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戦前に日本最大の発行部数を誇った黒岩涙香
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「萬晩報」 080407 白旗桜と孫文

発行日: 2008/4/7

  白旗桜と孫文

          2008年04月07日(月)萬晩報主宰 伴 武澄

 先週末の昼下がり、文京区の白山神社を訪ねた。白旗桜があると、佐藤俊樹著
『桜が創った日本』にあり、ぜひとも満開のとき、自分の目で確かめたかった。

 源氏の棟梁、義家が奥州に向かう途上、白山神社の前でサクラ木を見つけ、源
氏の白旗をたてかけて、この地から岩清水八幡宮に戦勝を祈願した。そんな伝説
から神社前のサクラ木を白旗桜と呼ぶようになったという。

 現在の白山神社は都営地下鉄「白山駅」を降りてすぐのところにある。昔は奥
州街道沿いにあったものだろう。境内には2本の白旗桜が満開だった。サクラの
種類はオオシマザクラ。白い花びらに白旗をかけたものだろう。ソメイヨシノば
かりの東京にあって一味違う趣きがいい。

 サクラはサクラとしてよかったのだが、実はもっとおもしろい発見をした。

 白山神社の入り口に孫文の碑を発見したのだ。

 なぜ、ここに孫文の碑があるのか。社務所のベルを押した。おかみさんと思わ
れる人が出てきて、なるほどそうだったのか合点した。

 昭和43年度の総代会で総代の中から、「孫文と宮崎滔天の腰掛けた石がある」
との話が持ち上がり、翌年、滔天の子息宮崎龍介氏を招いて話を聞いたところ次
のような話があったのだそうだ。

「明治43年5月中旬の一夜、孫文は滔天とともに境内の石に腰掛けながら中国
の将来、その経綸について幾多の抱負を語り合った。そのとき、夜空に光芒を放
つ一條の流星を見て、この時、祖国の革命に心に誓った」

 残念ながらまだ読んではいないが、宮崎滔天全集の中に、孫文は白山神社に近
い小石川原町の滔天宅に寄寓していたと書かれている。孫文が滔天と知り合った
のは1897年(明治30年)のことだがら、二人は肝胆合い照らす仲だった。
孫文が1905年に興中会、光復会、華興会を糾合して中国同盟会を結成したの
も東京だった。明治43年は辛亥革命の前の年にあたる。

 奥州の豪族、安倍頼時(頼良)を征伐したとされる「前九年の役」で戦勝を祈
願した義家、そして革命を誓った孫文。

 同じ白旗桜の木の下での出来事だったのである。

 
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