斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」vol.10
発行日時: 2007/12/18●読者のみなさまへ。
今朝(18日)配信しましたのは、こちらの手違いで、前回(第9回)のものでした。
申し訳ありません。あらためて第10回をお送りいたします。
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斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」vol.10
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第10回「後水尾天皇の熾烈な闘争」−下剋上(げこくじょう)の末に朝廷をも従わせようとしたが−
▼「公家衆法度」で朝廷と幕府の関係が逆転
後水尾天皇(ごみずのおてんのう、1596〜1680、在位1611〜29)という天皇がおられます。戦国乱世を経て、近世へと移り変わる大変革期、朝廷と徳川幕府が対決する時代に即位されました。
慶長18(1613)年6月、徳川幕府は5カ条からなる「公家衆法度(くげしゅうはっと)」を制定します。従来、法律は朝廷が制定するもので、武士には立法権はありませんでしたが、幕府は勝手に法律を定め、逆に朝廷側に遵守を命じました。朝幕関係が逆転する新事態です。
同じころ家康は朝廷崇敬の意向を天下に演出しようとして、秀忠の女・和子の入内(じゅだい。お嫁入り)を推し進めていました。父・後陽成(ごようぜい)天皇は未曾有(みぞう)の沙汰だ、と容易には認めませんでしたが、家康は強硬でした。
翌19年、大坂冬の陣が始まります。家康は豊臣秀頼征伐の天皇の命令を賜りたい、と願い出ましたが、天皇は文書を出しません。家康は激怒し、天皇の配流(はいる)まで口にした、と伝えられます。
▼天皇に法の遵守を強いる「禁中並公家諸法度」
同年7月に元号が「元和(げんな)」と代わった数日後、「禁中並公家諸法度(きんちゅうならびにくげしょはっと)」17カ条が発布されます。天皇に法の遵守を強要し、天皇を武家が制定する法の下位に置く内容は、後水尾天皇には皇室の尊厳を蔑(ないがし)ろにするもの、と映りました。
元和2(1616)年に家康が死去。しかし幕府との対決は終わりません。
家康が生前、計画した秀忠の女・和子の入内は秀忠に受け継がれました。同5年に秀忠が上洛すると摂関家たちは入内の準備を進めます。しかし逆に、秀忠は辞退を申し入れました。天皇にすでに寵妃(ちょうひ)があり、しかも皇女が誕生したことが判明したからです。婚儀の前に寵愛する女性のあることは古来、宮中では珍しくありませんでしたが、秀忠は風儀の乱れ、と怒りました。
宮中はあわてます。入内は一時延期となり、朝廷の面目は失われました。天皇は落髪、譲位の御意向さえ告げられました。
もちろん秀忠の本心は破談ではありません。翌6年、和子は総勢5000人の華麗な行列を整えて江戸を出発しました。しかし都で出迎えたのは女官です。それが「武士の女」に対するしきたりで、御輿をのぞき込んだ女官は「可愛らしいお女中ね」とつぶやきました。精いっぱいの反意と語り伝えられています。9年に皇女が生まれると、和子は源平の時代以来の中宮となります。
▼武の覇者に示した徳治という天皇統治の本質
さて、寺院・僧侶への取り締まりを強化する幕府は慶長18(1613)年、「紫衣(しえ)法度」を制定しました。「公家衆法度」制定と同じ日、天皇が高僧に与える紫衣の許可は幕府の吟味が前提となったのです。天皇の栄誉権を取り上げたのでした。そして寛永3(1626)年、元和年間以後の紫衣勅許は認めがたい、と取り消しを求めました。
怒った天皇は東福門院(和子)の子・高仁親王への譲位を告げ、外戚の地位を夢見る秀忠はここぞとばかりに譲位の準備を始めます。
しかし親王は亡くなります。その後、幕府は御機嫌うかがいのため朝廷に家光の乳母(春日局、かすがのつぼね)を送りますが、宮中のしきたりを無視する人選は火に油を注ぎ、積年の非礼に耐えかねた天皇は退位します。
幕府との激しいつばぜり合いの中で前半生を過ごされた後水尾院ですが、後年はさすがに円熟されました。皇室の弱体化を図ろうとする策謀に従容と従い、平安の境地に心を磨かれるという至難の帝王学を実践し、徳治という天皇統治の本質を武の覇者に示し、皇室の尊厳を守られました。
その点、徳川光圀(みつくに)が膨大な『大日本史』全397巻の編纂を開始するに当たって、後水尾院の勅許を賜っていることは象徴的です。後水尾院の志はやがて明治維新の源流となりました。
天皇統治は武断主義ではなく、文治主義の政治(まつりごと)なのです。
参考文献=辻善之助『日本文化史5江戸時代 上』(春秋社、昭和25年)、辻善之助『日本仏教史8 近世篇之2』(岩波書店、昭和28年)、中村直勝『歴代天皇記』(中村直勝著作集6、淡光社、昭和53年)、熊倉功夫『後水尾天皇』(岩波書店、1994年)など
((((((((「天皇・皇室の一週間」)))))))))))
12月13日(水曜日)
□皇太子殿下は、私的に来日したトンガ国王ジョージ・ツポウ5世と東宮御所で懇談されました(MNS産経ニュース)。
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/071213/imp0712131315000-n1.htm
12月11日(火曜日)
□天皇、皇后両陛下は障害者週間にちなみ、障害者が働く企業を訪問され、社員一人一人に声をかけられました(北国新聞)。
http://www.hokkoku.co.jp/newspack/syakai2007121101000487.html
□宮内庁は、英紙タイムズに掲載された天皇陛下についての記事に対する反論書簡が同紙に掲載されたことを発表しました(MNS産経ニュース)。
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/071212/imp0712120155000-n1.htm
12月10日(月曜日)
□天皇皇后両陛下は来日中のスリランカのラジャパクサ大統領夫妻と皇居・宮殿で会見されました(時事ドットコム)。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007121000633
読売新聞によると、この日、大統領夫妻はスリランカの植物園で品種改良された「プリンセス・ミチコ」という名前の赤紫色のランを贈りました。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071210ic22.htm
12月9日(日曜日)
□皇太子妃殿下が44歳のお誕生日をお迎えになりました(朝日新聞)。
http://www.asahi.com/national/update/1208/TKY200712080222.html
宮内庁のホームページにご感想とご近影などが掲載されています。
http://www.kunaicho.go.jp/koutaishi/okotobah19-03.html
12月7日(金曜日)
□天皇皇后両陛下はツバルの首相夫妻と会見されました(時事ドットコム)。
http://www.jiji.com/jc/p?id=20071207180022-5755159
12月6日(木曜日)
□皇太子殿下は都内で開かれた「障害者週間の集い」に出席され、お言葉を述べられました(読売新聞)。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071206ic21.htm
殿下のお言葉は宮内庁のホームページに掲載されています。
http://www.kunaicho.go.jp/koutaishi/okotobah19-01.html#shogaisyasyukan
12月5日(水曜日)
□天皇皇后両陛下は、来日中のタジキスタン大統領と皇居で会見されました(日経ネット)。
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20071205AT1G0501H05122007.html
12月4日(火曜日)
□天皇皇后両陛下は栃木の自治医大を訪問され、学生らと懇談されました。陛下のご希望によるご訪問と伝えられます(中日新聞)。
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2007120401000492.html
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筆者のプロフィール
斎藤吉久(さいとう・よしひさ) 1956年、福島県生まれ。弘前大学、学習院大学を卒業後、総合情報誌編集記者などを経て、現在はフリー。オフィス斎藤吉久を主宰。得意分野は、天皇・皇室、宗教、歴史、食文化など。雑誌「正論」平成19年9月号に「靖国問題を問い直す9つの視点」、同10月号に「昭和天皇の『不快感』は本当か」を執筆、同11月号では「信仰を忘れた聖職者たち」を木下量煕氏と共同執筆。最近の雑誌発表記事などは「斎藤吉久Webサイト」のアーカイヴズで読めます。
http://web.mac.com/saito_sy/
「斎藤吉久メールマガジン」をmelma!より発信中。
http://www.melma.com/backnumber_158883/
メルマガは「斎藤吉久のイザ! ブログ」でも読めます。
http://izasaito.iza.ne.jp/blog/
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斎藤吉久(さいとう・よしひさ) 昭和31(1956)年、福島県生まれ。弘前大学、学習院大学を卒業後、総合情報誌編集記者などを経て、現在はフリー。オフィス斎藤吉久を主宰。得意分野は、天皇・皇室、宗教、歴史、食文化など。雑誌「正論」平成19年9月号に「靖国問題を問い直す9つの視点」、同10月号に「昭和天皇の『不快感』は本当か」を執筆、同11月号では「信仰を忘れた聖職者たち」を木下量煕氏と共同執筆。最近の雑誌発表記事などは「斎藤吉久Webサイト」のアーカイヴズで読めます。
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