劇評ざんまい・東京の当代演劇 |
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○◎★ □□ <劇評ざんまい・東京の当代演劇> □□
◎★
★ 2003年 5月 8日 第44号(隔週刊)
★
●メールアドレス:lyu-wen@lyu-kobo.com ★○
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★0【口上】
演劇の力とは、いかなるものでしょうか。芝居を見た人が今まで
とは違った世界観を持つこと、少なくとも今の日常を見直すような
契機を与えること、そうした力と共に実は歴史を変える力も持ち合
わせているのです。例えば「忠臣蔵」や「新撰組」などはその典型
で、実際の仇討ちや夜警団の話が「美談」として語られ、それらを
脚色した多くの芝居が人気を博し、その結果今日ではそれらを善と
する歴史観が定着してしまっています。しかしながら、歴史の真相
とは、その時どきの当事者の事情でやむを得ず行った言行の累積に
過ぎません。演劇の力とは、このように永い年月を経て社会の認識
に大きな影響を与え得ることもあるのです。
演劇で革命を! ただし、修身、斉家、治国、平天下とはよくい
ったもので、革命の原点はやはり個々人の認識と実践からというこ
とです。認識を新たにするような斬新な作品を見たいものです。
劉 文 拝
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★ 0【口上】/<もくじ>/注記
★ 1【劇評】03023番:絵師・松蔭堂 (放浪見聞録)
★ 2【劇評】03024番:烈々宙王 (ひげ太夫)
★ 3【劇評】03025番:島・isle (東京公演実行委員会)
★ 4【劇評】03026番:四月馬鹿の恋 (鬼界浩巳事務所)
★ 5【劇評】03027番:バタビア! (青年団)
★ 6【劇評】*1101番:秋空マンゴー (カリフォルニアバカンス)
★ 7【劇評】*1102番:「おはよう」の国
(かもねぎショット+オフィスコットーネ)
★ 8【編集後記】
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■注記:「星取表」は、次の基準で採点(5段階)してあります。
【星取表】
戯曲:★★★★★ (戯曲未読の場合は、上演時の物語で判断)
演出:★★★★★ (上演時の舞台上での総合的演出を見ます)
役者:★★★★★ (主演の他、全体のまとまり具合を見ます)
美術:★★★★★ (舞台装置や衣装など、視覚的効果を判断)
音響:★★★★★ (背景音楽や効果音、聴覚的効果を見ます)
制作:★★★★★ (広報やチラシ、会場案内などを総合判断)
■注記:舞踊・舞踏・モダンダンス等も、便宜上「劇評」「観劇」
と記述させていただきます。
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★ 1【劇評】03023番
■演目=絵師・松蔭堂
団名=放浪見聞録
脚本=中村九九朗
演出=中村昭夫
小屋=高円寺:明石スタジオ
観劇= 4月12日夜
時間=80分
公演= 4月10日〜13日(第 2回公演: 6ステージ)
スタッフ:
舞台監督=鈴木健之/衣装=戸ヶ崎花枝/舞台美術=梅沢知成
/照明=高野亜紀子/音響=TAISHI/宣伝美術=そらぎつね/
撮影=TBC /制作=山岸茂樹/企画=放浪見聞録
キャスト:
栖宮純/おのゆみ/ぽた/金箱崇政/こたきみほ/植田理恵子
他
【星取表】
戯曲:★★★ 骨太の物語。人間関係がやや乱雑か。
演出:★★★ 雰囲気のある舞台。もっと情念的でもよい。
役者:★★★★ けれん味たっぷりの主人公は光った。
美術:★★★★ 味わいある衣装、装置。
音響:★★★ 時代を感じさせる音楽。
制作:★★★★ 作話もチラシもセンスがいい。
【劇評】
昭和初期の話。室谷松蔭堂(栖宮純)は人気絵師だった。友人の
江崎(ぽた)は、妻を亡くして以来何やら行動がおかしい。彼は妻
の生き返りを信じて活動写真に通いつめていた。男気あふれる絵師
が一肌脱ぐのにそう時はいらなかった‥‥。夫婦愛と男の友情を軸
に、昭和モダンの雰囲気たっぷりの人情芝居が展開する。
何より主人公を演じた栖宮のけれん味たっぷりの演技が印象的だ。
他の役者もそれぞれに熱演で、好感が持てた。美術も、音響もそれ
なりに効果的で、物語も面白そうな話題だった。ただ、そうしたお
膳立ての割には、人間関係の深まりや話の展開にやや紋切り型な点
が目につき惜しい気がした。
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★2【劇評】03024番
■演目=列々宙王
団名=ひげ太夫
作・演出=吉村やよひ
小屋=駒場:こまばアゴラ劇場
観劇= 4月19日昼
時間= 110分
公演= 4月16日〜20日(第13回公演: 7ステージ)
スタッフ:
舞台監督=三宅通貴/舞台美術製作=山田けんぢ/舞台美術デ
ザイン・作曲=吉村やよひ/照明=三谷洋平/音響=寺沢信/
宣伝美術=渡辺佳代/殺陣・制作=ひげ太夫
キャスト:
吉村やよひ/細川量代/鍵原真澄/神宮陽子/荒川より子/加
藤弘子/渋谷幸枝/石川聖子/山田敬子
【星取表】
戯曲:★★★★ 楽しい。勧善懲悪で夢がある物語。
演出:★★★★★ 全身の表現。素晴らしい。
役者:★★★★★ 個性的だ。一生懸命に楽しんでいる姿がいい。
美術:★★★★ 手づくり感があっていい。。
音響:★★★★ 音響・音楽・セリフによる効果音が絶妙。
制作:★★★★★ 大変そうだが、もっと長くやってほしい。
【劇評】
例によって、アジアン・テイストの冒険活劇だ。奇想天外、荒唐
無稽な話を、面白可笑しく徹底的に全身を使って表現する作劇法に、
毎回感心する。口先だけの会話劇が主流の昨今の現代劇の中にあっ
て、こういう劇団が健在であるというのは、非常に頼もしい。
物語そのものは、いつものように王様がいて、武術に長けた主人
公の男(吉村やよひ)がいて、その師匠がいて、対立する兄弟弟子
がいて、クーデターを企む家臣がいて、恋人がいて‥‥といった具
合の、実に明快な勧善懲悪の時代劇だ。中身のない芝居といってし
まえばそれまでだが、決して空疎な感じがしない。実に楽しい舞台
なのだ。そのエネルギッシュな芝居に、圧倒されつつ時が経つ。
全員女性の役者陣がつける「ひげ」も、個性的になってきていて、
それはそれで楽しめる。組み体操の技も確かに高度になっている。
吉村の演技はもちろん、他の役者にも「遊び」が見られるようにな
り、芝居にコクが出てきた。今後がいっそう楽しみである。
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★3【劇評】03025番
■演目=島・isle
団名=東京公演実行委員会(主催)
作・演出=金相秀(キム・サンス)
小屋=赤坂:国際交流基金フォーラム
観劇= 4月19日夜
時間=85分
公演= 4月16日〜19日( 6テージ)
スタッフ:
舞台監督=伊藤勝昭/翻訳=内山由紀・金松伊・今野和代・張
貴子/舞台美術・音楽=金相秀/照明=明日英勝・松本秀則/
音響=小原木克郎/広報=盧美香・五十嵐ミナ/企画・製作=
Kim Art Institute /主催=<島・isle>東京公演実行委員会
共催=駐日大韓民国大使館・韓国文化院・国際交流基金
キャスト:
冨樫真/中本奈奈/ちすん/伊藤久美子/LEE Na Rae(ヴァイ
オリン)
【星取表】
戯曲:★★ 主題が不明瞭。平板。
演出:★★★ 洗練された舞台。
役者:★★★ 熱演だが、やや力み過ぎか。
美術:★★★ きれいだが、素っ気ない。
音響:★★ 生演奏も効果音も活かし切れてない。
制作:★ 企画の意図がわからない。
【劇評】
物語はと或る離島の言い伝えという形をとる。その島に住む男ら
が漁に出た。その間に一人の女が身ごもる。男らが帰還する時、七
人だけは遭難して島に戻ることはなかった。島には女が島を汚した
からだとか島の霊を怒らせたからだといった噂話が飛び交い、つい
に女は島から追放され、無人島に幽閉されてしまう‥‥。
作・演出の金相秀氏は1958年韓国・プサン生まれで、テレビや映
画でも第一線で活躍している演劇人だという。韓国のアカデミー賞
といわれる大鐘賞を二度受賞していて、「芸術は時代の精神であり、
眼である」という信条のもと、「単純、純粋、洗練」をテーマに作
品を発表している(パンフレット記事より)人である。
実際、今作は物語としては「単純」であり、そのいわんとすると
ころも「純粋」、表現様式も「洗練」されているといえる。ただ、
舞台表現としてそれらが束ね合わされた結果はどうだったかといえ
ば、評者の目からは「力不足」だったといわざるを得ない。いうま
でもなく、舞台の上で表現された世界と、その作り手の過去の実績
や名声などは全く関係はない。その場でダメならば、ダメである。
では今作では何がダメだったのか。それは、一つには作品の趣旨が
あいまいだった点、一つには舞台の至るところから作者の「おごり」
といったものが臭って来た点である。
前者については、日本の植民地支配へ「恨(ハン)」を核とし、
「島」という閉ざされた状況下での人間の魂の在り様といったもの
を描きたかったのだと思われるが、現在と過去の日韓両国の関係の
変化や世代による歴史認識の違いなど、微妙ではあるが最も核心的
な部分についての作者の姿勢が表現できていない。劇中、数度にわ
たりジェット機の爆音が流れるが、舞台の雰囲気とは調和していな
い(意識的にそうさせたのであろうが)し、それが自衛隊のものな
のか、アメリカ軍のものなのか、或いは北朝鮮軍のものなのか、そ
うした区別は無意味なのか、作者の意図が不明瞭だった。
後者に関しては、広い舞台の四隅に四人の女優を配し、ヴァイオ
リン奏者を控えさせ、クールで抽象的な空間を創出してはいるが、
例えばなぜ四人の女性が次々と語り継ぐのか、なぜ共通語で語るの
か、なぜタライに落ちる水を本物の水としなかったのか、なぜ劇中
にヴァイオリン曲を効果的に演奏させなかったのか、基本的な矛盾
点がどれ一つとして説明できないのだ。そして、何より作者は観客
をどう見ているのか‥‥メリハリのない一方的な語り、それも恨み
ごとを並べただけでは、観客の方は飽きてしまうということが理解
できていない、もしくは理解しようとしていない、つまり「おごり」
としかいいようのない姿勢が見え隠れし、実に不愉快だった。
また、出演者のうち二人が急遽交代している。チラシとパンフレ
ットで違っているということから推して、稽古途中からの交代劇で
あったようだ。いわゆる演出家のわがままといったものでなければ
よいが‥‥。事の真相はわからないが、まあ役者よりも作品や演出
の質そのものの方が問題だったように、評者は思う。
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★4【劇評】03026番
■演目=四月馬鹿の恋
団名=鬼界浩巳事務所
作=山下まさる
演出=古郡雅浩
小屋=下北沢:駅前劇場
観劇= 4月20日夜
時間= 100分
公演= 4月16日〜20日( 6ステージ)
スタッフ:
舞台監督=赤羽三郎/照明=宮野和夫/音響=小笠原康雅/宣
伝美術=山崎朋博/イラスト=矢島まさひろ/制作=The Gene
ral
キャスト:
鬼界浩巳/金田遊希/富浜薫/皆木正純/橋本きよみ
【星取表】
戯曲:★★★★ 丁寧な描写、淡々とした物語。
演出:★★★ 笑いとシリアスさが調和。
役者:★★★ 個性的。
美術:★★ シンプル。
音響:★★★ ビバルディはやや大仰か。
制作:★★★★ 地道な公演活動に好感。
【劇評】
エイプリル・フールの日のと或る夫婦の情交を丁寧に描いた物語。
ウソをつくことを巡るシニカルでユーモアのある芝居で、小説講座
に通う妻を演じた富浜の演技が目立った。また、軍人将棋とか、清
少納言や紫式部とか、マリーアントワネットとかの逸話を淡々と語
る男を演じた鬼界の演技も味わい深いものだった。全体として、人
間の存在とか死についてじっくり見つめ直そうという作者の姿勢が
読みとれる落ち着いた作品だった。
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★5【劇評】03027番
■演目=バタビア!
団名=青年団
作・演出=バリー・ホール
小屋=駒場:こまばアゴラ劇場
観劇= 4月26日夜
時間=80分
公演= 4月24日〜29日(青年団国際演劇交流プロジェクト公演
: 9ステージ)
スタッフ:
翻訳=松田弘子/美術=鈴木健介/照明=西本彩/宣伝美術=
初瀬健大・太田裕子/制作=松尾洋一郎・澤藤歩・吉野さつき
総合プロデュース=平田オリザ
キャスト:
山内健司/足立誠/松井周
【星取表】
戯曲:★★★ 欧米人らしい巧妙な構成。日本人にはどうか。
演出:★★ あまりに平板。
役者:★★★ 巧みだが、もっと個性がほしい。
美術:★★★ 簡素ながら雰囲気のある舞台。
音響:★★★ 挿入歌はよかったが、原作との差異が‥‥。
制作:★★ 原作と上演作との違いを整理して示すべきか。
【劇評】
中央に長脚の付いた人間大の(手品で用いられるような)箱が置
かれ、その他にはこれといった物がないシンプルな舞台。意味のわ
からない語りの交錯。雰囲気としては、ベタな不条理劇だ。恐らく
は一人の女性の死を直視した作者の、独特な精神世界を反映した小
品というべきか。語られる世界観やイメージが豊かであり、全体と
して静謐な雰囲気を巧みに創出しているという点では優れていると
いえるだろうが、果たして日本語の作品としてはどうか。
例えば、「エストニア」の母娘についての語りがあったが、いき
なり「エストニア」といわれても私たちにはピンと来ない。また、
「教皇」とか「司教」とかが語られるが、これも我々の日常とは無
縁の存在である。どうして旧教なのか、また作者がどれだけ宗教的
な人間なのかは知らないが、何かというと「神」を持ち出す彼らの
志向には、ほとんどの日本人の観客が「退屈」だったはずである。
評者のように「この世に『神』(天主)などいる訳もなく、まして
や『神』がこの世を創ったという伝説を真実として真顔で説教する
ような独善的な輩とは話もしたくない」と常日頃から念じている人
間にとっては、原作者には気の毒だが、こうした類の物語は全く馬
鹿げたウソ話としか受けとめられないのである。
そして、それを真に受けて「伝道」する日本人も日本人であると
いわざるを得ない。彼らの宗教を本当に真摯に受け止めているなら
ば、括弧付きの「神」のような中途半端な扱いはしないはずだ。つ
まり、一たび日本語で発せられたならば「カミ」とは、我が八百万
の神であるべきで、また今作のようなシリアスな作品ではより一層
注意深く扱ってしかるべきだろう。どうしても、「天主」の意味で
「神」と翻訳したいのであれば、観客の大部分がクリスチャンでは
ない日本人であるということに何らかの配慮をするべきだったと思
う。
また、劇中の挿入歌も原作は「ミッキーマウス」だったというが、
何と「インターナショナル」に換えられていた。著作権云々により
代替の歌を探した結果というが、これもどうだろうか。アメリカ人
が「ミッキーマウス」でよしとしたものを、日本人が「インターナ
ショナル」に換えてしまった。無邪気な資本主義の賛歌が真摯な革
命の賛歌に換えられてしまった訳であるから、それだけに限ってい
えば、相当な改変であり、果たしてそれが正しかったのか‥‥。
三人の男たちが語る「女性」は魅惑的で、その死さえも美しく感
じられる。格調高くなおかつユーモラスでもある「インターナショ
ナル」もいい味を出している。だが、繰り返すが原作は「ミッキー
マウス」なのだ。アメリカ人にとっての懐かしの歌、子守唄といっ
た歌を基調にした語りと、労働歌(それも時代錯誤の革命歌)を基
調にした語りではどう考えても違うだろう。今作は作者自身が演出
家を兼ねた作品とのことだが、その辺りのズレをどう認識していた
のか、知りたいところでもある。‥‥余談だが、「インターナショ
ナル」は、その歌詞は別として、旋律の雄々しさはいい感じだと昔
から評者は思っている。映画「レッズ」のウォーレン・ビーティの
雄姿を思い出してしまう。
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★6【劇評】*1101番
■演目=秋空マンゴー
団名=カリフォルニアバカンス
作・演出=池里ユースケ
小屋=目白:アイピット目白
観劇=11月 2日夜
時間= 120分
公演=10月28日〜11月 3日(第 9回公演: 8ステージ)
スタッフ:
舞台監督=吉岡伸洋/照明=宮崎正輝/音響=原陽子/舞台写
真=米沢耕/広報=金倉英明/WEB 担当=五味史郎/制作=カ
リフォルニアバカンス制作部
キャスト:
阿部純三/石田真一/大口達也/小嶋誠/小杉麻奈美/塩田良
平/田中美穂/中澤健太郎/室野尚武/宮健一/安田陽子
【星取表】
戯曲:★★★ 会話が面白い。
演出:★★★★ ベタな笑いが効果的。
役者:★★★ 熱演だが、力量に個人差も。
美術:★★★ こぎれい。
音響:★★★ シンプル。
制作:★★★★ リアルタイムの風刺があれば完璧。
【劇評】
面白い、というよりバカバカシイ芝居だ。バカバカシクて笑える
実に面白い芝居だった。舞台は建物の屋上。歯科医師の富田(阿部)
はペットボトルのロケットを発射させるのが楽しみ。デートが気に
なる友人の茂樹(大口)らが見物に来ていたが、そこへ仙人(室野)
が天から降りて来る‥‥。その他、ゲイやチンピラやお坊ちゃま等、
出て来る人物がユニーク極まりない。屋上が爆破されそうになると
いう事件を軸に、全編が滅茶苦茶なナンセンスやベタなギャグの応
酬で占められている。
笑い過ぎて、見ていて疲れてしまうほどだが、その実ヒューマン
・ドラマとしての骨格もきちんと据えられているので、表面上の支
離滅裂さとは別に、話としては常識的な線で落着している。その辺
が、良い意味でも悪い意味でも作者の計算高さ、巧さということな
のだろう。今作が初見であるので、これ以上は何ともいえないが、
とにかくそのパワーと説得力のある笑いには敬意を払っておきたい。
これで現在の社会を風刺するようなカリカチュアが盛り込まれてい
たら、怖いものなしの芝居になったろう。いずれにせよ、今後の展
開が楽しみな劇団である。
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★7【劇評】*1102番
■演目=「おはよう」の国
団名=かもねぎショット+オフィスコットーネ
作・演出=高見亮子
小屋=新宿:シアタートップス
観劇=11月 3日昼
時間= 120分
公演=10月22日〜11月 3日(13ステージ)
スタッフ:
舞台監督=尾崎裕/舞台美術=加藤ちか/照明=中川隆一/音
響=藤田赤目/振付=伊藤多恵/撮影=伊藤雅章/宣伝美術=
京/製作=オフィスコットーネ/主催=かもねぎショット
キャスト:
井上加奈子/多田慶子/大草理乙子/高田恵篤/宮島健/米田
亮/高見亮子/栗栖千尋/笠久美/大城誉/今井美佐穂/落合
友美/林知恵子/山本幸司
【星取表】
戯曲:★★★★ 楽しい芝居。真摯な眼差しがいい。
演出:★★★★ フラメンコもあり豊かな劇世界を創出。
役者:★★★★ 味わい深い演技は極上。
美術:★★★★ 華やかかつ抑制のきいたきれいな舞台。
音響:★★★ 楽しく落ち着いた音。
制作:★★★★ 大人のメルヘン。じっくりと見たい作品。
【劇評】
枠を選ぶ女性のナンセンス芝居。透明人間になった王様が、或る
夫婦の日常に紛れ込むというメルヘン・タッチの物語を借りて、あ
たかもこれまでの人生をそのひだを一つ一つたたみ込むような丁寧
さで喜劇は進行する。それは、自分の心の中や夫婦の関係や、自分
たちの将来などといった問題と、作者がじっくり向き合った結果の
思いが表されたものなのだろう。ほのぼのとした可笑しさの中にキ
ラリと垣間見る作者独特の悲哀が、この芝居に奥深さを与えている。
「おはよう」というと朝になる国という設定がいい。それだけで
も楽しく見ることができる。が、多田や高見はいうまでもなく、妻
を演じた井上、夫の米田、そして王様役の高田らベテラン陣の演技
が実に生き生きとしていて楽しかった。
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★8【編集後記】
今年も終わります。とうとう参戦を阻止することはできませんで
した。戦争をしない。この一点こそが、わが国家の存在意義の証で
あったはずなのに‥‥。たった一人のバカのために、日本人の誇り
が失われてしまいました。来年からは「テロリスト」との千年戦争
が待ち受けています。スイッチを押してしまったのはこちらですか
ら、何が起ころうとも文句はいえません。無力で愚かな我々国民は、
ただひたすら後悔し「覚悟」するのみです。
そうした状況にあって、演劇の力とはいったい何なのでしょうか。
この戦争を止められなかったこと。これは結果的には政治の問題で
すが、原因を探ると、やはり我々の文化の根にある無責任さという
病が引き起こしたものではなかろうかと推測せざるを得ません。先
号でも述べましたが、日本人の病‥‥他力本願こそがアメリカ追従
の政治を許し、無関心というさらに悪質な疾病の併発が、今次の参
戦を導いたのだといって過言ではありません。この点では、小誌上
でしか反戦・反米を訴える術を持たぬ立場であるとはいえ、評者も
自らの行動力のなさを反省しています。
演劇で革命を! 現行のこの愚かしい社会の制度を根底から覆す
ことこそ、我々日本列島に居住する島民の責務ではないのでしょう
か。列島の至る市町村で暖かい新庁舎のふわふわとした椅子に座り
お茶をすすりながら、安穏と「仕事」をしている役人どものほくそ
笑みを思い起こして下さい。彼らのいったい何人が住民のために真
剣に生きているでしょうか。そんな人間は皆無です。保身の塊のよ
うな連中が「公僕」として就業していることこそ、この国が腐り切
っている証です。主権在民などと憲法のきれいごとに騙されて、彼
らのいいなりになって納税しているのですから、我々国民もバカに
されたものです。
今のこの閉塞した時代、奴らがこの島を支配しているのです。私
たちの血と汗にまみれたわずかな収入を、根こそぎ奪取して平然と
我が物としている彼らこそ、この列島から叩き出して然るべきです。
革命を! 革命を! 役人の総入れ替えを実現し、真にこの列島の
住民の福祉を考える人間だけを選出する仕組みができないものかと
評者は悶々としています。暴力による革命は暴力しか呼びませんが、
「法律」という暴力による支配を破壊するにはどうしたらよいので
しょうか。理由もなく軍隊を海外派兵する前に、どうせ持て余した
軍事力ならば、国内に巣食う「国賊」どもを駆逐するのに使ったら
どうでしょうか。
という訳で、この大不況の最中のイラク派兵など言語道断です。
私たち日本列島の住民は古来様々な民族を受け入れ、協調して生き
てきた実に平和な思想の持ち主だったはずです。しかも、それでい
て前世紀中葉の数年を除き世界でもほとんど唯一ともいい得る、他
国の支配を受けなかった稀少かつ誇るべき歴史を持つ国民でもある
のです。その誇るべき歴史に泥を塗っているのが、現政府です。自
ら好んで「鬼畜米英」の走狗となっている情けないあり様は、腹立
たしい限りです。そうした意味からも、現政府は即座に打倒せねば
なりません。
以前にも触れましたが、評者は社会主義者でも共産主義者でも、
ましてや国粋主義者でもありません。そして、残念ながら愛国主義
者でもありません。明らかなのは、反米英主義者であり、反資本主
義者であるということです。何々主義という形容にも違和感を覚え
ますし、第一無学な評者はそんな大それた「主義」などは持ち合わ
せてはおりません。しかし、自らの考えにあえて命名するならば、
それは「愛島主義」、或いは「慈悲主義」とでもなりましょうか。
「愛島主義」、つまり「日本国」といった狭い了見の政治単位な
どは、いつ滅んでしまっても構わないというのが評者の本音です。
国破れても山河は絶対にあるのですから、個々人さえしっかり生業
を守っていられるのならば、今日のような「日本国」などいつ滅ん
でも一向に構いません。この島の歴史を顧みても、現在では国家と
国民の象徴的な存在だとされている御方など、元来この島には無用
の存在だったはずです。‥‥彼の先祖だとされている連中が「大王」
として君臨し始めたのは、たかだか千数百年前の話であって、それ
以前のはるか永きに渡って、この島にはそんな支配者など存在しな
かったのですから。この島は大陸の東端の海上、つまり世界の果て、
世界の吹き溜まりの位置にあって、誰でもどこからでもやって来る
ことができ、自由に平和に暮らせた豊かな島であったはずなのです。
この美しい列島に生きることができて幸せだったといえるような世
のあり方こそが、評者の望むものです。
そんな平和な島が評者の理想の「国」ですが、そこで不可欠なの
が「慈悲」の思想です。ところが、弱肉強食を礼讃する「米英の鬼
畜ども」には、その肝心の人間らしい思想が全く見受けられません。
人間の地位はもちろん善悪正邪から存在価値そのものまでが、全て
保有するカネの量によって決められるという思想。およそ馬鹿馬鹿
しいこの価値判断に毒された人間を、カネには全く縁のない評者は
「愚か人」と呼び心底軽蔑します。この「愚か人」が最も過ごしや
すい社会の仕組みが、すなわち資本主義であり、その代表的な国家
が米英である訳です。日本はその走狗と化して久しく、近年は中国
も自ら「鬼畜」への道を爆走しています。ですから、このままでは
いずれは中米による「鬼畜戦争」は避けられそうもないでしょうし、
その代理戦争として朝鮮半島やわが島が戦場となる可能性も少なく
ありません。それはそれとして、一日も早く「鬼畜ども」との付き
合いは解消すべきだと、訴えておきます。
思えば、今次のイラン侵攻への参戦も、次なる大戦争への一前哨
戦として心得ておくべきなのかもしれません。つまり、列島が大地
震時代に突入したのに時を合わせるかのように、政治上でもわが国
は大戦争時代に突入してしまったといった方が正しいのでしょう。
テロリストとの千年戦争と対中国・アジア諸国との怨念の永久戦争
が、この国の未来には控えているのです‥‥。本来的には、アメリ
カの犬になっている場合ではないはずなのです。
そのアメリカでは「終戦」後、すでに三ケタの死者が出ています。
日本も「同盟国」ならば三ケタまでは出す必要があるでしょう。自
衛隊という名の国軍兵士諸君には申し訳ないですが、それによって
阿呆な首相のメンツが保たれるとしたら、それは喜んで死にに行く
べきかもしれません。何しろ、どんなバカでも「首相」は「天皇」
の次にエライということになっているのですから、現在の「法律」
では。そして、そのバカを選んだのは我々愚かな国民なのですから。
まあ、戦死するその時には「ハイル・ヒトラー!」とか「天皇陛下
万歳!」とか「フォー・ザ・フラッグ!」とか、いや「コイズミノ
大バカヤロー!」でも、何でもいいから景気づけの言葉の一つも決
めておいた方がよいかもしれません。‥‥どうせ犬死になのですか
ら。戦争に大した理由などはないのですし、戦死というのは結局の
ところ運が悪かった人のそれこそバカバカシイしい死に様以外の何
ものでもないのですから。
日本人の良い点は、約束を守るということです。また、悪い点は
何事にも規則を作りたがることです。ですから、規則がやたらに多
くて、それをいちいち守る日本人と付き合うということは、多くの
地球市民(日本人から見た外国人全般)からしてみれば、大変に骨
の折れることなのです。‥‥評者は実際そういう愚痴を外国人の知
人から聞いたことがあります。確かに、約束は守らない、規則も作
らないというのでは困りますが、日本人のように律儀過ぎるという
のも実は世界の人々から見れば困ったことの一つだといい得るので
す。ですから、日米同盟の大義の下、アメリカ軍の指揮下に軍隊を
派兵するなどといったナンセンス(「日米安全保障条約」のどこに
イラクまで行ってアメリカ軍のいいなりになるなどという条項があ
るのでしょうか)なパフォーマンスを律儀に約束してしまう日本人
というのは、地球市民の眼からはただのバカなお人好しとしか映ら
ないのです。決して「名誉ある地位を占める」ことには通じません。
これで日本でテロが起こりでもしたら、とんだお笑いぐさです。
話が堂々巡りして来ましたので、この辺で終わりにします。演劇
で革命を! 新たな年もこれだけは訴え続けて行きたいと思います。
そして、役人と役人に媚びる売国奴のいない平和な列島を! 資本
主義のない演劇を心底楽しむことができる善意あふれる世の中を!
と祈りつつ、筆を納めます。
依然、刊行が遅れておりますことをお詫び申し上げます。
劉 文 拝
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<劇評ざんまい・東京の当代演劇> 2003年`5月 8日 第44号
発行者 劉 文
・ご意見・ご質問は、lyu-wen@lyu-kobo.com まで
お願いいたします。
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