猿まじの自作小説 |
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★目次
1、sarumajiからの言葉
2、今回の一言
3、連載
◎『ラブラルの狩人』
◎『神崎物語』
◎『戦国傭兵譚』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
☆sarumajiからの言葉
GW、軽井沢に旅行に行きました。
軽くサイクリングのつもりが、往復約三十キロと言うハードな物に。
翌日筋肉痛にならなかったのが不思議なくらい、疲れました。
☆今回の一言
小野篁(おののたかむら)
【分類】
日本の伝説(Japanese legend,folklore)
【解説】
802〜852。平安時代の文人・貴族。野相公、野宰相と称される。小野小町の祖父。篁は、毎晩冥府に通い、閻魔王庁で裁判を手伝っていた人物としても知られる。篁がまだ学生であったときに、罪を犯した。そのとき、藤原良相(よしみ)が篁のために弁護をした。歳月が流れ、篁は参議となり、良相も大臣になっていた。そのうち良相は重病となり、他界した。直ちに閻魔王の使いの者にからめ捕らえられて、王宮で罪を定められようとした。見ると、閻魔のかたわらに篁がいる。篁は閻魔に「この大臣は、正直で良い人だ。篁に免じて許してくれないか」と言う。閻魔は「篁がぜひにもと言うのならば、許してやろう」と答える。こうして良相は、生き返った。ある日、良相が内裏に行くと、篁がいた。あのおりの閻魔王庁でのことを尋ねた。篁は「先年、私のために弁護をしてくれたお礼をしただけ。決して人に話しなさるな」と言う。話を聞いて、良相はますます篁を恐れながら、「篁は普通の人間ではない。閻魔王庁の臣であった」と知った。このことは自然と世間に聞こえ、人々は、「篁は閻魔王宮の臣として冥途に通っている人だ」と恐れたという(「今昔物語集」)。同じような話が、大江匡房(おおえのまさふさ)の「江談抄(ごうだんしょう)」にも記されている。篁が、藤原高藤(たかふじ)に車の簾を切られるという事件が起こった。篁はそのことを高藤の祖父の冬嗣(ふゆつぐ)の家へ行き、事情を話していた。すると、突然、高藤が気を失った。篁が高藤を起こすと、息を吹き返したが、高藤は庭に降りて、篁を礼拝し、「気を失い、閻魔の庁へ行ったが、篁が閻魔の庁の第二の冥官として座っていた」と語った。それで、高藤が篁を拝んだというのであるが、平安時代、篁は冥府へ通う得体の知れない人物として、人々から恐れられていたものであろう。京都の六波羅蜜寺近くの六道珍皇寺境内の閻魔堂には、閻魔大王と篁の木像が並んでいる。寺の裏には篁が冥界へ通っていたという井戸がある。篁は、この井戸から毎晩閻魔の庁へ出かけ、裁判を手伝っていたのである。そして、嵯峨の清涼寺横の薬師寺境内の井戸(生の六道)から、この世に戻って来たという。
「篁物語」は、篁と恋仲になった異母妹が、やがて仲を割かれたことから悶死し、亡霊となって現われるという、奇怪な作品である。この物語を踏まえたものか、「発心集」にも、「昔、小野篁の妹の失せて後、夜な夜な現(うつつ)に来たりけるは、もの言ふ声ばかりして、さだかには手に触(さは)るものなかりけるとぞ」と記されている。冥府に通っていた篁と幽霊になった妹。そして、謎多い美貌の歌人小野小町。小野一族には、ミステリアスな人物が多い。
篁は才知のある人物であった。あるとき、「無善悪」という落書があった。嵯峨天皇が篁に「読め」と命じる。篁は「読むことは読めますが、さしさわりが……」と言って読もうとはしない。しかし、天皇の命令で、やむを得ず「悪(さが・嵯峨天皇を指す)無くば善(よ)けん」と解読した。嵯峨天皇は「このようなことを書けるのは、その方しかおるまい」と言い、篁は、自分が犯人でないと主張する。帝は、そこで「子」の字を12個書いて、読めと命じた。篁は、「ネコノコノコネコシシノコノコジシ」(猫の子の子猫、獅子の子の子獅子)と読んで、罪とされるのを免れたという。だが、やはり嵯峨天皇の時代、遣唐副使に任命されたものの、乗船せずに、隠岐の島に流罪になった。隠岐へ流されるとき、「わたのはら八十島かけてこぎ出ぬと人には告げよあまの釣船」という歌を詠んだのは有名。墓は、京都の堀川通り北大路(北区紫野)に、紫式部の墓と並んでいる。また、滋賀県志賀町には小野篁神社があり篁を祀っている。
☆連載
『<ラブラルの狩人>』
パキスロン軍が動き出したのは既に夕刻近くになってからの事だった。
およそ十万の軍勢が大地を踏みしめ、誇りを巻き上げながら城壁に肉薄してくる。
他の部隊や<ラブラルの狩人>は動きを見せて居ない。
城壁の上に立って、ジョーゼフは安らかな顔つきをしていた。
彼の背後、城壁の内側には既に人影は無い。
彼の指揮下の二千名を除き、他の部隊は既に四隻の武装輸送艦への搭乗を始めているのだ。
ジョーゼフは肩越しに港で行われているその作業を見やり、満足気に頷いた。
「撤退はもうすぐ終わる。一時間もここで防げば我々は使命を全うすることが出来るのだ。日が暮れるまで、総員、粉骨砕身、最後の力を振り絞って戦え!」
兵を鼓舞する叫び声を挙げ、ジョーゼフ自ら城壁の上に備えられた機銃に取り付いた。
この機銃は武装輸送艦が運んできた物で、城壁の上に五百基装備されて居た。
それぞれに二人の兵が就き、接近してくる敵を薙ぎ払おうと言う訳である。
こうして、最後の激戦の幕が切って落とされた。
早足で突進して来るのを城壁の上の機銃が俯角の限界まで銃身を下げ、猛烈な銃撃を加える。
一分間に数百発もの銃弾が吐き出され、パキスロン兵の大軍の上に鉛のシャワーの如く降り注ぐ。
鉛の塊はパキスロン兵の皮膚を裂き、骨を砕き、内臓を吹き飛ばす。
血の霧が覆い、兵の死体が地を覆い隠す。
後続するものは既に亡き兵の亡骸を盾にして前進を試みるが、猛烈な銃撃の前に盾ごと撃ち倒される。
数千の将兵の命が瞬く間に消耗され、パキスロン軍の前進速度がやや鈍ったかに見えた次の瞬間、戦場を圧する攻め太鼓を連打する音と共にパキスロン軍の第二陣二十万が猛烈な突撃を開始した。
第二陣と第一陣が混じり合い、一本の黒い大河となって城壁に押し寄せる。
パキスロン軍からも弓兵が放つ無数の矢が空を覆う豪雨となって城壁の上の将兵の頭上から降りかかり、瞬く間に将兵の命を消す。
銃手を失った機銃は沈黙し、自分の機銃を撃ち尽した兵がまだ弾の残っている隣の機銃に飛びついて銃撃を続ける。
猛烈な弾幕の中を突破したパキスロン兵が城壁に梯子を掛け、剣を片手に持って攀じ登ってくる。
「梯子を落とせ!登らせるな!」
城壁の真下は機銃の死角となる。
ジョーゼフは猛烈な弾幕で正確に敵兵を薙ぎ倒しながら、既に機銃を撃ち尽した部下に指示を飛ばす。
ガルバディア兵は城壁に手が届きそうなまでに登り詰めたパキスロン兵の胸を銃剣で突き、梯子を蹴落とす。
胸から血を噴出しながら、兵が梯子と共に落ちていく。
彼の後に梯子に取り付いていた数人の兵も、倒れた梯子の下敷きになった兵も合わせれば一瞬にして十名近い兵が失われた事になる。
しかし、パキスロン軍の動きはさらに苛烈になっていき、機銃の弾幕を突破して城壁に取り付く兵の数もどんどん多くなっていく。
逆に機銃はどんどん弾を吐き出し、次々に弾切れになっていく。
ジョーゼフも一基目を撃ち尽くし、二基目も撃ち尽くし、周辺に弾が余っている機銃が無い事を見て取るとすぐに銃剣を取り、城壁の端に走り寄って、掛けられていた梯子を蹴り墜とした。
悲鳴をあげ、数人のパキスロン兵が落ちていく。
さらに二つの梯子を落として、ジョーゼフは顔をあげた。
その表情が青白く変化する。
既に城壁の上にはパキスロン軍の将兵が大分上がって来ており、ガルバディア軍の将兵と剣を交えて居た。
しかし、普段銃火器の訓練はしても剣の訓練などしていないガルバディア兵がパキスロン軍兵に勝てるはずも無く次々に切り伏せられていく。
「くっ………ここまでか」
もうほとんどの機銃が沈黙している。
弾切れか、兵員が倒されたのか………。
城壁の上には数万のパキスロン軍の死骸が踏み荒らされ、転がっているが、まだまだパキスロン軍の突撃に衰えの色は見えない。
ジョーゼフは城壁を登ってきたパキスロン軍兵を突き倒し、その視線を埠頭の方に向けた。
兵員の収容は終了している様子なのに、埠頭を離れる気配が無い。
武装輸送艦はその主砲を城壁に向けている。
それを見たジョーゼフの顔に、満足気な笑みが広がった。
そして彼は銃剣を高々と頭上に掲げ、吼えた。
「最期の最期だ!燃え尽きろ!!」
この叫び声に、兵が吼えて応える。
しかし、元は二千居た彼らも今やわずか数百にまでその数を減らしていた。
彼らは奮起し、夜叉か阿修羅の如く荒れ狂った。
パキスロン軍は僅か数百のガルバディア軍兵を制圧するのにさらに二千以上の犠牲を強いられた。
その身に無数とも言える傷を負い、ジョーゼフは瀕死だった。
しかしそれでも彼は攻撃してくるパキスロン軍兵に向け、銃剣を突き出した。
それが跳ね除けられ、パキスロン軍兵の振るった剣がジョーゼフの腹を切り裂く。
「ぐあっ………」
苦痛に顔を歪めながら、ジョーゼフは港に視線を向けた。
四隻の武装輸送艦が機関を始動させ、ゆっくりと埠頭から離れ始めていた。
それを見たジョーゼフの顔面に改心の笑みが浮かぶ。
その彼の身を数本の剣が突き刺した。
「ガルバディアよ………永遠なれ」
断末魔の悲鳴の変わりに、ギルバート・クラリスの左腕と言われたジョーゼフ准将は見事、戦死を遂げた。
まるで彼が命絶えるのを待って居たかのように、四隻の武装輸送艦の主砲が一斉に火を吹いた。
まるで弔砲の如く、砲声が殷々と響き渡る。
放たれた砲弾は見事、城壁とその上に居た数百人のパキスロン軍兵を吹き飛ばした。
次号に続く・・・
『神崎物語』
第九十九話 暗闘!軽井沢 前編
四月三十日 金曜日
軽井沢駅の改札を抜けると涼やかな涼風が………。
「いや、っていうか、暑いぞ」
照り付ける太陽の陽は容赦が無い。
「―――そうか?」
「確かにあついけど、東京とは違って不快な暑さではないわね」
「まあ、確かに東京のじめ〜っとした暑さとは違って、なんかカラッとしてるわな」
普通このぐらいの暑さならば東京ではだらだらと汗を掻いて体力を失いそうなものだが、軽井沢の暑さは暑いには暑いが、そんなに汗を掻くほどの暑さでは無い。
「―――それで、これからどうするんだ?」
「いきなり明智麗人とか言う北アジア研究会の幹部を探せと言われても手がかりも何もないんだろう?」
修平の問いに飛鳥馬も頷き、美雪を見る。
美雪は顎の下に白い指を当て、やや目を細めながら空を見上げ、
「とりあえずはホテルに入りましょうか」
「ホテル………?」
修平と飛鳥馬が顔を見合わせる。
「軽井沢リゾートと言うリゾートグループに私は加盟しているの。だから低価格で泊まれるのよ」
「おおっ!」
思わず歓声をあげた修平。
しかし、飛鳥馬は表情を変える事無く、
「それで?どうせ、俺達は自費で泊まれとか言うんだろう?」
次の瞬間、美雪の冷然とした仮面に少しだけひびが入ったと修平には見えた。
「私はそんなに冷たい人間じゃ無いわよ」
「ほう。では、俺達の分も払ってくれるのか?済まないな」
「ちょっ………」
「ありがとうな、美雪!よし、んで、そのホテルってのは何処にあるんだ?」
「軽井沢銀座のすぐそばよ」
「軽井沢銀座?………なんか、微妙なネーミングだな」
「まあ、そこが軽井沢の中心街だと言う事はわかりやすいがな」
なんて会話をしながら、三人は歩み去って行った。
彼らが去ってしばしのち、改札を抜けた四人組が居た。
歴史学研究会の面々だ。
黒髪で少し小太りな感じの男とそれとは対照的に痩せている、にこにこと笑っているやさ男。
そして黒髪を活動的にショートカットにしている女とそれとは対照的に長髪で眼鏡をかけた勉強少女と言った感じの女。
「さて、どうしましょうかね、皆さん」
見た目どおりの温和な声で問い掛けたのは、優男の部長、片倉満だ。
「軽井沢と言えばやっぱりお洒落なお店でお買い物よ!」
握り拳に瞳を燃やし、力む女、二年年部員の白石佳奈だ。
「確か旧軽井沢銀座には美味しい煎餅屋があるんだったよね。ほら、鎌倉の小町通りみたいに通りで売ってる奴」
見た目どおり、発言も食欲豊かなのは黒髪小太りの三年部員の桑名洋介。
「あの、でもその前に荷物をホテルに置いていきませんか?重くありません?」
控え目ながらもしっかりとした正論を吐いたのはたった一泊の割にはかなり荷物の多い漆黒の髪を腰で赤いリボンで束ねた修平と同じ一年生の小嶋歩美だ。
「なるほど。確かに小嶋さんの言うとおりですね。ではまずホテルにチェックインして、荷物を置いてから街の散策に出向きましょうか」
「あの、史跡の見学と言うのは?」
「何を言ってるのよ、小嶋さん!軽井沢よ、軽井沢!確かに史跡も見たいけどそれ以上にお買い物がしたいのよ!史跡は明日見ましょう!良いわね、小嶋さん!今日買ったお洒落な服を着て、明日は自転車をレンタルしてサイクリングするのよ、ね、部長!」
「はあ。そう言う予定だったんですか?」
「とりあえずはまず煎餅食べて、クレープ食べて、ソフトクリーム食べて―――」
「の、ところで、そのホテルと言うのはどんなところなんですか?」
「そんなに高くは無いところです。ただ利点は軽井沢銀座に歩いてすぐの所にあるという事ですね。近くにはなかなか古めかしい古本屋さんもあるんですよ。以前、僕はそこで明治時代の教科書を見つけました。実際に生徒が書き込んだ答えと先生が赤ペンで添削した跡がありました」
「へえ〜。明治時代のですか………すごいですねぇ」
勝手な事を抜かしながら、騒々しく歴史学研究会の面々は駅から去って行った。
その方向は先程修平達が向かったのとまったく同じ方向だったりするのだが………。
まさか、同じホテルだったり?でもまさか、そんな偶然………
偶然は時にして、必然以上に起こる物なのであった。
修平達と歴史学研究会の面々のチェックインしたホテルはまったく同じホテルであった。
修平と飛鳥馬が『313号室』、原田美雪が『312号室』。
片倉満と桑名洋介が『213号室』、白石佳奈と小嶋歩美は『212号室』であった。
「へえ〜」
修平は自分の泊まる事となったホテルの一室を見回し、感嘆の息を漏らした。
扉の真正面には開放的な観音開きの窓とゆったりとくつろげそうな和室があり、それだけでも少し料金の低い旅館の部屋ぐらいの広さがあるのだが、その左側には別の部屋があり、そちらは洋室となっており、ベッドが二つ並んでいる。
洗面所も広く、床は大理石造りで、ユニットバスではない個別の風呂とトイレが完備されている。
ホテル内の案内を見る限り、他の部屋も向きなどは変わるようだが、部屋の大きさに違いはないようだった。
テレビも29型と言う大型のテレビが和室と洋室に一つずつ備えられている。
「いやっほーいっ!」
荷物を和室の畳の上に放り、修平は窓際のベッドにダイブした。
「こっちのベッドは俺のベッドな」
「勝手にしろ」
飛鳥馬は呆れたように肩を竦め、壁側のベッドに荷物を置く。
「それにしても、明智の野郎はどうして軽井沢なんかに来たんだろうな?」
ベッドに横になったまま、修平は疑問を口に出した。
彼の隣のベッドに飛鳥馬が腰を下ろす。
「さあな。本人に聞け」
「本人に聞くためには奴を見つけなくちゃなんねぇんだよな」
「どうした?自信が無いのか?」
「おまえは自信があるのかよ。軽井沢って言ったってそこそこに広いんだぞ?東京じゃねぇんだから」
「なせばなる。なさねばならぬ、何事もってな」
「羨ましい限りだな、この馬鹿の考えは」
「この程度の考え方もでき無い莫迦に馬鹿呼ばわりされる筋合いは無い」
ベッドに横になったまま、二人は睨みあった。
一方、その頃美雪は………シャワーを浴びて居た、
細かな水流が美雪の白く滑らかな肌の上を滑り落ちていく。
水滴は彼女の黒髪を湿らせ、彼女の白い頬を滑り、顎先から滴って、彼女の豊かな双丘にあたり、その谷間を抜けて、程よく脂の乗った腹筋を滑り、男ならば誰もが頬ずりしたくなるような脂の乗った太ももから続く白い脚線を滑って、名残惜しげに彼女の体を離れ、排水溝へと消えていくのだ。
男ならば、いや同性の目から見ても美雪の美しさは完璧だった。
誰もが振り返り、息を呑む美貌を持っていた。
シャワーを止め、美雪はシャワールームから出た。
髪を軽く拭って纏め、バスローブを着る。
彼女の部屋は落ち着いたクラシック調のBGMが流されていた。
和室の卓の上に置いておいた携帯が落ち着いたメロディの着メロを奏でる。
「―――はい」
美雪が電話に出ると、電話の向こうから聞こえてきた声は渋めの男の声だった。
<McM>の長官代理である烏丸治三郎である。
『明智麗人に関する情報を入手しました』
「続けて」
『はい。明智麗人の軽井沢行きの目的は不明ですが、軽井沢で宿泊しているホテルが判明しました。そのホテルは―――』
「そう。わかったわ。当たって見る」
『御気を付けください。明智麗人も能力者ですから』
「わかっているわ。ありがとう」
『いえ。それでは失礼します』
「ええ」
美雪が電話を切る。
美雪は今度は部屋に備え付けられている電話に手を飛ばした。
内線で隣の電話に電話を掛ける。
『―――もしもし?』
出たのは修平だった。
「私よ」
『―――新種のオレオレ詐欺か?』
「冗談は止めて頂戴」
『へいへい。んで、何の用だ?氷都って来いとか飲み物買って来いとかそう言う用件だったらお断りだぞ』
修平の声に警戒の色が混じる。
美雪はわざとらしく嘆息を一つして、
「貴方、私の事を一体なんだと思ってるの?」
『冷酷冷徹残酷な悪魔』
「………。私は美の女神よ」
『…………』
「冗談よ」
『いや、呆れてただけで別に本気にしてたわけじゃ無いぞ』
「本当に?」
『当たり前だろ。こんな戯言を聞かすためにわざわざ電話掛けてきたのかよ』
「そんな訳無いでしょう。代理から電話が来たの」
『情報が入ったのか?』
「ええ。彼が宿泊しているホテルがわかったわ。今夜踏み込むから。伝えておこうと思って」
『今夜か。わかった』
「それでは心と体の準備をしておいて頂戴」
『万全に決まってるだろ』
「それは不安ね」
『どういう意味だよ、そりゃ』
「文字通りの意味よ」
『ったく、本当に嫌な女だな、おまえは』
「褒め言葉だと受け取っておくわ。じゃ」
口元に薄く笑みをたなびかせながら、美雪は電話を切った。
片倉満と桑名洋介は部屋で寛いで居た。
片倉満は洋室のベッドに横になって、雑誌を読んでいる。
イラク戦争関連の雑誌で、現地に赴いているジャーナリスト達が命がけで撮影して来た写真が掲載されている。
腕が炭化してしまった少年の写真など正義の軍隊を名乗っている某国の軍隊がどれほどの非道を行っているのかを如実に示して居たが、この雑誌に載って居る写真と言えども実際にイラクで行われている国際法違反のオンパレードに比べればまったくもって氷山の一角に過ぎないのだろう。
「国際法の適用範囲は批准しているすべての国では無い。某国以外の批准したすべての国、なんですね」
片倉がやや表情を険しくして呟く。
普段温和な彼にしては珍しい表情だが、それだけ某国の横暴に耐えかねているのだろう。
もっとも某国の馬鹿大統領の政権が続くのもあと半年だけだろう。
もし政権が存続するのであれば某国の国民はみんな右翼か馬鹿って事になる。
桑名洋介は和室の方でテレビを見ながら、菓子をばりぼりと食っていた。
彼が見ているのはニュースであり、イラクで行われているテロについて報道していた。
「でも、あんだけ酷い事されたら怒ってテロを起こすのも仕方ないよね」
そしてばりぼり。
「と言うか、自爆テロとかが野蛮だとか某国のお偉いさん方は言ってるけど中東のあの辺の国が戦うにはそれ以外に方法は無いよね。野蛮って言ったらどっちかって言えば某国の方が野蛮でしょ」
さすがに歴史学研究会なだけはある。
普通の人がついていけないようなレベルでの話しだ。
しかも会話が成立していない。
「―――そう言えば、神崎君は残念だねぇ」
「そうですか?」
「だって、彼、来たがってたじゃないか。なんか急用とかで来れないらしいけど」
「そうですね」
「………なんか、含む物がありそうな口調だね」
「そうですか?」
片倉はベッドに横になり、雑誌の写真に視線を落としながら、かすかに笑みを含んで聞く。
(行きの新幹線で見かけたあれは神崎君だったみたいですけどねぇ)
すぐに便所に入ってしまったので詳しくはわからないが、むしろ逆に慌てて便所に隠れた事を考えればその可能性は高いと言える。
もっとも今はまだその事を桑名や他の部員に話す必要は無いだろう。
白石佳奈と小嶋歩美はホテルの部屋に荷物を置くとすぐさま買い物に出かけた。
軽井沢銀座を歩き、旧軽井沢銀座の方へと行く。
「へえ、この分かれ道を左に行くと三笠ホテルがあるみたいだよ。三笠通りって書いてある」
白石はきょろきょろと辺りを見回しながら言い、言いながらも三笠通りには行かず、右に曲がって旧軽井沢銀座の方へと入っていく。
軽井沢銀座よりもむしろ旧軽井沢銀座の方が人も店も多いようだ。
白石と小嶋はその雑踏の中に踏み込んで行った。
靴屋や服屋などを見て回り、二人は存分に買い物を楽しんだ。
時は流れて、夜。
周りを木々に囲まれ、静かに佇む風格漂うホテルの前庭に、不審な人影が三つあった。
言わずもがな、修平達である。
明智麗人が宿泊していると言うホテルは明治創業の古風な佇まいで、その歴史の中には多くの文豪や政治家などの有名人の投宿がある。
「―――なあ、美雪?」
戦闘衣装に身を包み、闇の中にひっそりと潜みながら、修平は隣に同じような格好で潜んでいる美雪に声を掛けた。
さすがは避暑地軽井沢と言うべきか、夜ともなればその風は冷たく、半袖などで居れば十分に凍える事ができそうである。
と言うよりも、軽井沢銀座近くの彼らのホテルからここまで、貸し自転車を借りて約三十分。
風を切って進むのはなかなかに気持ち良いのだが、なにしろ風が冷たい!
おかげで修平は既に十分凍えて居たりする。
そんな寒さの中、こちらは普段とまったく変わる事の無い美雪が修平を冷然とした瞳で見つめて、
「なにかしら?」
「なんで正面から堂々と入らないんだ?フロントで明智の泊まってる部屋を聞いて踏み込めば良いじゃないか」
修平の提案に美雪と飛鳥馬が顔を見合わせ、呆れたと言う風に肩を竦める。
そして、飛鳥馬がいかにも人を小馬鹿にした態度で口を開く。
「馬鹿だな、おまえ。いや、知っていたが。まずフロントで部屋の番号を聞こうとして、素直に教えてくれると思うか?俺達は別に警察でもなんでもないんだぞ?次ぎに、おまえはその明智とか言う奴が本名でホテルに宿泊していると思っているのか?馬鹿だな。普通は偽名を使うもんだ。大体、その明智麗人とか言ういかにもな名前こそ偽名かもしれんだろうが」
確かに飛鳥馬の言うとおりである。
修平は語を継げずに沈黙する………かに見えたが、すぐに反撃に移る。
「だからって言って、こんなところでじっとしてたって結局は明智の部屋なんかわからないだろ?どうすんだよ」
確かにこれも正論である。
見た限り、すべての部屋の窓にはカーテンが下ろされており、明かりが点いているか否かはわかっても、誰の部屋かまではわからない。
「いっそのことホテルごと爆破でもして見れば一気に片がつくのだがな」
飛鳥馬がホテルを睨みながら悔しげに目を細める。
「全部爆破って、おまえこそ大莫迦じゃねぇか!そんなんじゃ、民間人も巻き添えだろうが」
「別に百人や二百人良いだろう。地球にとってなんら損失は無い。むしろ、良い位だ」
「確かにな。でもよ、俺達も人間なんだからな。地球の事なんかどうでも良いんだよ。どうせそのうち捨てるんだしな」
「環境保護に真っ向から反対する意見だな」
「おうよ。環境保護って言ったって人間のエゴだろ。地球の側から見てみれば自分達で破壊しておきながら保護を叫ぶ人間ほど虫の良い話もないだろう」
「それはそうだ。地球にとってもっとも喜ばしい事は人間が滅亡することだろう」
「ああ。だが、黙って絶滅してやる義理も無い。人間はそのうち地球を捨てるだろうよ。再起不能なまでにぼろぼろにしてな」
「害虫は害虫らしく」
「そうそう。害虫は害虫らしく精々寄生してる相手を苦しめて、住みにくくなったら他の相手に寄生すれば良いんだ」
「珍しく意見が合ったな」
「うれしくも無いけどな」
普段まったく意見の合う事の無い二人が珍しく意見の一致を見、美雪を間に挟んでかすかな笑みを交わす。
もっとも意見の内容は思い切り環境保護運動家の反感を買うような物だったが。
「話を元に戻すけど。要はここで動きを見張るわ。明智が出てきたら後を尾行して隙を見て捕縛する。以上」
「こりゃ長期戦になりそうだな」
美雪の指示に修平が肩を竦める。
「眠るなよ。俺は裏を見張る」
「御願い。ただし、寝ないように」
「誰に向かって言ってる」
「日向飛鳥馬」
「―――ふん」
鼻を鳴らし、飛鳥馬は前かがみに闇の中を疾走していく。
その手にはしっかりサブマシンガンが握られている。
修平も腰からグロッグ19を抜き出して、
「じゃあ俺は玄関を見張ってようかね」
「いえ、貴方はここよ。正面玄関は私」
「………。なんで?」
「ここより向こうの方が虫が少ないから」
平然と言ってのけ、美雪もまた姿を闇に没す。
その気配が十分に離れるのを待って、修平は嘆息した。
「ったく、なんで俺の周りにはわがままな人間が多いんだろうか」
一度嘆いてから彼は耳に小型無線機を押し込んだ。
『こちらバレット・1。聞こえる?』
「こちとらバレット・2。虫が多いな」
『バレット・3。こっちには蛙が居る』
『異常無いようね。さぼらず、しっかり見張って頂戴』
「了解」
『了解。神崎、さぼるなよ』
「名前を呼ぶなって、三号」
『勝手に暗号を変えないで頂戴。O・K?』
「バレット・2。了解」
『バレット・3。了解』
『なら良いわ』
こうして、張り込みが始まった。
一方、明智の部屋―――。
明智は龍弥と向き合って居た。
「彼らは現在このホテルを監視しています。僕の部下はあまり接近し過ぎると彼らに存在を気取られるので、今は見張らせて居ませんが、確実です。なにしろ<McM>の情報網に僕が宿泊しているこのホテルの情報も流しましたから」
「不用意に情報を流し過ぎると逆に用心されるのでは無いか?」
出された茶に口もつけず、土御門龍弥は相変わらずの色素の薄い唇を動かして言葉を紡ぐ。
明智は気障ったらしく茶髪の前髪を掻き揚げ、
「今の所はその危険性はありません。しかし、今回を逃せば同じような機会は巡っては来ないでしょう。いくら彼らでも同じ手に二度乗るとは思えませんから」
「既に優輝と瑞希は動いている。奴以外の二人はこの二人が仕留めるだろう」
「なら良いのですが。それよりも、貴方は今回は動かないつもりですか?」
「それはこちらの台詞だ。貴様はここから高見の見物を決め込むつもりか?」
詰る様な龍弥の物言いに明智は丁寧ながらも邪気のある笑みを浮かべて答えた。
「僕には彼に勝てるだけの力はありません。それは先の総本部襲撃の折りに思い知りました。ですから、今回は僕が御膳立てをし、貴方方に戦って貰おうと思っている次第です。それとも、仲間でもない、ただ利用し合っているというだけの関係に過ぎない僕を貴方は信用し、背中を預けてくれるのですか?」
「―――止めておこう。後ろから刺されたくは無いからな」
「では、張り切って、どうぞ」
明智が気障ったらしく扉を示す。
龍弥は立ち上がるとそのまま扉から出て行った。
明智は笑みを深くし、カーテンを少しだけ開けて、外を見た。
前庭は闇の中に没しており、そこに誰か居るなどとは思えない。
(だが、居る)
自分を見つめている視線を感じる。
明智は笑みを濃くし、カーテンを閉じた。
(―――居た!)
三階の、左から三番目の窓。
カーテンが少しだけ開かれ、外を覗き見た貌は紛れもなく明智麗人のもの―――。
修平は銃のグリップの感触を確かめるかのように一度力を緩めてからしっかりと持ち直し、小型無線機に声を吹き込んだ。
「こちらバレット・2。ターゲットを視認。三階、左から三番目の部屋だ」
しかし、無線機は沈黙したまま、美雪からも飛鳥馬からも何の返答も無い。
「こちらバレット・2。バレット・1、バレット・3。どうした?応答しろ」
闇の中に静かに蹲りながら、修平は囁く様な声で、ただし焦慮を含んだ声音で応答を求めた。
『こちらバレット・1。敵襲を受け、避退中。敵は能力者のようよ!こちらは私に任せて
2と3でターゲットを捕縛して頂戴』
今度は明瞭な美雪の声が指示を伝えてきた。
しかし、敵能力者と交戦中。
修平の表情がやや曇る。
敵は明智以外にも北アジア研究会の幹部が軽井沢に来ていたのか?
「バレット・2。了解。………聞こえたか?バレット・3。応答しろ」
『くっ………こちらバレット・3。こっちも敵襲を受けてる。おまえだけで目標を捕縛しろ』
かなり焦った感じの声。
そして無線機の向こうで軽快に響くサブマシンガンの銃声。
銃声は無線機越しでなくとも、聞こえた。
だんだんと遠ざかっていく。
飛鳥馬は修平が明智を捕縛しやすいように敵を引き付けてホテルから離れようとしているのだろう。
ホテルの周りは林が取り巻いている。その中に逃げ込めばジャングル戦の訓練も受けている飛鳥馬や美雪の方が有利かも知れ無い。
だが、能力者が二人。
明智以外に幹部が二人も潜り込んでいる事をどうして<McM>の情報網が見逃したのだろう?
(―――いや、むしろどうして明智の動きだけは掴めたんだ?)
修平の疑問はかなり正鵠を射て居たが、それをゆっくりと考慮している余裕は無かった。
パシッ………!
修平の第六感が危険を告げる。
反射的に修平は身を起こし、後方の林に身を躍らせて居た。
次の瞬間、先ほどまで修平が身を伏せていた茂みが白色の光に包まれ、一瞬にして崩れる。
よくわからなかったが、どうやら膨大な熱量によって一瞬にして炭化し、崩れたようだ。
「さすがだね」
崩れた茂みの向こうに、先ほどまでは居なかった人影が立って居た。
「っ!………おまえは!」
ニコニコと笑みを浮かべた顔。
それはホワイトグローニスのリーダー、土御門龍弥だった。
相手が能力者だと判明した時点で、修平はグロッグ19を腰のホルスターに戻していた。
「久しぶりだね。萬神永寿寺以来、かな?」
「馴れ馴れしいしゃべり方は止めろよ。それが素のしゃべり方じゃ無いんだろ?」
「別に意識して使い分けてるわけじゃ無いよ。たまたまその時にどちらかのしゃべり方になるだけさ」
「俺の仲間を襲ってるのはホワイトグローニスなのか?」
「そう言う事。こっちにも事情があってね」
「どうやらホワイトグローニスは北アジア研究会の協力組織に落ちぶれた様だな」
「そう言わないでよ。まあ、とりあえず、死んでくれるかな?」
穏やかに笑ったまま、土御門龍弥の体が強大な熱を帯びた。
第九十九話 暗闘!軽井沢 前編 完
次週 第九十九話 暗闘!軽井沢 後編 お楽しみに!
『戦国傭兵譚』
第二章 初任務
1 大垣
大垣と言えば有名なのが関ヶ原合戦の際に五奉行石田三成率いる西軍が本営としていたと言う事だろう。
梟雄と呼ばれる男、齋藤道三こと長井新九郎が美濃の守護である名族土岐氏を放逐して美濃一国を掌握し、尾張の織田信秀と抗争を繰り広げたのは関ヶ原合戦よりも六十年ほど前の事である。
その織田信秀は駿河・遠江・三河を治め、甲斐の武田氏、相模の北条氏と同盟を結んでいる今川義元とも合戦に明け暮れており、齊藤道三の愛娘帰蝶と信秀の嫡男吉法師信長との間に祝言を結び、一時の休戦状態になった。
しかし、信秀が死に、信長が弟の信行や叔父達との骨肉の闘争を繰り広げている内に、美濃でも齊藤道三が息子の義竜によって殺された。
そして、同盟も解消され、美濃と尾張は再び戦争状態に入った。
焔が大垣に入ったのは、そのような情勢の間に、着実に勢力を伸ばした今川義元が遂に上洛の軍を起こし、桶狭間で信長軍の奇襲を受けて義元が討ち取られてから数年後の事であった。
まだまだ人々の記憶の中には桶狭間合戦が鮮明に残っており、尾張の織田信長と言えばその話しが出てくる状態であった。
大垣城主は齋藤家を支える美濃三人衆の一人安藤守就だった。
「へえ………。ここが大垣か」
焔は城下町の賑わいの中で呑気に呟いていた。
時間があれば美濃の井ノ口にも行きたい所ではあるが、まあ、今回は無理だろう。
(―――さて。『桝田屋』だったかな?)
対象の動きを監視していると言う里の下忍との待ち合わせ場所はこの城下町にある『桝田屋』と言う宿屋だという事になっている。
里から一度も外に出た事の無い焔。
城下町と言っても里に毛の生えたような物だと思っていたからさあ大変。
大垣はそれほど大きな城下町ではないはずだが、この人通りの多さは一体。
(祭りでもあるのか?)
思わずそう思いたくもなる。
これではもっと大きな町………京の都や堺、長州の山口、豊後の府内、伊勢の桑名、駿河の府中、相模の小田原などに行ったら一体どれほどの人間が居るのだろうか。
宿の屋号を一つ一つ確認して桝田屋を探していた焔の視線は自然と上向き加減になる。
人通りの多い事とて人とぶつかる事もある。
だが、その衝撃はただぶつかっただけではなかった。
突き飛ばされた感じだ。
柔軟に身をひねって、着地した焔は今しがた自分を突き飛ばした男達を見た。
いかにも悪人然とした面構えの侍達が三人。
皆赤い顔をしている。
仕官の口を求めて流れてきた浪人だろうか。
その首領格らしき男が手に下げ持った徳利からごくごくと濁酒を喉に流し込み、酒臭い息を吐き出しながら怒鳴った。
「おいっ!小僧っ!何処見て歩いてやがるんだ!」
周りを歩いていた人々がさーっと遠巻きに四人を囲む。
が、誰も何も言わない。
(助けようとかって言う奴は居ないのかね)
助けを求める必要性すら無い焔ではあったが、あまり目立ちたくは無い所であった。
もっともその赤髪と赤い瞳で十二分に目立っているのだが。
何とか穏便に解決を試みる。
「いやあ、すいませんすいません。何せ貧乏な田舎から出てきたばかりなので、見る物聞く物すべてが物珍しくて、ふわふわと浮ついていたようです」
「言い訳は聞きたく無いな、小僧っ!許して欲しくば持っている金すべてを置いていけ。さすれば命だけは助けてやろう」
「おお、怖い所ですな、都会は。ぶつかっただけで有り金全部置いて行けとは………。
これでは道を歩く事もままなりませんな」
「ぬう………」
男達は顔をしかめて互いの顔を見やった。
どうやらいつもとは違う展開に困惑しているらしい。
いつもならばひたすら平身低頭して金を差し出す所なのだろう。
だが、焔には全くその気は無かった。
「小僧………目上の人間に対する態度と言う物を教えてやろう」
言いながら拳を握り締める男達。
焔は赤い髪を揺らし、赤い瞳に不敵な色を浮かべて、
「是非御教授願いたい所ですね」
言いながらも、構えを取る気配も無い。
「ふんっ。口の減らない小僧め………。泣き喚いても知らぬぞ!」
殺し文句にしてはずいぶんとぞんざいだが………。
とにもかくにも首領格が殴りかかってきた。
その拳は見事に焔の顔面を捉えた。
肉が肉を打つ鈍い音が響く。
聴衆達の間から悲鳴とも同情とも聞こえる声があがる。
「どうだ?思い知ったか、小僧」
拳を離しながらにたり、と笑う男。
が、すぐにその顔は愕然と凍りついた。
焔が笑っていたからだ。
焔は左手で自分の顔を撫でて、
「なるほど………。目上の人間には拳を向ければ良いと言う手本ですか?それでは―――」
言い置いて、右足を前に踏み出す。
と、同時に勢いをつけた拳を男の顔面に打ち付けた。
肉が骨を砕く、思わず耳を覆いたくなるような音が平和な城下町に響いた。
思いっきり鼻の骨をへし折られ、首領格はそのまま仰け反るようにして倒れてしまった。
気絶している。鼻血を垂らして。
他の二人は一気に酔いが醒めたのだろう、揃って半歩後退り、薄気味悪い物でも見るかのように、焔を見た。その瞳の中で、得体の知れない赤髪少年に対する恐怖が膨らむ。
「あれ………?どうしたのです?」
口調は不思議そうだが、目が笑っている。
その態度が男達の酒に濁った目には許しがたき傲慢さと映ったらしい。
男達はいきなり抜刀した。
太陽の光に世界でもっとも切れ味の鋭い刃物であると言われている日本刀の刀身が鈍く光る。
「貴様………。斬る!」
男達が斬りかかって来る。それなりに鋭い太刀筋。おそらくはどこぞの戦場で鍛えた実戦向きの刃。
が、見切れぬ速度ではない。
そして、そのような速度の斬撃は焔には通用しない。
焔は体を丸め込ませるようにして一人の侍の懐深くに潜り込んだ。
「なっ!」
驚愕の声をあげる侍の下顎に、焔の強烈な掌打が打ち込まれる。
「うがっ」
気絶。砕かれた歯を吐き出して、男はもんどりうって倒れた。
最後の一人は真っ青な顔で震えながらも刀を構えている。
それを既に興味を失った眼差しで見やり、
「戦うよりも二人の手当てが先だと思うけど?」
「うっ………。こ、この場は見逃してやる。何処へ也とも消えろ」
「―――では、お言葉に甘えて」
虚勢を張る声も震えている男を後に残し、焔は人垣から出た。
赤髪の少年のあまりの強さに、誰も言葉をかけてこない。
否。
「小僧」
先ほどの場からほんの二十間ばかり離れた所で、団子屋の長椅子に腰かけた網代笠を被った剣士風の男が声をかけてきた。
声の感じからして、年は焔とそう変わらないだろう。
一、二歳は上かもしれない。
「―――誰だい?あんたは。さっきの侍達の仲間かい?」
「ふう………。噂には聞いていたが。いきなりこんな騒ぎを起こすとはな。これは報告しなければならないな」
「さっきから何言ってるんだ?」
焔が訝しそうに問うと、その若い剣士は懐から何かを取り出した。
「あっ」
焔もそれを見て声をあげる。
それはまさに白狼の家紋が入った額当てだった。
「じゃあ、あんたが?」
「迎えに来た。来い」
言って、お代を残して立ち上がる。
「奢ってくれないか?」
「ここは目立ちすぎるし奢る気も無い。行くぞ」
確かに人の視線が気になる。
焔は仕方なく団子を諦め、若い剣士の後に従って歩き始めた。
剣士は無言でずんずんと歩いていく。
表通りを抜け、人気のあまり無い裏通りに入る。
「通りで見つからないわけだ」
入り組んだ道を訳も無く進む剣士の後をついていきながら焔は呟いた。
彼は表通りの宿だとばかり思っていたのだ。
「忍が堂々と表通りの宿に泊まっているわけ無いだろう」
焔の呟きが聞こえていたらしく、剣士が首を左右に振る。
やがて、大きな杉木の傍らにある一軒の宿が見えてきた。
屋号を見ればまさしく『桝田屋』。
「ほっ………。着いたか」
剣士は宿の前で立ち止まり、周辺に気を配る素振りを見せてから中へと入った。
「お帰りなさいまし」
女将らしき老婆が愛想の良い顔で挨拶する。
それから焔に気付いたらしく、
「どなた様です?珍しい色をした髪と瞳をお持ちの方ですね」
「俺の連れだ。連れの分の宿泊代は後で部屋に取りに来てくれ」
「畏まりました」
よほど長く逗留しているのであろうか、剣士の足取りは非常に軽やかだ。
やがて、彼が泊まっているらしい部屋に着いた。
彼は再び周辺を警戒する素振りをしてから中へと入り、すぐに窓から顔だけ覗かせて当たりの様子を窺った。
「誰か見張ってる奴でもいるのか?」
焔が聞くと、男は首を左右に振りながら網代笠を取った。
「どうやら居ない様だ」
焔は笠を外した男の顔をまじまじと見つめた。
推測は当たっていたようで、年は焔とそれほど変わらない。
「見かけない顔だが、本当に白狼の下忍か?」
焔が聞くと、その男はやれやれと首を左右に振って、
「おまえは本当に何も知らないのか?俺は外忍なんだよ。だから里には滅多に居ない」
「外忍?」
「俺が外忍。おまえは内忍。外忍は通常里ではなく諸国でそれぞれの生業をしながら情報を集め、里に送っている。内忍はその情報を元に任務を果たす。任務中は今回の場合と同様内忍は外忍の協力に援護されて任務を果たすと言うわけだ。外忍の中には何食わぬ顔で大名家に仕えている者もいれば、豪商になっている者も居る。わかったか?」
「ああ。なんとなく。じゃあ、俺はあんたの協力に援護されながら任務を果たすと言うわけだ。俺の名は焔。よろしくな」
「俺は源吉だ」
こうして、焔は外忍・源吉と出会ったのだった。
続く。
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