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段躍中(日本僑報社編集長・日中交流研究所長)が執筆し、選んだ豊富な情報を毎週水曜日お届け。98年創刊以来、700号以上を無料で発行し、日中交流・在日中国人情報を知る上で欠かせないと自負。【まぐまぐ大賞2006ノミネート】 




在日中国人動態20040825【号外】

発行日: 2004/8/25

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  日本僑報電子週刊 第416号【号外】 2004年8月25日(水)発行
       http://duan.jp 編集発行:段躍中
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      □在日中国人 トウ小平誕生100周年記念特集□
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■目次■

●特別報道★中国駐日大使館 トウ小平誕生100周年記念座談会開催
      座談会出席者名簿
      程永華代辧の講演全文(和訳)
      座談会発言者一覧
      任福継・日本新華僑華人会会長 小平故郷の記念活動参加
      顔 安・日本中華総商会会長 人民日報海外版に登場

●特別転載★トウ小平生誕100周年、東京で中国人学者らが座談会
      トウ小平氏の2度の訪日を回顧 元中国駐日本大使
      トウ小平同志の初来日を思う/呉学文 劉延州
      『中国人特派員が書いた日本』にあるトウ小平訪日記述
      『永遠の隣人』にあるトウ小平訪日記述
      『トウ小平年譜(1975-1997)』が全国発売
      「大きな意義のある盛事」/トウ小平のスピーチから

●編集後記★トウ小平に学ぶ、日中関係を発展せよ/段躍中

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●特別報道★中国駐日大使館 トウ小平誕生100周年記念座談会開催
      
8月19日、トウ小平誕生百周年記念座談会は、東京の中国駐日本大使
館で行われた。

座談会には中国駐日本大使館程永華臨時代辧、黄星原報道参事官、于淑
媛総領事をはじめ、大使館関係者、華僑華人代表、駐日記者代表、駐日
中国企業代表、留学生代表など約60名が出席された。

程永華臨時代辧のスピーチの中に、特に印象深かったのは、次の言葉で
ある。

「外交日程の中で最も多く会見したのは日本からのゲストであった。」

「84年、小平同志は中曽根康弘との会見中、「中日関係は長期的に考え、
発展させなくてはならない。21世紀に第一歩を踏み出し、さらに22世紀、
23世紀に発展させ、永遠に友好的につきあっていかなくてはならない。
このことは中日間のどんな問題よりも重要だ。」

程代辧のスピーチ全文は別項をご覧下さい。

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●特別報道★座談会出席者名簿(敬称略)

中国大使館 程永華代辧(講演抄訳は別項をご覧下さい)
      黄星原参事官
      于淑媛総領事(司会)

一、華僑華人代表
  殷秋雄・日本華僑華人聯合総会会長
  符易亨・東京華僑総会会長
  曾徳深・横浜華僑総会会長
  蔡慶播・旅日台湾省民会会長
  陳学全・留日江蘇同郷会会長
  呉智深・日本新華僑華人会副会長
  賀乃和・日本四川同郷会会長
  張玉人・在日中国律師聯合会会長
  段躍中・日本僑報社編集長
  ほか

二、駐日記者代表
  新華社 江冶
  人民日報 曹鵬程
  光明日報 陳志江
  中央テレビ局 孫宝印 孫岩
  中国新聞社 劉継坤
  北京放送 孫建和 藍暁芹
  経済日報 閻海防
  科技日報 陳超

三、中資機構代表
  中国国際旅行社日本支社社長 胡如祥
  日本五鉱会社社長 陳紹栄
  宝和通商株式会社社長部長 厳偉良
  中国人寿東京首席代表 郭長明
  中遠日本株式会社副社長 趙雲保
  ほか

四、留学生代表
  郭試瑜 昭和大学
  兪燕蕾 東京工業大学
  蘇 州 早稲田大学
  張剣雄 一橋大学
  ほか

合計約60人

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●特別報道★程永華代辧の講演全文 2004年8月19日

本年はトウ小平同志生誕100周年である。本年、我々駐日大使館や中国
各企業団体、記者、華僑華人、留学生代表がこの座談会に集い、小平同
志の事跡を回顧し、彼の偉大な業績に思いをはせ、トウ小平理論に対す
る理解を深めることは、「小康社会」、祖国統一という目標に奮闘する
にあたり、大きな意義がある。

トウ小平同志は偉大なマルクス主義者であり、プロレタリア革命家であ
り、政治家、軍事家、外交家、中国社会主義改革開放実現の指揮者であ
った。小平同志は生前よく「私は中国人民の子である、私は我が祖国と
人民を深く愛している」と言っていた。彼はそう言い、またそのように
行動した。彼はその一生を中国人民に捧げた。中華民族の独立と解放の
ため、中国社会主義の現代化のため、不朽の功績を残した。彼の七十年
余りの怒涛の生涯は、中国共産党、軍、そして中華人民共和国の創建と
発展の歴史と強くつながっている。彼は人民共和国開国の元勲であり、
中国人民が経験した十年の苦難の中から、中国の特色ある社会主義の新
しい道を切り開いた指導者であった。トウ小平同志を中心とする中国共
産党の指導者グループの指導の下、中国は改革開放という歴史的変革を
経験し、社会生産力、国民経済は飛躍的に発展し、総合的な国力はいよ
いよ増進し、人民の生活はしだいに豊かになってきている。中国はこれ
までにない活力に満ち溢れている。

トウ小平理論は、小平同志が我々に残してくれたすばらしい遺産である。
「解放思想」、「実事求是」は、この科学的な理論の根幹をなすもので
ある。トウ小平理論があったからこそ、我々は改革開放の中で社会主義
現代化の正しい道を切り開くことができた。そして、「解放思想」「実
事求是」「与時倶進」を守ってきたからこそ、数々の困難に打ち勝つこ
とができ、中国の特色ある社会主義が生命力を保ってこられたのである。
トウ小平理論から「三つの代表」重要思想、十六大で提唱された小康社
会全面建設の科学的発展観、改革開放の一歩ごとの進展、中国共産党指
導思想の一歩ごとの昇華、どれも「解放思想」「実事求是」「与時倶進」
の成果でないものはない。それは様々な事業に必須であり、また大いに
我々の精神を発揚してくれるものである。

祖国の完全統一は、全中華民族の共通の願いである。「一国両制度」で
の平和的統一実現は、小平同志の偉大な発想である。この偉大な構想は
台湾問題解決に提唱されたが、まずは香港・マカオに用いられ、返還は
大変順調にいった。私はかつて、トウ小平同志が「香港返還後、香港に
行ってみたい」と言っていたのを直接聞いたことがある。香港とマカオ
の成功は「一国両制度」というすばらしい構想が正しいものであること、
強い生命力を持つものであることを証明している。我々はこの方針と、
現段階の両岸関係発展、祖国平和統一促進の八項主張に基づき、台湾同
胞と共に、両岸の人々の行き来や経済文化等の分野の交流を深め、台湾
を分離・独立させようとする勢力に反対しつづけよう。

新たな時代、国際関係の雲行きは変幻で、複雑に錯綜している。トウ小
平同志は弁証法的唯物主義と唯物史観で、現実に即した冷静な観察と客
観的な分析により、時代の特徴を把握し、マルクス主義と毛沢東思想を
継承し、中国の特色ある社会主義の外交思想を作り上げ、我々が制定す
る新時代の外交政策と外交方針の指針となった。小平同志は中日関係の
発展を重視し、彼が中央にいた間に、二度日本を訪れているし、外交日
程の中で最も多く会見したのは日本からのゲストであった。彼は中日関
係について幾度も談話を発表している。深謀遠慮で、核心をつき、両国
関係発展に明確な方向を示し、対日政策に重要な指示を与えた。84年、
小平同志は中曽根康弘との会見中、「中日関係は長期的に考え、発展さ
せなくてはならない。21世紀に第一歩を踏み出し、さらに22世紀、23世
紀に発展させ、永遠に友好的につきあっていかなくてはならない。この
ことは中日間のどんな問題よりも重要だ。……中日関係発展の問題は、
我々双方がより長期的に、より広く考えなくてはならない。これは我々
の関係の発展に有利であり、そのような協力は一方だけでなく、双方に、
両国に、両国民に有利だ」と述べた。我々は、この言葉を今一度温める
ことで、彼の大所高所からの見方を感じることができるのではなかろう
か。現在、中日関係発展は困難に直面している。双方の国民の互いの国
に対する親近感が薄れ、両国関係は「政冷経熱」である。このような困
難な時期にあたって、我々はより一層小平同志の言葉を胸に刻み、様々
な方法で、両国の各分野での友好交流と協力に余すところなく力を発揮
し、両国関係を不断に前進させるべきである。また、トウ小平同志の重
要思想は、日本との外交関係から出てきたものが少なからずある。78年、
小平同志訪日の頃、中央はまさに改革開放政策を思案中であった。訪日
期間、小平同志は日本の現代的企業を見学し、新幹線にのり、中国の先
進国家との距離を理解し、中国の現代化発展の方向をより明確にしたの
である。79年には、大平正芳と会見した際、小平同志は「小康」という
概念と、「三歩走、翻両番」の現代化戦略について述べている。

在日華僑華人、留学生の皆さんは、中華民族の偉大な復興を支える重要
な力であり、中日両国をつなげる橋梁であります。在日華僑華人、留学
生の皆さんが、どうぞ、トウ小平同志生誕100周年の活動を通じ、海外
在住という特長を存分に発揮し、祖国現代化、祖国統一という国家の一
大事業と、優れた中華民族文化の発揚のため、中日両国民の友好促進に
新たなる貢献をされますよう、望みます。

(日本僑報社訳)

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●特別報道★座談会発言者一覧(敬称略)

冒頭講演 程永華

代表発言 殷秋雄
     江 冶(江は二水へん、本文同じ)
     郭試瑜
     曾徳深
     胡如詳
     呉智深
     兪燕蕾
     蔡慶播
     陳紹栄
     曹鵬程

自由発言 蘇 州
     張玉人
     張剣雄
     陳学全
     黄星原

司  会 于淑媛

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●特別報道★任福継・日本新華僑華人会会長 小平故郷の記念活動参加

四川出身の任福継・日本新華僑華人会会長は、小平故郷の記念活動に参
加された。

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●特別報道★顔 安・日本中華総商会会長 人民日報海外版に登場

四川出身の顔 安・日本中華総商会会長は、四川広安の小平記念活動に
参加された際、記者の取材を受け、21日付の人民日報海外版に登場し
た。http://www.people.com.cn/GB/paper39/12749/1145681.html

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●特別転載★トウ小平生誕100周年、東京で中国人学者らが座談会

トウ小平氏生誕100周年を記念する座談会が25日に東京で催され、「全
日本中国留学人員友好聯誼会」「日本中国人博士協会」「在日科学技
術者聯盟」などの中国系学術団体から、30人余りの学者・留学生が参
加した。 

参加者は各自の成長過程と結びつけてトウ小平氏の偉大な功績をしの
ぶとともに振り返り、トウ小平理論を共に学習した。 

「留日同学総会」の郭試瑜会長は、後輩留学生に対し、自らの体験か
ら「帰国の際には、優れた才能と学識がなければならない。いわゆる
『海帰派(留学経験者)』の、肩書きばかりで実力が伴わない現象は、
避けなければならない」と呼びかけた。 

在日本中国大使館の李東翔・参事官は、トウ小平氏が改革開放政策の
重要な要素として、多数の留学生派遣を提唱していたことを取り上げ、
「在日留学生は、この政策の証人であるとともに、受益者であり実践
者だ」と指摘した。また「新しい時代の在日学者として、トウ小平を
追想・記念すると同時に、中国の発展の新たな情勢と、国際社会にお
ける新たな競争とを結びつけ、海外にあって祖国を思い、国の栄光の
ために努力奮闘しなければならない」と強調した。(編集NA) 

「人民網日本語版」2004年7月26日 より
http://people.ne.jp/2004/07/26/jp20040726_41657.html

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●特別転載★トウ小平氏の2度の訪日を回顧 元中国駐日本大使

  符浩・元中国外交部副部長(元駐日本中国大使、89歳)はトウ小平氏
の訪日の全行程を収めたアルバムを収蔵している。符浩氏はこのほど記
者の取材に応じ、これら歴史的な写真をもとに、トウ小平氏との貴重な
思い出を語った。 

  当時国務院副総理だったトウ小平氏は、1978年10月22日から29日まで
の間、「中日平和友好条約」締結文書交換式に参加するために訪日する
とともに、日本に対する初の公式訪問をした。 

  符氏は、トウ小平氏がホバークラフトと新幹線に乗った時の写真を指
し、「この訪日では、政治的な活動のほか最も多く訪問したのは、鋼鉄
工場、自動車工場、電気器具工場など日本の大企業だった。トウ小平氏
はさまざまな新技術をすべて試そうと、ホバークラフトや新幹線に乗っ
た。帰国後すぐに中国共産党第11期全国代表大会第3回中央委員会全体
会議が開催され、改革開放となった」と話した。 

  トウ小平氏は京都に向かう新幹線ひかり81号に乗った時、記者に感想
を尋ねられ、「『速い』の一言に尽きる。まるで誰かがわれわれを押し
ながら走っているようだ。われわれは今、走らなくてはならない」と意
味深長に語った。 

  日産自動車を見学した後、トウ小平氏は「ここに来て現代化や近代化
とは何であるかがわかった。工業先進国、特に日本の産業界のわれわれ
に対する協力に感謝したい」と話した。 

  トウ小平氏はさらに、1979年1月に米国を訪問した後、わざわざ日本
に寄り短期間滞在した。奈良を訪れた時、宿泊したホテルでちょうど結
婚式があるのを知ったトウ小平氏は、自ら結婚披露宴の会場に行き、新
郎新婦に祝賀の言葉を贈った。 

  符氏は日本での記者会見で撮影した大型の写真を取り出し、トウ小平
氏の知恵とユーモアにあふれた言葉が日本人に深い印象を残したことを
話した。日本の記者が当時、釣魚島とその周辺の島々(日本名・尖閣諸
島)の帰属問題に触れた時、トウ小平氏は条約の中にあるこの敏感な話
題について、「この問題はわれわれと日本の間で論争があり、釣魚島を
日本は『尖閣諸島』と呼び、名前からして異なる。この問題はしばらく
置いておいてよいと思う。次の世代はわれわれより賢明で、実際的な解
決方法を見つけてくれるかもしれない」と述べた。 

  符大使はこのほか、こぼれ話も披露してくれた。トウ小平氏が初訪日
で日本の国会議員と会見した時、「徐福東渡」(秦始皇帝時代の人物、
徐福が不老不死の薬を求めて中国から日本に渡った伝説)に借りて、「
日本には不老不死の薬があると聞く。今回の訪問の目的は、第一は批准
書の交換のため、第二は日本の旧友の努力に感謝を表明するため、第三
は不老不死の薬を探すため」と話した。このユーモアあふれるコメント
は、すぐに日本の各大手メディアに報道された。会見の翌日、和歌山県
から一鉢の植物が届いた。聞くと、徐福は到着した和歌山県で不老不死
の薬を見つけており、それが届けられた植物「マンネンタケ」だったと
いう。符氏がすぐにこれをトウ小平氏に報告すると、トウ小平氏はほほ
笑んでうなずきながら、「ならば大使館で取っておきなさい」と話した
という。(編集SN) 

  「人民網日本語版」2004年8月2日 
http://people.ne.jp/2004/08/02/jp20040802_41956.html

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●特別転載★「トウ小平年譜(1975-1997)」が全国発売

「トウ小平年譜(1975-1997)」が3日から、全国で発売される。トウ氏
の生誕100周年を記念し、中国共産党中央文献研究室が編集、中央文献
出版社が出版した。全102万字、3500項目で、上下2巻。1975年から1997
年までのトウ氏の主な活動を記述し、氏が最も活躍した時期の歴史を描
き出している。 

年譜には、中央政治局および政治局常務委員会議における発言とエピソ
ード、中国共産党中央・全国人民代表大会・国務院・全国政治協商会議
・人民解放軍などの重要会議における発言とエピソード、中央および地
方指導者との談話、外国の賓客との談話、国内視察時の発言と談話、海
外訪問時の発言と談話、さまざまな文章・書簡・指示・題辞・題字――
など、今回初めて公開される多くの歴史資料が掲載されている。これら
の資料は、中央档案(記録)館などの記録保管部門、トウ氏の身近に務
めた人物や親族、トウ氏と重要な接触のあった共産党長老の記述や日記、
こうした人々への取材記録などから収集された。(編集NA) 

「人民網日本語版」2004年8月3日 
http://people.ne.jp/2004/08/03/print20040803_41963.html

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●特別転載★?小平同志の初来日を想う/呉学文 劉延州

1978年の10月、菊が満開となり、木々が色づく季節のことである。日本
政府の招待を受け、中日平和友好条約の批准書交換儀式に出席するため
にトウ小平副総理(当時)が来日、まさに歴史的意義のある公式友好訪
問を行なった。

新中国の成立以来、ハイレベルの指導者が来日するのはこれが初めてで
ある。中日両国政府および国民のみならず、世界中の関心が集まってい
た。

国交が正常化されて、次は平和友好条約の早期調印がなされることを、
両国民は強く望んでいた。1974年11月より、両国政府は、国交正常化の
際に発表された中日共同声明第8条の記述に基づき、平和友好条約締結
に向けての協議に入った。その間に外部から妨害を受けることもあった
が、双方が力を合わせることで障害を取り除き、ついに1978年8月、合
意に達することができた。中国の黄華外交部長と日本の園田直外務大臣
を代表として、北京で調印式が行なわれた。同年8月、そして10月に、
全国人民代表大会常務委員会と日本国会が相次いで条約を批准、国内で
の手続きも整った。あとは両国政府が正式に批准書を交換すれば、条約
は直ちに効力を発することとなる。

両国の外交関係においては、まちがいなく国交正常化に次いで起こった
重大な出来事といえる。共同声明を基盤とし、さらに平和友好条約が発
効することで、両国の絆はさらに安定したものになる。これは両国人民
の基本利益と共通の願いをかなえるだけではなく、アジア太平洋地域の
平和と安全を守るためにも、大きな影響を及ぼすことだろう。

トウ小平同志が中日関係の発展を重視しているのは周知のことであり、
再度の復活を果たしてからというものの、彼は平和友好条約の調印に対
して大きな役割をはたしてきた。

東京駐在の中国人記者は、誰もがトウ小平来日のニュースを聞いて喜び、
本国からの指示に従いながら全力で取材活動に取り組むことにした。過
密な訪日スケジュールに対し、新華社東京支社は、取材時間を確保し重
要事項を漏らさず報道できるよう、次のような方針を決めた。本社派遣
の随行記者に従って全日程に同行する者数名を除き、他の大多数は分担
を決め、持ち回りで取材を行なうこととする。われわれ二人の場合でい
うと、呉学文は本社随行記者の一人で、全日程の取材に参加した。一方、
劉延州は東京支社の常駐記者だったため、東京での取材のみを担当した。
新華社は東京から、また大阪から次々とニュースを発信したので、とう
小平副総理の日本での言動については、ひとつも漏らさず報道したとい
っても過言ではない。

それでは、ここで報道活動に携わった当時の記憶をたどり、また発表は
できなかったけれども頭の中に残っている情景などについて、少し振り
返ってみよう。

歴史的瞬間

10月22日午後、トウ小平一行が東京に到着した。そして翌朝9時30分、一
行が宿泊していた迎賓館内の広場にて、日本政府主催の盛大な歓迎儀式
が行なわれた。トウ小平副総理は、日本の福田赳夫首相と共に陸上自衛
隊の儀杖隊を観閲した。彼が振り返って儀杖隊の左側にいる群衆に向か
って手を振ったとき、群衆から拍手と歓声が沸き起こった。その感動の
場面を、われわれ中日両国の記者は迎賓館に特設された踏み台の上から
目撃した。

歓迎式が終わると、今度は車に乗り込んで、約1キロ離れた首相官邸に向
かった。10月23日10時30分、中日平和友好条約の批准書交換儀式が厳かに
とりおこなわれた。大広間の中央には、白と黄色の菊の花、そして赤色の
セキチクの花を組み合わせて作った両国の国旗が飾られていた。福田首相
と?副総理が、二人で肩を並べて広間に入ってきた。

楽隊による両国国歌の演奏後、黄華外交部長と園田外務大臣は緑色の厚手
のテーブルクロスをかけた長テーブルの前に座り、条約批准書にサインを
し、そして交換した。この瞬間、中日平和友好条約が正式に発効した。会
場は大きな拍手に包まれ、二人の外務大臣は固く握手を交わした。

その後、福田首相が乾杯の祝辞を述べた。

「私は心から願っています。日中両国政府および国民があらためて手を結
び、この平和友好条約の精神を尊重し、ここに書かれている内容を遵守す
ることを。そして永久に変わることのない両国の平和と友好関係に対し、
さらに発展させるために努力することを。」

続いて?副総理からの言葉。

「中日両国民は、手をとりあい、団結しなければなりません。われわれは
仲良く力を合わせていかなければなりません。これは10億の両国人民に共
通する願いであり、また歴史の潮流でもあります。われわれは、中日平和
友好条約に規定されている各項目を共に遵守し、確固不動のものにしてい
きましょう。」

盛大な拍手が沸き起こる中、?副総理と福田首相、それに園田外務大臣は、
互いに肩を抱き合った。

中国側の出席者は、?副総理の卓琳夫人、廖承志、韓念竜、それに符浩駐
日大使など、日本側は8人の大臣と、佐藤正二中国大使らがいた。

中日平和友好条約が北京で調印された8月12日に、両国のテレビ局が現地か
ら同時中継した歴史的場面のことを、今でもよく覚えている。テレビ中継
が続く中、中国大使館などの駐日機関には、喜びを抑えきれない日本の友
人たちから次々にお祝いの電話がかかってきた。

日本には、勝利や成功を願うときに大きなだるまを用意し、願いが成就さ
れたとき、そのだるまに目を書き入れる習慣がある。日中友好協会総本部
では、6年前の国交正常化のときに片目を入れ、日中平和友好条約が締結さ
れたときに、もう一方の目を入れると誓いをたてていた。そして8月12日、
北京から条約調印の吉報が伝えられたとき、彼らは6年間保管してあっただ
るまを取り出し、残りの目を書き入れた。

「この6年という時間は短いものではありません。しかし、私たちの願いは
実現されました。日中関係に、また一つ確固たる基礎を築くことができた。
これは大変めでたいことです。」

8月12日の午前、古井喜実氏と田川誠一氏は、松村謙三先生の遺族と一緒に
先生の墓参りをし、墓前にこの喜ばしい出来事を報告した。

藤山愛一郎氏は、1975年に北京で病床の周恩来総理を見舞ったことがある。
彼は取材に訪れた中国の記者にこう言った。

「周恩来総理は、病床においても両国の条約締結の行方に注目していまし
た。私はその様子を見て、日本側の早期決断のため働きかけることを約束
したのです。今、やっとこうして実現させることができました。」

【配信の制限により以下の内容は省略する】
天皇との会見
「井戸を掘った人のことは忘れない」
記者会見
新幹線に乗る
雨中嵐山

全文をご覧になりたい方は、『中国人特派員が書いた日本』をご覧下さ
い。http://duan.jp/item/08.html

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●特別転載★「大きな意義のある盛事」/トウ小平のスピーチから

中日人民の友好的な往来と文化交流の長い歴史の流れの中で、鑑真は、
偉業を成し遂げた、永遠にこれを記念するにふさわしい人物である。彼
は、日本留学僧である栄睿、普照の要請に応じ、不屈不倒の精神で、五
回の渡航失敗を経て両目を失明した後、ついに日本にたどりつき、使命
を果たしたのである。

一昨年訪日した時、私は奈良の唐招提寺で鑑真像に会って来た。歴代の
詩人や学者が称賛する通り、それは非常に芸術性の高いもので、鑑真の
不屈の意志と落ち着きのある風格が表現されていた。千二百年余りの間、
日本国民はこれを国宝とし、心をこめて保管し、祀ってきた。これは敬
服に値することであり、感謝すべきことである。

現在、日本政府の協力の下、日本文化界、仏教界の人々が国宝鑑真像を
鄭重に中国に運び、故郷の中国の人々がこれを拝することができるよう
にしてくれた。これは大きな意義を持つ出来事である。これによって人
々は鼓舞され、鑑真、その日本の弟子である栄睿や普照の献身的な精神
を受け継いで、中日両国民友好の未来のためにたゆまぬ努力をするだろ
う。(人民日報一九八〇年四月十九日掲載)

『永遠の隣人--人民日報に見る日本人』http://duan.jp/item/46.html
より転載。

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●編集後記★トウ小平に学ぶ、日中関係を発展せよ

「在日中国人 トウ小平誕生100周年記念特集」を編集を終わって、
私は小平のことばに改めて感心した。

はじめて訪日された小平は、日本のマスコミを通じて、日本政府と各界
の友人たちに心からの感謝を述べた際、次の言葉を残している。

「中日友好の歴史は長く、しっかりとした基礎を築き上げています。そ
の途中には不幸な時期があり、中国人民は深刻な災禍に見舞われ、日本
もまた大変な被害を受けました。しかし両国の二千年以上にもわたる友
好の歴史から見れば、ささいなものです。」

「われわれは、常に未来に目を向け、共に努力し、世々代々の友好関係
を続けていかなければなりません。」

小平のことばを改めて読みながら、最近大変騒いでいるアジアサッカー
の中国人サポーターの所謂反日問題を思うと、それほど大きな問題では
ないと思う。数万人いた会場に、千人単位(北京の場合2000人と言
われた)のサポーターの行動を全て中国人の行動として取られたことは、
いかがなものか。

そして、記者の尖閣列島・釣魚島に関する質問に、小平は次のように述
べていた。

「われわれは尖閣諸島のことを『釣魚島』と呼んでいます。このように
呼び方さえも違い、双方の考え方も異なっているのです。国交正常化を
成し遂げたとき、両国政府はこの種の問題への言及を避けました。今回
“中日平和友好条約”の話し合いに際しても、これに言及しないことを
約束しました。この種の問題を持ち出して、中日関係の発展を妨害しよ
うと企むものがいます。それゆえ話し合いの場においては避けるほうが
賢明でしょう。こういう問題は一時タナ上げしてもかまいません。たと
え10年かかろうが、われわれの世代の知恵が及ばなければ、次の世代に
まかせればいいのです。次の世代はわれわれより優れ、きっと双方が納
得のいく解決方法を見出すことができるはずです。」

この言葉をいつも頭の中に入れておけば、日中間の歴史問題などを処理
するとき大変役に立つのではないでしょうか。トウ小平に学び、日中関
係を発展せよ、と心から呼びかけたいと思う。

段躍中 2004.8.25午前

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 日中関係・華僑華人情報専門誌・毎週水曜日発行 編集発行:段躍中
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  • 日本僑報電子週刊は、段躍中(日本僑報社編集長・日中交流研究所長)が執筆し、選んだ豊富な情報を毎週水曜日お届け。98年創刊以来、700号以上を無料で発行し、日中交流・在日中国人情報を知る上で欠かせないと自負。【まぐまぐ大賞2006ノミネート】 ※メルマでの配信タイトルは、2008年1月末まで「在日中国人動態」でした。

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