レプリカントの言論:週刊アカシックレコードmail版010903
発行日時: 2001/9/3■レプリカントの言論:週刊アカシックレコードmail版010903■
日本には「言論の自由」を理解しない者が多すぎる。「相手が絶滅するまで戦う」つもりで「正義の味方ごっこ」に励む左右両陣営の「識者」には『ブレードランナー』のラストシーンは理解できまい。
【お知らせ】次号は「映画ネタ」で、9月6日(木)夕方に配信する予定です。
■レプリカントの「言論」■
筆者は「原理主義者」である。ただし、イスラム原理主義者ではない。
「言論の自由」を至上の価値とする「言論の自由原理主義者」である。
この5週間、小泉首相の靖国神社参拝問題に関する記事を配信し続けていた間、賛否両論、左右双方の方々から批判や賛同のメールを頂いた、最初の数通には御返事をお出しできたが、その後はとても対応できない数になってしまい、欠礼するほかなかった。どうかご容赦願いたい。予想していたとおり、私のファンの方々は左から右まで非常に幅が広く、明らかに私に反対の立場の方をも含む広範な方々にご愛読頂けているのだ、と実感した。
この間大手マスコミは何をしていたかというと……「代表選手」は明らかに朝日新聞と産経新聞だが……左右両陣営に別れて、反対側を攻撃することに躍起になっていた。自分の主張が通らないことにいらだっている、と思われる記事も少なくなかった。
しかし、これは「いらだつ」ような状況だろうか?
筆者は、これはむしろ好ましい、誇るべき状況と思っている。なぜなら、日本に「言論の自由」があることの証しだからである。
靖国問題に関する朝日新聞と産経新聞の立場は180度、根本的に異なり、水と油である。が、そこまで正反対の論調が、現在の中国やイラクや、昔のソ連のマスコミに登場することは絶対にない。
「私は君の考え方に反対だ。しかし君がそう考える自由はあくまでも守る」と言ったのはフランスの思想家ボルテールだが、そういう「言論の自由」の根本原理をもとに考えれば、靖国問題をめぐる各層の意見の対立は、左側では
「戦時中の軍国主義を否定して生まれた戦後民主主義の成果」
として、いわゆる反戦平和教育に使えるであろうし、右側では
「日本が、中国のような言論の自由のない野蛮国でないことの証し」
として愛国心教育に使えるだろう。つまり「表面上の」立場は違っても「原理的な」一致点は探せるはずだ、と思うのだが、そういう意見を、筆者は日本のマスメディアでほとんど見たことがない。
筆者は、言論の多様性を確認できる現在の日本の状況に感謝している。これがなければ、私は作家になることもメルマガを創刊することもできなかったであろうから。
が、こういう感謝の念をもって、反対側の意見を聞いている人がいまの日本にどれほどいるのか、と思うと甚だ心もとない。失礼ながら、著名文化人も含めて「恩知らずな」「大人げない」人が非常に多いという印象を受ける。
左右双方から1人ずつ「大人げない」大人の例をあげるので、ご判断願いたい。
●大江健三郎
2001年から、中学歴史教科書の世界に「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーが執筆した、扶桑社刊行の教科書が参入し、文部科学省の教科書検定に合格した。
この教科書については検定で合否が決まる前から反対の声が、ノーベル賞作家の大江健三郎や左翼勢力からあがっていた。反対すること自体は「言論の自由」のある国では当然のことなので、べつにかまわないのだが、問題はその方法である。
まず、検定作業が終了する前から「このような問題の多い教科書が合格する(かもしれない)のは問題」と報道されたのは、実は相当に問題だ。
(^^;)
なぜなら、検定作業終了前の「白表紙本」は部外者閲覧禁止のマル秘資料である。これは公正中立な検定作業を確保するために法に則って取られた措置なのだが、検定作業終了前に「問題が多い」と判断するためには、スパイを雇って、違法な手段で白表紙本かそのコピーを入手する必要がある。したがって検定作業終了前に反対を表明するのは、犯罪的な不正行為と同じである。大江はたとえ自分でスパイを雇わなかったとしても、結果的にスパイ(犯罪者)と「事後共犯」したことになる。
しかも、この「反対」というのがまた、いささか疑問符の付く(はっきり言えばお笑いぐさの)取り越し苦労の一人相撲なのである。
扶桑社の営業マンの「教科書営業」の経験不足と、後で述べる「つくる会」のPR下手も加わって、もともとこの教科書は、読売新聞(2001年5月9日付朝刊)が予測したとおり常識的に見てせいぜい2%ぐらいしか採択されない運命にあったはずなのだ。「2%」は反対者から見てそんなに恐ろしい数字だろうか。
結局、この教科書の公立校での採択率は、大江らの反対運動と、公立校の教科書採択の決定権を持つ各地の教育委員への極左暴力団らの脅迫電話やファックス攻撃(明らかな犯罪)、中韓両国の外圧などがあいまって、東京都立養護学校などの2校に留まり、採択率0.03%に終わった。
が、大江はこの0.03%という「圧勝」の結果にもまだ不満で、養護学校に採択させたのは卑怯だ、などと述べ、あくまで「完封勝ち」にこだわった。これには、筆者は驚きを通り越して恐怖心を覚えた。ナチスのユダヤ人抹殺計画を思い出したからである。
各地の教育委員への、何千何万もの「ストーカー行為」と外圧の結果の0.03%である。これをゼロにするには、もはや具体的な暴力、たとえば爆弾テロぐらいしか方法がないではないか。大江は本気で養護学校の採択も含めてゼロにしたい、と思ったのだろうか。それならもはや事後共犯ではなく「共同謀議」をするほかあるまい。大江は言論の自由というものがわかっているのだろうか。
どうしても、ゼロにしたい、という「大衆運動」の盛り上がりは、筆者のような立場の者には、やはり恐ろしい。ある日突然「おまえの作品を読者ゼロにしてやる」と言われたら、どんな気がするか……作家である大江は考えたことがないのだろうか。
もちろん、教科書と普通の商業書籍は違う、という意見はあるだろう。が、たったの「0.03%」である。北朝鮮の「やらせ」の国民投票、支持率発表でも、賛成率は必ずしも100%に届かず、99%台で止まることがある。この世に、自分と違う意見の本を読む人が0.03%いるだけで、問題視する者を、言論の自由の理解者とは到底呼べまい。
「間違っている」と思う言論には、あくまで合法的な方法で、自分が正しいと信じる言論で対抗すべきであり、犯罪者やストーカーの手など借りるべきではない。
●西尾幹二
なら、筆者は「つくる会」を支持するのか、というとぜんぜんそうではない。その理由は、この会の会長の言動にある。先頃会長職を退いた西尾幹二の言動を、筆者はテレビ朝日の『朝まで生テレビ』などで何回も、数え切れないほど聞いたことがある。が、この人物が、自分と反対の意見の者にも「聞く耳」持たせ、中間の者を取り込むような、言論の自由の原理に立脚したPR(勢力拡張)の努力をしたのを、一度も聞いたことがない。
彼が会長であった間、この会は、もともと自分を支持してくれそうな「右側の人」の大勢いる世界に「引きこもり」、その外側の「左」や「真ん中」や「ノンポリ」の大勢いる世界に向かっては、ひたすらワンパターンの自己主張と左翼攻撃を繰り返した。
これは、かつての日本社会党の広報宣伝活動と同様の「敗北主義」ではないか。かつての社会党は、保守派はもちろん、中間派、リベラル派、無党派の普通の人々にも理解できないような「左翼用語」を使ってワンパターンの自己主張を繰り返した結果、最盛期には衆議院で三桁の議席を獲得する野党第一党であったものが、いつのまにか総評など左翼系労組の支持しか頼るもののない少数政党に転落し、90年代以降の政界と労働界の再編の渦に巻き込まれて消滅した。
おそらく反対運動がなかったとしても、扶桑社の教科書の採択率は2%を超えるのは容易ではなかっただろう。その原因の相当部分は西尾にある。たとえば、2001年5月放送の『朝まで生テレビ』で、左翼側のパネリストが、従軍慰安婦問題などを日本政府の責任と認めた村山内閣の見解を指摘し、教科書はそれを尊重すべきだと述べたのに対し、西尾は「あんなのは村山左翼政権の偏向した見解にすぎない」と激昂したのである。
西尾の「自分の気に入らない内閣の見解は政府見解でなく、気に入った内閣のだけが政府見解だ」と言わんばかりの意見は、単に反対者と「議論が平行線をたどる」のを確認するためのアジ演説であり、およそ学者の意見とは言い難い。
筆者も村山政権は支持しなかった。が、この内閣は単なる左翼政権ではなく、自民党との連立政権であったし、その成立の過程は憲法に則った合法的なものであったのだから、「左翼政権の見解だからダメ」ではなく「その見解のここがダメ」と言わない限りなんら説得力がないのである。
西尾のこの種の発言は、扶桑社の営業マンから見れば明らかに「マイナスの営業努力」であり、これを聞いた瞬間に、筆者はこの教科書の営業上の「苦戦」を確信した。
●X軸上からY軸上に移動せよ
戦前、戦中の日本の「侵略、植民地支配」につての左翼側の批判をかわすには、実は「裏ワザ」がある。侵略等の史実の有無や道徳的な是非(よい植民地支配だったか悪い植民地支配だったか)を争うのは左右双方が莫大なエネルギーを投入して果てしなく応戦するので(どちらかが正しいにせよ)その議論に決着を付けるのは容易ではない。そこで「有無」「是非」に替えて、そもそも(個人間でなく)国家間、民族間の場合「侵略されたら怨む」という法則があるのか、と問い、世界各国の事例を検証してみるとよい。さすれば(意外に思えるだろうが)そのような法則は成立せず、日本の侵略について非難がましく執拗に言い募る韓国(の政府とマスコミ)は、世界全体で見れば「例外中の例外」であり、同じく日本の植民地支配を受けた「台湾の人々が親日的なのは当然」とわかるはずである(詳しくは、本誌Web版の記事
http://plaza12.mbn.or.jp/~SatoshiSasaki/korea.html
を参照。これには左右両翼の方々、台湾籍の方々から「バランスのとれた」「新機軸」として高い評価を得、多数のファンメールを頂いた)。
筆者のような「X軸上の敵をY軸上から見る」者が会長なら「つくる会」の教科書の採択率は5%、10%と行ったかもしれない。西尾が会長であったことに、大江らの反対者は感謝すべきだ。今回、大江らは明らかに「敵失」に救われたのであり、次回もこんなにうまく行くと思ったら大間違いである。
もちろん「つくる会」のメンバーは、例の扶桑社本が単行本として売り出されて数十万部売れた事実を指して「この教科書は広範な国民に支持されたよい教科書だから、妨害がなければ5%、10%の採択は当然だ」と主張するであろう。が、それは朝日新聞が問題視して報道してくれた「逆の宣伝効果」のお陰であり、むしろ朝日新聞の「功績」ではないのか。
●相対済まし令
でも、上記の植民地支配に関する記事で筆者は「下劣」という、右翼でもめったに使わない、かなりきつい言葉を使ってレーニンを批判しているので「やっぱり、おまえは極右だろ」と思う人もおられよう。が、筆者がこの言葉を使うのは、左側が「昭和天皇の戦争責任」などと、とっくに時効になっているようなことほじくり出して来たときにカウンターアタックで「レーニンの革命責任」を問うて、被害者の絶対数はどっちが多かったのか考えさせたうえで「取引き」に持ち込んで、双方「チャラ」にしたいからである。
日本軍国主義の脅威も、ソ連帝国主義の脅威ももはやこの世には存在しない。そんな昔のことをほじくる暇があったら「いまそこにある脅威」に目を向けるべきではないか。現在の世界平和にとって最大の脅威は中国ではないか。アメリカ政府は、ミサイル防衛(MD)が必要なのは「北朝鮮やイラクのような無法国家の弾道ミサイルの脅威」があるからだと言っているが、こんなのはもちろんただの外交辞令だ。そんな小国のために膨大な開発コストをかける必要はないのだから。
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●いまそこにある脅威
実は、いちばん恐ろしい無法国家とは「核兵器を持ったまま分裂した中国」であり、二番目に恐ろしいのは「分裂を回避するために軍政に移行した中国」である。北朝鮮などどうでもいい。アメリカ政府は外交儀礼上、まさか国交のある大国、中国に向かって「あなたの国が分裂しそうなのでMDをやります」とは言えないので、仕方ないから国交のない小国を口実に使っているだけだ。実は、北朝鮮やイラクは国の大きさがほどほどで「中国と違って」自分で自分を制御できるので、大した脅威ではない。
「1人っ子政策」にもかかわらず、人口が毎年1000万人ずつ増え続けるため、中国は今後20年以内に確実に、水、土地、石油、耕地、外資、高齢者福祉・環境対策予算、そして適齢期の未婚女性の「絶対量」の不足に直面する。人類史上「永遠に成長し続ける経済」は1つもないのであって、中国の年率数パーセントの高度成長はいつか必ず止まり、一方で人口増加が止まらず、まともな野党も政権交代のシステムもないため、いずれ中国は、98年のインドネシアと同じような事態、体制崩壊の危機に直面することになる。
となると、中国人が野蛮だからではなく、中国政府が戦争好きだからでもなく、不本意ながら中国という国が、シベリア侵略や戒厳令を選ばざるをえない事態はありうるし、すでにシベリアには大量の不法移民を送り込んでいるのだ。
●ブレードランナー症候群が「左右」を分けている
こういうはっきりした脅威が迫っているのに、いい歳をした左右両陣営の大人たちが、なんら意見の一致点を見出そうともせず、ひたすら「正義の味方ごっこ」に明け暮れている姿はなんとも嘆かわしい。
しかも、こう言うとご本人たちは怒るだろうが、ご本人が思っているほど、実は違わないのではないか、と筆者には思える。にんげんの記憶は遺伝的なものではなく、後天的に周囲の環境から与えられ、脳細胞に埋め込まれる。人はみな記憶に基づいて価値判断をするので、記憶が変われば思想信条は必ず変わる。大江と西尾の違いは、実は脳細胞に埋め込まれた記憶の違いに過ぎず「生まれつきの」本質的な違いではない。ある記憶は片方にあり、片方にない。とくに日本人の場合、一般教養として軍事戦略を学ぶ習慣がないので、この種の知識の有無は平和に関する価値観を根本的に分けてしまう(が、それはほとんどの場合、片方の側の単なる「勉強不足」による)。
映画『ブレードランナー最終版』(1992年版のディレクターズカット)の冒頭で、主人公の特命刑事ブレードランナー(ハリソン・フォード)は「人造人間レプリカントが6匹逃亡したが、1匹は事故死した。おまえの任務は残り4匹を殺すこと」と告げられる。なぜ「6−1=4」なのかというと、これは、実は主人公はその逃亡レプリカントの1人で「自分はにんげんとして生まれた」という記憶をあとから埋め込まれたことを暗示しているのである。彼は「自分たちにんげんに反逆する人造人間は殺さなければらない」と信じて1人ずつ殺していき、最後に逃亡グループのリーダーと対決する。
主人公はリーダーに殴り倒され、高いところから落ちそうになる。が、人造人間としての寿命が尽きて死ぬ直前、リーダーは主人公を抱き上げ、その命を助ける。リーダーが主人公を助けたのは、けっして1982年版のラストのナレーション(監督の意志に反して制作者が入れさせたもの)にあるような「急に命の尊さを知ったから」ではなく、主人公がもともと自分の仲間だからである。
リーダーが最後に、オレの記憶はおまえのとはまったく違うが、自分が死ねばその記憶も涙のように消える、と言うのは「争いの原因、記憶の違いももうすぐなくなる」「記憶が違うだけで殺し合うのは、意味がない」という遺言にほかなるまい。
ラストシーンの直前、座ったまま死んでいくリーダーの傍らから鳩が空に舞い上がるのは、そこに中東和平を願うメッセージが込められているからだ、というのが筆者の解釈である(本誌記事「ブレードランナー症候群」は
http://plaza12.mbn.or.jp/~SatoshiSasaki/blade.html
を参照)。
(敬称略)
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