彼の声 2008.3.22
発行日時: 2008/3/23たぶん意識は今日に舞い戻っているのだろう。
そしていつものように何もないことに気づき、
大して落胆するでもなく、
何となく眠くなりながらも、
こうして言葉を記している。
そしてわかったようなわからないような、
本当のことのような、
あるいは偽りを述べているような気になり、
次第にどうでもよくなってきて、
投げやりな気分でいる誰かの存在を無視しつつ、
ついでに君の意識も
なかったようなつもりになりながらも、
結局何を述べているのでもないらしい。
どうということはないことだ。
そんなことはどうでもいいということか。
だが他に何について述べる気もないようで、
ひたすら無意味な言葉を無駄に連ねようとする。
芸術とは何だろう。
誰に向かって何を示そうとしているのか。
そこで何を眺めているのか。
見るべきものは何もない。
単調な成り行きになっている。
何かが果てしなく繰り返されているような気がする。
感じ取っている現象は君には理解できない。
何がどうなっているのかわからず、
それについて何をどう述べたらいいのかわからない。
そして明日になる。
もう一夜明けてしまったらしい。
調子を崩している。
何かに取り憑かれたように
何をやっているわけではないと思いたいが、
他にどのような状況に遭遇しているわけでもなく、
出来事は至っていつも通りに起こる。
たぶんどこへ至っているのでもないのだろう。
翌日の空は晴れている。
予報では西から雨雲が迫っているらしいが、
とりあえず一日晴れているのだろう。
出口はない。
そんなことしか述べられない状況に
変わりはないようだが、
つまらないと思ってしまったらそこで終わりか。
終わりようがない状況で終われるはずもない。
君はそこで何をやっているのだろう。
誰かが幻想と戯れている。
攻撃的な本能をちらつかせながら、
なんとかその場を取り繕うつもりらしいが、
何のことやらさっぱりわからない。
曲がったことが嫌いらしい。
それは人間的な弱さの顕われか。
しかし何について語ろうとしているのかわからない。
人はどうすれば
何か適当なことを語ることができるのだろうか。
人のことを語ろうとしているわけではない。
何か事件が起きないと語ることができないらしく、
人々は絶えず容疑者の出現を待ち望んでいる。
そんな風にして物事を単純化してはいけないか。
この世は浅はかな人々ともに存在しているわけか。
要するに何かしら気に入らないことがあることが、
語るための原動力となっているわけか。
ではチベットの人たちは
何に対して抗議しているのだろうか。
彼らは中国の国内で虐げられているわけか。
その辺で架空の議論が噛み合なくなる。
なぜこの世界では民族単位で
虐げられたりしているのだろうか。
また宗教や宗派の違いで
殺し合いをしたりしているのか。
たぶん幻想なのだろう。
他にはけ口がないから、
文化の違いに目がいったりしているわけだ。
心が満たされたないから
自己同一性の理由へ向かったりする。
要するに君たちは仲間を必要としているわけだ。
似た者同士で共同体を構成して、
グローバリズムに対抗しようとしているわけだ。
それである程度は満たされるのだろう。
時と場合によっては
命がけになれたりすることができる。
それはすばらしいことだろうか。
当人たちにとってはすばらしいことに違いない。
だがそれ以上にすばらしいことは
金儲けに成功することだ。
経済的に豊かな暮らしができれば
民族的もしくは宗教的な結束など
後回しにできるだろうか。
そう安易に事が進まないところが
ややこしいところか。
彼らはそれらの結束を利用して
金儲けをしようとしているのではないか。
自分だけではなく
自分たちの仲間も豊かになってほしい
と思っているのだろう。
そのためにはさらに仲間同士の結束を強めて、
異教徒や異民族に立ち向かわなければならなくなる。
立ち向かうとは何も殺し合いをするために
そうするだけではないだろう。
彼ら相手に商売をして
金儲けをしなければならないということか。
彼らの命を奪うのではなく、
金を奪い富を奪わなければならず、
商売によって合法的に事を進める必要があり、
それは何も敵対関係になる必要はなく、
相手を喜んで金を払ってくれるお客様として
もてなす必要も出てくる。
そこから暴力的な収奪ではなく、
共存共栄のあり方を模索する必要が出てくるのだろう。
相手と物心両面で様々な関係を築くことで、
不幸な暴力の応酬から
徐々に脱却していかなければならないのだろうが、
そういう方向で行くなら、
あからさまな差異を強調するのは得策ではない。
たぶん人々はたわいないことに
執拗なこだわりを持ち、
そこから幻想としての差異を際立たせ、
自分たちの存在をの特異性を誇示したくなるものだ。
そこに個性と呼ばれる愚かな概念が
生じてしまうのだろう。
そして自己同一性の根拠としての
個性にすがりつき、
それによって他者に対する優越性を感じていたいのだ。
そんな優越感に浸っている間は幸せなのだ。
たとえ今は貧しくとも不幸であっても、
自分たちは神に選ばれた民族なのだ、
などということになるのだろうか。
しかしそんな単純な構図を提示して
恥ずかしくないのか。
いったい誰に対して何を述べているつもりなのか。
どうやらその辺が思考力の限界らしい。
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