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海外ドキュメンタリーを中心に!

発行日時: 2008/3/23

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 ◇世界・ふしぎ発見! 「アラビアンナイトの国ドバイ幻想紀行」 
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『世界・ふしぎ発見! 「アラビアンナイトの国ドバイ幻想紀行」夢
世界を現実化!究極のリゾート島』「アラブ首長国連邦の一首長国、
ドバイの歴史を紹介する。ドバイは今、高層ビルの建設ラッシュに沸
いている。奇抜で斬新なデザインのビルを造ることで話題をつくり、
観光や企業誘致のビジネスに取り入れている。40年前までは、小さな
港町にすぎなかったドバイの繁栄のきっかけをつくったのは、第8代
首長のシェイク・ラーシッド。石油の枯渇が危ぶまれていた当時、彼
はオイルマネーに頼らない国造りを目指した。ドバイの通商の歴史は
5千年にも及び、4大文明のころにさかのぼる。スークと呼ばれる市場
では、今も香料やスパイスが売られ、かつての面影をしのばせる。き
らびやかな現在と長い歴史が交差するドバイの魅力を紹介する。ミス
テリーハンターは甘糟記子。問題は、19世紀から20世紀にかけて当時
ドバイが取引量世界一の産地だったという物は何か、など」

ドバイは本当に凄い。限られた資源はいつか無くなる。だから、その
前に、石油以外の産業を充実しようとしている。パームツリーの形を
した埋立地には、別荘が立ち並ぶ。世界中のVIPが購入した。パー
ムツリー形にすることで、海沿いが多く得られる。あっという間に完
売したそうだ。今では、3本のパームツリーの島があり、他にも、世
界地図方の島がある。人工雪で、巨大なスキー場も作られた。室内は
常に、零下に保たれていて、暑い国では大人気なのだ。街には、世界
中の料理を楽しめるレストランも多くある。豪華絢爛なホテルは、世
界中の豪華ホテルに飽きた大金持ちも、満足するだろう。

「アラビアンナイトの王子(?)は、魔人に、世界中で最も素晴らしい
宮殿を建ててくれ。金、銀、エメラルド、ルビー、サファイアなど、
あらゆる宝石を用いて、世界のどこにも真似のできない宮殿にしてく
れ」と言った。その物語のように、ドバイの斬新なビルは、お伽の国
にいるように煌びやかだ。今も建設ラッシュの真っ最中で、世界中の
クレーンの3分1が、ドバイにあるという。

ブランド店が並ぶ、近代的なデパートも良いけれど、やはり、スーク
が楽しい。乳香やスパイス、中でも金製品の一帯は、輝いている。結
婚するとき、男性は、金のネックレス、指輪、イヤリング、ブレスレ
ットをセットにして贈るそうだ。それは、夫にもしものことがあった
とき、お金に変えることができるからだ。

ドバイ郊外には、自然保護区もある。珍しい砂漠の動物を見ることが
できる。砂漠の中には、ヴィラタイプのホテルがある。テント風にな
っていて、室内は、アンティークな家具で雰囲気満点。部屋付きの小
さなプールから、砂漠を堪能することもできる。

ラクダに乗って、夕陽を見ては? 
リッチな国での「アラビアンナイト」体験も、また良いものかも。

<シリーズ イスラムの新しい風>サウジアラビア石油王国の素顔 
      → http://plaza.rakuten.co.jp/kirimarukun/diary/200803220001/
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 ◇探検ロマン世界遺産 「白亜の街・テルアビブ・ユダヤの夢」
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『探検ロマン世界遺産 「白亜の街・テルアビブ・ユダヤの夢」 テロ
紛争・理想と現実の中揺れる人々の思い』「イスラエルの中心都市、
テルアビブを訪ねる。テルアビブは20世紀初頭、ユダヤ人の街として
建設された。中心街には、1930年代から50年代にヨーロッパから差別
や迫害を逃れて移住してきたユダヤの人々が、開放的で自由な暮らし
への願いを込めて建てた白い家々が並んでいる。その風景から「テル
アビブの白亜の街」として世界遺産に登録されている。だが、中東で
繰り返されてきた紛争は白亜の街にも暗い影を落としている。90年以
降、白亜の街で自爆テロが頻発。96年には街の中心にあるショッピン
グセンターでパレスチナ人による自爆テロが発生し、13人のユダヤ人
が犠牲となった。また白亜の街は、イスラエルが抱える移民問題を象
徴する地でもある。90年代初頭にロシアから移住してきたある家族は
、身寄りのない白亜の街で生活基盤をつくろうと奮闘している」

テルアビブには、世界中からユダヤ人が移住してきている。国を去る
人の数を上回ったそうだ。ユダヤ人は、イエスキリストを殺し、大金
持ちが多いため、世界中から嫌われてしまった。どこででも肩身の狭
い思いをしてきたユダヤ人は、テルアビブに建てられた白亜の邸宅の
テラスでゆっくりと寛げるようになった。戸外でのんびりできるなん
て夢のようなことだった。

パレスチナ人による自爆テロが起こった。そのパレスチナ人は何教徒
だったのか?殆どがユダヤ人ではないのか? ユダヤ系の女性とイス
ラム系の女性が、ディスカッションしていた。まずはお互いを知るた
め。「イスラムは、殉教を尊い行為だと、なぜ教えているの?」「そ
れは誤解よ」 話し合いは終始、険悪なムード。なかなか理解するの
は難しいようだ。

パレスチナ地域から、出稼ぎに来ている青年は、家族を養っている。
本当は大学に行って経済を学びたいのだが、資金がない。ロシアから
来た家族は、夫が弁護士として成功したが、世間のやっかみを恐れて
いる。

宗教間や民族の摩擦は、とてもデリケートで難しい。しかし、暴動や
内紛で、この美しい白亜の街を破壊しないでほしいと願う。
→ http://plaza.rakuten.co.jp/kirimarukun/diary/200803220000/
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 ◇ハイビジョン特集 「はだしの歌姫の一世紀・ザンジバル・
風待ちの島で」推定95歳がうなる奇跡の歌声
▽大地を震わせて響く彼女の声のすごみとは(後編) - 2008-03-21
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『ハイビジョン特集 「はだしの歌姫の一世紀・ザンジバル・風待ち
の島で」推定95歳がうなる奇跡の歌声▽大地を震わせて響く彼女の声
のすごみとは(後編)』

「毎年2月、ザンジバル島(タンザニア)で行われる東アフリカ有数
の音楽祭。オープニングで喝采を受けて歌う黒褐色の老女が「島の生
きる伝説」ことビ・キドゥデ(推定95歳)だ。小柄な姿、だが歌い出
すと、辺りの空気が一変する。その歌声は言葉ではとても表現不能、
太く太く、夜空を振るわせて響く。キドゥデはアラブ系がアフリカ系
を支配していた少女時代に伝説のアフリカ系歌手と出会い、歌手を志
した。イスラムの戒律が厳しい島、顔をベールで隠して歌わねばなら
なかった。50歳頃革命がおき、アフリカ系が表舞台に立った。だが同
時に虐殺がおきる。「狭い島だから逃げることもできなかった」。そ
れでも彼女は歌い続け、少女たちに「女の生きかた」を教えた。何が
あっても自由奔放な生き方を貫いた事が彼女の声に途轍もない“凄み
”を与えた。90を越えてからの世界ツアー、ワールドミュージックの
見本市での大賞も受賞し、今や「世界最長老の歌姫」となった。彼女
ならではの人生哲学、そして質素な暮らしぶり。「アタシは貧乏な家
に生まれたんだ。今さらどうやって金持ちの暮らしができるんだい」
視聴した人が彼女の歌と言葉、そして彼女の存在自体に癒される番組
である」

1960年は「アフリカの年」と呼ばれた。カメルーンやナイジェリアな
ど、アフリカ大陸の17カ国が独立した。1961年、タンガニーニが独立
。1963年、ザンジバル王国の独立。1964年、ザンジバル革命が勃発。
スルタンは国外に亡命し、1割アラブ人が殺された。3世紀に渡って
続いたアラブ支配が幕を閉じた。1964年、ザンジバルとタンガニーニ
が合併。タンザニア連合共和国が成立。ザンジバルは、タンザニアの
一部になった。新しい歴史が始まった。ザンバルは社会主義国となり
、男女の平等、女性の解放運動が盛んになった。女性は顔を覆わなく
なった。

革命前、ザンジバルのストーンタウンに、「パルーク・パルサラ」と
いうインド系の少年が住んでいた。彼の家族は、ゾロアスター教徒で
、イギリスに亡命した。パルークは、成長し、「クィーン」のボーカ
リストとなり、「フレディー・マーキュリー」と名のった。
【ヤシの実取りと農民】ヤシの実取りと農民が出会った。我らは勝つ
。偉大な神の力で。そうだ、そうだ、大統領が言った。一緒に進もう
。後ろは振り向くな。

2月7日から10日まで、盛大な音楽祭が開かれる。「サウティ・ザ・ブ
サラ音楽祭」には、27ヵ国、41のグループが参加する。日本からの参
加している。ワールドミュージックの分野で注目を集めているグルー
プばかりだ。毎日、8時間も演奏が続く。ビ・キドゥデは、VIP中のVI
Pとして、初日から招待されている。キドゥデが、突然、プレス関係
者限定の舞台下の現れた。彼女が認めたアーチストに、御ひねりを渡
すためだ。

マリ国の「バセリークヤテ・ウムニア」の最新アルバムは、、BBCの
「ワールドミュージック・オブ・ザ・ワールド」を受賞した。「彼女
の歌はどうですか?」「本物の歌手だね。その理由は、A・紙をみて
いない。B・いい声をしている」 キドゥデは、御ひねりを渡しなが
ら話しかけた。「いいかい?遊びでやるんじゃないよ。一箇所に留ま
って歌うんだ。私は、あんたのお婆ちゃんだよ。ウロウロするんじゃ
ないよ。わかったかい?」 マリ人にスワヒリ語は通じないはずなの
に、彼女はずっと一箇所に留まって歌い続けた。キドゥデは、大人気
。若い男性に話しかける。「あんた私にウィンクしただろ。今夜どう
だい? あ、この人が連れ合いかい」「独身で相手を募集中だよ」「
だったら私がいるじゃないか」

ビ・キドゥデを世の中に知らしめたのは、マリアム・ハマダニだ。マ
リアムは、ドイツのラジオ局に勤めていて、音楽関係者に沢山の知り
合いがいた。20年前、マリアムは、ビ・キドゥデの歌を初めて聴いた
。「とても素晴らしい歌声だった。ブレスが凄かった。こぶしを入れ
て歌っていた

わ。他の歌手のストレートな歌い方とは違った。私は、海外に留学し
ていたことがあるの。向こうでコンサートにも沢山行ったわ。だから
こそ、ビ・キドゥデの素晴らしさがよく解った。もし、ヨーロッパで
歌ったら、みんな気に入るだろうと確信しました。他の人は笑ってい
ました。ビ・キドゥデは、もう歳だから歌えないとね」「練習に来て
くださいと言われた。練習ってなんだい?掃除かい?洗濯かい? 練
習ってのはともかく、掃除ならやるよ。料理も皿洗いだって」

1988年「ザンジバルの音楽3」が録音された。その中の一曲は、ビ・
キドゥデが歌う「ジュアトカ」だ。70歳にして始めてのデビューだっ
た。「自分の歌を聴いてみてどうでした?」「」いい声だと思ったよ
。その声を今も持ってる。そうでしょう?
【太陽よ昇れ(JUA TOKA)】太陽よ昇れ。太陽よ昇れ。濡れたマットを
乾かしたい。若いヤシの実は、熟れた実の代わりにはならない。競売
に慣れた人は、地道な商いはできない。

1989年、ドイツへ。「あのお客はどこから来たの?」「あなたのため
に来たの。だから、あなたの仕事をしてね」「私が歌うと彼らは感動
していた。みんな聞き入っていたよ」 オマーン、スウェーデン、イ
ギリス、南アフリカ、日本に2度行った。「沢山の建物、人を見た。
列車にも乗った。そして成すべき仕事をした」

「銀行で両替している犬も見たんだよ。冗談じゃないよ。この人に訊
いてごらん?」「犬を連れた人のことでしょ?新聞を読んでいる犬も
見たって毎日言ってたわよね」「あんた見てないんだね?ヨーロッパ
では犬がサービスしてくれるんだよ。犬が引っ張っていってくれるん
だ」

2005年、イギリスの「WOMEX」というワールドミュージック最大
級のイベントで、ビ・キドゥデはグランプリを受賞した。ザンジバル
の裸足の歌姫が頂点に登りつめた瞬間だった。「ビ・キドゥデの性格
は、他人と違った。決めたことを変えなかった。女であっても良いと
思ったことをやる。自分のため、女性のために闘った。人の言うこと
はきかなかった。だから衝突もあった。それでも、やりたいようにや
ってき。歌い方だって同じ。自分が決めた通りに」

現在、ザンジバルの女性達の中には、トラクターやパイロットもいる
。教育や仕事は当たり前。女性だけの協同組合もある。夫と対等な立
場を築く第一歩だ。自分の物は自分で買う。「あなたは、ワールドミ
ュージックの女王なのに、質素な暮らしですね?」「お金はもらえる
。だけど、私は自分の家に満足している。貧しさに満足している。そ
ういうものだと思っている。持ってたら使うけど、なかったら、それ
までさ。富なんかいらない。今さら豊かな暮らしなんてできないよ」
 

キドゥデお婆さんは、コンサートの最終日の朝、市場にいた。「こら
!神様みたいに偉そうにするんじゃないよ!もう7回も来てるんだ。
この色にあうショールを見せておくれ。まったく・・女でもいるのか
い?」 この日のステージ衣装は、水色の花柄。渋い黄緑色のショー
ルを選んだ。頭の前でリボンのように結ぶと、とても華やかになる。
スルタンの宮殿で歌っていた時は、桜色のドレスとショールだった。
とても似合っていた。

「ビ・キドゥデの全てがいい。パフォーマンスもドラムも」「あんな
に歳をとっているのに、魂が揺さぶられるわ」「ビ・キドゥデは、す
ごく好きだよ。彼女が、タアラブを生かしてきたんだ」「色んなスタ
ーがいるけど、みんな、ビ・キドゥデから出てきた。誰だってビ・キ
ドゥデが好きなんだ」「ビ・キドゥデのステージを待っているの。彼
女の歌は人に好かれるの。私たち、すごく好きなのよ」

撮影最終日。「今日帰るのかい?私も連れていってよ。あんたたちの
国に、2回も行ったんだよ。あ!手紙書くのを忘れないで!無事に着
いたら、手紙を書くんだよ」
→ http://plaza.rakuten.co.jp/kirimarukun/diary/200803210001/
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 ◇ハイビジョン特集 「はだしの歌姫の一世紀・ザンジバル・
風待ちの島で(前編) - 2008-03-21
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『ハイビジョン特集 「はだしの歌姫の一世紀・ザンジバル・風待ち
の島で」推定95歳がうなる奇跡の歌声▽大地を震わせて響く彼女の声
のすごみとは(前編)』

「毎年2月、ザンジバル島(タンザニア)で行われる東アフリカ有数
の音楽祭。オープニングで喝采を受けて歌う黒褐色の老女が「島の生
きる伝説」ことビ・キドゥデ(推定95歳)だ。小柄な姿、だが歌い出
すと、辺りの空気が一変する。その歌声は言葉ではとても表現不能、
太く太く、夜空を振るわせて響く。キドゥデはアラブ系がアフリカ系
を支配していた少女時代に伝説のアフリカ系歌手と出会い、歌手を志
した。イスラムの戒律が厳しい島、顔をベールで隠して歌わねばなら
なかった。50歳頃革命がおき、アフリカ系が表舞台に立った。だが同
時に虐殺がおきる。「狭い島だから逃げることもできなかった」。そ
れでも彼女は歌い続け、少女たちに「女の生きかた」を教えた。何が
あっても自由奔放な生き方を貫いた事が彼女の声に途轍もない“凄み
”を与えた。90を越えてからの世界ツアー、ワールドミュージックの
見本市での大賞も受賞し、今や「世界最長老の歌姫」となった。彼女
ならではの人生哲学、そして質素な暮らしぶり。「アタシは貧乏な家
に生まれたんだ。今さらどうやって金持ちの暮らしができるんだい」
視聴した人が彼女の歌と言葉、そして彼女の存在自体に癒される番組
である」

インド洋の珊瑚礁の海に浮かぶタンザニアの島、ザンジバル。面積は
沖縄本島の1.4倍。赤道に近い熱帯の島。キドゥデ(ハドバ・ビンディ
・バカラ)お婆さんは、推定95歳。撮影スタッフをからかう。「私の
夫になれるよ。私は何歳だと思う? 113歳さ」「裸足で歩く。私の
車はこれ。太陽、雨、それが何?レッツゴーだよ!まだまだ丈夫。よ
くお聞き。お前たちに問題を起すのは靴なんだよ。朝から晩まで履い
ていると一年中痛い痛いになる。周りの人にも訊いてごらん?キドゥ
デが靴を履いているかって。他人事じゃないよ。あんたの足はこんな
に柔らかい・私の足をよくごらん。硬いだろ。家に帰ったら裸足にな
りな。靴なしで歩いてごらん。力いっぱい揉んでごらん。痛くなんて
ないさ」 

19世紀の石造りの街並みがそのまま残るストーンタウン。街ごと世界
遺産に登録されている。この街で、キドゥデお婆さんを知らない者は
いない。「迷子になったら私の名前を言ってごらん」 20世紀初頭の
ザンジバルは、インドやアラビアなど世界中の商人で賑わっていた。
ダウという帆船で航海する商人は、風待ちのため、数ヶ月、ストーン
タウンに留まった。日本人も10人ほどいて、ジャパニーズ・バーは、
ザンジバルきっての酒場だった。「千夜一夜物語」のシンドバッドも
、ダウ船で旅をした。「アラミナドゥーラ」は、アラビア語で始まり
、途中でスワヒリ語になる歌だ。

【アラミナドゥーラ】おいでなさい。踊りの輪に。遠慮しないで光の
もとにおいで。確かめて、あなたの目で自由なザンジバルを。こんな
に良い土地についた。もう他はいらない。踊り明かそう。みんな一つ
になって。大枚はたいて踊りの準備はできた。大枚はたいた。だって
船乗りにゃ、明日はない。歌うんだ恋人よ。眠るんじゃないよ。あな
たに本当のことを言うわ。人を殺すのは恋。恋の病で私は眠れない。
わかるでしょう?わかってちょうだい。この病から救い出して。

「僕が夫だってちゃんと言った?」「何いってんだい。この子は孫だ
よ」「いいや、この人は僕の奥さん」 キドゥデお婆さんは、みんな
に愛されている。キドゥデとは「小さいもの」という意味。7ヶ月の
未熟児で産まれた時、指はくっついていて、口を開かずに泣いていた
という。キドゥデの父親は貧しい椰子の実売り、母親は港にご飯を売
りに行っていた。キドゥデが10歳の頃、「シティ・ビンティ・サアド
」という歌手が歌うのを、夜通し聞いていた。屋内からもれ聞こえる
歌声を、外の石段に寝そべって聞いていた。歌を覚えるまでは眠らな
かった。

ザンジバルは、その昔、オマーンの首都で、オマーン人のスルタンが
統治していた。白亜の宮殿には、ハーレムがあり、お妃が沢山いた。
そして東アフリカのザンジバルにアラブ文化が花開いた。その一つに
「タアラブ」という音楽があった。「ザンジバルの心」と呼ばれるタ
アラブは、19世紀の末、エジプトの楽団を呼んだのが始まり。バイオ
リンやアコーディオンなどの西洋の楽器と、カヌーヌ、ウードなどの
アラブの楽器で伴奏する。物憂げなメロディ、繊細な音色のタアラブ
の調べは、インドの影響も受けている。タアラブは季節風がもたらし
たのだ。昔、タアラブを演奏するのは、アラブ人だけだった。ハーレ
ムのお妃が楽しみたい時に、宮殿で演奏した。

19世紀の末、ザンジバルには、東アフリカ最大の奴隷市場があった。
アフリカ大陸から売られた奴隷たちが、鎖に繋がれて、アラビアやイ
ンドに売られていった。街に残った者は、農園やアラブの邸宅で働か
された。「シティ・ビンティ・サアド」も女奴隷だった。シティが大
人になった時、奴隷制度は廃止になったが、まだ差別の風習は残って
いた。「お前は、いつから人間になったんだ。布2枚だけで田舎から
出てきて、声がなかったら何を食べて生きるのだ」と言われた。シテ
ィは、スワヒリ語で歌い始めた。シティーは自分の権利を求めること
も伝えた。大勢の人が集まり、まるで新聞のように情報源になってい
た。「シティは好きですか?」「あれこそ私の歌う歌。人生において
ね。他の歌はうたわない。シティこそが、アフリカ系の中で最初にタ
アラブを歌った人さ。後にも続いたが、シティーが最初だよ」 キド
ゥデの叔父たちは、シティーの伴奏をしていた。

【ジャコンベのキャッサバ】ジャンコンベのお酒で酔って、大事な人
をののしらないで。繋いでごらん、雄ヤギを。つないでごらん、草の
あるところに。あちこち食べて戻るのは小屋。酔って騒いで、あなた
が帰るのは家。お鍋がグツグツ、お料理しなさい。帰っておいで。私
をなだめに。ジャンコンベのお酒で酔って、大事な人をののしらない
で。

早朝、キドゥデお婆さんは、家の前の通りをほうきで掃いていた。「
夜明け前に起きて外を掃く。これが女の仕事。人が通るのに、ゴミが
あったら汚いだろう?」 ムハンマドがイスラムの教えを伝えてから
、すぐに、この島にも伝わった。女性は、外に出ず、学校に行くとき
は、全身すっぱりと黒い布で覆った。アフリカ系にも広まり、キドゥ
デは、顔を覆って歌った。キドゥデお婆さんは、2度離婚している。
一度目は、田舎暮らしに疲れてしまった。2度目は、夫の浮気。「エ
イのしっぽで叩いてやった。他の女の家で洗濯しやがったからさ。エ
イのしっぽがどういうものか知っているかい?でも今はおとなしくな
ったさ」 歌手は、淫らな商売とされていたため、結婚してからはや
めていたが、離婚してから、また歌い始めた。

キドゥデお婆さんが、若い男性を叩いている。「誰が強いって?脱穀
みたいに叩いてやろうか?死ぬときは神様のおぼし召しだよ。さぁ、
仲間にお別れをいいなさい。「もう逝くよ」って」「俺って、殺され
ちゃうの?(笑)」 キドゥデは、昔、結婚式に呼ばれて夜通し歌っ
ていた。お酒を飲み、酔っ払って喧嘩もよくしていた。
【もしも】もしも、あなたを愛することが許されるなら、私にはあな
ただけ。どこまでも、あなたと一緒。天国に行ってもね。神が決めた
定めだから、逃れることはできない。だから私は神が与えるものを待
つ。いつか心が喜びで満ちるはず。

この島には、女だけの儀式がある。「ウニャゴ」は、初潮を迎えた女
の子に、どうやって身を守るかなどの性教育をする秘密の儀式だ。絶
対に公開でいないが、一部だけをショー化した「外のウニャゴ」を見
せてくれた。
【ウニャゴ】入りますよ。これから入りますよ。どうぞお入りなさい
。儀礼の場へ。どうぞお入りなさい。太鼓の用意はできている。ニワ
トリは寝る。ニワトリは寝る。タカがやって来る。ヒヒがモロコシを
食べる。
「私は、ウニャゴの最高位、ニャンガなのさ。色んなことを教えるこ
とができる。教えるのは4日さ。夜と昼をあわせて8回。いいかい?
それがウニャゴさ。さっきのように手ぬるいもんじゃない。終わるま
で外に出られないんだ。いいかい?ウニャゴで見る私は、全くの別人
だからね。全くの別人になる。太鼓(ムソンド)を叩くしね」 キドゥ
デお婆さんの足腰の丈夫なこと。弟子たちに加わって、見事な振り付
けを披露してくれた。性教育だけに、とてもセクシーな振り付けだ。

→ http://plaza.rakuten.co.jp/kirimarukun/diary/200803210000/
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 ◇だいすき!! 「みんなたすけて!」 - 2008-03-20
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『だいすき!! 「みんなたすけて!」』「美代子(岸本加世子)の病
気を知った柚子(香里奈)は仕事が手に付かない。安西(紺野まひる
)から事情を聴いたパン店の主人は、柚子にしばらく休むよう言い渡
す。ショックを受けた柚子は病院へ行くが、美代子は熱を出していて
話すことができない。看病する蓮(平岡祐太)から弁当を渡された柚
子は自宅へ向かうが、ふとしたことから家への帰り道が分からなくな
ってしまう。そのころ家に一人残されたひまわり(佐々木麻緒)は表
に出て柚子の帰りを待っていた。転校生の母親の京子(池田貴美子)
が、そんなひまわりの姿を偶然見つける。ひまわりを心配した京子は
食事を差し入れようとやって来るが、殺伐とした部屋の中を見てあぜ
んとする。おまけに、やっと帰宅した柚子は礼も言わずに横になって
しまう。状況を理解できない京子は、児童相談センターに通報する」

柚子の精神年齢はおそらく3歳くらい。でも、お父さんが癌で亡くな
ったことを理解している。お母さんまでが、癌でになったと聞くと、
柚子は、悲しくてならない。仕事や何をしていても「おかあさん!」
を連発し泣きじゃくるばかり。幼心にどんなにショックだったろう。
大人のように我慢することなど、無理な話だ。

柚子は、暫く仕事を休むように言われる。「お休みヤダ!」 お母さ
んに、「仕事をちゃんとやりなさい」と言われていたから。でも、こ
の状態では、仕方がない。帰り道で迷子になり、警察に送ってもらう


家に帰っても、放心状態。家の中が荒れ放題だという通報を受けた児
童相談センターの職員が様子を見に来た。「暫く、ひまわりちゃんを
施設に預かってもらったらどうでしょう?」「施設?やだ〜」「でも
、柚子さんは、ひまわりちゃんの面倒を見れますか?」 

そこへ、ひまわりが来て、「お母さんは、ひまわりのお母さんよ。私
はお母さんが大好き。ふたりで頑張るから!」と言いきった。「お母
さん、ふたりで頑張ろう!そしてらお婆ちゃん、元気になるよ」 

柚子はやっと、元気を取り戻した。まず、ご飯を炊いてみた。でも、
お水が多すぎてお粥に。「おかあさん、ダメだねぇ」 すると蓮が「
ダメじゃないよ。失敗は成功の母。失敗したから何が悪いかわかるん
だよ」「失敗してもいいの?」「いいんだ」 

次に、二人は、洗濯をした。ところが、赤い洋服と一緒に洗った体操
着がピンクに染まった。「あー!どうしよう」 ちょうどそこにやっ
て来たのが、幼稚園の時のお友達の野村さん親子。野村さんは、漂白
剤の使い方を教えてくれた。「何か困ったことがあったら、いつでも
言うんやよ」 

次に児童相談センターの人が来た時、柚子はこう言った。「わたしは
、出来ないことがたくさんあります。でも、頑張ります。それでも出
来なかったら、みんなに助けてもらいます」 柚子が通っている知能
障害者センターの安西さんはが、「柚子さんが、こう決心するのは、
とても大変なことなんです。彼女は、他の人はできるのに自分ができ
ないということにとても傷ついています。それでも、そのことを認め
るという第一歩を踏み出したんです」

琴音は、安西さんに言った。「安西さんは、ほんとに凄いですね。こ
んなに面倒を見るなんて」「全然、これは私の仕事なの。私にしか出
来ない仕事なのよ」 美代子は言っていた。「柚子は幸せ。助けてく
れる人が、こんなに沢山いるんだもの」 

困ったときに助けてくれる人。それが一番の財産かもしれない。普段
は疎遠にしていても、困っている人がいたら、駆けつけてあげられる
人になりたいと思う。今は、全くできていないけど。いつか、そうな
れるようにと思う。香里奈さん、蟹股な歩き方から仕草や視線を合わ
せない感じ、眼が泳いでいる感じがとても上手だった。拍手なのだ!
      → http://plaza.rakuten.co.jp/kirimarukun/diary/200803200000/
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 ◇クローズアップ現代 ▽帰還兵の苦悩▽イラクの現実 - 2008-03-19
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『クローズアップ現代 ▽帰還兵の苦悩▽イラクの現実』

戦争勃発から5年。未だに終結していない。米国は、イスラムのシー
ア派やスンニはなどの、各宗派の代表を集めて、国づくりをしようと
したが、宗派のアンディンティティーを強める結果になり、宗派間の
争いが激しくなった。

米軍は、スンニ派とシーア派の居住地域を隔てる壁を建てた。その結
果、交通に不便が生じ、物価は6倍にもなった。以前は、両方の宗派
が共存していた広い地域があり、二つの宗派な仲良くやっていた。し
かし、壁ができたことで、宗派は違うが、隣人を愛するという気持ち
もなくなりつつある。

戦争が起こり、多くのスンニ派が国外へ逃亡したため、スンニ派地域
には、医者がいない。看護師の男性が、医療を担い、時には手術まで
している。スンニ派の人々の職業復帰が認められたが、帰国しよとす
る者はいない。米国としては、イラクの治安を回復させ、街を復建さ
せなければ、面目が立たないというところだろうか。

一方、帰還米軍兵士は、国に帰ってから、ホームレスのなる人が増え
ている。イラク戦争に関して戦争開始時は、70%の支持率だったが、
今では30%に低下している。帰還米軍兵士に向けられる国民の視線は
冷たい。仕事に就くこともできず、家を借りることもできない。

帰還兵の殆どが、心的外傷後ストレス障害 (PTSD) に悩まされている
が、国は、PTSDと戦争との関連性がはっきりしていないとし、賠償金
を支払ってくれない。米国の病院では、こうした患者のための治療器
具が開発され、国内の20の病院に設置している。その装置とは、「バ
ーチャル・イラク」で、戦争を追体験することで、病気の原因を明確
にし、快方へと向かわせるものだ。

「この戦争により、米国は万能ではないことがはっきりした。ベトナ
ム戦争で、そのことを認識したはずだが、新たな科学兵器を得たこと
で、自信回復、自信過剰に繋がった。米国は、治安維持や復興の面で
も万能ではない。そのことを再認識しなければならない」
→ http://plaza.rakuten.co.jp/kirimarukun/diary/200803190001/

 
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