“人生、宇宙、すべての答え”とは?
散文詩の形式を用いて、根元的な問いにどこまで簡潔に答えられるか。
常識を超えて、より深く考えたい人へ贈る、50回連載の思考実験。
- 最新号:2008-09-05
- 発行周期:週2回
- 読んでる人:17人
- 創刊日:2008-03-24
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「喜びの詩」 第42号 “社会での価値観、世界観” 前半
発行日: //
「喜びの詩」 第42号 2008年9月5日
常識を超えて本当の答えを探る思考実験
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目次
□ 世界の成り立ちについて
□ 人のありようについて
□ 生きることについて
□ 自分の生を、より大きな喜びにすることについて
□ 他者との関わりを、より大きな喜びにすることについて
■ 社会との関わりを、より大きな喜びにすることについて
○ 社会
○ 教えと道徳
○ 集団
○ 知ることの必要
● 社会での価値観、世界観 (●前半/○後半)
□ いくつかのものごとについて
(本号に掲載するもの:■●)
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─────── 社会での価値観、世界観
人は時に、社会の中で生きていけるかどうか、不安になったりしうる。
社会を渡っていくことが、まるで綱渡りのように感じられたり、
社会的な様々な達成が、手の届かない奇跡のように思えたりしうる。
しかし自分が、あらゆる危険な分かれ道の中から、ここまで生きるという道を選べたこと、
今この肉体の中で、自分の理解を遥かに超える、複雑な活動が行われていること、
生物が生存しえない漆黒の空間の中で、ある球体の表面に特別な環境ができ、
そこで自分を含む多くの生物が育まれていること、などを考えれば、
それこそまさに、気の遠くなるような奇跡と言える。
偶然の確率で考えれば、奇跡としか言いようのないことが、ごく身近で淡々と進行しており、
人は日々、その恵みを、浴びるように享受しながら生きている。
そう気づくと、大抵のことは起こりうる、何が起きても不思議でないと思えてくる。
社会を渡っていくことも、それほど困難なことではないと思えてくる。
どんな達成にも、可能性は開いていると思えてくる。
ものごとの奇跡的な価値は、その事例がたとえ多くあっても変わらない。
すばらしいものごとが、それだけあふれているということであり、
むしろ世界はそれだけ、とてつもなくすばらしいものとして捉えるべきもの。
現状や社会への不満は、往々にして、こうした喜びを捉える力が麻痺することで生じるもの。
ものごとは、偶然からなるのではでなく、多くの必然と、その核の自由からなる。
生という航海も、例外ではなく、
そのほとんどは、「自動の働き」という大船に守られて進むもので、
その要所のみを、自分の裁量でかじを取っているにすぎない。
とすれば、その航行について、過剰に気負う必要はない。
大きな力に補佐されていることを忘れ、自力だけで生きなければと思うあまり、
社会の中で委縮するなら、かえって自分を生かさないことにもなる。
逆に、社会の中に身をなげうてば、大きな力が生き生きと働くのを、実感することにもなる。
少なくとも、何らか他者の役に立っている限り、人は社会の中で生かされる。
それは、他者に何らかの喜びを与えている限り、人にはそれなりの喜びが返されるゆえ。
社会に大きな喜びを与えた人でも、社会的な様々な尺度において、
時に不釣り合いに恵まれていないように見えることもありうる。
しかしその状況は、恵みを受けるまでの一時的なものだったり、
当人の習慣的な思いが具現化したものだったり、
遠い過去の原因が結果したものだったり、
または外見によらず、当人にとっては、そのままで充分喜びを感じられるものだったりする。
いずれにしても、全ての結果は、理由のあるもの。
つまり、理不尽な結果というものはない。
ゆえに、結果を心配するのは、いつでもおよそ無駄なこと。
社会的な状況がどうあれ、その原因がどうあれ、
人のとるべき態度は、最終的に変わらない。
それは、悲しんだり、恐れたり、怒ったりする過程を越えて、
喜びへとかじを向け続けること。
それが、不幸な状況を幸せに変え、幸せな状況をさらに幸せにするための、唯一の方向。
─────
社会の中で、人は思うところの人物になりうる。
ある人物になるために、具体的に定まった手順や方法はない。
ただ、必ずしなければならないのは、思うこと。
そこから具現化が始まり、自ずと手順や方法が引き寄せられる。
思うことで、人はその人物になるための最初の資格をもつ。
人の行う事業は全て、人の思いが発端になって実現するもの。
思いのもとに、全ての要素が集まる。
思いのないところから生まれる事業は存在しない。
実現まで決してあきらめない思いが生まれたとき、事業はそこに実現したも同じになる。
思うことで事業が成功するなら、それは一見、容易なことにも映る。
しかし、否定的な状況が現れても、思いを保ち続けることは、相応の挑戦を要すること。
そして、それは実際、事業の成功にとって最大の関門になり、結局、唯一の関門になる。
結局、社会の中のどんな出来事も、思いがその主導権を握るもの。
この世界が、「もともとの意識」の思いから始まったとすれば、それももっともなこと。
資質や境遇に恵まれなくとも、人は社会的に活躍しうる。
他者が余裕をもって片づけることに対し、
常に全力で対処せざるをえない状況は、むしろ人の可能性を開く。
その習慣は、自分を向上させる尽きない力になり、
尽きない力は、やがて他者を凌ぐ能力さえもたらしうる。
ある水準の能力を発揮するために、有効なのが、
より高い能力を身につけること、
より大きな負荷に耐えること、
より高い目標をもつこと。
これは、技能についても、体力についても、気力についてもあてはまる。たとえば、
歩ける能力を身につけてこそ、楽に立つことができ、
走れる能力を身につけてこそ、楽に歩くことができる。
大きな責任に立ち向かうことで、ささいなことを負担に感じなくなり、
大きな危機に立ち向かうことで、ささいなことを不安に感じなくなる。
自分を超えた存在を念頭に置くことで、自分のもつ本来の力が引き出され、
社会的に大きな実績は、それを超える大きな夢が描かれた結果、往々にして残される。
いつでも、どこでも、どんな場面にも、可能性というものがある。
それはつまるところ、「もともとの意識」の中にある。
社会における、新たな創造、発見、打開策、それら全ても、潜在的にそこにある。
掘り出す難しさは様々としても、
それぞれの場面にとっての最善の「設計」が、必ずそこに埋まっている。
それは、そこにある可能性が、真に無限のものであるゆえ。
人がどこまで掘り続けるかは、埋まっているものの存在を、どこまで信じるかで決まる。
つまり人は、信じる範囲のものだけを、掘り当てられる。
同様に、人は、信じる範囲の可能性だけを、かたちにしうる。
つまり、信じる思いに見合う「設計」だけが、参照されて具現化される。
少し掘ったところに見え隠れしていれば、誰でも可能性を信じうる。
少し掘ったくらいでは何の気配もなく、誰も見向きもしないようなところを、
掘り進んでいけるということが、無限の可能性を信じるということ。
それがどこまでできるかは、その「無限」とはどういうことかを、
どこまで深く思い、感じているかによる。
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あとがき
ここでは、社会を肯定的に見る視点について、
また社会における人の可能性について考察しました。
次号では、所有、時間、人生の成功、などについて考えます。
それではまた。
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発行者 哲楽人 週2回発行(月曜・金曜)
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