最前線の子育て論byはやし浩司(メルマガ版) |
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 08年 1月 21日
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★★★HTML版★★★
HTML(カラー・写真版)を用意しました。
どうか、お楽しみください。(↓をクリックしてみてください。)
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http://bwhayashi2.fc2web.com/page011.html
【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●原稿と音楽(新しい試みとして……)
++++++++++++++++++++
最近では、私の書いた原稿と、
音楽を、直接シンクロナイズさせることが
できるようになった。
今までに書いた原稿の中から、いくつかを
選んで、音楽とシンクロナイズさせてみる。
音楽を聴きながら、原稿を読んでもらえれば、
うれしい。
(HTML版のほうでは、音楽を聴きながら、
原稿を読んでいただけるようにしてあります。)
++++++++++++++++++++
●And I love her
(音楽↓、クリック)
http://www.youtube.com/watch?v=x8fNDfdjXd8
【ビートルズの歌で終わった青春時代(白血病だったジル)】
(世にも不思議な留学記より)
●行くも最後という時代だった
行くのも最後、帰るのも最後という時代だった。往復の旅費だけで、40万円以上。ま
だまだ日本は貧しかった。メルボルンを飛び立つときは、本当にさびしかった。そしてそ
のさびしさは、フィリッピンのマニラに到着してからも消えなかった。
夜、リザ−ル公園を歩いていると、6、7人の学生がギタ−を弾いていた。私がぼんや
りと見ていると、「何か、曲を弾いてあげようか」と声をかけてくれた。私は「ビ−トル
ズのアンド・アイ・ラブ・ハ−を」と頼んだ。私はその曲を聞きながら、あふれる涙を
どうすることもできなかった。
私には一人のガ−ルフレンドがいた。ジリアン・マックグレゴーという名前の女の子だ
ったが、「嘘つきジル」というあだ名で呼ばれていた。が、私にはいつも誠実だった。映画
「トラトラトラ」を二人で見に行ったときも、彼女だけが日本の味方をしてくれた。映画
館の中で、アメリカの飛行機が落ちるたびに、拍手喝采をしてくれた。
あの国では、静かに映画を見ている観客などいない。そのジルに私が帰国を告げたとき、
彼女はこう言った。「ヒロシ! 私は白血病よ。その私を置いていくの!」と。私はそれ
が嘘だと思った。……思ってしまった。だから私は天井に、飲みかけていたコ−ヒ−の
カップを投げつけ、「嘘つき! どうして君は、ぼくにまで嘘をつくんだ!」と叫んだ。
夜、ハウスの友だちの部屋にいると、デニスという、今でも無二の親友だが、その彼が
私を迎えにきてくれた。そのデニス君とジルは幼なじみで、互いの両親も懇意にしていた。
デニスに、ジルの病気の話をすると、彼はこう言った。「それは本当だよ。だからぼくは君
に言っただろ。ジルとはつきあってはダメだ。後悔することになる、と。しかしね、ジル
が君にその話をしたということは、ジルは君を愛しているんだよ」と。
彼女の病気は、彼女と彼らの両親だけが知っている秘密だった。私はジ−ロンという、
メルボルンの南にある町まで行く途中、星空を見ながら泣いた。オーストラリアの星空
は、日本のそれよりも何倍も広い。地平線からすぐ星が輝いている。私はただただ、そ
れに圧倒されて泣いた。
●こうして私の青春時代は終った……
こうして私の留学時代は終わった。同時に、私の青春時代も終わった。そしてその時代
を駆け抜けたとき、私の人生観も一八〇度変わっていた。私はあの国で、「自由」を見たし、
それが今でも私の生活の基本になっている。私がその後、M物産という会社をやめて、幼
稚園教師になったとき、どの人も私を笑った。気が狂ったとうわさする人もいた。
母に相談すると、母まで「あんたは道を誤った」と、電話口のむこうで泣き崩れてしま
った。ただデニス君だけは、「すばらしい選択だ」と喜んでくれた。以後、幼児教育をし
て、二八年になる。はたしてその選択が正しかったのかどうか……?
そうそう、ジルについて一言。私が帰国してから数カ月後。ジルは、西ドイツにいる兄
をたよってドイツへ渡り、そこでギリシャ人と結婚し、アテネ近郊の町で消息を断った。
また同じハウスにいた、あの皇太子や王族の息子たちは、今はその国の元首級の人物と
なって活躍している。テレビにも時々顔を出す。デニスは、小学校の教員をしたあと、
国防省に入り、今はモナーシュ大学の図書館で司書をしている。本が好きな男で、いつ
も「ぼくは本に囲まれて幸せだ」と言っている。私だけは相変わらず、あの「自転車屋
の息子」のままだが……。
Hiroshi Hayashi++++++++DEC 07++++++++++はやし浩司
●ロメオとジュリエット
(音楽↓、クリック)
http://www.youtube.com/watch?v=89BwSqKfpQU
●マダム・バタフライ
(音楽↓、クリック)
http://jp.youtube.com/watch?v=7Z3-yBlDckY
久しぶりに、「マダム・バタフライ」を聞いた。ジャコモ・プッチーニのオペラである。
私はあの曲が好きで、聞き出すと何度も、繰り返し聞く。
「♪ある晴れた日に、
遠い海の向こうに一筋の煙が見え、
やがて白い船が港に着く……
あの人は私をさがすわ、
でも、私は迎えに行かない
こんなに私を待たせたから……」
この曲を聞くと、何とも切ない気持ちになるのは、なぜか。遠い昔、長崎からきた女性
に恋をしたことがあるからか。色の白い、美しい人だった。本当に美しい人だった。その
人が笑うと、一斉に太陽が輝き、一面に花が咲くようだった。その人はいつも、春の陽光
をあびて、まばゆいばかりに輝いていた。
マダム・バタフライ、つまり蝶々夫人は、もともとは武士の娘だったが、幕末から明治
にかけての混乱期に、芸者として長崎へやってくる。そこで海軍士官のピンカートンと知
り合い、結婚。そして男児を出産。が、ピンカートンは、アメリカへ帰る。先の歌は、そ
のピンカートンを待つマダム・バタフライが歌うもの。今さら説明など必要ないかもしれ
ない。
同じような悲恋物語だが、ウィリアム・シェークスピアの「ロメオとジュリエット」も
すばらしい。少しだが若いころ、セリフを一生懸命暗記したこともある。ロメオとジュリ
エットがはじめてベッドで朝を迎えるとき、どちらかだったかは忘れたが、こう言う。
「A jocund day stands tip-toe on a misty mountain-top」と。「喜びの日が、モヤのかか
った山の頂上で、つま先で立っている」と。本来なら喜びの朝となるはずだが、その朝、
見ると山の頂上にモヤにかかっている。モヤがそのあとの二人の運命を象徴しているわけ
だが、私はやはりそのシーンになると、たまらないほどの切なさを覚える。
そう、オリビア・ハッセーとレナード・ホワイティングが演ずる「ロメオとジュリエッ
ト」はすばらしい。私はあの映画を何度も見た。ビデオももっている。サウンドトラッ
ク版のCDももっている。その映画の中で、若い男が、こう歌う。ロメオとジュリエッ
トがはじめて顔をあわせたパーティで歌われる歌だ。
「♪若さって何?
衝動的な炎。
乙女とは何?
氷と欲望。
世界がその上でゆり動く……」
この「ロメオとシュリエット」については、以前。「息子が恋をするとき」というエッセ
ーを書いたので、このあとに添付しておく。
最後にもう一つ映画の話になるが、「マジソン郡の橋」もすばらしい。短い曲だが、映画
の最後のシーンに流れる、「Do Live」(生きて)は、何度聞いてもあきない。いつか電撃に
打たれるような恋をして、身を焼き尽くすような恋をしてみたいと思う。かなわぬ夢だが、
しかしそういうロマンスだけは忘れたくない。いつか……。
(02−10−5)※
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
●息子が恋をするとき
息子が恋をするとき(人がもっとも人間らしくなれるとき)
栗の木の葉が、黄色く色づくころ、息子にガールフレンドができた。メールで、「今まで
の人生の中で、一番楽しい」と書いてきた。それを女房に見せると、女房は「へええ、あ
の子がねえ」と笑った。その顔を見て、私もつられて笑った。
私もちょうど同じころ、恋をした。しかし長くは続かなかった。しばらく交際している
と、相手の女性の母親から私の母に電話があった。そしてこう言った。「うちの娘は、お宅
のような家の息子とつきあうような娘ではない。娘の結婚にキズがつくから、交際をやめ
させほしい」と。
相手の女性の家は、従業員30名ほどの製紙工場を経営していた。一方私の家は、自転
車屋。「格が違う」というのだ。この電話に母は激怒したが、私も相手の女性も気にしな
かった。が、二人には、立ちふさがる障害を乗り越える力はなかった。ちょっとしたつ
まづきが、そのまま別れになってしまった。
「♪若さって何? 衝動的な炎。乙女とは何? 氷と欲望。世界がその上でゆり動く…
…」と。
オリビア・ハッセーとレナード・ホワイティングが演ずる「ロメオとジュリエット」の
中で、若い男がそう歌う。たわいもない恋の物語と言えばそれまでだが、なぜその戯曲
が私たちの心を打つかと言えば、そこに二人の若者の「純粋さ」を感ずるからではない
のか。
私たちおとなの世界は、あまりにも偽善と虚偽にあふれている。年俸が1億円も2億円
もあるようなニュースキャスターが、「不況で生活がたいへんです」と顔をしかめてみせ
る。一着数百万円もするような着物で身を飾ったタレントが、どこかの国の難民の募金
を涙ながらに訴える。暴力映画に出演し、暴言ばかり吐いているタレントが、東京都や
F国政府から、日本を代表する文化人として表彰される。
もし人がもっとも人間らしくなるときがあるとすれば、電撃に打たれるような衝撃を受
け、身も心も焼き尽くすような恋をするときでしかない。それは人が人生の中で唯一つ
かむことができる、「真実」なのかもしれない。そのときはじめて人は、もっとも人間ら
しくなれる。もしそれがまちがっているというのなら、生きていることがまちがってい
ることになる。しかしそんなことはありえない。
ロメオとジュリエットは、自らの生命力に、ただただ打ちのめされる。そしてそれを見
る観客は、その二人に心を合わせ、身を焦がす。涙をこぼす。しかしそれは決して、他
人の恋をいとおしむ涙ではない。過ぎ去りし私たちの、その若さへの涙だ。あの無限に
広く見えた青春時代も、過ぎ去ってみると、まるでうたかたの瞬間でしかない。歌はこ
う続く。「♪バラは咲き、そして色あせる。若さも同じ。美しき乙女も、また同じ……」
と。
相手の女性が結婚する日。私は一日中、自分の部屋で天井を見つめ、体をこわばらせて
寝ていた。6月のむし暑い日だった。ほんの少しでも動けば、そのまま体が爆発して、こ
なごなになってしまいそうだった。ジリジリと時間が過ぎていくのを感じながら、無力感
と切なさで、何度も何度も私は歯をくいしばった。
しかし今から思うと、あのときほど自分が純粋で、美しかったことはない。そしてそれ
が今、たまらなくなつかしい。私は女房にこう言った。「相手がどんな女性でも温かく迎
えてやろうね」と。それに答えて女房は、「当然でしょ」というような顔をして笑った。
私も、また笑った。
Hiroshi Hayashi++++++++DEC 07++++++++++はやし浩司
●マジソン郡の橋
(音楽↓、クリック)
http://jp.youtube.com/watch?v=Ye8G8cqu27U
http://jp.youtube.com/watch?v=dFl0Jvo3jAw
母親がアイドリングするとき
●アイドリングする母親
何かもの足りない。どこか虚しくて、つかみどころがない。日々は平穏で、それなりに
幸せのハズ。が、その実感がない。子育てもわずらわしい。夢や希望はないわけではない
が、その充実感がない……。今、そんな女性がふえている。
Hさん(32歳)もそうだ。結婚したのは24歳のとき。どこか不本意な結婚だった。
いや、20歳のころ、一度だけ電撃に打たれるような恋をしたが、その男性とは、結局
は別れた。そのあとしばらくして、今の夫と何となく交際を始め、数年後、これまた何
となく結婚した。
●マディソン郡の橋
R・ウォラーの『マディソン郡の橋』の冒頭は、こんな文章で始まる。「どこにでもある田
舎道の土ぼこりの中から、道端の一輪の花から、聞こえてくる歌声がある」(村松潔氏訳)
と。主人公のフランチェスカはキンケイドと会い、そこで彼女は突然の恋に落ちる。忘れ
ていた生命の叫びにその身を焦がす。どこまでも激しく、互いに愛しあう。
つまりフランチェスカは、「日に日に無神経になっていく世界で、かさぶただらけの感受
性の殻に閉じこもって」生活をしていたが、キンケイドに会って、一変する。彼女もま
た、「(戦後の)あまり選り好みしてはいられないのを認めざるをえない」という状況の
中で、アメリカ人のリチャードと結婚していた。
●不完全燃焼症候群
心理学的には、不完全燃焼症候群ということか。ちょうど信号待ちで止まった車のよう
な状態をいう。アイドリングばかりしていて、先へ進まない。からまわりばかりする。H
さんはそうした不満を実家の両親にぶつけた。が、「わがまま」と叱られた。夫は夫で、「何
が不満だ」「お前は幸せなハズ」と、相手にしてくれなかった。しかしそれから受けるスト
レスは相当なものだ。
昔、今東光という作家がいた。その今氏をある日、東京築地のがんセンターへ見舞うと、
こんな話をしてくれた。「自分は若いころは修行ばかりしていた。青春時代はそれで終わ
ってしまった。だから今でも、『しまった!』と思って、ベッドからとび起き、女を買い
に行く」と。
「女を買う」と言っても、今氏のばあいは、絵のモデルになる女性を求めるということ
だった。晩年の今氏は、裸の女性の絵をかいていた。細い線のしなやかなタッチの絵だ
った。私は今氏の「生」への執着心に驚いたが、心の「かさぶた」というのは、そうい
うものか。その人の人生の中で、いつまでも重く、心をふさぐ。
●思い切ってアクセルを踏む
が、こういうアイドリング状態から抜け出た女性も多い。Tさんは、二人の女の子がい
たが、下の子が小学校へ入学すると同時に、手芸の店を出した。Aさんは、夫の医院を手
伝ううち、医療事務の知識を身につけ、やがて医療事務を教える講師になった。またNさ
んは、ヘルパーの資格を取るために勉強を始めた、などなど。
「かさぶただらけの感受性の殻」から抜け出し、道路を走り出した人は多い。だから今、
あなたがアイドリングしているとしても、悲観的になることはない。時の流れは風のよ
うなものだが、止まることもある。しかしそのままということは、ない。
子育ても一段落するときがくる。そのときが新しい出発点。アイドリングをしても、そ
れが終着点と思うのではなく、そこを原点として前に進む。方法は簡単。勇気を出して、
アクセルを踏む。妻でもなく、母でもなく、女でもなく、一人の人間として。それでま
た風は吹き始める。人生は動き始める。
Hiroshi Hayashi++++++++DEC 07++++++++++はやし浩司
●レット・イット・ビー
(音楽↓、クリック)
http://www.youtube.com/watch?v=4oZYqAeIdYk&feature=related
●レット・イット・ビー
夫がいて、妻がいる。その間に子どもがいる。家族というのはそういうものだが、その
夫と妻が愛し合い、信頼し合っているというケースは、さがさなければならないほど、少
ない。どの夫婦も日々の生活に追われて、自分の気持ちを確かめる余裕すらない。
そう、『子はかすがい』とはよく言ったものだ。「子どものため」と考えて、必死になっ
て家族を守ろうとしている夫婦も多い。仮面といえば仮面だが、夫婦というのはそうい
うものではないのか。もともと他人の人間が、一つ屋根の下で、10年も20年も、新
婚当時の気持ちのままでいることのほうがおかしい。私の女房なども、「お前は、オレの
こと好きか?」と聞くと、「考えたことないから、わからない」と答える。
…こう書くと、暗くてゆううつな家族ばかりを想像しがちだが、そうではない。こんな
夫婦もいる。先日もある女性(40歳)が私の家に遊びに来て、女房の前でこう言った。
「バンザーイ、やったわ!」と。
聞くと、夫が単身赴任で北海道へ行くことになったという。ふつうなら夫の単身赴任を
悲しむはずだが、その女性は「バンザーイ!」と。また別の女性(33歳)は、夫婦で
も別々の寝室で寝ているという。性生活も年に一度あるかないかという程度らしい。し
かし「ともに、人生を楽しんでいるわ。それでいいんじゃあ、ない?」と。明るく屈託
がない。
要は夫婦に標準はないということ。同じように人生観にも家庭観にも標準はない。人は、
人それぞれだし、それぞれの人生を築く。私やあなたのような他人が、それについてと
やかく言う必要はないし、また言ってはならない。あなたの立場で言うなら、人がどう
思おうが、そんなことは気にしてはいけない。
問題は親子だ。私たちはともすれば、理想の親子関係を頭の中に描く。それ自体は悪い
ことではない。が、その「像」に縛られるのはよくない。それに縛られれば縛られるほ
ど、「こうでなければならない」とか、「こんなはずはない」とかいう気負いをもつ。こ
の気負いが親を疲れさせる。子どもにとっては重荷になる。不幸にして不幸な家庭に育
った人ほど、この気負いが強いから注意する。「よい親子関係を築こう」というあせりが、
結局は親子関係をぎくしゃくさせてしまう。そして失敗する。
そこでどうだろう。こう考えては。つまり夫婦であるにせよ、親子であるにせよ、それ
自体が「幻想」であるという前提で、考える。もしその中に一部でも、本物があるなら、
もうけもの。一部でよい。そう考えれば、気負いも取れる。「夫婦だから…」「親子だか
ら…」と考えると、あなたも疲れるが、家族も疲れる。
大切なことは、今あるものを、あるがままに受け入れてしまうということ。「愛を感じな
いから結婚もおしまい」とか「親子が断絶したから、家庭づくりに失敗した」とか、そ
ういうふうに大げさに考える必要はない。つまるところ夫婦や家族、それに子どもに、
あまり期待しないこと。ほどほどのところで、あきらめる。
そういうニヒリズムがあなたの心に風穴をあける。そしてそれが、夫婦や家族、親子関
係を正常にする。ビートルズもかつて、こう歌ったではないか。「♪レット・イット・ビ
ー(あるがままに…)」と。それはまさに「智恵の言葉」だ。
Hiroshi Hayashi++++++++DEC 07++++++++++はやし浩司
●青年の樹(き)
(音楽↓、クリック)
http://www.youtube.com/watch?v=Bpbuqh12oj4&feature=related
雲が流れる 丘の上
花の乱れる 叢(くさむら)に
共に植える ひともとの
ひともとの
若き希望と 夢の苗
空に伸びろ 青年の樹よ
嵐すさぶ 日もあらん
憂いに暗い 夜もなお
腕組み合わせ 立ち行かん
立ち行かん
熱き心と 意気地もて
森に育て 青年の樹よ
多感の友よ 思わずや
祖国の姿 今如何に
明日の夜明けを 告げるもの
告げるもの
我等をおきて 誰かある
国を興(おこ)せ 青年の樹よ
(作詞、東京都知事・石原慎太郎氏)
私は学生時代、悲しいことやつらいことがあると、決まってこの歌を口ずさみ、自分を
なぐさめた。今でも、ときどき、この歌が、口から出てくる。
で、この歌には、こんなエピソードがある。
私がオーストラリアのカレッジで、この歌を歌っていると、一人の友人(オーストラリ
ア人)が、「それは何の歌か?」と。そこで私が、「これはすばらしい歌だ。訳してあげよ
う」と言って、訳してやった。
「雲が、丘の上に流れて、みんなで青年の木という木を植えた。その木よ、伸びろという
歌だと教える」と、その友人は、顔をかしげて、「何だ、そんな歌か」というような顔をし
た。
で、私が「いい歌詞だろ」とたたみかけると、「ヒロシ、雲が丘の上にあるって、そんな
ことは何でもないではないか」と。彼らには、日本的なデリカシーが理解できないようだ。
しかし、これと反対のことがある。
ずいぶんと昔だが、一人の高校生(男子)が、興奮したおももちで私のところにやって
きて、こう言った。「先生、すばらしい歌がある。翻訳してほしい」と。
それがロッド・スチュアートの「セーリング」だった。が、訳してみると、何でもない
歌詞。
「ぼくは、航海している。ぼくは航海していると、何でもないよ。海を横切って、あな
たのところへ帰るって、ね」と。
その高校生は、がっかりした様子だったが、それからしばらくしたあとのこと。私はそ
の曲を聞いて、たいへんなまちがいをしたことを思い知らされた。「セーリング(sail
ing)」は、すばらしい曲だった。
あとで、その高校生にあやまったことは、言うまでもない。
●Sailing
I am sailing, I am sailing,
home again 'cross the sea.
I am sailing, stormy waters,
to be near you, to be free.
I am flying, I am flying,
like a bird 'cross the sky.
I am flying, passing high clouds,
to be with you, to be free.
Can you hear me, can you hear me
thro' the dark night, far away,
I am dying, forever trying,
to be with you, who can say.
Can you hear me, can you hear me,
thro' the dark night far away.
I am dying, forever trying,
to be with you, who can say.
We are sailing, we are sailing,
home again 'cross the sea.
We are sailing stormy waters,
to be near you, to be free.
Oh Lord, to be near you, to be free.
Oh Lord, to be near you, to be free,
Oh Lord.
(Written by Rod Stewart)
若いお父さん、お母さんは、「青年の樹」も、「セーリング」も知らないかもしれない。
不思議なものだ。しかしこういった歌を口ずさむと、そのときの光景のみならず、友の顔、
雰囲気、心の様子まで心の中によみがえってくる。歌というのは、そういうものか。
そしてもう一つ。そういう歌が出てくるときというのは、そのときの心情と共通すると
き。「青年の樹」が出てくるということは、今がそのさみしいとき、つらいときかもしれな
い。がんばろう!
(030831)
●ロッド・スチュアートは、最後にこう歌う。
「♪オー、主よ。あなたに近づくために、魂を解放するために。
オー、主よ、あなたに近づくために、魂を解放するために。
オー、主よ」と。
こういう歌を堂々と歌える人が、うらやましい。
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【今朝・あれこれ】12月25日(Dec.25th、2007)
I have a slight headache this morning. I suppose the reason is that I had eaten so much
cakes last night. As for me taking too much sweet cakes cause a headache. By the way I
bought a Sony’s walkman (A918), which is good. It has got noise-reduction ear-phones
and it can reduce noise around me. It is super!
+++++++++++++++++
この2日間、ほとんど、原稿を書かなかった。
忙しかった。
で、今朝は、やや頭が重い。
昨日食べたケーキ類が、影響しているのでは……?
私のばあい、甘いものをたくさん食べると、頭重が
起きる。
ところで、おととい、ソニーのウォークマン(A918)
を買った。
衝動買い。
ワンセグ付きで、テレビも見られる。
音楽を聴きながら、サイクリングするのは、久しぶり。
が、このウォークマンには、ノイズ・リダクション付き
のイヤホンが付属している。
イヤホンだけでも、7000円もするとか。
そのイヤホンをつけていると、至近距離で、だれかが
話しかけてきても、その人の声が聞こえない。
車がうしろから近づいてきても、それがわからない。
逆相の周波数をかぶせて、音声を消してしまうためである。
音はすばらしいが、歩きながら使うのは、少し、危険かも?
ともかくも、昨日は、そんなこともあって、3単位(40分x3)も、
サイクリングをした。
ジョン・デンバーの曲を聴きながら、サイクリングを
していると、気分は、最高!
+++++++++++++++++
●メリークリスマス、晃子!
Merry Christmas, Akiko! I love you, no matter what you are, what you say. The other
day you say, “They use the word ‘LOVE’ so easily and therefore the word has lost its
meaning.” But I’d like to say, on this Christmas Day, “I love you.” Let take the plane, of
which Eiichi has the handle and also let’s go to Little Rock to meet Denise when she
becomes a lawyer.
+++++++++++++++++++
「愛ほど、実感しにくい言葉はないわ」と、
お前は、言う。
「愛していると言われても、私は、うれしく
ないわ」と、お前は、言う。
そのとおりかもしれない。
そのとおりでないかもしれない。
ただぼくは、今、率直に、そして心から、
こう言うよ。「愛しているよ」とね。
今のぼくは、お前への愛を実感している。
お前が喜ぶかどうかは、別にして、
ぼくは、お前を愛している。
お前が、「うれしくない」と言っても、
ぼくは、かまわない。
世界で、いちばん、すばらしい女性に、
世界で、いちばん、美しい女性に、
ぼくは、この言葉を、ささげたい。
お前を愛しているよ。
それに、ぼくは、お前といるときが、いちばん楽しい。
ぼくは、お前といるときが、いちばん心が安らぐ。
今年、ぼくは、ちょうど、60歳になったけど、
いろいろあったね。
お前は、よく「私たちは、ほかの人たちの
人生の、何倍も生きたような気がする」と、言う。
それがよかったのか、それとも悪かったのか・・・?
ぼくにはわからないけど、ぼくは、夢中で生きてきた。
それはたしかだと思う。
お前がそばにいてくれたからこそ、ぼくは、
それができた。
何もこわいものがなかった。
ありがとう。
そしてメリークリスマス!
英市が、パイロットになったら、2人で、
英市の操縦する飛行機に乗ろうね。
デニーズが弁護士になったら、お祝いに
リトルロックへ行こうね。
ほかに・・・。来年は、オーストラリアへ
行こうね。
ぼくが、今まで大切にしてきたものを、
お前に見せてあげたい。
愛しているよ。
心から愛しているよ。
そして、もう一度。
メリークリスマス!
そうそう言い忘れたけど、今、1時間あまり
街をブラついて、やっとクリスマス
プレゼントが、決まった。
周市には、タバコパイプ。
そしてお前には、メルボルン市内のガイドブック。
喜んでくれるかな?
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●ロー・スクール(Law School)
Denise has passed the examination of a law school in Little Rock, AR. It is a greatest
news and my wife and I have talked about it these few days. She is a great lady. The
news reminds me of M. Fuziwara, a son-in-law of Prof. K. Tamaru, M. Fiziwara wrote a
book last year, “The Dignity of a Nation”, which was sold more than 2 million copies.
Both of us have great daughter-in-law and a son-in-law.
ここ数日、ワイフと、デニーズが、ロースクールに合格した話ばかりしている。学費は
全額、奨学金でまかなうという。
デニーズもすごいが、そういうシステムができているアメリカは、もっと、すごい。や
る気がある人なら、女性でも、家庭の主婦でも、弁護士になれる。
しかしここでふと、おかしな気分にとらわれる。デニーズは、たしかに私の息子の嫁だ
が、私の実の娘ではない。しかしその一方で、私の実の孫たちの母親でもある。もしデニ
ーズが実の私の娘なら、文句なしにうれしいのだが、心のどこかで、ふとブレーキがかか
ってしまう。
どうしてだろう?
昨年(06年)、藤原M氏の書いた、「国家の品格」という本が売れ始めたときのこと。
田丸先生が、数日おきに、そのことをメールで書いてきてくれた。「娘の旦那の本が、バカ
売れしてましてね」と。
デニーズのことを考えながら、あのとき田丸先生も、同じような気分ではなかったのか
と思う。そのときも、祝電でも……ということになったが、心のどこかで、ふとブレーキ
がかかってしまったのを覚えている。
藤原M氏は、田丸先生の自宅で、2、3度、見かけたことがある。いつもあいさつ程度
の会話しか、しなかった。田丸先生に、祝電を打つのもおかしい。で、祝電はとりやめた。
が、デニーズは、まっさきに、そのニュースを私たちに知らせてくれた。デニーズはデ
ニーズなりに、一生懸命、私たちの家族の一員になろうとしている。私たちのほうが、薄
情なのかもしれない。
一方、息子は息子で、カルフォルニアのグーグル社への転職をあきらめ、現在住んでい
るコンウェイから、リトルロックへ移るという。息子には息子の夢があっただろうに…
…。優先順位が変わってしまったらしい。
ワイフは、「お嫁さんが弁護士になれば、Sも心強いわね」と、まあ、どこか、のんきな
ことを言っている。私について言えば、孫の誠司ですら、自分の孫と思えるようになるま
でに、かなりの時間がかかった。なにしろ、私にまったく似ていない。(二番目の芽依は、
息子によく似ている。つまり私の面影が、強く残っている。)
いつか、息子のSは、こう言っていた。
「パパ、デニーズは、日本の女性よりも、はるかに日本の女性みたいだよ」と。
私と息子のSとの関係がおかしくなったときも何度かあったが、そのつどデニーズは、
懸命に間をとりもってくれた。そんな(やさしさ)が、私の心を暖かくしてくれる。
Hiroshi Hayashi++++++++DEC 07++++++++++はやし浩司
●時の流れは、砂時計のようなもの(The flow of the time is like sands in a sandglass.)
Sometimes I feel that the flow of the time is like sands in a sandglass. Each moment of
my time is like a sand in the sandglass. Each of the moment is dropping downward like
a sand. Life is wonderful. I am here, breathing, listening and seeing. I am alive! My
sister-in-law said two days ago, “Life itself is a miracle and we have to thank for it.” I
agree with her. Her sweet words soaked into my heart like water into the soil.
+++++++++++++++
おととい、義姉(ワイフの姉)の
家で、夜遅くまで話しこんだ。
義姉が、別れぎわ、こう言った。
「生きているだけでも、すばらしい
ことよ。感謝しなくちゃあ」と。
ワイフは、幼いころ、母親をなくしている。
そのためその義姉が、ワイフにとっては、
母親のようなもの。
ワイフに似て、穏やかな性格の女性で、
今でも、あれこれ世話になっている。
息子たちの身元引き受け保証人にも
なってもらった。
私の母の介護のときは、一式、介護
用具を提供してくれた。
私は何を言われても、義姉だけには、
頭があがらない。
+++++++++++++++
●生きていることは、すばらしい!(Life is wonderful!)
「命」が、砂時計の「砂」のように思えるときがある。
上に残った砂が、サラサラと下へ、流れ落ちていく。
そのいとおしさ。
ワイフもときどき、こう言う。「毎日、食事がおいしいわ。それだけでも、私は、すばらし
いことだと思う」と。
私は、今、ここにいて、息をしている。
音を聞いている。
フォーレ(Faure)のレクイエム(Requiem)を聞いている。
まわりには、朝の淡い光。
薄い雲に包まれた、冬の太陽。
12月25日。
たった今、アメリカに住む二男から、電話があった。
船便で送ったクリスマス・プレゼントが今日、届いたという。
ギリギリ、セーフ!
向こうは、今日が、12月24日。
誠司が、おかしな英語で、ペラペラとしゃべった。
ついでに、おかしな日本語で、日本の歌を歌った。
芽依が、ハローと言った。
私とワイフは、受話器を奪いあいながら、それを聞いた。
孫たちも、みな、元気らしい。
静かな時。
穏やかな時。
暖かい時。
その無数のこまかい「時」が、砂のように、下に落ちていく。
サラサラと……。
義姉は言った。
「生きているだけでも、すばらしいことよ」と。
その言葉が、私の心の奥の奧まで、やさしくしみこんだ。
ありがとう、姉さん!
Hiroshi Hayashi++++++++DEC 07++++++++++はやし浩司
●UFO
Have you ever seen an UFO? My wife and I did. It was a midnight after 12:00 o’clock.
We were walking in a narrow street near our flat. It was a huge one, which might be 2 or
3 kilometers in width. Of course it was not a plane. It was so huge. Then if someone asks
me if I believe in UFO’s, I would say, “Yes”. These days at the Parliament House of
Japan, some congressmen discuss about UFO’s in the public. Does this have something
to do with “Kaguya”, a Japanese moon-search rocket? Kaguya is now on the orbit of the
moon, taking photos from the space. I hope the government show us everything about
the Moon. Some scientists as well as people say that the Moon is a giant space-craft for
the aliens. Do you think so too?
+++++++++++++++++
このところ、国会議員たちが、「UFO」
という言葉を、よく口にする。
国会という、公式の場でも、この問題
が取りあげられた(07年12月)。
一応、政府見解は、「存在しない」だが、
一部の議員たちは、「信じている」、「いる
と思う」などと発言している。
こうした一連の発言は、日本が打ちあげた
月探査衛星「かぐや」と、どこかでつながって
いるのではないだろうか?
「かぐや」は、とんでもない映像を地球へ
送り届けてきた(?)。
「とんでもない」というのは、「ありえない」
という意味であり、私はそれがUFOであって
も、少しも、おかしいとは思わない。
アポロ宇宙船で、月の裏側に回ったある宇宙
飛行士は、こう言ったという。
「まるでラッシュ・アワーのように、UFO
が飛び交っている!」と。
+++++++++++++++++++
月の内部には、巨大な空間がある。その中心部では、プラズマの人工太陽が、さんさん
と輝いている。月の内側に住む住人たちは、地球人の私たちと同じような生活をしている。
一見、荒唐無稽(むけい)のような話だが、こうした説を信じている人は多い。科学者
の中にも、いる。たとえば私が子どものころには、月には、オニール橋※というのがあっ
た。「オニール」というのは、その橋を発見した人物の名前である。
オニールは、ある日、望遠鏡で月を見ていたとき、斜め方向からの太陽光線を浴びて、
そこに橋のような影ができているのを発見した。それでそれを「オニール橋」と名づけた。
私はその橋のことを、どこかの博覧会に行ったときに知った。巨大なアーチ型の橋で、
全長はたしか、20キロ近くあると聞いたのを記憶している。
しかし、だ。今、同じところをさがしても、その橋はない。「ない」というより、「消え
た」。今にして思えば、その橋というのは、山から山へと、ちょうどそれらにまたがるよう
に着陸していたUFOではなかったかと思う。
私自身も、巨大なUFOを目撃している。ブーメラン型のUFOである。全長が2〜3
キロはあったかと思う。あるいはもっと長かったかもしれない。よく「葉巻型UFO」が
話題になるが、葉巻型UFOともなると、全長が20〜30キロもあるという。
こういう話を聞くと、月へのロマンが、かぎりなく、ふくらむ。
月の住人たちは、どこから来たのか?
月の住人たちは、何をしているのか?
月の住人たちは、地球人の私たちを、どうしようとしているのか?
あの月をくりぬいて住むほどの宇宙人だから、かなり頭のよい人たちとみてよい。私た
ち人間より、ひょっとしたら、何千年も、何万年も進化しているかもしれない。あのUF
Oにしても、光速に近いスピードで、宇宙空間を自由自在に動き回れるという。
私が見たUFOにしても、空にそのまま溶け込むかのようにして、消えていった・・・。
「かぐや」は、どんな映像を送ってきているのか? その一部は、インターネット上で
も公開されているが、どれも高・高度からのものでしかない。私(=私たち)が見たいの
は、もっと低高度で撮った、倍率の高い写真である。
そこには、月に住む住人たちの、その直接的な証拠が写っているかもしれない。どうか
ウソ隠しなく、(=修正しないで)、すべての写真を公開してほしい。
(注※)(月探査情報ステーションの公式HPより、転載)
オニール橋事件を振り返ってみます。1953年7月、ニューヨーク・ヘラルド・トリビ
ューン紙の科学部長であったJ・J・オニール氏は、月面の「危難の海」の西側に人工的
に作られた橋のようなものを発見したと発表しました。この橋は二つの峰をまたぐような
形で、20kmにもおよび、日没時には観測できましたが、日の出の時には見えなかった、
ということです。
同年8月、英国天文学協会の月研究部長だったH・P・ウィルキンス氏らも同じ構造を確
認したと発表しました。しかし、その後この構造は観測できなくなり、見まちがいだった
のではないかという批判が起こりました。ウィルキンス氏はその批判に抗議し、月研究部
長を辞任したそうです。
当時、オニール橋はかなりの話題を呼び、一部UFO研究家などからは巨大なUFOが一
時的に着陸していたのではという推測もされたそうです。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist UFO オニール オニー
ル橋)
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