段躍中(日本僑報社編集長・日中交流研究所長)が執筆し、選んだ豊富な情報を毎週水曜日お届け。98年創刊以来、700号以上を無料で発行し、日中交流・在日中国人情報を知る上で欠かせないと自負。【まぐまぐ大賞2006ノミネート】
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在日中国人動態 20041110□『ゴッドギャンブラー』刊行特集□
発行日: 2004/11/10━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
日本僑報電子週刊 第432号 2004年11月10日(水)発行
http://duan.jp 編集発行:段躍中
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□『ゴッドギャンブラー』刊行特集□
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■目次■
●特別転載★序章 神は全くもって公平である
1-賭博好きな人種
2-機を制したカジノ王
目次
訳者あとがき
著者略歴
訳者略歴
書誌データhttp://duan.jp/item/91.html
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●特別転載★序章 神は全くもって公平である
「神は全くもって公平である。
必ず誰にでも一度や二度のチャンスを与えてくれるからだ。
機を失わずにそれをつかめるかどうか、これこそが人生の分かれ道で
ある」。
―カジノ王 スタンレー・ホー
1 賭博好きな人種
一〇〇年以上も前、詩人の丘逢甲は「マカオ雑詩」のなかで、次のよ
うに詠っている。
「銀色をした賭博屋の看板がずらりと並び、百万の富はサイコロの一振
りによって消えてゆく。誰が色恋などに溺れるものか。古来賭博にこそ
英雄あり」。
丘逢甲が詠った詩から当時のマカオが賭博城として華やいでいた様子
をうかがい知る事ができる。そして昔も今も、中国人が賭博を愛し続け
ている一面を知ることができる。
私たちが住む人間社会には貧富の差が歴然としている。人々は大金持
ちになりたくて、一攫千金の夢を抱き、賭けに出る。この精神こそが社
会を発展、前進させる源になっているともいえる。
史書に記載されている最初の賭博は、三国時代の後の、晋の時代のこ
とである。『世説新語』にはこんな物語が書かれている。
「王君夫は珍しい牛を持っていた。名を『八百里駮』といい、ずば抜
けて走るのが速かった。競牛が流行っていた晋では、この牛には千万の
価値があった。王武子は君夫に言った。『弓の技では私は貴様に及ばな
い。しかし貴様の牛の心臓に千万を賭けて、勝負したい』王君夫は王武
士の腕は自分に及ばないし、たとえ万が一負けたとしてもこんなに珍し
い牛が殺されることはないと思い、すぐに王武士との勝負に応じた。王
君夫は王武子から弓を射らせた。するとなんと王武子は一回目で的を破
ってしまったのである。床に座った王武子は家来に「すぐに牛の心臓を
取って来い」と命じた。まもなく血まみれの牛の心臓が運ばれてきた。
王武子はそれを食べて去っていった」。
王君夫と王武子はともに皇族で、贅沢を競い合っていた。千万の価値
のある牛の心臓が一瞬のうちに消え去ったことは、千七百年まえの豪快
な賭け事だった。
中国人は賭博を創ってきた民族である。毛沢東が「まるで煉瓦を運ん
で、長城を造るようだ」といった麻雀も、清朝のとき中国人が発明した
ものである。麻雀は今では世界中に広まっている。今日も地球の至ると
ころで麻雀パイの音が鳴り響いている。
中国には「小銭は倹約によって、巨富は運勢によって」ということわ
ざがある。
香港やマカオのような自由な制度の下だから、人々が株や賭博をして
一攫千金を夢見るのでは決してない。多くの制限があるにもかかわらず、
中国大陸の人々の賭博好きは今も失われてはいない。チャンスさえあれ
ば、中国人は必ず嬉々として勝負に出て行く。
郎平女史は、世界の頂点に立っているときの中国女子バレーボールチ
ームの主峰であり、その後はナショナルチームの監督や、アメリカやイ
タリアのプロチームの監督を歴任して活躍している女性だ。その彼女が
はじめての賭博をしたときの思い出をこう話している。
「ラスベガスに着いて、すぐにカジノ城に行ってみた。四人で二〇ド
ルずつを使うことにした。一ドルもう一ドルと遊んでいって、朝四時ま
でやり続けて四〇ドルを稼いだ。私たちは喜んでホテルに戻って寝よう
としたけれど、どうしても眠れなかった。すごく興奮していたから。そ
こで私たちは起きてまた賭けに出かけた。
結局二時間後、元金まで全部負けてしまって、やっと気が済んだ。私は
はじめて賭博というものを味わった。勝ったらさらに勝ちたい。結局は
負けつづけて一文無しになってしまう。適当に勝ったところでやめれば
いいのに、良いところがみえると、誰がこのまま終わらせるものか、っ
て思ってしまう。賭博にはこんな哲学があるのだと思う」。
日本では、北朝鮮の脱北者が駆け込んだ総領事館事件で脚光をあびた
沈陽だが、中国で沈陽といえば副市長が賭博で死刑に処されたことで有
名である。
沈陽市副市長の馬向東は一九九九年、マカオのカジノで四千万香港ド
ルもの大金を使い果たしてしまった。使った金は公金だった。この不祥
事は、中国で「コソボ、法輪功、ルインスキー(クリントンの不倫相手)
」に並ぶ世紀末四大事件とされて、世間で騒がれた。馬副市長は中国の
容赦ない厳しい刑法を百も承知で、一攫千金を狙って自分の命をかけた
のである。これこそ二〇世紀を締めくくる豪快な賭博だったといえよう。
マカオは賭博の国である。アメリカのラスベガス、ヨーロッパのモナ
コと並ぶ世界的な賭博城である。何しろ生まれつきの賭博好きの中国人
が優良客となって盛り上げているのだから、マカオは永遠に不滅である。
2 機を制したカジノ王
マカオ半島と幾つかの島を含んだマカオは、面積二四平方キロメート
ルで、人口は四五万人の小さな場所だ。
歴史的にみると、マカオは一九九九年までポルトガル人の統治下にあ
り、賭博業を中心に発展してきた。この一〇〇年のうちに、盧九、傳老
榕、そしてスタンレー・ホーの三人の賭博王がマカオに現れたが、中で
もマカオの賭博を世界に知らしめ、マカオをラスベガス、モナコと並ぶ
賭博城にまで発展させ、その地位を確立させたのは、スタンレー・ホー
である。
ホーは神が自分にチャンスを与えてくれ、自分はそのチャンスにうま
くのることができたために成功できたのだという。
「神は全くもって公平である。
必ず誰にでも一度や二度のチャンスを与えてくれるからだ。
機を失わずにそれをつかめるかどうか、これこそが人生の分かれ道で
ある」。
ホーのその数奇なる人生を辿っていけば、彼がいったこの言葉の意味
を知ることができよう。
ホーは、「買弁」と呼ばれる外資系企業の支配人の何家に生まれた、
何家といえば香港人なら知らない人がいないほどの名家だった。
恵まれた童年時代を過ごしたホーは、少年時代になると苦労しらずの
金持ちのぼんぼんらしく、遊んでばかりいた。そのため、親のカネとコ
ネのおかげで入れた名門校の皇仁中学在籍中は、一番できの悪い生徒ば
かりが集まるDクラスに入れられていた。
しかし一三歳のとき、ホーの今までの何不自由ない生活は一変してし
まった。父親が株で大損をだしてしまったからある。すべての財産が一
瞬のうちに消え、父親はホーと妹を妻に残して長男と長女だけを連れて、
自分の身の安全だけのために、はるかベトナムまで逃亡してしまった。
残された母はまるで奈落の底に突き落とされたようだった。母親はホー
と妹に食べさせるために、洗濯業を思いついて開業した。
ホーの母親はやさしい人だった。裕福な時も決して威張り散らすこと
はなく、貧しい者をバカにすることもなかった。夫に従順で子供を大切
にしてきた女性だった。
慣れない洗濯業をはじめてから母の白かった手はすぐにあかぎれだら
けになってしまった。母の顔から笑顔が次第に消えていき、恨み言をい
ってはヒステリーを起こすようになっていった。
母の変貌はホーにとってショックだった。ホーはやっと目を覚ました。
「貧乏ほど恐ろしいものはない。この世の中はカネがすべてだ。なんと
しても大金持ちになってやる」。
ホーは猛勉強を始めた。そしてついに奨学金をもらって大学に通うよ
うになった。
一九四一年、日本軍が香港に攻めてきた。一九歳だったホーのポケッ
トのなかには、たったの一〇ポルトガルドルしかなかった。もう限界だ
った。ホーは家族と生き延びていくために大学を離れ、働くことを決意
した。
はじめての仕事は、戦時物質を売り買いするマカオ聯昌公司の秘書だ
った。ホーは、昼間は働き、夜は独学で日本語とポルトガル語を勉強し
た。ホーはよく働いた。ホーの仕事ぶりは卓越しており、誰も彼の右に
出るものはいなかった。
そのうちホーは重要な仕事を任されることになった。それは船を護送
する仕事だった。戦時下の航海は危険と隣り合わせの命がけのことだっ
たので、かなりの能力が要求された。危険なことはわかっていたが、ホ
ーは自分に自信があったし、高い報酬も魅力だったのですぐにこの任務
を引き受けた。その後のホーの生活は毎日が海賊との戦いだった。命か
らがら逃げてきたこともしばしばだったが、弱音を吐いたことは一度も
なかった。こうしてさんざん苦労したあげく、ホーはやっと一〇〇万ポ
ルトガルドルを稼ぎ出した。
ホーは独立して、石油精錬工場を設立した。この工場の経営は順調だ
ったが、長続きはしなかった。マカオのヤクザに目をつけられ、命を狙
われたからだった。
ホーはくやしかった。やっと家族がカネに困らないようになったのに、
そう思うとくやしくてたまらなかった。しかし当時のホーには地方のヤ
クザ連中と戦う力はまだなかった。一九五三年、ついにホーはマカオを
追われることになった。マカオを離れる日、ホーは、かつてマッカーサ
ーが日本軍に追われてフィリピンから逃げ出したときにいった言葉「私
は必ず戻ってくる」を、泣きながら何度も海に向かって叫んだという。
ホーはマカオを離れたが、香港に渡ってからは、土地転がしで富豪に
なった。
一九六二年、ホーは霍英東、葉徳利、葉漢と共に「四天王同盟」を結
成した。そしてマカオ賭博場の支配人や、かつてホーをマカオから追い
出したやくざたちとの壮絶な闘争を経て、ついに賭博場の独占経営権を
勝ち取った。
ホーの経営能力はずば抜けていた。ホーはマカオの賭博業を独占して
から、毎年、二〇億米ドルもの大金を稼ぎ出した。ホーが払う賭博税は
マカオ政府の財政支出の六割強を占めているという。「カジノ王・スタ
ンレー・ホー」の名は世界中に知れ渡るようになった。ホーは卓越した
経営能力で事業を拡大していき、その事業は香港マカオにとどまらず、
中国大陸、韓国、東南アジア、中東、アメリカ、カナダ、そして日本に
まで手を伸ばして行った。なんとあの北朝鮮でもホーのカジノが金正日
の特別許可で開業した。こうしてホーは華人のスーパー富豪として君臨
し、かつ世界的なカジノ王にまでのぼりつめたのである。
現在、八三歳になったホーは相変わらず現役で事業をし切っている。
背筋をピンと伸ばして颯爽と歩いているが、残念ながらやはり若い時
のような頭の冴えはみられない。マカオでの賭博事業も共産党の時代
になってからは、以前のようにはいかなくなっている。うまくいかな
いことが多いので顔つきはますます険しくなっている。後継者として
大切に育ててきた長男は不慮の事故で死んでしまった。次男は、後を
継がせるにはまだ若すぎる。
カジノ王として君臨していたホーが、どのようにリタイヤするのか、
回りは注目している。しかし当のホーは未だリタイヤを考えておらず、
永遠に若者の感性や知恵を持ちつづけることができると信じているよ
うである。
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●特別転載★目 次
序章 神は全くもって公平である
1 賭博好きな人種
2 機を制したカジノ王
第1章 少年は初めて貧乏の味を知る
1 マカオ屈指のお坊ちゃま
2 どら息子目覚める
3 ホー家の再興を誓う
第2章 乱世をゆく
1 幸運の女神がふりむく
2 香港の陥落とマカオの黄金時代
3 日英中ポルトガルのゴールド連合
4 ポルトガル嬢を射止める
5 千金に賭けるものは命しかない
6 イギリススパイを救い出す
第3章 敗戦が続く
1 マカオの食糧供給部長
2 「マカオ王」何賢という男
3 自分の天下をつくる
4 マカオヤクザに負かされる
5 一夜で吹き飛んだ黄金時代
6 乙女心を傷つける
7 マカオを追われる
第4章 「4天王」は賭博独占経営権を奪い取る
1 十年間の臥薪嘗胆
2 マカオの賭博業
3 「鬼王」葉漢という男
4 「鬼王」は賭博独占経営権を狙う
5 「商売王」葉徳利という男
6 賭博独占経営権入札の裏話
7 「四天王同盟」
第5章 命がけのものが勝つ
1 戦いの幕が切り落とされる
2 マカオ史を塗り替える
3 「貴様の命をいただく」
第6章 カジノ王へ驀進する
1 ラスベガスとモナコを学ぶ
2 香港人を食い物にする
3 賭博城「リスボア」に賭ける
4 「鬼王」葉漢との仁義なき戦い
5 「鬼王」葉漢の大往生
6 名実ともにカジノ王になる
第7章 「政治」に巻き込まれていく
1 マカオを裏切る「ポルトガル革命」
2 ?小平と握手する
3 ガードマンに銃口を向けられる
4 共産党客の財布に手を伸ばす
第8章 カジノ王の世界戦略
1 賭博に国境はない、北朝鮮でもカジノ
2 香港では経営そのものが賭けである
3 世界が舞台
4 中国大陸に猪突猛進
5 台湾資本を巻き込む
第9章 マカオは共産党中国に返還される
1 倭人の首と引き換えに得たマカオ上陸
2 中国とポルトガルの返還交渉
第10章 老身に鞭打つ
1 マカオヤクザの再興
2 跡継ぎ息子をなくしたカジノ王
3 中国主導のヤクザ一掃作戦
4 「マカオ王」の二世はマカオ長官になる
5 共産党は賭博独占経営権を廃止してしまった
6 老身に鞭打って受けて立つ
訳者あとがき
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●特別転載★訳者あとがき
著者の楊中美氏は今まで多くの人物伝を書かれてきた。歴史学者であ
る楊氏は、丹念に史料を収集・分析されるので、著書の信憑性には定評
がある。楊氏が書かれてきた人物のほとんどは中国の大物政治家である。
たとえば、胡耀邦、朱鎔基、董建華、江沢民、李登輝、胡錦涛、などで
ある。いずれも台湾または香港で出版された後、日本で翻訳出版されて
いる。
その楊氏がマカオのカジノ王であるスタンレー・ホー伝を書かれた。
「どうして、カジノ王を?」と一瞬目を疑ったが、なるほど著書を読む
と、スタンレー・ホーがマカオで最も影響力のある人物であることがよ
くわかる。
原著は一九九九年、マカオが中国に返還される直前に台湾で出版され、
大きな反響を呼んだ。日本でもマカオ特別区政府が入札を通して3つの
カジノライセンスを発行することを公布してから、誰がスタンレー・ホ
ーの他にカジノライセンスを獲得するのか、大変注目され、インターネ
ット上でも騒がれた。結局、第1号ライセンスはスタンレー・ホーに、
第2号はラスベガスのスティーブン・ウィンに、第3号は同じくラスベ
ガスのシェルダン・アデルソンに与えることが決まったが、今までライ
センスを独占していたスタンレー・ホーが今後どうなるのか、多くの人
々が注目している。
これほど注目を集めているスタンレー・ホーだが、日本では彼に関す
る本は未だ出版されていない。この著書が日本初のスタンレー・ホー伝
なのである。
楊氏から直接お聞きしたのだが、楊氏は以前、香港でスタンレー・ホ
ーと一緒に食事をしたことがあり、個人的にもご存知なのだそうだ。
翻訳に対して楊氏はいつも大きな信頼を寄せてくださる。また、日本
僑報出版社の段躍中氏にも大変お世話になった。この場を借りてお二人
に感謝を申し上げたい。
二〇〇四年八月
青木まさこ
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●特別転載★著者略歴
楊中美 1945年江蘇省生まれ。上海華東師範大学卒業。1981年来日し、
立教大学で博士課程修了。米ハーバード大学の特別研究員を経て、1989
年―1993年まで雑誌『民主中国』の編集長。1994年より現代中国研究セ
ンター代表。横浜市立大学、法政大学講師。著書『胡錦涛評伝』『江沢
民伝』(蒼蒼社)、『朱鎔基 死も厭わない指導者』『1つの中国 1
つの台湾 江沢民VS李登輝』(講談社)、『胡錦涛 21世紀中国の支
配者』(NHK出版)などがある。
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●特別転載★訳者略歴
青木まさこ 1964年神奈川県生まれ。慶應義塾大学、法政大学兼任講師。
訳書『北京人と上海人 攻防と葛藤の20世紀』『胡錦涛 21世紀中
国の支配者』(NHK出版)、共訳書『香港回収工作 上下』『中国妖怪記
者の自伝』(筑摩書房)、『1つの中国 1つの台湾 江沢民VS李登輝』
(講談社)、などがある。
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●特別転載★書誌データ
書名 『ゴッドギャンブラー マカオカジノ王スタンレー・ホー』
著者 楊中美
訳者 青木まさ子
判型 四六判
頁数 200頁
定価 1995円(税込み)
ISBN 4-931490-91-3
注文 http://duan.jp/item/91.html
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