日本僑報電子週刊(旧:在日中国人動態) |
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日本僑報電子週刊 第405号 2004年7月14日(水)発行
http://duan.jp 編集発行:段躍中
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□中国大使館主催中日記者交換40周年紀念会 特集□
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■目次■
●特別転載★中国大使館で中日記者派遣40周年を祝う
武大偉大使の挨拶要点
主な出席者名簿 外務報道官高島肇久氏
王泰平氏の挨拶全文
各紙の報道
参考資料 初代特派員名簿
参考資料 『中国人特派員が書いた日本』の紹介
参考資料 朝日新聞夕刊の関連報道 歴代の苦労文集に
●編集後記★初代特派員の大越幸夫先生に会いました。
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●特別転載★在日中国大使館で中日記者派遣40周年を祝う
東京の在日中国大使館は8日夜、中日両国記者相互派遣40周年を祝う
パーティーを盛大に開いた。
日本の各主要メディア関係者、かつて中国に駐在したことのある記者、
日本に駐在している中国メディアの記者など200人以上が出席した。中
国の武大偉駐日大使と日本外務省の高島肇久報道官がそれぞれ祝辞を述
べた。
中日両国は1964年4月、常駐記者交換の合意に達し「中日常駐記者交
換に関する覚書」に調印、同年6月から常駐記者を相互派遣することを
決めた。この40年間、日本が中国へ派遣した記者は累計で1000回以上、
延べ420人以上に達し、中国が日本へ派遣した記者は200回以上、延べ
120人以上に上る。現在、日本の中国駐在記者(香港・澳門=マカオ・
台湾地域を除く)は82人、中国の日本駐在記者は40人近くいる。
(編集ZX)
「人民網日本語版」2004年7月9日
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●特別転載★武大偉大使の挨拶要点
武大使は「中国政府を代表して、中国および中日関係の長期にわたる
客観的な報道に尽力されてきた報道各界の友人たちに感謝を申し上げま
す。中日両国が記者を相互派遣してきたこの40年間は、中日関係が曲折
を経ながらも絶えず発展してきた40年間でした。両国がそれぞれ派遣し
た駐在記者は駐在する国の情報を伝え、中日両国人民の相互理解を増進
させ、両国関係を絶えず前向きな発展へ推進するため積極的な役割を果
たしてきました。報道界の友人たちが中日関係の健全な発展にさらなる
努力をされることを希望します」とあいさつした。
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●特別転載★主な出席者名簿 外務省外務報道官高島肇久氏も挨拶
日本側 外務報道官 高島肇久氏(挨拶)
日本新聞協会 今田昭氏(乾杯の音頭)
日本記者クラブ 岩崎玄道専務理事
朝日新聞 秋岡家栄元中国総局長ら
読売新聞 丹藤佳紀元中国総局長ら
毎日新聞 金子秀敏元中国総局長ら
日本経済新聞 藤村幸義元中国総局長ら
東京新聞 垂水健一論説委員ら
産経新聞 長谷川周一外信部記者ら
北海道新聞 嶋田健国際部長ら
NHK 園田矢元中国総局長ら
TBS 岩城浩幸元中国総局長ら
テレビ朝日 安江伸江元中国総局長ら
日本テレビ 高橋茂男元中国総局長ら
共同通信 中島宏元中国総局長ら
時事通信 西村哲也前中国総局長ら
ほか、合計19社130人余。
中国側 武大偉大使(挨拶)
程永華公使(挨拶)
黄星原報道参事官(司会)
王泰平元北京日報東京支局長(挨拶)
人民日報 孫東民日本支局長ら(挨拶)
新華社 江冶日本支局長ら
光明日報 陳志江東京支局長ら
中国青年報 蘇海河東京支局長ら
中国新聞社 王健東京支局長ら
北京放送 孫建和東京支局長ら
ほか 東京駐在各中国特派員約40人
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●特別転載★王泰平氏の挨拶全文
中国大使館主催の中日記者交換40周年記念レセプションにおける挨拶
2004年7月8日
ただいまご紹介いただきました中国駐日本特派員OBの王泰平でござ
います。
本日、武大偉大使主催のこの盛大な記者交換40周年記念活動に出席
することができまして光栄に存じます。また、この機会に中日両国の特
派員OB、現職の特派員の皆様にお目にかかることができまして、大変
嬉しく存じます。中国大使館は本当にすばらしいイベントを催してくだ
さいました。心から感謝いたします。
私は1969年5月から1973年4月までの約四年間、《北京日報》
特派員の名義で日本に駐在しました。その後、中日関係正常化が実現さ
れたため、中国大使館勤務に移りました。もともと、外交部の所属です
から。
三十数年前のことを振り返ってみますと、色々な思いがあります。
初めて日本に参りましたとき、佐藤内閣にあたり、中国のことを中共
と呼ばれるほど非常に厳しい時代でありました。取材活動も警察の妨害
を受けて、時にはトラブルが起こることもありました。
しかし、全般から見れば、非常に恵まれた時期に特派員をつとめたと
思います。
その期間中、一連の世界を驚かす事件が起きました。林彪事件、珍宝
島事件、ピンポン外交、キッシンジャ氏の中国訪問、ニクソン大統領の
中国訪問、中国の国連復帰、そして田中政権誕生。中日関係正常化の実
現などがありました。こうした取材の種を外交事件が集中する時期は私
にとってまさに千載一遇の好機でありました。特に中日関係の大転換期、
大躍進期の渦巻きの中で仕事をしたのは一生の幸せであると思います。
その当時、責務が重く、忙殺されましたけれども、非常に有意義な特
派員生活を送りました。今振り返ってみますと、何の悔いもありません。
言葉では言い尽くせず、文章に書き尽くせないほど懐かしい思い出ばか
りが記憶に残っています。
本日の記念活動に出席しまして、思わず1964年からの中日記者交
換にこぎつけた周恩来総理、廖承志会長ならびに松村謙三先生、高碕達
之助先生、古井喜実先生、田川誠一先生、岡崎嘉平太先生、竹山祐太郎
先生、松本俊一先生をはじめ、中日双方の有志者の方々を思い出しまし
た。彼らは中日記者交換の生みの親であり、記者交換を実現させるため
に、随分ご尽力され、多大なご苦労をなされた大功労者であり、いつま
でも忘れるべきではない時代の先駆けであると思います。彼らの歴史の
業績、歴史の役割は中日関係史の輝かしい一ページを飾り、彼らの中日
友好への信念、熱意と精神は中日両国の貴重な共同財産であります。今
後も是非それを大切に、それを受け継ぎ、活用しなければならないと思
います。
また、中日関係の正常化を実現させるために東京と頑張りました中日
双方の記者同業のことを思い出しました。彼らも周総理が言われた「井
戸を掘った」人間とも言えます。また一つの時代の証人であります。
中国の大文化人である郭沫若先生は生前“記者は無冠の王である、そ
の仕事が辛労で、責任は重いが、この上もなく栄誉のことである”と言
いました。マスコミが第一の権力とも言われる今の時代を思うと、中日
両国の特派員の皆様は中日関係の担い手であると言っても過言ではあり
ません。中日関係の健全でスムーズに発展させるために、第一線で活躍
されている特派員の皆様は大いになすところがあると思います。私は一
OBとして、皆様に是非頑張ってほしいと期待しています。
最後になりましたが、中日両国記者交換事業とメディア交流のますま
すのご発展と皆様のご健勝をお祈りしまして、私の記念の言葉とさせて
いただきます。
どうもありがとうございました。
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●特別転載★各紙の報道
中国新聞社の報道
http://japan.people.com.cn/2004/7/9/20047984410.htm
中国青年報の報道
http://zqb.cyol.com/gb/zqb/2004-07/09/content_904695.htm
中国大使館の報道
http://www.china-embassy.or.jp/chn/66292.html
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●特別転載★参考資料 初代中国人特派員名簿
中国人特派員(7名)
新華社通信 丁 拓(故人)
人民日報 李 紅
大公報 劉宗孟
北京日報 田家農
光明日報 劉徳有
文匯報 劉延洲
中国新聞社 李国仁
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●特別転載★参考資料 初代日本人特派員名簿
日本人特派員(9名)
共同社 山田礼三(故人)
朝日新聞 松野谷夫(故人)
読売新聞 西村忠郎(故人)
毎日新聞 新井宝雄(故人)
日経新聞 鮫島敬治
産経新聞 菅 栄一
西日本新聞 宮田弘司(故人)
NHK 小林一夫
東京放送 大越幸夫
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●特別転載★参考資料 『中国人特派員が書いた日本』の紹介
この本は日中記者交換35周年の年に出版された一冊である。【内容紹
介】以下の通り。
記者交換協定が締結されて三十五周年、その間に中国から日本に派遣さ
れた駐在記者は累計百五十人に達する。本書は、彼らが東京で働き、生
活していた頃の思い出を書いたものもあれば、日本の友人の追憶、ある
いは日本社会を観察し、分析した文章などで構成される。三十五年来の
初の一冊、日中関係研究に不可欠の生証言である、知日派達の日本観を
知る絶好の一冊。
詳しく及びご注文は http://duan.jp/item/08.html へどうぞ。
関連書籍『永遠の隣人--人民日報に見る日本人』
http://duan.jp/item/46.html
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●特別転載★参考資料 朝日新聞夕刊の報道 歴代の苦労文集に
日中特派員交換 「歴代」の苦労 40年分 文集に
64年4月、日中記者交換協定が結ばれ、日本と中国のメディアが特派員
を派遣しあうようになってから40年。それを記念した文集作りに、中
国情報誌「日本僑報」編集長の段躍中さん(46)=埼玉県川口市在住=
が取り組んでいる。
「30周年の際に在日中国人向けの新聞に関連の記事を書いたんですが、
10年たって調べてみたところ、日中双方とも、初代特派員の何人かが
すでに亡くなっていることがわかったんです」
歴代駐在記者の回想を年代別に集め、「ジャーナリズムから見た日中
関係史」を描こうと思い立った。「特に72年の国交正常化前の取材の
苦労を聞きたい。両国の事情が見えてくると思う」両国の特派員経験
者はざっと調べただけでも日本側が500-600人、中国側は約160人。名
簿も可能な限り整理したいという。 (中村史郎)
2004.5.6朝日新聞夕刊より。
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●編集後記★初代特派員の大越幸夫先生に会いました
40年前の1964年は、私が6歳半、小学校一年生だった。その年に
中国北京に派遣された日本人特派員は9人で、現在また元気の方は僅か
三人。そして、日本に派遣された中国人特派員は、7人の内一人も亡く
なられた。
8日夜の大使館パーティーで、初代特派員の大越幸夫先生に出会った。
取材していたTBSの岩城さんのお陰で、大越先生を紹介してくださった。
大越先生から、株式会社東京放送(TBS)社長室顧問の名刺を頂いたと
き、大変感心した。そのパーティーに出席された初代特派員は大越先生
だけだった。
私はいま40年間の記者名簿と特派員の皆さんが書かれた著書リストを
整理している。そして、多くの特派員経験者にお願いして、取材生活に
関する思い出を書いていただけるように頑張っている。ぜひ皆さんのご
協力とご指導の下、いい本を刊行したいと考えている。
なお、今回の特集に掲載できなかった挨拶全文は今度の記念文集刊行す
るとき、写真と一緒に掲載する予定。ご期待下さい。
段躍中 2004.7.14午後3時
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日中関係・華僑華人情報専門誌・毎週水曜日発行 編集発行:段躍中
1998年8月創刊・無断転載禁止。
著作権は日本僑報社またはその情報提供者に帰属します。
情報のご提供と問い合わせはduan@duan.jpへどうぞ
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