彼の声 2008.4.18
発行日時: 2008/4/19何かの癖だろうか。
目の焦点が合わない。
どうもそれは違うような気がする。
幸か不幸か
相変わらず心は昨日の時間帯に佇んでいる。
かなり抽象的な気分のようだが、
それも作り話的な嘘だろうか。
関係ないが糖分の取り過ぎかもしれない。
だがそこから何かをとらえ直さなければならない。
それはあり得ない話だろう。
今の君には何が必要なのか。
言葉でないことだけは確かなようだが、
今も余分な言葉に行く手を遮られている。
何のたとえでもなく、
一息ついているわけでもない。
ますます意味不明か。
なんとかしなければならないのだろうか。
気に入らないのはそれだけではない。
なぜかでたらめな言葉の中で落ち着いている。
そこから何をどうしようとしているのだろう。
いつものようにどうもしない。
黙って自然の成り行きにかませていれば、
言葉が自動的に連なってくれるはずだ。
君はそれを信じている。
馬鹿げた話で話にならない。
何も話になっていないのかもしれないが、
努力を重ねた末にたどり着いた結果がそれなのか。
また冗談でそんなことを述べているのだろうか。
なぜそんなことを述べているのだろう。
たぶん誰もわからない。
君に何がわかるというのか。
わからないから問いかけているようだが、
どこに向かって問いかけているのだろう。
虚空に何があるというのか。
誰が何を述べているわけではない。
誰も何も述べていないのだろう。
同じような言葉が延々と続いているようで、
まったく和めない。
それを記しているのは君ではないのか。
君でなければ誰がそこにいるというのか。
そういう問いが無駄に連なっている。
この世界に君の存在理由などありはしない。
だから無駄に言葉が連なっていて、
架空の存在でしかない君を困らせているというわけか。
ため息が出る。
そうではないと思いたい。
誰か理由を知らないか。
苦し紛れに何を述べているのか。
そんなやり方で窮地を脱することはできない。
では誰がそれに気づかないのか。
わけがわからないふりをしているだけだ。
冗談で述べているにしては妙に深刻ぶっている。
自ら招いた窮地に酔いしれている。
それは間違った解釈だろう。
誰が解釈しているのかわからない。
さっきまでは音楽を聴いていたはずだった。
それが何かの間違いなのか。
そうではない。
語っているつもりの内容がでたらめなのか。
そう思わせておけば事足りるはずだ。
君は現世に興味を失い、
過去にも未来にも希望を持てない。
冗談でそんなことを述べているようだが、
現世の何が気に入らないのかわからず、
途方に暮れているわけでもないが、
何となく困っていることだけは確かなようだ。
それは浅はかな行為か。
何が行為と見なされるのだろう。
オリンピックの聖火ランナーの行く手を遮ることが
有効な宣伝活動になると思っているらしい。
国家に反対することが別の国家を求めることにつながり、
結果として国家という存在形態を
生き長らえさせようとしている。
それの何が問題なのか。
民族国家という幻想を温存させている。
民族とは何だろう。
なぜ民族という集団の一員になりたいのか。
それは迫害という苦難を経験した者でないと
実感できないことかもしれない。
しかし世界各地の紛争地域には
必ず民族という集団が存在していて、
隣接する他の民族といがみ合っている現状があり、
戦争による殺戮の危機を回避するには、
同じ民族で一つの国家を築こう、
という考えに行き着き、
そのために他の民族と戦ってしまうわけで、
結局平和を実現するために戦争をしなければならない、
という悪循環に陥って、
そんな終わりなき闘争状態の人々が、
自業自得気味に苦難の歴史を作り上げているわけだ。
彼らに向かって自らの宗教や文化を捨てろ、
と告げるのはお門違いも甚だしいか。
お門違いであろうと勘違いであろうと、
今こそ幻想を捨て去らなければならず、
その地域に根ざした固有の文化や宗教や言語から
遠ざからなければ未来はない。
しかし遠ざかるとはどういうことなのか。
それらを自己正当化や自己主張のための
いいわけに使うべきではないということだ。
国家という存在を実体のあるもの
と認識すべきではないのかもしれず、
そこには政府と呼ばれる官僚機構があるだけだ。
政府に対する抗議活動に民族や宗教を持ち出しても無駄だ。
それは政府が人々を統治するために
活用する道具のひとつでしかなく、
現にチベット民族の抗議活動を押さえ込むために
中国政府が活用しているのは、
数では圧倒的に勝り、
華僑として世界各地にコミュニティーを作り上げている
中華民族の団結だ。
結局は人権問題も民族同士のいがみ合い
という次元で語られることになれば、
どこまでいっても平行線をたどるだけだろう。
それはパレスチナ人とユダヤ人とかトルコ人とクルド人とか、
ダルフール紛争におけるアラブ系とアフリカ系の民族とか、
イラクにおけるスンニ派とシーア派とか、
いくらでも変奏可能な
ありふれた民族宗派間の対立になってしまう。
たぶん暴動を起こした時点で
チベット人の敗北は決定的なのだろうが、
他に何かやりようがあったかといえば
何もありはしない。
チベット人がチベット人として救われることは
未来永劫なさそうだ。
今後仮にソ連から独立した中央アジアの国々のように、
中国からの独立を勝ち得ても、
そこには統治機構としての政府が存在することとなり、
運が悪ければ
わけのわからない独裁者の強権政治に
苦しめられることになる。
ではどうしたらいいのだろうか。
民族として救われようとしてはいけないということだ。
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