「マガジン」はアラビア語が語源だということをごぞんじでしたか?週刊アラブマガジンはアラブ・イスラーム文化について幅広くご紹介します。中東及びアラビア語、アラブ・イスラム文化に興味のある方、必見です!
- 最新号:2008-06-26
- 発行周期:毎週1回
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週刊アラブマガジン [Vol. 236]
発行日: 2008/2/6Vol.236 2008.02.06発行
◆◇◆ 『週刊アラブマガジン』 ◆◇◆
【今週の目次】
1.お知らせ 【アラビア語オリンピック開催】
2.アラブ案内 【日本とアラブの交流 4】
3.詩のそよ風 【心】
4.オスマン帝国の歴史 【十字軍とモンゴル帝国の脅威】
★★1.お知らせ ★★★★★★★★
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【第5回アラビア語オリンピック開催】
アラブイスラーム学院では、「第5回アラビア語オリンピック」を開催いたし
ます。
多数ご出席下さいますようご案内申し上げます。
記
開催日 :西暦2008年2月16日(土) 午前10時より開始
開催場所 :アラブ イスラーム学院 東京都港区元麻布3-4-18
競技参加者:学院生及び一般参加者
プログラムと時間
-------------------
午前の部:
1.アラビア語タイピング競技 10:00-11:00
(B2視聴覚教室)
2.アラビア書道競技(B1会議室) 11:10-12:10
休憩昼食(軽食を用意しています)12:10-13:00
午後の部:
3.自由形式アラビア語スピーチ競技 13:10-15:00
(1階メインホール)
4.講評及び結果発表 15:00-15:30
閉会
- ご家族、お友達をお誘いの上、お出でください。
地図↓
http://www.aii-t.org/j/tareef/hiroo.htm
★★2.アラブ案内 ★★★★★★★★
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【日本とアラブの交流 4】
〜第二次大戦後−3〜
アラブの万博参加
「人類の進歩と調和」をスローガンに1970年日本で開催された大阪万博
(OSAKA EXPO’70)は、150ヵ国の参加と600万人の入場者をあつめて成
功裡に終った。
アジアではじめて開催されたこの万博に参加したアラブ諸国は、アルジェリ
ア、サウジアラビア、クウェート、エジプト、アブダビの5ヵ国。
アルジェリアからはヤケル商業相、サウジアラビアからはシェイク商工相、ク
ウェートからはアルサバーハ商工相、エジプトからはザキ経済貿易相、アブダビ
からはザイド皇太子殿下ら、各国の要人を団長とする代表団がそれぞれのナショ
ナル・デー出席のため来日し、万博参加後も、財界首脳との懇談、産業視察など
を通じて、日本とこれら諸国の関係は一層強化された。
これら5ヵ国のパビリオンには、それぞれの長い歴史と文化の伝統のにじむ
メッカの巡礼のパネル、宮殿内部の装飾、モスク建築、各国の伝統に裏付けられ
た工芸品、物産などとともに、石油産業と社会開発を示す魅力ある展示物が、変
りゆくアラブの姿を紹介して好評を博した。
この期間中にお祭広場で開催された各国のナショナル・デーでは、各国の要人
と随行代表団を主賓として迎え、それぞれの国の文化を示すページェントが繰広
げられた。アルジェリアからは、「アルジェリア国立舞踊団」が「馬の踊り」、
「タンドゥフの踊り」などを、エジプトからは「レダ民俗舞踊団」が「シワの踊
り」、「はとの踊り」など、洗練された民俗舞踊を披露し、テレビでも全国に放
映された。
なお一言付言すれば、この万博をきっかけに、関西の経済や民間の間に、アラ
ブ諸国への関心が高まり、日本とアラブとの間の経済協力や親善運動が開始され
るようになった。
※画像はアラブ イスラーム学院のサイト『アラブマガジン』の「アラブ案内」
(http://www.aii-t.org/j/maqha/magazine/guidance2008f/index.htm)にてご
覧いただけます。
筆者:阿部政雄
転載:「アラブ案内」グラフ社(1980年発行)
★★3.詩のそよ風 ★★★★★★★★
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【心】
心を大切にし、その重みに耐えるものに運ばせるなら、
穏やかに生き、良く言われるだろう。
イマーム・アリー アッラーの嘉しあれ
★★4.オスマン帝国の歴史 ★★★★★★★★
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【十字軍とモンゴル帝国の脅威】
読者の皆様、今日はオスマン帝国が直面した2つの脅威についてお話しましょ
う。
1 十字軍の脅威
当時、大部分のヨーロッパ人たちは、オスマン帝国の度重なる解放遠征や、急
速なヨーロッパ進出に対して恐れを感じていました。そこで戦いを奨励するため
の宗教運動が起こり、ローマ教皇がキリスト教の名において人々に戦いを呼びか
けたのです。それで、当時のハンガリー王、ジギスムントの指揮により、ヨー
ロッパの大軍が出征し、フランスとドイツの部隊もその大軍に加わりました。
その時、ちょうどバヤズィード(バヤズィト1世)はアジアにいなかったた
め、戦いの初めにはヨーロッパ軍が勝利しました。それで彼らは多くの都市をオ
スマン帝国から奪還し、それから、ドナウ川沿いにある最も堅牢な都市、ニコポ
リスの城塞に侵入しました。
バヤズィードはその知らせを聞くと、ヨーロッパ軍と対決するために急いで戻
り、歴史に残る大勝利を収めました。ヨーロッパ軍の兵士は、ごく僅かしか生き
残らなかったと言います。それは1396年のことでした。
2 モンゴル帝国の脅威
モンゴル帝国の脅威も再び大きくなりました。ティムールが率いるモンゴル帝
国は、ホラサーンやマー・ワラーゥ・アン=ナハルを奪取したのです。ティムー
ルはサマルカンドを自らの首都に定め、かつてのチンギス・ハーンやフレグの領
土を取り戻すべく、モスクワから中国、そしてシリアへと向かいました。
バヤズィードは、いずれティムールとの間で決戦を交えなければならないと悟
り、軍の強化に努めました。そして、当時君候国の諸侯たちに属していた戦略的
地域を奪取しました。そのため、それらの諸候は逃亡し、ティムールの許へ亡命
して彼に助けを求めたのです。
こうして、モンゴル軍と、バヤズィードの長男エルトグル(エルトゥールル)
が率いる軍隊との間で、最初の決戦が行われました。しかしモンゴル軍が勝利を
収め、エルトグル・ビン・バヤズィードは戦死しました。
その後、ジュユーク・アバードにおいても戦いが繰り広げられましたが、また
してもモンゴル軍が勝利しました。モンゴル軍はその後アンカラに向かい、その
時、多くのモンゴル人たちがイスラームに入信したのでした。
バヤズィードは自ら軍を率いて懸命に戦ったのですが、敗北して息子のムー
サーと一緒にアンカラで捕えられ、その後、1403年に亡くなりました。
そこで、モンゴル帝国の支配下に入るという条件でティムールの同意を得て、
バヤズィードの息子、スライマンが即位しました。その後、1405年にティ
ムールは亡くなると、彼の息子たちの間で勢力争いが起こり、それによって小ア
ジアでの彼らの支配力は弱まっていきました。そこでオスマン帝国のスルタン、
アル=カーミルは、再びモンゴル帝国支配の排除に乗り出したのです。
しかしモンゴル帝国支配を退けた後で、バヤズィードの息子たちは王位をめ
ぐって争うようになりました。そして激しい争いが続いた末、モハンマド(メフ
メト)1世がスルタンに即位しました。モハンマド1世はモンゴル帝国との戦い
で失った領土の奪還に努めました。
1421年にモハンマド1世はエディルネで亡くなり、ムラード(ムラト)2
世が即位しました。彼は帝国に治安と改革の基礎を築き、解放遠征に向かい、
1430年にはサロニクを解放しました。
それからムラード2世は、ハンガリー摂政のフニャディ率いるキリスト教徒軍
と対決し、バルカン半島で勝利を収めました。そして1444年には、イズジダ
ン講和条約が結ばれ、オスマン軍はセルビアとハンガリーから撤退しました。
しかし十字軍兵士たちはその講和条約を破り、戦闘を仕掛けてきました。そこ
でムラード2世は再び彼らと対決し、1444年に彼らを倒しました。この戦い
で、ヨーロッパの王や諸侯の一部が戦死し、オスマン軍はボスニアとセルビアを
奪還しました。それにより、オスマン帝国は「力の時代」に到達したのです。
ムラード2世は1451年に亡くなり、息子のモハンマド(メフメト)2世が
即位しました。彼はのちにコンスタンティノープルを解放し、「征服王モハンマ
ド」と呼ばれるようになるのです。
皆さん、この偉大な人物「征服王モハンマド(メフメト2世)」について、ま
た、いかに彼がコンスタンティノープルを解放したかについてお話しする前に、
次回はまず、大都市コンスタンティノープルについてざっと目を通していきま
しょう。それでは、またお会いする日まで。
筆者:リハーブ・ザハラーン
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