彼の声 2008.5.9
発行日時: 2008/5/9行き過ぎた言動に終始しているようで、
それは作り話の中でのことだから仕方がないが、
そこで君は何に配慮しなければならなかったのか。
過去のことだからどうしようもない。
誰から助け舟がだされるわけでもなく、
何とはなしに一人で何かを
背負い込んでいた時期もあったらしく、
そこで何をやっていたかは定かでないが、
それでも作り話にも限界がありそうに感じられ、
何も思いつかず、
その辺で言葉を連ねる作業を放棄しているかもしれない。
わかっているのはそんなことではなく、
どんなことだとも断定できないが、
映像や漫画における暴力的な描写を超えて、
この世界が何をもたらそうとしているかは
よくわからないが、
ただ理性という幻想を
見ないように振る舞うのは難しい。
何を述べているのかわからなくなる。
繰り出された言葉に酔っているのか。
そこでお前はお前を見失うべきだ。
わざとらしい天啓に違いない。
虚構の中に実体があるわけがない。
実体がなくとも意識がある。
それが作り話の正体か。
君はどんな話を言葉によって構成しているつもりなのか。
そのつもりもないのに何を語っているとも思えず、
架空の作り話のことなど知るわけもなく、
それは誰が知っていることでもない。
わけもわからず否定を繰り返す。
一刻も早くそこから退散したいわけか。
それこそわけがわからない。
そして何がどうなってそうなるわけもなく、
ただ何かについて無駄に言葉が費やされているらしい。
本当のところは何もわからない。
状況の変化を味方につけていないようだ。
何かを隙をついて言葉を繰り出しているとも思えない。
だが意識が何かの虜というわけでもない。
本当にそこから遠ざかれるのだろうか。
わけもなく心配するようなことではないはずだ。
気がつけば意味のない自問自答に陥っている。
だからそんな状況を何とか変えなければならない。
それがそこでの建て前なのか。
ならば本音がどこにあるというのか。
たぶんなんとかしなければならない
というのが本音なのだろうが、
それで何とかなるとは思えず、
思い悩みながらも
ひたすら時間と言葉を浪費している現状がある。
実質的には何を語っているわけでもない。
やはり無理なのだろうか。
無理だと思うならやめてしまえばいいのだろうか。
何を笑っているのか。
そんな記述が愉快な気分を醸し出している。
相変わらずつまらないことを述べているようだ。
たぶん何かが外れているのだろうが、
たがが外れていることは疑いの余地がない。
できないものはできないだろう。
時間がないのだからやりようがないか。
今さらそれはないだろう。
そういう宿命を受け入れるしかない。
冗談だろう。
なるべくなら冗談で済ませられるだろうか。
何をふざけたことを述べているのか。
また無駄に言葉が連なっている。
誰かの意識は独り言の独白にはまっているらしい。
他に何ももたらせないようだが、
そのままで許されるのか。
誰が許すというのか。
それ以前に無視されているのではないか。
誰に無視されていると思われるのか。
君は君の存在を無視しているようだ。
無視しているのは君だけではない。
誰も彼もが誰かと君を無視している。
そんな思い込みによって
被害妄想を形成できるだろうか。
なぜそうしたいのだろう。
作り話の中では誰に向かって何を述べているのか。
無駄な問いかけが延々と続いているようだ。
それだけの文章でしかない。
それでは不満なのだろう。
そんなことはわかっている。
わかっているからそんなことを述べている。
ではそれ以外に何を述べられるというのか。
何も述べられないからそうなってしまう。
そう思った時点で終わりなのだ。
何が終わっているのか判然としないが、
とりあえず言葉を並べようとしているらしい。
単刀直入にものを述べることはできない。
対峙すべき相手がいないのだから、
何を主張しても始まらないか。
議論がかみ合う前に
議論する相手を捜す必要に迫られる。
それも冗談のたぐいだろうか。
君は何によって疎まれているのか。
たぶんそういうことではない。
日本にパンダを送ろうとしたり、
卓球してみたり、
その手のパフォーマンスによって、
国内向けの体裁を
取り繕うとしているのかもしれないが、
それだけではないだろう。
そうすることによって
何かやっている気になりたいのだ。
それが外交ということか。
無駄で無意味なことにこそ価値がある。
そんな強弁を許す土壌がどこにあるのか。
どこにでもあり、
どこにもない。
それらの何を批判しているとも思えないが、
自らは何をどう思っているのだろう。
それは君に課せられた批判ではない。
そこで誰が何を批判しているのでもなく、
彼らはチベットの旗を振り、
フリー・チベット!と叫んでいるに過ぎず、
取り立ててどんな主張があるわけではない。
具体的に何を批判することもできず、
人道問題がどうのこうの言うのが関の山か。
とりあえず人は生かされなければならないのだろう。
保険料を天引された七十五歳以上の老人も、
ミャンマーで嵐に遭った人々も、
死にそうな人を迅速に助けるのが
人道主義ということか。
君にはわからない。
そんなことをやってどうするつもりなのか。
どうもしなければ人はただ死んでゆくだけか。
後先のない老人に延命治療を施すのが無駄なのか。
あるいは自然災害で死にかけている人々に
食料や医薬品を届けるのが無駄なのか。
たぶんそんなことはないと思うのが
人道主義なのだろう。
このメルマガを読んでいる人はこんなメルマガも読んでいます
- 週刊アカシックレコード
- 02年W杯サッカー韓国戦の「誤審」を世界で唯一「前日」に誌上予測し、誤審報道を「常識化」した推理作家(金正日の「遺書」で始まる「中朝戦争」後の北朝鮮...
- 宮崎正弘の国際ニュース・早読み
- 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析
- 風のひとり言――マスコミの裏を読む
- 新聞やテレビで聞くニュースは、既にバイアスがかかっていてコトの本質が分かりにくいものです。元新聞記者の満冨俊吉郎がニュースの裏を読みながら、出来事の...
- これだけは押さえたい【近ごろの話題】
- 【幅広いジャンルから押さえておきたい近頃の話題を網羅。会話がはずむ、最新の情報収集を手広くぬかりなく。】●エンタテインメントとスポーツ●話しのネタに...
- 追撃コラム
- ジャーナリズム部門発行数1位。どの記事にも”ニュース”がある。かったるい話ヌキの一次情報発信ブログ。政治の季節到来!自公政権はいつまで持つのか?解散...
![メルマガスタンド[メルマ!]](/img/common/melma_logo.gif)








