段躍中(日本僑報社編集長・日中交流研究所長)が執筆し、選んだ豊富な情報を毎週水曜日お届け。98年創刊以来、700号以上を無料で発行し、日中交流・在日中国人情報を知る上で欠かせないと自負。【まぐまぐ大賞2006ノミネート】
- 最新号:2008-10-08
- 発行周期:週刊
- 読んでる人:1064人
- 創刊日:2000-12-08
- Score!:90点
- コメント数 : 16
- メルマガID:26085
- バックナンバー:全て公開
- 発行者サイト:あり
- >> 月間ランキング
在日中国人動態20050427
発行日: 2005/4/27━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
日本僑報電子週刊 第474号 2005年4月27日(水)発行
http://duan.jp 編集発行:段躍中(duan@duan.jp)
■段躍中日報 http://duan.exblog.jp/■
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■岩城夫婦著書『大陸逍遙』刊行特集■
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■目次■
●特別転載★推薦のことば/林 林(詩人・中日友好協会副会長)
推薦のことば/呉汝俊(音楽家・京劇俳優)
内容紹介
目次
事の始まり
日本語版に向けて
著者略歴
●編集後記★中国の上海からこの本を皆さんに推薦致します。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
●特別転載★推薦のことば
素晴らしいですね。岩城さんの作品の中に、「秋老虎」という、中国語
を使ったのがありますね。これは、俳句の言葉の範囲が広げられること
になりますね。お祝いしたいと思います。ご夫婦が一緒に句を作ったり、
本を綴ったりするのは、実に素晴らしいことです。(本書より)
林 林(詩人・中日友好協会副会長)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
●特別転載★推薦のことば
この本の「ことば」の中には人と自然への愛とやさしさのメロディが
聞こえます。国や人の境界線をなくす豊かな人間性。まさしく私が知っ
ている10数年来おつきあいしてきた岩城さんご本人の変わらぬ温かい
笑顔と心が見えます。謝謝!
呉汝俊(音楽家・京劇俳優)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
●特別転載★内容紹介
日中両国で特派員が交換されるようになって四十年、これまでに夫々
の国に駐在した記者は五百人を超える。その中に、中国大陸の各地を逍
遥しながら、見たまま聞いたまま、中国のありのままの姿を俳句と随筆
で記録していた日本人記者夫婦がいた。
時は九〇年代、中国が名実ともに大国に向けて舵を切り、猛然と進み
始めた頃。経済協力、天皇訪中と日中関係も大きく変わり始め、同時に
さまざまな摩擦も表面化し始めた。この時期、中国の一般市民は何を考
え、大陸の各地では何が見えたのか。散文によるスケッチは、ニュース
では伝えきれない現代中国の実像を鮮やかに描き出した。時に爆笑した
り、苦笑したり、そしてほろりとさせられる筆致は、著者夫婦が中国の
社会に素直に、そして深く溶け込んでいたことをうかがわせる。詩人で
漢字俳句の第一人者である林林氏を夫婦で訪問し、新たな面で日中間の
交流を模索した一幕も描かれている。
一方、いま様々な局面で表面化している日中間の問題は、夫々がお互
いの姿を等身大で見ていないからではないかと著者夫婦は指摘する。政
治評論でも分析でもない本書が、何より明らかに問題の所在や原点が、
この九〇年代にあったことを浮かび上がらせた。本書はもともと、著者
夫婦の友人である中国人ビジネスマンが翻訳して中国で出版されること
を目的に書かれた。中国でも異例且つ画期的な出版、その原作である。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
●特別転載★目次
事の始まり
日本語版に向けて
本編
酩酊散人篇
晴雨篇
林林先生訪問記
断章・再見
あの日のこと(晴 雨)
その日のこと(酩酊散人)
帰 国(晴 雨)
その後のこと(酩酊散人)
あとがき
岩城さんご夫妻のこと
俳句作品一覧
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
●特別転載★事の始まり
私が東京放送の特派員として北京駐在を命ぜられ、赴任したのは、一九
九一年七月のことである。当時、東京から北京までは、飛行機で四時間
余りを要した。飛行ルートが、今のような朝鮮半島上空経由ではなく、
上海上空経由だったからだ。
入道雲をかきわけるように着いた北京首都国際空港。やっと辿り着いた
大陸。その心境を私は次のように詠んだ。
〈1〉雲の峰いま大陸に立てりおり
やっと辿り着いたという心境に至るには、物理的な飛行時間だけではな
い幾つかの、理由がある。
私はそれまで、放送記者として十三年間、様々なテーマを追ってきた。
社会部記者として、政治部記者として、外信部記者として、報道番組の
ディレクターとして。その現場の至る所に中国の存在が見え隠れしてい
た。
特に政治部在籍時代には、八七年一月の自民党竹下登幹事長に同行した
のをはじめ、八八年の竹下登首相同行、八九年の伊東正義日中友好議員
連盟会長の同行と、三度の訪中を経験した。
しかし政治家の同行というのは、限られた日程の中で会談の取材が続く
上に、行動範囲が極めて狭い。だから、「中国へ行って来た」と言うに
しては、やや希薄な、瞬間的な体験にとどまっていた。
それ以外には中国への出張の機会は、そうそうあるものではなかった。
八〇年代は、中国への出張ということ自体が、まだ珍しかった時代であ
る。中国はいつも、近くて遠い存在であり続けた。そしていつかは中国
をこの目で、じっくりと見てみたいと思い続けてきた。
降り立ったのは、今は国内線専用のターミナルとなった古い空港ビルで
ある。毛沢東の筆跡で「北京」の看板文字が設えられているのが印象的
だ。市内までの高速道路はない。「空港路」を、馬車の合間を縫うよう
に通った。
出迎えてくれた前任者が、自らハンドルを握る。ゴトゴトと音を立てな
がらゆっくり走る車。彼が口を開いたのは、とある橋にさしかかった時
だった。
「今通っている橋は『涙橋』と言ってね。北京駐在を終えて帰国する時
に、色々な思いがよぎって、誰もがここで涙するんだそうだ」。
首都空港に漂う独特の匂い、消毒液と香辛料が混ざり合った……。そし
て空港路と潮白河に架かる涙橋は、私の中国体験の原風景となった。
そして、近くて遠かった、中国という極めて気になる存在が、今まさに
目の前にあるのだという実感が、立ちつくす足の裏からこみ上げてきた
ようだった。言葉を失ってただ立ちつくした。
◇
俳句は日本文学の一つの体系であり、世界最短の詩と言われる。上五字、
中七字、下五字の三句十七文字で構成する基本形式は、俗に「五七五」
と呼ばれる。そこに季節を表す「季語」を入れる。他には特別なルール
はほとんどない。
短い詩であるから虚飾の入る余地がない。とにかく素直に詠む。「俳聖」
と呼ばれた日本の江戸時代の俳人松尾芭蕉は、「俳句は三尺の童子にさ
せよ」、つまり背丈一メートルほどの子供のごとく、曇りなき目で詠め
と言った程である。
一瞬の見たこと、感じたことを詠む作業は、あるいは写真を撮る作業に
似ているかもしれない。せっかちな私には、結構気に入った作業ではあ
るのだが、実はこれを始めた動機は、威張れたものではない。妻がやっ
ているのをみて、対抗心から始めたにすぎないのだ。
妻は、天気予報の仕事に携わっていた当時、俳句結社「童子」に参加し
て、辻桃子師の指導を受けていた。天気予報にあやかって、俳号は「晴
雨」である。
私も遅れて、同じ結社に参加することにした。俳号は「酩酊散人」。酒
を愛し、仕事で旅することが多いのにかこつけて、中国の詩人李白を気
取りたかったのだが、これは自分自身を風刺するに止まってしまった。
そういう不純な動機で始めたものであるうえに、どう見ても個人の趣味
の範囲を超えるものではないし、まして人様に開陳するほどのものでは
ないのだが、何故かこれが北京で過ごすうち、何人かの中国の友人の目
を引くことになった。文学というほど肩肘張った感覚ではなく、スナッ
プ写真のように簡単な、誰にでもできる手軽さが新鮮だったのかも知れ
ない。
そして、妻に至っては、北京の外交人員服務公司で日本語を仕事にする
人たちの前で、俳句講座を行うことにもなってしまった。
時に途絶えがちになる作業も、ことここに至って、「先生」などと呼ば
れるに及んでは、夫婦共々やめることもできず、とうとう作句経験だけ
は今につながることになったというのが実情である。
当時、私たち夫婦を叱咤し続けてくれた一人が田建国さんである。彼は
九一年から九五年にかけての私の在任当時、支局の重要なスタッフであ
った。世紀が変わろうとしている二〇〇〇年春、出張で再訪した北京で
田さんと彼の夫人の董燕さんに会った。
そこで、「ご夫婦が中国滞在中に書かれた俳句を、中国語に翻訳してみ
たいのですが」と切り出された。「当時の中国の姿を、これほど素直に
表しているものはないと思う」というわけなのだが……。
確かに日本では、現代中国を伝える作業は数多く行われている。しかし
その多くは、政治、経済、社会分析などの論文や評論が中心だ。
ごくふつうの中国人との出会いや生活を散文的手法で綴った作業は、そ
れほど多くは行われていない。従って、日本人が現代中国のまっただ中
で、何を見てどう感じたか、という最も素朴な散文が、中国語になった
というケースも、それほど多くはないことを知った。
自分たちの書いたものがその題材に適しているかどうか、私たち夫婦は
まったく自信がない。だが、田さん董さん夫妻は何しろ、対日本ビジネ
スの最前線で活躍中であるばかりでなく、日本語や日本文学の研究も独
自に続けている俊英である。
お二人の力を借りられるならば、敢えて、蛮勇を奮ってみようと思い立
った次第である。詩の分野では、中国は有史最古の歴史を持つ国である。
日本が中国から輸入した漢詩。そこから派生していった世界最短の形式
の詩を、再び原点である世界最古の詩の形式に翻訳する……。その挑戦
的な試みにも、大きな魅力を感じた。
幸いにして私たちはともに、この分野の先人であり泰斗である、林林先
生の教えを乞うたことがある。林林先生との会見記は、本編に譲るが、
その時既に、私たちのこの共同作業が、事実上始まっていたのかも知れ
ない。
本編の内容、特に俳句の部分が、感銘を与えたとするならば、その大方
は田・董夫妻の翻訳の功績と林林先生の教えによるものであり、叱責に
値する部分があるとすれば、それはひとえに、著者が負うべきものと解
していただきたい。
二〇〇四年、薫風の頃 千葉県の豪興寓居にて
酩酊散人・岩城浩幸
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
●特別転載★日本語版に向けて
経過を記したとおり、本書はもともと中国の読者に向けて、翻訳篇だけ
を想定して書かれたものである。だが、私たち夫婦が日記やメモのつも
りで書いていた俳句や雑文、つまりベースになっている日本語の文章は、
本来は公開を考えて書いていたものではなかった。
そこで、中国の読者向けに公開するにあたって、それなりの加筆をした。
そして、その都度、田さん董さん夫妻にお送りしては、中国語に翻訳す
る作業をしてもらった。その結果出来上がったのが「原稿」である。つ
まり原作は日本語だが、原版は中国語である。
田さんが製本してくれたこの原稿には、二人の元駐日本特命全権大使、
宋之光先生、楊振亜先生が、それぞれ題詞を寄せてくださった。また、
中国書法家協会の劉炳森副会長が、題字の筆を執ってくださった。
これだけでも身に余る光栄だったのだが、北京の五洲伝播出版社がこの
原稿に興味を示してくれた。筆者の話を直接聞きたいということで、ち
ょうど出張で滞在していた二〇〇四年五月のある日、編集室のとう錦輝
主任のもとを訪ねた。その場で、とんとんと出版の話が進み、日本語を
原作とする中国語の俳句・随筆集という異例の形の出版が実現すること
になったのである。
ここまでは想定の範囲だったのだが、そこで話が終わらず、日本語の原
作そのものが出版されるに至ったのは、日本僑報社の段躍中編集長の強
い勧めがあったからである。中国で本が出来上がるのを目前にしたある
日、段編集長と久しぶりに会い、東京の夜景を眺めながら食事をする機
会があった。その際に段編集長が、日本語の原文を見てみたいと話され、
翌朝にはもうその価値を認めてくれたのである。
日本で出版される以上、もともと「中国仕様」になっていた原稿を、縦
書きの「日本仕様」にするなど、若干の変更作業を行った。しかし、加
筆、修正などは最低限にとどめ、中国語版に可能な限り忠実であること
につとめた。日本人の読者が目にした時に、説明が過度と思えるところ
や内容の重複に気がつかれると思う。そこは、中国人の読者を前提とし
た、本書の元々の性格によるものとご理解いただければ幸いである。
二〇〇五年 桜の頃
著者
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
●特別転載★著者略歴
岩城浩幸(酩酊散人)、一九五六年東京都生まれ、七八年早稲田大学
政治経済学部政治学科卒業、同年 東京放送(TBS)入社、報道局社
会部、政治部、外信部、編集部を経て、九一年から九五年まで北京支局
長。帰国後、外信部デスク、JNNニュース編集長、「JNN報道特集」
キャスターを経て、現在は報道局解説委員。
岩城敦子(晴雨)、一九五八年茨城県生まれ、八一年国立音楽大学教
育音楽科卒業。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
●編集後記★中国の上海からこの本を皆さんに推薦致します。
このメールマガジンを皆さんのパソコン送られたときは、発行者の私が
北京取材を経て、上海に来ています。そのため、上海から皆さんに「大
家好」を申し上げます。
では、今回のメールマガジンは、岩城浩幸・岩城敦子ご夫婦の素晴らし
い著書『大陸逍遙』を皆さんに推薦します。北京上海での取材内容は、
日本に戻ってから編集して送り致します。
この本は、日本僑報社の日中記者交換40周年記念出版の一冊として刊
行したものです。特派員による日本語著書は少なくとも100冊以上あ
りますが、夫婦共著の本は余り無いと思います。特に岩城浩幸さんは放
送記者ですので、テレビを通して視聴者に情報を送ってきていますが、
今回の処女作を拝見して、大変感心しました。
それから、推薦者の二人のメッセージを見て頂きますと、とても意味深
いと思います。林林さんは中日文化交流において、大変有名な方で、日
本の俳句・中国の漢俳に関する造詣も深い方です。呉汝俊さんは俳人で
はないですが、俳優です、同じ「俳」がついてありますから、著者の俳
句とエッセイからいろいろな面白いことが見いだせるでしょう。
それでは、また日本であいましょう。
段躍中@2005年4月27日午前零時・上海にて
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
日中関係・華僑華人情報専門誌・毎週水曜日発行 編集発行:段躍中
1998年8月創刊・無断転載禁止。
著作権は日本僑報社またはその情報提供者に帰属します。
情報のご提供と問い合わせはduan@duan.jpへどうぞ
●中国研究書店e-shop→http://duan.jp●
■登録・解除http://www.mag2.com/m/0000005117.htm■
◇掲示板http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00026085/◇
■段躍中日報 http://duan.exblog.jp/■
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
このメルマガを読んでいる人はこんなメルマガも読んでいます
- Japan on the Globe 国際派日本人養成講座
- 日本に元気と良識を。歴史・文化・政治・外交など、多方面の教養を毎週一話完結型でお届けします。3万4千部突破!
- ワールド・ニューズ・メール
- 世界各地に滞在し、その国の空気を吸って生活しているライターが、現地の目と日本人の目で多角的に分析したレポートです。毎週2回の配信で、世界を一つかみし...
- 週刊アカシックレコード
- 02年W杯サッカー韓国戦の「誤審」を世界で唯一「前日」に誌上予測し、誤審報道を「常識化」した推理作家(金正日の「遺書」で始まる「中朝戦争」後の北朝鮮...
- 宮崎正弘の国際ニュース・早読み
- 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析
- 新華タイムズ(中国新華社日本語情報)
- 中国政治経済情報の出所は新華社新華網にあります。新華網情報を配信できるのは、当社だけです。得難い中国情報を最高のブランドでお読み頂けます。
![メルマガスタンド[メルマ!]](/img/common/backnumber_article/melma_logo.gif)


