Love! Pacific Relations |
この記事の発行者<<前の記事
|
次の記事>>
|
最新の記事
◆インド人の結婚◆
子供の行っている英語の幼稚園で、仲良くしているインド人の男の子がいます。
その男の子のところへお邪魔して、一緒に遊ぶことになりました。インド人といえば、
「濃い」英語でわかりにくいので、話を半分くらいしか聞かないことも多いのですが
(すみません。ネイティブじゃないからわからないのです)本日は、じっくりといろ
んな話をすることになりました。結構アクセントがわからなくて、何回も聞きなおして
しまったこともあったのですが、結構いろんな話ができて勉強になりました。
結婚の話に入る前に、少しわき道にそれます。このメルマガを読んでいる方は、大抵
欧米人と結婚したいと思っている人だと思います。なので英語に関してもある程度
レベルの高い人が多いと思います。が、そうでない人もいると思うのでお話すると、
インドでは、英語は国家の第一言語なのだそうです。もちろん自分たちの言語という
のも持っています。ですが、インドは歴史を勉強された方はご存知のように、もの
すごい多くの民族がさまざまな言語を使って生活しています。なのでインドを統一
することが非常に難しかった。イギリスが来て、英語を公用語としてから、家では
自分たちの言語を使うけれど、学校では英語を使うことになったのです。学校の
勉強は、国語(=英語)、数学、理科、社会など、すべての科目は英語で行われる
ため、みんな英語ができるのです。確かにくせのあるアクセントで、私なんか昔は
「本当にこの人英語わかってんのかな・・・」なんて留学時代は思ったこともありま
したが、結局アクセントの問題で、ネイティブにはちゃんと通じていて、彼らも
アメリカ人やイギリス人の話す英語は100%わかっているということを理解するまで
ちょっと時間がかかりました。これはフィリピンでもそうらしく、小学校に入ったら
国語(=タガログ語)以外の科目は、すべて英語で教えられるそうです。だから、
公立学校で普通に教育を受けた人たちは英語ができる(もちろん学校に行っていな
かったり、サボったりした人は別)のです。
私の7年来のアドバイザーである中国人の男性も、高校時代英語は、教師が英語で
英語を教えていたそうです。なので日本に留学してからも英語に関しては不自由
しなかったと。やはりそういう意味で、日本人が英語をネイティブの人と結婚する
には、日本語がある程度理解できる人とでないと、やっていけない、となると、
それだけ門戸も狭くなるのは仕方がないかな・・・と思ったのでした。
さて、本題にはいります。今回話題に上がったのが「結婚」彼女のお友達のインド人
女性も来たので、女性3人で結婚の話、姑の話、親の問題などの話題がでました。
彼女たちが興味があったのが、「恋愛結婚」。「日本は恋愛結婚が主流ですか?
それともお見合い結婚?」というものでした。私は「日本は恋愛結婚が主流になって
いて、お見合い結婚といっても、格式ばったお見合いというよりも、二人で会って、
気が合えば恋愛に発展して、結婚するという感じのお見合いになっている」と答えました。
インドはまだ30%くらいがお見合い結婚なのだそうです。そして彼女たちもお見合いで
結婚したのだそうです。でもインドのお見合いは、日本の今のお見合いのようなもの
ではなく、両親や親戚からアレンジされて、まったく知らない男性と結婚式の前日、
または当日に会って、その人が花婿になるのだそうです。これは私の祖母の時代の
お見合いとまるで同じだなと思いました。
彼女たちも、結婚式の前日まで花婿に会ったことはなかったそうですが、今はインター
ネットがあるので、Eメールやチャット、スカイプ、電話で、本人と話したことはあって、
その間にその人の人柄などに惹かれて、結婚式の時は何も迷いはなかったとか。
インドの場合、カースト制度があるので、同じ身分の人と結婚するのが一般的です。
またお見合いも親戚縁者がアレンジしてくれるので、お互いが同じようなバックグランドで、同じような生活環境の人をセッティングするので、知らないで結婚してもあまり問題は ないのだそうです。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「アメリカ国際結婚日記」ブログも見てくださいね!
アメリカ人男性を夫に一児の母として、国際結婚アドバイザーとして働く著者の生活日記。
↓
http://blog.livedoor.jp/pacrelations/?blog_id=1741483
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「結婚」というものは、歴史的に見てみると、「恋愛結婚」より「お見合い」のほうが
主流です。「恋愛」して結婚するというのは、キリスト教的な考えによるものとは
いうものの、聖書によると、旧約聖書の時代は、一族繁栄のために、多くの「お見合い」
結婚がなされていました。「結婚」というものを見てみると、実は社会的な地位や、
一族の繁栄、経済的安定など、「愛」だけに基づくものでないことが結構多いものです。
でもそれが今は「恋愛」しないと「結婚」じゃない。「恋愛もしないで一生この人と
添い遂げていくなんで考えられない」という考えが一般的になってしまったために、
ラブラブのステージを一緒に歩いてきた男性とでないと、「結婚」なんて考えられない、
「お友達」で終わらせてしまうような女性も多いはずです。極端な例を挙げれば、
焼肉をジュージューと強火で焼いて、炎が燃え上がったような恋愛と、一方でずっと
弱火でずっとシチューを温め続けるような恋愛で、後者のお互いが心地よいスタンスを
取り続けながら生活していくというのも「リラックマ」のキャラクターのように気楽
に、肩肘張らずに生活していける結婚も、まだまだ支持率は高いと思います。
いると思います。
西洋では、「愛」がなくなったら離婚というケースが多くあります。実際にこれだけ多く
のクリスチャンがいるアメリカでも離婚はものすごい数です。でも本当の結婚は「恋愛」
の炎が消えても、それを持続させるために、お互いのことを尊重し、理解し、「愛し」
続けないといけないのですが、それを理解していない西洋人があまりに多いことか。
アメリカは、他の英語圏(イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ)に
比べて、非常に宗教色が強い国です。大統領の宣誓の時も、裁判で真実を述べるときも、
すべて聖書に手を置いて宣誓するのですから、クリスチャンの人が多いはずなのに、
実際は、アメリカの離婚率は世界に誇るほどでしょう。
私が思うに、アメリカは、さまざまな人種の人が入り混じり、また究極の資本主義の国
でもあります。だから、いろんなバックグランドの人と恋に落ちることもあるし、その
まま盛り上がって結婚することもある。そしてもし同じようなバックグランドだったと
しても、究極の資本主義が、「相手の意見を尊重し、理解する」ということを妨げて
いるのでしょう。いやになったら、離婚して、また新しい人生を歩めばいいのよ、という
いうマスコミの言葉に踊らされて、さっさと離婚し、また新しい恋人と暮らし、再婚し、
またその再婚相手がいやになったら、離婚してと、そんな人生のどこがおもしろいのか?
と私としては思うのですが、やはり本当のクリスチャンたちではないのでしょうね、
だから、困難なときには、すぐに逃げてしまうのでしょう。
そういう意味では、やはりインド人のように、同じようなバックグランドの人と結婚
すれば、お互いが以心伝心で言いたいことも伝わる。日本人も昔は「以心伝心」という
言葉よく使われていましたが、最近はあまり聞きませんね。それに伴いどんどん離婚も
増えています。西洋の結婚は、最初はいいでしょうが、それを持続させるためには、
インド人のお見合いのように、楽にかまえてはいられないということでしょう。私も
そう思いますが、相手を「愛し」続けるということは非常に難しいことです。いやな
こともありますし、山も谷もあります。「愛」と「愛する」は別物です。最初から
「愛」がなくては、だめだという人もありますが、「愛」が消えても、「愛する」こと
はできるのです。やはり結婚は、長く続けてゆく中で、夫も妻も成長していくもの。
そういう意味で、お見合い結婚は、理にかなっているから、今も続いているのかも
しれませんね。
===========================================================================
●編集後記●
はー、今日はかなり情報量の多い記事になってしまいました。が、アメリカに来た
日本人が一同口をそろえて言うのが「医療費と教育費が高い!」ということ。日本は
まだまだそういうところでは、国民にとっては優しいなと思います。究極の資本主義
は個人的には反対ですね。
この記事の発行者<<前の記事
|
次の記事>>
|
最新の記事
