今日見てた
ぶんお分りになったと思いますけれども、画と音を意識的にずらして撮影していると
こもあるのですよね。話の内容をきちんと聞きたい時には、逆にカメラは廻らない。
カメラノイズが邪魔して話がうまく聞き取れないから。ところが、後半になって、あ
る緊張感が高まってくると、否応なく画と話の内容を同時に録っていきたいという欲
求が当然出てきます。.
だから、最初の方ではわざと音と画を意識的にずらそうという撮り方をしているとこ
ろもあると思います。しかし面白いことに、カメラノイズがあると、話す方もカメラ
の音に負けまいと声が高ぶっていく、そんなこともありました。後半になって、さっ
き筒井さんが指摘されたところは、本当にシンクロで録っている、一回性の出来事で
すから。同時に、今日見ていると、彼らが次々と出て行く、そしてカメラが最後に残
る。あそこで初めてカメラの存在感というか、存在を出していくことを意識したと思
います。それは又期せずして学生たちの恐怖感、危機感をカメラが共有した、そのこ
とで彼等の危機意識を感覚的表現できたとも思うのです。(つづく).
■大津 幸四郎(おおつ・こうしろう)
本来あるべき場所からの置換、脱臼化、そして難民化、その渦中で人々の生と意識は
世界とその地域の政治の力学にどのように耐え、生き延びられるか。そんな思いの作
品を、アラブの世界での流民と定住の相を、その地の近・現代史を強引に引き裂いた
イスラエルの存在とその侵略を視界に取り込みながら、パレスチナ生まれの知識人エ
ドワード・サィードの自伝「遠い場所の記憶」に依るも、そこからどこまで遠く飛翔
できるか、流浪できるか、未だタイトル決まらずのシウロ作品に、沙漠の彼方の蜃気
楼を捕らえんと佐藤真監督とアラブ詣でに励んでいます。
また、土方巽の共に舞踏の祖と称せられる大野一雄翁、95歳、復活の記録も撮影はと
うに終っているのですが、音楽著作権がクリアーできず、3年来の頭痛の種となって
います。
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┃02┃□自作を解剖する
┃ ┃■『世直しタイフーン』
┃ ┃■高田 亮
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売れない役者『宇野祥平』が、納得のいかない世の中の出来事に対して、一人、孤独
な戦いをしてゆく姿を追ったドキュメンタリー。
狙いを言ってしまえば、宇野祥平(タイフーン)という人間が、作りこんだフィクシ
ョナルな存在として行動し、その突飛な論理(「少子化って、コンドームを廃止すれ
ば解決しますよねえ」等)を通行人や文部科学省に提案してゆくことで、人々(ノン
フィクショナルな存在)の生なリアクションを捉えてゆく。
フィクションやノンフィクションという垣根を溶解させることで、世の中そのものの
不合理さ、不可解さを露呈させる試み。ということになるのだろうか。
彼、宇野祥平はまず某書店の店長にインタビューし、立ち読みは一冊三分くらいが許
せる範囲だとのコメントを得るや、本屋で立ち読みしている人間を見張り、三分を過
ぎた人間に注意を促す。
次に渋谷で性行為の低年齢化について、通行人にインタビューを始める。.
すると彼は、妊娠や性病を恐れるあまり、コンドームをする人間が増え、そのことが
少子化に拍車をかけているのではないかという仮説にたどり着く。
思い立ったが吉日、彼はスーツを着込んで文部科学省へと赴き、職員へ面談を申し込
む。コンドームの廃止を提案するためだ。
彼(宇野祥平)の理屈は、彼の思いつきのデタラメだ。
それを、まっとうに働いている文部科学省や街の人々に訴える。多くの人は首をかし
げ、相手にせず、電話は切られてしまうが、時折、日本語がよくわからないインド人
らしき男性と妙に会話がつうじる瞬間があったりする。
フィクションとは一体何か?ノンフィクションとは?
家族がさらわれ、北朝鮮からの脱北者が漏らした情報や行方不明になっていた者から
の手紙などから拉致に関する情報があったにも関らず、三十年近く放置されたままだ
った拉致問題や、少子高齢化から深刻化する年金問題。後出しされた出生率。.
サミットでの首相の言動(サンシャイン?ソフィアローレン!)、残酷な犯行であれ
ばあるほど法に問われないという刑法三十九条。冗談としか思えない出来事はいくら
でもある。そこにあるのはいつでも、常識や法、自由や正義、政治や国際協調という
名の建前(フィクション)だ。
この作品は、売れない役者宇野祥平が、知人であった脚本家佐藤佐吉(『殺し屋1
(イチ)』等)に自分のプロフィールビデオ作りの相談を持ちかけた事から始まり、
二人の案を具体化するために監督として呼ばれたのが私だったといういきさつがあり、
基本的に原案佐藤佐吉、脚本宇野祥平、監督高田亮という、すでに土台のある状態か
らの参加ではあるものの、この作品の中にあるウソとホントウの境界線が曖昧になっ
てゆく瞬間に立ち会い、またそれを引き寄せる仕掛けとしての宇野祥平と行動を共に
することで、自分の中にある映画を成立させるルールや、ドキュメンタリーであるこ
とのルール、テレビと映画という境目を守るための自己規制、それらを次々に違反し
てゆく快感を味わい、それを作中に込めたつもりだ。.
テレビや映画でも定着した感のある疑似ドキュメンタリーという手法を、反転させ、
いってみれば疑似フィクションとでも呼びたいようなこの作品は、たった一度劇場試
写をしただけで、今のところ上映の予定もたたないまま完成から一年という時間が経
ってしまった。
この作品に興味のある方は、ご連絡下さい。
☆『世直しタイフーン』 (2003年/DV/ 58分/モノラル)
■高田 亮(たかだ・りょう)
1971年生まれ。大映の脚本家工藤裕弘氏に弟子入りし脚本を学んだ後、ピンク映画助
監督となる。助監督業の傍ら自主映画を作り続け、四本目の自主作品『人間狩り』は、
ピクトアップ誌上にて紹介されたほか、映画芸術2000年度ベストテンでは北野武
『ドールズ』と並び、64位に選ばれた。
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┃03┃□列島通信 ≪東京発≫
┃ ┃■「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー 山形in東京2004」
┃ ┃■濱 治佳
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9月8日より始まった山形国際ドキュメンタリー映画祭2003のプログラムを中心に全
116作品を上映する「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー」は、2003年の映画祭で
大賞を受賞した『鉄西区』の上映で幕を上げた。これまで東京では何度か上映されて
いるが、変わらずの人気を見せ、多くの観客の熱気が国際交流基金フォーラム(以下、
フォーラム)を包み込む。3会場・1ヶ月強に渡る映画祭では、各日ごとにテーマがあ
ったが、枠に固定化されない豊穣な多様性を持つ作品群が、ドキュメンタリーの概念
に抵抗し、また再構築していく、文字通り「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー」
といえる映画祭となった。
フォーラムでは、「インターナショナル・コンペティション(以下コンペ)」「アジ
ア千波万波(以下アジア)」「アメリカン・ドリーム?」のプログラムを中心に上映。
ロビーでは、上映作品のオリジナルポスターや山形映画祭の過去のポスター展示、ま
た2003年の映画祭期間中に行われた上映後のティーチ・インの模様やデイリーニュー
ス・スタッフによるインタビュービデオを各作品に合わせて上映した。これはなかな
か好評で、みなさん熱心に画面に向かう。他にも飛び入りゲストとして『ヒバクシャ
世界の終わりに』の鎌仲ひとみ監督や『スティーヴィ』の製作スタッフ有田桃生氏
が質疑応答や舞台挨拶で参加。どちらもロビーで引き続き談義が続く活発な雰因気で、
現場のスタッフが作品となって一般に公開される場に参加することは、やはり映画祭
の醍醐味であると実感する一場面を見せてくれる。
11日は宮沢章夫氏と井土紀州氏のトークイベント。9.11を意識したイベントであった
が、井土監督作品『LEFT ALONE』の話しを中心に舞台と映画製作の現場を基点にして、
もの作りに向かう姿勢が伺える内容からは、9.11で変わってしまったことがあるよう
に変わらないこともあり、今その狭間で生きていく・ものを見ていく・ものを作って
いくことを想起させる刺激的なトークであった。それは、具体的に9.11ついて語って
いたわけではないからこそ浮き彫りになってくる。
フォーラム最終日の15日は、フレデリック・ワイズマン監督『DV』と東京初上映の
『DV2』、ただ今ユーロ・スペースで好評上映中の『アトミック・カフェ』、そして
青山真治監督『あじまぁのウタ』とどれも盛況な入りで、18日からのアテネ・フラン
セ文化センター(以下アテネ・フランセ)へと会場を移す。
間に映画美学校で3日間、「沖縄特集」「にゅうどっくす じゃぱん」「エクスペリ
メント・アジア」プログラムを上映。「にゅうどっくす じゃぱん」で上映した作品
はそれぞれ製作スタッフ・監督らが会場にかけつけ、『独立少女紅蓮隊』の安里麻里
監督、『塩素中毒』『ISLANDHOPPING』のタン・カイシン監督によるトーク付き上映
と、いずれも観客の反応も活発に、和気あいあいとした雰因気。
アテネ・フランセでは、「コンペ」「アジア」作品と「ニューズリール 1968」「沖
縄特集」「世界の現場へ!もっと良心的に もっと行動的に」など10の特集プログラ
ムを18日間に渡って上映、ゲストを迎えてのトークも盛り沢山に映画祭の最高潮を迎
える。また、特別企画としてトーク終了後にアテネ・フランセから歩いて10分ほどの
スペースneoに場所を移しての交流会で香味庵さながら大いに盛り上がる。(美味し
い料理とお酒と温かいもてなしで迎えてくれたオーナーの佐々木さんに多謝!)
高木隆太郎氏が語る「映画監督」になれなかった前田勝弘像。激動の沖縄で一人カメ
ラを持ち、テレビ・ドキュメンタリーの枠で闇を拓く森口豁。超満員になった綿井健
陽監督『ドキュメンタリスト 綿井健陽』など、「報道」という視点からもって、カ
メラを持ち、作品を作り上げるアジアプレス作品。上映後のトークではそこに映し出
される情報に関して、会場から質問が矢継ぎ早に交され、監督たちはその背景や事実
関係について熱く細かく説明する。そこにはまた、李丹の『ゴンプーの幸福な生活』
のようにナレーションの説明をつけずに、ゴンプー一家に住みつき、その素顔と深い
チベット像を見せる作品もある。.
一方で沖縄特集から上映された、琉球弧を記録する会の『島クトゥバで語る戦世』
『ナナムイ』は、「記録」という視点から撮り続ける。作品に登場した話者の話しの
内容に関する会場からの質問に対し、制作者の一人である比嘉は「それは自分が説明
することではない。分からないなら分からないままでいい。(筆者註:この場合沖縄
戦の)細かい事実を分からせるために撮っている訳ではないから」と応える。
『チェンバレンの厨子甕(ずしがめ)』の港千尋は「ドキュメンタリーに完成はな
い」という話を交えながら作り手として分析者としてドキュメンタリー制作に挑む。
「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー」というタイトル着想の親『オキナワン ド
リーム ショー』の上映は、上映毎に違うミュージシャン(多くは島唄歌手)による
即興音付けが行われることで、音はもちろん映像の見え方が毎回違ってくる。台風の
目をかき分け、沖縄より上陸した津波恒徳の三線で、1972年前・後をはさんだオキナ
ワが黄泉がえり、アヴァンギャルドな世界が拡がる。
「ニューズリール」を嵐のように浴び、「地震からアジアを見る」、「中国作家主
義」「ジャン・ユスターシュ」「パゾリーニ」「ヘルツ・フランク」「アピチャッポ
ン・ウィーラセタクン」「リティ・パニュ」らの映画を魅せるドキュメンタリー。さ
まざまな視点からのドキュメンタリーが共鳴、反発し、プログラムの枠としての縦の
つながりはもちろん、個々の作品は横に斜めに、そして放射線状にゆるく固く結びつ
き、「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー」に現れる。
多様な世の中であるが故にその本質を見失い、選択肢が狭まっていこうとしている昨
今。広く深い場を持つべく映画祭で垣間見える、その深淵を楽しみ、そして一元的で
あることの恐さを知ることの喜び。これだから映画祭はやめられないのでしょう、み
なさん!
■濱治 佳(はま・はるか)
2000年より山形国際ドキュメンタリー映画祭東京事務局スタッフ。山形映画祭2003沖
縄特集コーディネーターの一人。今後、ドキュメンタリー・ドリーム・ショーの種は、
大阪(シネ・ヌーヴォ)、神戸(アート・ビレッジセンター)へと飛んでいく予定で
す。同じ種でもどう育つかは、その土地土地のお楽しみ。種を育てたい方、どんな土
地でも生えますのでどうぞご連絡下さい。
┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃04┃□ドキュメンタルな人々 続・幻のフィルムを求めて(9)
┃ ┃■京都映画祭とサイレント映写
┃ ┃■安井 喜雄
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今年の京都映画祭は時代劇特集。珍しいフィルムがいろいろ上映された。京都駅前の
大階段を客席として野外上映された『特急三百哩』(日活京都1928年、監督・三枝源
次郎、出演・島耕二、瀧花久子)と、美空ひばり主演の珍品『青空天使』(東横1950
年、監督・斎藤寅次郎、出演・美空ひばり・花菱アチャコ、横山エンタツ)の2作品
は、京都映画祭用に復元されたもの。ロシアからフィルムセンターに里帰りした『武
士道』(東亜等持院1926年、総監督・ハインツ・カール・ハインラント、監督・賀古
残夢、出演・明石潮、岡島艶子)と『護持院ヶ原の火華』(宝塚キネマ1933年、監督
・後藤岱山、主演・羅門光三郎)、関西ではなかなか見ることができないフィルムセ
ンター所蔵の『幕末剣史 長恨』(日活大将軍1926年、監督・伊藤大輔、主演・大河
内傳次郎)『勝鬨』(マキノ御室1926年、監督・勝見正義、主演・月形龍之介)、
『斬人斬馬剣』(松竹京都1929年、監督・伊藤大輔、主演・月形龍之介)、京都文化
博物館の秘蔵品『からくり蝶』(東亜京都1929年、監督・後藤岱山、出演・嵐寛寿郎、
原駒子)などもあった。
『特急三百哩』は、私が九州の古書店から入手した一群の35mmフィルムに含まれてい
たもので、映画保存研究会スティッキーフィルムズ( www.stickyfilms.com )の手
で調査・整理の後、大阪芸術大学の太田米男教授が奔走して修復した作品である。修
復作業はIMAGICAウエストで行われた。上映に当たっては、京都映画祭で例年活躍さ
れている映写技師で『青空天使』の所有者でもある田井利夫さんが独自でサイレント
用に改造した映写機を用い18コマ上映が行われた。上映会場が明るかったので、映写
効果の点では不満足な部分もあったが、ドイツから来日したギュンター・A・ブーフ
ヴァルト氏の伴奏が思ったより画面に合っていて面白かった。
鉄道ファンに聞いたところよると、この映画に登場するメインとなる機関車は、1928
年に製作されたC53という国鉄の最初で最後の3シリンダー方式の機関車とのこと。映
画の製作年と同じなので最新鋭の高速用大型機関車を使用して撮影されたようだ。通
常の機関車は動輪の外側(左右)にロッド(直棒)で連結されて、機関車前部下側の
左右に有るシリンダーに繋がれているが、その二つのシリンダーの間に、もう一つの
シリンダーを設置し、3シリンダーとして、機関車の牽引力を増す構造になっている
とのこと。ただし、相当の技術力と整備点検を要し、苦労の多い機関車だったようだ。
国鉄の軌間(ゲージ)は、1,067mmで狭軌(ナローゲージ)だが、そこで3シリンダー
機関車を製造したのは画期的であり、世界的にも稀なことだったらしい。
私たちの上映会でもこうしたサイレント映画をよく上映するので、この機会にサイレ
ント映写の方法を参考までに述べてみたい。最大の問題は現在の映写機はトーキー用
なので、毎秒24コマに設定されていて、コマ数の変更が出来ない仕組みになっている。
大半の映写機はモーターのシャフトに取り付けられたプーリーのベルト掛け替えで50
サイクル、60サイクル両用になっているものの、この掛け替えだけでは16コマや18コ
マといったサイレント映写は不可能である。ではどうしたらいいか?
いろいろな方法が考えられるが、私が見聞したのは次の3つの方法である。まず一つ
目は、山形国際ドキュメンタリー映画祭で映写を担当しているシネマトグラファーが
やっていたやり方で、モーターに送られる電源の周波数をインバーターで制御する方
法である。二つ目は、京都映画祭の田井さん方式で、その映写機(常磐)は別に取り
付けた直流モーターでも動作するように改造されており、単なる電流制御でなくパル
ス信号を送って回転数を制御する。液晶パネルにコマ数が表示されるようになってい
て、映写の途中でのコマ数変更をも可能にしている。3つ目は、プーリーを取り替え
るという単純な方法。例えば私どもの映写機(井岡山)は、モーター・シャフトに取
り付けるプーリーを映画のコマ数に合わせて取り替える。もちろん事前に直径を計算
して旋盤で削り出した16コマ用、18コマ用などのプーリーを用意しておく必要がある。
可搬型映写機は1台の映写機に1つのモーターしか搭載していないことが多く、モー
ターの回転を落とすと冷却ファンや巻き取りの力も低下してしまう。これが難しいと
ころで、映写の速度だけを落とす工夫をしなければならない。さもなくば、ファンの
風が弱くなり映写機が熱くなってトラブルの原因になりかねないので要注意だ。最悪
の場合は、その熱がフィルムに伝わりフィルムがカーリングして、画面センターと周
辺でのフォーカス位置がずれてピントが合い難くなったりする。
しかし、いずれの方法も回転を落とすとフリッカーが生じ、画面にちらつきが出る。
8ミリ映写機が採用した18コマならまだフリッカーがそれほど目立たないが、16コマ
まで落とすとフリッカーが目立って見難くなる。それを解決するには、映写機に内蔵
された2枚羽根シャッターを3枚羽根に改造する必要がある。私の持っている昔のサイ
レント映写機はみんな1枚か2枚羽根なので、多分昔の人はフリッカーを気にせずに見
ていたのだろうと想像できる。田井さんの映写機は3枚羽根に改造されており、フリ
ッカーが出ないのは良かったが、シャッター角が狭くなって2枚羽根よりレンズを通
過する光量が若干落ちてしまう。
駅前での映写の後「フリッカー出ても(光量を優先した方が)良かったかなあ」と悩
んでおられた。仮設の映写室が取り払われ、みんなで映写機を見学したが、いろいろ
な部品が映写機に取り付けられており、他の人では映写できないような複雑な感じだ
った。誰も映写機撤収を手伝う様子がないので残って手伝ったところ、重い機械と階
段の上り下りで重労働だった。翌日は足腰痛く映画祭参加を諦め家で休む結果となっ
た。
サイレント映画はフレームが現在のトーキー・フレームでなく、サイレント・フレー
ムなので、映写機のマスクもサイレント用を作っておく必要があるのは言うまでもな
い。縦のサイズはシネスコと同じなので、シネスコ用マスクの横側のサウンドトラッ
ク部分をダイアモンドやすりで削って作るのが一番安価な方法か。.
『特急三百哩』は京都文化博物館別館でも再上映されたが、ブーフヴァルト氏の演奏
に加え関西で活躍する井上陽一による弁士の名調子が付いた。井上氏は、いつも和洋
合奏に合わせて喋っておられるので、初めての音楽で果たしてどうなるのかと興味津
々で聞いたが、これもなかなか聞き応えあった。その後、井上氏は『からくり蝶』を
いつもの和洋合奏で喋った。この映画を18コマ映写で見るのは初めてで、以前に24コ
マ上映で見たときに分かり難かった内容を再確認しようと思っていた。しかし映画が
始まってみると、画面が時々流れるので気になって仕様がない。映写室に行って田井
さんの何か手助けをと思ったが、原因不明でどうにもならなかった。映写機側のトラ
ブルか、フィルムの問題か、映写機を止めて原因究明をしたらいいのだが、弁士も演
奏も佳境に入っていてどうにもならない。最後まで画面に集中できずじまいだったの
が悔やまれる。数日後に田井さんから原因が分かったとの報告を聞いた。差し障りが
出るので書けないが、いろいろ教えられることが多い内容だった。
『からくり蝶』の上映されたプリントは京都府が大橋氏から入手した16mm版だが、か
つて無声映画を守る会が大阪で上映したときは35mm染色版だった。大橋正英氏が某弁
士から入手し16mmに縮小した時にモノクロ焼きしたため、現在はモノクロ縮小版しか
見ることができないのが極めて残念である。大橋氏に生前確かめた時は「染色版は現
像所で処分した」と言っておられたけど、もしかしたら誰かに売却した可能性も無き
にしもあらずと思っている。
サイレントは16か18コマが標準かと思っていたが、1928年のイギリス映画『アンダー
グラウンド』(監督・アンソニー・アスキス)の京都上映を依頼されたら22コマだと
いう。BFI(イギリス国立フィルムセンター)により最近修復され、ルーブル美術館
ホールの委託を受けて、現代音楽家オスカー・ストラスノイが作曲、アルゼンチン出
身のトリオ、エゴ・アルモンドが生演奏する。
この10月16、17日にパリのルーブル美術館ホールで初演の後、来日し京都ドイツ文化
センターで11月27日、東京日仏学院エスパス・イマージュで12月1日に上映される。
他国への巡回に先駆けた上映らしいのでお見逃し無きよう。(問い合わせ先:アン
ダーグラウンド実行委員会 TEL.090-9626-5058 e-mail: louvre@ufer.co.jp )
■安井 喜雄(やすい・よしお)
京都映画祭のクロージングパーティで声をかけてきた人がいたので、誰かと思ったら
上島春彦氏だった。小川紳介監督の学生時代の幻の映画を國學院大学から発掘してき
た人がなぜこんなところに来てるのかと思ったら、日本映画についての研究・評論・
評伝などに与えられる第4回京都映画文化賞を受賞されたそうだ。テーマは宮崎駿論
だそうです。おめでとうございます。
┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃05┃□neoneo坐通信(9)
┃ ┃■いよいよ小川紳介の初期作品を上映します
┃ ┃■伏屋 博雄
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
これまでneoneo坐はビデオとDVDによる上映に限られてきた。映写室がないうえにス
ペースが狭いこともあって、そうせざるを得なかった。が、一転、今後のneoneo坐の
活動を充実・拡大するためにも、16ミリフィルムの上映を断行することにした。その
第1弾が「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」である。フィルムの交渉から始ま
って、チラシの作成と配布を経て、今は映写関係の準備に追われている。長尺の作品
を上映するにはロングリールが可能な映写機を確保しなければならないし、映写技師
も必要だ。若い世代(デジタル世代)はフィルム映写が出来ないし、私とてここ30年
くらい操作していないので、万が一トラブルが起きた時の対応に自信がない。チケッ
トも作らねばならない。採算面での赤字は許されない。と、いう訳で、目下、慌しい
日をおくっている。
●「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」
―全作品を毎月順次フィルム上映
(第1弾)10月24日(日)
program1(14:00〜16:00)
『青年の海 四人の通信教育生たち』(1966年/16ミリ/白黒/56分)
製作:「大学通信教育生の記録映画」を作る会
監督:小川紳介 撮影:奥村祐治
小川紳介の第1作。通信教育制度改定反対闘争の中で、学ぶこと、働くことを改めて
問い直す4人の通教生。運動の行方と逡巡する心の軌跡を追って、キャメラも駆けま
わる。
『現認報告書 羽田闘争の記録』(1967年/16ミリ/白黒/58分)
製作:上映実行委員会+岩波映画労働組合+映像芸術の会+グループびじょん
監督:小川紳介 撮影:大津幸四郎
第一次佐藤首相訪米阻止闘争の中で起こった京大生の死の真相を探る。圧倒的な国家
(機動隊)の暴力装置を暴いていく。アメリカのニューズリールの運動に呼応する衝
撃的作品。
program 2(16:30〜18:15)
『圧殺の森 高崎経済大学闘争の記録』(1967年/16ミリ/白黒/105分)
製作:記録映画「圧殺の森」製作実行委員会+自主上映組織の会
監督:小川紳介 撮影:大津幸四郎
高崎経済大学の学園闘争の記録にして、60年代後半の全国的な学生叛乱の予兆に満ち
た作品。運動に荷担するカメラの存在。クローズアップの手法は状況を映し出す。
※18:30〜20:30 トークと飲み会
ゲスト:大津幸四郎(カメラマン)
2000円(飲み物+大皿料理つき)
会場:neoneo坐(地図は下記のneoneo坐サイトをご覧下さい。)
http://www014.upp.so-net.ne.jp/kato_takanobu/neoneoza/index.html
料金:当日―1プログラム 1500円 / 通し券(1日券):2500円
一般会員―1プログラム 1200円 / 通し券(1日券):2200円
(会員には入会金2000円で当日加入できます。1年間有効)
賛助会員(20000円)は1年間無料
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┃06┃□広場
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■投稿:『Cuba/Okinawa サルサとチャンプルー』(12)
■キューバの日系移民の監獄
■波多野 哲朗
●廃墟と化す
イスラ(島)を離陸した小型飛行機は、しばらく中心地ヘロナの上空を旋回しながら
上昇していくが、そのときたちまち目にとまるのが、イスラ最大の建造物プレシディ
オ・モデロである。巨大な石油貯蔵タンクのような3つの円筒形のドームを中心に、
大小いくつかの建物を広大な敷地にシンメトリカルに配したこの刑務所の偉容は、地
上から見上げても上空から見下ろしても、やはり凄いというほかはない。
プレシディオ・モデロとは、直訳すれば「模範刑務所」ということになるが、ここで
の「模範」とは言うまでもなく収監する側の論理に基づくもので、収監される側の論
理とは無縁である。第2次大戦中、この模範刑務所の一隅にキューバ在住の18歳以上
の日系人男子全員が収容されたことについてはすでに述べたが、ここでもうすこし詳
しく述べたいと思う。
この刑務所の建物は、米国フィラデルフィア州に作られたばかりの新しい刑務所をモ
デルに、そっくりそのまま真似るかたちで作られた。1925年2月、大統領が定礎式に
出席して着工、28年に最初の建物が完成し、32年にすべてが完成した。建設のための
労働力はすべて受刑者であったという。この長期にわたる大工事は、規模としてはす
でにオリジナルを上回るほどだが、それでも着工当時の計画から見れば半分でしかな
かった。本来ならば巨大ドームは5つ建てられ、食堂棟を中心に四方へと張り出され
た回廊のさきに、他の4つの囚人棟が配置されることになっていた。しかし財政上の
理由から、今日見るようにドームは3つになったらしい。
いまその巨大な囚人棟の内部は、荒れ放題のままに放置されて廃墟のようであった。
通路には放し飼いのヤギの糞がいたるところに散らばっている。しかし、通路を抜け
てひろびろとしたドームの中に踏み込んだ途端、私はたちまちその光景に圧倒されて
しまったのだった。それはまるで自分が競技場か巨大な円形劇場の真ん中にでも突っ
立っているような感じだった。5階建ての円筒形をしたドームの内壁を見上げると、
壁で仕切られた桝席のようなものが天井近くまでびっしりと埋まっていて、それらが
こちらを見下ろしているように見える。言うまでもなく、それらはかつての独房であ
った。数えてみると独房は1つの階に93室、5階建てだから総数は465室。そしてこの
ドームの中心には、灯台のような形をした監視塔が聳え立っていた。そこはまぎれも
ないあの「監獄パノプティコン」だったのである。
●常に眼に晒されるということ
パノプティコン(panopticon)とは、各独房をドーナツ状に配置し、その中心に監視
塔を置いた「一望監視施設」のことである。ここでの監視者は、居ながらにしてすべ
ての独房の内部を監視することが出来る。各独房の外側の壁には窓があって、そこか
ら入る光が囚人の姿を照らし出し、内側には柵以外には視線を遮るものがないので、
監視者は囚人の行動の一部始終を観察することが出来る。一方、各独房の囚人にとっ
ては内側の窓全体が監視者の眼のように感じられるが、中央の監視塔は薄暗くてよく
見えないようになっているので監視者の姿を見ることが出来ない。だから囚人は、
「つねに監視されている」という心理状態に置かれるようになるというのだ。このシ
ステムのもとでは、たとえ監視者がいなくても、囚人は自分自身を監視するようにな
るのである。私は知識としてはその存在を知っていたが、はじめて目の当たりにする
パノプティオンの凄まじさに絶句するばかりだった。.
ドーム中央に聳える監視塔にぜひ登ってみたいと思って階段を探したが、それらしき
ものは見当たらない。ドームを出てから気付いたのだが、監視塔の入口は建物の外に
あって、そこから坑道をくぐって監視塔の内部に入るようになっているようだ。なる
ほどとその入念ぶりに感心する。ただ、坑道の入口は土砂で埋められていたので、監
視塔のほうは断念する。
二つの囚人棟の中央に位置する食堂棟もまた、パノプティオン方式であった。一度に
3000人が利用したというその巨大な食堂は、1階から3階までのゆるやかな段差をもつ
すり鉢型の床で、中心にはやはり監視塔が立ち、そこから放射状に通路が延びている。
その情景をたとえるなら、円形の階段教室といったところだろうか。しかしいまは食
事用のデスクや椅子はなく、鉄パイプの残骸があるばかり。それにしても3000人もの
囚人が中央の監視塔に向かいつつ食事をする光景とはどんなものだったろうか。
ところで、パノプティコンで思い出されるのは、ミシェル・フーコーの『監獄の誕
生』である。パノプティコンでは、囚人は個別化され互いに連絡することができない。
そして監視されているかどうかが分らないまま、つねに監視されているという意識を
内面化することになる。フーコーは言う。このようにして権力はみずからを没個性化
し、かつオートマティックに作用するのだと。そして「われわれは今日、一望監視社
会に生きている」と書いている。
イスラに「模範刑務所」を作ろうとした当時のキューバ政府が、パノプティコンの持
つ恐るべき機能をどれほど意識していたのかは定かではない。ただたんに、支配国だ
った米国のフィラデルフィアの刑務所を真似ただけなのかも知れない。その証拠に、
かれらはこの独房に2人の囚人を詰め込んでいる。もっともパノプティコンには、
「権力の行使が極めて経済的である」というもう一つの機能があるのだから、かれら
はもっぱらその機能だけを選んだのかも知れない。
しかし20世紀前半のキューバにおいては、キューバ政府や特権階級が徹底した親米の
道を選んでいたのに対し、一般庶民に根強い嫌米感情があったことはたしかである。
そしてその矛盾がいたるところで顕在化する。次回に述べるつもりだが、たとえば大
戦中における日系人に対する扱いにも、この矛盾はしばしば顔をのぞかせる。
■波多野 哲朗(はたの・てつろう)
イスラには小さな大学があって、そこでは日本人留学生(短期留学生でもよい)の到
来を熱心に待ち望んでいる。日系人の末裔が数多く住むこの島にもし興味があれば紹
介します。 hatano-tetsuro@nifty.com
◇────────────────────────◆◇◆
■投稿コーナー「クチコミ200字評!」 第21回(次回リニューアル!)
■提案者:清水浩之(ゆふいん文化・記録映画祭)
「オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!」というコーナーです。
映画・ビデオ・テレビなど皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも
OK!「知られざる傑作」を発掘したり、おなじみの名作の今までにない見方を指摘し
たり…もちろん「オススメしない映画とその理由!」も歓迎です。
200字以内の本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡先
(メールアドレスor電話)/題名/制作年/監督/見た場所」を付記して清水まで
お送りください。(あなたのプロフィールや近況もご紹介いただけると有難いです)
清水浩之 → E-mail: shimizu@ad-ult.co.jp /ファクス:03-3703-0839
A-036『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』
2003年/アメリカ/監督:エロール・モリス
http://www.sonypictures.jp/movies/fogofwar/
見た場所:シネリーブル梅田
全編一人の人間に対するインタビューで構成されている映画がこれほどまでに面白い
とは驚きだった。もちろんモリス監督の構成力もあるが、それとともにキューバ危機、
日本への空爆、フォード社の経営建て直し、ヴェトナム戦争というように、20世紀の
アメリカ史、いや世界史を生き抜いたマクナマラ氏という稀有な人物をインタビュー
の対象にしたからこそ可能になった面白さだろう。日本への空爆と自動車市場のマー
ケティングを同次元で考える合理性というのも恐ろしい。しかし、中国との関係で養
われたヴェトナム人のナショナリズムは、このマクナマラ流の合理性を越えるものだ
ったようだ。タイプされる文字など、マクナマラ氏へのインタビューの合間に挿入さ
れる、ドキュメンタリーでは珍しい凝った映像も印象に残った。マクナマラ氏の人生
から受け取る「11の教訓」は、戦争や政治だけではなく人生の指針としても参考にな
りますね。ちょっと恐ろしいけれども。
(脇阪亮/大阪/35歳/行政書士兼ファイナンシャル・プランナー)
A-037『NHKとくしゅう そしてトンキーもしんだ 子が父からきくせんそうどう話』
1982年/NHK/構成・演出:岡崎栄
放映:2004年9月26日「NHKアーカイブス」 http://www.nhk.or.jp/archives/
これはTV番組なのかそれともドキュメンタリーか?TV番組とドキュメンタリーの差は
どこにあるのか、それとも差なんていうのはないのか?テレビを見ながらこの疑問が
気になっていました。
(脇阪亮/大阪/35歳/行政書士兼ファイナンシャル・プランナー)
A-038『サイエンス グラフィティ―科学と映像の世界―』
1984年/岩波映画製作所/監督:堀越慧/見た場所:neoneo坐「科学映画特捜隊」
30分間の中に「見ることは、知ることです」の決めゼリフが三度も出てきて、感慨深
いムードにとりかこまれます。トンボの360度の視界を引きあいに出し、人間は映像
をつくって見られるんだぞ!という主張の純粋さ。しかし、どんどん見たいものを見
ていく人間、見えないものなどなくなっていく、すばらしい人間、という姿勢はホ
ラーかもしれません。
(中村のり子/東京/20歳/視力1.5)
A-039『女王蜂の神秘』
1962年/桜映画社/監督:樋口源一郎/見た場所:neoneo坐「科学映画特捜隊」
こいつらすごかった!女王蜂の出産力もさることながら、働き蜂のハチ公ばりのけな
げさ。雄蜂のダメ男推奨。研究者たちの知的探求心は1kmにもおよぶ。そして私はパ
ンにハチミツをぬるたびに、あの感動を噛みしめる。う〜ん、デリシャス!
(阿部理沙/東京/19歳/働き蜂)
B-065『わが道』
1974年/近代映画協会/監督・脚本:新藤兼人 出演:乙羽信子・殿山泰司ほか
DVD発売元:ジェネオンエンタテインメント http://www.geneon-ent.co.jp/
前号で脇阪亮さんにクチコミいただいた『ある出稼ぎ老人の死』のその後、未亡人が
国や役所を相手取った裁判で勝訴するまでを劇映画化。最大の特徴は「出稼ぎ」その
ものが悲劇の遠因である…というテーマが前半一時間たっぷりかけて語られること!
70年代の演技派総動員で事件の経緯が緻密に再現され(医師役の伊丹十三のやたらに
細かい役作りが大変微笑ましい)、法廷での息詰まる証言をシャッフルしていく編集
も迫力ありました。
(清水浩之/東京/37歳/漠たる絶望感→怒りの噴出→諦観という見事な三段階!)
…前回「頑張ります」とか言っておきながら、次号でneoneoも一周年だ!と今更なが
らに気づいたので、唐突ですがリニューアルします。どんな形にするかは現在検討中
ですが、ドキュメンタリー映画の作品情報がまとまって見られる場所がほしいなー、
と思って提案してみたこのコーナー、なんだかんだで一年やってみて、気がつけば
玉石混淆ではありますが100本以上の作品情報が集まったのはよかったかなと。今後
もその方針は続けたいと思っております。あと清水の穴埋め文が多過ぎるのは反省。
ご意見やご注文をお聞かせいただけますと幸いです。それでは次号に乞うご期待!
◇────────────────────────◆◇◆
■投稿
■neoneo 10/1号「ドキュメンタリー時評」水原史人氏に寄せて
■佐々木 健(「キノ・キュッヘ」)
ドキュメンタリー映画をとりまく状況に対し、博識ともいえる筆使いで書かれる水原
氏の文章をいつも楽しみに拝見させてもらっています。しかし、今回は少しばかり憂
うつな気分でもあります。それは、水原氏は名前を伏せて表現されたのですが、キノ
・キュッヘで催された上映会(映画研究会)に言及されたことに関してです。それと
私が文章で表現するのが世の中の人間の多くがそうであるようにほとんど無能に近く、
上手く書けるか不安だという気持ちもあります。それはともかく、私がやってるキノ
・キュッヘというのは東京・国立市にある居酒屋ですが8ミリ、16ミリ、ビデオの上
映設備も備えています。ここで月に一回「エル・エスパシオ・デラ・ペリクラ」とい
う名称で映画研究会なるものを催しています。この長ったらしい名前は、スペイン語
で「映像空間」を意味するもので、ただの「映画研究会」じゃ高校のクラブ活動みた
いだからと、なんとかひねり出した名称です。ここに集まる人たちは、それぞれ「映
画が好きだ」ということだけで、「月に1回映画を見て美味い酒を呑もうや」という
気楽な感じでやってきます。
ここで9月19日に上映したのが藤原敏史監督(水原史人氏)の『インディペンデン
スーアモス・ギタイの映画ケドマをめぐって』という映画でした。映画の内容はイス
ラエルの映画監督アモス・ギタイの作品「ケドマ」の撮影現場周辺で、映画に出演す
る人たちにインタビューしたりカメラマンや脚本家のスタッフに質問したりするもの
で、イスラエルに住む人たちの心境や、イスラエル建国の映画『ケドマ』のことなど
が語られます。普段接することの少ないイスラエルの人たちに接する良い機会であっ
たと同時に、藤原氏のシーンの移動の場面での音楽の使い方の上手さに関心したもの
です。また上映前に言われた、違う立場の人間を知ることの必要性を話された藤原氏
の言葉にも共感を覚えたものです。.
以下前号の水原氏の文章。
【観客の一部と質疑応答の司会者がいわゆるパレスティナ・シンパだったのだが、そ
の反応は予想外だった。質疑応答では司会者と、どうもその仲間であるらしい一人の
女性以外に質問の機会が与えられず、その質問はどれも、そもそも「俺に聞いてどう
するんだ? 俺はアモス・ギタイじゃないし、ましてアリエル・シャロンでもないん
だけど?」と言う類いのものばかりで、そこには「『イスラエルは悪』と断言すれば
許してやる、そうでなければ…」という強固に凝り固まった意思が一貫して流れてい
る。つまり、90分間ある映画のあいだそこに座っていても、なにも見ていなかったし
なにも聞こえなかったとしか思えないのだ。
(中略)
あのグループがいわゆる市民運動系か、いわゆる70年代新左翼系の成れの果てなのか、
僕には分からない。ただそこに決定的に欠けているのはブルート・ファクツを受け止
めた上で自ら問う姿勢であり、この欠如は先述のいわゆる市民運動系の、表面的テー
マ性重視のドキュメンタリーにも共通する。ではそれが本当にドキュメンタリーなの
か? いや、「彼らでさえこうなのだから、今の日本社会全体でみれば」と考えるべ
きではないの?】
「困ったなあ、こういう捉え方を水原氏はしたのか」と言うのが率直な感想です。
まず水原氏が司会者である私(佐々木)と質問者の中野真紀子さん(翻訳家ーサイー
ドの「戦争とプロパガンダ」みすす書房などの翻訳をしている)をパレスチナ・シン
パだったと断定しているのですが、断定される側としてはその根拠を示してもらわな
いと納得出来ません。ちなみに私はパレスチナでイスラエル軍の爆撃で命を脅かされ
ている子供達や、イスラエルで罪のないパレスチナの子供たちを死に追いやるイスラ
エル軍への懲役拒否をするイスラエル人にはシンパシィを寄せますがパレスチナ・シ
ンパではありません。.
上映会に集まった人たちも多彩な人たちで、映画を見に来た理由もひとそれぞれなは
ずですが、水原氏はそれをグループのように捉えていますが、それは個々人に対して
失礼な態度ではないかと思います。
また質問の捉え方でも、「何故2001年の終わり頃の時期にアモス・ギタイがイスラエ
ル建国(1948年)をテーマに選んだのか。イスラエルのアイデンティティを考える上
で、他のテーマでアプローチをしている人はいないのか?」という質問に対し、水原
氏は、「シオニズム」のこと「国民国家」のことをイスラエル建国とからめて詳しく
答えられましたね(長い説明でかなりの時間を消費してしまった)。そうした流れに
対し「『イスラエルは悪』と断言すれば許してやる、そうでなければ…」という強固
に凝り固まった意思が一貫して流れている。£と感じ取ったのはどうしてなのか疑問
でなりません。水原氏が感じた要素が現場にあったのかどうかは第三者の観客に聞く
のがいいと思いますが(neoneoの伏屋さんがいらっしゃたので伏屋さんにご意見を伺
いたい)、水原氏の他者を主観的に断定する捉え方には疑問を感じます。水原氏にこ
そ「ブルート・ファクツを受け止めた上で自ら問う姿勢」が決定的に欠けているので
はないでしょうか。
例えば、「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」を私がつまら
なかったといったことに対し私はその後、水原氏とは話をしていない。しかし「確か
にこのての人々にはつまらないだろう」と書かれている。「フォッグ・オブ・
ウォー」という映画にたいしては、あれほど繊細に分析してみせた(9/1号の
neoneoで)水原氏なのに、なぜつまらないと思ったか私の意見も聞かずに簡単に断定
してしまうのか。また水原氏は【エロール.モリスは「これは一人の男が自分を知ろ
うとする努力と、自分自身を知ることの限界についての映画だ。この映画はマクナマ
ラという人物の探求だ」と語る。そこが『フォッグ・オブ・ウォー』のおもしろさで
あり、マクナマラの一見理路整然とした発言のほころびと矛盾の表出がスリリングで
あり、そしてこの映画はマクナマラという現代文明における抜群の知的エリートを通
して、我々の現代文明を構築する価値観や考え方の矛盾をも露呈させ、そこを我々に
問うてもいる。
だから常に凝り固まった自分を安全圏にしかおけないのなら、このような映画がつま
らなくて当たり前なのだ。たぶん一方的に「ブッシュはバカだ」と言い続ける『華氏
911』の方が、まだ彼らにとっておもしろいだろう】と言っているが、これは水原氏
の捉え方であり、このことがわからない観客や上映の企画者を【凝り固まったいわゆ
る市民運動系、自分たちが信じたくてしかたがないことを再確認してくれるだけのド
キュメンタリーを自主上映する人々】とも言うのは、逆にこの映画「フォッグ・オブ
・ウォー」に対して失礼ではないか。映画はそれを観た観客一人ひとりに開かれてい
るもので、訳知り顔の他者から見方を押し付けられてはたまったものではない。他者
の意見を聞くこともしないで決めつけるのは自分の思い込み以外の何ものでもないだ
ろう。.
少しばかり「フォッグ・オブ・ウォー」に私自身の感想を述べれば、マクナマラ元国
防長官が自分自身を語る時、彼自身の発言に矛盾を露呈させている場面はあるが、一
人の権力者のその時の自己の立場からの発言しかこの映画の監督エロール・モリスは
引きだしていないのだ。マクナマラの決断により殺害されたであろうひとりひとりの
人間をのことを考えるという想像力が決定的に欠けているのだ。そこまで、突っ込む
質問が監督のエロール・モリスにないのは彼自身に巨大な権力や権威には関心がある
が、そうした権力よって翻弄された人間ひとりひとりが見えていないのではないか。
決定的な歴史的決断を権力者が下す時に、ひとりひとりの生きている人間が見えない
事が、力による暴力や支配を生み出してしまう。こうした自明(私がそう思っている
だけかもしれないが)な視点がこの映画には欠けているからこそ面白くないのだ。.
このことをあえて言うのは、水原氏の映画時評にも共通点を見るから。それが上から
下を見下すような断定をしてしまう言説、ひとりひとりには一本の映画に対しそれぞ
れの捉え方があるのに、それを一緒くたにして語ってしまう乱暴さ、個々人が抱える
問題点を掘り下げた作品や社会問題を様々な角度から捉えた映画を「市民運動系」と
ひと括りにする、ということに繋がってしまう。こうしたことにより自分自身が見逃
してしまうことの大きさを考えてみたことは無いのだろうか。
映画批評の地平を拡げる為にも、水原氏には小さな一人ひとりが持っている歴史や生
活を想像する地点にまで降りて行って欲しいのだ。
◇────────────────────────◆◇◆
■告知
●『ケセラセラ通信』(江利川憲による個人サイト)が発刊.
元「映画新聞」編集スタッフ、現「シネ・ヌーヴォ」代表取締役の江利川憲(えりか
わ・けん)と申します。伏屋さんとは、故・小川紳介監督にしょっちゅう尻をたたか
れていた「叱られ仲間」ですが、その伏屋さんの勧めもあって、最近開設した私のサ
イトをご紹介させていただきます。名称を『ケセラセラ通信』といい、アドレスは
http://www014.upp.so-net.ne.jp/eriken/
です。映画のこと、本のこと、大阪のこと、自分のドジ話などを、それこそケセラセ
ラ(なるようになる)と綴っております。「neoneo」読者のような硬派な方々には、
いささかかったるいサイトかもしれませんが、息抜きのつもりで立ち寄っていただけ
れば幸いです。
●久保田幸雄著「聞こえてますか、映画の音[サウンド]」
録音技師・久保田幸雄によるドキュメンタリーの音から劇映画の音を、エッセイ及び
インタビューによって構成。小川紳介(『青年の海』『1000年刻みの日時計』)や土
本典昭(『水俣の図・物語』、『みなまた日記―甦る魂を訪ねて―』)を始め、『ま
ひるの星』(佐藤真)『自転車』(小林茂)『満山紅柿』(彭小蓮)などのドキュメ
ンタリーや劇映画『父と暮らせば』(黒木和雄)などをサウンドから追及した画期的
著書。「聞こえてますか、映画の音[サウンド]」(ワイズ出版、A5判並製/416頁
/3,990円)が発刊。
◇────────────────────────◆◇◆
■上映
●東京ネットム−ビーフェスティバル2004
インターネット上での上映が可能な20分以内の映像コンテンツを広く一般から募集す
るコンペティション。メイン・プログラム「一般部門」優秀作品10本を10月1日(金)
から31日(日)までサイトで動画配信。その中から、特別審査員(随時ネット上で発表)
による厳正な審査とユーザー投票で各賞を決定。グランプリには賞金100万円が贈ら
れ、受賞作品は10月31日(日)六本木ヒルズにて上映されます。
CG、ホラー、ミュージカル、ナンセンスギャグなど多様な作品の中、ユーモア満載
のセルフ・ドキュメンタリー『できちゃった結婚』(越坂康史監督・20分)が参加。
http://www.netmovie-fes.jp
●〈地球はみんなのもの〉シリーズ第1弾
フランク・ドリル制作『テロリストは誰?』上映会
上映日程:10/24(日)PM2:00〜4:30(解説含む)4:30よりフリートーク
上映場所:小金井市公民館本館4F視聴覚室(福祉会館内)
入場料:前売800円 当日1000円(高校、大学生は当日も前売り料金で入場できます。
中学生以下は無料)保育あり(おやつ代100円)。10/22日(金)までに下記連絡先ま
でお申し込みください。
主催:グループ地球儀、ONE'S EYES FILM(ワンズ・アイズ・フィルム)
問い合わせ連絡先:片山薫 (ONE'S EYES FILM)tel/fax:042-387-7035
e-mail: yousou@bd5.so-net.ne.jp
地球規模で世の中を見る「グループ地球儀」と、自分の視点で映画を観ることを提唱
する個人映画・ドキュメンタリー上映グループ「ONE'S EYES FILM(ワンズ・アイズ
・フィルム)」が共催で、〈地球はみんなのもの〉というテーマのもと、『テロリス
トは誰?』の上映会を企画することとなりました。
この作品は「戦争中毒」の著者フランク・ドリルが、テレビドキュメンタリーを編集
したビデオ作品です。アメリカが「なぜ戦争を止められないのか?」という疑問に対
して、事実の検証を細かく伝えてくれます。
作品紹介:『テロリストは誰?』について(以下公式サイトより転載)
http://www.wa3w.com/
【内容】米国政府が第三世界に対して仕掛けてきた「数々の戦争と政権転覆の真相」
を描いた10本の映像によるオムニバス作品。アカデミー賞をとったドキュメンタリー
映画『嘘まみれのパナマ戦争 Panama Deception』も収録。
このビデオに納められている数々の映像からは、多くの人が知らない驚くべき真実が
迫ってくる。そして「国家としてテロを行ってきたのは、実は米国自身なのではない
か」という疑問が湧き上がる。
アメリカの最大の問題は、海外で米軍が本当は何をしているかをアメリカ人自身が知
らされていないことにつきる。そう考えたフランク・ドリルは、10本のドキュメンタ
リー映画を2時間に編集してこのビデオにまとめた。 全米でおよそ100万人が観た衝
撃のドキュメンタリー集。
原作のサイト: http://www.addictedtowar.com/dorrel.html
※フランク・ドリル:平和活動家。『戦争中毒』出版者。 アメリカの「平和のため
の退役軍人の会」(VFP)会員。ロスアンゼルス在住。
賛同団体:(9/24現在)小金井平和ネット、CVSネットワーク、野川ママの会、小金
井市に放射能測定室を作る会
●「EARTH VISION 第13回地球環境映像祭」事前上映審査会(第2次審査)
日時:11月3日(水・祝)〜6日(土) 9時20分〜16時30分
会場:新宿御苑インフォメーションセンター
(東京都新宿区内藤町11 ★新宿門の隣にある建物★ tel 03-3350-0151)
http://www.shinjukugyoen.go.jp/access/img/map.gif
新宿駅南口から徒歩10分・新宿御苑前駅から徒歩5分
料金:無料
主催・お問い合わせ:アース・ビジョン組織委員会
事務局 tel 03-5362-0525 festival@earth-vision.jp
http://www.earth-vision.jp
作品はオリジナル言語での上映となりますので、海外作品に、日本語字幕・通訳は
ありません。
11月3日(水・祝)
9:20 「水」を求めて
水は貴重な生活の糧。イランの山岳地帯の人々の生活を水を通して描く。
監督 : Bijan Zaman Pira/イラン/22分/ペルシャ語・英語字幕
9:42 映像詩 里山 命めぐる水辺
美しい里山の自然とそこに暮らす人と生き物たちの営みを詩情豊かに描く中で、人と
自然の共存のヒントを探る。監督:水沼真澄/日本/49分/日本語
10:31 砂と水
洪水に見舞われるモンスーン季、そして、砂の大地広がる冬季。過酷な環境を生きる
人々の暮らしを描き出す。監督:Shaseen Dill-Riaz/バングラデシュ/84分/ベンガル
語・英語字幕
13:00 恵みの雨
人々の上に、豊かな雨が降り注ぐ。雨水利用を呼びかける広報コマーシャル。
監督:Nandita Das/インド/2分/英語
13:02 薬草を探して
生活のために、生命の危険をおかして、薬草の採集に向かう山岳民族の人々。その旅
を追う。監督:Ananda Kumar Shrestha/ネパール/27分/英語
13:30 森の悲鳴がきこえる
人は木を伐り、道具を作る。生まれてから死ぬまで、木はいつも、人の傍らにある。
監督:Mostafa Mokaberi/イラン/18分/ペルシャ語・英語字幕
13:48 水、不足?
インドの農業地帯で深刻な水不足が起こっている。しかし、都市部では‥‥。
監督:Sanjay Barnela, Vasant Saberwal/インド/32分/英語
14:30 1分で森は失われた
失われていくインドネシアの森の現実を鮮やかに切り取る。
監督:トニー・トゥリマルサント/インドネシア/3分/英語
14:33 水の戦場“王の山”
中東の“命の水”「王の山」を巡る各国の思惑、そして、渇きの実態を追う。
監督:徳光規朗/日本/104分/日本語
11月4日(木)
9:20 自然の逆襲
近年、異常気象が続く世界各地の都市。いったい地球に何が起こっているのか。温暖
化の脅威に迫る。監督:Kim Hyoung-suk/韓国/58分/韓国語
10:18 気候変動対策キャンペーン
温暖化防止のための公共コマーシャル。監督:CEEC, CCTV/中国/3分/中国語
10:21 ヒートアイランド昆虫記
急激に進むヒートアイランド現象によって、東京の昆虫たちの生態が大きく変化して
いる。監督:植田裕久、三田豊/日本/23分/日本語
10:44 広がるシミ
オゾンホールは広がっている‥‥。監督:菊池浩史/日本/1分/日本語
10:45 海が開かれる日−“開放”が求めた7年間の闘い
諫早湾が閉め切られて7年。かつて宝の海と呼ばれた有明海には異変が続く。翻弄さ
れ続けてきた漁民たちの姿を追う。監督:谷川千津子/日本/44分/日本語
11:30 翻弄されて−珠洲原発 凍結までの28年
地域経済の活性化を夢見る原発推進派、環境悪化を心配する反対派。28年間を振り返
りながら、原発立地が抱える問題を検証する。監督:米澤利彦/日本/48分/日本語
13:10 小さな町の大きな挑戦−ダイオキシンと向き合った川辺町の6年
川辺町はダイオキシン汚染の実態を完全に情報公開。住民と共に新たな環境対策に踏
み出した。監督:山縣 由美子/日本/51分/日本語
14:01 にっぽんの”ゴミ”大陸へ渡るー中国式リサイクル錬金術
行き場を失っていた日本のゴミが、利益を生む「資源」として奪い合いの対象に。知
られざるゴミ処理の最前線をルポルタージュし、リサイクル社会の行方を探る。
監督:浅井健博/日本/49分/日本語
14:55 森林の夢
地震で学校は倒壊。新しい学校を環境にやさしい森の学校にしようと村民は立ち上が
った。彼らの夢の行方は‥‥?監督:Lee Ching-Hui/台湾/93分/台湾語、中国語・英
語字幕
11月5日(金)
9:20 プラスチックの家のヤドカリ
背中に貝をのせ、ヤドカリは波打ち際を歩く。しかし、プラスチックの入れ物や割れ
たガラス瓶さえも‘宿’として使うヤドカリが増えている。
監督:YU Li-ping/台湾/21分/中国語・英語字幕
9:41 豊かなる砂漠
砂漠は不毛の大地ではない。鮮やかな映像でオーストラリアの砂漠地帯に息づく生き
物を描く。監督:Jeni Clevers/オーストラリア/49分/英語
10:30 鈍色の聖域−サハリン油田開発とオオワシの危機
オオワシが絶滅の危機にさらされている。その繁殖のための森と越冬のための森で、
今、何が起こっているのか?監督:松倉英男/日本/54分/日本語
11:25 タスマニアのデビル
タスマニアン・デビルの生存競争、そして、他の生物との関わりを美しく鮮やかな映
像で綴る。監督:David Parer/オーストラリア/51分/英語
13:00 滅びゆく楽園ハワイ
独特な環境を持つ美しき島ハワイ。しかし今、ハワイ固有の動植物が絶滅の危機に瀕
している。この事態に立ち向かう人々を追う。
監督:Carolyn Bertram/オーストラリア/54分/英語
13:55 ゴマフアザラシの不思議
ゴマフアザラシは、どこからやってくるのか。そして、どこで繁殖するのか。その謎
に包まれた生態を追う。監督:Kim Seo Ho /韓国/52分/英語
14:50 ループプール
小さな池で繰り返される生命のリズム。儚く、美しく、そして力強く生きる自然を描
いたアニメーション。監督:鮎澤大輝/日本/3分/ノーナレーション
14:53 沈黙の森
韓国の山地から消えてしまった動物を求めて、一路、中国へ。しかし、そこで見たの
は、野生生物が絶滅への道をたどっている姿だった。
監督:Yun Hwang/韓国/96分/韓国語、中国語・英語字幕
11月6日(土)
9:20 サイレント・ストーム
オーストラリアで行われた、イギリスの核実験。その影響を明るみに出そうとある科
学者が立ち上がった。監督:Peter Butt/オーストラリア/52分/英語
10:12 内戦に翻弄された女性たち
さまざまな立場の女性たちの証言から、スリランカ内戦の現実が克明に綴られていく。
監督:Anoma Rajakaruna/スリランカ/89分/英語字幕
12:40 米軍基地の暗い影
韓国で、米軍基地が原因の環境汚染が30年にもわたり続いている。こうした環境汚染
は、フィリピンの閉鎖された基地跡でも起こっていた。
監督:Choi Byoung-min/韓国/38分/韓国語・英語字幕
13:20 にがい涙の大地から
戦争が終わって60年。今も中国の大地には、日本軍が遺棄してきた毒ガスや砲弾が眠
り続けている。監督:海南友子/日本/87分/日本語、中国語・日本語字幕
15:00 死線を越えて
イスラエル軍に捕らえられたパレスチナ難民の女性キファ・アフィーフィ。その証言
から被占領下の状況、そして、苦難や境界を乗り越えて生きる女性の姿が浮かび上が
る。監督:Jan Khalil Cham'oun /レバノン/59分/アラビア語、英語・英語字幕
16:00 緑からのメッセージ
広島市の16人の小・中学生が、物語、脚本、キャラクター等全てを制作した、緑の大
切さを訴えるアニメーション。
監督:広島県の小・中学生/日本/2分/ノーナレーション
16:02 ニュー・グリーン・ジェネレーション
自分たちが環境にできることは何なのだろう。香港の子どもたちが動き始めた。はた
して家族や地域住民の反応は‥‥?監督:Vicky IP/中国・香港/22分/英語
●毎月第一日曜よるは、日本映画専門チャンネル“ドキュメンタリー傑作選”
CSスカパー!&スカパー!2と全国のケーブルTVでお楽しみいただける日本映画専門
チャンネルでは、岩波映画の映像作家からCCDビデオカメラ世代の新映像作家まで、
時代と人間の真実を描いた秀作を特集し、ドキュメンタリーの魅力を検証します。
<11月放送作品> ※今月は第二日曜よるにお送りします。
11月14日(日) よる11時30分
『柳川堀割物語』(1987年・カラー)
製作:宮崎駿 監督:高畑勲
詳細は公式サイトからどうぞ!
http://www.nihon-eiga.com/documentary
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┃07┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
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●「列島通信」に新しいメンバーが加わった。≪東京発≫を執筆した濱治佳さんは、
山形映画祭・東京事務局のスタッフであるから、「ドキュメンタリー・ドリーム・
ショー 山形in東京2004」についてのレポートを書いてくださった。体力と気力が勝
負の、このイベントが終わったのが10月11日。1ヶ月余の長旅を敢行して休む間もな
く原稿を仕上げてくださった。多謝。
●前号に掲載した水原史人さんの「ドキュメンタリー時評」に佐々木健さんから反論
があった。キノ・キュッヘで行なわれた『インデペンデンス』上映後の質疑応答のと
らえ方に差異があったのだ。私は、この上映に観客として居合わせており、佐々木さ
んから第三者として意見を求めておられるので、少しばかり述べたい。
まず、最前列近くの一番はしで質問していた女性の声が小さく、最後列にいた私の耳
には全く聞こえなかった。質問が何度も繰り返され、質疑応答の時間がその一人の女
性で独占されてしまったことは、率直に言って残念に思った。司会する佐々木さんの
進行に工夫が必要ではなかったか。応ずる水原さんも時として過剰に反応していて、
私は「話が滑っている」と感じたことも事実。このことは後日に彼に伝えた。.
質疑応答が終わって飲み会に移行した時も、私の坐ったテーブルから離れた場所で、
他の数人の女性が水原さんに噛み付いているのを見かけたが、大勢の人の喧騒で何が
問題になっているのか、全く分らない。そのとき私は周りの方と別の話題で話しに興
じていた。つまり私は第三者として、有効な発言をする資格がない。
『インデペンデンス』を高く評価する私にとって、当夜は相互の意思疎通が空回りし、
残念な結末に終わった。しかし、お互いに異論・反論があれば(こそ)、冷静に話し
合うことが必要ではないか。佐々木さんも水原さんも私が古くから知る友人である。
いちど、一緒にじっくり話し合いませんか。
●このところ俄かに忙しくなってきた。neoneoの編集を毎月2回発行することに加え
て、今年の5月から開始したノンフィクション上映を目指すneoneo坐の運営。さらに9
月から週1回ではあるが、明治学院大学でドキュメンタリーのゼミを担当している。
こうした定期的仕事を縫うようにして、土本典昭監督のトークを中心とする撮影が入
っている。これは来春の完成を目指し、大詰めの段階を迎えている。
こうした刺激的な生活は1日の早さを実感させてくれる。1週間はまたたく間に過ぎて
しまう。しかし、映画を作ることと上映すること、それを繋ぐメルマガneoneoを読者
に配信する行為は、いわば映画の3点セットとも言える訳で、その意味からも、精神
的にバランスが取れていると言えなくはない。
これからは、これらの内容の一層の充実が図られるべきで、関わっているスタッフ共
々、ステップアップしていきたいと思っている。直面する課題は、私が企画した10月
24日(日)の小川紳介の初期3本の上映で、16ミリフィルムによる映写の準備に精力
を注いでいる。詳しくは、本誌の「neoneo坐通信」をご覧頂きたい。
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■発行:ビジュアルトラックス visualtrax@jcom.home.ne.jp
■責任編集 伏屋博雄
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