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「海を渡った自衛官─異文化との出会い─」vol.2

発行日時: 2008/5/14

パキスタン国際緊急航空援助隊の概要

■2005年10月8日、パキスタン北部は大震災にみまわれた。国際的には南アジア地震と呼ばれた。北部山岳地帯のバタグラムでは死者が3900名、負傷者は7250名も出た。その南西のムザッファラバードでは、死者は1万1000名、負傷者数はいまだに分からない。建物の倒壊率は90%をこえていた。その西方にあたるマンセーラでは、死者が3万2700名にものぼり、負傷者はやはり数え切れない。
 政府は国際緊急航空援助隊の編成を発令した。北部方面隊と東部方面隊では、ただちに人員147名と、中型多用途ヘリUH-1H、6機を派遣することになった。
 部隊の任務は、援助物資をイスラマバード・ヘリポート(標高1700フィート/約520メートル)で積み込み、距離にして150キロ、飛行時間およそ50分のバナ(標高4400フィート/約1450メートル)とパタグラムヘリポートに運ぶことだった。
 パキスタンの平野部には雲がない。ところが、山間部に入ると、大気は不安定になる。雷が鳴ったり、突然驟雨があったりもした。ヘリの飛行高度は、いつも5500から6000フィート(1670から1820メートル)である。
 航空隊は現地のパキスタン陸軍、外務省のJAICA、国際連合のIOMと密接な連絡をとった。被災者のニーズは刻々と変わる。きめ細かい「まごころ支援」が隊員、みんなの合い言葉だった。物資をおろした帰途は、負傷者や病人も運んだ。
 派遣期間は、10月17日から11月24日になった。ヘリを1日4往復、休みなしに飛ばし続けた。運んだ物資の総重量は40.7トンにもなった。

ぼくらは国際競技大会の代表選手です
                       東部方面航空隊操縦士 N1尉

■ ほんとうは行きたくなかった

 パキスタン行きは偶然だった。本来の待機要員だった操縦士が急遽、スマトラ地震に派遣になったからだ。予防注射の有効期限が残っていた者ということから、N1尉ともう一人の若手パイロットが選ばれたのだ。
 「正直なところ、行きたくありませんでした。無事故飛行3000時間の記録達成が迫っていました。それに、先輩と行くというのならいいのですが、今回は操縦学生課程で5年も後輩の若手を私が連れて行くことになったのです」
 不慣れな外地で飛ぶ。自分のことはいい、でも、若い後輩は何があっても無事に日本に連れ帰らなければならない。その責任がなんとも気分を重くしたという。
 もう一つの悩みもあった。派遣される部隊の主力は、北部方面隊である。自分たち、他方面隊からの増援は、部隊にとっては「継子(ままこ)」になる。何かと意思の疎通がうまくいかず、疎外されるのではということも心配だった。
 「そんな心配は不要でした。よくぞ来てくれたと大歓迎。何の困ったこともなかった。陸自はやっぱり一家だったという思いを深くしました。3000時間の記録達成も現地で祝ってもらえました」
 ヘリは空自の輸送機、C-130に積み込んで運んだ。隊員は迷彩服のまま午前3時に日本を発った。翌日の午前1時にバンコクに着き、パキスタン・エアの旅客機に乗りかえ、午前4時にイスラマバードの空港に着いた。

■ パイロットの苦行

 空にはいつも、たくさんの凧が舞っている。パキスタン人は凧揚げが大好きだ。子どもではない。大人の立派な趣味なのだ。1日中あげている。その糸が、やたら強いテグスのようなもので、ヘリのローターに巻き付いたら、たちまち墜落してしまう。
 イスラマバードの大気は安定している。雲を見ることも珍しい。午前中は風もほとんどないという土地だから、どうして凧が1000フィートも揚がるのか、いまだに分からないとN1尉は笑った。
 「市民が夕食の仕度にかかる時間帯も大変でした。羊肉のシシカバブの煙が、どこの家からも盛大にあがっています。風がない街の上空には、いつもその煙が滞留するのです。朝食用にも、彼らは午前3時頃から煙をあげて肉を焼く。それと、11月は渡り鳥のシーズンでした」
 N1尉は、そのいがらっぽい煙や、舞い上がる砂塵のおかげで、すぐにノドを痛めてしまった。ヘリに給油する設備があるのは、飛行時間わずか5分のチャクララ空軍基地である。しかし、その5分間は視界を遮る白い煙の中を、無数の凧と、その見にくい糸をかわし、さらには渡り鳥の群れの中をかいくぐるパイロットの苦行の時間だった。

■ 衛生環境の違いと常識のずれ

 水道の水は消毒されていない。ろ過しただけだから、水で洗った生野菜も、食べれば必ず下痢をした。ホテルの部屋のシャワーも油断できない。流れる湯や水が唇にふれただけで、すぐに腹が痛くなった。
 ゴミの処理機能も行政にはないから、街中、どこでもゴミだらけだった。市民たちも自分の家の敷地以外は全部ゴミ箱と思っているように見えた。
 風土病としては、マラリア、デング熱、結核、コレラ、赤痢、腸チフスなどがあった。人々に衛生という観念そのものが無いと同じだとN1尉は思った。
 被災地からの帰途、ヘリは現地の傷病者も運んだ。その中には、やせ衰えた結核患者もいた。報道はされなかったが、ヘリの搭乗員の中には、感染してしまい、帰国後に結核菌の陽性反応が出た人もいた。
 でも、ほんとうにやり甲斐のある仕事だとN1尉は思った。パキスタン軍も、現地の人々もたいへん感謝をしてくれた。パキスタン人の日本大好きは、大いに隊員たちの疲れや、不安、不満をいやしてくれたのだ。
 「何をおいても、すぐに日本はヘリを送ってきてくれた。そんな国は他にはない。日本人は偉い。太平洋戦争では、国土から3000キロも進出して欧米と互角に戦った。惜しくも負けたが、立派に復興して発展している偉大な国家、国民だとパキスタン軍人は私たちを褒めてくれました」
 自国の歴史ばかりか、他国のことにも詳しかった。私たち自衛官は、かえって自国のことについて知らない、これはまずいなとN1尉は思ったという。

■ きれいな仕事をしたかった

 N1尉は、まっすぐにヘリ操縦士になったわけではない。生まれたのは、羽田空港のすぐ近くだった。幼い頃に、ジャンボジェット(ボーイング747)の大きな模型を父親から買ってもらったという。両手で抱えた。その時の嬉しかった気持ちは今も覚えている。
 父の仕事の都合で高校生時代は神奈川県で過ごした。町から奨学金をもらい、アルバイトをしながら通学した。2年生の時に大学に行きたくなった。ところが、家にはゆとりがなかった。
 「いろいろな仕事をしました。焼き肉屋の店員、空調関係の設備工事、トビの仕事。もともと、物作りが好きでしたから、体を動かすのは苦にならなかった。金も入りました。でも、同時に、仕事の世界の、金にまつわる汚い部分も目につきました」
 きれいな仕事をしたかった。自衛隊がいい。戦闘機のパイロットになろう。高卒で受けられる航空学生を受験した。失敗する。そして、2等空士で入隊、熊谷基地で新隊員教育を受けた。卒業時には、警戒管制の職種に指定された。レーダーサイトの勤務である。
 稚内の第18航空警戒群、北の防空の最前線だった。前年には、ソ連戦闘機による大韓航空機の撃墜事件があった。そんな緊張感があった時代だ。神経的にまいったところで、退職を申し出ると、小隊長から陸自の曹学を受けてみたらと勧められた。
 需品職種になった。補給隊の駐屯地の中で陸曹操縦課程の制度があることを知った。
 「勉強もしたくなって、大学の通信課程も受けました。現役の陸曹から操縦士になれる課程があるのは陸自だけです。こうした経歴で分かるように、私はどこにでもいるふつうの若者でした」
 ごくふつうの日本人が、国際貢献活動に行けば国家の代表選手になる。その言葉遣い、しぐさ、行動、態度すべてが見られてしまう。だから、私たちはそのことに大きな誇りをもって、自分の日々の仕事に取り組まなければいけないとN1尉は端正な顔をほころばせた。

 
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