「マガジン」はアラビア語が語源だということをごぞんじでしたか?週刊アラブマガジンはアラブ・イスラーム文化について幅広くご紹介します。中東及びアラビア語、アラブ・イスラム文化に興味のある方、必見です!
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週刊アラブマガジン [Vol. 234]
発行日: 2008/1/23
Vol.234 2008.01.23発行
◆◇◆ 『週刊アラブマガジン』 ◆◇◆
【今週の目次】
1.アラブ案内 【日本とアラブの交流 3】
2.詩のそよ風 【誉の継承】
3.オスマン帝国の歴史 【オルハン〜ムラード1世〜バヤズィード1世】
★★1.アラブ案内 ★★★★★★★★
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【日本とアラブの交流 3】
〜第二次大戦後−2〜
AA諸国との連帯
このバンドン会議の前後、新興諸国の国際舞台への登場につれて、日本でもア
ジア・アフリカ諸国との連帯を求める国民運動が高まり、文化人の使節団がアジ
ア諸国を訪問した。スエズ戦争の際にはエジプトへの医療、繊維、食糧などの救
援品を送る運動も展開されたが、この国民運動の1つの頂点となった1957年
のカイロのAA諸国民会議には、当時の与党の有力政治家を含む58名の超党派
代表団(団長北村徳太郎氏)が参加し、AA諸国との多様な連帯を表明した。
高まるAA諸国との連帯運動は、当時熾烈な独立運動を続けていたアルジェリ
ア民族解放戦線(FLN)代表、アブデルラーマン・キワン氏の1958年の原
水爆禁止世界大会への参加となった。宇都宮徳馬氏、淡徳三郎氏らはFLN東京
事務所開設に尽力し、ここに日本北アフリカ協会が誕生した。
このFLN東京事務所の2代目代表アブデルマレク・ベンハビレス氏は、19
62年のアルジェリアの独立とともに初代駐日大使として赴任。長年アルジェリ
アとの連帯運動の推進役であった同協会事務局長淡徳三郎氏が1977年死去し
た際、アルジェリア最大の雑誌「アルムジャーヒド」は「アルジェリアの友の
死」と題する追悼社説を掲げた。
現在のアルジェリアの警官の服装が日本の警官と全く同じで、筆者はアルジェ
の町角の雰囲気に親しみを覚えたが、これはFLN東京事務所開設に協力した日
本国民へのアルジェリア政府の感謝の一端であるとのことだった。
※画像はアラブ イスラーム学院のサイト『アラブマガジン』の「アラブ案内」
(http://www.aii-t.org/j/maqha/magazine/guidance2008f/index.htm)にてご
覧いただけます。
筆者:阿部政雄
転載:「アラブ案内」グラフ社(1980年発行)
★★2.詩のそよ風 ★★★★★★★★
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【誉の継承】
誠実な祖先の誉れを受け継いだが、
かれらの館でわれわれは悪行を犯した。
高邁な配慮は消えうせ、
悪の輩が(その誉れを)消失させんばかりだ。
アウス・ブン・ハジャル
★★3.オスマン帝国の歴史 ★★★★★★★★
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【オルハン〜ムラード1世〜バヤズィード1世】
親愛なる読者の皆様:
1326年にオスマンが亡くなると、息子のオルハンが即位しました。彼は
「ブルサ」を開国し、続いて「アズミール」を、そして1330年には「タウ
シャンリー」を併合し、それから1354年には、彼の息子スライマンの指揮
で「アンカラ」を獲得しました。
オルハンの時代には、「イェニチェリ軍団(*「新しい軍隊」の意)」の最初
の部隊が結成されました。
1359年にオルハンは亡くなり、息子のムラード(ムラト)1世が即位しま
した。彼はヨーロッパを目指し、バルカン半島を解放しました。そしてオスマン
帝国は1366年にエディルネを獲得し、同市を首都に定めました。エディルネ
は、その後オスマン帝国がコンスタンティノープルを解放するまで首都であり続
けました。
ムラード1世は次々と勝利を収め、マケドニア、ソフィア、そしてギリシャ北
部のすべての地方を解放しました。ムラード1世が指揮するオスマン帝国軍と、
セルビア軍やボスニア軍、ハンガリー軍、ブルガリア軍、アルバニア軍から編成
されたキリスト教徒同盟軍との間で激しい戦闘が繰り広げられました。
この戦いでムラード1世は勝利したのですが、あるセルビア人が戦死者を装っ
て紛れ込み、ムラード1世を刺し殺したのです。そこで、1389年にムラード
1世の息子、バヤズィード(バヤズィト)1世が即位しました。彼は父のために
報復し、セルビア国王を捕らえて彼と彼の援護者たちを殺害しました。
1390年、東ローマ帝国は小アジアにおける彼らの最後の領土だった都市
「アーラ・シャハル」を失いました。
そして1394年、カイロにいた(アッバース朝)カリフ、アル=ムタワッキル
は、エジプトの(マムルーク朝)スルタン、バルクークの同意のもとに、バヤ
ズィードの要求に応えて彼に「ローマ王」の称号を与えました。バルクークがそ
のことに同意したのは、エジプトのマムルーク朝と小アジア・東欧のオスマン帝
国の双方に、モンゴル帝国の脅威が迫っていたからです。バルクークはモンゴル
帝国の脅威に対して、オスマン帝国と同盟関係を結びたかったのでした。
しかし、オスマン帝国に迫る脅威はモンゴル帝国だけではありませんでした。
そこには、十字軍の脅威も存在していたのです。
次回はオスマン帝国を脅かしたその二つの脅威についてお話しましょう。それ
ではまたお会いする日まで。
筆者:リハーブ・ザハラーン
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