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フセインほいほい?:週刊アカシックレコード030412

発行日時: 2003/4/12

■終戦とサダムの首〜週刊アカシックレコード030412■
イラクの独裁者サダム・フセイン大統領を殺す必要は、もうない。彼の生死にかかわらず、米国が勝手に勝利宣言をして戦後占領政策を進めて行けば、実質的、自動的に戦争は終わる。終戦が簡単なので、戦後の「イラク民主化」も容易になる。

【卑怯者】
NHK大河ドラマ『武蔵』の脚本家、鎌田敏夫氏はかつて角川映画『戦国自衛隊』の脚本(角川文庫79年刊)では、反自衛隊的な「平和主義的な」セリフを書いていました。が、『武蔵』03年4月6日放送分(第14回)では、総大将に子供を立てて宮本武蔵との決戦に臨んだ吉岡一門が、子供を殺した武蔵よりも(武蔵が子供を殺さざるをえないようにしたのだから)悪い、と断じています。
イラク戦争にあてはめると、民間人を空爆(誤爆)で殺す米軍よりも、民間人の多く住むところに軍事施設を設けて(市民を人間の盾にして)米軍が民間人を殺さざるをえないようにした、サダムが悪い、ということになります。
「米軍のイラク攻撃を阻止したい」と、日本などの先進国から大勢の人々が「人間の盾」としてイラク入りしましたが、サダムにはそんな人々は無用です、イラク国民全員が盾なのですから。
もちろん攻撃する米軍も、そんな卑怯者に加担する酔狂な連中のことなど一顧だにしませんから、結局「人間の盾」は敵味方双方から見て、無意味です。

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03年4月14〜16日頃、佐々木敏が「警察庁長官狙撃事件」に挑んだ小説が紀伊國屋書店新宿本店ほかで発売されます。同店においでになる方は、店頭に並んでいるかどうか、あらかじめお電話
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■フセインほいほい?〜イラク戦争終戦とサダム・フセインの首■

開戦前、あるいは開戦直後、おもに、いわゆる「反戦平和主義」の方々から、米国の対イラク戦争が始まれば、最後は首都バグダッドで市街戦になり、大勢の民間人の犠牲者が出るという「期待」が表明されていた。田中宇「米イラク攻撃の表裏」 ( < http://tanakanews.com/c0716iraq.htm > )『週刊プレイボーイ』03年4月22日号「地獄の首都攻防戦」、それに、中東問題に関して三流紙並みのウソ( < http://plaza12.mbn.or.jp/~SatoshiSasaki/y2002/irqwar.html#02 > )を平気で書くようになった米ニューヨークタイムズ紙(NYT)などだ。NYTが「バグダッドは第二次大戦のレニングラードになる」と書いたのを、シュレジンジャー元米国防長官は「バグダッドを米軍が包囲すれば、凍結したラドガ湖の湖面を通って補給のできたレニングラードと違って、補給は断たれるからすぐ落ちる」と喝破し、NYTの不見識を軽蔑した(02年12月15日放送のテレビ東京『日高義樹ワシントン・レポート』 < http://plaza12.mbn.or.jp/~SatoshiSasaki/y2003/crises.html#03 > )

もっとも、バグダッドを完全に包囲して外部から食糧などの補給を断てば、500万の市民が飢えに苦しむことも予想されるから、これも「自称平和主義者」待望の「民間人の犠牲」には違いない。

しかし、それでも筆者は、バグダッド市内で民間人の犠牲が大勢出る「泥沼」状態を米ブッシュ政権は望んでいないし、回避できると思っていた。

その方法は(現実に行われたように、米軍の圧倒的な戦力でイラク側に Shock & Awe 「衝撃と畏怖」を与えて戦意をくじくこと以外に)2つある。
1つは、小誌が繰り返し述べてきた「八百長」の可能性だ。開戦前、開戦直後、あるいは首都攻防戦の直前に、あらかじめ米国側に内通していた政府や軍の幹部、中堅将校が多数寝返って、職場放棄(またはサダムの殺害か捕獲の手引き)をすれば、米軍の楽勝となり、悲惨な戦闘は回避できる。
もう1つは「不完全包囲網」だ。この作戦は03年のイラク戦争では現実に使われることなく首都が陥落したが、このテがあるので、筆者は「泥沼の市街戦」はない、と確信していた。

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          あの男を許してもいいのか!
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   http://plaza12.mbn.or.jp/~SatoshiSasaki/raskol/cntnt.html#cover

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【桶狭間】 < http://plaza12.mbn.or.jp/~SatoshiSasaki/raskol/okehaz.html >

●不完全包囲網●
天正10年(1582)6月2日、本能寺の変で織田信長が家臣の明智光秀に討たれ、翌3日、それを知った羽柴(豊臣)秀吉は、急遽備中(岡山県)の対毛利戦線の陣地から畿内(京都周辺)まで数日間で兵を戻し、畿内にいた信長の三男・信孝の軍と合流して、主君(実父)の仇討ちと称して13日、明智軍と京都近郊の山崎で合戦に臨んだ。

明智軍は即日敗北し、夜には残党は山崎近くの勝龍寺城に篭ったので、秀吉らの軍はこれを包囲した。秀吉は、鳥取城の兵糧攻めや備中高松城の水攻めでは、それこそ水も漏らさぬ完全な攻囲を行ったが、この勝龍寺城攻めでは、側近の黒田孝高(よしたか)の進言で、わざと包囲網の一角に隙間を作ったとされる(『別冊歴史読本〜明智光秀・野望!本能寺の変』新人物往来社89年刊、p.124)。

完全に包囲すれば、敵は囲みを破る以外に生きる道はないと思って死に物狂いで攻めて来るので、双方に大きな犠牲が出たりいくさが長引いたりする。
長引くと、秀吉は困る。なぜなら、北陸から柴田勝家が帰って来るからだ。織田家随一の猛将、勝家はこのとき、北陸戦線で上杉氏と対峙していたので、本能寺の変の知らせを受けてもすぐには畿内に戻れなかった。が、秀吉が勝龍寺城攻めにてこずっていると、そのうち勝家は北陸から戻ってきて援軍を申し出るだろう。勝家は秀吉と同様に主君の仇を討つべき立場にあるから、この申し出を秀吉は断れない。そして、勝家が参戦すれば「信長公の仇を討った第一の功臣」は、元々織田家中で序列が上の勝家となり、秀吉は戦後の政局で主導権を取れないことになる。

そこで、秀吉軍は故意に不完全な包囲網を敷いて、隙間から「逃げたいやつは逃がす」作戦に出た。そうすれば翌日から戦う敵兵の数は減る。翌14日、秀吉の作戦は奏効し、明智軍は城を捨てて総崩れとなって敗走した。『孫子の兵法』にも、攻囲の際は必ず敵の逃げ道を開けておけ、とあるが、これはまさに「教科書どおり」の戦法だった。

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●首取り無用●
しかし、全員敗走すると、一緒に敵将光秀もそれに紛れて逃げることになる。案の定、勝龍寺城攻防戦では光秀の首はあがらなかった。

14日、秀吉と信孝はともに近江に進軍し、園城寺(おんじょうじ)に陣を敷いて明智の残党狩りと光秀の探索に努めたが、光秀はみつからなかった。

15日、信孝は、秀吉と口論でもしたのか、園城寺の陣を離れて草津に進軍し、園城寺には秀吉とその身内だけが残された。すると突然、近江の土民が「偉そうな人の首がみつかった」と園城寺に届けに来た。見てみると光秀の首だったので、秀吉はそれを京都に運ばせて市中で晒し、光秀の死を天下に喧伝したという……。

賢明な読者の方々はもうお気付きだろう。信長の後継者の地位を秀吉と争う立場にある信孝は、つまり、秀吉のもとに届いた首を秀吉の利害に配慮せずに客観的に鑑定(首実検)できる立場にあった信孝は、園城寺に首が届けられたとき、なぜか「たまたま」そこにいなかったのだ。

首は、おそらく光秀の首ではなくニセモノだ。が、上記のとおり、秀吉は勝家が参戦しないうちにすべてを終わらせる必要があった。もし、あくまでホンモノの首をあげることにこだわって探索を長々と続けていると、そのうち勝家の兵がそれに参加してしまう。そしてもし、秀吉の兵ではなく、勝家の兵がホンモノの首をあげれば、その瞬間に仇討ちの最大の功労者は勝家になってしまう。
秀吉は、どうしても、ニセモノでもいいから、光秀の首を取ったと宣言する必要があったのだ。

京都市中を実効支配している秀吉軍が「これは光秀の首だ」と言って「展示」すれば、京都の庶民は(光秀の生前の顔を見たことのある者などほとんどいないので)「たぶんそうなんだろう」と思い込む(か、または秀吉軍を恐れて疑問を口にするのを控える)。そうすれば、光秀本人は現実に生きていたとしても、もう死んだも同然となる。

【光秀の首がホンモノと信じられた理由としては、光秀とともに、首と胴を縫合したうえで死後、京都・日の岡であらためて磔にされた斎藤利三(としみつ)の存在が考えられる。利三は光秀の甥(妹の子)で、明智家随一の忠臣だが、二人のうち片方、つまり利三の首がホンモノなら、口さがない京都の公家や僧侶も(人の顔は死後硬直で変わるので)「光秀の首もホンモノだろう」と思い込んだとしても不思議はない(逆に、光秀の首がホンモノなら、単独で展示してもよかったはずだ)。】

生き延びた光秀とて、自ら「こっちがほんものだ」と名乗り出て捕まえられて殺されては損だから、もう名乗り出ず、隠遁生活にはいることになる(一説には天海僧正と名を変えて、徳川幕府の政治・宗教顧問となり、日光東照宮の造営などに尽力したと言われる。日光の近くに天海が名付けた明智平という地名があり、光秀の甥・利三の娘である春日局が、徳川三代将軍・家光の乳母に抜擢され大奥で絶大な権勢を振るったことから、日光周辺では「天海=光秀」説は信じられている)。

これで一件落着だ。光秀の首があがらなくても、あがったことにして政治プロセスを先に進めてしまえば……たとえば、信長の後継者を決める織田家の重臣たちの会議を開いてしまえば(実際に、山崎の合戦のわずか13日後の27日「清洲会議」を開催)もうホンモノの光秀が生きていても関係ない。

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●「フセインほいほい」はもう要らない●
イラク戦争を指揮したラムズフェルド米国防長官やフランクス米中央軍司令官は、秀吉の名前は知らなくても(田中宇やNYTと違って)戦争の仕方は知っている。開戦後最初の記者会見でフランクスは「サダムの生死にかかわらず作戦は続ける」と言い切ったし、ラムズフェルドやブッシュ米大統領もその前後に同様の発言をし、戦争の決着前でも、戦後のイラクの暫定統治機構を発足させ「政治プロセスを先に進める」意志も示したから、彼らが秀吉と同じ「ニセ首作戦」で行く可能性は高い。

つまり、もう「ホンモノの」サダムの身柄も首も要らないのだ。米国政府周辺は「サダムの正確なDNAサンプルデータを持っていない(から、遺体をみつけても鑑定できない)」とあらかじめ言い訳のような情報を流しているから(産経新聞03年4月11日付朝刊1面)今後、サダムの遺体がみつかったと報道されても、それがホンモノである可能性は高くない。

アフガニスタンの反テロ戦争でも、米軍は、01年の米中枢同時テロを起こしたテロ組織「アルカイダ」の指導者ウサマ・ビンラディンと、彼を匿うイスラム原理主義過激派勢力「タリバン」の最高指導者オマル師という2人の「敵将」の、身柄も遺体も確保していないのだから、米軍はもう本気ではサダムをみつけようとしていないのではないか。

イラク戦争を戦う米軍にとって、山崎の合戦を戦っていたときの秀吉にとっての勝家のような、途中から参加して主導権を奪いそうな「うるさがた」の存在としては、国連の大量破壊兵器(WMD)査察団(UNMOVIC)がある。02年12月からイラク戦争開戦まで、UNMOVICらはイラク国内で生物化学兵器などのWMDを探したが、イラク政府の非協力でみつけられなかった。米国の開戦の理由は「こんな査察は続けても意味がない」というものだったから、米軍は自力でWMDをみつけるか、シリアなどの外国に持ち出されたことを証明するか、いずれにせよUNMOVIC(勝家)を参加させないことが重要になる。

いまや、首よりもWMDのほうが問題だ。もし米軍が、首にこだわっていつまで経っても停戦を宣言しないと、戦後の統治機構の本格的な稼動も遅れる。そうすると、戦後の統治に口を出したい国連や、国連を隠れ蓑に戦後のイラクに介入して石油利権や武器売却債権を守りたい中仏露などの「うるさがた」の国々がでしゃばって来る恐れがある。場合によっては、国連査察の再開もあるかもしれない。
だから、米軍首脳も、終戦を確定し戦後の統治を一気に進めるために、ニセモノをホンモノに言いくるめるという選択肢を常に用意しているだろう。「戦争は始めるより終わらせるほうが難しい」という格言は、圧倒的な力を持ついまの米軍にはあてはまらない。終わらせるのは簡単だ。

【米軍は、開戦当初は、ピンポイント爆撃でサダムの居場所を狙い撃ち、それでサダムが死んでいないとわかると「死亡説」を流してサダムがそれを打ち消すためにどこかに出てこざるをえないようにして、出てきたらねらい撃とうという、言わば「フセインほいほい」作戦を試みた。これらはいずれも、フセイン以外の罪なき人々の犠牲を少しでも減らしたいという考えによる。
ちなみに、筆者は01年秋の小誌で「タリバンほいほい」という言葉を用いた。「米軍がアフガン民間人への食糧支援を空から投下しても、その大半はタリバンの兵士が拾ってしまう」というテレビ朝日の「平和主義的な」記者の短絡的な批判に対し、「地雷の埋まっていない道筋をみつけるために、米軍が、隠れ家から這い出して来るタリバンに拾わせようとして、わざと彼らの居場所をねらって投下しているのではないか」と筆者は指摘したのだ。
米軍は「平和主義者」が批判するほど愚かではないのだから。】

●独裁者は八百長が好き?●
第二次大戦当初、独裁者ヒトラー率いるナチス・ドイツと、独裁者スターリン率いるソ連は、まるで申し合わせたかのように、双方にとっての隣国ポーランドを東西から半分ずつ侵略した。とくに「ワルシャワ蜂起」は独ソ打ち合わせ済みの「八百長」の疑いが濃厚だ。ソ連側が、侵略してきたナチスへの決起をワルシャワ市内の兵や武器を持つ市民に呼びかけて、応援を約束しておきながら、いざ市民らが蜂起したあとはソ連は援軍を送らず、彼らがドイツ軍に皆殺しにされるのを座視した。

その後、ソ連はドイツ軍をソ連領内に深々と引き入れて、多大な犠牲を出しながら撃退して押し返したが、その際、すでにワルシャワ蜂起でポーランド軍の戦力が激減していたので、ソ連はこの東欧の大国を労せずして攻略し、その後50年近くにわたって共産思想を押し付け、いわば植民地として支配し続けることができた。ソ連はドイツを「砕氷船」として利用してポーランドという「氷山」を砕き、ポーランドなど東欧に「正義の味方ただいま参上」という口実でやって来て侵略した(秀吉は光秀と共謀はしていなかったが、結果的に光秀を「砕氷船」として利用して信長という「氷山」を砕いた < http://plaza12.mbn.or.jp/~SatoshiSasaki/shteig.html > )

ヒトラーのおかげでポーランドを植民地化できたので、その御礼に?ソ連は大戦末期にベルリンに侵攻した際、ヒトラーを逃がした……と考えると、戦後なかなかヒトラーの遺体の所在が明らかにならなかったことが、うまく説明できるのではないか。

イラク戦争で敵に内通して米軍を楽勝に導いたイラク側の最大の裏切り者は、サダムの側近や軍の中堅将校に大勢いただろう。とくに、サハフ情報相とサブリ外相は、米軍の要人探索リスト(52名)にはいっていないので(03年4月12日正午のNHKニュース)怪しい。

が、いちばん怪しいのは、サダム自身ではないか。なぜなら、かつて80年代、サダムは米国の同盟者だったからだ( < http://plaza12.mbn.or.jp/~SatoshiSasaki/y2003/irqcrs.html#02 > )。終始一貫米軍と共謀(八百長)したのか、それとも、途中まで真剣勝負で、土壇場で昔の癒着関係を復活させたのか、は不明だが、光秀と秀吉の関係より、はるかに共謀の疑いが濃い。

●国連が米軍の軍門にくだる日●
戦後の占領統治を米国の意のままに進めるため、「うるさがた」の国連や、独仏露中など、米国のイラク攻撃に反対していた国々が戦後に口出しするのを「だまらせる」プロセスはすでに始まっている。

03年4月9日、バグダッドが陥落したあと、多数の市民が政府機関などの建物に侵入し略奪を働いて、市内は無政府状態と化したが、その際ドイツ大使館や国連機関の建物も略奪の被害に遭った。被害はやがて、民間の商店や病院にも拡大し、放火や、市民同士の悲惨な争いに発展した。その被害を、市内に進駐した米軍は黙認しており、秩序回復の措置をほとんどとらなかった(03年04月10日放送のNHK『ニュース10』、12日正午のNHKニュース)。

米国は待っている、ドイツや国連やイラク市民が頭を下げて「お願いです、守って下さい」と言って来るのを。
その言葉が彼らの口から出た瞬間、国連の時代は終わり、米国主導の「イラク民主化」が始まる。国連やイラクの反米派(親イランのシーア派イスラム勢力など)は、略奪に走る市民を「砕氷船」に利用した米国の戦略に負け、その軍門にくだることになる。2003年の米軍は、1582年の秀吉と同様に、終戦や戦後処理まで計算したうえで戦っており、その手法は国連や独仏より巧みだ(次回以降に述べるが、戦後の「民主化」にも、米国は相当な勝算を持っているはずだ)。

国連よ、さらば。
(敬称略)

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