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[ 素顔のアジア ミャンマー人僧侶Uの話 ]

発行日時: 2008/3/29


三井は現在旅に出ています。
リアルタイム旅行記はブログ「旅空日記」で、写真はブログ「バタフライ・ライフ」で更新中です。

今回はミャンマーからのレポートをお送ります

■ ミャンマー人僧侶Uの話

「ここまで来たら、もう話しても大丈夫でしょうね」
 Uさんは僧院の中に入ると、ほっとした表情で言った。そして素焼きの水瓶に入っている水をコップですくってうまそうに飲んだ。
「今のミャンマーは動物園のようなものなんです。政府が我々を鍵のかかった檻に閉じこめて、檻の外から監視している。自由がないんです。マンダレーでは僧侶が外国人の前で政治的な話をしただけで逮捕されたんです。その外国人が連れていたガイドが密告者だったんですよ。町中で政治の話をするのは、それだけでとても危険なことなんです」
 Uさんは去年9月にミャンマー全土で起こった反体制デモに参加した僧侶の一人である。デモは一般市民を巻き込みながら数万人規模にまで膨らみ、ヤンゴンで政府の治安部隊と衝突した。治安部隊がデモ隊に発砲し、僧侶を含む多数の市民が殺され、数百人が身柄を拘束された。殺された人の中には日本人カメラマンの長井さんも含まれていた。

 僕がUさんに出会ったのは、ミャンマー第二の都市マンダレーだった。他の町に移動しようとピックアップトラックに乗っていた僕に、彼が英語で話しかけてきたのだった。彼は英語と片言の日本語を話すことができた。どちらも僧侶になってから学校で学んだのだという。
 Uさんは街中では政治に関わる話には触れなかった。どこに密告者がいるかわからないからだ。確かにバックパックを背負った外国人とえんじ色の布をまとった僧侶という組み合わせはとても目立つから、彼が警戒するのも無理はなかった。
「一緒にサガインに行きませんか?」と彼は僕を誘った。「私の僧院の中でなら、ゆっくり話ができます。私が建てた僧院なんです。だから邪魔は入りません」

 僕らはピックアップ二台と馬車を乗り継いで、サガインにある彼の僧院に向かった。サガインはミャンマー随一の観光名所バガンと同じように、数多くのパゴダや寺院が建ち並ぶ仏教の町である。バガンと違うのは、ここが「かつての聖地」ではなく、「今も生き続ける聖地」だという点である。数百もの僧院があり、1万人近くの僧が住んでいる。特にピンク色の僧衣をまとった尼僧の数が多いのがサガインの特徴である。Uさんによればサガインに住んでいる僧侶は4000人、尼僧は6000人いるということだから、女性の割合の方が多いのである。そんな町は他にはない。
 Uさんの僧院は古くからある立派な僧院に比べるとかなり見劣りした。壁や床は竹を編んで作られたもので、部屋の中には小さなベッドが二つと古びたキャビネットがひとつ置かれているだけである。僧院というよりは田舎の貧しい民家といった風情だ。
 彼は三年前にもともと籍を置いていた僧院から独立して、空き地に自分の僧院を建てた。サガインでは一人前の僧侶だと認められると、このように「分家」して新しい僧院を構えることがよくあるという。そうやって僧院の数は年々増え続けているのだ。この僧院には彼の他に若い僧侶が2人と、10代の学生が3人住んでいる。

「9月のデモは誰かが日時を決めて行ったわけではないんです。いくつかの出来事が重なって、人々のあいだに怒りが広がっていった。それが大きなデモに繋がったんです」とUさんは言った。
 デモが起きるきっかけというのは、ガソリン価格が急に上がったことと、それに伴う物価高だった。人々の生活が苦しさを増す中、パコックという町の僧侶たちがまず抗議デモを起こした。しかしそのデモが治安部隊によって弾圧され、僧侶一人が殺されるという事態に至ると、それに怒った他の町の僧侶たちが次々とデモに参加するようになったのだ。

「僕が不思議に思ったのは、なぜあなたたち僧侶がデモを起こしたのかということだったんです。僧侶というのは政治には関わらないものではないのですか?」
 なぜ僧侶なのか。それは僕がニュースでヤンゴンでの騒乱の様子を知ったときに、まず最初に感じた疑問だった。国民の大半が敬虔な仏教徒であるミャンマーでは、僧侶と僧院が社会に対して大きな影響力を持っている。しかし上座部仏教の僧侶というのは俗世間を離れ、厳しい戒律を守りながら悟りへの道を追求する存在であり、政治的な活動とは縁のない人々であるはずである。少なくとも僕はそう思っていた。というのも、はじめてミャンマーを訪れたときに出会った一人の僧侶が、そのように語ったからだった。彼の関心は常に「自分の心を見つめ、仏陀への道を極める」ことにあり、それ以外のことは二の次だったのである。

「あなたの疑問はもっともです。僧侶は普段は政治には関わりません。でも今回は行動する必要があったのです。僧侶は働きません。食べ物や寄付を一般の人々からもらって生きている存在です。だから一般の人々が困っているのなら、それを代弁して行動しなければいけない。それが僧侶の義務なんです。我々は働いていませんが、正しい道を進むための知識は持っている。言うなればバスの運転手のようなものです。後ろに乗っている乗客をちゃんと目的地まで運ぶ義務があるんです」
 僧侶たちがデモを起こした背景には、この国の閉塞感と、一般市民の声を代弁しようという僧侶たちの気持ちがあったのだろう。とにかくこのひどい状況を何とかしてくれ、と訴えたかったのだ。そこに政治に介入しようという意図はなかった。Uさんは今の軍事政権を嫌ってはいるが、だからといってアウンサン・スーチー率いる野党NLDを支持しているというわけではない。政治的にはあくまでも中立なのである。

 それからUさん自身は語らなかったけれど、僧侶たちの中には「一般市民の為に盾となる」という発想があったのではないかと思う。「盾」という言葉はいかにも自己犠牲的だが、要するに「僧衣を着ている我々には、警察も手を出さないだろう」という計算が働いていたのではないかと思うのだ。軍事政権の人間も仏教徒である。仏教徒にとって僧侶を殺すというのはとんでもない罪になる。いくらなんでもそこまではやるまい。
 しかしそれが甘い考えであったことは、僧侶に向けられた銃弾によって証明されたのだった。

 政府による徹底的な弾圧によって抗議デモが失敗に終わったというニュースが伝えられると、Uさんはしばらく実家に身を隠していた。Uさんがデモを行ったマンダレーでヤンゴンと同様の弾圧が行われるかはわからなかったが、ひとまず警察の目につかないところへ逃げた方が良いだろうと考えたのだ。噂によれば、警察はデモに参加した僧侶の顔写真を隠しカメラで撮っていて、その写真を元に反体制派の僧侶のリストを作り、次から次へと僧侶を逮捕しているというのだ。
 実際に警察がそのようなリストを作っているのかは定かではない。でもそのような可能性を示し、恐怖を植え付けるだけでも、十分に効果的である。恐怖心と不安感は行動を躊躇わせる。実際に起こったことよりも、「もしかしたら起こるかもしれない」と想像させることが重要なのだ。その意味では政府の作戦は成功している。実際にこの半年間は大きな反体制活動は起こっていないからだ。
「でも、次の機会は必ずやって来ますよ。いつとは断言できないし、誰にもわからないけど。何かのきっかけがあれば、我々僧侶たちは団結して行動します」
「次は成功するでしょうか?」
「それもわからない。また前のように失敗するかもしれません。政府は銃を持っているから、簡単にはいかないでしょう。我々には彼らのような力はない。暴力を使わずに、ただ通りを行進するだけですからね」
「失敗すれば、逮捕されたり殺されるかもしれない。怖くはありませんか?」
「もちろん怖いですよ。たとえ僧侶であっても人間ですからね。誰だって銃で撃ち殺されたくはない。それでもやらなくてはいけないときがある。今がそのときなんです。我々の前に立ちはだかっている壁は、高くて固い。それは一撃では壊れないでしょう。だから何度も繰り返さなければいけないんです。倒れても立ち上がらなければいけないんです。我々には映画に出てくるようなヒーローはいりません。たった一人の人間が強力な政府を倒すことなんてあり得ない。団結こそが我々の力です。一人一人の力は弱いかもしれないけれど、団結すれば壁だって壊せるはずなんです」

 マシンガンを手にした政府軍の前で、非暴力の抗議行動を続けるのは、英国の植民地支配からの独立を求めたインドの民衆運動を思い出させる。非暴力、不服従。
 しかしインドの独立運動には、ガンジーというヒーローがいた。彼の存在が人々の協調を促した。ミャンマーにもアウンサン・スーチーという抵抗のシンボルがいる。しかしミャンマーのヒロインは今も囚われの身だ。ヒロインの不在。そのことがミャンマーの民衆運動の盛り上がりを阻んでいるのだろうか。
 Uさんは「ヒーローはいらない」と言った。しかしそれは、ヒーローなしでも戦わなければいけない苦しさの裏返しのようにも聞こえたのだった。

 Uさんが生まれたのはサガイン近郊にある貧しい農村だった。川の近くの村では灌漑によって稲作ができるのだが、彼の村では放牧と綿花やゴマなどの作物を細々と作ることしかできなかった。貧しくて、静かで、そして平和だった日々。彼は子供時代をそう振り返る。
 Uさんは子供の頃から瞑想に興味があり、暇をみては実践していたのだが、20歳になったときに時に本格的に仏教のことを学びたくて、サガインの僧院に入ることにした。そこで彼は今までに触れたことのなかった知識をたくさん吸収することになった。ミャンマーの僧院は仏教を追求するための施設であると同時に、貧しい子供たちが高等教育を受けられるほとんど唯一の場所でもあったのだ。彼は大学でパーリ語や英語の他、化学や生物なども学んだ。日本人僧侶からは日本語の手ほどきを受けた。
 世の中のことを広く知るようになった若い僧侶が、長くミャンマーを支配している軍事政権に対して異議を唱えるのは当然の成り行きかもしれない。天然資源があり、教育水準も比較的高いミャンマーが、どうしてこのように「遅れた」国になってしまったのか。政府のやり方に問題があるのではないか。そのような問題意識を持たない方がおかしい、と彼は言う。

 僕はUさんと一日行動を共にした。夜は僧院の二階で僧侶たちと雑魚寝をし、朝は托鉢のお供をした。サガインの丘を歩いていくつもの仏塔を訪ね、尼僧院に行って食事をご馳走してもらった。短い時間だが瞑想も一緒に行った。
 Uさんは特別に政治的な僧侶ではなく、普段は僧侶としての生活を淡々と送っている人だった。托鉢と瞑想と学問にいそしむ日々。僧侶だけで成り立っているサガインの町はあくまでも静かで、時間が進むのがとても遅く感じられた。

 しかし現実の世界は後戻りすることなく今も動き続けている。Uさんが予想しているように、近い将来再び反体制デモが起こる可能性は高い。軍事政権の「時間稼ぎ作戦」はそろそろ限界に達しようとしている。人々のあいだにくすぶり続けている不満は、日に日にその圧力を高めている。特にヤンゴンでは大学生によるデモの可能性が取りざたされている。

「あなたが次に来るときには、きっと街中でも政治の話ができるようになっていますよ。この国は変わります」
 Uさんは別れ際にそう言った。明るく、確信に満ちた表情だった。強がりでもなく、楽観論でもなく、彼はその言葉を丸ごと信じているように見えた。





 サガインの僧侶Uさんの後ろ姿。




 サガインの尼僧院で双子の少女が覚えたてのお経を読んでいた。



この他のミャンマーの写真はブログ「バタフライ・ライフ」でご覧ください。





 旅写真家。1974年、京都市生まれ。
 機械メーカーでエンジニアとして2年間働いた後退社し、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。
 帰国後立ち上げたホームページ「たびそら」が「@niftyホームページグランプリ2002」で準グランプリを受賞し、2003年12月に初の写真集「アジアの瞳」を出版。
 2004年からは「旅写真家」としてアジアを中心に旅と撮影を続けながら、執筆や講演などを行っている。
 2005年9月には2冊目の著作「素顔のアジア」を出版。
 2006年8月には「美少女の輝き」「子供たちの笑顔」の二冊の写真集を同時出版。
 (→更に詳しく)



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