ななちゃんの心の宇宙 |
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【ななちゃんの心の宇宙】
☆ 感謝の種 ☆
『忘れえぬ言葉』という三浦 綾子さんの
エッセイ集のなかに・・・
とってもステキなお話がでてきます。
ご存知の方もおられると思いますが・・・
感謝婦人のお話です。
大好きなみなさんにもおすそ分けさせてくださいね。
それは・・・
こういうお話なんですよ。
『来る日も来る日も臥ているだけの私に、母は
どれほど心を痛めていた事であろう。
私は24歳で発病した。
病いは重くなるばかりで脊椎カリエスも併発した。
友人達が次々と結婚し、子供を2人3人ともうけても、
私だけはただベッドの上に臥ているだけであった。
そんなある日、母からある婦人の話を聞いた。
その婦人はいつもいつも「感謝です」「感謝です」
と二言目には感謝の語を発する人であった。
自然その顔は、常に喜びにあふれていて誰からも
敬愛されていた。
たまたま、その人の住む地方に長雨が続いた。
10日、20日と雨は続きいっこうに止む気配はない。
人々は「困った雨ですね」という言葉を挨拶代わり
に交わしていた。
そんな最中、一人の人がその「感謝婦人」のことを思った。
(いくらあの人でもこの長雨ばかりは感謝してはいないだろう)
そして、彼女に会うなりに言った
「なんと長い雨ですこと、困ったものですわね」
すると・・・
「長い雨で感謝だと思っています。こんなに長く続く雨が、
もし一度にどっと降ってごらんなさい。・・・洪水になって、
家も人も、畑も押し流されるに決まっています。神さまはその
大雨を長い日数に分けて、こうして毎日少しずつ降らせて下
さっております。感謝な事ではございませんか。」と晴れ晴れ
とした顔で答えた。
私は長雨に感謝した婦人の心に打たれて、自分の長い病気の
事を思った。
私の病気も長いものであった。
身動きも出来ないベッドの中に寝返りも出来ず、毎日天井を
見るだけの日々であった。
一生続く状態かも知れなかった。
そんな中で聞いた「感謝婦人」の言葉は大きかった。
彼女の考えを持ってすれば、神は痛みや熱や、倦怠感が
短時間にどっと襲うことを許されなかった。
10年を超える長い年月に分けて、私はその苦しみを
少しずつ味わうことになった。
考えてみると、それは誠にありがたいことであった。
症状が一度に悪化すれば、耐え切れるものではない。
確かに私は長い病気ではあったが、父母がいた、兄弟がいた、
親切な友人達がいた。
目も見え、耳も聞こえ、口も利け、手足も動く。
感謝すべきことはたくさんあった。
私は人間感謝しようと思えば、それは実に多い事に
気がついたのである』
感謝婦人のように・・・
感謝の心で物事を捉えると・・・
一見不幸に思えることの中にも・・・
感謝の種が見つかるんですよね!!!
そのことに気づかれた三浦綾子さんは・・・
これまたすばらしい人ですよね!!!
ぼくも・・・
少しずつでもいいから・・・
感謝の種を見つけてゆきたいと思います。
ルンルン・・・
ありがとうございます。
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