彼の声 2008.4.14
発行日時: 2008/4/15やはり昨日も何もなかったようだ。
様々な出来事があり、
実際には不具合だらけの毎日のようだが、
それらのトラブルがつまらない事態を呼び込み、
年がら年中どうでもいいようなことに振り回され、
行動を著しく制限されているような気がしてくる。
それで何かあると思われるとしたら、
それは何もなかった
と嘘をつきざるを得ないような気にさせる何かに
心をとらわれているのだろう。
それで何がつまらないのか。
たぶんもう忘れてしまっている。
たぶんそういうことではないのだろう。
何でもなければどこへも到達できないか。
無駄に言葉が連なるだけのようで、
それを読んでいると眠気を催す。
そしてあくびをしながら音楽を聴き、
何も思いつかない現状を嘆いてみせるわけか。
それでどうしたわけではないはずだが、
虚しさばかりが募ってくるわけだ。
だが何を悲観してもはじまらないだろう。
悲嘆にくれている現状が何でもないのだから、
その時点で思いは裏切られているわけだ。
現状の何に不満を抱いているとも思えず、
そこからどうやって抜け出よう
と思案しているわけではない。
しかし意識は何から遠ざかろうとしているのだろう。
別に現状が気に入らないから
遠ざかろうとしているわけではなく、
何も思いつかない現状をどうすることもできず、
何を説明する気にもなれないのだが、
いったい君は何から遠ざかろうとしているのか。
何か矛盾していないか。
それは他人とは違う自分独自の世界を
言葉によって作り上げようとする試みではない。
少なくともその点で失敗していることは確からしく、
近頃は何を述べている気もしないらしく、
無意識のうちに虚無を呼び込んでいて、
心のすべてを
虚無で満たそうとしているような気がするのだが、
それはどういうことなのか。
ただそう述べている現実がある。
誰に何を伝えたいわけでもないのだから、
そういう風に語り始めれば、
そうなるのが当然の帰結なのかもしれない。
たぶん冗談ではない。
冗談でないから本気になれない。
わざとそんなことを述べているだけだ。
本質的な文章の内容を導きだせない。
人間の本質とは何だろう。
そんなありふれた問いに
必然性を見出そうとする行為が、
人間の本質を物語っているか。
答えとしては外れている。
本質から外れ、
自己言及に罠に進んではまろうとしている。
それの何がわらをもつかむ思いなのか。
困っているのではなく、
貧窮のただ中にいるのでもない。
虚無がありすぎて困っているのかもしれない。
困ったついでにうとうとしてしまったらしく、
意識が途切れた時間がだいぶ続いていたようだ。
誰かはまだそんなことを述べているわけか。
君はすでに終わっているはずだ。
なぜそれがつまらないと思われるのだろう。
現状を分析しているのはそれらの文章ではない。
すべては作り話の一部を構成しているに過ぎない。
それの何が現状なのだろう。
君はその時間帯において
どんなことを思っていたのか。
気に入らないがそれが現状だ。
ひたすら問いかけている現状があるらしいが、
何に向かって問いかけているのでもなく、
そこには君の思いを無視した言葉の連なりが生じていて、
そんな無内容が君を苦しめているのかもしれないが、
それは良心の呵責といった次元から
どれほど隔たっているのか。
そういうやり方にマンネリ感が張りついている。
いつまでもそんなことを述べていてもつまらないだけか。
つまらなければどうなってしまうのだろう。
わからないからつまらないのであり、
理解できないからおもしろくないのだろう。
誰かはそれが嘘だとは思えず、
そんな現状をまったく理解できない。
それが現状なのだから仕方がないか。
少なくとも作り話の中ではそういうことだ。
何かがひたすら循環し続け、
そこから言葉の連なりが形成されようとしているが、
気に入らない状況が
一向に変わる兆しが感じられないように、
それを記している自らに返ってくる虚無の言葉が、
その身体に突き刺さることもなく
すり抜けてしまうのが現状なのだろうか。
何も感じないらしい。
感動に結びつくような文章ではない。
そして何を確認するまでもなく、
今は夜なのか。
君は昼から遠ざかっている。
夜に近づいているのではなく、
夜のただ中から昼の記憶を辿ろうとしている。
それが誰かの無理を呼び込んでいるのかもしれず、
無理に虚無を心の中に閉じ込めようとする試みが
無理なのか。
何に言及しているとも思えない。
君が知ろうとしているは虚無の中身などではない。
そこにすべてが収斂するはずもなく、
すべての外に別のすべてがあるわけでもない。
ではいったい何がすべてなのだろう。
それらのどこにすべてがあるというのか。
冗談で述べているなら、
そんな結果で満足すべきだが、
結果とは何なのか。
何が結果で何が結果に至る過程なのか。
たぶん結果として何らかの文章が提示されるはずで、
それを読んで感想らしき思いが形成されて、
何となくわかったような理解できたような気になり、
そこから遠ざかれたように思われる。
それでは理由がまったくわからない。
どのような理由から
そんなことを述べている現状があるのだろう。
それはあるのではなく
想像され空想されるような
ものでしかないのかもしれない。
正確にはものでさえなく、
何でもないようなことなのかもしれないが、
やはりことではないらしい。
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