トーテムとタブー――真昼の半魚人―― |
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●○●○● トーテムとタブー ○●○●○
○●○●○ ――真昼の半魚人―― ●○●○●
●○●○● 2003.2.9.発行 Vol.22 ○●○●○
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■CONTENTS-----------------------------------------------------------
●(1)編集前記/編集部
○(2)連載/インドマンの「ほーじゃえが――人生やったもん勝ち――」
●(3)連載/D.H.どろんぱの「ごまかし笑いでアンニョンハセヨ」
○(4)連載/がちゃぴんの「天国への階段」
●(5)書評/D.H.どろんぱ
カネコアツシ『SOIL』第1巻(エンターブレイン、2004年)
○(6)書評/がちゃぴん
細川徹+五月女ケイ子『【図解】世界のしくみ』
(扶桑社、2004年)
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┃1┃編集前記
┃ ┃ /編集部 田淵アントニオ・どろんぱ・がちゃぴん
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(G)あけましておめでとうございます。
(D)今年も皆様と共に新年を迎えることができて感慨深いですね。
(G)本年もどうぞよろしくお願いします。
(D)あ。1月5日にさらに年齢を一つ重ねられた田淵さんではないですか?
(ア)うっす。
(D)あれ? いつものように我々にがつんと突っ込んでくれないんですか?
(ア)おれもまあいい年齢だからね。貴様らと無邪気にじゃれあっている
のも何だかなあって。
(D)そんなことを言うと田淵さんのこの半生を全否定してしまうことになり
ますよ。
(ア)まあそうなんだがな。
(G)ちょっとしたバースデー・ブルーですよ。すぐに戻りますよ。
(ア)30歳を超えるともう自分の誕生日なんてどうでもいいけどな。
(D)それも35歳までですよ。あれはどっと重いですよ。
(ア)昔の30歳が単に延びてるだけなんだろうけどな。
(G)今年も全国各地で荒れる成人式が話題になりましたが・・・。
(ア)また中途半端な話題だな。時事的な話題にしては古すぎる。話題の
選び方も新聞やオヤジ週刊誌みたいだ。斉藤美奈子の『男性誌諸君』(朝日
新聞社、2003)はいい企画だった。連載中からおれは愛読していたぞ。男性
誌の想定する読者層と現代との乖離を笑うというのが趣旨だが、「トーテム」
もあのくらいの水準を目指してほしい。
(D)そういう傍観者気取りこそやめてください。あなたも当事者なんです
から。
(G)というわけでいっそのこと成人式の年齢を30歳に引き上げてはどうです
か?
(ア)まあ確かに思春期は延びてるっていうけどね。20歳で選挙権を与えても、
買収されて公職選挙法違反で問われる輩もあとをたたないしな。でも人生の
サイクルは人それぞれだから。
(D)あなたまだ青春のつもりでいるんですか?
(ア)子どもの頃、強いて言えば将来は「夭折」したかった・・・。
(D)今でも遅くはないんじゃないですか?
(G)絞めますか?
(ア)遅いだろ。ただの頓死だ。しかも「夭折」に足ることを何もしてきてい
ない。嗚呼。
(G)この「トーテム」があるじゃないですか。
(D)何せ4年目に入りますからね。さぞかしその成果も立派なものにまとめ
られるでしょうね。
(ア)そうこうしているうちに、我々を創刊時より支えてくださった発行媒体
の一つ、PUBZINEさんがサーヴィスを終えられてしまう。
(D)え!? そうなのですか?
(G)ママ。どうしてぼくたちを残していってしまうの?
(ア)そういうふざけきった態度がいかんのだ。もし次にメルマガを発行させ
てもらおうとしてもブラックリストに載せられて発行させてもらえないぞ。
(D)なんで次のメルマガのことを考えているんですか? 生涯一トーテム
を誓ったでしょ。
(ア)何かその誓い嫌だな。童貞の誓いみたいだ。
(G)そんな誓いを交わしたことがあるんですか?
(ア)んにゃ。田舎は早いからな。おれは大体、小学校高学年の時に教育
実習で来ていた女子大生と・・・。
(D)そんなこと聞いてないですよ。
(G)というわけで成人式を30歳に引き上げましょう。もはや荒れることも
ないでしょうし。
(D)全員出席を義務づけます。そもそも国民の休日なのですから、欠席は
許しません。
(ア)うわ。それは嫌だな。ファシズムだろ。
(D)何を言うんですか、古来からあらゆる民族に備わる通過儀礼ですよ。
これを経ていないと「成人」とは認められません。
(G)自分が一番嫌なくせに。
(D)え?
(G)いいえ。何も。
(ア)本気で今の世の中、何がどう決まってもおかしくないからな。東京
都立大も「首都大学東京」に改称だろ。ネーミングのセンスはともかくも
誰も途中で止められない構造こそが恐ろしいよ。
(D)傍観者を装ってもダメです。30歳の成人式、田淵さんにも出てもらい
ますよ。
(ア)20歳はまだ何やかんやいって、未来があったような気がしたかな?
30だと勝ち組、負け組はっきりしてそうで息が詰まりそうだ。何よりおれが
壇上で暴れそうだ。
――創刊より、ご支援をいただきましたPUBZINEさんに感謝いたします。
「トーテムとタブー/真昼の半魚人」編集部
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┃2┃連載:インドマンの「ほーじゃえが――人生やったもん勝ち――」
┃ ┃ (第20回)
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あいつが死んだ。20歳か21歳、そんなもんだろう。5年前、毎日顔を合わせ、
一緒に飯を食っていた頃は、まだ目のきらきらした少年だった。長身で痩せ
方。毎日のボート漕ぎで自然に鍛えられた、痩せてはいるもののしなやかな
筋肉が這う体。その上に乗った、小さな頭部。ジャニーズ系の甘いマスクの
少年だった。
僕を家族の一員のように扱ってくれる家族がある。この家族の生業がガン
ガーのボート業である。あいつはこの家族の親戚で、実家のほうでは仕事も
無いのでガンガーのほとりにあるこの家庭に住みこみで働いていたのだった。
この家族にしたって貧しい家庭だ。そこの住みこみで働いていたあいつの
家庭はもっと貧しい。あいつは、何とか自立してやって行きたいという思い
が強く、下手糞ながらも、もがいていた。一度、ガート(川沿いのスペース
をガートと言います)に雑貨屋をひらいたこともあった。たばこや飴玉、コ
ーラなどを売る、一坪雑貨屋だ。開店の時のあいつは、大きな目をきらきら
させて、自立への一歩を踏み出す喜びに興奮していた。しかし開店してすぐ
に、警官たちが嫌がらせを始めた。確かにガートで勝手に店を開くのは違法
ではある。だから、下級警官の一八番、弱いもの苛めの格好の標的になった
のだ。特別にあいつの店だけが餌食になるわけではない。同じように店を開
いている多くの弱き者たちも、同じように苛められながらも、なんとか自分
の商売を確立して行くのである。しかし、あいつにはそれをこなすだけの根
気は無かった。開店後、一月も経たずに店をたたんでしまった。
あいつはキレやすい奴だった。いとこの、お年頃の女の子が、学校がえり
に同級生の女の子たちと路上でおしゃべりしながら大笑いしていた、という
理由でその子を思いきりひっぱたいたことがあった。外で女の子が笑うなど、
とてもはしたない、というのは一般的な考え方だ。その頃は路上で女性の笑
顔を目にすることなど、皆無だった。だから、殴られたほうの女の子も、
「私が悪いの。もう外で笑ったりしない。」と泣きながらつぶやいていた。
僕は、そんな彼女に、「だんだん変わっていくからね。」と言って頭をなぜ
た。
今、この街でも、女性たちの笑顔が普通に見られるようになった。どうせ
なら世界は美しい笑顔に溢れていたほうが良い。
3年半、いや四年前ぐらいからだろうか、あいつは家では食事だけをして、
ボートで寝るようになった。悪い友人たちとの付き合いに関して、叔父・叔
母から説教されるのが嫌になったらしい。そのうち、家には食事にさえ来な
くなった。チンピラ仲間と毎日過ごし、いつもいったいどこにいるのかわか
らない。仲間たちとともに、対抗するグループとの間で血なまぐさい乱闘事
件を起こすようになり、その度に行方をくらます、という生活が続いた。
そんな生活が一年ほど続いただろうか。あいつは、とうとう刑務所に入っ
た。多額の現金を持った男を、拳銃で撃って現金を強奪。逃走したもののあ
え無く逮捕され、ぶち込まれたのだった。
刑務所暮らしは、ひどいものだったらしい。面会に行った奴に聞いた話は、
あまりに惨いので、ここに書くのはしのびない。
幸い、あいつに撃たれた男は死ななかったため、あいつは約2年で、刑務
所から出てきた。その後、親戚の家には一度も姿を現したことが無かった。
しかし、街で何か血なまぐさい事件が起きるたびに、傍若無人な警官たちが
家にやってきては、様々な嫌がらせをした。どういう了見か、鍋や衣服とい
った家財道具を没収していったり、家のものを警察署に拘留して暴行を加え
たり、ということが続いた。家の女たちは苦しみの涙を頻繁に流した。
だから、あいつとはもう何年も顔を合わせていなかった。
2ヶ月ほど前、僕は、ナイサラクからシグラに抜ける裏道をスクーターで
走っていた。牛車とリクシャーがすれ違いに往生していた。僕はエンジンを
切って牛車がなんとか通過するのを待っていた。
「アキオチャーチャー!(アキオ叔父さん!)」
背後から、聞き覚えのある声。振りかえると、あいつがいた。間違い無くあ
いつなのだが、僕が記憶している、あいつの美形の顔とは、随分変わってし
まっていた。この何年かで受けた肉体的・精神的な、様々な暴行・悪行が奴
の顔をこうも変えたのだろう。
「おお!!、おまえ、元気か?」
「うん、元気にやってるよ。」
あたり障りのない会話をしばらく交わし、
「どうだ、更正したのか?」
「ははは…、もちろん。最近、小さな米屋を開いたんだ。」
「そうか…。良かったな。がんばれよ。」
いつか会ったらボコボコにしてやろう、と思っていた時期もあったのだが、
なつっこい声と大きな目が、僕の笑いを誘う。
しかし、あいつは死んだ。
新聞の報道によると、仲間数人と共に拳銃で撃って強盗。逃走していたが、
カルカッタで警官に追い詰められ、そして撃たれた。押収されたバッグに
は24万ルピー(約60万円)の現金が入っていたという。
あいつの実家はとっくに離散してしまっているので、あいつの体は、親
戚の家に無理矢理押し付けられた。銃痕以外にも多くの外傷、腕の骨折が
あったという。
(2003年5月21日)
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┃3┃連載/D.H.どろんぱの「ごまかし笑いでアンニョンハセヨ」(第23回)
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「訴えてやる!」
法律バラエティ番組の隆盛で、日本でも身近にこの言葉が聞かれるように
なった。前回、といってもこのメルマガ、連載してるつもりは本人のみで、
本人すら何らの法則を意識しているわけではないのであるが、前回、採り上
げた、いしかわじゅんの『鉄槌!』(角川文庫、2003)の不条理な法律界の
状況が今後は解明されていくことになるとしたら喜ばしい限りだ。法解釈、
とりわけ民事の領域に関しては、文学以上に文学的な「解釈」を連想させる。
結局、腕の立つ弁護士を雇うことができる経済力が「正義」を手にすること
ができる社会へと移行しつつある段階にあるのかもしれない。
とはいえ社会に生きていく上で、「法律に明るい」ことがこの世の中で生
きる術であることをも我々に教えてくれる。専門領域は専門家に任せておけ
ばよい。しかし、しかるべき専門家に任せるためには法律に明るいに越した
ことはない。
たいていのものは「訴えてやる!」と息巻くのが精一杯で、実際の訴訟手
続き、それにまつわる労力、時間、財力などを思うと、よっぽどの執着、よ
っぽどのトラブルに苛まれていない限り、二の足を踏んでしまうものだ。多
くの人たちが訴訟を起こしてしかるべき状況に置かれながらも泣き寝入りし
て過ごしていたとしても驚かないだろう。
これまたよく言われるように、アメリカは「訴訟社会」であり、建国の理
念を維持し、現在に至るまで陪審員制度を貫いている。この陪審員制度は、
さまざまな人種、階級、ジェンダーといった多文化社会アメリカの中で、普
遍的な「正義」を探求するには効率的ではないものであるのだが、賛否両論
ありつつも陪審員制度を大きく改正することはあるまい。この陪審員制度ゆ
えに歴史に残る不可解な決着も多く産み出されてきた。映画『12人の怒れる
男』(57)は多文化社会アメリカにおける陪審員制度の究極の理想形である
が、逆に言うと映画になるぐらい珍しい展開であるとも言える。そして常に
大事件の判定が世論の注目を集めるように、陪審員制度の法廷はアメリカの
「見世物文化」を代表するものとしても機能してきた。世界を揺るがす法廷
を取り囲む人たちはポップコーンを食べながら、固唾を飲んで行方を見守る。
そんな光景がずっとくりひろげられてきたからだ。
さてそんな訴訟社会アメリカでは、はたしてどんな事例が訴訟の対象にな
っているのだろうか。こうした疑問に答えてくれるのが、ローラ・B・ベン
ゴ&アティラ・ベンコ『訴えてやる!!!――ちょっとおかしなアメリカ訴訟
事例集』(愛育社、2003)である。アメリカ合衆国で弁護士をつとめるとい
う中村玲子弁護士が日本人読者向けに監修者をつとめ、解説をほどこしてい
るように、訴訟社会アメリカの事例をそのまま日本に導入することはできな
い。日々、アメリカに近づいている趣きを持つとはいえ、日本とアメリカで
は訴訟にまつわる手続きがあまりにも異なる。特に驚嘆するほかないアメリ
カでの高額の賠償額に端的にあらわれているように、訴訟対策費などの保険
がアメリカでは充実しているという背景がある。アメリカで事例があるから
といって片っ端から訴えられてはたまらない。いしかわじゅん氏も巻き込ま
れたように、「訴えられる側」はたとえどう考えても自らに非はないとして
も、その訴えが認められた場合は、訴訟に強制的に関与させられ、時間、労
力とお金を費やさざるを得なくなる。個人で巻き込まれた場合は不条理とし
かいいようがない迷宮にいやおうなく引きずり込まれるほかないのだ。
ではどんな事例がこの『訴えてやる!!!』には収められているのか?
もちろんこうした読み物であるからには、アメリカにおいてすら特異な事例
であるわけだが、巻き込まれた側が気の毒としか言いようがない事例に満ち
ている。さらにそのいくつかはどう考えても訴える方がどうかしてるとしか
思えない場合に対してすら賠償を命じられるケースもある。
例えば、この『トーテムとタブー』でもクレーマーの薦めとして、サーヴ
ィス業者への難癖のつけ方を紹介した本を取り上げたことがあるが、スター
バックスやマクドナルドが、不当に熱すぎるホットコーヒーをこぼしてしま
ったために起こった火傷に対して、5000万円から1億円の賠償請求を起こされ
ている。それに比べれば日本のクレーマーはかわいいものであるかもしれな
いが、黒田研二の『クレイジー・クレーマー』といった小説にあるように、
せいぜい商品をタダでもう一杯せしめるのが目的にせよ、難癖をつけるのが
生きがいにせよ、いずれにしてもサーヴィス業者にとっては脅威であること
はまちがいない。日本の訴訟社会をよりアメリカ型に変えていくのもまたク
レーマーであるかもしれない。
何せろくに説明書を読みもしないで、本来の使用目的、使用方法とも異な
るやり方で怪我をしたり、損害を負ったり、という事例でも、何のためらい
もなく訴訟を起こすのだからおそろしい。
避妊用のゼリーをトーストに塗って食べた女性が避妊に失敗し、訴えた挙
句に6000万円を獲得する社会なのだ。説明書など「あんなものうっとうしく
て読むわけないでしょ」がまかり通るのである。これは確かに訴えたもの勝
ちであろう。
あるいはレンタルで借りたポルノ映画が、宣伝の内容とまったく異なって
いる場合でも、「だまされたことによるショックとストレス」で喘息の発作
が起きたとしてビデオの製作会社は、療養費約6695万円、精神的苦痛に対す
る慰謝料約600万円を請求されるのだ。
災難はどこに転がっているかわからない。サーヴィス業者ばかりではない。
普通に暮らしていて、巡回に訪れた警察官が勝手に進入したうえに、勝手に
転んでも、その段差を放置していたという理由で訴えられてしまうのである。
こうして収められた448件もの事例は、その大半がさすがに一笑にふされ、
まともに採り上げられることなく、いわばアメリカならではの「都市伝説」
の一種として読まれているのであろうが、我々が学ばなければならない要素
があるとしたら、「自分は間違っていない」という信念の強さであろうか。
国力もさることながら、よくも悪くもアメリカの「強さ」を感じさせてくれ
る。日本のクレーマーがどこか陰湿な響きを逃れ難く併せ持つのに比して、
エネルギーに満ちていることはまちがいない。
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┃4┃連載/がちゃぴんの「天国への階段」(第23回)
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「早熟な文学少女」
ネットでの古本の入手が実に簡便になった。ネットで在庫を管理・運営し
ている古書店の割合は決して高いものではないのだろうが、どうしても欲し
い本を探す際の頼みの綱として今後ますます進化・発展していくだろう。
その代わり、古書店や古書市を周る時間が格段に減ってしまい、一抹の寂
しさはある。どうしてもほしい本は必ずしも見つからない代わりに、「思い
がけない本との出会い」もまた大きな愉しみの一つであったからだ。
古書店めぐりを趣味にしていた人たちの中には、家にいながらにして、瞬
時に「お宝本」を入手してしまう現在の安易さを嘆く声もあるだろう。マニ
アではない私のような者にとっては、値段も安価になり、簡便なネットでの
取引がますます増えることを期待しているが、やっぱり古書市の魅力も捨て
難い。
さてそんなこんなで入手した本の中に、80年代後半にアダルト・ヴィデオ
・モデルとして一世を風靡し、ニューアカの寵児となった黒木香の著作があ
る。しかもサインのみならず、キスマーク付きである。むろんそこまでの一
品を望んでいたわけではなく、文字通りの「望外の喜び」である。そこまで
は望んでいなかった。重いぞ。
現在、「80年代」という時代に脚光が集められつつある。80年代と一口に
いっても、80年代前半の時代と、「バブル景気真っ只中」の世相とは地続き
でありつつも随分赴きが異なるのだが、「バブル景気」の時代を代表する人
物として、黒木香が挙げられるはずである。にもかかわらず、彼女との絶妙
のコンビとなった村西とおる監督が現在、神格化されつつある中で、黒木香
の方は今ひとつ再評価される気配がない。90年代に起きたという謎の自殺未
遂事件など、不幸な経緯があることと、現在、静かに暮らしているであろう
状況からも、本人も「再評価」など望んでいないかもしれない。
昔も今も黒木香のアダルト・ヴィデオ・モデルとしての仕事に対する評価
には定評がある。「これはもはや既存のポルノではない」。代表作『SMぽい
の好き』は今でも、もっとも有名なAV作品の一つであり、観る者を驚愕させ
た。そして同時に「AV女優・黒木香」(本人は自らを「アダルト・ヴィデオ
・モデル」と定義)として社会的に認知されつつも、彼女の出演作品はきわ
めて少ない。むしろ「AV女優としての仕事」の方が少ない。現役国立大学の
女子学生として、という経歴が話題になったこともまちがいないが、当時、
同様に国立大学のトップ校の在学生女優もいないわけではなく、やはり独特
の言葉遣い、パフォーマンスが、ニューアカデミズムの時代風潮にも合致し
たのであろう。
自伝的「処女」小説『自堕落にもほどがある』(文藝春秋、1987)には帯
に、作家である村上龍、夢枕獏が言葉を寄せ、賛辞を送っている。
「黒木香は、希望と再生という死後を復活させた。リスクを負って死語を復
活させること、それは正しい世紀末の迎え方である――村上龍」
まったく新しい感性に、クリシェ(常套句)を駆使した独特の言葉遣い、性
や芸術にまつわる若いインテリ女性特有の観念論。
おもしろくないわけがないのだが、今読むとさほどの衝撃はない。映像の
『SMぽいの好き』が時代を超える作品(黒木は村西監督の助言通り、AVもま
た「作品」であることに深く思い入れを抱いていた)たりえたのに比して
拍子抜けする思いである。もちろんその後現在に至る性にまつわる価値観の
劇的な変化を経た後では、黒木の性感覚は古さばかりが強調されてしまうの
もやむをえないことだ。何せ80年代当時ですら古風の極みであったのだから
なおさらだ。彼女が自身、アダルトヴィデオ業界に入る上で参照したのも、
川上宗薫、宇能鴻一郎などのポルノの古典であった。
黒木以降、斉藤綾子、内田春菊から菜摘ひかるまで、自身の性的な遍歴を
表現する書き手の系譜はあるが、黒木以前に山田詠美が存在していたことを
考えても、「キワモノ」以上の評価がなされていなかったのか、というとこ
ろに落ち着かざるをえない。
実際にパフォーマンスを通じて聞くあの言葉遣いに比しても、「長編小説」
という形式では単調で一本調子に過ぎる。本人も自覚していたのだろう。
『自堕落にもほどがある』の末尾は「ダイアローグ」と称して、メディアの
寵児である「クロキカオル」と本名の大学生としての自己との間で揺れ動く
姿が率直に示されている。
「仮面をはずしたあとのわたくしというものは、もはや仮面をつける以前の
わたくしと同じ人間ではないのです。カーニバルが終われば、おそらくわた
くしはふたたび本名を名乗って、大学に足しげく通い、学問にはげむことで
しょう。しかし、だからといってクロキ・カオルとなる以前の人生にあと戻
りできると思っているわけではないのです。クロキ・カオルとなる以前の人
生は、もはや永遠に損なわれ、失われてしまったのですから。川が流れてい
くように、時間は不可逆なのです。人はやはり、『かつてクロキ・カオルで
あった』女としてわたくしを指差すことでしょうし、そう見られることに何
の異存もございません。わたくしは、クロキという仮面を脱いだあと、かつ
て本名を名乗っていた頃の人生の延長上に戻るのではなく、また別の有機体
へと変容していくのであります」(『自堕落にもほどがある』225-26頁)
文体や観念的な発想がうまく活かされていない印象は否めず、小説の同人団
体の暗部を描いた筒井康隆『大いなる助走』(79)に登場する、作家志望の
女子学生をも思わせるところもある。
しかし、彼女ほど時代の波に乗り、もてはやされ、かつその後のバブル崩
壊を契機とする激変に翻弄された者もないだろう。「自伝的」である必要は
ない。彼女だからこそ書ける、あの80年代から90年代の時代の先端に立って
いたものだからこそ紡ぐことができる物語がきっとあるのではないか。
にわかに「女子大生作家」、「20歳の芥川賞作家」の登場により、おそら
くはここ数年、新人賞投稿の低年齢化に拍車がかかることが予想されるが、
黒木香こそが国立大学在学中のAVモデル兼作家であった。小説の書き方は
「若さ」をにじませているが、真骨頂は何よりも「対談」であり、才気煥発
な才媛の称号をほしいままにした。男性ホストによるいわゆるエロ対談はさ
ておくとしても、往年の重要な仕事として例えば、詩人の伊藤比呂美との対
談集『性の構造』(作品社、1987)は名著である。「生理の発達過程」「恋
愛と性欲の相関関係」といった項目を、単なるセンセーショナリズムや観念
論、言葉の上滑りにならないように、伊藤比呂美がうまく黒木の魅力を引き
出していて見事な対談になっている。どちらかというと、伊藤の方が好き嫌
いが激しく、感覚的で好き勝手な印象を与え、黒木は何か達観した落ち着き
を示しているのだが、黒木香は大学3年次在学中であった。
「早熟な文学少女」など今どき流行らない。洗練さが備わっていないもの
は商品としてももはや流通しない。時代の寵児にもなれない。
しかし「かつて早熟だった文学少女」がバブル景気崩壊、平成不況の時代
の中で、何をどのように知覚しているのかは興味深いところだ。
1965年生まれの黒木香は確かに元の「クロキ・カオル」にも、元の本名に
も戻れないでいるかもしれないが、まだ文章の世界ではやり残したことがあ
るだろうし、それだけの「若さ」はまだ残されている。
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┃5┃書評:カネコアツシ『SOIL』第1巻(エンターブレイン、2004年)
┃ ┃ /D.H.どろんぱ
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「とある地方都市のベッドタウン『そいるニュータウン』。家々に花咲き
乱れる穏やかなその町で停電が起きた夜、鈴白という親子3人の一家が消え
た。その失踪を契機に、異様な事件が続発し、平穏な町の裏側に潜む狂気や
悪意が次々と現れてくる・・・。」(『SOIL』1巻帯より)
月刊「コミックビーム」にて2003年4月より連載中の『SOIL』の単行本が
いよいよ発表された。
そいるニュータウンは10数年前に自治体と大手ゼネコンの合資で開発され
た新興住宅地。当初はショッピングモールや公共施設を完備した複合都市に
なるはずだったが、バブル崩壊で開発が中断されてしまい、整地したままの
広大な空き地に取り囲まれる、外界から遮断された共同体が形成されたとい
う経緯を持つ。
突然の一家消失事件を探るために「外部」からやってきた女刑事、小野田
26歳はいつも一生懸命だが、ヘマばかりし、聞き込みにもどもってしまうほ
どの人見知り。コンビを組んでいるどう見てもズラ(カツラ)の横井巡査部
長にこづかれ、罵られ、セクハラ発言をされ続けながらも健気にがんばって
いる。
一家消失事件と前後して、鉄塔が何者かによってか倒される事件が起こっ
ており、二人は早々に行く手を塞がれる。はたしてこの鉄塔の事件と、一家
消失事件とはどのように関連があるのだろうか?
ゴミ一つ落ちてない町。各家々には花を植えることが義務づけられており、
絵に描いたような「住み心地のよい町」。失踪した一家もまた、明るい娘、
子供好きで家事にも理解がある理想の夫、明るい妻。「本当にごく普通の幸
せそうな家族」。町の人々の評判もすこぶるよい。
停電を引き起こした鉄塔の転倒、そして幸せな一家の消失。夕食の最中に
ちょっと席を外しただけであるかのように、食卓には食事の様子がそのまま
残されていた。自分たちの意思による失踪とはとうてい考えられない。
不可解さは続く。
失踪した一家の娘の部屋に残された謎の「塩の柱」。ほぼ同じ頃、中学校
の校庭にもまた「塩の山」ができあがっており、しかもその山頂には、失踪
した一家の家で飼われていたはずのハムスターの心臓が・・・。それまで平
穏に包まれていた町が落ち着きをなくしていく・・・。
住民の聞き込みに回る刑事コンビには、判で押したような「明るい町」
「明るい家族」の話しか出てこない。
「『普通の人』なんてものはどこにもいねえんだよ!」
というセクハラ/ズラ横井はその町の住民の様子にイライラしつつも、背後
に隠されたうさんくささをかぎつけている。
「外部」から遮断され、「内部」の異分子をも排除することで「明るい町」
の秩序を創り上げてきた自治コミュニティは実は、自治会長により統治され
ていた。町中に仕掛けたビデオカメラを終日監視することにより、自分の町
の秩序を守ろうとする自治会長。そして町の住民の秘密をすべて掌握する自
治会長の統治におびえつつ、過ごしてきた住民たち。自治会長により、異分
子として「排除」され、焼き討ちにあった老女。鉄塔が美しすぎるから、と
いう理由で鉄塔を倒壊させた「鉄塔マニア」。闇の中で監視カメラをすり抜
けて生きる少年。単なるミーハーとして事件をかぎまわる「超常現象研究会」
の中学生二人。
普通の町に普通に暮らしてきたそんなニュータウンの住民は、実は普通ど
ころかヘンな輩ばかり。そこに失踪した娘の文字を切り貼りした脅迫状が
町宛に届く。脅迫状には娘のものと思われる「爪」がテープで添付してあっ
た・・・。
それぞれ個性的な登場人物たち。そして徹底して細かいディテール。独特
の絵柄。これらすべてが有機的につながるならば、今の段階ですでに21世紀
を代表する傑作となることは保証されている。未だ第一巻しか刊行されてい
ない段階ではあるが、何せ肝心の失踪した「一家」についての実像すら浮か
び上がっていない。ぜひじっくりと丁寧に描き続けていってほしいものだ。
昨今、小説の世界でも実際の社会的事件に依拠した物語が注目を集めてお
り、また『SOIL』に見られるような設定(ニュータウンで起こった失踪事件)
も「よくある設定」としてみなされるかもしれない。
しかし、99年の『KAWADEムック Jコミック作家ファイル』においても
作者カネコアツシが注目されてきたように、主に映画と音楽の素養に裏打ち
された独特の世界観。筆ペンを切って用い、アシスタントも置かず一人で作
画し、単行本の際にも加筆を厭わないという、緻密な構成だからこそ奥行き
を感じさせ、説得力をいやがおうにも増している。
『BANBi』を超えるカネコアツシの代表作となるばかりか、時代を代表す
る作品となる可能性を強く感じさせる注目作である。
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┃6┃書評:細川徹+五月女ケイ子『【図解】世界のしくみ』
┃ ┃ (扶桑社、2004年) / がちゃぴん
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95年の阪神大震災、オウム事件、そして2001年に起こった「9.11.」の戦慄
は今も覚めやらない。
確実に我々は時代の分水嶺を超えた「以後の世界」に生きている。
それまでの価値観が今、そして今後も続くという保証のない「世界」だ。
だからこそタガの外れた「世界」の中で、「世界」について、特に「世界
の終わり」についての物語は一つの潮流を形成するに至っている。
桐野夏生『リアルワールド』(03)は女子高生がある事件を契機に、それ
までと同じ「世界」では生きられなくなったという夏休みの体験を扱ってい
る。
歌野晶午『世界の終わり、そして始まり』(02)は、息子が残忍な少年誘
拐殺人事件を起こしたということを状況証拠によって確信させられながらも、
「世界の終わり」と「始まり」とを模索し続ける父親の苦悩が描かれている。
共にきわめてパーソナルな物語の形をとりつつ、現代という社会全体を同時
に表していることは言うまでもない。
そんな「世界」が新たな認識を示している中で、こういう前置きがまった
く無化されてしまうほどの脱力感を我々にもたらしてしまうのが、『【図解】
世界の仕組み』である。
帯にあるように、世界の謎や不思議について、図解でその仕組みを示して
くれている。例えば、宇宙人の存在、未来の予測、本屋に行くとトイレに行
きたくなる理由、ガッツ石松の頭の中、徹子の部屋、「中尾彬の首に巻いた
ものは何なのか? 100説」、「デートの方法 いやな異性にデートを申し
込まれたら?」、ピラミッドの謎、「欽ちゃんのよいテポドン、ふつうのテ
ポドン、悪いテポドン」などなど。
くだらないことこのうえないものではあるが、よくできているものもあれ
ば、テキトーなものもあり、そのバランスの悪さが卓越している。それでい
てたかだか110頁あまりで「世界のしくみ」を「図解」してしまうという大
胆不敵さといい、すがすがしいまでに確信犯に満ちている。
言うまでもなく、かつての古き懐かしき学習雑誌などのテイストを一貫し
て貫いており、今思うと不思議としか言いようのないくらい、ある世代まで
はオカルトなどの関心を、当時の学習雑誌などの編集者・執筆者によって
刷り込まれていた。
そして本書でもメインとなる「未来の世界」。エアカーなどのハイテクが
実現し、夢のような近代社会への未来図が盛んに描かれていたものだ。古来
からこうした空想は、「夢のような未来/退化した未来」という産業の発達
とそれに伴う人類の進化が実現するか否かという問題意識をもたらしてきた。
しかしそれはあくまで「世界」が発展し、進歩を遂げる前提の上に成り立つ
ものであったのだろう。
「ゴルゴ13」が500巻を超え、モーニング娘が300人になり、リニアモーター
自転車が発明された「未来」。マイケル・ジャクソンはまだ生きているかも
しれないし、モザイクが見えるメガネが発明されているかもしれないし、そ
の未来の世界では発達した袋とじによって「全部が見られる」世界になって
いるかもしれない。
この程度の未来の世界が子どもの頃に刷り込まれていたのだとしたら、逆に
タフに生きていけるかもしれない。
「徹子の部屋」城、「小林亜星のこの木、何の木、木になる木」、ガッツ
石松の頭の中、といい、「世界」とはいかに閉塞し、出口がないものか。
「世界のしくみ」をこの本で知ってしまった者はもはや今までのように
生きることはできない、「以後」の時代を生きることを余儀なくされるだろ
う。
物心つく前の児童に読んで聞かせるプレゼントとして最適。
たくましく生きる明日の子供たちにぜひ。
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