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飛鳥遊訪マガジン Vol. 013
発行日時: 2008/3/15 両槻会から、それとなくお伝えしてきました甘樫丘東麓遺跡の発掘調査現
地見学会が、下記の日程で行われることが公表されましたので、速報として
お知らせいたします。
発掘成果の詳細は、報道発表を楽しみに待ちたいと思います。
┏◆━index ━━◆◇◆
〈1〉飛鳥速報
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〈2〉両槻会からのお知らせ
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〈3〉編集後記
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〈1〉 飛鳥速報
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奈良文化財研究所によって、甘樫丘東麓遺跡(飛鳥藤原第151次調査)現地
見学会が行われます。
3月29日(土) 13時〜16時 小雨決行
詳しい情報は、奈文研サイトをご確認ください。
http://www.nabunken.go.jp/topics/index.html#a20080329
一昨年より継続的に行われている甘樫丘東麓遺跡で、新たな発掘成果の
現地見学会が行われます。
蘇我蝦夷や入鹿の邸宅が在ったとされる甘樫丘の調査ですから、期待が膨
らみます。
http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/touroku1.jpg
3月7日撮影の写真には、北半分程度の調査区しか写っていないようです
が、それでもかなりの柱穴が見えています。細長い建物跡の様にも見えます
し、塀なのかもしれません。
http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/touroku2.jpg
所々に石の集積も見えるのですが、石敷きなのか、昨年のような石垣の一
部なのか、はっきりとは分かりません。具体的な内容は、報道発表を待たな
ければいけないのでしょう。楽しみに待ちたいと思います。
蘇我氏は、稲目の代に突如として政治の表舞台に登場してきました。天皇
家との婚姻を通じて、稲目、馬子、蝦夷、入鹿と4代にわたり大臣として国
政を左右する地位にありました。
専横な悪人のイメージが強いのですが、近年は優秀な政治家と見なす専門
家も多くなってきたように思います。その実態は、現在の考古学という手法
と文献研究によって、少しずつ明らかになっていくのでしょう。
稲目の小墾田の家・向原の家・軽の曲殿、馬子の石川の宅・槻曲の宅・島
の家、蝦夷の豊浦の家・畝傍の家・上の宮門、入鹿の谷の宮門。また同族の
倉山田石川麻呂の山田の家などを含めれば、蘇我氏の邸宅は、飛鳥をぐるり
と取り囲むように在ります。飛鳥は、蘇我氏を抜きにしては存在しえない地
域だと言えるかも知れません。
日本書紀によれば、甘樫丘の邸宅は、城柵を巡らし、門の側には武器庫を
設けた物々しい構えでした。しかし、かなりの広さを持つ甘樫丘のどこに蝦
夷と入鹿の邸宅が在ったのかは、分かっていません。
甘樫丘東麓には、候補地となる谷筋が幾つか在ります。東麓遺跡の場所も
その一つですが、「エベス谷」と呼ばれる小字やその南側の大きな谷地形も
重要な候補地の一つのように思えます。
東麓遺跡が注目されるようになったのは、1994年の発掘調査でした。
7世紀中頃の焼け土と、焼け焦げた建築部材や壁土が出土しました。今の駐
車場とトイレ付近になります。
大化改新の引き金となった乙巳の変では、飛鳥板蓋宮での入鹿暗殺を聞い
た蝦夷は、最期の覚悟を決めて、天皇記・国記・珍宝を焼こうとしました。
(国記は取り出され焼けなかったとされています)しかし、実は邸宅が焼けた
と言う記載はありません。書紀の行間を考古学が埋めたと言えるのでしょう
か。
一昨年・昨年と、再び発掘調査が行われました。調査区は、谷の奥の方に
あたります。この調査の結果、この谷地が、7世紀代に大規模な土地造成が
行われたことがわかりました。以前には、起伏のある自然地形だった谷地の
一部に、7世紀の前半に土を盛って平坦な敷地を造り、石垣を築いていまし
た。この石垣は、南にいくにつれ高さを増しており、敷地の高さや建物の壮
大さを際立たせているように思えました。
しかし、この石垣は、7世紀中頃から後半に埋め立てられていました。そ
の跡地には、広い平坦な土地が造り出され、建物が建ちました。その建物は
三回以上建て替えられていて、活発に土地利用がされたことが伺えます。
これらの発掘調査の成果は、蘇我本宗家の盛衰と時期を同じくしており、
乙巳の変の前後の飛鳥の歴史を物語っているように思えます。
さらに、7世紀末には谷奥の傾斜地に炉が築かれ、生産活動が行われたこ
とが分かりました。
今回の発掘調査では、また新たな事柄が分かったのでしょうか。それは、
蘇我氏ひいては飛鳥の歴史の一端が、解明されるような成果になるでしょう
か。見学会にはたくさんの方が訪れるでしょうが、私もその一人になりたい
と思っています。
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〈2〉両槻会からのお知らせ
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第七回定例会の参加申し込み締め切りが迫っています。参加ご希望の方は、
お早めに両槻会までメールでお申し込みください。
メールは、サイトTOPからお願いします。
http://asuka.huuryuu.com
飛鳥時代を過ぎ、奈良時代になると、飛鳥に在ったきらびやかなお寺の大
部分は、京と共に引っ越したように、あるいは顧みられることも無く朽ち果
てたように思われがちです。平安時代の飛鳥なんて、すでにただの田舎だっ
たってイメージではありませんか?
ところが、「この世をば我が世とぞ思ふ望月のかけたることもなしと思へば」
と詠んだあの藤原道長が、11世紀初めに飛鳥にやって来ます。山田寺に宿
泊し、飛鳥寺・橘寺に立ち寄りました。これらの寺院が創建から約300〜
400年も経過しているのにです。
道長の目には、どんな飛鳥が写っていたのでしょうか。 山田寺では、有
名な言葉を残しました。「堂塔及び堂中は奇偉荘厳で言語に尽くしがたく黙
し、心眼及ばず」その言葉から、山田寺が立派なお寺として残っていたこと
が伺われます。彼はどのような目的でやって来たのでしょう。
そこから先は定例会でどうぞ♪ (^^)
講師の滝川先生は、ユーモアたっぷりにお話くださいます。堅苦しいお話
ではありませんので、視点を変えた飛鳥話を、ご一緒に楽しみましょう♪
また、講演会関連の散策も同日に予定しています。早春の飛鳥路を歩くの
も気持ち良いですよ♪参加申し込みをお待ちしています。(^^)
参加申し込みは、両槻会サイトTOPより、メールにてお申し込みください。
http://asuka.huuryuu.com
申し込み締め切りを19日まで、延長いたします。
さぁ!貴方も申し込みましょう♪
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〈3〉編集後記
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心待ちにしていた甘樫丘東麓遺跡のその後。現地説明会でなく見学会と言
う事は・・と、思ってしまったりもしますが、好きな時間に行って好きなだ
け見学できると思えば良いのかもですね。(^^v
上手く先生方を捕まえて、色々お尋ねすると言う手もありますし(おいっ!)
両槻会事務局員も何人かは出向くと思います。もし見かけられたら、お気軽に
お声を掛けて下さいね。
次号より、橿考研の近江俊秀先生が寄稿して下さる事になりました。今後
は、奈文研の杉山先生・明日香村教委の相原先生との三先生で執筆して頂け
る事になりました。乞うご期待♪ (もも)
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この記事へのコメント
全2件表示バタバタした発行になりましたので、お見苦しい点もあるかと。^^;
でも、お伝えして良かったと思いました。
コメント有難うございました。日時:2008年3月15日
速報性が素晴らしいですね。どこよりも早いニュースをありがとうございました。私もきっと行きます。定例会には、どうしても行けず残念です。日時:2008年3月15日
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