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段躍中(日本僑報社編集長・日中交流研究所長)が執筆し、選んだ豊富な情報を毎週水曜日お届け。98年創刊以来、700号以上を無料で発行し、日中交流・在日中国人情報を知る上で欠かせないと自負。【まぐまぐ大賞2006ノミネート】 




在日中国人動態1119【号外】

発行日: 2003/11/19

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 日本僑報電子週刊 第344号【号外】 2003年11月19日(水)発行
   http://www5b.biglobe.ne.jp/~duan/編集発行:段躍中
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      □『変わる中国 変わらぬ中国』刊行特集□
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■目次■
 
●特別転載★『変わる中国 変わらぬ中国』序文/櫻井龍彦
      目次構成
      編者・執筆者紹介
      あとがき/李瑞雪

●編集後記★中国人の執筆活動に応援してくださる方々に感謝します
      
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●特別転載★『変わる中国 変わらぬ中国』序文/櫻井龍彦

この本のテーマの背景には、進展しつつある世界のグローバル化、国際化、
情報化の現代社会において、中国が世界を相手に、どのように自らを再編
し、新しい地位を獲得していこうとしているのか、この未曾有の葛藤のプ
ロセスに積極的に関わっていきたいという著者一同の志がある。

いま中国はその歴史的経験からいっても、もっとも激しい変動にさらされ
ているといえるだろう。たんに現象面からだけみても、過去の面影はどん
どん消え去っている。林立する高層ビルやマンション、渋滞著しい高速道
路、消費意欲をかき立てる広告看板、家族連れでにぎわうホテルの高級レ
ストラン……都会にはもはや10年、20年前の光景はない。いや1年前の姿
すら目の前にはない。

80年代のはじめ、私は北京にいた。当時、タクシーなどはどこをさがして
も走っていない。そのかわり、真夜中にヒツジの群れが道路を横切るのを
見かけた。うそではない。私がまぼろしを見たわけではないのだ。

そのころ、城外にあった留学先の大学から城内の繁華街王府井へ買い物に
行くとき、いつも自転車に乗って出かけた。帰りは地安門をすぎて什刹海
を通るのがおきまりのコースだった。鼓楼や鐘楼の西側にある什刹海の周
辺は静寂なたたずまいで、北京で私のもっとも好きなところであった。こ
のあたりには明・清時代の伝統住宅である四合院や胡同とよばれる狭隘な
路地がまだ残っていて、湖畔に自転車をとめ、夕日をながめていると不思
議なほど心が癒された。ときに鳩笛を尾につけた数羽の鳩たちが飛来し、
ウォンウォンという音色を夕焼けのなかに引いていく。なぜか自分が北京
で生まれ北京で育った「老北京人」であるかのような気分になった。

しかしいまは再開発のために旧いレンガ住宅はどんどん取り壊され、そん
なのどかで懐かしい古都の生活のにおいは遠のいている。保存を目的に整
備しなおした胡同もあるが、そこには人力車が走り、観光客が胡同めぐり
を楽しむ一角となってしまっている。そのおかげもあって、この近辺での
破壊の程度はまだ穏やかな方だろう。北京のあちこちには、近代ビルへの
建て替えのため、立ち退きを強要された地域が数多い。そんな伝統家屋の
老朽化した壁には、大きな文字で「拆」と白く書きつけてある。「拆」と
は解体予定の意味である。それを見て傷ましいと感じ、貴重な文化財が失
われていくと惜しむのは、近代化生活をすでに享受した外国人の身勝手な
郷愁であろうか。

 経済の変貌はいまさら指摘するまでもない。数年間持続している驚異的な
成長率は、新型肺炎SARSの影響で一時的に落ち込むとはいえ、すぐに回復す
るであろう。巨大な市場、安い賃金、加工技術の向上など外国企業を引きつ
ける要素はたくさんある。日本企業の多くが今回のSARSで痛手を被ったもの
の、あらためて確認できたのは、それでも中国に代わる国はないという事実
であった。リスクを回避するためには、生産工場をいくつかの国に分散させ
るほかはない。しかし諸条件を勘案すると、中国での生産はリスクを上回る
計算になる。いまや中国の経済力が世界から信頼を受け、魅力ある市場とな
った証拠であろう。WTOへの加盟もその力が認められたからである。しかし
80年代のはじめ、私自身、中国経済のこの目を見張る成長ぶりと発展が想像
できたであろうか。

 89年の天安門事件によって、民主化への進行は後退したかにみえた。だが、
政治面でも着実に変化があらわれている。そのことを指摘するには、最近わ
れわれを驚かした一つのニュースをあげれば十分であろう。今年に入って党
の機関紙『人民日報』の馬立誠氏が、「対日関係新思惟」と題する評論を発
表した(訳文は『文藝春秋』2003年3月号を参照)。対日関係では古い観念
をすてて、新しい思考を始めようと主張するもので、なかでも侵略戦争に対
する謝罪問題はもう解決済みで、日本がこれまで低利の借款で誠意を示して
きたことを評価すべきだ、という内容が注目をあつめた。このような主張は
当然国内で波紋を呼び、批判もあった。しかし日本事情に通じた人々のあい
だでは馬氏の意見に賛同する人もいた。党中央さえも、いまだ表立って馬氏
を批判はしていない。

江沢民体制からニューリーダー胡錦濤体制への移行にともなって、対日政
策も未来志向を重視するものに転換しようとしている。馬氏の論説はあく
まで個人意見とされているが、政策転換の初段階に、旧来の伝統的歴史観
にとらわれない新生思考を打ち出して、国内外の反応をみようとしたのか
もしれない。それにしてもこのような対日観の出現が許容されるまでに、
中国社会は成熟の方向に変貌しつつあるということである。80年代のはじ
め、このような政治的変貌が予測できたであろうか。

本書のテーマは、「変わる中国」と「変わらぬ中国」である。世の中に変
わらぬものなどない。問題は「変わらぬ中国」と言ったとき、なにをもっ
て変わらないとするのか。伝統社会であろうか。それなら中国における伝
統とはなんなのか。封建社会から社会主義社会への体制移行に関わりなく、
社会の根幹を貫く中華思想的な文明使命感や専制的な官僚組織のことか。
親族共同体としての「家」というものの延長線上に、天下「国家」が存在
する世界観のことか。生活様式や風俗習慣などに現れる儒教イデオロギー
的な行動規範のことか。それらを伝統と呼ぶとすれば、それはいつごろ形
成され、どれくらいの歴史をもっているのか。

一般には伝統社会は農村に典型的に現れると思われるが、では今日そうい
う農村をどのように規定したらよいのか。人口だけからみれば、13億のう
ち70%は農民である。しかし限られた農地しかないため、過剰な農村人口
は沿海部の都市へ流入し、大きな社会問題となっている。農民が土地を離
れ、産業労働力に転換するのは近代化の前提かもしれない。しかし土地こ
そが農民の命であれば、土地を放棄した農民とはいったい何者であり、土
地の生産と結びつかない伝統とはいったいなんなのか。彼らの伝統文化は
土地によって育まれ、土地の上にこそ成り立つものであるはずだ。

こうした問題は複雑である。時代差、地域差、民族差も考慮せねばならな
い複雑多様な要因をときほぐす面倒な作業である。とくに伝統的なるもの
の内実である社会システムの制度化や文化の原型、民族の特質などの起源
をいつの時代に求めるかについては、確定的なことはなかなか言いがたい。
中国史研究者の岸本美緒は、中国、朝鮮など東アジアの「伝統」は、はる
か遠古の時代に成立し、今日まで続いているわけではなく、ほぼ16〜18世
紀つまり明・清時代に形成されたものであろうという(「現代歴史学と「
伝統社会」形成論」『歴史研究』742号、2000年10月)。日本では戦国時代
をへた室町期以降が、わたしたちが現在、「伝統」と考えるものの形成期
とされる(網野善彦や勝俣鎮夫などの説)。

東アジアにおいて、伝統社会なるものが、仮にこのような時期に形成され
たとしても、近代になって伝統が克服されたわけでも、駆逐されたわけで
もない。装いは新たであっても、実態は伝統の復活である場合もある。も
ちろん伝統は不変でもなければ、社会を支える堅固な鋳型でもない。重要
なのは、近代化との相克のなかで、伝統は柔軟に変容し再生産されながら、
歴史と社会の枠組みを意識させるものとして機能していることだろう。

近代化において西欧との接触をどう評価するか。このことも中国に限らず、
アジアにおける共通の重要課題であろう。ひところ日本、台湾、香港、韓
国、シンガポールなど東アジアの経済成長の原因を儒教的伝統に求める考
えがあった。それらの国は共通して「儒教文化圏」に属し、礼と秩序の権
威が社会の安定と統制に有効に働いて、その父権的な原理が産業の発展に
寄与したと考えるのである。東アジアの経済発展と繁栄の背景に儒教文化
の伝統を想定するのは、西洋の近代化モデル理論では解釈できない活力の
要因が、この地域の経済圏に存在するからである。

いうまでもなく急速な産業化の成功を短絡的に儒教文化と結びつけるこ
とには注意が必要である。しかし儒教という文化的な価値体系が、意識と
行為の倫理的規範として作用し、政治的民主化、自由経済化、科学技術立
国の方向付けに一定の役割をはたすことは考えられるであろう。ただこう
した成功も西欧近代との接触と刺激があって、はじめて自生の文化が再認
識された結果であると思う。いわば前近代の伝統が近代の目標と行方の路
線で死滅することなく、もういちど頭をもたげる機会があったということ
である。あらゆる分野においてグローバル化の侵攻を受けながら、ローカ
ルなアジアは基本伝統を軸線からはずさなかったということであろう。

こうしたことからもわかるように、中国は前近代と近代、封建的慣行と自
由主義的志向をあわせもつ社会の過渡期にあるため、いろいろな意味で分
析が難しい。いわばあいまい領域に属している国だからである。貧困―富
裕、農村―都市、依存―自立、人治―法治、慣習―制度、統制―緩和、計
画経済―市場経済、一元的社会―多元的社会。これらの領域は完全に移行
しようとしているわけでもない。むしろますます分離し格差の拡がりが懸
念される領域もある。グレーゾーンのなかで、対立と融合と分離の力関係
がせめぎあっている社会である。

だからこそ、本書のテーマ「変わる中国、変わらぬ中国」は、「成長する
中国、停滞する中国」と単純に置き換えうるものではない。わたしたちは
せめぎあっている動態としての中国の姿をみたいと考えている。その場合、
わかりやすい理解の枠組みとして、「グローバル化」と「ローカル化」の
対比をもちだすことは可能かもしれない。「変わる中国」の根本要因にグ
ローバル化の現象があり、「変わらぬ中国」の根底にローカルなものに対
する価値再考と復興の運動があり、それが「近代化」と「伝統」の問題と
パラレルであるというのは、大きな間違いではないだろう。

 しかし問題は、世界をこのように明確に二分することではない。グローバ
ル化とローカル化との間には絶えざる交流と往還があって、社会は変動をと
おして再生し厚みを増していくのである。その厚みがどのような豊かさと結
びついていくのか、わたしたちはそのことに関心がある。

 ローカルな社会がグローバルな社会と不可避に結びついていることを自
覚した人々が、取りまかれた世界における自己の相対的な位置づけを見直し
たとき、考えだす再生産の方向は二つあるだろう。ひとつはローカルな世界
の維持であり、ひとつはグローバルな世界への全面的な参与である。これま
で築きあげてきた有形、無形の財産を放棄しないで、歴史への満足と伝統へ
のこだわりを貫く生き方をするのか、それとも外部世界から押しよせる圧倒
的な力に寄りかかって、華麗に脱皮し変身する生き方を求めるのか。ローカ
ルからの対抗とグローバルへの従属という区別であろう。

 しかし選択肢として現実的なのはいずれでもない。両者を折衷した第三の
道を選びとることが、比較的「健全」な社会をうみだす。つまりグローバル
化とローカル化は、社会においてお互いにくさびを打ちあい、重層的で錯綜
した構造をかたちづくるが、成功した発展的な社会は、すべてこの動態構造
に即した折衷的な方向をバランスよく模索し、果敢に歩み出している。

 中国においてその折衷的なありかたのプロセスにどのような特徴がある
か、現在の変貌が短期的なものなのか長期的なものなのか、それを解明する
ためには、いくつかキーワードが設定可能である。たとえば、人口過多、高
齢化社会、社会保障、所得格差、失業、余剰労働力、交通運輸、貧困、農村、
医療、教育、公共、腐敗、民主化、民族、宗教、エネルギー、環境破壊、台
湾、軍事、情報社会など。本書がそのすべてを扱うことは不可能である。そ
こで各人がそれぞれの専門に引きつけて、経済、資本、開発、観光、情報、
教育、文化、海外華人などの各方面から多元的に描こうとした。政治に関す
る原稿がないのは残念であるが、メンバーのなかにその方面の研究者がいな
かっただけで、特別な理由はない。

 本書の意義については、もう一点考えている。それは日本の「近代」を中
国をとおして相対化する試みである。

いま中国がもっとも求めているのは、経済発展と社会秩序の安定である。
日本が戦後、いちはやく自らの羽翼を再生して国際社会に復帰し、最先進
国にまで成長したことは、アジアのモデルとして生かしてよいだろう。し
かしいわば「功成り、名を遂げた」日本は、もう一度足もとを見つめ直す
時期に来ている。その意味で、変貌の過渡期にある中国への考察は、「近
代」をなしとげた日本の現在を相対化する一助ともなるであろう。


ただ本書には、直接そのことをテーマにした論文はない。しかし、日本に
留学し日本のことを学んでいる著者たちには、当然そのことは意識されて
いる。前面に出ていなくても、思考と分析の背後には、つねに日本への問
いかけもあると思っていただきたい。

おりしも日本はいま昭和ブームである。大分県にある豊後高田商店街は
「昭和の町」を復活させ、平日でも観光ツアーがやってくる。岐阜県美濃
加茂市では昭和30年代の農山村をよみがえらせたテーマパーク「日本昭和
村」をオープンした。なつかしさもあって、ここも観光客が絶えない。お
台場では「台場一丁目商店街」と称し、やはり30年代の下町を再現した。
昭和を知らない平成生まれの若い人たちもレトロな情景をもとめて連日
盛況であるという。

 なぜいま30年代なのであろうか。戦国村や江戸村は、先祖が生きた時代の
再現とはいえ、テレビや映画でしか見たことのない架空の世界である。しか
し昭和は、人々の記憶が走馬燈のように生きていて、生活のさまざまな局面
で、近い過去としていろいろな意味づけをしながら、その影響を引きずって
いる時代である。そうした記憶に引っかかる部分を共有する人々が生存し、
記憶を共有しない次世代の若者に懐かしさという余裕をもって語り伝えら
れる。昭和はすでにそんな時代になったということであろう。

 30年代は日本がまだ貧しさから抜け出せないながら、未来に希望があった
時代である。皇太子の成婚、新幹線の開通、東京オリンピック、池田勇人首
相による国民総生産倍増の宣言。高度成長期に入る過渡期であり、世の中に
は「元気」がみなぎっていた。40年代になると、日本は一変してしまう。列
島は大改造され、日常生活に西洋化がどんどん浸透する。30年代は、その前
段階の古きものと新しきものとが入れかわる時代であり、価値観が未来を志
向して再構築される時代であった。

 復活した昭和の町や村の世界に入ってよみがえる感傷は、単なる自己満足
以上の意味をもつのであろう。それは現在、さきの見えない閉塞的な社会に
直面して、人々があのときの「元気」を回想し、過渡期のエネルギーをもう
一度わが身に取りこんで、社会に投げ返してみたいという希望ではなかろう
か。

 いま中国は日本の「昭和30年代」に匹敵する活気である。活気のみなもと
は経済成長による生活の向上が人々にもたらした自信と矜持であろう。人々
はもはや中国という「世界」の枠内で生きようとするのではなく、世界のな
かの「中国」という生き方を模索している。「走出中国、走向世界」(中国
を出て、世界に向かう)というスローガンはその意気込みである。

世界システムに規定された国際社会にみずからも組み込まれているとい
う前提を自覚したとき、中国に近代がはじまる。それは国民国家を軸に世
界単位へと向かう果敢な参与であるからだ。そのために葬られる物質的、
精神的遺産を代償としてもなお改革はつづくだろう。中国を訪問して壁に
「拆」の白文字を見るたびに、私はそういう感慨を抱くのである。住宅改
造は社会変動のまさに象徴的現象であるからだ。

 今年(2003年)1月、東京で「日本華人教授会議」が発足した。東洋学園
大学の朱建栄氏らが中心となって設立した在日華僑・華人学者の集まりであ
る。いま日本の大学や研究所ではたらく中国人の数は、非常勤講師もふくめ
れば、3千人以上はいるといわれる。もはや彼らは日本の知的生産者として
かけがえのない存在であり、日本の若者に知的刺激をあたえる重要な教育者
として社会に貢献している。

 本書の執筆者は私をのぞいて、こうした優秀な若い中国人によって構成さ
れている。このなかには、すでに教職を得ているものもいるが、大部分は大
学院に在籍する留学生である。彼らを学者というにはまだためらいがある。
編者の意図を十分に消化しきれずに終わってしまった論文もあるだろう。し
かし彼らの論文を読みながら、この時代の現実を理解し、生きていこうとす
る彼らの真摯で深い内省に心打たれたことは、編者にとっては大きな喜びで
あった。

彼らの身体の奥底には日本人のわたしにはわからない不変中国へと遡及
する歴史が脈打っていて、変動する現実中国をその過去の遺産と闘わせて
いるのではないかと思わせるところがある。異国にあって、外部の周辺か
ら本国をみつめたとき、彼らは多くのいらだちをおぼえることだろう。本
国の社会に統合されていない自己は、自由な分だけ見えてくるものの巨大
さにおののくことにもなる。

 現実は、いつも過去の歴史を鍛え上げる場として立ち向かってくる。そう
ならば、歴史的に醸成され身体に刻印された過去を媒体として、彼らが本書
のテーマに取り組んだ経験は尊いというべきであろう。すでに述べたように、
われわれの意図は現代中国の諸問題を変化の相においてとらえ、多様な動態
性のなかに伝統的固有な原理がどのように機能しているかを発見すること
にある。若い著者たちが、本書への寄稿を契機としてもう一度、伝統と近代
を貫く時間に身を寄せ、世界のなかの中国という空間的位置づけを認識し、
足場のしっかりとした研究者として成長していくことを期待したい。

 本書ができあがるにあたっては、李瑞雪君の献身的な働きがなければ、こ
こまで到達しなかったであろう。遅滞しがちな原稿に気をもみ、メールで何
度も叱咤激励をとばしながら、賢明に著者たちを導いて完成にこぎつけたの
は、まったく彼の卓越した組織力による。

 さいごに全日出版の武 久仁夫氏のご尽力に心から感謝したい。若き学徒
たちの才能を見込んで本を一冊書かせるということは、なみたいていの勇気
ではない。営利を優先させねばならない業界の仕事としては冒険であろう。
荒波を乗りきるための船は氏が用意してくださった。あとは若い著者たちが、
自分の羅針盤で航海する番だ。今回舵取りをした筆者としては、本書がいつ
か宝船となって帰還し、全日出版に福徳をもたらさんことを願うばかりであ
る。

2003年7月吉日

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●特別報道★目次構成

序文 (櫻井龍彦)

PART? 市場経済の進展にともなう産業構造の変革

第1章 社会資本整備における地域格差と形成要因
    ――財政構造の視点から(兪 ?)

第2章 流通システムにおける二つの波
    ――「集市」の再生と「流通革命」の勃興(李瑞雪)

第3章 伝統産業における手工生産と機械生産
    ――景徳鎮セラミックス産業の事例から(喩仲乾)

PART? 地域開発の振興にともなう伝統社会の変動

第4章 地域開発プロジェクトがもたらした村落社会の変貌
    ――図門江地域の事例から(徐瓊)

第5章 見いだされる“神話”、利用される“神話”
    ――地域開発における伝統文化の役割(櫻井龍彦)

第6章 民俗の担い手と行政のかかわり
    ――紹興の地域振興における信仰祭祀の活用から(陳志勤)

PART? 改革開放後の成長にともなう社会文化の変容

第7章 市場経済の影響による高等教育のひずみ
    ――教育の効率性と公平性の観点から(劉海波著、兪 ?訳)
    
第8章 情報化社会への歩みと「生活の質」
    ――SARSをめぐる対応から(史念)

第9章 「中華文化」の継承と「新」「老」華僑の融合
    ――在日華僑学校の役割変化に着目して(張玉玲)

あとがき(李瑞雪)
 
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●特別報道★あとがき

 本書ができあがるまでの経緯について、簡単に記しておきたい。

執筆者の大部分が所属する「中国開発研究会」は、名古屋大学大学院国
際開発研究科の中国人留学生および中国研究にたずさわる日本人学生
を中心メンバーに、1996年5月に発足した。結成以来、公開セミナー
や調査報告会などを通じて、中国の経済開発や社会開発に関するさまざ
まな問題について、地道な研究活動をつづけてきた。

結成後、今年が8年目になる。そろそろ研究会としての成果を一度まと
めてみたらどうだろうかという意見が出て、昨年夏から共同研究プロジ
ェクトを実施した。その成果がこの『変わる中国、変わらぬ中国――激
動する巨大国家の全貌』である。

 研究会の一区切りと考えたプロジェクトは、20数年にわたる改革開放に
よって中国社会は何がどう変化したか、その変化過程において変わらない
ものがあるとすれば、それはいったい何なのか、という少し大胆な問題設
定をして、できるだけ具体的な事例研究から各人の考えを掘り下げていく
ことから出発した。

これまでに2回の合宿、10回をこえる研究会を開催し、毎回あつい議
論を交わすうち、自分たちの研究成果を本という形にしてまとめ、世に
問うてみたいという願望をもつようになった。幸いメンバーの専門は多
岐にわたるため、複眼的に現代中国の実態に接近できるのではないかと
思い、出版化の実現に向けて各人が論考をまとめることにしたのである。

中国研究の分野において、わたしたちは、「アウトサイダー」(海外から
中国を見る研究者)でもなければ、純粋な「インサイダー」(中国のな
かで中国を見る研究者)にも属しない、一種の「サード・サイダー」と
言える。だからこそ中国をより客観的に、冷静に、深く洞察できる立場
にあると考えている。わたしたちは常にそうした自覚をもっていたし、
その使命感が本書執筆の最大の原動力でもあった。その意味で、中国に
興味をいだく日本の研究者にとって、本書が多少なりともユニークな視
点を提供できれば、著者一同にとって望外の喜びである。

著者たちにとって、ただひとつ残念なことがある。それは当初から本書
の執筆者として参加するはずだった王暁葵と陳齢両氏が、原稿の掲載を
見あわせることにした点である。王暁葵氏は広州にある中山大学の助教
授として、陳齢氏は愛知文教大学の専任講師として、教学の面で毎日多
忙な日々を送っているため、期日までに原稿を完成することができなか
った。二人はわたしたちの研究会の古参としてプロジェクトに参加し、
本書の企画にも多大な貢献をしてきた有力メンバーだけに残念な思い
である。

 本書の完成にあたって、まずわたしたち「中国開発研究会」の顧問であ
る櫻井龍彦先生に深甚の感謝を捧げたい。先生は編者として、全体の構成
を考案したばかりでなく、すべての原稿に目を通し、問題点や修正箇所を
指摘してくださった。先生の辛抱づよいご指導がなければ、本書を世に送
ることはできなかったはずである。

個別の原稿に貴重なコメントをいただいた名古屋大学大学院国際開発
研究科の長田博先生、大塚豊先生、?斗燮先生、名古屋大学大学院経済
学研究科の竹内常善先生、城西国際大学の福田順子先生にも心から感謝
申し上げたい。また一人ひとりのご氏名を明記することはできないが、
多くの方々から、懇切なご意見やご支援を賜った。この場を借りてあつ
くお礼を申し上げる。

 最後になったが、今回、出版の機会をあたえてくださった全日出版の武
久仁夫氏に、心から感謝の気持ちを捧げたいと思う。わたしたちのような
研究のスタートラインに立ったばかりの未熟な者たちには、書籍の出版は
まだ身分不相応かもしれない。しかし武編集長は快く承諾してくださった。
そのご高配に対し、あらためて感謝の意を表する次第である。

2003年10月吉日
李 瑞雪
 
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●特別報道★編者・執筆者紹介

櫻井龍彦
1952年生。
名古屋大学文学部卒業。同大学院文学研究科博士課程中途退学後、同大
学文学部助手、龍谷大学、中京大学をへて、現在名古屋大学大学院国際
開発研究科教授。
専門は東アジアの民俗学、民族学。
主な共編著に
『アジアの祝祭と生活』民俗院(ソウル)、2001年
『東アジアの民俗と環境』金壽堂出版、2002年

李瑞雪
1970年生。
1992年中国南京大学外国語学部卒業。中国の大手商社で4年余勤務
した後、来日留学。現在名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程
在籍。
専門は企業物流論、流通論、中国経済論。
主な著書に
『中国経済ハンドブック』(共著)全日出版、2001年
『中国経済ハンドブック2004』(共著)全日出版、2003

執筆者紹介(執筆順)
兪  ? 名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程。第一章担当。
李 瑞雪 名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程。第二章担当。
喩 仲乾 名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程。第三章担当。
徐  瓊 名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程。第四章担当。
櫻井龍彦 名古屋大学大学院国際開発研究科教授。第五章担当。
陳 志勤 名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程。第六章担当。
劉 海波 中国華東師範大学教育学院助教授。第七章担当。
史  念 愛知大学経済学部非常勤講師。第八章担当。
張 玉玲 名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程。第九章担当。
 
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●編集後記★中国人の執筆活動に応援してくださる方々に感謝します

名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程に在籍している張玉玲さ
んから共著書である『変わる中国 変わらない中国』をご恵贈頂きまし
た。私の読書習慣として、新しい本を受け取りましたら、後から前まで
読むことが多いです。今回は、若い友人の張さんから本を送られたこと
で、まず執筆者一覧を目通してみました。なんと、9名の執筆の中に、
指導教官櫻井先生のほか、8人全員が大学院博士課程の現役留学生です。
大変嬉しく思うと同時に、すごく感心しています。この場を借りて、若
い後輩達の努力と活躍に祝いの言葉を送り致します。李さん、張さん、
皆さん、おめでとうございます。

八十年代の中期から、中国人による日本語著書活動が少しずつ見せられ
ています。九十年代の半ばからは段々盛んになりました。私は、同胞達
の執筆活動を研究、応援するため、1998年年末に、内山書店のご協
力を得て、中国人の日本語著書展というイベントも企画・開催致しまし
た。その展示された本をペースに、初めてのデータブック『中国人の日
本語著書総覧』も発行致しました。お陰様で、多くの研究者から好評頂
き、私にとっては何よりも嬉しいです。

近年には、中国人学者から続々新刊をご恵贈頂いています。その傾向の
一つとして、執筆者達の年齢がますます若くなってきています。今回の
ような大学院に在籍している博士学生達の活躍も珍しくなくなりました。
このような書物を出せることは、執筆者達の努力のほか、指導教官の協
力、櫻井先生のような大変親切に応援してくださった先生方の力は欠か
せないです。櫻井先生の序文をぜひ読んでみてください。現代版の「藤
野先生」ではないでしょうか。もう一つは、出版者側の力です。私の創
立した日本僑報社も微力ながら、日中両国の学者研究者の書物を中心に
刊行していますが、ぜひ多くの方々にご推薦くだされば幸いです。

中国人の著書活動を応援するため、今年末には、第二版の『中国人の日
本語著書総覧』を刊行する予定です。私の統計では、中国人の単著だ
け、既に500冊を超えています。五年ぶりの新版刊行ですので、出来
るだけ皆様のご著書を紹介したいです。どうか、多くの情報を寄せて
ください。よろしくお願い申し上げます。

最後に、李さん、張さんたちのご活躍を応援してくださった櫻井先生を
はじめ、出版社の方々、関係者の皆さんに感謝の意を表します。そして、
李さん、張さん、皆さん、わかるパワーを生かして、もっと素晴らしい
本を書いてください。

段 躍中 2003.11.19午後1時

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 日中関係・華僑華人情報専門誌・毎週水曜日発行 編集発行:段躍中
  1998年8月創刊・バックナンバー閲覧はhttp://cf.net/cpjへどうぞ 
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