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国見弥一の銀嶺便り

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国見弥一の銀嶺便り(エレガントな宇宙とか、敗北とか)

発行日: 2002/4/1

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☆    国見弥一の銀嶺便り   
☆              
☆  http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/    02/04/01  vol.116
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   4月1日から年度が切り替わる。会社の名前が変わるところもあるし、会社
   を移られる方もおられるだろうし、新規に入社・入学という方もおられるこ
   とだろう。あるいは桜の散るのにあわせてか、会社や学校から離れられて方
   も多いのかも知れない。小生のように年度の変わり目をまるで実感できない
   方も案外と多いのかもしれない。特に今年は、陽気が異常に暖かく、桜の開
   花がやや場違いな時期になってしまうと、人の調子も狂ってしまいがちであ
   る。この春の異変というのは、一体、今年の何を予感させているのだろう。


   目次:●1.『エレガントな宇宙』雑感
      ●2.『敗北を抱きしめて』雑感
      ●3.クロマンタについてご存知ですか
      ●[後欄無駄]:お知らせなど

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●1.『エレガントな宇宙』雑感

 ブライアン・グリーン著の『エレガントな宇宙』(林 一・林 大訳、草思社刊)
を書いたのは、著者本人の弁によると、「広範な読者、とりわけ数学や物理の訓練
を受けていない人が物理学研究の最前線からもたらされる驚くべき洞察を理解でき
るようにしようと思った」からだそうである。
 正直、とても、そうは思えない。仮に彼が本気でそう思っていたとしても、理科
系(勿論、物理か数学)の大学院での徹底した演習や訓練などは受けていない人を
想定しているのだろうと思われる。
 例えば、あるサイトで作家の大岡玲氏の本書に寄せる評が載っていた:
 http://www.mainichi.co.jp/life/dokusho/2002/0113/04.html 
 その末尾で、彼は、「理科系アレルギーの人にも、勧めたい本だ」と書いておら
れる。小生の読了した上での感想を述べれば、能力はないが理科系の分野の読書に
アレルギーがなく、宇宙論や物理などに関心があるからこそ、途中の「巧みな比喩
によって解説されている部分も多」いこともあって、読み通せたのだと思う。理科
系アレルギーがあったら、手も足も出ない部分がほとんどだとさえ、言える気がす
る。
 唯一、「もちろん、これはひとつの解釈であり、解釈が成立した途端、無数のさ
らなる疑問は生じる。著者も、本書の終わりでそれを認めている。だが、宇宙を
「エレガントに」説明する物理学者たちの努力には、見事な芸術性があって、こん
なに美しい宇宙に意味がないはずはない、と思わせてくれる」という締め括りだけ
は、一定の留保の上で賛同しておきたい。
 本書のもう少し、文学チックではない紹介として、もう一つ別のサイトを紹介し
ておく:
 http://www.ywad.com/books/1135.html
 なんといっても、それでも魅力的なこの本は、「超ひも理論がすべてを解明する」
と訳書の副題にあるように、「超ひも理論」の解説書なのである。しかも、その研
究の最先端で自身が研究に携わっており、彼本人も重要な貢献をした研究者の現場
報告書でもあるのだ。
 従って、ブライアン・グリーン自身が、超ひも理論に関わる重要な貢献をした部
分の記述は、ドラマに満ちており、研究最前線の雰囲気を裏話も含めて実感を以っ
て読みことが出来た。
 それにしても、書かれていることは、抽象度が高い。数学的記述になると、眩暈
が起きそうになる。これが欧米でベストセラーであり、しかも日本でも10万部以上
も売れたというのは、ちょっと信じ難い気がする。確かに数式は一つもなかったけ
れどね。
 さて、小生が「ひも理論」に関心を持ったのは、『アインシュタインを超える 
超弦理論が語る宇宙の姿』(ミチオ・カク/ ジェニファー・トレイナー共著 久志
本克己訳、講談社ブルーバックス刊)だったと思う。多分、88年か89年。そういえ
ば、フジテレビ編の『宇宙の根源はヒモである』(双葉社刊)なんてのも読んだな
(91年)。後者は、90年の秋頃、フジテレビ系列で夜中に放映されていた「アイン
シュタインTV」という番組から生れた本だった。城ヶ崎裕子アナと松尾紀子アナ
のコンビが番組案内をするもので、二人のファッションとかがユニークだったよう
な。
 まさにバブルの絶頂期で、テレビでもスティーブン・ホーキングがヒーローに祭
り上げられ『ホーキング、宇宙を語る』がベストセラーになったものだった。
 一応、念のため、「超ひも理論」について、専門的な解説を示しておこう:
 http://www3.justnet.ne.jp/~yoshida-phil-sci/kasetsu/subject/sub15.htm
 この中のポイントを小生なりに要約すると、現代の標準的な理論が行き詰まりを
見せていること、アインシュタインの相対性理論と量子力学との相性が悪く、統合
の展望が開けないこと、最後の難点は、なんといっても素粒子論と呼ばれる時の、
その「素粒子」にある。
 標準理論では、想定上、素粒子は内部構造を持たず、また、計算上、「点」とし
て扱われている。まさに超ひも理論が焦点を合わせている問題点の一つがここにあ
るわけだ。
 そもそも素粒子が「点状のもの」だという保証はどこにもない。が、従来は、他
に選択肢がなかったわけである。その虚構には多くの素粒子論研究者、量子力学研
究者も気付いていたが、問題に立ち向かうすべがまるでなかったのである。
 実際、ハイゼンベルクもディラックも、「三次元の小さなかたまりについて量子
理論を組み立てようとして、乗り越えようのないように見える障害に突き当たり、
繰り返し挫折してきた」のだった。
 その点、超ひも理論というのは、究極の素粒子をひも状と想定することで、素粒
子(ひも)の「内部自由度」を確保し、従来の量子力学では乗り越えようのなかっ
た障害を、少なくとも理論的には回避できると気付いたわけである。
 が、同時にその「内部自由度」を一定の枠に収める根拠が見出し難く、理論は、
まさに数学的な空想の理論になりかねない危険性と隣り合わせなのだということは、
多くの識者に指摘されていることである。
 それでも、このひも理論がもたらす「思弁」は、とてつもなく面白い。宇宙を考
えアトムを考える上で、理論的な対称性の追究と美的な整合性をのみ頼りに、どこ
までも考えていく人間のドラマを見ているような気がするのだ。まさにエレガント
な宇宙像を、つまり、深いところで人間の探求と理解に応じて、その美的な真の姿
を垣間見せてくれるはずだという信念が、科学者にはあるのだ。
 そして、その信念はズブの素人の小生には分かち持つことは不可能だとしても、
しかし、ある一点において、やはり共有してもいいのだと思う。
 それは、なるほど才能や能力の点で自分をアインシュタインと比較するのは愚か
だとしても、逆に宇宙の不可思議さ、神秘さ、奥行きの深さを思うとき、つまり永
遠の相の下で我とアインシュタインを比べるなら、そんな能力の差など、宇宙とい
う視点から見たら、なきにも均しいもの、というより実際、ないのだ。
 今、小生は最前線の一端として超ひも理論などを追いかけているが、今から数百
年もしたら、今の研究は消え去りはしないとしても、古くて素朴で未熟で、よほど
の科学史の研究家くらいしか見向きもしない試みに終ることは、目に見えている。
下手するとその頃の小学生か幼稚園児が絵本の中で読む漫画程度なのかもしれない。
認識がいつか果てるとは、小生は到底思えないのである。
 だからといって、今の研究を座視するつもりは全くない。素人なりに、ガキの頃
から天文学や宇宙論に興味を持ってきた人間として、できる限り、付き合う。そう
して数式を見て、溜息をつく。研究に関与できないことを残念に思う。彼我の差を
思う。が、宇宙は、やはり想像を絶して広がっており、変幻を尽くし、時に永遠の
沈黙に戦慄する思いを抱くとしても、宇宙への見果てぬ想念が消えるわけもない。
 目の前の木々の緑や空の青や、水のせせらぎや、そよぐ風が、誰にも平等に与え
られているように宇宙も、その姿を誰にも均しく垣間見せてくれる。その宇宙の姿
の片鱗を通して何を感じ何を思うかは、まさにその見詰め見詰められる人間の想像
力と感性次第なのだと思う。心の揺らぎを覚える人であれば、どんな思想家や物理
学者より豊かな何かを宇宙に、この世界に感じとっているに違いないのだ。いざ、
それを言葉にすると拙くなるとしても。
 最後にブライアン・グリーン自身の言葉を引用して、この雑感を終えることにす
る。このように確信をもって語れることは、羨ましいことではないか:

 宇宙に目を据え、これから出会うあらゆる不思議を予期するとき、私たちはまた、
振り返って、これまでにたどってきた旅に驚嘆せざるをえない。宇宙の根本法則の
探求は人間特有のドラマであり、人間の頭をめいっぱい働かせ、精神を豊かにして
きた。重力を理解しようとする自分自身の営みを生き生きと描いたアインシュタイ
ンの言葉――「切実な望みを抱き、自信と疲労を交互に感じつつ、最後に光のなか
に出る、不安を抱きながら暗闇のなかを探った歳月」――は、間違いなく、人間の
奮闘全体を表現している。私たちはすべて、おのおのの仕方で真理を旅し、おのお
の、なぜ私たちはここにいるのかという問いに答えを望む。人類が説明の山をよじ
登るとき、おのおのの世代は、前の世代の肩の上にしっかり立って、勇敢に頂上を
目指す。いつか私たちの子孫が頂上から眺めを楽しみ、広大でエレガントな宇宙を
無限の明晰さで見渡すことがあるのかどうか、私たちには予測できない。ただ、お
のおのの世代が少しずつ高く登るなかで、ジェイコブ・ブロノフスキーが述べたこ
とを実感する。「どの世代にも、転換点がある。世界の一貫性を見る、そして、表
現する新たな仕方がある」。そして、私たちの世代が新たな宇宙観――世界の一貫
性を表現する新たな仕方――に驚嘆するとき、私たちは星々に向かって延びる人間
の梯子に梯子を付け加えて、自分の役割を果たしているのだ。

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●2.『敗北を抱きしめて』雑感

 昨年、読み残した本は多数あるが、その中の一冊、ジョン・ダワー著『敗北を
抱きしめて 上・下』(三浦陽一・高杉忠明訳、岩波書店刊)をようやく今にな
って読み始めることができた。
 本書は、小生の狭い歴史関係(現代史・戦後史)の読書体験の中で比較評価す
るのも、気が引けるが、実に中身の濃い歴史書であることは、間違いない。資料
の浩瀚なる渉猟と、当然、アメリカ人ということも無関係ではない客観性、それ
でいて長く、日本の戦前・戦中・戦後史に関わった学者としての、テーマ性とが
相俟って、実に面白く読めている(実は、まだ数十頁しか読んでいない)。
 冒頭の「日本の読者へ」という挨拶文の中で、ジョン・ダワー氏は、かの森前
首相の発言に怒っておられるのが、印象的だったので、まず、その下りを紹介し
ておこう:

 この本の英語版が出版されて間もないころ、森喜朗首相が、日本は世界の
ほかの国や文化と違って、「天皇を中心とする神の国」だという悪名高いス
ピーチをおこなった。私は、これに非常に腹が立った。
 なぜか?
 これは、研究者として理解している日本ではないからである。私は日本に
住んだことがあり、多くの日本人を知り、尊敬もしている。そうした一人の
人間としての私の理解している日本でも、それはないからである。森首相が
述べた「日本」は、戦争中の宣伝屋たちが宣伝した「日本」である。それは
歴史の特定の時期の、それもひどい時代の「日本」であり、国際的に大きな
誤解と害悪を招きかねない、自国中心の政治的イデオロギーの色彩を帯びた
「日本」である。私の見る「日本」は、画一的でもあるが、同時に複雑で矛
盾に満ちた「日本」である。それは私の国アメリカや、私の同僚たちが研究
している他の国や社会とまったく同じことなのである。

「日本の読者へ」は2001年2月1日の日付で書かれているので、森氏は首相という
肩書きとななっている。ちなみに、日本のマスコミなどでも、この発言が問題に
なったわけだが、その際、ほとんど常に「神の国」発言として紹介されることに
違和感を覚えていたものだった。
「神の国」だったら、それほど、小生としては問題になるはずもないと思えるか
らだ。神という言葉が複数であり、つまりは八百万の神々のまします国だという
なら、誰もが納得するとは思えないとしても一つの識見ではありえる。まあ、一
部の方々のある種の平凡な(しかし、それはそれで尊重されるべき)常識でもあ
るのかもしれない。
 が、それに「天皇を中心とする」と冠せられると、全く、事情は違ってくる。
冗談じゃないと思えるわけだし、マスコミも森前首相の発言に戦前の危険で狂気
に満ちた時代への復古の念があるのではないか、それを今も念頭に置いているの
ではないかと、追究したのではなかったか。
 しかし、マスコミでの森前首相の発言の名指し方は「神の国」発言に終始した
のだ。テレビのタイトルも新聞での記事の見出しも。ここに小生は、日本のマス
コミの及び腰の姿勢を感じたのである。中途半端なのである。「神の国」発言と
なると、何が責められるべきなのかの焦点がボケているではないか。
 ま、この問題は、ここではあまり深入りしたくない。
 さて、今回は、挨拶だけに留めておく。まだ、本論にさえ、入っていない。中
身も濃いが、先は長い。気長にやっていこうと思っている。

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●3.クロマンタについてご存知ですか

[以下は、クロマンタについて、某サイトに問い合わせた一文です]
 はじめまして。
 日本における古代のピラミッドと目されたりもするクロマンタ(黒又山)につ
いて、皆さん、ご存知でしょうか。
 たまたま小生の主催するホームページで、クロマンタが話題になったのですが、
生憎、小生は古代史や考古学には全くの素人なので、せいぜい、ネットで検索し
て調べて答えるのが、やっとなのです:
 http://www02.so-net.ne.jp/~masakats/kuromanta.html/
 その上で、小生の出した当座の答えというのは、以下のとおりです:

 Uさん、こんにちは。
 あの、クロマンタがピラミッドと決まったわけじゃないし、仮にピラミッド
だったとしても、そこに首長とかが埋葬されているとは限らない。
 そもそもエジプトのピラミッドにしても、近年は王墓ではなかったという説
が出始めている。つまり、ピラミッドは、壮大なる公共事業として国家が(王
が)民衆のために作ったのだというのである。無論、宗教的政治的(つまり両
方を兼ねる祝祭的)象徴として作られたという側面はあるのだろうけど。
 で、クロマンタにしても仮にピラミッドだとしても石を組んでピラミッド型
にしたわけではなく、おわん型の山を加工してピラミッドに模したのだろうと
考えるのが合理的(作業的にも楽だし)。首長も、そんな神か何かとして祭ら
れる山ではなく、麓の何処かに葬られたと考えるのが、やはり合理的だろうね。
 だって、無数にピラミッドを作るわけにいかないのだし。
 いずれにしても、自然の中のある種の驚異を覚えさせる存在を神として崇め
るのは、日本的なんだろうな。単純な感想で申し訳ないけど。

 というわけで、ちょっと当り障りのない答えしか用意できなくて、恐縮してい
るものです。一体、クロマンタとは何か、どこまで研究が進んでいるのか、どの
ような評価が現段階では下されているのか、何か情報をお持ちの方がおられまし
たら、教えていただきたいのですが。

"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
●[後欄無駄]:お知らせなど

 体調不良で今週は、ほぼずっと自宅で静養の形となった。御蔭で(?)読み進
めてきた本も何冊か読了できたし、新しい本に手を付けることもできた。
 読了した本のうち、『エレガントな宇宙』については、簡単な感想文を今回ア
ップできたのも、この余暇の賜物である。また、予想外に早くジョン・ダワーの
『敗北を抱きしめて 上・下』にも目を通し始めることができ、とりあえず日本
語版を出すに際しての挨拶文のなかの例の文句について、採り上げることもでき
た。後者の本は、昨年、かなり話題になった本であり、本メルマガの読者のなか
にも既に読まれた方も多いのではなかろうか。
 小生は、今になってやっと目にする余裕ができたのである。
 実際、非常に中身が濃いし、それでいて戦中・戦後の世相を風俗の面も含めて
分厚く見配りしてあるので、小生は目下、夢中で読んでいる。
 傍ら、過日、紹介したが、リービ英雄・井上博道・高岡一弥の三者の共同制作
の形となる『Man'yo Luster』(ピエ・ブックス刊)を折々繙いて
いる。『万葉集』のうちの秀歌をリービ秀雄氏の英訳、井上博道氏の写真、アー
トディレクターである高岡一弥氏の造形で作られた本だ。
 これは、お茶を喫する時の友達ということになるのだろうか。
 いつかは『古今集』や『新古今集』をと思いつつ、万葉集の引力圏から脱する
ことができないままに、既に10年以上になっている。
 小生の(歌に関する)古典の素養というと、『万葉集』と『山家集』『奥の細
道』に尽きている。傍から見ると随分、狭い世界を巡っているようだが、でも、
自分には豊饒すぎるほど豊かなんだね。タクシーの中で何回、『奥の細道』を読
んだことやら。でも、その感想を書くつもりは当分、ないけれど。

★ 体調によっては入院もありえ、その場合、メルマガの発行が可能かどうか、
 現時点では、不明です。不可となった場合は、後日、何らかの形で御報告させ
 てもらいます。
☆ ホームページに雑文集(9)をアップしました。
 http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/miscell-9.htm
 「安室なみえ」に絡むナンセンスな問いです、 生きることと書くことの間に、
 『御直披』という言葉に篭められたもの 以上3篇で構成されてます。

☆ 著者への御意見・御要望は  kunimi-yaichi@nifty.com
☆ 著者をもっと知りたい方は http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/
☆ 「フェイド・アウト」はネットでも買えます  http://www.boon-gate.com 
☆ 掲示板においでください。
 http://hpmboard2.nifty.com/cgi-bin/bbs_by_date.cgi?user_id=ANB07793


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