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おかまと震災 —あの日、あたしは神戸に行ったの— <第10話>

発行日: 2008/7/26

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 おかまと震災 
       ―あの日、あたしは神戸に行ったの―

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 <第10話>
          被災地での一夜

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 無言のまま、体育館の入り口でたたずむあたし…。い
ったいこの無力感はどこからやってくるの? こんなに
大勢の人が、異臭の漂う中で寒さに震え、ひしめき合っ
て横になっているなんて…。いいえ、すぐ外には中に入
ることさえできなかった人もいるのよ。あたしとこの人
たちの間に、どんな違いがあったっていうの? ひとつ
間違えば、あたしのもそこに寝ていたかもしれないのよ。
 ほんと、もしいっぱい物資を持っていたら、ここにい
るすべての人たちに配ってあげたいわ。それが人として
すべきことなんじゃないの…。
 あたしはもう本当にがっくりきちゃって、その場に座
り込んでしまいそうになったの。おまけにF夫はみつか
らないし、手に下げたこの物資はどうしたらいいの?
仕方ないわね。帰りにもう一度あいつの家の前を通って、
玄関先にでも置いていくしかないわね。
 力なく校門を出てとぼとぼと歩き出すあたし。またさ
っきの細長い路地を突き当たって、F夫の家まで行ったの
よ。そうしてドアノブに物資の入ったコンビニ袋をぶら
下げたの。路地の一番奥で暗いし、表通りからは覗き込
まないと見えないから誰も気づかないわね。振り返ると
白く光るコンビニ袋がちょっと気になったけど、とにか
くそのまま王妃様のお部屋に帰ったのよ。
「ただいまぁ…」
「えらい遅かったなぁ。F夫君はどやった?」
「いいや、避難所行ってきたけど、人がいっぱいで暗い
し、全然分からんかった…」
「で、パンとかはどうしたん?」
「F夫の家のドアにぶら下げてきた」
「盗られへんか?」
「路地の奥やし、大丈夫やろ」
「それやったらええけど…」
 王妃様もやっぱり元気がないわ。自分は大した被害を
受けなくても、周りがこの状態じゃ気落ちするのは当然
よね。電気が来たおかげでテレビも見られるんだけど、
なんだかこの部屋の中にいる限り、自分たちが被災地に
いるようには思えないのよ。甚大な被害を受けた街の様
子も、テレビの中の風景にしか思えないわ。同じ被災地
にいる人間でさえ、これだけの差があるのよ。大阪や名
古屋、ましてや東京の人たちなんかに、被災地のことが
ピンと来ないのも当然ね。震災当日、現地に行ったあた
しでさえ、そんな状態だったんだもの。
 それでも、ガスが止まっているからお風呂には入れな
いのよ。第一、マンションの貯水タンクが空になれば、
水道の水は終わりよ。テレビじゃ明日からさっそく自衛
隊の給水車が被災地を回るっていってるけど、道路があ
んな状態なのに、他の地域から車が入って来れるのかし
ら? そういえば、F夫も「明日小学校に給水車が来る」
って言ってたけど、ほんとかしら?
 とにかく、このまま王妃様の宮殿にいても、あたしは
お荷物なだけ。ウンコをするたびに、貴重な水を無駄に
してしまう“人糞製造機”だわ。仕事のこともあるし、
一晩だけここに泊まって、朝早くまた自転車で大阪に帰
ることにしたのよ。
 それからも何度か強い余震で目が覚めたわ。でも完全
に覚醒するってほどなじゃなかったの。考えてみれば、
あたしも相当疲れてたのね。今にして思えば、一生のう
ちで一番長くて記憶に残った日だったわ。
 朝、明るくなるとあたしはすぐに起き出して帰り支度
をしたの。ともあれ王妃様とF夫の両家はみんな無事だ
ったんだし、それをこの目で確認できたのよ。もう目的
は果たしたわ。その気になりさえすれば、毎週ここへ来
ることだってできるはずよ。
「また時間見つけてくるわ。ばあやによろしくな…」
「ほな気ぃつけて帰りや」
 王妃様の言葉を聞いたとたん、あたしは急に涙が出て
きたの。安否を確認しに来ただけで、結局なんにもして
ないじゃない! ただ自転車でやって来て、また自転車
で帰って行くだけよ。いったい何しにここへ来たの…。
 それでも帰りにもう一度、小学校の避難所に寄ってみ
たのよ。そしたら体育館の前に行列ができてて、なんと
その先頭にF夫がいるじゃない! 赤いジャンパーを着
込んで、大きなポリタンクを両手に寒そうに震えてるわ。
「給水車が来るって聞いてな。もう朝の5時から並んで
んねん」とF夫。
「朝の5時って、もう2時間も!? 明け方から?」
「そや、まだ来(こ)おへんねん」
「昨日の夜、ここ来てんけど、あんたがどこにおるか分
からへんかった…」
「ああ、このちょっと下の姉ちゃんとこ泊まっててん」
「なんや、そやったんか。あんたの家のドアに、コンビ
ニで買うたパンとかぶら下げといてんけど見たか?」
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■おかまと震災
  ―あの日、あたしは神戸に行ったの― <第10話>
■発行:2008.7.26
■著者:熟田津一帆(にきたついっぽ)
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発行者プロフィール

ペンネーム : 熟田津一帆(にきたついっぽ)

  •  メディアヒエラルキーの最下層部にブラ下がる“エセ業界人”。齢37にして心機一転、大阪から上京したんだけど、東京はそんな甘いもんじゃなく、夢見た生活はまだはるか彼方…。かくなる上はと、大胆にもメールマガジンの発行を決意したの。住んでるとこは、高級住宅街で名高い田園調布の“場末”(←家賃が払えないの…)。ペンネームは万葉集第一巻・額田王の歌〜熟田津に船乗りせむと月待てば〜に由来するのよぉ。

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