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[ 素顔のアジア ゴールの惨状(1) ]

発行日: 2005/7/1


「素顔のアジアは旅フォトグラファー・三井昌志が2001年から2005年にかけて旅したアジア各国の表情を綴る写真付き旅行記です。これまでのバックナンバーはこちら(2001年)こちら(2004-5年)をご覧ください。


 二〇〇四年の年末に起こったスマトラ島沖大地震の津波被害の詳細について知ったのは、地震発生から二週間以上も後のことだった。地震が起こったとき、僕はタイのバンコクにいたのだが、その日の夜行列車でラオスの首都ビエンチャンに向かい、それからしばらくの間ラオス北部の山奥を旅していたから、情報らしい情報が何も入ってこなかったのだ。
 CNNもインターネットもないラオスの山村で、津波のことが話題に上ることはほとんどなかった。ラオスは海を持たない内陸国であり、震源地のインドネシアからはずいぶん遠かった。それはあくまでも遠い国の遠い出来事でしかなかったのだ。

 二〇〇一年の九月にニューヨークで同時多発テロが起こったときも、中国西部の辺境地域を旅していたせいで、そのニュースを知ったのは四日後だった。久しぶりにテレビのあるホテルに部屋を取って、スイッチを捻るとツインタワーへ突っ込む飛行機の映像が飛び込んできた。「映画にしては画像が不鮮明だなぁ」と思ったことをよく覚えている。それが現実に起こったテロ事件だとわかった後も、それを事実として受け入れることがなかなかできなかった。遠くの山で起こっている雪崩をただ呆然と眺めているような、そんな気持ちだった。

 ラオスの田舎を巡る旅を終えてビエンチャンに戻ってきた時点で、僕はようやく津波被害の詳細について知ることになった。死者の数は二十万に達するのではないか、と新聞社のホームページは伝えていた。あの阪神大震災の数十倍もの人がひとつの災害で亡くなっている。それは僕が想像できる範囲を遙かに超える規模の災害だった。


コロンボの町中で出会った少女。健康そうな褐色の肌がとても印象的だった。
 ラオスの旅を終えてから、バンコクに戻ってスリランカに飛ぶ、というのが僕の当初の予定だった。スリランカは初めてだったので、一ヶ月ぐらいかけてじっくり旅しようと考えていた。しかしスリランカだけでも三万人以上の人が亡くなったという未曾有の大災害を前にして、僕の気持ちは揺らいでいた。
 スリランカ行きをやめることも当然考えた。どうしてもスリランカに行かなくちゃいけない理由があるわけではないのだから。しかし同時に、津波被害を受けた場所を自分の足で実際に歩き、自分の目で確かめたいという気持ちも僕の中にはあった。

 幸か不幸か、僕は津波関連のニュース映像を全くと言っていいほど見ていなかった。だから二十万もの人が命を落とした大災害が一体どういうものなのか、それをイメージする手掛かりすらないような状態だった。それならいっそのこと直接現地に行って見てきた方が早いのではないか。白紙の状態で現場を歩いてみることで、津波被害の全貌が自分なりに描けるのではないか。そんな風に考えた。

 その国を目的もなくただ歩き、そこで出会った人々の等身大の表情をカメラで切り取っていくというのが、僕の旅のスタイルだ。別の言葉で言い換えれば「日常の中を旅する」ということになる。ある日突然襲ってきた津波が、スリランカの人々の日常にどのような変化をもたらしたのか。そこに住む人々は今何を考え、どのような表情で暮らしているのか。津波後の日常を歩くことによって、それが見えてくるのではないかと思ったのだ。

 バンコク発コロンボ行きのキャセイパシフィック航空機はガラガラだった。ボーイング777の定員が何人かは知らないが、ざっと見たところ座席の二割ぐらいしか埋まっていなかった。こんなに空席のある飛行機に乗るのは初めてのことだった。パリーグの消化試合の外野スタンド並である。乗客のほとんどがスリランカ人のビジネスマンか家族連れで、外国人らしき人はほんの一部だった。この様子からも、今回の津波がスリランカの観光業に大きな打撃を与えていることがはっきりとわかった。

 離陸して機内食を食べ終わると、乗客の多くは三人掛けのシートにごろんと横になって、ぐーぐー眠りはじめた。何しろ席はいくらでも空いているのである。客室乗務員もあまりに乗客が少ないので暇を持て余しているようだった。飛ばすだけ赤字なのは目に見えているのだが、だからといって予定していたフライトを勝手にキャンセルするわけにはいかないのだろう。


 スリランカの実質的な首都であるコロンボには三日間滞在した。YMCAの中にある安くて、汚くて、無駄に広くて、窓が閉まらなくて、蚊が多いという部屋に泊まり、街の中をあちこち歩き回った。そうやってスリランカという国と人々の様子をある程度掴んだ上で、海岸線に沿って南に下ることにした。

コロンボの海岸は平穏無事だった

 その三日間で、コロンボの街は全く津波の被害を受けていないことと、コロンボよりも北にある町が無事であることはわかった。問題なのコロンボ以南の町なのだが、どの町がどれほどの被害を受けているのかは、はっきりとしなかった。しかしどうやら寸断されていた道路の復旧は順調に進んでいるらしく、津波被災地であってもバスでアクセスすることは可能なようだった。

コロンボの市場を歩いていると、バナナの上に乗っている子ネズミを自慢げに見せてくれる男がいた。本当に小さくて可愛らしいネズミだった。
 そこで僕はまずコロンボからバスで一時間半ほどのところにあるカルタラという町に行ってみることにした。カルタラはビーチリゾートのある小さな町であり、津波被害が本格化し始める場所に位置している。ひとまず津波被災地の入り口にある町に行って、様子を見てみようと考えたのである。

 バスはコロンボの中心地であるフォートから海沿いの幹線道路に出て、しばらく混み合った道をノロノロと進んだ。街角にはゴミを漁っているカラスの姿が多く目に付いた。コロンボはやたらとカラスの多い町である。アジアの他の首都に比べて特に汚いわけではないのだが、とにかくどこにでもカラスがいる。大きな木の下を通るときは、カラスの糞を浴びないように注意しなくてはいけないほどだ。

 そんなカラスだらけのごみごみとした道を四十分ほど進んだあたりで、不意に視界が開けて海が見えた。海面が強い日差しを受けて眩しく光っていた。人気のない砂浜と、背の高い椰子の木が何本か見えた。
「綺麗なビーチだな」
 そう思いながら視線を手前に移して、ぎょっとした。そこには無惨にも破壊された家屋の残骸が散乱していたのだ。突然海が見えたのは、今まで視界を遮っていた民家の列が津波によって押し潰されていたからだったのだ。

 屋根が無くなった家や、壁の半分を失った家、ただの瓦礫と化した家。そういう無惨な家々があちこちにあった。どの家の壁も分厚いブロックでできており、決してヤワな造りではないのだが、それがまるで紙で作ったおもちゃの家を引き裂くようにあっさりと壊されていた。それはただただ唖然とするばかりの破壊力だった。

 こうしてツナミエリアは唐突に始まった。しかし、これは凄まじい破壊のほんの始まりに過ぎないのだということを、僕は後で知ることになった。





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「結婚できない? なんで?」
「だってほら、今の若い女の人はみんな携帯で連絡を取っているじゃない。だから携帯を持っていない男なんて相手にされないって」 (→続きを読む)



三井昌志 / Mitsui Masashi

1974年、京都市生まれ。旅フォトグラファー・フリーライター。機械メーカーでエンジニアとして2年間働いた後退社し、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。帰国後立ち上げたホームページ「たびそら」が「@niftyホームページグランプリ2002」で準グランプリを受賞。2003年12月に初の写真集「アジアの瞳」を出版。2004年1月から6月に再びアジア(カンボジア、ミャンマー、バングラデシュ、ネパール、アフガニスタン)を旅する。2005年には東南アジアと津波後のインドネシア・スリランカを旅し、3月に帰国した。
2005年9月には2冊目の著作「素顔のアジア」が出版される予定。



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