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「ユーラシア一周旅行記」を振り返る企画の第二回。今回はバングラデシュからパキスタンまでの「南アジア編」を振り返ります。
旅に出てから3ヶ月はあっという間に過ぎ去りました。見るもの全てが新鮮だったし、自分がどこを歩きたいのか、自分が何を撮りたいのかが、徐々にはっきりとしてきた。次の町に行くのが、楽しみで仕方なかったですね。
そんな中で訪れたのがバングラデシュでした。実はラオスもミャンマーも当初の予定の中には入っていなかったのです。それが旅の途中で出会った人に「是非に」と勧められて行くことになった。そして気に入ってしまった。ところがバングラデシュは旅に出る前から「ここには行こう」と赤丸印をつけていたのです。
僕がバングラに行こうと思うようになったきっかけのひとつが、NHKの「地球に好奇心」というドキュメンタリーシリーズのあるエピソードでした。それはバングラの田舎に住む少年が、民謡歌手を目指すために師匠について地方を巡業し、歌い手として成長していく、という話でした。バングラの農村の情景や人と人との距離感などがとても見事に描かれていて、時が経つのを忘れて見入ったことを覚えています。これを最初に見たとき、僕は自分がアジアを旅することになるとはまだ想像していなかったのですが、もし旅をするんだったら、観光地巡りではなく、こういうところに行ってみたいな、と考えていたのです。
残念ながら、バングラデシュで民謡歌手に出会うことは一度もありませんでした。たぶんお祭りなどの特殊な場でない限り、彼らはやってこないのでしょう。でもバングラでは様々な出会いがありました。その中で最も強く印象に残っているのが、首都ダッカのスラムで出会った少女でした。この頃には凄まじいスラムを歩くことにもあまり抵抗を感じなくなっていました。そこが危険なのかどうか、自分の目で感覚で判断できるという自信がついてきたのです。そして凄まじい貧困が広がるスラムの中にも、そこにしかない輝きというものがあるのだ、ということを知りました。
現実は多面的なもので、決してひとくちで語れるものではないのだということを、僕はバングラのスラムで教えられた気がします。今年の津波被害地域を旅したときにも、その経験があったお陰で、様々な角度から日常を捉えることができたのだと思っています。
2004年にはスラムで出会った少女を探しに再びダッカを訪れました。三年後の彼女はこんな顔をしていました。そのときのエピソードはまたいつか紹介できると思います。
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バングラデシュの次はインドに行ったわけですが、バラナシの火葬場や沐浴場での体験を除けば、僕にとってのインドはあまり楽しいものではありませんでした。途中で体調を崩したこともあったけれど、やはり(ぼくにとっては)インドよりも強烈な国バングラデシュを先に旅してしまったということが、大きかったのだろうと思います。
ネパールのトレッキングで出会ったまっすぐな瞳を持つ少女は、僕にとって特別な存在です。彼女の無邪気な笑顔と、弟を抱いたときに見せた胸に迫ってくるような強い視線。この2枚の写真は初期の「たびそら」を象徴するものになりました。
この写真は狙って撮ったものではありません。ピントもずれているし、上手く撮れているとは言い難い。たまたま、そこにいい表情があっただけなのです。逆に言えば、その「たまたま」を呼び込むために歩き続けることが、僕の写真にとって一番重要なことではないかとも思うのです。たとえ1000枚失敗しても、次の1枚に素晴らしい表情が写っていれば、それでオーケーじゃないか。僕はそういうスタンスで写真を撮っています。
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パキスタンのフンザは僕が旅した土地の中でも、最も美しい場所のひとつでした。ここに匹敵する場所は、アフガニスタンのバーミヤンぐらいではないかと思います。人を寄せ付けない厳しい自然と、その中でささやかな暮らしを営む人々の姿が、僕を惹きつけるのです。
ペシャワール郊外で出会ったタリバンの武器商人の老人のことは、9月11日の同時多発テロが起こったというニュースを聞いたときに、まず最初に思い出しました。僕がテロの一報を聞いたのは、事件発生から4日後のことでした。そのとき僕は中国四川省の山奥を旅していたので、マスメディアに接する機会が全くなかったのです。世界貿易センタービルに飛行機が衝突する映像を、成都のホテルのロビーで呆然と眺めていたことを思い出します。そのときの話は、近く更新するユーラシア一周旅行記・中国編の中で紹介できると思います。
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